12-(1) 勝ちへの駆け引き
第一機動部隊は大型母艦の翔鶴、瑞鶴を基幹とする母艦4隻による元グランダ軍の主力部隊だ。これがほぼそのままスライドし、同君連合軍籍の第一機動部隊に。
総勢は14隻でも次世代型母艦が2隻の存在感は圧倒的。
広大な星の海に存在感は際立っている。
そして繰り返してしまうが、この第一機動部隊の司令官は、
――足柄京子。
両軍合わせて約2,000隻規模が会した星間会戦で単騎駆をはたした不死鳥。あの天童愛が「怪鳥が――!」と叫んで一斉射を命令。撃ち落としそこねた相手だった……。
旗艦翔鶴のブリッジ中央の司令官座では――。
〝で~ん〟と足を乱暴に目の前のコンソールへ乗っけてふんぞり返ってマニキュアを塗る若い女性が1人。
そのふてぶてしい態度の女性の容姿はといえば――。
腰まである焦げ茶のロングのストレート。スタイルはよく。ヒールも似合う。座ってはいるが背丈は並の女性以上というのはわかる。そして、ひと目で別格とわかる将官の軍服。
これが足柄京子だった。
「それで特戦隊だっけ? 子義、それはいつくるのよ」
「姐さん……」
とため息をつく厳しい髭面の40代の男。
足柄の副官の子義だ。子義はこの年下の上司にまったく頭があがらない。
「だからなんども説明したでしょ。特戦隊が護衛艦2隻を受け取りにくるって、それが今日ですよ」
だが足柄は興味なさげ左の人差し指にマニキュアを塗る作業に夢中。
「てかね。そもそも特戦隊ってなによ?」
「それも聞いてなかったんですか。勅命軍ですよ。反乱した李紫龍の誅殺ために帝がご準備なさった戦力です」
「え、ってことはまさかグランダ軍籍ってこと?」
「そうなりますな」
「へー時代錯誤もいいとこね。いまだに皇軍なんて気取ってるわけ?」
副官の子義はなんと応じていいかわからない。
たんに、
――不敬。
とうのもあるが、子義の目の前には、
『朱華色|(うすいオレンジ色)の飾緒』
を誇らしげに付けている足柄がいるのだ。
朱華色|は皇帝の色。つまり足柄が自慢げに付けている特別製の飾緒は帝からの賜り物で、皇帝権威が手に取れる形となったようなもの。
子義からすれば、
――朱華飾緒を付けていて、そんなこといいますかい。
というものだ。大いに矛盾している。
「姐さん。それマニキュアで汚さないでくださいよ」
「え!? 汚れちゃってる?」
いえ汚れてません。汚さないように前もって注意したまでです。という子義の言葉は足柄の耳にはとどかない。
「大変、この朱華飾緒、特賜品なのよぉ!」
「ええ、知ってますよ。本来、朱華色の飾緒は大将軍のみが下賜されるもの。この飾緒を付けるのは軍装の皇帝と大将軍だけです。皇太子にだって許されない。それを姐さんは別格の戦功を称えられて特賜された。それを付けることができるのは大変名誉なことです」
「そうよー。これを大将軍以外でもらったのは私をふくめて5人だけ。超特別よ。私って有象無象とはちがう別格なんだから」
そういう足柄は朱華飾緒に汚れがないことを確認し一安心。マニキュアをポシェットへとしまい込む。
「で、話を戻しますけど」
「ああ、護衛艦2隻を勅命軍へ分与って?」
「はい」
「ダメ却下」
「なんと?! 最高軍司令部からの命令はすでにきているんですが」
「現場の裁量よ。無理なもんは無理。ランス・ノールが気を変えて、惑星ミアンへの進撃を開始したらどうするの。いまは私の第一機動部隊しか止めれる戦力ないわよ」
「ですが――」
「だいたいね。紫龍の坊っちゃんの奥さんを帝が勘違いして殺したのがいけないんじゃない。それを勅命軍だから? へそが茶を沸かすわよ。一昨日きなさいっての」
「ですがね。最高軍司令部からの命令ですよ?」
「だから現場の裁量よ。法的には問題ないわ。しかも特戦隊ですっけ? 確か9隻でしょ。なら2隻増えたところで変わんないわよ」
子義は、我々も護衛艦2隻が減ったところで大して変わる状況でもないですが? と思いつつも言葉がでない。
「だいたいね李紫龍を誅殺したい? そんなの帝のわがままじゃない。もう一度いっちゃうけど紫龍の坊っちゃんが裏切ったのって帝のせいでしょ。そんなのに付き合うなんてよっぽど暇なヤツよ?」
子義の顔は苦いが、
――確かに。
とも思う。
今時勅命軍なんて拝命してしまうお調子者は、どうせ朝廷のおべっかつかいだろう。
「時代は国家統合。新国家樹立に向けて動いてるってのに、いまだにグランダ軍とか皇軍とか勅命軍とかいっちゃって、拝命した廷臣は脳みそが化石にでもなってんじゃない。いま天京に残ってるのはミソッカスばっかね」
子義は、そこまでいいますかい。と苦笑い。
そこに通信オペレーターからの、
「入電です!」
という報せがブリッジに響いた。
すぐさま子義が内容を確認し足柄へ伝達する。
「件の特戦隊からの入電です。護衛艦2隻の分与を求めていますが……」
「無視よ。無視」
「ですが無視はいかがなものかと。ここは大人の対応をですね」
つまり命令どおり2隻の分与を、と子義はいいたいのだが、
「無視がまずいなら……。そうね、軍籍を同君連合軍にして出直してこいっておくってやんなさい」
と足柄から通信オペレーターへ直接命令。
通信オペレーターからは了解! とい威勢のいい返事。命じられた通信オペレーターは笑いを噛み殺し完全に面白がっている。
数秒後には、
「『発、第一機動部隊・旗艦翔鶴、司令官・足柄京子。宛、陸奥特務戦隊司令官。〝軍籍変えて一昨日きやがれ〟』で送信完了!」
という報告。
とたんにブリッジ全体にクスクスという苦笑。
――また姐さんが面白いこと始めたぜ。
――今度はおべっかつかいの廷臣相手か。
――そんなやつどうせ宇宙にでるのも初めてだろ?
――どうなるか見ものだぜ。
そんなやり取りが小声で飛び交う。
ブリッジで1人だけ副官子義の顔は苦い。
「姐さん程々にしてくださいよ。せっかく第一機動部隊の司令官なんですから。これで更迭とか嫌ですからね」
「なにいってんのよ。いつものことでしょ。いい女はねなめられたらおしまいなの」
「なんとか始末書で済む範囲でおさめてくださいよ」
「ふふ、これから面白いわよ~。朝廷のおべっかつかいを泣かして追い返すんだから。おべっかの対象の皇帝様はもう軍には物いえないってわからしてやるわ」
子義は空笑いするしかないが、ブリッジにはワクワク感。
足柄は、
「通信閉鎖!」
と、さらに命令。
「外部からの入電をシャットアウトですか?」
「とりあえずガン無視決め込んで、なにしてくるか様子見よ」
「そこまでしなくても……」
「さーて特戦隊のおべっかつかい殿は、どう出てくるかしらぁ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「翔鶴から返信ですが、〝軍籍変えて一昨日きやがれ〟だそうです……」
という報告が陸奥改ブリッジにはもたらされていた。
秘書官の鹿島容子は、
「へ?」
というマヌケな顔。
返信の内容は想定外にして、想像外。鹿島には報告がなにを意味しているかすらわからない。
「それだけか?」
司令天儀が確認すると、
「はい」
という通信オペレーターからの返事。なお、いまの通信オペレーターの当番は天儀に作戦案の作成を命じられた1人黒耀 るいだ。
「くそ、足柄め。やはりか。なめてやがる。誰のおかげでその椅子に座れてると思ってやがる」
天儀が小声で吐き捨てるように悪態。
鹿島が、こんな行儀の悪い天儀司令初めてかも? 怒ってる? と驚くなか、
「天童愛――!」
という天儀のよくとおる声。
「どうせ足柄は通信閉じてやがる。電子戦でこじ開けろ!」
呼ばれた天童愛はその端正な顔に驚きいっぱい。
「ぞんざいに呼びつけられて一方的に命じられた――」
というのが天童愛の驚き。友軍への電子的攻撃命令への驚きではない。
これまで天童愛にこんな頭ごなしに命じてくる男はいなかった。誰もが自分をアイスウィッチとか雪女と畏怖してはばかった。
天童愛は、
――敬愛するお兄様にすら気をつかわせてしまっている。
と思うことすらあるのだ。
天童愛はツンと横を向き。
「あら。わたくしは作戦参与。今回は電子戦は仕事には入っていませんね」
「バカいうな。電子戦科の申し子がそれをいうか」
「嫌ですったらですったら。嫌なんです」
駄々をこねるようにする天童愛に、天儀の表情は舌打ちせんばかりに苦い。
そこへ鹿島が、
「それにです。友軍相手に電子戦は問題です。静かなる戦い電子戦でも、仕掛ければ完全に敵対行為。ここは穏便にですよ。ね?」
と口を挟んだ。
そう電子戦を仕掛ければ、最早、威嚇行為、照準器を合わせたなどではすまない。重力砲を射撃したとの同じ。完全に戦闘行為に入っている。
だが天儀は鹿島の進言を黙殺。
「なあ作戦参与殿、いまの第一機動部隊の司令は足柄京子だ」
天童愛がピクっと反応した。
「だから?」
「俺は思うんだが星間会戦で飛び出た足柄京子のビスマルクへ〝まず電子戦を仕掛けていたら〟どうなっていかとな」
「あら、どうなっていたと?」
「足柄京子のビスマルクは足が止まって、撃ち抜かれていたんじゃないか?」
「そうかしら。憶測に過ぎませんねそれは」
そう天儀のいうことは憶測に過ぎない。そもそも足柄の当時のビスマルクはグランダ艦隊の一部だ。その電子的防御はビスマルク単艦ではなく、艦隊全体。簡単にコントロールを乗っ取り動きを止められるなど妄想だ。
「あっそ。できない。天童愛はその程度の電子戦能力と」
「な――!」
「もういい。横で見てろ。超重力砲でぶち抜いて2隻をかっぱらう」
「失礼な! 発言を撤回なすってください!」
つめよる天童愛を天儀は無視。
「砲術長。第一砲塔は翔鶴の艦橋。第二、第三砲塔は昇降口を狙え。艦載機を発艦できなくする。第四砲塔は瑞鶴の艦橋だ」
突然、言葉を振られて驚く砲術長。
「え、バラバラの標的ですか? それも艦の細部を狙うとなると難しいと思いますが」
砲戦は船体の何処かへ命中させるのが精一杯。静止標的でもなければ、船体のどこへ当てるなどという指定は現実的ではない。
「なーに不意打ちだ。それに友軍からの攻撃など夢に思ってないだろう。こうなれば静止標的みたいなもんだろ? 絶対に先制は決まる」
「ですが第一機動部隊の艦載機を考えるに――」
命じられた砲術長の顔は青い。言葉を失っていた。
超重力砲を発射した瞬間に4隻の母艦からワラワラとでてくる艦載機の群れ。二足機の小さな噴射口の光点が集まり、大きな一つの塊となって特戦隊へと迫る。そんな光景が砲術長の脳裏にはまざまざと思い浮かびゾッとしたのだ。
そもそも機動部隊に砲戦能力重視の特戦隊が勝てるわけがないのだ。万に一つとしてない。
「通信オペレーター。オイ式部隊の林氷進介につなげ。最悪にして第一機動部隊の二足機部隊に完全展開を許せば総勢で10倍程度だが、なんとかさせる。逆境はチャンスでもある。やりきれば宇宙最強の二足機乗りだ。我が義弟進介は喜んでやってくれるだろう」
命じられた通信オペレーター黒耀は唖然。
砲術長の顔は真っ青をとおりこし真っ白。
秘書官の鹿島はオロオロするばかり。
天童愛も、ただ目を見開いて驚くしかない。攻撃的な彼女にとっても、友軍を平然と攻撃するといいだした天儀は異常だ。
「機動部隊まるまる撃破しようと思うからいけない。心を攻める。瞬時に旗艦を沈黙させれば降伏を強いれる。ものの数秒でことを終わらせればヤツらは戦意を喪失する。最初が肝心だ。砲術長、絶対に外すな。そうすれば20秒後には第一機動部隊がまるまる特戦隊の戦力だ」
天儀がズイと迫った。砲術長が逆らえずに、そうろうと動きだした。
天儀はそれを確認すると天童愛を一瞥。見下すような態度。
「はぁー。俺の氷華ならやってくれたんだけどなぁ。氷華ならこんな面倒なことにならなかった電子戦で一発だった」
瞬間、天童愛が、
――他の女と比べられた!
とカッとなった。
「誰ですかその女は!」
「俺の元電子戦指揮官だ。優秀なやつだった。お前じゃなくてあいつにするんだった」
「な――!」
「ミアンでお前を降ろして氷華を乗せてくるんだった。俺の判断ミスだ」
天童愛の目に怒りの冷気。その身に猛吹雪をまとっていた。
「砲術長!」
天童愛が叫だ。
「はい!」
と敬礼する砲術長はもう動けない。天童愛の気迫に氷漬けだ。
あとは通信オペレーターだが。
「黒耀さん、わたくしがやります」
「へ?」
「すっこんでなさいってことです!」
とたんに通信オペレーター黒耀も氷漬け。停止した。
天童愛がコンソールの操作を開始。
それを満足そうに眺めるのは天儀。
「コントロールを乗っ取って、翔鶴ブリッジとの通信を開いてくれ」
「誰に物をおっしゃってるんでしょかそれは」
「我がマジックソードにだ」
「バカおっしゃい」
天童愛がピシャリといったが、その顔は嬉々としていた。久しぶりの電子戦。つまり実戦に天童愛は全身で喜びを覚えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
怒れる天童愛が第一機動部隊の14隻へ電子戦を開始して10分後――。
翔鶴のブリッジ内の画面という画面に天儀の顔と、
『あしがらぁああ!』
という怒声。
足柄京子は、
「げ、天儀!」
と顔を引きつらせ叫んでいた。
副官子義の顔も青い。
ブリッジのクルーたちの顔もだ。
自分たちが「朝廷のおべっかつかい」と、おちょくっていた相手がまさかの、
――元大将軍。
第一機動部隊はグランダ軍の戦力がほぼそのままスライドしているうえ、先の戦争では大将軍直属の部隊として戦っている。天儀は直属の上司といっていい。そして足柄も子義も、その下の多くクルーたちも天儀の取り立てでいまがある。
翔鶴のブリッジはまるごと色を失った。
足柄は、
「姐さんまずいですよこれは!」
という子義の言葉に応じる間もない。
『てめえこのやろう! 2隻だ! いますぐよこせ!』
という天儀の怒声が響いたからだ。
足柄も動揺でいっぱい。
だが、
――ここで狼狽えたら女がすたるわよ。
というもので足柄は胸を反らし腕組み。冷や汗を垂らしながらも不敵に笑い返し、
「あーら、ダメよ。第一機動部隊って14隻よ?」
髪の毛をかきあげながら応じた。
『だからなんだ?』
「その内の2隻って多すぎなのよ。12隻になっちゃうじゃない。第一機動部隊は14隻で電子防御からあらゆる行動を組み立ててるわ。突然2隻減ると困るのよねー」
『なるほど一理ある』
「でしょ? 補助艇2隻あげるから我慢しなさい」
『いや、それはできない。そもそも、この戦力分与は正式命令だ。お前も最高軍司令部への非服従はまずいんじゃないか?』
「は? 脅したって無駄よ。アンタも帝も権力を笠に着て、わがままいっちゃって相変わらずガギね。大人になりなさいよ」
天儀がため息。
『で、護衛艦2隻を渡したくない本当の理由はなんだ?』
「本当の理由って――」
『第一機動部隊の護衛艦は本来6隻で十分だ。護衛艦2隻と巡洋艦の2隻は補強戦力にすぎない。行動の基本ベースは10隻で組み立てられている。こんなことを俺が知らないわけないだろ。もっともらしい言い訳を並べるのはよせ』
「そんなのあれよ。えっと――」
天儀は、いいよどむ足柄を目にして、
――こいつやっぱり大した理由じゃないな。
と看破。
『どうせくだらん理由だろ』
「違うわよ。ちょっとイヤじゃない。そうなんとなくイヤなの。私の14隻よ。減っちゃうってなんかいい感じしないわよ」
これに天儀が驚きや怒りをとおりこして絶句。どうせ、ろくでもない傲慢不遜な理由がくりだされると覚悟していた天儀からしても、想像絶する酷い理由だ。
『な――! てめえこそガキじゃねーか!』
「はあ? 大人なんですどぉ! こんなグラマーないい女前にしてガキって眼病なんじゃないの!」
『はぁ。まいい。お前といい争いをするとガキの喧嘩だ』
「はいはい。負け惜しみね。とっとお引き取りくーださい。さようなら。バーイバーイ」
『なあ、足柄、電子戦担当者にいまの艦コントロールの掌握率を聞いてみろ』
「なに突然いいだすのよ?」
不思議顔の足柄に青い顔の子義が、
「姐さんまずいです。14隻全部が30%割りそうです。全艦のコントロールの70%が特戦隊の手にあります」
と耳打ち。
「え、うそ。マジ?」
『どうだ。うちの電子戦要員は攻勢最強だからな。システムに侵入を許した時点でいっかんの終わり。ジ・エンドだ』
「どうだかね。すぐに奪い返すわよ」
足柄が油汗を浮かべながら強がった。
『まあいい。お前に分与する気がないのなら護衛艦8隻は全部もらっていく。あと10分後にはコントロールは完全に奪える。お前は母艦4隻と巡洋艦2隻でせいぜい頑張れ。ここは重要航路だ。絶対に死守しろよ』
「はあ? なに勝手いってんの。最高軍司令部が黙ってないわよ」
天儀がまたため息。
『なあ足柄。俺は実質陸奥改1隻に天下の第一機動部隊14隻がまるまるコントロールを乗っ取られたってのはヤバイレベルの不祥事だと思が、お前はどう思う?』
足柄はとたんに真っ青。
「か――」
口からは、かすれた空気がもれただけ。
『俺としては素直に2隻渡してくれれば黙ってやっててもいいと思ってる。なあ2隻ぐらい、いいだろ? 護衛艦2隻が欠けると艦載機が夜泣きして困るってわけじゃないだ』
「な、なによ。私を脅そうってわけ?」
『そうじゃない。取引だ』
「馬鹿いってんじゃないわよ。それに友軍相手に電子戦しかけるって、なにやっちゃってくれてんの。処罰されるのはあんたよ」
『そうか――』
天儀が冷たくいった。その目にはなにもない。ただ体貌から青白い炎。
足柄はゾッとしたが、後に引けない。というのがいまの彼女でもある。
――脅しには脅し!
と脊髄反射。
「全艦載機隊に発艦命令。母艦外周で編隊を形成し待機。予定攻撃目標は――」
足柄はもう自失。自分がなにを口走っているのかもわからない。
だが、最後にでるはずの、
「特戦隊!」
という攻撃目標をつげる言葉は音にはならなかった。
「姐さんいけません!」
副官の子義だった。
足柄は気づくと子義に腕を握られていた。足柄は自身で気づかないうちに、拳すら振りあげていたのだ。あげていた拳を振りさげれば戦闘開始の命令だ。寸前のところだった。
子義は足柄の腕をガッチリと握ると同時に、
――バン!
とコンソールを殴りつけるようにして通信を遮断。上官足柄の醜態を陸奥改側にさらさせなかった。
足柄はブリッジ内のすべての目が自分に向いていることに気づき、
――子義の制止の言葉はブリッジ全体の思いね。
と確信した。
子義の制止の言葉は全員の意見が、子義の口をかいしてでたに過ぎない。
「元大将軍には恩があります。軍内で跳ねっ返りの我々を一番華のあるところで起用してくれた。それに姐さんのフィアンセを救ったのは元大将軍です。恩をアダで返すんですか?」
子義の言葉に続きブリッジ内からは次々と言葉があがる。
「姐さんは意地っ張りだから引けないのはわかりますけどね」
「たまには、ゆずったっていいじゃないですか」
「進むばかりが脳じゃないってね。足柄京子は知将の面もある」
「ま、そもそも最高軍司令部からの命令に従うだけですよ」
「そうそう。姐さんが調子にのって下手こいたなんて誰も思いませんって」
子義が最後の言葉に、
「バカお前それをいうな!」
一喝。口にしたものは肩をすくめた。
足柄が敢然と顔をあげ不敵に笑った。覚悟を決めたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
護衛艦2の戦力分与は無事終了。
陸奥特務戦隊は約4時間後に第二星系内へと出発となる。
「ふう。一時はどうなるかと思いました。無事に2隻渡していただいてよかったです」
そう安心するのは鹿島容子だけではない。
特戦隊と第一機動部隊は電子戦を行なったのだ。これは戦闘行為。戦ったということである。
「一時はどうなっちゃうかと思いましたけど。もう天儀司令、無理しちゃだめですよ?」
「すまない。ついな。以前にも足柄には色々手を焼いたからな。カッとなってしまったよ」
「うふふ。そうなんですか」
こんな大事件の後にも鹿島はご満悦。
鹿島の胸には、
――サイン色紙。
鹿島はあわや戦闘開始か。となった直後のことを思いだした――。
陸奥改の中央の大画面に映し出されてている足柄京子は、
「ふん。冗談よ。どこまで本気かためしただけ。目指すのはカサーンでしょ。敵地のド真ん中じゃない。ありえないぐらい危険よ。でも、そこまでの覚悟があるなら仕方ないわ。2隻渡すわ」
といって一転して2隻の分与を承諾。
副官子義からの進言に折れたという形だが、はたから見れば押し合いのすえの押し負け。
足柄の顔には苦しさがあるが、胸を張り腕組みして強気の態度。
「いくら私が第一機動部隊の率いていたって助けに行けない。孤軍奮闘することになるんだから頑張りなさいよ」
この言葉に応じたのは天儀ではなく、一歩前に進みでた深雪の美女。
「あら、ご心配痛み入りますわね」
「げ、天童愛……」
なんでこの女が――。と驚く足柄。
足柄とは天童愛は直接の面識はないが、お互い既知の相手だ。
「あら足柄司令に、ご存知いただけてるなんて光栄ですね」
「ご存知もなにも――」
と足柄は絶句、
――アンタのほうが有名じゃない。
という言葉は続かない。
そんなことを口にすれば悔しい。相手が格上だと認めたようなものだ。
天儀はこんな敵だった女まで引っ張り出したってわけ。というか電子戦で一方的にやられたのは納得ね。この六花の天童愛相手じゃうちの電子戦要員じゃ歯がたたないはずよ。
天儀は、そんな驚く足柄へ、
「そうだ。足柄」
思いついたようにいった。
「なによ?」
「こいつが君を尊敬してるそうだ。お前を尊敬だなんて、俺には信じがたいが、ありがたいファンだぞ」
こいつとは鹿島容子だ。
鹿島は突然天儀から背中をバーンとされ驚きの表情で目をパチクリ。キョトンとする。
「へー、見る目あんじゃないその娘」
「で、鹿島」
「はい!」
「鹿島は足柄のサインが欲しいんだな?」
「え? あ!? はい! 欲しいです!」
そんなやり取りを見守っていた足柄はあごをなでつつ。
「ふ~ん。鹿島って。あの主計部の至宝の?」
「え、私をご存知なんですか足柄司令官!?」
「そりゃあね。有名よあんた」
「そうなんです?」
「秘書官なのに最前線の勤務を熱望。主計学校時代には軍のアカデミーに作戦研究の論文まで提出したって変わりものでしょ」
そう鹿島容子はやはり有名だった。いい意味でかは別だが。
けれど鹿島は満面の笑み、
「はい!」
と透きとおった返事。鹿島からすればきっと評価されているに決まってるのだ。
「で、私のサイン欲しいの?」
コクコクとうなづく鹿島。その姿はなんともあざと可愛い。
――う、可愛い。小動物みたいで、ちょっといじめたくなるわねこれ。
今回の鹿島のあざと可愛いさは、足柄の嗜虐心を呼び起こしていた。
「う~ん、どうしよっかなぁ」
もったいぶる足柄に、とたんに悲しそうな顔の鹿島。
――あーら。歪んだ顔もいいじゃない。
だが、そこに天童愛からの、
「わたくしからもお願いできないかしら? 星間会戦のフェニックスのご達筆、拝見したいわ」
という言葉。
天童愛はいい終わるとニッコリ。
そこには、
――もったいつけないで早く書け。
という有無を言わせない圧力。
――なにこの女怖すぎなんだけど。
足柄は肝を冷やして、あっさりサインを承諾。副官の子義に色紙とペンを持ってくるよう指示。
鹿島はペンを手にした足柄へ、
「あ、飢えた狼って二つ名も書いてくだい!」
と大胆要望。
横で聞いていた天儀といえばたまらない、
――ブー!
と吹きだし大笑い。
天童愛も目を丸くしてから、笑いを噛み殺している。
対して足柄の顔は苦い。
「そっちはダメよ。見てくれだけのウドの大木が勝手に付けたやつだから。不名誉な意味が混じっててるわ」
「うぅーカッコイイのにぃ。非公認ですか?」
「そう。非公認ね」
足柄はそういってペンをキュッキュと動かしてから、
『the Phoenix』
と名前の下につけ加えた色紙をカメラへ向かってかかげた。
「これでいいでしょ?」
「はい! ありがとうございます! 一生の宝物です!」
こんなやり取りがあって鹿島の胸にはサイン色紙が抱かれていた。
鹿島が思いだすなか天童愛は、
「それにしても天儀司令は戦いが大好きなようで。今回も勝ってご満足ですか?」
という謎めいた言葉を残してブリッジをでていってしまった。
天儀はフンっとした態度。鹿島は疑問顔で、でてゆく天童愛を見送った。
「それにしても天儀司令はすごいです。天童愛さんを焚き付けちゃうだなんて」
「今回は彼女のおかげだな。彼女の電子戦で足柄を黙らすことができた」
「でも、もうむちゃはよしてくださいね。あのまま物理的な戦闘に突入したら大変だって慌てたんですから。もうっ」
安心感から少しふざけていう鹿島に、
「いや。戦闘にはならない」
という天儀の言葉には重みがあった。
「え?」
「あいつがビスマルクの艦長から、母艦部隊の司令官に抜擢されたのはなぜだと思う?」
「えっと、女だてらに卓越した指揮能力。新軍でも主戦力の司令官に抜擢されたのは足柄司令の実力ですよね?」
「いや違う」
「えぇ!?」
と、鹿島には驚きしかない。天儀はあまりにあっさり否定しすぎだ。それに鹿島からすれば、実力がないのに重要戦力の司令官だなんて、そんなわけない。というものだ。
「彼女の第一機動部隊の司令への任命は本人の熱烈な希望をくんでの論功行賞の結果だ」
「ほう。つまり?」
「足柄京子の本領は母艦機動部隊の指揮ではない。ということだよ」
鹿島は思ってもみない天儀の分析に驚きで応じの言葉がでない。
「足柄は巡洋艦や戦艦、艦隊決戦型の艦や部隊を指揮させればピカイチだが、大規模な二足機戦力を搭載した母艦群の指揮は未知数というより得手ではない」
「まさかそんな。部隊指揮が凄く上手い。なにをやらせても、そつなくこなすって『戦史群像』でも絶賛されてましたよ?」
「なるほどな。確かに並か、並より少しうえぐらいの指揮はするだろう。だがそれは物事の表面しか見ていない評価だな。足柄京子の能力の真髄はクルーの心の掌握にある。だが母艦に配置される二足機部隊の高官たちと足柄京子はウマが合わない」
「ほう。どうしてですか?」
鹿島は興味津々、身を乗りだすようだ。
天儀はそんな鹿島へ、
「足柄は剛毅だ」
と、いった。
とたんに鹿島に、
――あー納得かも。
という表情。先程の通信での足柄の腕組みする様子を思いだしたのだ。
「足柄には何者にも屈しないとう剛毅さがある。だが剛毅さとは相手を侮り軽んずるという側面も持ち合わす」
「侮り軽んずるですか……確かに今回の戦力分与のやりとりはまさに剛毅って感じですね。不良な部下からは頼られそうですけど、同僚や上司からすれば扱いにくそうです」
「そうだ。つまり教養があり品のいい二足機科の高官たち相手には足柄の剛毅は傲慢に映る。足柄も艦載機隊の高官たちも最前線で同じように度胸があるが、両者は水と油だ」
「わかりました! なるほどです。足柄京子は、第一機動部隊の司令官なのに麾下の艦載機部隊を完全に掌握しきっていないと。すごい興味深い見解です。リアルな軍人ならではです」
天儀から見て戦術面では凡庸な鹿島は頭はいい。理解力は人一倍だ。
「そうだ。足柄が艦載機部隊へ俺たちを攻撃しろといっても艦載機部隊は頑として動かなかったろうな。彼らが特戦隊への戦力分与という最高軍司令部からの指示を知らぬはずはない。正当な理由がないのに嫌忌している足柄の命令など聞くはずがない」
「だから天儀司令は物理的な戦闘にはならないと踏んでいたと」
「そうだ。そこで天童愛の電子戦があれば、一方的に要求を飲ませることができる。証拠がそれだ」
と天儀がいって鹿島のサイン色紙を指さした。
とたんに、
――あっ!
という顔の鹿島。
「すごい!」
鹿島は胸のサイン色紙に目を落としてあらためて感動。目をキラキラとさせた。2隻の戦力分与はもとから決まったこと、鹿島の胸に抱かれる足柄京子のサイン色紙はイレギュラーな一方的な要求。それを足柄京子は飲まざるを得なかった。つまり特戦隊は、天下の第一機動部隊との駆け引きに勝っていたのだ。
「あ、なるほど。勝った。天童愛さんがいった勝ったとは、こういうことですか。すごい――」
悪いがすごくないと思っていた天儀司令が、居丈高な戦争の英雄をさらりと制していたのだ。鹿島が陶酔のるつぼのなかに放り込まれていた。
天儀が少し笑った。
「鹿島。特戦隊は、これから敵地のなかにすっぽり埋まる。君には大いに期待しているぞ」