9-(3) 秘書官鹿島
「鹿島容子、今日もガンバですよ」
と、そう私室の鏡の前で意気込む秘書官鹿島は今日もやる気満タン。
陸奥特務戦隊がドック採光を発ってから5日目。鹿島、憧れの艦上生活は順調に滑り出していた。
私室から通路にでた鹿島の左手には艦内用の携帯端末、腰にはその他の携帯端末やこまごとした雑具がつまったポシェット。
「あら、鹿島さんもいからブリッジ?」
と鹿島の後方から声がかかった。
「あ、天童作戦参与。お早うございます」
作戦参与と、お堅く呼ばれてしまった天童愛は苦笑。
「愛さんでいいですよ。わたくしたちってもう戦友でしょ?」
そう……鹿島の戦友プロジェクトは星間戦争の英雄天童愛にも炸裂していた。
誰かれかまわず「戦友!」といって連絡先交換をしていそうな鹿島だが――。
しかし、こんなことをいわれれば鹿島は、
――そんな!違います!
といって断固として否定する。
私だって誰かれかまわず連絡先の交換してるわけじゃないですよ。そこまで浮かれてません。連絡先を交換するのは勤務場所が同じで、よく顔を合わせる人たちです。私が陸奥改内でよく行く場所はブリッジ、主計室、食堂、浴場に売店とメディカルルームです。天童愛さんとは同じブリッジ勤務。戦友で連絡先を交換しちゃうのはあたりまえです。
「えへへ。つい緊張してしまって」
鹿島があざとい仕草で応じると天童愛も微笑。連れ立て進む2人。けれどやはり鹿島には緊張の面持ち。
天童愛の周囲には他人を引き締める凛とした独特の緊張感があるからだ。
それに――。と鹿島が思う。
天童愛さんは少将。階級的にもちょっと別格ですし、六花の天童とかアイスウォッチと呼ばれて戦歴あるちゃんとした軍人さんです。対して特戦隊は若者ばかり、私みたいに実戦経験ない兵員もけっこういるんです。愛さんを前にして緊張しちゃうのは私だけじゃないんですよ。
そう天童愛を目の前にして気後れしない人間は陸奥改内には少ない。
彼女と対等に話せるのは天儀や林氷進介などの第四次星間戦争の戦ったものぐらい。いや天童愛は星系軍の最大単位の司令官。トップガン林氷進介でも気後れする。もっといえばグランダ軍、星間連合軍全体ででも天童愛前に同等としていられる人間は一握りかもしれない。
そう天童愛はたった3隻という小規模な特戦隊にはきわめてふさわしくない存在。つりあいが取れなともいえる。
特戦隊内では憧れと尊敬の眼差しで天童愛へ対するものは多いが、それは同時に自分とは違う存在として距離を置いてしまっているということだ。
鹿島は見るに、
――天童愛さんは特戦隊内で浮いちゃってます。
証拠に天童愛は挨拶を受けることは多くても、仕事以外の時間はほとんど1人で過ごしている。気軽に声をかけるのは司令官の天儀ぐらい。
――あと私もかな。
と鹿島は天童愛と親しくしている側ヘ自分をつけ加えた。
出発2日目で鹿島が目撃したのは、食堂で1人読書する天童愛の孤影。そのときに鹿島は思いきって、
――戦友に!
と声をかけたのだった。
けれどいま並んで歩く鹿島と天童愛の間には沈黙。やはり2人の心には若干の距離があるということを、このちょっと気まずい沈黙がなにより物語っている。
鹿島は、なにか話題を。と思って脳をフル回転。
気まずさを霧散させる世間話といえば共通の話題です。私も愛さんも軍人。となれば共通の話題は軍に関すること。そして軍隊といえば兵器。でも私は陸奥改の重力砲がーなんて話題は楽しいですけど、愛さんはどうかわからないですよね……。
そうだ!愛さんは星間戦争の英雄じゃないですか。じゃあ星間戦争の話題は!?あ、ダメ。愛さんが戦争の運命を決定づける決戦の星間会戦で李紫龍を倒せなくて星間連合軍は負けた。この話題はタブーです。
――危ない危ない。
と思った鹿島は、
「愛さんから見て特戦隊はどうです?」
自分が最も知りたい話題につて切り出した。
天童愛は星間連合軍の9個艦隊中の1個艦隊の司令官だった人物。鹿島の認識では、特戦隊内で最も戦歴があるのが、
――愛さん。そして大規模な艦隊を率いたことがあるのも愛さんです。
そして、
――きっと天儀司令も自分より戦歴の上の天童愛をもてあまし気味ですよ。
と鹿島は思っている。
特戦隊で最も戦歴がある軍人は、この状況をどう見ているのか?鹿島は知りたかった。
黙って進んでいた天童愛からすれば鹿島からのといはとうとつで、
「え?」
と驚いていた。
天童愛の顔はこのまま気まずい沈黙のままブリッジへ到着するという予想を裏切られた顔。これまでブリッジで見せていたすまし顔とは違いパッチリした黒い目を見開いてなんとも愛嬌がある。鹿島は、あ、こんな顔もするんですね。と微笑ましく思いつつ再度質問。
「特戦隊は若年兵が多いじゃないですか。私にしても初陣です。愛さんからすれば、ちょっと物足りない戦力なのかなって私思うんです。歴戦の天童愛から見て特戦隊ってどうなのかなって」
天童愛が、なるほど。という顔をしてから、少し厳しい顔。体貌からは冷気。
鹿島は、
――おお、軍人さんの顔になりました。
と思い天童愛の言葉を待った。
「そうですね。それにお答えするにはわたくしからも質問です」
ほお、どうぞ。という顔で応じる鹿島。天童愛の目の前には、絶対答えますからという決意の顔の鹿島。天童愛は思わずほだされて笑いそうになるが、厳しい表情を変えずに、
「特戦隊の目的は李紫龍の誅伐ですけれど、これからの大まかな予定を聞かせてもらえます?」
と問いかけた。
「えっと、特戦隊はこのまま星間連合の首都惑星ミアンへ行きますね」
「その目的は?」
「最高軍司令部との調整です」
「なぜ調整が必用なんです?特戦隊は同君連合の皇帝が直に発した勅命軍ですよね。最高軍司令部の意向など気にする必用はないのでは」
鹿島は、う~ん。といったん頭なのなかを整理。その可愛らしい唇に人差し指を持っていくあざとい仕草。
それを見た天童愛は、
――こんな仕草が似合うかたはそうそういませんよ。
と、今度はこらえきれずにクスリと笑った。
「でも、なんといっても戦争全体の指揮を行なうのは最高軍司令部ですから。いかに勅命軍の特戦隊といえども最高軍司令部の存在を無視して李紫龍の誅伐なんてできませんよ」
そう、もう軍権も政柄も皇帝にはない。いかに皇帝の命令とはいえ勅命軍という体面にこだわれば孤軍に陥る。
「あら、困ったわ。では秘書官の鹿島さんはどう対策を?」
天童愛の質問攻めは止まらない。
「それは決まってます」
自信あり!とばかりに応じる鹿島が言葉を継ぐ。
「最高軍司令部はグランダ軍と星間連合軍が融合してできた組織です。最高軍司令部中枢も高官たちも両軍で半々となるように組織されてますから、そこが狙い目。グランダ側の軍人に働きかけて譲歩を引き出します」
「あら、でも最高軍司令部内で最も発言力があった李紫龍が裏切ったことでグランダ軍出身者の発言力は弱まっているとは考えられませんか?そうなるとグランダ出身の軍人が勅命軍の意向を最高軍司令部内で反映しよとしても星間連合軍出身者に強固に反対されて結局なにもできないということになりますよ」
天童愛の意地悪い質問。けれど鹿島はサラリと応じる。
「ま、それはそういう考え方もできますけど、最高軍司令部は『グランダ派vs.星間連合派』みたいな感じで対立しているわけではありませんし、両軍は融合するうえで『グランダではこうだ』とか『星間連合ではこうする』とかいう旧国軍同士で対立や派閥が形成されるような言動を絶対タブーとしてます。それに李紫龍の裏切りは、グランダ軍側の過失というより、最高軍司令部全体の過失と認識しているはずです」
天童愛が驚いて鹿島を見つめていた。
天童愛が見るに、若く軍歴の浅い鹿島は最高軍司令部に情報源を持っていない。つまり鹿島が口にしたのは、誰でも手にできる情報を元にした予想にすぎない。
それなのに、
――鹿島さんの見通しはきわめて正鵠を得ています。
というのが天童愛の驚きだった。
天童愛は、ノホホンとして艦艇勤務に浮かれているだけの女じゃないですね。と、鹿島への認識を大きくあらためた。
――秘書課の高嶺の花、主計部の至宝でしたか。
と天童愛は艦内での鹿島の呼ばれ方を思いだした。
なるほど名将の名補佐官!という一見驚くような目標を持つだけはありますね。これはひょっとすると、ひょっとするかもしれませんね。と天童愛は思いつつ、
「では、具体的にはどういう交渉を鹿島さんは行ないます?」
さらに踏み込んだ問いを発した。
「ふふ、グランダ側の軍人に御真影をかざして猛アタックですよ」
「え?」
「最高軍司令部内にいる〝そんのう〟っていうんですか?皇帝を崇拝している高官たちのリストを昨日作っちゃいましから、そこへ『勅命軍だぞぉ』といって大攻勢。私、交渉術には自身がありです」
天童愛が破顔。うふふ。と笑ってから。
「なるほど、おみそれしました。鹿島さんがいれば特戦隊はだいじょうぶ。わたくしから見て特戦隊は懸念より可能性が大です。問題はありません」
「つまり?」
と、鹿島が問う。
「経験の欠如による練度の低さは、熱意で十分補えるということです。さあブリッジ到着です。我らが司令官様がお待ちですよ。今日も頑張っていきましょう」
天童愛がそういってブリッジへ入っていった。鹿島も慌てて続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陸奥改のブリッジは――。
ブリッジ中央に特戦隊司令の天儀が座する司令指揮座(たんに司令座とも)。その司令指揮座を中心にビリヤード台のような立体マップが置かれた司令部機能。
さらにその外周には操舵手座、航行長、通信、索敵、観測、機関長座、砲術長が座する砲戦指揮所。さらにその外側、ブリッジの外周をぐるりと囲む形で電子機器を扱う船務科の座席がズラリ。
加えてブリッジへ入ってすぐの左右には簡易なついたてで仕切られた情報科の情報室と、電子戦科の電子戦指揮所(Cyber Command Post)。
これがブリッジへと入った鹿島の目の間に広がる光景。
航行中の陸奥改のブリッジには24時間7日間、絶え間なく大勢の人間が働いている。その光景は壮観だ。
なおこのブリッジ構造は、操艦、戦闘指揮、司令部機能という艦隊の中枢機能をすべて一箇所に集めた、
『一体式ブリッジ』
と呼ばれる方式のブリッジ構造だ。
軍用宇宙船はそもそも巨大で、艦を動かすことも大変。指揮官の意思が即操舵や砲戦へ反映されることが望まれる。これが複数あつまった艦隊となればなおさらだ。
つまり一体式ブリッジは、
――巨大で魯鈍な体へ脳からの情報伝達を重視した構造。
ということだ。
でも。とブリッジ内を自身の職場(座席)へと進む鹿島は思う。
これってブリッジに直撃弾すると、あらゆる艦中枢機能が一発で失われるってことなんですよね。しかも旗艦のブリッジへ直撃弾したらさあ大変。艦隊中枢機能まで吹き飛んじゃいます。けっこうリスクの高い方式でもあるんですよね。
鹿島はお得意の『戦史群像』で得たニワカ知識を思い浮かべながら進んでいた。
そう鹿島は知らない。この一体式ブリッジを提唱し、グランダ軍で徹底させたのは大佐時代の天儀だ……。
鹿島は自身の仕事場(座席)に到着すると、
「アヤセさん。時間ですよ。お疲れ様です」
と座っている秘書官マリア・綾瀬・アルテュセールへ声をかけた。
アヤセが立ちあがって敬礼、鹿島も同様にする。
「今日の申し送りは?」
鹿島が確認するとアヤセは、
「特にありませんね。お茶くみすらなし。ほんと用事のあるときだけ呼んで欲しいですね」
と小声で批判的にいった。
秘書官鹿島の仕事場=座席は天儀のいる司令指揮座の近く。作戦参与の天童愛も鹿島の目と鼻の先に座席がある。
アヤセの小声は、おえら方に批判が聞こえてしまわないようにという配慮だ。
そう秘書官の本来の仕事の経理や物品の管理、艦内での事象の記録をするだけなら主計室でいいのだ。ブリッジにいる必要はない。
だが規定上秘書官は必ず1人ブリッジで詰めている必要があるが……。ブリッジで秘書官がすることなど雑用ばかり。今回はその雑用もなく。
アヤセは、
――これって私がブリッジにいる必要ないですよね?
と憤りを感じつつ、物品管理の仕事をして時間を潰していた。
「戦闘記録や外部との接触の記録は秘書官の仕事ですからね」
鹿島がなだめるが、それでもアヤセ不満げなままブリッジを後にした。
アヤセの不満に対し、
「よっし今日も頑張っちゃいますから」
と、座席に到着した鹿島はやる気充分。
「私が非番中にあったことはっと――」
鹿島は自身のコンソールのモニターを手早く操作。艦と戦隊状況などを確認。
「だいじょうぶ異常なしですね。そして今日の天儀司令の予定は?」
と秘書官としての大事な仕事も忘れない。
「おお、いつもどおり艦内の巡回だけで特になしというわけですか」
続いて鹿島はチラリと、
――今日の司令さんのご機嫌は?
と、天儀を見た。
鹿島は宇宙へでてしばらくして気づいた。
――天儀司令はよく人の話を聞く。
しかも鹿島の提案や助言をよく採ってくれるのだ。
鹿島が従姉のカタリナや主計学校卒業の先輩方から聞かされていた艦長・司令官像とは、
『バカなのに話をまったく聞かない。いや、バカだから話を聞けない』
という強烈な愚痴のこもった批判。
名補佐官を志す鹿島も、さすがに覚悟して陸奥改へ乗り込んでいたのだが、
――それが天儀司令は違うんです。
という意外な現実が陸奥改での勤務には待っていた。
着任の挨拶をしてから鹿島はことあるごとに天儀へ助言をしてきたが、天儀は嫌な顔どころか笑顔で、
「いやはや、そうだな」
といいながら鹿島の提案を採ってくれていた。
それにですね。と鹿島は思う。
助言を採ってくれるときの天儀司令の優しげな笑みがこれまたいいんですよ。包容力があるというか、とにかく私はあの眼差しに弱いです。
鹿島は天儀に助言を採ってもらえるので、些末な業務へのやりがいも倍増だ。
だが今日の鹿島は慎重になる必要があった。なぜなら――。
私、今日は思い切って最高軍司令部の調略について提言しようと思ってるんです。いままでは「大将の肩章はちゃんとつけましょう」とか「お胸に略綬つけましょうね」とか細々とした助言でしたけど、今日は戦隊の方針についてです。ちょっと重さが違いますね。
――天儀司令とは仲良く良好な関係とはいえ、ここは慎重にです。
鹿島は覚悟を決めつつも慎重だ。
――せっかちな女性は男性に嫌われますからね。
と思いつつ鹿島は天儀の横へ立ち、
「あのぉ、お時間だいじょうぶでしょうか?」
恐る恐る天儀へと話しかけた。
天儀は言葉では応じず一段高い位置にある指揮座からひらりと飛び降り、
――話を聞こう。
という態度。
「司令は惑星ミアンでどんなご計画をお持ちでしょうか?」
鹿島が問いかけたとたん天儀に身構えるような硬さがでていた。鹿島の緊張にあてられたのだ。
天儀からすれば、鹿島は自分に近づいてくる段階から普段と違い緊張と硬さがあった。
――そうまるで着任の挨拶のような硬さだな。
と天儀は思う。
天儀が鹿島のこの硬さはなにかと?と考えれば、
「鹿島は戦術面や特戦隊の方針について口を挟みたいのか」
という種のことは容易に想像がついた。
「これ私作ってきたんです」
鹿島が思いきって紙に印刷した用紙を天儀へ差し出し、
「最高軍司令部内のグランダ軍出身者のなかでも勤皇の思いが強人たちのリストです」
言葉を続けたが、天儀は腕をだらんと下げたまま受け取ろうとはせず、胸の前の用紙を一瞥しただけで、
「で?」
という目語。天儀の目は鋭い。
――え?怒ってる?怒らせちゃった?
鹿島は心中で酷く狼狽。トレードマークのホワイトブロンドのツインテールもしおれ気味。
やっぱり戦い方への助言は早かったかも、バカバカ私。来週にすればよかったのよ。と涙目になりそうなのを必死にこらえながら平静をよそおうも、心の余裕は消失。鹿島の最初の重要な提言は撃沈寸前!もう傷心をかかえ黙ってすごすごと引さがるしかない状況。
が、ここで、
「鹿島さん優秀なんですよ。最高軍司令部へのロビー活動を自ら買って出る心積もりのようです」
という声。天童愛だった。
天童愛はブリッジに一部始終を眺めていて、
「あら鹿島さんったら星間戦争の勝利者へ戦いの方針の助言だなんて凄いわね。このわたくしだって天儀司令相手に電子戦以外の戦いの助言を呈するとなれば二の足を踏むのは間違いないのに」
そんなこと思いつつ、あっさり撃沈しそうになっている友人の鹿島の頑張りに助け舟を出したのだ。
とたんに天儀の笑貌、
「ああ、なるほど気が利くね。ありがとう。有効に活用するよ」
といって鹿島の差し出している用紙を受け取った。
鹿島もホッとして笑顔。心なしかホワイトブロンドのツインテールも生き生きしている。
だが天童愛の目はごまかせない。
「あら、軽いものいいですわね。それって受け取っておいて見もせずに積んでおく気ならわたくし感心しませんね」
天儀がムっとした顔したが、次の瞬間、
「鹿島――!」
と叫んでいた。
「え、はい」
天儀の大声に鹿島が反射的に返事。
「逆臣の誅伐を目的とする特戦隊には大きな問題がある。なんだ!」
鹿島は天儀から突然でた問に困惑しかない。
だが天儀は、
――助言したいなら答えろ!
とズイと迫ってくる。
「はい!誅伐の目標である李紫龍が総軍司令官立場ということです」
「たかが賊の総司令官。なぜそれが問題だ!」
「それは――、李紫龍を誅殺するには反乱軍の2個艦隊を撃破する必用がります。これが一番の問題です。その申し上げにくいですが特戦隊は3隻ですから……」
「そうだ。よくわかってるじゃないか。こんな面倒くさい問題を解決しようと助言をくれる秘書官は少ない。俺は君を評価するぞ」
天儀の一人称が〝俺〟に変わっていた。
――ワイルドな司令もステキかも?
と面食らいつつも鹿島は思うが、
「あの、では3隻の問題の解決は?戦力を増やすにはやはり最高軍司令部と掛け合うしかなく。最高軍司令部を懐柔するにはグランダ軍出身者で、それも勤皇の意識が高い人物をターゲットにすべきだと思うんですが……」
繰り返された助言。
天儀のこめかみに『ビシッ!』といういらだち走るが、グッとこらえて、
「そういうロビー活動的なズルはダメだ。フェアじゃないだろ?」
と笑顔をつくって優しい声でいった。
だが鹿島はあまりのいい加減な返答に驚きしかない。
鹿島は戦争にズルもへったくれもないとまではいわないが、条約違反などでなければ問題ないとも思う。今回の最高軍司令部対する懐柔工作は条約違反でもないし、
――アンフェアでもない……はず?
天儀に白を黒と断言され、鹿島の自信がゆらいでいた。
鹿島は混乱しつつ、
「ええ?!」
と驚いてから、
「じゃあどうするんですか……負けちゃいますよぉ」
悲しい顔でいった。
天儀がウッとつまって思う。
まずい勢い強引にいいくるめるつもりが、存外むずかしい。やはり鹿島は頭がいいぞ。このまま力任せに切り上げると鹿島のなかに巨大な疑念が残って司令官である俺の能力への不信へつながる。
そう思った天儀は、
「三軍が干戈を交えるとき、勝敗の是非は衆寡にあるのではない。将の良否にある。敵将は愚鈍で機を逸した。対して我らの行動は機敏で迅速。必ず巨体の欠陥を突ける」
と威厳たっぷりに吐いた。さも格言を吐いたようないいぶりだが天儀の口の中は辛い。ひたいにも苦しい汗。
けれど一方の鹿島は、
――おおーなん古語的な言い回しがかっこいいです!
打って変わって大感激。悲しいかな鹿島は歴女。が、ニワカだ。ほとんどの場合鹿島の歴史への洞察は本質までとどかず、『四天王』とか『雷帝』とか『超重力砲』などのワードを見てかっこいいと嬉しくなるだけ。
そんな鹿島の目はいま、
――どういう意味です??
と疑問でいっぱい。
そう鹿島は天儀がもったいぶった言い回しをしたせいでまったく内容を理解できなかった。鹿島の瞳は、司令、そのかっこいい言葉の意味を教えてください!と興味津々。
対して天儀は、にこやかにしているも心中は苦しい。天儀からすれば一難去って一難。鹿島のキラキラ輝く瞳を納得させる必要がでたのだ。
天儀がフッと笑って天童愛を見た。
その目には必死な形相、
――天童愛、こいつをなんとかしろ!
という目語があった。天童愛が嘆息一つ仕方とばかりに口を開く。
「あれですね。鹿島さん。天儀司令は一定以上の規模の軍隊が戦うとなれば、兵数の多さではなく将軍の能力で勝敗が決る。こうおっしゃっているのですよ」
「なるほどぉ」
と、納得するが鹿島は頭がいい。それぐらいでは言いくるめられない。
「では機を逸したとは?これってチャンスを失ったってことですよね??ランス・ノールはどんなチャンスを失ったんです?」
今度は天童愛が、
――はい。次は天儀司令の番。説明してあげてくださいね。
と天儀を見たが、天儀はニヤつきながらあごをクイッと動かし、
――いや、お前が答えろ。面倒くさいから。
という目語。対して天童愛の目には、
――はああ?
と、不満たっぷりの憤り。当然だ。
天儀は、こいつ言いくるめるの面倒くさいからお前がやれ、と天童愛に面倒事を押しつけたのだ。
けれど天儀は天童愛の険のある不満顔に方針を一転。
――あ、わかんないか。じゃいいわ。俺が説明する。
瞬間、天童愛がカッとなった。
――わかります!天儀司令は黙ってください!
と怒った目でいってから鹿島へ笑顔を向け、
「ランス・ノールは政治的な動静に重きを置きましたね。静観すれば独立は既成事実と化すと思ったようですが、孫達の同君連合の2個艦隊を排除したなら、そのまま攻勢へ打ってでるべきでした。これでは尻すぼみです」
つらつらと説明した。
天童愛が思うに、これが天儀のいう「ランス・ノールは機を逸した」という意味だろう。
「そういうことだ鹿島。君のいうとおり敵の数は懸念だが、それだけすべてが決まってしまうというわけではない」
おーっと納得げな鹿島に天儀がいった。
「なるほど勝敗を決めるのは将の良否ですね。私たちが頑張れば勝てる。こういうことですね」
この鹿島の言葉に天儀は、
――鹿島はこういうこところがいい。
と好感を覚えた。
鹿島は他人任せにしない。いまの場合「天儀司令はランス・ノールより優秀だから勝てますね」というような上官を持ち上げる言葉、いわゆる〝よいしょ〟をして流して話をしめてもいい。
――それが特戦隊一丸となって頑張ろうとは見上げたものだ。
と天儀は感心した。
一方の鹿島は、天儀からジッと感心の目を向けられ気恥ずかしい。
――司令、見つめすぎです。
と、鹿島は照れつつ、
「でも、ちょっと敵の数は多いですね」
はにかんでいった。
「そこはマジックソードことシスター天童。我が剣となって敵を切り倒してくれるさ」
天儀の軽口に天童愛が、
「違いますわね」
と強く否定してから言葉を継ぐ。
「つごうよく重要な部分を、はしょらないでくださいね。〝天童正宗のマジックソード〟です。誰かれかまわず振るえる安い剣ではありません」
2人のやり取りを見て、
――あ、そっか。
と鹿島が思う。
天儀がいったのは、
『兄の正宗が作戦を立て、妹の愛が実戦部隊を率いて突っ込んでくる。』
という星間連合軍時代の天童兄妹の十八番だった。
お兄さんの正宗さんが全体の統合指揮、愛さんが作戦の要となる重要部分で暴れに暴れて敵を撃破。こんな感じですね。と鹿島が思いだした。
自分を安易に使えるなど思うな。と吹雪を身にまとってピリピリする天童愛に天儀が苦笑。
「どうだ安心だろ。こんな怖い天童愛さんがいるんだ。敵もビビるというものだ」
「え、あ、はい、そうかな?」
鹿島は怒る天童愛の手前、そうですね。とは返事ができずあいまいな応じ。
「これは受け取った。有効に活用するというのは偽言ではない。必ずつかう」
とたんに鹿島は笑顔。
だが笑顔の鹿島が次の瞬間には真っ赤になって、
「あ、ちょっとお花をつみに」
といってそそくさと立ち去る。
――あん、緊張がとけたら急にきましたよ。
ホッとし鹿島に尿意が襲っていた。これは仕方ないというものだ。秘書官が戦いのことで助言を呈するということは普通あり得ないし、難しいことなのだ。
天童愛は足早にトイレへと向かう鹿島を眺めながら、
「それつかうんですね?」
と、天儀へ厳しく迫った。
それとは鹿島が作った最高軍司令部調略のための尊皇のリストだ。
「ああ、つかう」
「では、最高軍司令部と交渉するためにグランダ軍出身者へはたらきかけると?」
「ないな」
天儀があっさりいった。
「私が李紫龍に厳命し、朱雀将軍へ頼んでできあがった最高軍司令部はそんな生やさしい組織ではない。仮に帝の威光が――といって大きく譲歩するような輩がいれば、授けられた斧鉞でその頭を叩き割ってやる」
「あら怖い」
「そう鹿島のリストはつかう。抜き打ちの査定にはちょうどいい。リストの奴らにカマかけて乗ってきたら、そいつは許さん。絶対にだ」
継いで天儀は、
「皇帝権威が新軍へ影響をあたえるのは誰のためにもならない」
と独り言のようにいった。
「では最高軍司令部とはやはり交渉すると?」
「そうだ。最高軍司令部には出世させたいやつらがいる。そいつらをつかう。いやお願いするか。まあ何にせよミアンへ入ってからだ」
天童愛が、ふーん。と意味ありげに天儀を一瞥。
「ま、なにをお考えか知りませんが、わたくしに泣きついてもお手伝いはしかねますからね」
「君の手を煩わせるまでもない」