11-(4) 星系封鎖の行方
陸奥特務戦隊が足柄京子の第一機動部隊から戦力分与を受けるため進むなか最高軍司令部は、
『星系封鎖の解除』
を宣言。
陸奥改のブリッジ中央では天儀が、
「解除は人道的理由だと、笑わせる。紫龍に主要航路の抑えを撃破されて意味をなさなくなっただけだろ」
誰へとなくいった。
天儀は司令指揮座の下のデスクに座っている。
この天儀の言葉を聞き逃さなかったのは秘書官であり自称筆頭参謀の鹿島容子。
鹿島はトレードマークのホワイトブロンドのツインテールのゆらしつつ天儀へ近づき、
「第二星系という長大な封鎖網はどうして無残にも破れ去ったのか」
と大好きな『戦史群像』ふうの語り口。
「鹿島か」
「司令はなぜだと思います?」
「こんなもんは子供でもわかる」
「うふふ、私もわかりますよ」
「本当か?」
天儀が信じられんと疑いの目を向けると、
「そうですよ。それに子供でもわかるんですよね? なら簡単じゃないですか」
鹿島はそういって人差し指を立てしたり顔。
対して天儀は引きつった笑いで取りつくろう。お前などにわかろうはずがない、という態度を取れば鹿島のモチベーションかかわる。というのが天儀の自重の理由。
こいつは秘書官としてはきわめて優秀だ。いや、素晴らしいほどに便利すぎる。いえばなんでも返事一つでやってくれる。
だが、天儀は鹿島の答えが知りたくもなった。
――まかり間違って正解ということもありうる。
というのが理由だ。人は日々成長する。正解すれば喜ばしいことで、そして鹿島の評価も見直さねばならない。
「じゃあ、いってみろ」
「ズバリです! 李紫龍が優秀だから! これですね!」
期待はしてはいなかったが、あまりにひどい理由に天儀が一瞬停止。
天儀はグッと奥歯を噛む仕草をしてから、そしてすぐにニコリと笑った。
鹿島も、
――大正解ですよね?
と上目づかいあざと可愛い仕草で微笑み返し、脳内では天儀からの「さすがだな鹿島は」という、おほめの言葉を期待。すでに鹿島の表情をゆるい。
天儀はそんな鹿島に毒気を抜かれ嘆息一つ。星系封鎖の顛末ついて説明を開始。
「今回、李紫龍が星系封鎖を電撃的に解除できたのは、紫龍の優秀さからではない」
いきなりでた鹿島の答えへの否定。
だが、とうの鹿島といえば――。のっけから自身の答えを全否定されたのにもかかわらず天儀の話に興味津々。
――おお違うんですね。理由はなんでしょう。
鹿島は持論に固執がない。いや、固執するほど練られた意見ではないというべきか。鹿島としてはポッと思いついた確信を口にしただけだ。違うといわれるだけなら不満だが、理由を教えてくれるなら、そちらへ興味大というものだ。
「そもそも星系封鎖など網羅する範囲が広すぎる。無駄だ。封鎖といって規定の航路を抑えるだけで未開拓のルートから抜けようと思えば簡単だ。誰だ考えたやつは」
鹿島が驚く。星系封鎖は最高軍司令部が考えたのだ。それもおそらく鹿島が一番憧れている東宮寺朱雀だ。そして東宮寺朱雀は最高軍司令部のトップ。
それを天儀は軍最高組織の作戦をあっさりと否定。
鹿島でなくとも軍人なら、
――え、安易に批判していのだろうか。
と驚くというものだ。
だが、天儀は止まらない。
「次に最高軍司令部の対応が後手に回り、逐次戦力投入したせいもあり、第二星系に展開した2個艦隊規模の戦力は、現場で統一の司令部を持たないというお粗末さ」
「お粗末なんですか?」
「まったくもってお粗末だ。封鎖艦艇の統一司令部の役割を李紫龍の率いた連合艦隊にやらせるつもりだったが、紫龍が反乱軍へ参加し連合艦隊は撤退したからな。第二星系内封鎖のために散らばった同君連合軍の艦艇は、統一の司令部を持たないままスタンドプレーを強いられバラバラだ」
聞かされた鹿島が思う。
おぉ~。そんな意味があったんですね。私はたんに前例のない星系封鎖はすごいと思っただけだったから。さすが戦隊司令となると一味違います。運と帝の威光で司令官になっただけとは違うんですね。あらためて尊敬です!
「封鎖は3隻から15隻の無数の集団が、各自の意思で点在しているだけ。この状況で各個撃破などたやすい」
――なるほどっ!
と鹿島は思った。このなるほどは、なるほどわからない、のなるほどだ。鹿島にはなぜ各個撃破がたやすいのかまったくわからない。
「最高軍司令部は星系封鎖している艦艇は、優勢な敵戦力が近づいてきたら逃げれば良いと考えていたらしいが正気を疑う。だからあんなにあっさり各個撃破を許したんだよ」
鹿島は思う。
でも敵が近づいてくるのは、索敵してて予めわかりますよね? 逃げちゃえばいいんじゃないですか?ダメなんでしょうか?
「あっさり主要航路の封鎖を破られ封鎖の体をなさなくなり、最高軍司令部は反乱軍から封鎖撃破の宣言がでる前に、慌てて人道的理由でなどといって封鎖解除を宣言。言葉で失敗をごまかした」
鹿島は天儀から説明されてもまだまだ頭は疑問でいっぱい。
けれど天儀は、
「とうことだ鹿島。わかったな」
といって説明を終えニコリと笑った。
「はい。ありとうございます!」
鹿島は満面の笑み。それは鹿島の正直な感想だった
だって天儀司令は自分ためだけに少々言葉は乱暴だが、長々と解説してくれたのだ。
――自分のためだけに。
そう考えると鹿島は天儀司令から特別視されていると実感がわき嬉しかった。
――私ってやっぱり秘書官として認められるんですね!
鹿島の気分は最高だ。
天儀はそんな鹿島を、
――こいつなんにもわかってねーな。
と思いながら笑顔でウンウンとうなづいていた。
「あ、お話したついでに一つ質問を。よいでしょうか」
「なんだ?」
「そのお聞きしにくいのですが特戦隊がカサーン基地を攻略しちゃうと、敵の攻勢がありますよね」
「そうだな。特戦隊がカサーン基地を奪えば敵は奪還にくる。いや、未然にカサーン防衛の戦力が派遣されてくる可能性が高いな」
鹿島がここでウ~ンと考え込む。
――11隻ではどうして大変そう。
これが鹿島の考え込んだ理由。鹿島としてはいま向かっている第一機動部隊から、もう少し戦力を引きだせないか、これを考え始めていた。
だが、天儀はそんな鹿島の心中など知らない。
「そうだ。あの不敗の李紫龍が自らくるかもしれんぞ」
ちゃかす天儀に、まだ考え込んでいる鹿島。
「どうした鹿島、李紫龍が怖いか」
天儀が鹿島の沈黙を恐怖として受け取っていった。
「え?」
と驚く鹿島。
「少数の特戦隊に李紫龍の大軍が襲い掛かってくるかもしれんのだぞ?」
「え、ああ、よくわかりません。でも怖くはないです」
「鹿島すごいな。肝が座っている。おそらく誰もが君より恐怖している。無意識のうちにな」
これは皮肉ではなく純粋な賛嘆の言葉だ。
強大な敵を前に「わからない」とは魯鈍とも映るが、
――この鹿島の鈍さは優秀さだろう。
と天儀は判断した。
ただの鈍感な木偶の坊では、本能的に恐怖して腹でも下すのがせいぜい。敵が目の前に迫って初めて慌てるだけだ。
だが鹿島は違う。強大な敵を前に沈着としている。
けれど鹿島は本当によくわからなかった。鹿島とて李紫龍がすごいのはわかるが、
――まったく怖さはないですけど。そもそも怖いものなのですか?
というものだ。
鹿島は戦場で恐怖を感じないのかもしれない。
そんなことより鹿島は天儀にほめられ気分がいい。ついつい口元がゆるむ。
鹿島が、
――私って単純すぎ?
と思うなか天儀が立ち上がった。
「さて私は優秀な秘書官のおかげで安心していまから食事を取れるわけだ」
「はい。任せてくださいね」
「このあと4時間のブリッジの責任者は天童愛だ。鹿島がしっかり補佐してやってくれ」
「はい!」
「彼女は攻撃的だぞ。仮に完全不明の飛行体を見つけて攻撃するといったら、たのむから止めてくれよ」
天儀の突拍子もない言葉に、
「ええ?!」
驚くだけの鹿島。鹿島には天儀の言葉の意図がわからない。
いま天儀の目には小さな口を結んでムムッと疑問顔の鹿島。なんともあざと可愛いらしい姿。
天儀はフッと笑って、
「不明の飛行体が宇宙人だったら困るだろ。天童愛の喧嘩っ早さで異種族戦争だ」
といった。
とたんに、あ! という島の顔。
「もう! 冗談ですね。天儀司令ったら――」
けれど鹿島の目には遠ざかる天儀の背。天儀はブリッジからでていくためにすでに歩き始めていた。
――ふう行っちゃいました。
鹿島は天童愛へ申し送りをする天儀を、
――なんか話込んでますね。
と眺めてから、司令指揮座近くの自身のワークスペースに座ってこれから4時間のスケジュールをチェック。それが終わると主計室から持ち込んだ書類の確認。
あ、そうだ。1時間前に足柄京子の第一機動部隊からの戦力分与関連の書類が提出されてました。見ておかなきゃ。
書類は部下4人に作らせたものだ。
鹿島は最初のデータを一目見て、
――さすがアヤセさんは完璧ね。直すところは2箇所だけ。
まずそう思った。
次は瑞子ちゃんの担当の書類と――。
鹿島は縦ロールのいかにもお嬢様とう土佐瑞子の容姿を思いだしつつ目をとおす。
おお瑞子ちゃんは自信のない箇所に黄色でマーク付けしてますね。わかりやすいです。う~ん。でも間違いは多いかな。あとで教えてあげないと。
で、次は瑞子ちゃんの親友のボーイッシュなアリエスさんの担当分。
縦ロールの瑞子が薔薇なら、高身長のスラリとした女子のアリエス・ドレッドは百合のイメージだ。
アリエスさんは必要書類がけっこう抜けてますね。これはまずいです。いまから軍法務局へ申請しておかなきゃです。
最後はエマール・パパン、愛称はエマちゃんですね。おお、さすがメガネで知的なエマちゃん完成度は高い。でも電子証明書の添付忘れてますね。エマちゃんはいま主計室だから――。
鹿島はデスクのマイクを引き寄せ、通話ソフトの『エマール・パパン』の名前を選択。
コール3回。
『はい、主計室のエマールです』
「エマちゃん? 戦力分与の書類の件なんだけど」
『はい――』
「電子証明書の添付忘れてるから。データをこっち送って」
『あ、不備がありましたか申し訳ありませんいますぐ作り直します!』
「いいよ、いいよ。だいじょうぶ。私が添付して書類は完成。データを送ってくれればOK」
『え、よいのでしょうか。申し訳ありません』
「うん。上出来だよ」
鹿島はそういって通話を終了。
鹿島は背筋を伸ばし、目には集中力の火が灯り顔は真剣。
手始めに一番直しの多い瑞子の作った書類を、
――カタカタ、カターン!
とタイピングの音がしそうなほどのものすごい速度で訂正。続いてアリエスの書類に取りかかり必要書類を6個ほど申請。最後にエマールから送られてきた添付ファイルを書類にくっつけ完了。
終わった瞬間、鹿島は一息、
「ふいー終了です」
と、あざと可愛くいうが、普通なら1時間以上はかかる作業をものの10分。その事務処理能力は人間業ではない。
鹿島には書類を眺めるだけでその要点が掴めてしまう能力がある。そして、
――読む。
ではなく、
――見る。
である。加えて理解したことは忘れない。これが『主計部の至宝』と呼ばれるゆえんだ。
そんな鹿島の神技を驚きで眺めていたのは、いまブリッジの責任者の天童愛。
鹿島が天才なら天童愛も間違いなく軍事的に傑出した大才がある。
天才は天才を知るとまではいわないが、天童愛は伸びをする鹿島へ、
「ご苦労様です。お紅茶どうぞ」
といって声をかけ紅茶のパックを差しだした。
とたんに慌てる鹿島。お茶出しは秘書官の仕事だ。
それもいまブリッジで一番偉い相手から。しかも天童愛は特戦隊内の序列は司令天儀に次いで2位。鹿島の軍人評価では戦歴は軍を抜いて一番だ。まだ鹿島のなかで司令官天儀は軍経理局で出会ったときの〝名無しの大将さん〟のまま。星間戦争の勝利者などとは夢にも思わない。
「すみません私ったら。あ、そうだ。皆さんにもお茶ださなきゃ!」
「いえだじょうぶですよ。手の空いていた船務科の方がやってらっしゃいましたから。それに主計部の至宝にお茶くみだなんてブリッジの皆さんが逆に困ってしまいますよ」
「うぅ。失態です。ブリッジではブリッジのお仕事なのに。次からは気をつけます」
「天儀司令とお話してましたからね」
「ああ、そうです。星系封鎖について話してました。凄いんですよ天儀司令は。星系封鎖は無駄だって。最高軍司令部をはばからずだいじょうぶなんでしょうか?」
「あら、天儀司令らしいわね」
「ほお。じゃあ愛さんは星系封鎖についてどう思います?」
「あら、わたくし?」
「特戦隊で戦歴一番の天童愛の意見。よければ知りたいかなって……」
鹿島が恐縮そうにいうと天童愛は、
「う~ん。そうね」
と前おいてから、
「わたくしも星系封鎖はまどろっこしいかしら、あのにっくったらしいランス・ノール相手ですし、真っすぐ行ってひっぱたいてやるような作戦を取るかしら」
と、いった。
「そっか愛さんはランス・ノールとはお友だちでしたっけ?」
「不本意ながらね。お兄様があのコウモリ男と仲が良かったのでわたくしも仕方なくです」
鹿島はアハハ。と苦笑い。天童愛のものいいはどうも手厳しい。
そして星系封鎖については天儀司令も、作戦参与天童愛も否定的……。
「あの、じゃあやっぱり星系封鎖は下策だったんでしょか?天儀司令は酷評してました」
「それはどうかしら。これは、いわばものの考え方の違いね」
「ほう?」
「わたくしが思うに、最高軍司令部としては、賢人委員会がだした交渉によるファリガとミアンノバの攻略という方針にこだわったんだと思いますよ」
「政治的な方針に、無理してでも従った?」
「そうですね。そもそもランス・ノールの独立宣言を担保しているのは、反乱の2個艦隊ですけれど、この2個艦隊の存続を可能にしているのは2個の惑星の存在」
「あ!」
と鹿島が叫んだ。
「そうですわかりました?」
「かも? 答えは一つじゃない。正解は2個ってことですよね?」
「ご名答」
天童愛が笑っていった。
「2個艦隊を排除すれば独立は維持できない。ですからわたくしと天儀司令は2個艦隊の撃破に重きを置きました」
「でもファリガとミアンノバが独立から離脱すれば、反乱軍は戦力を維持できなくなり2個艦隊はおのずと頽落する」
「そう戦わずして勝つ。これが星系封鎖の狙いね」
「おぉ~。やっぱり星系封鎖はやっぱり凄い戦略だったんですねぇ。さすが朱雀将軍がお立てになった作戦です」
天儀は星系封鎖を酷評したが、それは戦いに対する考えかたの違いだった。
そもそもランス・ノールの独立を担保しているのは、反乱した2個艦隊だったが、この2個艦隊の存続を可能にしているのは2個の惑星の存在だった。
2個艦隊を排除すれば、第二星系は独立を維持できない。だが逆に艦隊も二惑星なしには存在できない。
補給が受けられない、かつ根拠地を持たない宇宙艦隊など孤軍ですらない。宇宙で立ち枯れるだけだ。海賊行為に手を染めて奪い続けるなど先が見えている。
つまり惑星さえ離脱させてしまえば、戦闘など発生せずに反乱は終了する。
この戦略的見通しが星系封鎖と、李紫龍の率いた連合艦隊の派遣という二つの作戦となって発動したのだ。
だが派遣した連合艦隊は撤退。そしていま星系封鎖は解かれた。
賢人委員会は再協議の結果、東宮寺朱雀に艦隊を率いさせファリガとミアンノバを調略させることを決定。2個惑星の調略もって反乱鎮圧を目指すという方針は貫かれた。
しかし結局のところ天儀が指摘したように星系封鎖は、空前の大封鎖網という衝撃は大きかったが、抜け穴も多くあまり用をなしていなかったのだ。
しかも封鎖を解除されたことで印象がガラリと逆転。むしろ第二星系の独立の追い風となっていた。
目下、状況はランス・ノールの神聖セレスティアル優勢で進んでいる――。