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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十一章、陸奥改は作戦行動中
71/189

11-(3) 小惑星カサーン

 陸奥改むつ、第一格納庫――。

 ここは現在オイ式二足機(にそくき)の専用格納庫。

 

 ここでは機体の調整などだけを行う場所ではない。フライトシュミレーション装置なども設置され、二足機パイロットたちの訓練場でもある。

 

 宇宙での航行は長い。作戦行動中でも喫緊の状況でもない限り、パイロットたちの日々訓練は絶え間なく繰り返される。

 

 特に発着艦訓練は重要だ。飛べない日が数日ならまだしも、それが重り1週間、10日となれば、テランパイロットも腕もあっという間に地に落ちる。これが新兵ならなおさらだ。特に発着艦時の事故の確率は跳ね上がる。

 

 が、そんな新兵の春日綾坂かすがあやさかは、

「毎日毎日、単調な飛行訓練って飽きるのよねぇ」

 とストローと容器が一体式のジュースを片手に機体制御のソフト調整中。

 

 綾坂の空いたほうの手には携帯端末。画面にはソフト設定のテンプレート。


「えーと私はパイロット適正Aだから。こうで。あと午前の発艦と着艦評価はB+とB-。あーちょっと悪かったわね。だから、えっと設定は――」

 

 現在、綾坂が行っているのは機体の、

 ――ビルド調整。

 と呼ばれる作業。

 

 ようは二足機へほどこすチューニングや調律のようなものだ。

 

 人には個性があるように、機体にも個性がある。量産型の規格品とはいえ1機、1機に微妙な癖は存在する。機体は温度などの環境からも影響を受ける。そして当然として使い続ければ部品の劣化による微妙な変化も生じる。ここにパイロット個人の腕と癖が加わると、同じオイ式二足機に乗っていてもフライト時の性能に大きく振れ幅がでてしまう。

 

 いい方に振れればまだいいが、パイロットの癖と機体の癖がチグハグ。人と機体が足を引っ張りあえば、機体の性能は大幅に低下してしまい大問題。


「あっという間に撃墜されるどころか、発艦失敗とか着艦失敗で二階級特進。そもそも戦死なんてゴメンだけど、戦わずして戦死なんて冗談じゃないわよ」


 そんな目にはあいたくないので、パイロットたちは自分に合わせた超がつく程の細かい調整を日々繰り返すのだ。

 

 さらに機体が温度や宇宙線のなど環境的な影響を受けるように、人間の調子もその日によって違う。ベテランのパイロットは、その日の自分の体調を見極めベストなビルド調整をほどこし最高のパフォーマンスを叩きだすが――。


「人に個性があるように機体にも個性がって面倒なのよね。この微調整、毎日まいんちやる必要あるわけ? 昨日のわたしは今日のわたしと別人? そんなに変わるわけないっしょ。3日に一度でも多いぐらいよ」


 新兵のくせに綾坂はビルド調整をサボりがちだ。

 

 そこに、

「あ、や、さ、かぁ」

 という怒気の篭った声。


「げ、トップガン!」


「おい綾坂。それが上官に対する呼び方か!」


「失礼しました進介しんすけ隊長!」


「違う!」


「え?」


「げ、はいらんだろ。トップガンでいい」

 

 ――そっちかい。

 綾坂は苦笑い。


 適当に調整を行なっている綾坂に声をかけたのは、綾坂の所属する隼人隊はやとたいの隊長の林氷進介りんぴょうしんすけだった。

 

士三日しみっかわざれば刮目かつもくして相対あいたいすべし」


「はぁ?」


「昨日の自分と今日の自分が違うかどうかはお前しだいだ。違わないのは、お前に怠りがあるといことだな?」


 しかめつらを作っていう進介に綾坂は、

「そんなアホな……」

 と言葉にはださなかったが表情には露骨だ。

 

 それを認めた進介の表情は苦い。隊長の進介から見た春日綾坂は、女は愛嬌とばかりに、こまごまとしたことをサボりがち。誠実さに欠ける困った部下だ。叱りつけても、

 ――ニコッ

 と笑ってやりすごすのが常套手段じょうとうしゅだん。加えて口も上手い。


「あ、でも3日ですよね?」


「そうだな。人は3日会わなければ目をこすって見直すぐらい変わっているということだ」


「じゃ2日だし、やっぱり昨日とわたしと今日のわつぃって違わないんじゃ?」


「う――。た、確かに……」


「そうだ! 進介隊長、これを機会にビルド調整は3日おきにしませんか!」


「バッカモーン!」


「ヒッ」

 と、綾坂が目をつぶり肩をすくめる。


「お前な。また適当なビルド調整して。バレてないとでも思ったか。お前が勝手に死ぬのはかまわんが、巻き添え食うのは周りだぞ」


「うひ。死にたくない」


「じゃあ真面目にやれ。午前の着艦評価はB-だろ。精鋭の隼人隊はA以上が標準。それを前はB-って恥ずかしくないのか」


 いや、着艦できてりゃいいでしょ。と作り笑いの綾坂。

 

 着艦時に機体をすったわけでも、誘導線を大きく超えたわけでもないし、大きくふらついたわけでもない。

 

 ――それにB-って他の隊なら問題にならないじゃない。うるさすぎなのよ隊長は。

 と思った綾坂は。

 

「え、でもほら本来なら発艦も着艦もAIの補助があるから平気ですよ。むしろ私的にはなんで毎日AI補助切っての発着訓練するのかなって……」


「民間機じゃないんだぞ。そんな恥ずかしい真似するな。だいいちだ機体が損傷したら目視で着艦する可能性もある。それをお前は言うに事欠いてAIがあるからだとぉ!」


「ほら管制指揮所かんせいしきじょからの誘導もありますし、いざとなれば管制指揮所から遠隔操作も可能だし?」


「お前な。星間戦争では管制指揮所に被弾。根こそぎ吹き飛んで全滅なんて例もある。そこでもしAIがダウンした状態で戻ってきてみろ。お前自身の腕だけで着艦する必要があるんだぞ」


「また、そんなレアなケース……滅多にありませんよ」


「実際あったレアケースだ!」

 

 綾坂は青筋すら立てていう進介に、

 ――うへ~。今日はいつも以上に面倒くさいわね。

 などと思っていると、

『ピピ、ピピ――』

 というメッセージの着信音。

 

 音は綾坂の首から下げた端末から。業務用の方だ。

 綾坂だけでなく進介の目も端末へ。

 綾坂が見てもいいかと目で問うと進介がうなづいた。

 

 画面には――。

 >秘書官:鹿島容子かしまようこ

 >特戦隊司令から呼び出しです。ブリッジに至急こられたし。

 というメッセージ。

 

 あ、ラッキー。これで隊長からの小言も終了ね。と綾坂は思いつつ進介へ画面を向けた。


「兄さん、いや天儀司令から呼びだしだと……。お前なにした? まさか変なことしてないだろうな」


 綾坂は、

 ――あはは、なんで進介隊長って司令のことを〝兄さん〟って呼ぶのかしら?

 という前々からいだく疑問を横において、

「いえ、別に昨日、気さくに語らった?ぐらい?」

 と隊長の言葉に応じた。


「なに? まあいい。行け。お待たせしたら悪い」


「はい! では!」


「おい! 綾坂くれぐれも失礼のないようにだぞ! お前がなにかしでかしたら謝るの隊長の俺なんだからな!」


 綾坂は、はーい。と軽薄な返事をしつつ格納をあとにしブリッジへ向かう。

 ブリッジへ向かう綾坂の目には通路で見覚えのある黒髪と後ろ姿。


「あれ、黒耀じゃない。いまからブリッジって、今日は休みじゃないの?」


「天儀司令からの呼びだしよ。綾坂もでしょ」


「あら知ってるの?」


「ええ、呼びだし受けたときにたまたまアヤセが前にいて、アヤセが鹿島さん経由でアタシとアンタが同時に呼びだされるってこと知ってたわよ」


「へー。なんだろ。オイ式のパイロットのわたしと、船務科で通信オペレーターの黒耀の組み合わせって」


「あきれちゃうわね。わからないの?」


「わかんないわよ。なにかあんの」


「アヤセがいうには昨日の喧嘩したじゃない私たち」

 

 とたんに綾坂に、あー、という苦い表情。

 天儀司令からの呼びだしは昨日の資料室での喧嘩が原因。あの場では処分を保留して、今日厳重注意。ブリッジで大勢の前でガツンとやるわけだ。

 

 ――うへ。天儀司令って案外陰湿。

 と、綾坂は思いつつも、

「なんだ。わたしは黒耀の巻き添えなわけかぁ」

 怒られる原因を非難した。


「はぁ? 巻き添えは私。私がアンタの被害者よ」


「昨日はアンタが妄想作戦見てってわたしを呼びだしたんでしょ」


「よくいうわよ。綾坂が私の先に髪の毛引っ張ったでしょ。つまり綾坂が暴力振るわなきゃ喧嘩の寸前で事なきを得ていたはず。呼びだしなんてなかったわよ」


「アンタあいかわらず。ああ言えばこう言うわね。ちょっとは反省しなさいよ」

 

 綾坂が軽く肩をぶつけると、ムカッとした黒耀もまけじとぶつけ返す。その後はぶつけ合いの応酬。

 

 ついにはグイグイと肩を押し付け合いながら進み。ちょっとねアンタ。なによ。アンタのせいだかんね。アナタのせいでしょ。などと小声でいい合いをしながらブリッジへと入り、そのまま司令官の天儀の前に――。

 

 天儀は一段高い司令指揮座の下のデスクに座っていた。

 司令官を目の前にして敬礼しながらもにらみ合う2人。

 

 天儀はそんな2人を特にとがめもせずいきなり、

「特戦隊の目的は――」

 といって綾坂を見た。

 

「はい、賊将李紫龍(りしりゅう)の誅殺です!」

 

 綾坂は直立不動。黒耀も同様だ。さすがの2人も司令官に声をかけられてまではバトルは続けられない。

 

 そして、どういう切り口かは知れないが、とにかくここから自分ちは叱責を受け怒られて、最悪殴られる。

 そう思えば2人は表情だけでなく身も硬い。


「では黒耀。賊将を誅するにはなにが必用だ?」


「賊将李紫龍の率いる2個艦隊の排除ですね」


「で、具体的には?」

 

 天儀が2人を交互に見た。


「暗殺部隊を送り込むのは現実的ではないから……」


「いや、それありかも? 一服盛っちゃうとか。あはは」

 

 綾坂が冗談半分にいうと黒耀がすかさず反応。


「あいかわらず貧相な発想だこと。どうやって李紫龍に毒を盛るのよ。毒を盛るには潜入が必用じゃない。そんな特殊部隊は特戦隊にはいないわよ」


「あーら、わかんないわよ。極秘裏に乗せてるとか」


「アニメの見すぎよ」


「アンタだってアニメ大好きじゃない!」

 

 ここで天儀が咳払い。2人はハッと気づいてバツの悪そうな顔。

 

「暗殺は時として有効な手段だが万能ではないし、警戒されれば成功させるのは、ほぼ不可能だ。それにまどろっこしい。しかも成否にかかわらず世間体はきわめて悪い。仕掛ければ評判は最悪だな」


「あはは、わたしたちって勅命軍ですからね。暗殺はまずいですか……」


「そうよ。出発前に司令がおっしゃったじゃない。最後の皇軍だって。自覚持たなきゃ。綾坂ったら抜けてるわね」


「それに私の特戦隊は、暗殺などという陋劣ろうれつな手段は必要ないように戦力をととのえたつもりだ」

 

 天儀の言葉に2人の表情は苦い。

 だって特戦隊は合流をはたしても11隻。対して敵は2個艦隊の約300隻。規模が違いすぎる。

 

 2人は今後の特戦隊はなんやかんやいって、最高軍司令部(コジョレ)が新たに出す艦隊と行動をともにするのかな。などと思いつつも、11隻で300隻のなかに埋もれる李紫龍を誅殺するという無理難題を考えれば、暗殺ぐらいしか思いつかない。


「で、本題だ。特戦隊は第二星系を目指しているのは知ってるな?」

 

 うなづく2人に天儀は続ける。

 

「つい先程、戦隊会議があり第二星系内での作戦行動を行なうことが正式決定した」

 

 おお、ついに。と驚く2人は聞かされてもどこか他人事。そう2人は指示を待つ側。特戦隊の意思決定に関与するような立場にはない。具体的な任務達成のための行動計画を立てるのは戦隊の高官たちだ。

 

 2人は、

 ――今後の予定はどうなるんだろう?

 とか、

 ――どんな戦闘があるのかな?

 ぐらいにしか思わないし、

「なんで司令は私たちに、わざわざそんなことを教えるの?」

 という疑問しかない。


 そんな2人へ、

「そこで2人には同地の攻略のための作戦立案を命じたい」

 天儀が思っても見ないことを口にした。

 

「「ええ?!」」

 2人は思わぬ言葉に驚くしかない。

 

 天儀は驚く2人にかまわず自身の前のコンソールを操作し、第二星系の宙域図を立ち上げた。


「場所はここだ」

 

 綾坂と黒耀が身をグイッと乗りだし、天儀が指した場所をのぞき込む。

 

 天儀の指は――。

 ――ちょうど中間地点を指している。

 どこの中間地点かといえば惑星ファリガと惑星ミアンノバのだ。

 

 補足しておくと、第二星系には隣り合った二つの入植惑星がある。それがファリガとミアンノバの兄妹惑星きょうだいわくせいだ。

 

「特戦隊はここにある小惑星カサーンの軍事基地を攻略する。つまり基地攻略作戦だな。綾坂、黒耀。原案を作れ」


 宙域図に見入る2人は真剣だ。

 

「なんでここなんだろう黒耀はわかる?」


「わかんないわ。完全に第二星系内ね……」


「作戦線(兵站へいたん)が遮断されない?」


「作戦線? ああ兵站ね。作戦線なんていまどきつかわないよ。綾坂ったらカビ臭い用語つかうわね。おおかた最近アニメで見たんでしょけど」


「バカ言わない、アタシは知識が豊富なの」


「で、兵站ならしばらくは問題ないわよ。準備の内容によるけど、基本的に宇宙船は単体で補給無しでかなり長い間自律航行可能よ。それが11隻ともなれば相互扶助で1年はまったく補給なしで行動できるわ」


「うへ、対二足機の強襲を想定した高射砲群があるじゃない」


「でも基地主要部分周辺だけよ。それに綾坂の隼人隊のオイ式なら装甲あるでしょ。1,2発平気よ」


「軽くいうわね……仕掛けるわたしたち隼人隊はやとたいの身にもなってよ」

 

 黒耀も綾坂も宙域図に見入っている。

 天儀は熱心な2人へ満足げな視線を向けてから。


「ここは、軍事的にファリガとミアンノバの接合点になっている。このカサーン基地を我々が奪取すれば敵は物理的に連絡線を絶たれてきわめてやりにくくなる」

 

 2人に、なるほど、という表情。


「反乱軍の2個艦隊は、1個艦隊づつがファリガとミアンノバそれぞれの惑星宙域を中心に展開してるから、カサーン周辺には有力な敵戦力は皆無みたい」


 綾坂がいうと黒耀もうなづいていう。


「ちょうど二つの惑星の間が空白地帯になたるわ。侵入経路はありそうね」

 

 そう反乱軍がこの2惑星を重視しているのは誰でもわかる。そもそも独立宣言は2惑星の支持があってこそで、反乱軍は2個艦隊で2惑星の独立を担保しているが、対して2惑星は反乱軍を補給などあらゆる面で支えている。

 

「今回の作戦はこの2個の惑星を物理的に分断するのが目的だ」

 と、さらに天儀がいった。


『小惑星カサーン』

 当然惑星は、恒星の周囲を公転しているわけだが、この基地のある小惑星カサーンも恒星の周りを公転している。この小惑星カサーンが特殊なのは、常に両惑星の間に位置しているという点である。

 

 小惑星カサーンの成り立ちは、もともと惑星ファリガの衛星だったようだが、それが隕石衝突などの何らかの理由で両惑星の間に位置し、いまのように両惑星の公転合わせて小惑星もカサーンも公転する状態になっていた。

 

 ――常に両惑星の中間にある。

 というのが小惑星カサーン。

 

 内周を回っているファリガが先を行く形で、軍事基地のある小惑星カサーン、そしてミアンノバという形で斜めに並んでいる。


 天儀はまだ真剣な表情で図をのぞき込む2人へ。

「黒耀は参謀本部志望だったな。期待しているぞ。そして綾坂は戦術機隊にいるが、君も作戦立案をしろ。君には戦術眼があって才能がある」


 綾坂に思わずゲっという顔。対してそれを横目で認めた黒耀は憂鬱な表情。

 

 私、天儀司令に作戦を作れっていわれて内心小躍りすらしたけど。なんでまたお猿の綾坂さんといっしょなのかしら。

 

 黒耀は、よくよく考えると横の単細胞といっしょと考えるとなると気が重い。

 

「あの司令、失礼を承知で申しあげますが、私と綾坂さんと2人でというのは作業が進まない気がいたしますが?」


「なによ! あたしといっしょだと不満ってわけ」

 食って掛かる綾坂に、黒耀はため息。綾坂がさらにカッとなる。

 

「黒耀1人だと作戦はとんでもない妄想になるでしょ。天儀司令は私でバランス取るつもりなのよ。このわたしが手伝ってあげるの。ありがたく思いなさいよ」

 

 けれど黒耀は、

「はぁ――」

 と、ため息一つ。


「作り出す前からこれよ? 2人だと喧嘩になって進まないでしょ」

 

 綾坂はアチャーという表情から、確かにそうね。と苦い顔。

 天儀は2人を見て苦笑。


「いや、2人別々でいい。それぞれがカサーン攻略の作戦案を作ってこい」

 

 とたんに懸念を口にした黒耀だけでなく、綾坂にも喜色。

 2人の勝負が始まっていた。

 

 綾坂も黒耀も、お互い相手を負かしてやろうというやる気がみなぎる。

 そう、この時点でカサーン攻略作戦の作りは、2人にとってどちらの作戦が採用されるかという勝負となったのだ。

 

 黒耀が綾坂をニヤつきながら見る。

 ふ、単細胞の綾坂さん。今回は私の勝ちよ。いい機会だわ。その単細胞にも一生忘れられない敗北の屈辱を刻み込んであげるから。

 

 一方、綾坂もふっと鼻で笑う感じで黒耀へ視線を向ける。

 天儀司令はわたしに才能があるっていったのよ。そもそもアンタは知らないでしょうけど、わたしは戦術機隊の小隊から中隊規模の戦闘行動の作成を割とやってるの。妄想だけのあんたとは違うのよ。見てなさい吠え面かくわよ。

 

 2人の視線が絡む。絡むと同時に、

「フフフフ――」

 という不敵な笑いが2人からもれ、場は異常なふんいき。

 

 天儀は2人の異様な笑いに若干引きつつも、以上だ。といって退出を許可。

 

 綾坂と黒耀は入ってきたときと同様にお互い肩をぶつけないながらブリッジを後にしたのだった。


『惑星ファリガとミアンノバの物理的分断』

 この計画は天儀が特戦隊ミアン組の六川公平と星守あかりへあらかじめ命じておいたことだった。

 

 2時間前――。

 陸奥改の通信室――。

 

 天儀の眺める画面には、大きな瞳におかっぱ頭。気の強そうな口元。

 

 星守あかりが、

「カサーン攻略の許可が最高軍司令部(コジョレ)からでました」

 と開口していた。

 

「天儀司令のご要望どおりです。私と六川さんで掛け合って最高軍司令部(コジョレ)に、要望をとおしておきましたよ」


「さすが元軍令部優秀だな」


「六川さんが交渉人の能力を発揮して頑張ったんですから。あとは当たり前ですけど、前例がないので書類の手続きとか大変だったんですよ?」


最高軍司令部(コジョレ)は発足したばかりの組織だからな。書類の雛形とか、手続きの手順とかは一切ないか」


「そうです。なんども書類作り直して最高軍司令部(コジョレ)の統合司令部に掛け合ったんですから。それでやっと許可」


「星守よくやった。君は義務をはたした」

 

 ――また呼び捨て。まあ、もう上司だからいいですけど。

 星守は賛辞の言葉にくすぐったさを覚えつつも、

「恐縮です」

 と敬礼。

 

 通信は終了した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 同じころ陸奥改ブリッジでは――。

 

「1人は黒耀さんね。通信オペレーターだったはずだけれど……。もう1人はパイロットスーツだったけれど誰かしら」

 

 天童愛がとつじょ目の前で起こったできごとに驚いていた。

 作戦参与さくせんさんよ。それが天童愛の特戦隊での役割だ。

 

 そんな天童愛の目の前で展開したのは天儀から素人娘2人への作戦案を作るようにという指示。

 

 ――天儀司令はどこまで本気なのかしら。

 天童愛は船務科(黒耀)と二足機科(綾坂)という2人の新兵がブリッジをでていくのを確認すると天儀へと近づいたのだった。

 

 天儀はすぐに天童愛に気づき、

「やあ」

 にこやかに一声。

 

 天童愛は軽く会釈。天儀へ真意を確かめるような視線を向けた。


「君が近づいてくるとすぐわかる。涼しくなるからな。君は風呂上がりと夏には重宝しそうだ」


 まあ、と驚く天童愛は天儀の軽口を受け流し、

「カサーン基地攻略ですか。腹立たしいけれど、着眼点は素晴らしいと思います。反乱軍は艦隊を小さくまとめていて、惑星宙域の哨戒も満足にしていませんから基地には従来の警備隊程度の戦力しかないでしょう」

 という言葉からの本題を口にする。


「で、最高軍司令部(コジョレ)で、なにか動きがあったのですね?」


「2時間前に六川と星守から連絡があった。最高軍司令部(コジョレ)は、東宮寺朱雀とうぐうじすざくを司令長官にして連合艦隊を派遣してくる」


「朱雀さんが自らとは――」

 

 天童愛の驚きも無理はない。東宮寺朱雀は最高軍司令部(コジョレ)の最高責任者だ。それが自ら艦隊を率いる。


 最高軍司令部(コジョレ)に所属していた最強の軍人が李紫龍。その李紫龍が寝返った以上、もう東宮寺朱雀ぐらいしか適任者は残されていなかったともいえるが、天童愛にとっては最高軍司令部(コジョレ)の本気を感じさせる人選だった。

 

「新艦隊はミアン界隈かいわいではもう朱雀艦隊と愛称すらされているそうだ」


「で、その朱雀艦隊で反乱軍を排除するというわけではなさそうですね」


「そうだ。おそらく朱雀艦隊で反乱軍を牽制しつつ、惑星調略を行うというのが六川と星守の見通しだ」


「ま、朱雀さんなら上手くやりますわ」


「そこで我々が両惑星の接合点になっているカサーン基地を落とせば、反乱軍は戦力の一部を割いて必ず奪い返しにくる。反乱軍艦隊を確実に二分できるし、惑星調略への後援になる。ま、こうわけだな」


「敵が全軍、もしくは1個艦隊規模で奪い返しにきたらどうなさる気で? 特戦隊は11隻ですよ」


「それこそこちらの思う壺だ。11隻で2個艦隊を釣り出せれば最大の釣果だ。なんにせよ敵に本格的な攻勢に出られたら放棄して逃げるしかないが、一時的にしろ少なくない戦力を誘引できる意味は大きい。その隙きに朱雀の連合艦隊が自由に動ける」


「なるほど、天儀司令らしい見事な嫌がらせですわね。よく思いつきます」


「いや、嫌がらせではないんだが?」

 天儀が苦い顔でいった。


「よくいいます」


「俺は君からすればまだ嫌な男か。困ったもんだ」


「あら、わたくしとしては賛辞のつもりだったんでけれど」

 そういって天童愛はクスリと笑うと、

「で、基地攻略作戦ですが」

 と切だした。


「それはこちらで用意する問題ない。作戦参与の君には戦闘指揮を任せたいと思っているが」


 天儀が口早に流そうとしたが、

「いえ、問題です」

 と天童愛はズイと前にでた。


「作戦を立てるのは船務科の黒耀こくようさんと、あと――」


「二足機科の春日綾坂かすがあやさかだ」


「その2人に作戦を任せる気ですか。2人とも実戦経験なし。年齢的にも新兵ですよね?」


 天儀は、ま、そうだな。といってガサゴソとA4用紙の束を取りだした。

 ――なんですかそれは?

 と天童愛の目はA4用紙の束へ。


「黒耀が書いた作戦だ。反乱軍の息の根を止めるまでの18の作戦が書かれており、壮大なグランドキャンペーンだ」


「彼女がそんなものを。驚きました。黒耀さんは参謀本部志望というは知ってはいましたが……」


「そうか黒耀はブリッジ勤務。君とは面識があるか」


「はい。ジロジロ見てくるので声をかけましたわ」


「恐ろしい。あわれなるから黒耀。氷漬けにされたな」

 といって天儀が笑った。

 

 天儀からして、

 ――なに見てんのよ!

 と天童愛が怒りの冷気をまとって黒曜に近づいた様がまざまざと思い浮かぶ。


「いいえ、優しくです。お声をかけてみると黒耀さんは兵学に博識でいらっしゃって、しばらく語らいましたから。残念ながら、わたくしがいかって不敬な視線をたしなめたというのは天儀司令の邪推ですわね」


 天儀は苦笑しながら、

「まずもって量が多くて読むのにうんざりするぞ」

 そういってA4用紙の束を天童愛へと差しだし、

「まあ、とりあえず見てみろ」

 笑っていった。

 

 読めとはいわず、見ろというところに天儀の意図が見え隠れする。とても読めるものではないのかもしれない。天童愛はそんなこと思いつつ受け取り目を落とした瞬間。

 

「げ――」

 という声とともに、天童愛のその端正な顔が引きつった。

 

 天童愛が目にしたのは通常使用される10.5サイズの文字ではなく7.5という小サイズの文字。

 それが改行などなくビッシリ。

 A4の用紙の束はめくっても、めくっても真っ黒だ。

 

「そして読み始めるとこれまた細かい指摘が繰り返されていてじつに読みにくい。パイロットの綾坂はこれを読んだというだけも見上げたものだが、この中から問題点を拾い上げたのは驚嘆に値する」


 天童愛も顔をひきつらせ、天儀の言葉へ心中で同意。それだけこの真っ黒なA4用紙の束は難解で、禍々(まがまが)しさすら放っている。

 

 ――確かに読むだけでも一苦労です。

 と天童愛は思い、

「この中から優良な点と問題点を的確に拾い上げたとなればかなりの読解力。しかも戦術への造詣ぞうしも深い」

 そういって綾坂の実力へも理解をしめした。

 

「ま、私だっていきなり2人から合格点の作戦ができあがるとは思ってはいないが、最後はなんとかするさ。ここは任せてくれないか」


「ま、そういうことでしたら。作戦の方は任せました」

 といってから天童愛は天儀へつめより、

「で、本心はご自身で作るか、わたくしに作らせるつもり。実は採用する気なし、気まぐれの暇つぶし。夢見る乙女2人をもてあそんだとなれば、わたくし許しませんからね」

 強烈に釘を刺してから天儀の前をあとにした。

 

 ――顔面が凍ったぞ。

 天儀は天童愛のブリザードをともなった剣幕にタジタジだ。


「ちゃんと面倒見て完成させろ」

 これが天童愛の言外の意味だった。

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