十二章プロローグ (鹿島の期待)
陸奥特務戦隊は第一機動部隊に近づきつつあった。
秘書官の鹿島容子が陸奥改ブリッジへ足を踏み入れると、
「鹿島――!」
という大声がブリッジ全体に響いた。
――ひぇっ!
鹿島は内心悲鳴。慌てて駆けだす。
なんででしょうか。遅れたわけでもないのに。今日も5分前行動。完璧です。
鹿島が司令指揮座の下のデスクに到着すると、
「遅い!」
またも天儀のからの大声。その声からはいら立ちがうかがえる。
鹿島は、
「うぅすみません」
と応じつつ、
――天儀司令ったら今日はどこか不機嫌?
などと思いながら艦内用の端末片手に報告を開始。
「2時間後に第一機動部隊との接触です。ここで護衛艦2隻の戦力分与をうけ、さらに第一機動部隊側から希少品の補給を受け取り4時間後に第二星系内へ向け進発。小惑星カサーンを目指します」
報告する鹿島は天儀の理不尽な大声にさらされたのに、どこかソワソワ。トレードマークであるホワイトブロンドのツインテールも落ちつかない。
そんな鹿島は報告を終えると携帯端末を小脇にかかえ直し、
「現在9隻の特戦隊ですがこの戦力分与により、なんと11隻になっちゃいます。これで十分に戦隊の名に相応しい戦力です」
ニッコリと笑った。
「ミアンで六川と星守が最高軍司令部相手に頑張ってくれたおかげだ。よもや最高軍司令部から戦力を引きだすとはな」
「そうですね」
と応じる鹿島は、もう誰がどう見てもソワソワモード。
その顔だけでなく全身で浮かれまくり、ツインテールまで喜色に染まっている。
「知ってます司令?」
「なにがだ」
「第一機動部隊の司令官です」
「足柄京子だろ? それがどうした」
「それがどうしたって凄いじゃないですか。星間会戦の不死鳥にして戦闘に飢えた狼! あの足柄京子なんですよ!」
「なるほど歴女にしてミリオタの鹿島からすれば足柄司令は生きる伝説的か」
「それです! 生きる伝説! 星間会戦で敵艦隊約1,000隻を前に単艦でと飛びだし、会戦の開始直後の敵初弾と次弾を単艦で引き受ける離れ業! 約1,000隻の砲門をたった一隻で、ですよ!」
天儀はもう鹿島の勢いにタジタジ、
――1,000隻からのってお前。
と苦笑いしかない。
一大宇宙会戦に臨んで艦隊は中央・左右という部と、部内で戦列を形成している。足柄司令が駆る戦艦ビスマルクがいたのは中央部。しかも後尾の戦列艦艇が照準できたかは、まったくもって不明。
――多くてもせいぜい300隻ぐらいじゃないか?
天儀は、これでも多すぎるぐらいだ。と思いつつも鹿島の迫力に気圧されるしかない。趣味を語るときの鹿島は無敵だ。周りが見えない。
「宇宙会戦での初弾は重要。おかげでグランダ軍は一方的に敵の戦列に満遍なく損害を与えることができた。ま、足柄司令の行動は神技に等しいな」
「そうですよ」
と、鹿島はなぜか誇らしげ。
「それで、それで。足柄司令との通信とかありますかね?」
「戦力分与の手続きはすでに惑星ミアンの六川と星守がすませているし、第一機動部隊へは最高軍司令部からの命令もでているはずだからな」
「あるんですか?ないんですか?」
鹿島がデスクの向こう側にいる天儀にぐいっと見を乗りだして迫った。
「電信で旗艦同士の定形通りの挨拶。あとは事務方同士で手続き済ませて終了。合流する護衛艦2隻の艦長からの私への挨拶はあるだろうが――」
「足柄京子とは会えるんですかね?」
かみ合わない会話のすえに、鹿島が自身の欲望を全面に押しだしていた。
「なぁ鹿島ぁ」
と天儀がため息。だが鹿島は気づかない。チャンスは逃したくない。
「あの、その、ちょっとわがままかもなんですが、もし司令官同士が旗艦に招きあっての挨拶とかあるなら、是非にも是非にも私鹿島を同伴していただけないでしょうか?」
「なぜだ?」
鹿島は人差し指を合わせてモジモジ。あざと可愛い仕草を交えつつ。
「足柄司令と握手とかしたいです。ダメですかぁ?」
瞬間、天儀のこめかみにビシっという青筋。あわせてグッと奥歯をかむ仕草。だが浮かれている鹿島は気づかない。
天儀はすぐに努めてにこやかな表情を作りだしてから、
「いや、そういうのはないだろう」
と応じた。
「えぇー、ないんですかぁ」
「残念だがな」
「あ、そうだ。こちらから提案しませんか? 星間会戦の英雄である足柄司令を新鋭艦に生まれ変わった陸奥改へお招きしたいって。どうでしょう?」
「鹿島、足柄司令は第二星系と惑星ミアンとの航路の守備任務中だ。持ち場の監視に忙しい。敵は第二星系内での守備に徹しているようだが、方針を変えて攻撃に転ずる可能性だってある。同君連合軍の首都の一つミアンへ特別攻撃ということも、なくもない。そして我々も先を急いでいる」
「うぅー。そうですかぁ」
鹿島が全身で意気消沈。ツインテールもとたんにしぼむ。
「鹿島、足柄司令に会ってどうする。サインでもねだる気か?」
「いえ、そんな! ミーハーな!」
鹿島は耳まで真っ赤になり、
――あ、でも機会があれば欲しいです。サイン。それに。
と、ボソボソといってから、
「最初にいったとおり握手ぐらいはしたいかなー。なんてんてね?」
取りつくろったように笑った。
――はは。鹿島のなかでは握手はセーフかで、サインはアウトか。
天儀は内心苦笑い。
自己紹介で自然と握手をすれば、それはたんなる挨拶でミーハーとはいわない。だが、握手もねだれば色紙にサインをねだると同様にミーハーだ。
「なるほど君は、そういうところは正直で大変よろしいな」
「えへへ、そうですかね」
と頭をかく鹿島。皮肉はつうじていない。
天儀はため息一つ。もさも残念そうに言葉を吐いた。
「悪かった鹿島。私にもっと力があれば足柄司令へ、優秀で可愛い私の秘書官に面会してくれと掛け合えたのだが……」
「そんな――!」
鹿島が両手のひらを天儀に向けて大慌て。自分の欲望が補佐すべき天儀を傷つけてしまったと、これでは名補佐官失格だ。
「天儀司令は十分すごいです!」
「いや、いいんだ。鹿島すまないね。司令である私が悪いんだ。君を足柄司令にあわせてやる力がない。私は無力だ」
「私、天儀司令の戦歴はよく知らなくて、ごめんなさいなんですけど。それでも天儀司令は運良く大将って最高階級。それだけでも凄いのに帝の覚えもめでたくて――。あと、あと。あ、そうだ。小さくても戦隊司令ですよ! 自信持ってください。ね?」
天儀には生暖かい笑顔。ありがとう。と口にし、鹿島はそれを聞いて安心。ほっと一息だ。
「それじゃあ。第一機動部隊との接触は戦力分与についての事務的手続きだけで終わりでですか」
「ま、そうだが――」
鹿島は煮え切らない天儀へ、他になにかあります? と疑問顔。
だが天儀は、
「そんなにすんなり行くかどうか」
と苦い顔でもらしただけで仕事へ戻ってしまった。