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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十二章、カサーンへ向けて!
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12-(4) コンプレックス・ボーイ1

 陸奥改むつの資料室では――。

 

「そろそろ夕食時間だ。今日はそろそろ切りあげよう」

 

 この春日丞助かすがじょうすけの言葉で片付けを開始。

 

 春日綾坂かすがあやさか黒耀こくようるい、そしてマリア・綾瀬あやせ・アルテュセールはノート型の端末を閉じて。ペンタブや筆記用具などをカバンへとしまう。

 4人は司令天儀から命じられた作戦案づくりの修正作業をいったん終了した。


「ま、初日で完成とはいかないわね」


「綾坂ったら今日終わらせる気だったの。あきれるわね」

 

 黒耀が応じるとアヤセが続いていう。


「このまま部屋には戻らず直で食堂。どうでしょう?」


「アヤセ一等秘書官の案を採用。それでは撤収を開始する」

 

 綾坂がふざけて敬礼までしていうと、くるりと兄丞助の方へ振り向き。


「じゃ、兄貴あとは願いね」


「はぁ。後始末は俺に丸投げよかよ」


「あら、丞助ったら。いつものことじゃない」

 

 そう丞助にとって、こんなふうに女子3人に便利に使われるのはいつものことだった。

 不満顔の丞助へ、綾坂が人差し指を立てたしなめるようにいう。


「いい兄貴? 女子は忙しいのよ。身だしなみとかととのえなきゃ。食堂の前でちょうど落ち合えるでしょ」


「つまりトイレかよ。3人で連れ立ってぞろそろと。だいたい水分を取りすぎなんだ。1時間20分で500ミリリットル。トイレも近くなる」


「あら丞助ったら栄養管理課らいしこというわね」


「兄貴のくせに小癪こしゃくなこといっちゃって」


「では生理現象は我慢できないってご理解いただけたということで、丞助さん願いしますね」


 アヤセが最後にそうにっこり口にして、3人は女子トークしながら資料室をでていってしまった。


 残された丞助はこの世のお終わりとばかりの暗い顔。これではキリリとした二枚目が台無しだ。

 

 丞助を暗くしたのは、妹綾坂の部屋をでる間際の、

「可愛い妹の命令である。じゃあねー」

 という言葉。


「命令って――」

 と思った丞助の目は妹のととのった顔ではなく、

 ――階級章。

 

「下士官様から命令されたんじゃ士卒の俺はハイというしかないよな。はぁー」


 年下の女子3人。それにあごで扱われる自分。丞助は情けなくてしかたない。死にたいとは思わないが、

「悲惨で不幸で、情けなくて最低だ。俺ってなんなんだよ」

 丞助は悲嘆しつつ机の上のジュースパックを集め消灯作業。


 後片付けをする丞助は憂鬱である。それもきわめて。

 自分と女子3人の階級的なへだたりは山か谷のごとくだ。

 丞助は空のジュースパックを3つ、つぶしてくずかごへ。

 

 ここで、

「はぁー」

 と、またもため息してから階級について思う。


 ――軍隊では将官しょうかんが一番偉い。

 特戦隊とくせんたいでは天儀てんぎ司令と天童愛てんどうあい作戦参与がこの区分だね。天儀司令は、特戦隊の天儀はおべっかつかいとじゃっかん下げていわれるけど、軍隊で大将とか実際お目にかかれないから凄いんだぜ?


 ――つづいて佐官さかん

 これは綾坂の上官でトップガンの林氷進介りんぴょうしんすけの区分。かなり偉いね。その国の制度にもよるけど十分に一軍の将といえる。


 ――そして尉官いかん

 俺ら厨房の男子にとってあこがれで高嶺の花の鹿島かしまさんはこの区分だね。仮に俺が鹿島さんとくっつけば、完全逆玉だな。もちろん仮にの話だよ。特技兵の俺には指をくわえて見てるしかないから。


 ――准士官じゅんしかん

 これがアヤセと黒耀の区分。ブリッジ勤務があるから2人は無駄に階級が高いんだよ。ブリッジには将官が立つからね。釣り合いというのもあるけど、ブリッジでは他の国の艦艇などとのやり取りもあるし、そのときに下っ端すぎるとまずいだろ?特技兵が通信にでてみろ。相手の艦長絶対に気を悪くするから。


 ――下士官かしかん

 これが俺の妹綾坂の区分。二足機パイロットは超特殊技能とされるので卒業すれば無駄に最初から階級が高い。そしてトントン拍子で出世する。綾坂もあっという間に准士官で、すぐにアヤセと黒耀より上になるだろうな。


 なおアヤセの階級は、これでほぼ停滞。秘書官は中央戻らないと出世できないからね。船務科せんむかの黒耀はアヤセより階級あがるの早いけど、船務科は年功序列。ジリジリとしかあがらない。


 ――そして最後に士卒しそつ(もしくは兵卒へいそつ)。

 やっとでてきた。これが俺、春日丞助の属する区分。

 軍の最下層。船底せんていでうごめく愉快ゆかいな芋虫たちだ……!艦砲と二足戦主体の星系軍だと弾除けにすらならないぜ!

 

 なお士卒の区分に当てはまる階級を順にいうと。

兵長へいちょう特技兵とくぎへい上等兵じょうとうへい、一等兵、二等兵」

 

 調理師の俺は特技兵だから上等兵よりは偉いんだけど、兵長とそれ以外って感じで下の3つのあつかいにほぼ差はない。まあ二等兵はほとんど10代の教育中の新米だから誰にでもペコペコしてるけどね。


 そしてだ! 特技兵には昇給はあっても昇進はないぜ!! くそ! 厨房の長なればそれでお終い。あとはどれだけいい船のコックになれるかだけ。最高峰はもちろん国軍旗艦の大和やまと


 丞助は勢い思ってみたあとに、

「……」

 気持ちが沈み言葉がでない。最後にやけくそで気分を高揚させて考えただけに反動が大きいのだ。

 

「なんか虚しいぜ」

 と、もうため息すらなく、消灯して資料室をでた。


 艦内を進む丞助は、

 ――ま、くさくさしても、らちが明かないか。

 と気持ちを切り替え携帯を手に取った。


 綾坂と黒耀の作戦案の問題点をあらためて見ておくのだ。

 

「作業してれば気もまぎれるか。見落とした点が見つかるかもしれないし」

 丞助は端末を手早く操作。問題点が列挙されたテキスト表示。それに目を落としながら進んだ。


「結局は資料室でできた作業は、綾坂の作戦の行動と行動の間の空白部分を埋めたのと、黒耀の作戦案では絶対に必要ないと思われる兵器のつかいかた説明を削除しただけか」


 ――俺が思ったようには作業は進ままなかったな。

 丞助が手元を見つつ考えながら艦内を進んでいると、唐突に目の前に人の気配。

 

 ――しまった!手元に集中しすぎて気づくのが遅れた!

 そんなことを思ってももう遅い。気配は直前。衝突は必至。

 

 ――ぶつかる!

 と思った瞬間。

 向かいからきた相手が、さっと身をかわして進路を譲ってくれた。

 

 避けてくれた相手は男で、丞助の不注意と、ながら端末というノーマナーを特にとがめるでもなく、そのまま過ぎ去ろうとしていく。

 

 慌てて顔をあげた丞助の視界にあったのはすでに男の背中。


「あの――!」


 丞助は謝罪、もしくは感謝なりを行動でしめさなければととっさに思った

 が、なんだ? というように振り返った男の顔を見て丞助は驚いた。


「し、しれい?」


「ああ、私か? そうだ司令だな。どうした?」

 

 艦内で一番偉い人間が、特技兵の自分つまり一番下っ端ともいっていい相手を避けたのだ。

 

 丞助は真っ青、

天儀てんぎ司令、申し訳ありません!!」

 思わず叫んでいた。

 

「はは、前を見て歩いたほうがいいな」

 

 司令天儀は、やはり特に咎める様子もなくそう応じてきた。


「いえ、規律の乱れとなります。指導をしていただきたいです!」

 

 特技兵とはいえ丞助にもプライドがあった。艦内を注意散漫で歩いたうえに、司令官にぶつかりそうになる。軍人しての意識が欠けている。

 

 けれど丞助の視界の中の天儀は、

「つまりマウンティングか。動物じゃないんだ。私はそんなことで上下関係を確認しようとは思わない」

 といってむしろ表情をゆるめた。

 

 丞助は怒るどころか微笑んで見せた天儀へ、

 ――なるほど。

 と思った。


 綾坂たちが司令は話しかけやすいなんていってたけど、これは確かに話しかけやすそうなふんいきだ。1,2歳ていど離れた学校の先輩みたいだ。

 

「いえ、ですが」

 と恐縮する丞助へ天儀は。


「で、君の私への要求は懲罰ちょうばつが欲しい。具体的には殴ってくれということか?」


「はい!」


「君はマゾだな」

 笑っていう天儀に丞助は困惑。

 

 ――普通なら間違いなく叱責とビンタなんだけど……。

 

 艦内ではあるきながら端末は操作は禁止されている。なぜなら今回のように衝突につながるからだ。下手をすれば怪我もするし、いらぬいざこざになる。


「それに陸奥改の乗員だけでなく、星系軍に所属するような人間は基本的に優秀で理性だ。上意下達じょういかたつを頭で理解できるだろう。君がいま恐縮しているのがその左証だな」


 丞助へそういう司令天儀の言葉は自信に満ちていた。

 

 ――すごい。これが星系軍大将か。

 と丞助は思った。部下にはみくびられない。だから規律も乱れない。という確固たる自信が感じられる。

 

 丞助は自分とは違うな。とも思い心の痛みを感じた。勅命軍の戦隊司令ともなれば、二足機パイロットを挫折した自分とはやはり違う。

 

 丞助がそんな後ろ暗いことを考えていると、天儀が身を寄せ、

「それよりなにを見ていたんだ。夢中になって目の前に気づかないほどのものとはなんだ。動画か?」

 そういって丞助の手にする端末をのぞき込んできた。

 

 丞助は司令天儀の強引さに硬直。拒否するわけにも、振り払うわけにもいかない。

 

 そして丞助の肩を抱くように身を寄せてきた司令天儀には、

 ――くだらないもんだったら、ぶん殴るってやる。

 という威圧感。

 

 ――殴らないじゃないのか。矛盾むじゅんしてる!

 丞助が焦るもすぐに思い直す。

 

 待った――。俺の端末の画面に表示されているのは作戦案の問題点のテキスト。天儀司令から激昂を買うようなものは見てないぞ。よかったセーフだ。

 

 けれど一難去ってまた一難。必死に心を落ちつけようとする丞助の手から端末が消えていた。天儀が丞助の手からさっと奪ったのだ。

 

 丞助が、

 ――え?!

 とほうけたように面食らう。

 

 丞助は緊張でかなりかたく端末を握っていたはずだった。それがあっさり司令天儀に抜き取られた。どうやって奪われたのかわからない。

 

 いま緊張と驚きで青い丞助の目に映るは、端末の画面に目を落とす天儀。その顔からは感情のおきどころは読めない。

 

 下っ端丞助には特戦隊で一番偉い男、つまり天儀の行動は予測不能だ。

 ――ヤバイ。殴られるかも。

 丞助は生きた心地がいしない。

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