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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十一章、陸奥改は作戦行動中
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11-(1) 綾坂と黒耀

 冒険的にして野心的。秘書官鹿島容子(かしまようこ)が司令天儀(てんぎ)へ作戦計画案を提出する2日前。

 

 陸奥改の艦内では――。


「なにいってんのよ。信じらんない。もういっぺんいってみなさいよ黒耀こくよう!」


「あら聞こえませんでした? 春日綾坂かすがあやさかのような知性の欠片のない人に聞くべきではなかったと申しあげたんですけど!」


 資料室から言い争いの声。

 それも女子2人。

 2人はいまにつかいみ合い、キャットファイトに発展しそうな大声を艦内に響かせている。

 

 綾坂が一気に黒耀へ詰め寄ったせいで、バサっと黒耀が手にしていた分厚い紙の束が床に落ち一触即発だ。


 春日綾坂かすがあやさか

 声の主の1人は彼女だ。

 オレンジのヘアカラーに緑色の瞳。整った顔に手足が長いスラリとした女子。

 

 もう1人は黒耀るい。

 黒耀は明るい髪色かみいろの綾坂に対して、黒い髪を腰まで伸ばし野暮ったい。それに体型も寸胴で容姿は十人並み。

 

 2人は並べばまさに陰と陽。

 

 陽の綾坂が顔を真っ赤にして、

「なによ。聞きたいことがあるって、いうからきてあげれば!」

 といえば陰の黒耀は、

「もっと頭のいい人に聞くべきだったわ」

 と、高圧的な態度。


「な――!」


「あ~ら、返す言葉もない?」

 

 黒耀が言いよどむ綾坂を見下して睥睨へいげい

『ほら私って瞳の色緑でしょ? これってけっこうレアなのよぉ』

 それまでと口調を変えて髪の毛をかきあげる仕草。


「ちょ――! それわたしの真似のつもり!」


「あらわかるってことは似てるってことね。じゃあこんなのはどうかしら――」

 

 黒耀はそういうと腰に手をあてボリュームにとぼしい胸を反らして、

『私ってオイ式のパイロットで戦術機隊所属だしぃ。どっかの誰かみたいにブリッジに引き篭もってるだけとは違うしぃ。スタイルもいいしぃ』

 いい終わると追撃の失笑。


「ぜんぜん似てない!」

 と叫ぶ綾坂は顔真っ赤で反論を継ぐ。

「なにそれ! 嫌味ね。わたしってそんないいかたしないし!」


「あ~ら、そっくりのはずよ。誰が見ても勘違いしてしまうほどにね」


「どこがよ!」


「綾坂って、ことあるごとに自分の容姿や経歴を誇ってるけど、今日わかったわ。やっぱり頭は空っぽ、中身のない低劣な女ね」

 

 これに綾坂が心中で、

 ――アンタがその気なら。

 とムッとして、

「アンタって寸胴だからね」

 そういって余裕をよそおった笑み。


 内心ブチ切れモードの綾坂は心はカッカといら立つが、

 ――挑発に乗っては負け。

 と必死の自重。

 

 綾坂からいわせれば容姿への攻撃はようは、

 ――黒耀の嫉妬。

 だということをよく知っている。それに経歴への攻撃もだ。

 

 ほらわたしって艦載機隊の隊員だしね。これって軍でも世間でも最もわかりやすいエリートの形じゃない。対して黒耀って船務科せんむかでたんなる通信オペレーター。月とスッポンよ。それにわたしって完全に美人の部類だし。黒耀って顔は悪くないけどお化粧下手だし陰気で、スタイル微妙で全然ダメよ。

 

「アンタって口元のほくろは目を引くけど、それぐらいじゃない。根暗なイメージだし。実際勤務でも休みでも篭ってパソコンばかりで暗いしね」


「あら人格攻撃? やっぱり低劣ね」

 

 だが、口では黒耀が一枚上手、ああ言えばこう言うとはこのことで、そして2人はやはり陰と陽。感情的で溌剌はつらつな綾坂に対して黒耀は物静かだが舌は回る。


 ――人格攻撃って! アンタが下手なモノマネして先に始めたんでしょ!

 綾坂のブチ切れモードがついに行動でていた。


「そもそも呼び出したのアンタでしょ。わたし部屋で皆とアニメ見てたの切りあげてきてあげたのに!」

 

 綾坂は激情を爆発させ黒耀の髪の毛を引っ張った。ついに2人の争いは次の段階へ。


 なお2人の喧嘩の原因は、

 ――黒耀が私的に作った反乱軍鎮圧の作戦案。


 これを見せられた綾坂が、

「わかっかりにくーい」

 開口し気づかいのない指摘をビシバシ開始。

 

「だいたい適宜な用語つかわなきゃ。漸減ぜんげんとか多用してるけど、これアンタがつかいたいだけでしょ? あとここも陸奥改の戦術機隊の行動半径知らないの? こんな遠くて無理よ? あとここも――」


 これに対して黒耀は眉間にしわ、こめかみにいら立ち、

 ――呼び出したのは私ですし。どんな意見も参考にすべきよね。

 と我慢して聞いていたが、不本意にも一応友人のカテゴラズの綾坂は無神経。

 

 綾坂が黒耀の作戦案を過度にダメ出ししたことによって揉め始め、いまついに資料室でつかみ合いの喧嘩に発展。

 綾坂が黒耀の髪の毛をつかみ、黒耀は負けじと綾坂の襟元をつかんでいる。


「お猿の綾坂さん。髪の毛離していただけません?」


「あら、妄想女の黒耀さんが先よ。服シワになるでしょ!」


 お互い相手が先に放せば、有利になったとばかりに次の攻撃に移る気満々の言葉。

 

 そう、

 ――先に放せば必ず追撃される!

 ということで先に手を離すなどもってのほか。

 これは相互不信というより、たんなる子供の喧嘩だ。

 

 このつかみ合いの行き着く先は想像にやすい。髪を引っ張る、引っ掻く、噛み付く、手をブンブン振る。など床を転げ回っての見苦しい暴力の応酬。陋劣ろうれつで技術のへったくれもない。

 

 そんな本格的なキャットしそうな2人にとつじょ終止符。

 

 2人のお互いをつかむ手に、

 ドン――。

 という重い衝撃。

 

 2人の手が何者かによって叩き落されていた。

 

 瞬間2人は顔をゆがめ、

「「――!」」

 と声にならない声で悶絶。手首を抑えた。

 

 そう2人は手首の当たりを打たれたようだが、それは痛いというより重いという衝撃で手の握りがかれビリビリとしびれている。


 綾瀬の黒耀の髪の毛をつかんでいた手も一瞬でとれていた。髪の毛をつかむといざ離すときも、離したあとも面倒くさい。指に髪の毛が絡むからだ。

 だが綾坂の手には何本か黒い髪の毛が絡んではいるものの、あっさり離れていた。

 

 綾坂も黒耀も軍人だ。こんなことをできるのは武術とか体術に優れる相手というのをなんとなくはわかる。

 

 が、いまの2人は怒りで真っ赤。2人は同時にギロリと、

 ――誰よ? 痛いじゃない!

 ――誰かしら? 男ねこれは!

 と、自分たちの手を打ち払った相手へギロリと目をむけた。


「艦長!?」


「司令!?」

 

 2人が同時に驚きの声。

 

 直後、黒耀が綾瀬に向かって、

「あなたってバカじゃない。艦長じゃなく司令よ!」

 という険のある言葉。

 

 驚いたのもつかの間2人の争いは再開。


「なんで! 天儀てんぎ将軍は陸奥改の艦長でしょ!」


「艦長でもあり戦隊司令でもあるのよ。艦長より戦隊司令のほうが上、そちらでお呼びするのが普通よ」


「司令官であり、陸奥艦長でもあるなら、じゃあ間違ってないじゃない!」


「綾坂って本当に士官学校出たのかしら。信じられないわねその認識」


「妄想作戦書いてる人にいわれたくないわね!」


「はっ、何をいうかと思えば! 軍人として意識が高いといって欲しいわね」

 

 言い争う2人は同じようにはたき落とされた手をさすりながらだ。手にはまだ針で刺したようなチクチクとする痛みが残っている。


「あーら、綾坂さんったら手が痛いの? なら素直に痛がったらいいじゃない。天儀司令に手がいた~いって泣きつきなさいよ!」


「はぁ? ぜんぜん痛くないんですけどぉ。アンタこそ手をさすってんじゃない。素直に医務室に行かせてくださいって天儀司令にいえばぁ?」


 そう2人は天儀に打たれた手がかなり痛い。が、痛みが表情にでないように必死だ。

 

 司令官天儀の前で、痛がってみっともない姿を見せるのは恥ずかしい。というのもあるが、そもそも自分たちの手を打ったとうの天儀は、さほど強く叩いてはいないという認識なのはその表情から明らか。痛い顔をすれば司令官天儀からの評価は下がるだろう。

 

 にらみ合い一歩も引かないっという体の綾坂と黒耀。

 

 これに天儀が嘆息し、

「君たち意気軒昂なのはいいが、戦う相手を間違えていないか」

 たしなめの言葉をかけた。

 

 とたんに2人は視線を外して伏し目がちに黙り込むが、

 ――司令がそういうなら黙りますけどぉ。

 と態度は不満全開だ。

 

 天儀はそんな2人を見てまた嘆息。足元に落ちている分厚い紙の束を拾いあげた。


「何だこれは?」

 

 とたんに黒耀が恥ずかしさで真っ赤。

 黒耀は床へ手を伸ばした天儀を、あ!という顔で止めようとしたが間に合わなかった。


「えっと作戦案です。私の考えた。でも紙に印刷したのは理由があって――。いえ、謝罪します。ですが、この女があまりにデリカシーがないので仕方ないんです」


 真っ赤になって焦る黒耀。

 司令に私的に作った妄想作戦を読まれるのも恥ずかしいし、艦内資源は有限だ。私的なもので用紙を消費したとなれば叱責どころか始末書だ。黒耀の作戦案は3センチもの厚さがある。

 

「前に綾坂が私の許可なしに、春日丞助かすがじょうすけやアヤセに勝手に私の作戦案を転送したんです。あ、丞助は綾坂の兄で、アヤセは秘書官のアヤセで私たち4人は友達で――」


 黒耀は恥ずかしさと、叱責から始末書へコンボという恐怖に支離滅裂。

 そう、

 ――またデータを勝手に転送されないように。

 これが黒耀が紙に印刷してしまった理由。


 以前、黒耀が綾坂へ相談したおりに綾坂は、

「兄貴やアヤセにも聞いてみましょうよ」

 と、あっさり転送。

 

 黒耀は許諾もなしのこの行為に卒倒せんばかり。

 さすがの黒耀もこんなことからまかり間違って同僚たちの端末へ妄想作戦が出回ってしまっては恥ずかしい。

 けれど今回はそれがあだとなっていた。


「あの――?」

 

 黒耀が司令天儀へうかがうような視線。だが天儀からはなんの反応もなし。

 天儀は黒耀の心配などよそに、あごに手をあて黒耀の妄想作戦へ目を通し始めていた。

 

 それを眺める黒耀。赤い顔がしだいに青くなり意気消沈していく。その様子を横では綾坂が面白そうに眺めている。

 

 だが、

「悪くないな」

 天儀が用紙をめくっていた手を止めいった。

 

 とたんに黒耀の顔が気色が満ち、綾坂へ当てつけの視線。

 その視線は、

 ――どう、あんたがダメ出しした作戦が天儀司令には評価されたのよ。

 と生気がみなぎり、視線は見る目がないのは綾坂よ。といわんばかりだ。

 

 対して綾坂もフンッと鼻を鳴らし、

 ――だからなによ。

 といわんばかり。綾坂は喧嘩の相手が評価されて面白くない。

 

 だが、こんな綾坂のかたくなな態度も、いまの黒耀にとっては小気味よくすらある。黒耀は綾坂へ失笑を一つ放ってから、

「この単細胞さんは、けなしてくれましたけれどね」

 と、綾坂を横目でにらみつけた。

 

 この一言で天儀はだいたい喧嘩の理由をさっした。

 

 天儀は綾坂へ視線を向け、

「そうなのか?」

 と確認。

 

 声は特に責めるといったふうではないが、綾坂からすればこの流れで問われれば、

 ――責められている。

 と認識せざるを得ないというものだ。

 

 なにせ自分がけなした黒耀の作戦を天儀司令はほめたのだ。

 綾坂はもうヤケクソ。


「ええ、ダメ出ししてやりました。だって無理ですものこんなの」


「綾坂、君はこの作戦の悪い点がわかるのか?」


「はい!」

 と歯切れのいい返事で応じる綾坂からすれば、もうどうにでもなれ。というものだ。

 

 天儀が、

「では上げてみろ」

 と淡々といった。

 

 さすがの綾坂も面食らう。天儀の意図が理解できないが、

 ――やってやろうじゃない!

 綾坂は覚悟を決め勢いよくまくし立てるように開始。次々と作戦の問題点を上げていく。やはりヤケクソだ。


「まずオイ式の行動半径を無視した艦載機運用。パイロットのわたしとしてはこれが一番に目につきますね」


「それだけか?」


「いいえ、とんでもない! この作戦には特戦隊には存在しない空母2隻と巡洋艦8隻、さらには護衛艦などの架空の戦力がてんこ盛り」


「違うわ。それはいま目指してる第一機動部隊へ交渉してさらなる戦力分与を受ければ!」

 

 黒耀がたまらず口を挟んでいた。


「はぁバッカじゃないのそれが妄想よ。あんたね。ここに翔鶴しょうかく瑞鶴ずいかくってあるじゃない。この2隻って第一機動部隊だいいちきどうぶたいの根幹をなす主戦力よ」


「いいじゃない。渡してもらえば。こっちは勅命軍ちょくめいぐんよ」


「はー、あきれるったらないわね。主力空母2隻いなくなったら第一機動部隊って実質解体じゃない。主力失って打撃力なくて〝第一なに部隊〟ってわけ? 渡すわけないわよ」


「そんなの知らないわよ。だいたいね私は特戦隊が一番戦果をあげれる方法を考えたの。多少の脚色が入ったって問題ないのよ。厳密に実行できるかはまた別よ。ここから作戦会議で修正してくの。これはいわば雛形ひながたよ」


「あー! 開き直った! それって妄想作戦で実行されることがないから好き勝手書いても問題ないってことでしょ!」


「違う!」


「違わない!」

 

 2人はひたいがくっつかんばかりのにらみ合い。視線がぶつかり火花が散っている。

 

 そこに天儀が、

「もう他にはないのか?」

 とやはり淡々と問いかけた。

 

 驚く2人。

 司令天儀は喧嘩を止めるどころか、まったく干渉してこない。

 

 普通なら司令官の前でこんなみっともない言い争いをすれば叱責やビンタですめばいいほうで、懲罰房ちょうばつぼうに叩きこまれ、履歴には『反抗的』とか『要注意』とか記入され、規律を乱すルーズなやつという烙印を押される。


 綾坂は司令天儀からの催促に、ええ、まだありますよ。という顔。

「そして、この作戦が何より悪いのは――!」

 と、大きくためてから、

「敵艦隊と決戦での戦闘開始位置。つまり突入角度がきわめて悪いところです!」

 一番の問題点を声を張りあげていってやった。

 

「なるほど、この作戦の悪い点は数多あまたあるが、そこに目をつけるのとは君は優秀だな」

 

 この天儀の言葉に綾坂はこれ見よがしにブッと吹きだしてからドヤ顔。黒耀はゲンナリした顔でがっくりと肩を落とした。綾坂の歯に衣着せぬ言葉を聞かされる黒耀は、いら立ちで顔が引きつるなか、

 ――悪くないな。

 という司令天儀の評価の言葉にすがって耐えていたのに、同じ口から最後にでた、

「この作戦の悪い点は数多あまたあるが」

 という言葉は酷薄にして無情にすぎる。



「綾坂は見る目があるな。宇宙での戦闘においては、どこを上下左右に設定してから戦闘を開始するかは決めて重要だ」


「Y軸理論ですね」

 

 黒耀が気を取り直して天儀の言葉に応じた。ここで黙っていればただの妄想作戦を書いていた痛い女で終わってしまう。積極的に司令の言葉に応じることで、

 ――高度な戦術理論にもついていける優秀な船務科兵員。

 として評価を改善したい。


「そうだ。我々は地上ではX軸方向。つまり平面での戦いを展開していた。航空機や潜水艦、攻撃衛星の登場は画期的だったが、どんな超兵器が登場しようと重力の拘束にはあらがえない」


「惑星内での戦いは平面で展開される。ですね」


「ま、航空機同士や潜水艦同士の戦いは少々違うがな」


「それが宇宙にでて重力から開放された軍隊はY軸設定の自由を得た。ということですね。教本にもある宇宙戦での基本です」


 ここで黙って聞いていた綾坂が口を挟んだ。


「二足機戦もそうよ。障害物のない宇宙空間での目標への侵入角度は真円。二足機同士の戦いはどこからアタックかけるか重要なんだから。これがあたしがアンタの作戦見たときにダメって思った理由よ」


「ま、二足機戦は艦隊同士の戦いをより小さい状態で再現したようなものだからね。戦闘の展開の速度も艦隊戦比じゃない。綾坂は伊達に戦術機乗りってわけじゃないのね」

 

 さきほどまでいがみ合っていた2人が普通に言葉をかわしていた。

 

 天儀は思わず苦笑しながら、

「君たちは仲がいいな」

 と、いって哄笑こうしょうした。

 

 綾坂がふてくされて、

「ぜんぜん、腐れ縁です」

 というと黒耀は諦めたように、

「残念ながらなぜか関係が切れません。不思議です。友人にして犬猿の仲ってやつね」

 これをみた天儀がまたたまらず笑いだした。

 

「顔を合わせれば、張り合うという感じか。それでいて関係が切れないとは仲がいいと」

 そんな感じですと2人が恥ずかしそうにうなづくなか、場には打ち解けたふんいきが流れていた。

 

「黒耀ってば戦術オタなんですよ。だから一々作戦が細かくてせせこましくって困っちゃいます」


「スイーツしか興味のない脳みそスイーツな綾坂と比べればマシよ」

 

 黒耀はツンとした言葉で応じつつも横目では司令の天儀を観察。

 ――天儀司令は度量が大きいわね。

 黒耀はそう判断した。

 

 先程までの言い争いもそうだが、いまも軽口も普通なら許されなるものではない。

 それが天儀は部下の勝手な私語へ見守るだけ。

 

 黒耀は、

 ――これが人の上に立つもの。司令官というものなのかしら。

 と天儀に巨大な包容力を見た。

 

 艦内を歩き回り乗員たちへ積極的に声をかけている司令官の姿。これが陸奥改の日常の風景。黒耀だけでなく綾坂もこれまでなんどか天儀が休憩室に姿を見せ、普通なら眼中にも入れないようなはすっぱの兵員たちと談笑しているのを見かけていた。

 

 そう2人にとって、いや陸奥改の乗員たちとって、天儀はいままでの上司たちとは違って距離が近い。一言でいえばこんなに話しかけやすい司令官はいない。

 

「司令ってなんか親しみあるっていうか、包容力のある先輩って感じですよね。戦術機隊の偉い人たちって真面目だけどおっかない人多くて。軍隊って規律が大事。舐められたらダメっていうのもわかってるんですけどね。一々怖いんですよ。それが天儀司令みたいなかたもいらっしゃるんですね。あたしちょっと感激です」


 綾坂は感情に正直だ。思ったままを口にしていた。

 この無礼に天儀はたしなめるどころか笑って、ありがとう。などといっているが見ている黒耀は、

 綾坂ったら――。

 と苦虫を噛み潰したような顔。

 

 ――いくらなんでも話しかけやすいからってそれはないでしょ

 と思ったが、確かに普通ではないほどに話しかけやすいともあらためて思い、

 ――なら。

 と黒耀は決意。真剣な顔を天儀へ向け、

「リボルベオ事変での孫達そんたつ将軍の逮捕を天儀司令はどう見ますか。孫達将軍の逮捕は妥当だったのでしょか?」

 と、かねてから疑問だった一つを思い切って口にした。


 自分たちの上司がこの質問にどう答えるか。2人が天儀を注視した――。

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