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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十一章、陸奥改は作戦行動中
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十一章プロローグ (天儀、作戦案の公募をす)

 陸奥特務戦隊むつとくむせんたい足柄京子あしがらきょこ率いる第一機動部隊から戦力の分与を受けるためミアン宙域(ちゅういき)を発っていた――。


天儀てんぎ司令に報告して、今日の業務は終了。資料室へ行って作戦作をつくりましょう」

 

 取り澄ました空気を身にまとう黒曜こくようるいは、そんなことを考えながらブリッジを司令指揮座しれいしきざへ足早に進んでいたが、次の瞬間にはハッとして、

「いえ、ダメね。昨日健康管理のための運動サボったから、今日サボると呼びだしになるわ。じゃあ運動して軽食取って資料室ね

 頭のなかで予定変更。非番中のスケジュールを修正した。

 

 黒耀はストレートの黒髪にワインレッドの瞳。口元にはホクロが一つ目立っている。体型は可不可もなくといったところで、とどことなく陰気ただよう女子だ。

 

 そんな黒耀は船務科で陸奥改の通信オペレーター。ブリッジは艦中枢の集まる重要な場所。ここに詰める乗員クルーはブリッジ要員とかブリッジ兵員とか呼ばれ、船務科のなかでもグレードの高い職種。


 司令指揮座へ急ぐ黒耀の目の前をホワイトブロンドのツインテールがビュッと小走りで抜けていった。

 

 黒耀は司令官天儀の座する司令指揮座を前に急停止、

 ――鹿島かしま秘書官?!

 と驚いていた。

 

 よほど急ぎのようなのかしら。私を追い抜かすようにだなんて。黒耀はそんなことを思いながら鹿島と、鹿島が話しかけた司令天儀(てんぎ)へ目をやった。

 ブリッジのなかでも一段高い位置にある司令指揮座の下には事務もできるコンソールが備えつけられている。

 

 鹿島はそこで事務作業をしていた司令の天儀へ、

「小惑星カサーンの基地攻略の作戦を艦内で公募してるって聞いたんで不肖鹿島容子(かしまようこ)。筆頭参謀の名に恥じぬようにふるって寝る間も惜しんで作っちゃいましたよ」

 と怒涛の勢い。

 

 対して天儀は、

「――!?」

 と困惑顔。

 

 天儀は、

 ――なにをいってるんだこいつは、そんなもんを公募した覚えは……あ、あった。

 などと思い当たったが、実際は公募したわけではなく。


「鹿島、公募はしていない。黒耀と綾坂あやさかという見込みのある2名へ原案を作ってみろと指示しただけだ」


 とたんに鹿島に悲しみの色、

「え、それって私が作っちゃダメって……」

 目をうるうるさせて絶望せんばかり、天儀はため息をしたいのをグッとこらえてから、

「いや、いい。やる気は買う。見せてくれ」

 と、手を差しだした。

 

 作戦を見せてみろということだ。

 とたんに鹿島に喜色。

「はいっ」

 といってA4用紙5枚を手渡した。

 

「鹿島、宇宙船内の資源は超有限だぞ。こんなに簡単に紙で印刷するな。次からはデータでたのむぞ」


「はいっ」

 

 ニコニコ顔の鹿島はわかったのだか、わからないのだか。返事だけはキレが良い。


「ふふ、自信ありますよ。一番やってみたかった作戦を書いてきちゃました」

 

 天儀はそんなごきげんな鹿島を放置。一枚目を見ただけで、

「カンナエか。二重包囲。ま、カサーン基地は野戦陣地とも見ることができるから悪くはないが」

 とポツリといった。

 

 鹿島が困惑顔。

「え、違いますよ? ハンニバルで、四面包囲です」

 

 天儀がフッと鼻笑びしょうした。

 この2人のやり取りを見守っているのは通信オペレーターの黒耀。黒耀は天儀へ報告のために天儀と鹿島の話が終わるのを、気配を消しつつ待っていたのだ。

 

 黒耀は2人のやり取りを見て心中で、

「いえ、鹿島さん。カンナエはカンナエの戦いで、鹿島さんのおっしゃるハンニバルが史上初の包囲殲滅ほういせんめつ、つまり四面包囲を成功させた場所です。そして二重包囲とは四面包囲のことです。左右を挟んで2面を包囲。そこでさらに前後の2面を挟んで包囲で、二重包囲です……」

 と、衝撃を受けていた。

 

 そう黒耀から見て、こんなこともわからないのに、

 ――作戦を提言するのはヤバイ。

 というものだ。


 え、でもあの鹿島さんがこんなポンコツ娘だなんて。と黒耀には目の前の光景が信じがたい。

 

 黒耀の鹿島のイメージは、

「この若さで秘書正ひしょせいで巨艦の筆頭秘書官で、主計学校を歴代トップで主席卒業。秘書課の高嶺の花。主計部の至宝で、みんなの憧れで――」

 そう鹿島は陸奥改でも高嶺の花。五指に入る特戦隊の中核。

 

 その鹿島からでた言葉はあまりにお粗末。


「鹿島さんってもしかして……天然にしてポンコツ女子?」

 

 黒耀は引きつった笑いで見守るしかない。

 意気軒昂いきけんこうな鹿島を見て、

 ――自分を見るようで心が痛い。

 とも思い、苦さを感じる黒曜に、

「おい、黒耀。そんなところに突っ立てないでこい」

 と手招きがかかっていた。

 

 黒耀が驚きつつも明朗な返事とともに進みでると天儀は、

「黒耀。この作戦の見てくれ。鹿島君が作ってくれたものだ」

 と用紙を差しだしてきた。


「え?」

 と黒耀は驚いて受け取りかね、かつ横に立つ鹿島をチラ見。

 

 黒耀の目に映った鹿島の顔は、

 ――いいですよ。見てください。司令に提出したからには恥ずかしがってなんていられません。

 という決意に満ちたもの。

 

 黒耀が、では。といって受け取って目をとおそうとすると同時に、

「黒耀、30秒やる。その作戦の問題点をいえ」

 という天儀からの言葉。

 

 ――え!?

 と黒耀が硬直。


 ブリッジ勤務は船務科のなかではグレードは高いとはいえ、秘書正で筆頭秘書官で将来の主計総監という附則ふそくがつく相手と比べればかすむというもの。つまり黒曜にとって特戦隊の中核の鹿島本人を目の前にダメ出ししろとはこくな命令で――。

 

 ――しかも30秒とは短すぎなのですが!

 と、悲鳴しかない。A4用紙5枚で少ないとはいえ、30秒では全部に目を通すことは不可能だ。だが天儀からすれば一枚目を一目見りゃ悪いところなんてわかるだろ。ということだろう。

 

 逡巡しゅんじゅんを思った黒耀がまた鹿島をチラ見。

 鹿島が、

 ――いいんです。悪い点があったら思いっきり指摘してください!

 コクリとうなづいた。

 

 だが、黒耀からすれば、ハイではそうします。とは受けがたい。

 ――口にすれば鹿島を傷つける。

 それが迷いの理由だ。


 だが天儀にそんな軟弱な理由は通用しない。


「いえないということは、わからないということだ。この作戦の問題点がわからんようなやつに作戦づくりなど命じられん。指摘できないならお前には降りてもらうぞ」

 

 とたんに黒曜に焦りの色。ひたいには汗。必死の形相。だが焦りで文章が頭に入ってこない。

 

「なあ黒耀。船務科から参謀本部へ行きたいんだろ?」

 

 黒耀が身にまとっていた取り澄ましたふんいきをかなぐり捨て、ブンブンとうなづいた。

 

 そう黒耀は船務科なのに参謀本部勤務を志す野心家。いや、野心家とは美しくいい過ぎというもで、妄想家に近い。参謀本部入りするものは士官教育をうけたのちにさらに高等な軍教育機関へ進むか、士官学校をでた直後から部隊の長を歴任するような優秀な人材だ。

 

 対して黒耀は士官学校情報科で情報教育を受けたあとに船務科に配属された。ブリッジ勤務は艦艇勤務の花形の一つとはいえ一般的な艦艇勤務要員にすぎない。この経歴で参謀本部へ入ったものなど1人としていないはずだ。

 

「黒耀、これはチャンスだ。それをふいにするのか? 参謀本部で作られる作戦にまずさがあれば、どんな相手でも、どんな小さなことでも指摘せねばならない。それを怠ると負ける。いや負けるだけならまだいい。大勢が死ぬ」


 言葉を終えた天儀がコンソールのモニターへと目を落とした。

 

 ――時間をカウントし始めた!

 と黒耀が全身で驚き、なりふり構わず鹿島の作戦へ目をとおすことを開始。両手で必死に握ってA4用紙はとたんにいびつな形。


 黒耀が鹿島の作戦を一目見た感想は――。

「酷い――」

 だが、

「笑えない」。


 そう黒耀は鹿島のことを笑えない。他人から見れば秘書官なのに作戦を作るという越権行為をする鹿島も、船務科から参謀本部入を夢見る自分も同じ、

 ――強烈な妄想女。

 に過ぎない。

 

 黒耀は鹿島に自分の愚かさを見て苦い。誇大妄想家とは例外なくプライドも高いものだ。黒耀もその例にもれない。


 そんな黒耀に天儀さらなる追撃。


「あ、そうだ黒耀。お前が答えることができなければ自称参謀殿かしまの案を主軸に作戦を作る」


「え!?」

 

 黒耀が驚くなか天儀は何事もなかったかのようにカウントを継続。

 焦りに焦る黒耀。

 ――この鹿島さんの案が採用!?

 黒耀はすでに生きた心地がしない。

 

 黒耀とて司令天儀が鹿島案を、そのまま採用するとは思ってはいないというのはわかるが。


「けれどです。鹿島さんには悪いですが元がこれだけひどいと、いくら修正しようと死の予感しかないというものです」

 

 黒耀がいっそう必死の形相となって用紙をにらんだのだった。


「この作戦の問題点は――」

 と黒耀がひたいに汗しながら開口。

 黒耀の目の端に、鹿島のどうなんです?という必死の顔色が映った。


「問題点は特戦隊の戦力です。包囲を完成させるには11隻では足りません。いえ1隻単位でバラバラに配置すれば可能ですが、これでは各個撃破されかねません。火力も薄くなりますしカサーン基地へかかる圧力がなくなってしまいます」


 結局、黒耀は鹿島にかなり気を使って、だが、

 ――戦力が足りない。

 という一番の問題点は指摘。

 

 黒耀がこれで正解のはず、

 ――セーフですよね?

 と汗びっしょりで天儀をうかがう。

 

 天儀の判定は――。


「ということだ鹿島。君のきわめて野心的で冒険的な作戦を、私は面白いと思う。だが実行は難しい。厳しいことをいうようだが却下だ。それに君は秘書官として殺人的な業務量。これ以上なにかを望むのは私としては心苦しいのだ。わかってくれ」


 黒耀がホッと胸をなでおろし、鹿島がちょっと寂しげな顔。だが黒耀の目に映る鹿島は評価もされたと喜んでいる様子。

 

 却下の言葉を吐く天儀の優しげで、言色にも気づかいがにじんでおり、

 ――ま、あれだけ優しくいわれれば鹿島さんの反応も納得だけれど……。

 と思う黒耀だが、心中は天儀の言葉にゾッとしていた。

 

 なぜならこの場合の。

 野心的とは――、欲張りすぎってことで。

 冒険的とは――、無謀って意味よね。

 面白いとは――、ハチャメチャで話にならないってこと。


 黒耀は、

「天儀司令ってうまいこというわね。恐ろしい。私も司令の言葉にはよく注意しなければね……ほめられたと喜んだら実は見限られてるってこともあるわよこれ」

 と自戒じかいを持って天儀の前に立っていた。

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