(九章エピローグ) そのころカタリナは――
「あらやだー容子ちゃんったら喧嘩売ってるのかしらぁ~」
カタリナ・天城が携帯端末の画面を眺めながらにこやかに毒を吐いた。
場所は軍経理局のカフェテリア。時刻は午後3時過ぎ。
カタリナの目の前にはベリー類がふんだんにのったタルト。赤と紺のテラテラとした光沢が美しいタルトは見ただけでとても甘そうだ。
仕事に一段落つけたカタリナは、タルトとコーヒーで一息入れていた。
――また主簿室で私用の端末のぞいていると注意されちゃうから。
という理由もある。
いまカタリナの見つめる画面には、従妹の鹿島容子からの、
――今夜は子羊のソテー(陸奥改風)でした。
という、とても美味しそうな料理の自撮り付きのメッセージ。
写真は料理より鹿島の顔のほうが大きいが、カタリナの目には骨付きの肉しか目に入らない。
陸奥改に乗艦中の従妹の鹿島から毎日のように送られてくる食事の話題。
鹿島からすれば、
――カタリナ従姉さんは料理に目がないから。
と近況報告もかねた親切心のつもりだが、主計部の底なし沼、三度の飯より食事好きのカタリナにとっては複雑な心境。いや拷問に近い。
――容子ちゃん写真で見るだけで食べられないって辛いのよ!
という血の涙を流さんばかりの心の叫びをカタリナは毎回あげていた。
「ほんと陸奥改はいい料理人乗せてるわね。さすが元大将軍が座乗するだけあるわね。食事面は超一級のサービスじゃない」
カタリナが見つめる画面には鹿島がナイフを入れた肉の断面。綺麗なロゼ(ピンク色)のジューシーな肉質。どう考えても士官の下っ端少尉の鹿島が口にできるようなメニューではない。
「容子ちゃん司令付きの筆頭秘書官だから、特級食堂で食事を許されたのね。うらやましすぎじゃないこれ」
特級食堂とは――。
とカタリナが思えば。
艦艇の食事は基本的に士官、下士官、兵卒(士卒)の三つで差がつけられているのはすでに知ってるかな? で、大規模司令部機能を持つ大きな艦艇となると、この3つとは別に高官たち専用の特級とランク付けされるレストランが用意されている場合もあるの。
で、陸奥特務戦隊はたった3隻なのに、旗艦の陸奥改には特級ランクのレストランが設置されてるわ。これは元大将軍が乗ってるとか、勅命軍の体裁とかいろいろな理由でしょうね。
あ、ちなみに士官用の食堂は24時間営業。本当は健康上、決まった時間にっていうのが奨励されてるけど管理職は基本忙しからね。いつでも食事が取れるようにって現場の現実にあわせた配慮ね。
対して一番下っ端の兵卒の食堂は厳しいわよ。班単位で時間割がきっちり決められているの。
例えばお昼は12時開始! 12時15分終了!
――遅刻はごはん抜き。時間オーバーも許されない!
1秒でもオーバーすると張り手一発。食器の乗ったトレイを上官に下げられるわよぉ。厳しいわねぇ。私は食事に時間かけるたちだし考えるだけでゾッとしちゃうわぁ。地獄よ地獄。
あとね。下士官用の食堂は船によって違うわ。24時間の場合もあれば開いている時間が決まっている場合と色々ね。兵卒用の食堂より自由につかえるわ。
カタリナは三度の飯より食事好き。艦艇勤務を嫌忌していても星系軍の食事の事情には超詳しい。
そんな食に目のないカタリナは知っている。陸奥改にはグランダ国内でもたった28人、軍には3人しかいない本物の特級厨師が乗っていることを。
「こんな、ジュルリ、美味しそうね。片手まで作ったオムライスでも特級厨師が作ったと思うと絶品に見えるわ……」
カタリナが穴のあくほど画面を見つめるなか、ブルルっと端末が振るえる。新しいメッセージを受信したのだ。
送られてきた写真は天ぷらの盛り合わせ。いうまでもないが送ってきたのは鹿島だ。
カタリナには天ぷらしか目に映らないが、写真には天ぷらよりデカデカと鹿島の笑顔と、ぎこちない笑いの黒髪の深雪の美女。
天ぷらしか目に入らないカタリナは、
「な――!」
という声をあげて、容子ちゃんったらまた自慢して! と怒りで端末を握りつぶしそうになるが――、
鹿島@秘書官
『天童愛さんとのツーショットです。
通りかかった司令官さんに撮ってもらっちゃいました^^』
という吹き出しの文字に唖然。
え、容子ちゃんといっしょに写ってるの星間連合軍の六花の天童愛なのね。というか容子ちゃん……天下の元大将軍、星間戦争の勝利者をカメラマンでつかうだなんて恐ろしい子。容子ちゃんお願いだから生きて帰ってきてね。
カタリナはいまは優しい元大将軍が、そのうち君子豹変。可愛い従妹が叱責を受ける姿をとてもリアルに想像できた……。