(十章エピローグ) AI民主主義(星間戦争の世界)
陸奥改と麾下の護衛艦2隻はミアン宙域の民間ドックで出発の準備を行なっていた――。
「司令――!」
と陸奥改のブリッジへ駆け込んだのは秘書官鹿島容子。
今日も鹿島はホワイトブロンドのツインテールが生き生きして絶好調。
――私って宇宙のほうが向いてますからね。もう生粋のスペースノイドですよ!
そんな鹿島を、
「お、鹿島今日は明るめのリップか。似合ってるじゃないか」
と生暖かい笑顔で見守るのは特戦隊司令天儀。
天儀は、
――こいつほめれば基本喜ぶ。
と鹿島のあつかいかたに慣れてきていた。
鹿島は、えへへ。と、ご満悦。ブリッジ中央の司令座付近に立っていた天儀へ敬礼しつつ報告を開始。
「いま特戦隊ミアン組の六川さんと星守さんから連絡が入りました。なんと戦力増強の報告ですよ」
「さすがだな。これで勅命軍の体裁はたもたれるか。帝の肝いりが3隻では恥ずかしくて名乗るに名乗れんからな」
という天儀に鹿島は、
――まだ驚くのは早いです。
と誇らしげな顔で、
「増強艦艇数いくつだと思います?」
などと問うが、答えを早くいいたくてたまらないのがいまの鹿島。
「なんと! 最新鋭の巡洋艦2隻に、これまた新鋭の駆逐艦4隻と護衛艦2の合計8隻です!」
辛抱しきれず興奮していった。
「おお、それは凄いな。二国軍の統合を推し進める最高軍司令部は唯一無二の国軍を強く自負している。その最高軍司令部の管理外になる特戦隊へ、よく8隻もまわしたものだ」
「ええ、そうです。なお駆逐艦2隻は道すがら第一機動部隊から引き抜きの許可がでてますので、まずは第一機動部隊の駐留する宙域へ出向いて戦力の分与を受けることになります」
「第一機動部隊だと……?」
「ええ、そうです。なんと第一機動部隊の司令官は足柄京子ですよ! 星間戦争の英雄に会えちゃいますよ!」
歴女でミリオタの鹿島にはたまらないイベントだが天儀は、
「げ、足柄か……」
と苦い顔。
「お知りあいですか?」
鹿島は、なら話は早いです。戦力の分与もスムーズでしょうね。というようにったが、
「まあ、そんなところだ」
とやはり天儀は煮え切らない態度。
鹿島が、なんで? と首をかしげた。
けれど天儀は疑問顔の鹿島を無視し、
「六川も星守も優秀だったな」
強引に話題を変えた。
「ええ、そうですね! 作戦参与の天童愛さんもいってましたよ。2人はとっても優秀なので心強いって。六川さんは警察官僚だったで、本来なら警察庁長官もあり得たかもってすごいですよね」
「彼は軍令部が存続していれば、軍高官を歴任したのは間違いないだろうし、首相によっては内務大臣や軍務大臣に指名されることも夢ではなかったろうな。それが敗戦ですべてパーだ」
「うぅ。そう考えると戦争っていいことありませんね」
「まったくだ。だが残念ながら戦争は敗者にとっても社会階層の入れ替えには最も有効な手段でもある」
鹿島は、ふ~ん。とわかららない顔。
「星守あかりも優秀だぞ。あのソーラスの人工知能が、無双にして無欠の資質を持ち、軍人向きと推薦したのが彼女だ。あの若さで軍令副長で星間連合軍内でいかんなく実力を発揮していた。新時代の申し子のような女子だ」
「ソーラスってAI民主主義を取ってる惑星ですよね?」
「ああ、なんでもAI様のいうとおり、人工知能を崇め奉って、きわめて先進的で効率的な惑星といわてるな」
鹿島はAIを批判的にいう天儀にメッという顔。人差し指を立ててたしなめを開始。
この時代でもAI依存はよくない。という薄っぺらなAI批判はよくあるのだ。そしてその薄っぺらな反応に、過剰反応する薄っぺらなAI支持者も多いわけだ……。
「でも宇宙戦艦だってAIなしじゃ動きませんよ? 私たちの日々の健康診断だってAIのおかげじゃないですか。医療分野はAIなしじゃ成り立ちません」
「そうだ。悪いってわけじゃない。私もそう思うよ」
「そうですよ。さっき司令がほめてくれた私のリップも今朝AIにオススメされたやつですからね」
鹿島はえっへんという顔。
対して天儀の顔は苦い。軽薄にほめた結果が、この鹿島のこのしたり顔だ。天儀は自身の愚かさを呪うしかない。
「惑星ソーラスは人生がすべてAIの判定で決定するという過剰ぶりだがな」
「でも争いがなくて平和ですよね。人類の理想型の一つっていわれてます」
「かもしれん。だがAIは人間じゃない」
――むむ、天儀司令って意外と頑固?
鹿島はそんなことを思いつつ今日のブリッジ業務を開始。
最初はお茶入れ、状況のチェックとデータ整理。最後に鹿島が最も楽しみにしている、
――天儀司令の話し相手です!
だが、これは名補佐官を夢見る鹿島が、
「私こういう作戦考えたんです!」
とか、
「私ならあの戦いはこうやって、ああやって、指揮しちゃいます!」
と一方的に話すだけ。そりゃあ楽しいはずである。というものだ。
天儀は聞き流すだけとはいえ、
「また自称筆頭参謀殿のご高説か……」
と半分拷問に近い。
だが今日の天儀は違う。対策があるのだ。
「鹿島――!」
という天儀は大声に、
「はぃい」
と慌て飛んでくる鹿島。
「今日は林氷進介君を呼んである。存分に軍事談義をしてくれ。かれは筋金入りの兵器オタだぞ。きっと話が合うさ」
「え! あのトップガンのですか?! おーエースパイロットの武勇伝聞きたいです」
「だろー。しかも我が可愛い弟だ。じっくり話してくれ」
天儀が俄然と乗ってきた鹿島に、
――やったぜ面倒なやつを押し付けるのに大成功。
と喜ぶ後ろから、
「あの兄さん俺そんな暇じゃないんですけど?整備とか点検とか隊員たちの教育とか、体力維持とかスゲー忙しいんですけど……」
という男子の批判の声。
重度の兵器オタ。病的な兵器マニア。それ以外は爽やで二枚目の林氷進介だった。
鹿島はあらわれた進介へ敬礼しつつ、
――弟? 兄さん?
と疑問顔で、
「お二人はどういったご関係で?」
2人へ問いかけた。
「義兄弟だ」
「そうですね義理の兄弟です」
天儀は親友にして盟友。刎頸の交わりという意味でいったが、進介は姉のフィアンセという意味だ。
ほぼ同時に2人の言葉を聞かされた鹿島はまだ疑問顔だが、
「おー、歴史演義みたいです。ステキですね。憧れちゃいます」
暫定的に天儀のほうで理解したのだった。
なお鹿島が、進介と1時間ほど話し込んだ結果は……。
「私的には兵器オタと歴女は違うってわかりました。私もミリオタの側面ふんだんですけど、トップガンさんの話はちょっと違うかな。あ、でも尊敬はしてます。13機も撃墜したエースですからね。でもちょっと、進介さんとお付き合いする人は大変そうって心配になるぐらいトップガンさんは自分のことしか喋りません」
そう鹿島はたんに自分がまったく喋れなくて大いに不満だった。
相手を気にせず喋り続けるとなると、やはり男のほうが圧倒的に話し相手へ気を使わない。男女で自分の話がしたい者同士だと、女性は押し負けるしかない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『AI民主主義』
とは人工知能に政治を丸投げにするのではない。
21世紀に萠芽を見たこの形態の政体は、
――予算配分をAIに行なわせる。
というこころみから始まった。
AIに予算案を作成させ、議会で審査・修正を加え予算を決定する。
これがもう一歩先へ進めば、
「AIに政策を作らせ、それを行なうかどうかは議会なり投票なりで国民が決定する」
これがAI民主主義だ。
ソーラスではさらに先の段階へ進み、直接惑星民の意見を吸い上げ政策へ反映するという段階まで進んでいた。これもうAI政治家であり、AI政権といっていい。
政治家は親族や後援者といったしがらみから逃れられない。
「政治家は誰が金を出したかよく知っている」
とは21世紀に人類の富の50分の1を手にした男の言葉だが、無償で政治家を支持するものなどいないというのが現実だ。政治家であり続けるには支持者の利益を代弁しなければならない。
これが悪い方向で進んだのだが惑星ソーラスだった。
――縁故政治は払拭し難い。
という結論から開始されたAIの政治導入は、星間連合の入植惑星ソーラスではAIが政治をつかさどるところまで進んでいた。
ソーラスの人口規模、経済規模、伝統的な社会形態にマッチしたのだ。ソーラスの人口規模、経済規模は小さくもないが、大きくもないという微妙な規模。加えて家族主義と伝統的な親族優遇社会を引きずっていた。これでは政治家は近親者への利益配分という悪徳から逃れがたい。
その点AIは自らの存続を第一としない、そして感情がないので公平だった。
ただ、これはあくまで、
――そういわれている。
というだけだ。AI民主主義を続けるうえでのプロパガンダにすぎない。
もうソーラスの超高度AIが、どのような思考過程で政策を作り出しているかなど誰にもわからない。




