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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十章、軍令部の亡霊
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10-(1) 不遇の才能

「敗戦で一ついいことがあった。新軍での旧軍令部きゅうぐんれいぶ零落れいらくは胸がすく」

 と指さしながらいう嘲笑ちょうしょう

 

 これが最高軍司令部(コジョレ)内で星間連合軍出身者の一部でささやかれている話だというのは星守ほしもりあかりもよく知っている。

 星守は、それをいま目の前の男たちの集団から指さしながらいわれた。

 悔しさのなか星守は、言い返せずにムッと黙ってやり過ごすしかなかった……。


 星守あかりはショートカットに気の強そうな大きな瞳。動きやすいズボンタイプ制服。名前のとおりアジア系の容姿で身長は高くない。

 

 容姿は美人の部類だが本人からいわせれば――、

「人生で浮ついた話が一度もありません。大学時代は仲良く女友だちと女子会してたらあっという間に終了。そのまま軍へ就職。軍では蛇蝎だかつのごとく嫌われて、誰も近づいてきやしません。いえ、まあ、お仕事が忙しすぎて、男性とお付き合いしようにも無理だったでしょうけど」

 と寂しい人生。


「ただいっておくと、鼻っ柱が強いのは認めますけど、下品だったり、乱暴だったり、近づきがたいバリバリのキャリアウーマンってわけでもないですよ。でも、なぜか軍にきてからは怖がられてモテません」

 

 そんなことを思う星守は最高軍司令部(コジョレ)に意見を提出しよとして蹴られた帰り。その道すがら、以前対立していた軍組織の集団にから心無い言葉と嘲笑を浴びていた。

 憤慨ふんがいに燃える星守が向かうのは半地下の第二資料整理室。


 ほこりっぽい室内に机が二つに椅子が二つ。あとは乱雑な資料の山という墓場だ。当然ろくに空調もかない。


「こんな嫌がらせ受けたって、絶対に辞めないんだから!」

 と怒りを口にしながら星守が第二資料整理室の扉を開いたのだった。


 星守はバーンっとけたたましい音ともに部屋に入り、乱暴に扉をしめて自分のデスクへと向かう。

 

 室内には黒髪のテンパーのさえない風貌のメガネの男が1人。

 これが六川公平ろくかわこうへいだ。

 

 六川はよく見れば二枚目だが、り残しが目立つ顔を見ればさえない印象の理由は一目瞭然。身だしなみに気を使わないせいでパッとしないのだ。

 

 六川はけたたましい音とともに入ってきた同僚の星守にも一瞥もくれずに黙々と資料整理。

 

 なお正確には六川が上司だが、六川は星守を同僚として扱っている。こんな場末の資料室で上も下もないといってしまえばそれまでだが、これは軍令部時代からの六川の星守に対する態度だ。六川は立場を誇らないし、星守はよく分をわきまえる。


 星守はなんの反応もしない六川を横目でにらみつつ、

「いまそこで、軍令部長と軍令副長の零落は胸がすくって笑われましたよ」

 といって椅子へ腰をおろした。

 薄暗い半地下の部屋には静寂。天井に近い窓から午前中の柔らかい光が差し込んでいる。

 

 六川からは、

「そうかい」

 と応じの言葉はでたものの反応は淡白。六川の言動はつねに物静かで沈着としているが、星守は今回ばかりは思わず、

「悔しくないんですか?!」

 と大声で迫った。


「僕はこの前〝軍令部の亡霊だな〟といわれたよ。〝生きてたんだ〟ともね。ま、軍令部の亡霊とは上手いことをいうと思ったよ」


「ええ!? ちょっと言い返しましょうよ!」


「あとは天童正宗てんどうまさむねのやぶれた腰巾着こしぎんちゃく、虎の威を借るせ猿とかもあったね。ま、まさにそのとおりだ」

 

 星守は他人事のいう六川に無駄を悟りため息。六川の淡々とした様子からは、自分がいくら言い返せなどといっても馬耳東風ばじとうふうだろう。

 

「六川さんは容赦なかったから……」


「いや、星守くんには負けるよ。普通、一部隊まるまる有無もいわせず逮捕なんてしないからね。軍警察を指揮する星守くんは輝いてたね。まるで最前線の指揮官だ」

 

 星守には返す言葉もない。

 ――不正を許せない!

 と正義感に燃えまくった末の行動だった。


「あ、そうそうあのときの部隊長の大佐、先日裁判結果でたそうだよ」


「知ってます実刑45年。当然です。横領と贈収賄、これを正そうとした部下を2名も殺害。銃殺でよかったんですよ。量刑が釣り合ってません」


「おお怖い」

 

 いかに医療技術が発達しようと45年も収監されれば死んだも同じだ。出所しても世間の変わりようについていけず、残りの人生数年は瞬く間に終わるだろう。


「ま、僕たち2人は星間連合軍内で敵を作り過ぎだね。各方面から恨みを買いまくってる。言葉でなじられるぐらいですんでるなら御の字さ」


 やはり他人事のようにいう六川。

 星守は、

 ――正宗さんさえ戻ってきてくれれば。

 という言葉をぐっと飲み込んだ。


 天童正宗はもう軍に戻る気はない。というのは正宗の側近として辣腕らつわんを振るった星守にはよくわかる。黙々と資料整理をする六川も同様だろう。

 

「はぁー。誰か私たちを拾い上げてくれる人っていないんですかね」

 

 六川が仕事の手を止め、

「グランダで拘束されていた天童愛さんが開放されたらしいね」

 といった。


 六川からすれば、

 ――いまの星守くんを放置すると延々と音を垂れ流しそうだ。

 というもので星守の愚痴は終わりそうにない。六川は作業の手を止めてでも話し相手をしてやるほうが早く静かになるだろう判断したのだ。それに急いでやらなければならない仕事でもない。

 

 六川が思うに、いまの僕と星守くん与えられた仕事と比べれば、

 ――弁当にタンポポでも乗せる作業のほうがはるかにとうとい。

 というもので、目の前の仕事はたんなる嫌がらせ目的であてがわれた、やってもやらなくても問題ない作業だ。


「そうなんですか? でも愛さんが最高軍司令部(コジョレ)に軍籍を移したって話は聞きませんし、愛さんはお兄さんべったり。絶対に軍に残りませんよ。だから愛さんが最高軍司令部(コジョレ)にくるのを待ってても私たちは、この部屋からでれないと思いますけど」


「となると、あと僕らと関わりの深かった人たちといえば朱雀すざく将軍か」


「朱雀将軍は無理ですよ。最高軍司令部(コジョレ)の星間連合軍出身者のまとめ役。私たちを引き上げれば、えこひいきだ!って突き上げられて立場が危ういです」


「正宗さんの親友として旧軍の中核にいた朱雀将軍は、敗戦の責任を糾弾されると足元がゆらぐからね。余計なことをして波風立てたくない。軍で嫌われ者だった軍令部とは距離をおきたいだろうね」


「残念ですがそうです。朱雀将軍には最高軍司令部(コジョレ)で頑張ってもらわないと困りますから。むしろ私たちのことにかまってもらってもねって感じですけど。朱雀将軍まかり間違って失脚すれば最高軍司令部(コジョレ)はグランダ軍一色です」


「朱雀将軍がだめとなると他は……いないか」


 とたんに星守の整った顔が渋面。星守は、

 ――どんだけ自分たちは薄徳はくとくなのか。

 と、なげくしかない。

 

 そもそも。と星守が思う。

 私と六川さんの軍令部への起用が大抜擢でした。そんなポッと出の私たち2人が軍令部として専権を振るえたのは、全軍のトップでマグヌスと呼ばれる天童正宗の後ろ盾があったればこそ。悲しいかな、確かに私は虎の威を借る狐でしたよ。

 

 六川さんは対立する参謀軍令部の将校とかを巧みな弁論で相手をネチネチ言い負かしてましたけど、私は、

 ――軍令部だ!

 といって御用改ごようあらためである!とばかりに踏み込んでましたから。当時の私は肩で風を切って外の組織の軍警察をあごで使って――。ああ、そうです。たしかに調子に私は乗ってました。いまの私の落ちぶれようがいい気味だって思う人は多いでしょうね。


 そう六川と星守の2人は軍内でコネクションがない。数少ない縁故があったものは敗戦で軒並み失脚し息をしていないか、朱雀将軍のように助けたくても無理という状況だ。


 星守が不満たっぷりに、

「ま、いなくもなかったんですけどね」

 と、いうと六川は、他に誰かいただろうか? と不思議顔。


「ランス・ノールですよ」

 

 そう。つまるところ2人を評価してくれていた人間は天童正宗の周りの人々。正宗の妹の天童愛、正宗の親友の東宮寺朱雀とうぐうじすざく、そして同じく親友のランス・ノール。

 

 六川がフッと笑ってから、

「ああ、じゃあ2人で反乱軍へ身を投じるかい?」

 冗談一つ。

 

 星守は、まさか嫌ですよ。というように首を振る。


「じゃあ忍耐だね。軽挙妄動けいきょもうどうつつしんでじっとして静観決め込むしかない」

 

 けれど星守は六川のたしなめの言葉に、

 ――気の長い話でまったく展望がないんですけど!

 と、不満しかない。


「このまま定年まで、ここで飼い殺しですか」

 星守はそういいつつも資料整理を開始。


 ――やっと落ちついたか。

 と六川も星守から手元へと視線を戻し作業を再開しようとしたとき、

 ゴン、ゴン。ゴン――。

 という音。

 

 2人はそれが扉をノックした音だと気づくのに数秒かかった。

 

 第二資料整理室の扉はノックされることを想定されて作られていない。いや、この部屋自体が来客など考えて作られていないし、そもそも人がめて働くなどと考えられて作られてもいない倉庫だ。

 

 が、この初めて聞く『ゴン、ゴン。ゴン』といういびつな音が、なにかと考えればやはりノックという来客を知らせる音という結論に行きつくのも確か。

 

 星守が扉を開けるためけげんに立ちあがった。そう。ここ第二資料整理室なんて場末にくる人間は自分と上司の六川しかいない。

 

 ――掃除のおばちゃんすらこないので、清掃も自分たちですよ。

 星守がそんなことを思いながら、恐る恐る扉を開いたのだった――。

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