(十一章エピローグ) 主計室の乙女たちは
陸奥改の主計室――。
特戦隊の経理を担う秘書官たちがあつまるこの部屋は、本来じみ~でキノコでも生えてそうといわれるような職場だが陸奥改ではちがった。
扉を開ければ美しい声の三重奏。挨拶だ。そしてデスクには大輪の花が三輪。つまり美しい顔が3つ。扉を開けた瞬間に耳目が潤い芳しい香りもただよってきそうだ。
そう、本来じみ~でメガネのガリ勉が集まっていそうなこの部屋は陸奥改ではまさにお花畑。
若い男性隊員たちが用もないのに無理やり、
――ちょっと厚生福利のことを聞きたいんだ。
とか、
――給料や保険の話。
などと用を作って扉を開けにくることも少なくない。
そんな陸奥改のお花畑は、いまは雑談の真っ最中。
話題はこの部屋の主。
――筆頭秘書官の鹿島容子。
秘書課の高嶺の花である鹿島容子がシャクナゲなら、いま部屋にはバラ、ユリ、ボタンが咲き乱れる。背景に花柄のトーンを背負っていそうな女子たちだ。
そんな花の1人が土佐瑞子。三等秘書官。彼女はサイドテールが縦ロールしいていかにもお嬢様という感じの女子。
「ドレッドさん本当なの鹿島筆頭が天儀司令へ作戦案を提出なさったって?」
「私はエマから聞いたけれど……」
応じるアリエス・ドレッドは短髪で焼けた肌。ボーイッシュで、いかにも同性からモテそうな女子だ。
アリエスがエマこと、エマール・パパンをチラリと見た。ちなみにアリエスも三等秘書官だ。
そしてエマールはメガネが知的で物静かなふんいき。たたずまいからはいかにも秘書官という感じ。アリエスは2人より上の二等秘書官だがじゃっかんお手当(給料)が違うだけで主計室での立場は同等。
エマールはアリエスから話題を振られても、気なく視線を返しただけですぐに手元に目を落としてしまった。
アリエスは、
――あはは。
と乾いた笑い。
しばらくいっしょに働いてわかったけど、これって無視ってわけでもないのよね。でもねぇ。話しかけてもほとんど無反応。変わった娘ね。無口であまり喋らないし、たまに1人でニヤニヤしてるし、なに考えてるのかわからないのよねエマって。
「あのパパンさん?」
瑞子が苦笑いのアリエスに変わって迫るように声をかけた。
瑞子の性格もあるが、しつこく声をかければ諾々と応じてくるのがエマールでもあるのだ。
瑞子からいわせればエマールは、
――感度の悪い電子機器。
「ちゃんと目を見て、はっきりとお声をかければ反応しますわ。会話も成り立ちますし、パパンさんはおっとりして鈍いだけですわよ」
ということらしい。
ま、これは瑞子のお嬢様然とした強引さだ。普通なら一瞥されて応じられなければ無視されたとあきらめるか、アリエスのように会話を続ける気力を失う。
「パパンさんは鹿島筆頭が作戦案を作ったという話どこでお聞きになったのかしら?」
問いかけられたエマールは虚空を見つめてから一言。
「アヤセさん」
「あら、ヤアセさんがいってらしたの?」
だが、エマールは首を横に振った。
「ならアヤセさんが誰かから聞かされているのをたまたま聞いたとかかしら?」
「なるほどね。アヤセさんは私たちと違ってブリッジの当番も多いし、艦内の噂話もよくしってるから納得ね」
「違う」
――じゃあ誰?
瑞子とアリエスの2人は困惑。
情報源はアヤセだが、アヤセが喋っていたわけでもなく、アヤセと誰かが喋っているのを聞いたわけでもない。謎だ。
「アヤセさんがメッセージ打ってるが見えた」
「げ、覗き見しましたの?」
「ちょっとエマったら見えても見ちゃダメよ!」
「そういうわけじゃない」
エマールがなぜかニヘっと笑っていった。2人の驚き顔が彼女には面白かったのだが、瑞子やアリエスからすればエマールの笑いの理由は不明。ただ不気味なだけだ。
じゃっかん引き気味の2人。
けれどエマールは気にもせずに、
「でも凄い。秘書官で作戦案の提出って聞いたことがない。グランダ軍初かも?」
といって2人を交互に見た。
アリエスが、
――ちょっと瑞子。なんとかしなさいよ。
と縦ロールの瑞子へ目語。
瑞子の強引さでエマールが会話に乗ってきたのは明らか。ここで会話はお終い。というわけにもいかないというのがアリエスだ。如才ない彼女は瑞子以外には気づかいが多い。
瑞子はアリエスの視線に仕方ないですわねという嘆息一つ、
「提出された鹿島さんの作戦どんな内容だったんでしょう。パパンさんはご存知?」
といって話題を膨らませた。
「野心的で冒険的で面白い作戦」
とたんにグイッと見を乗りだす瑞子とアリエス。2人も軍人の端くれその内容を知りたい。
「なんでも包囲殲滅を提案したって」
「「すごい!」」
瑞子とアリエスの2人が同時に叫んでいた。
将来の歴代最年少の主計総監間違いなしといわれる鹿島容子。
――ならきっと内容も精緻なもの。
瑞子もアリエスも、そしてパパンもそう思う。いや、特戦隊の隊員たち誰もがそう思うだろう。実態は司令天儀と通信オペレーター黒耀るいのみぞ知るというところだ。
「天儀司令は鹿島筆頭の作戦を激賛したって話を聞いた」
エマールが付け加えると、
「いえ。〝見た〟ですわよねパパンさん?」
と確認。
エマールがコクリとうなづいた。
やはりエマールの情報源はアヤセのよう。
――ならアヤセさんがいらしてから直接聞いたほうが正確で早そうですわね。
と瑞子は思った。
「でも私作戦っていわれましても、正直なところ想像つきませんわ」
「秘書官の私たちって完全に後方担当だからね。特戦隊発の作戦っていわれても書類の山が襲ってくるぐらいしか思わないわね。目の前には数字、数字、数字」
「でも、いまは最前線」
「それでもよ。しかも、なんか他の隊員さんたちとは距離感ない? 秘書官は距離置かれてるっていうか」
「それは感じる」
「確かにドレッドさんのいうとおり、特戦隊の秘書官はお客さんみたいなつかいなところはありますわね」
「有能な鹿島筆頭のおかげだと私は思うの。天儀司令がきわめて鹿島筆頭を重用してるから、主計部全体が特戦隊から一目置かれちゃてる感じ。この前トレーニングルームで運動してたら秘書官チームが司令周囲固めてて艦隊高官はかたなしだなんて噂されてるの聞いちゃったんだから」
エマールが、
――固めてる。
というワードに反応。グヘッと笑ってから、
「こんど天儀司令の艦内巡回を秘書官全員でついてくの面白かも」
笑いかたは不気味だが2人も思わず笑った。
鹿島、アヤセを先頭に司令天儀につづく秘書官5人。ぞろぞろと大名行列だ。
「ま、そんな冗談はさておき。主計室で、ブリッジでお勤めしてるのは鹿島筆頭とアヤセさんがほとんどですわよ。瑞子たちがこうやって目の前にするのは物資の管理状況のチェックと帳簿の整理。いたって普通で地味な秘書官の仕事ばかりですわ」
「鹿島筆頭は偉いわね。主計室で一番働いていて、仕事は他人任せにしない。それなのに独自の作戦案を提出だなんて、ブリッジ当番でも積極的に天儀司令へ話しかけてるって信じられない」
今度は瑞子がアリエスの言葉に反応し、
「そういえば、お二人はブリッジ当番の時間はなにをしていて?」
といってアリエスとエマールを交互に見た。
「お茶くみ。あとは無言。ブリッジ当番暇」
「同じくお茶くみね。たまに船務科の雑用手伝ってるわよ。そういう瑞子はどうなのよ?」
「不本意ながらお二人と同じくですわ。先日は私物で持ち込んだ実家のおせんべいをお出ししたら好評だったくらいですわね」
瑞子の実家は食品全般を扱う大手食品会社だ。瑞子はどうしても話題に実家を鼻にかけた発言をさしはさむ癖がある。
瑞子の発言が終ると3人が同時にため息。鹿島に比べて自分たちはなんとも情けない。
お茶いれて、おせんべい配ってるだけ。あとは暇しているか雑用だ。
そこに、
「鹿島さんが特別なのよ。私もブリッジじゃお茶くみなんだから」
という声。
3人が声へ振り向くと、そこにはマリヤ・綾瀬・アルテュセール。真っ黒なストレートヘアの彼女は主計室のナンバーツー的存在だ。部屋の中の3人は話に夢中でアヤセの入室に気づかなかったのだ。
室内の3人はそそくさと立ち上がってから敬礼。会釈しながら着席。それをニッコリ笑顔の敬礼でうけるアヤセ。
アリエスが問いかけた。
「アヤセさん。お疲れ様ですブリッジどうでした?」
「鹿島さんが作戦案出した話題で騒然よ。お手洗い行くと船務科が2,3人ついてきて根掘り葉掘り聞かれちゃったわ」
「うへ、大変でしたね」
「天儀司令が鹿島さんの作戦案をほめちぎったのブリッジの結構な人が聞いてたらしいわ。だから噂になっちゃってるみたい」
「では鹿島筆頭の作戦が採用されるのですか?」
「それは違うみたい。実のところ天儀司令は別の2人に作戦案を作るように指示して、鹿島さんがその日ブリッジ当番で一部始終を見守ってたらしいの。それで後日作戦案を提出って流れ」
「え、じゃあ独断で?」
驚くアリエスに聞いていたエマールや瑞子も交互に驚きの声。
「アグレッシブすぎて怖い」
「越権行為ですわね……」
そこに、
――コホン。
という咳払いにつづいて部屋には声が響く。
「鹿島容子は考える――」
主計室の入り口には秘書官にして自称参謀の鹿島が立っていた。
アヤセ、そして瑞子、アリエス、エマールの4人が鹿島へ注目。
「二足機科と船務科が作戦を作っていいのなら――」
注目を浴びる鹿島は漫画立ちなんていわれるかっこいいポージング。
そんな鹿島へ誰となく。
「いいのなら?」
「なぜ主計科が作ってはダメなのか。命じられた2人は私から見ても素人同然。思えば作戦なんて誰が作らなきゃいけないなんて決まりはないのです。なら、やる気があれば行動に移すべき。妙案があれば進言は当然。むしろ黙っているのは罪。な~んて色々理由はありますけれど――」
鹿島はここで握りこぶし、めいっぱいためてから、
「作戦は誰が提出したっていい!」
と力の限り宣言してさらに継ぐ。
「とはいえ、とはいえ、指示されたのは二足機科と船務科のお二人で、私鹿島の作戦が採用される可能性はきわめて低い。越権行為でもあります。でも、ここで攻めなきゃ私じゃない。作戦案づくりに勝手に途中で参戦です!」
室内には、
「おぉ~」
という賛嘆と声と拍手。
鹿島は照れながら、
「とはいえ採用されるかは別の話ですけどね。却下されちゃいました」
テヘッと舌をだしあざと可愛い仕草。
思わず4人が笑った。
「でもアヤセ的には、それでも凄いと思います。それに天儀司令は鹿島さんの作戦をほめてたっていうじゃないですか。さっきカフェで休憩してたら作戦のわかる秘書官たちがいて安心だ。雑用係の秘書官という認識をあたらめるなんていわれちゃいましたよ」
とたんに瑞子、アリエス、そしてエマールが尊敬の眼差し。その瞳はキラキラと輝いている。そもそも3人にとっては、あの主計部の至宝鹿島容子といっしょに働けるというだけで感激でもあるのだ。
「瑞子も尊敬の念を思います。鹿島筆頭は実戦部隊の指揮なんてこともお考えなんでしょうか?」
「二足機隊による遠距離攻撃なんてよさそうですね。この手の作戦は細かい仕事全部主計室でつめますから」
「秘書官であり部隊指揮官……」
「先の戦争では電子戦指揮官であり筆頭秘書官ってのがありましたわ」
「なら逆の秘書官にして部隊指揮官ってのもあり!? 鹿島筆頭は凄いです。私そのときは寝る間も惜しんで兵站の計算しますから」
瑞子、アリエス、エマールの賞賛の嵐。
鹿島は、
――ま、そんなこともありますけどね。
と、エッヘンとまんざらでもない顔。
そこにアヤセが、
「鹿島さんは統幕長とか参謀本部を目指してるわけでもないんですよね?」
と問いかけると、
「秘書官が名補佐官でなにが悪い!」
鹿島は大胆宣言。
秘書官のまま名補佐官という宣言は、秘書官の4人の心を強く打った。主計室は花たちからの喝采につつまれた。
「私、鹿島容子が目指すのは歴史的には軍師なんていわれちゃう名参謀なんです!」
さらに夢見る鹿島が見得を切るなか特戦隊は、足柄京子の第一機動部隊を目指して進んでいる――。