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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
一章、始動
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(一章エピローグ) そのころ鹿島は、①

 星間一号線せいかんいちごうせんでグランダ艦隊と星間連合せいかんれんごう艦隊が激突するその日、鹿島容子かしまよこといえば……。


「秘書科少尉(しょうい)鹿島容子です!今日からふるって主計しゅけいのお仕事を頑張っていきます。よろしくお願いします!」


 朝から緊張の面持ちでホワイトブロンドのツインテールをゆらしながら、小さな口をいっぱいに開き大きな声を張り上げていた。

 

 場所は軍経理局の一室。

 そうこの日は鹿島の主計秘書課への着任日。鹿島は卒業後の研修期間がやっと終わり、憧れの職場に立っていた。記念すべき日といっていい。


 緊張を隠せない鹿島だが、目は憧れの職場への期待でいっぱいだ。


 この主計部秘書課へ憧れるのは鹿島だけではない。秘書課は軍内でも注目を集める部署だ。

 理由はここが数字のエキスパートたちが集まるエリート部署……とうことではない。


 理由を鹿島からいってもらえば、

 ――まずお給金がいいのです。そして、それだけじゃないですよ。

 

 な、なんと――、

「制服が超かわいいんです!」

 そう握りこぶしで力説する鹿島。


 これは事実だった。

 主計部秘書課の制服は、白を基調とした洗練された特別なデザインの制服の独特なデザイン。

 

「チャームでキュートで、そしてかっこいいデザインなんですよ」


 キュッと締まった丈のきわめて短い上着に、リボンは蝶形の大きなデザインで、ループは大きくタレも大きくウエーブがかかっている。肩章けんしょうは見栄えがする大きさだが、主張しすぎず洗練されている。

 

 ここに、

 ――この制服は一握りのエリートだけが許される。

 というオマケがつけば、夢見る少女たちが憧れないはずがない。


 この時代にあっても、

 ――人材確保は最重要事項。

 それも、

 ――極めて優秀な。

 と附則がつけばなおさらだ。


 主計部秘書課は主計学校卒業者だけでなく広く、一般からも優秀でタフ(=殺人的激務に耐える)な人材を求めている。


 そう優秀でタフな人材を集めようと思えば、高給というだけではまったくたりない。そんなことだけでは、この時代の若者たちの興味は引けない。

 

 これに軍経理局の数字の天才たちが知恵に知恵を絞った結論が、

『可愛い制服!』。


 主計部秘書課の制服は、花の乙女たちが憧れてやまない人気女子校の制服のデザインを担当した超有名デザイナーの手による一品だ。

 

「こんなのもう、かわいいのも当然というものですね」

 鹿島も満面の笑み。


 なお女がいれば男は勝手に集まる。男の制服は同デザイナーのバカ娘に発注。大きな声ではいえないがもちろん超有名デザイナーのご機嫌取り。


 そんな憧れの制服に袖を通した鹿島はどこか浮つきつつも、この日のために用意しておいた言葉を終了。

 ――昨日の30分ほど練習したかいがありました。

 鹿島はよどみなく完璧に挨拶を終えたことにご満悦。

 

 けれど鹿島が着任の挨拶を終了しても初老の課長からなんの言葉もない。

 

 ――あれ?

 と、鹿島が笑顔の裏で思う。

 普通はここで課長から、これからいっしょにがんばろう的な一言があって解散のはずだ。

 

 ここで鹿島はハッとし、実はもっと自己紹介が必要なのかしら。やだ私ったら浮かれてばりで――。

 


「趣味は戦記モノ小説ではなく、えっと戦史研究で――」

 鹿島がアドリブを開始。

 

 終わったかと思ったら、とつじょ始まった追加情報。

 室内にはドッと笑いが起こった。


 とたんに真っ赤になる鹿島。生来の上滑りしやすいドジな面も周囲からすればスパイス。鹿島の愛嬌でもあるが……本人からすれば狙ってやっているわけではない。きわめて恥ずかしい。


 そう笑いに悪意はないが、鹿島からすれば恥ずかしさで心は潰されそう。鹿島はなんとか挽回しようと言葉を繰り出すが、

「えっと、ビタミ炭酸飲料マット(Mat)が大好きで、でも最近はダイエットのために控えていて、あ、あれ、そうだ軍のことをいうべきですよね。えっと軍の資料室にはよくいきます」

 などと支離滅裂しりめつれつ。鹿島は慌てるばかり。


 場は鹿島の斜め上の行動がおかしくてさらに笑いが満ちていた。

 

 そこへ明朗とした、

「憧れは?容子ちゃん!」

 という一声。


 鹿島が跳ねるように、

「名将の秘書官です!」

 というと、またドッと笑いが起こった。


 だが今度は鹿島は止まらない。生き生きした顔で、


諸葛孔明しょかつこうめい、ベルティエ、エパミノンダス。秘書官として巨艦の勤務に憧れています。総旗艦大和(やまと)なんて乗艦できたら最高です。アレキサンダー大王やピュロス大王の大遠征ついていくのが本気の夢です!先輩方も経験談など楽しみにしております。ぜひお聞かせ下さい!」

 愛らしい笑顔とともに言葉を終えた。


 とたんに場の空気がどんより。

 鹿島からでた歴史的人物の名はミーハーそのものだが、笑いなど一切ない。


 誰もが鹿島から視線を逸し、下を向き、横を向き、斜め上を見上げ、笑っていたエリートの先輩方が気を使うほど、憧れを口にする鹿島はまぶしかった。


 ――こんな純真な笑顔を見せられたら、現実を知らせるのは残酷だ。

 と誰もが思い気遣ったのだ。

 

 そう経験のある先輩方からいわせれば、艦上勤務などまったく面白いものではない。数字の天才たちも、艦上ではとてもお勉強のできない司令官や艦長の雑用担当の下僕。そして戦闘への助言などまったく求められない。兵科武官たちは軍主計学校の成績優秀なものたちすら、

 

 ――戦闘などわからん数字屋。

 として見下しているふしすらある。


 場に満ちるどんよりした空気。天才たちにとって、知性のないものにあごで使われたのはトラウマだ。

 

 見かねた課長が、

「なんと鹿島君は、主計学校を主席だそうだよ」

 どんよりした空気を払うようにいった。


 けれど場に大した驚きはない。

 何故なら軍経理局主計秘書課のなかでも、鹿島配置された課長直属の主簿室しゅぼしつの職員たちの履歴りれきを見れば主計学校の主席がずらりと並ぶ。希に次席がいるぐらいだ。ここは本物の数字の天才のあつまりだった。

 

 だが続いて課長からでた、

「しかも歴代トップだよ」

 という言葉に室内にため息のような驚き。同時に鹿島へ集まる視線。


 集まる視線に照れる鹿島を目にして、

 ――このかわいいが?

 と誰もが思った。


 課長は鹿島へ集まる奇異と驚きの視線へ苦笑し、

「そこのカタリナ君の不滅の記録といわれた卒業成績も数年で塗り替えられることとなったわけだね」

 高身長でヒールとメガネの似合うたおやかな女性を見ていった。


 女性はカタリナ・天城あまぎ。鹿島の憧れてやまない大人の女性。

 

「さすが容子ちゃんやってくれたわね」


 カタリナがそういって笑貌しょうぼうを見せると、

 ――もう従姉えねさんったら。

 と、照れ半分、嬉しさ半分の鹿島


「皆さん、夢見る不詳の従妹いもうとを、今後はよろしくお願いします。あと、私は厳しく行くから。容子ちゃんはそのつもりでね」


 カタリナはしかめつらを作りつつも声には貫禄がない。根から優しい性分なのだ。いやおっとりしていると言い換えてもいい。

 そんなカタリナの一言で、鹿島の着任の挨拶は終了。職員たちは仕事のために室内に散ったのだった。


 午前の業務の開始。

 鹿島の主計部秘書課での初日が始まったのだった――。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「容子ちゃん行くわよー」

 と、足早に進むカタリナへ慌てて続く鹿島。時間は午前の業務が終了し昼食タイムだ。


 いま鹿島の目にはカタリナのスラリとした後ろ姿。

 ――従姉ねえさんヒールがよく似合っています。

 と、くすぐったくも嬉しいのがいまの鹿島。


 午前中、室長カタリナについて回って業務を行なった鹿島が、主計部秘書課に憧れたのは可愛い制服と、高いお給金というだけではもちろんない。


 鹿島が主計部秘書課に進んだのは、なんといってもカタリナ・天城という目の前を歩く女性に憧れたからだ。


 幼い鹿島の目に映るカタリナは美しくて強いヒロイン。ヒロインといってもヒーロー(主人公)の相手役のそれではなく、物語の主人公。


 こう見えて従姉ねえさんは優しくて、どんな危機も、

「あらーどしましょうねー」

 などと間延びした言葉を口にしつつも跳ね返してしまうんですよね。すごいです。


 憧れの職場に、憧れの人と同じ職場。


 名将の補佐官という夢はいったん横へ置いておいて、と鹿島は思う。願いの三分の二がかなっているのだ。カタリナの背中を追う鹿島の表情は幸せいっぱい。これ以上欲張るのはよくないというものだ。


 やはり浮かれ気分の抜け切らない鹿島。


 そんな鹿島などつゆ知らずカタリナはぐいぐいと進みながら、

「今日の食堂はケルト・フェアよ~」

 嬉々として口にする。そしてカタリナの歩く速度は早い。従う鹿島は大変だ。

 

 鹿島は必死に足を前にだしつつも、ケルト料理と聞いてイモしか連想できない。


「お魚と豚肉ですって!」

 やはり嬉々としていうカタリナ。


 あ、そうなんだ。と、鹿島は思いつつも、でも従姉ねえさんならなんでも喜びそう。と苦笑い。

 

 鹿島の知るカタリナは好き嫌いなくなにを出されてもぺろりと食べてしまう。


「私、ケルトっていうと、蜂蜜酒はちみつしゅとエールってイメージなんですけど」

 鹿島はイモといっては、あんまりなので持てる知識をフル動員。少し気取って話題を切りだしたのだ。

 

 鹿島もカタリナもまだまだ若い。花も恥じらう乙女が2人いて、

 ――今日の昼食はイモね。

 なんて話題をするよりはいいだろう。

 

 けれどカタリナは、

「あらやだ容子ちゃん昼間からお酒?」

 などといって笑っている。そしてカタリナは笑いつつも、やはりその歩みは早い。目的のバイキング形式の食堂へ向けズイズイと進んで行く。

 

 ――主計部の底なし沼。

 これがカタリナの二つ名。

 

 食堂に席についた鹿島とカタリナの目の前には、豚肉ソテー、ミートパイ、ゴロゴロとした具の大きいシチューなどなど。ゆうに3人前。鹿島とカタリナが座る4人がけのテーブルいっぱいに並んでいる。


 ――これだけは真似できないな。

 と鹿島は思う。そして変わらずすごいとも思う。

 

 カタリナの大食いは昔から。カタリナは大食漢たいしょくかんならぬ大食女傑たいしょくじょけつ。誰がいったか、

「三度の飯より食事好き」

 それがカタリナ・天城だった。


 この量が従姉ねえさんの細い体のどこおさまるんだろうと鹿島は苦笑い。

 ――いえ、もちろんお腹なんでしょうけ。

 と思いつつ鹿島はカタリナを、ついジロジロと見てしまう。


 それにお腹におさまってからも問題。栄養の行先を考えると……。

 鹿島の視線はカタリナの胸部へ、

 ――どう見てもここよね。

 というもで、けして小ぶりではない鹿島のそれの二倍はありそう。


「肩こりはもそうなんだけど、夏場はここだけ汗かいちゃって」


 鹿島は、そう恥ずかしくいう従姉あねを思いだし、天は二物を与えずといのは嘘ですよ、と思う。目の前のカタリナは知に加えて三物、四物ぐらい持っている。


 鹿島の視線に気づいたカタリナが、

「うふふ、私間食はあまりしないからね。太らないのよ」

 といった。


 そんな問題の量ではないけれど、と鹿島は苦笑い。鹿島がカタリナの真似をすれば、こんころりんのおデブちゃん。パンパンになった自分の顔がよういに想像できる。

 

 それに、

 ――カタリナ従姉ねえさん間食も多いですよね?

 というもので、いまカタリナらでた言葉は、よく食べるわね。という視線に対しての決まり文句。実態のない言葉だ。


「容子ちゃんしっかり食べないと、午後からもたないわよ?」

 そいうカタリナの目の前の皿はすでに一枚きれいに空。

 なお鹿島はパスタ一皿にスープにドリンク。これでも年頃の乙女としては多いぐらい。


「普段はね。1人なんだけど。今日から容子ちゃんがいっしょでしょ。1人で食べるより断然楽しいのね」

 

 カタリナの言葉に、ですよね。と鹿島は思う。なぜなら2人で座る4人がけのテーブルはカタリナの料理でいっぱいだ。鹿島のスペースも侵食されている。ドリンクだけでも大サイズが3つ。

 

 そしてカタリナは余裕そうに喋っているが、食事するさまは正に真剣勝負、格闘技を連想させる。誰もがじゃましては悪いと思うだろう。

 鹿島からして、カタリナが普段1人で昼食を取っているというのは容易に想像がつく。


「うふふ、食費はだいじょうぶ。職員は無料のバイキング形式なんだから。これが主計部秘書課ここの一番いいところね。夜もね、ここで食べてっちゃうのよ?夜は特に美味しいんだから」

 そう語るカタリナの顔は満面の笑み。


 鹿島は思わず、

従姉ねえさんまさか――」

 と声にしてから続く、

 ――食事の待遇の良さで主計部秘書課を決めたの?

 という言葉を飲み込んだ。


「あらいやねぇ。まさか私だって胃袋と相談して仕事は決めないわよ。あいかわらず容子ちゃんは面白いのね」

 

 継いで上品に笑うカタリナの目の前からは、もうすでに三分の一ぐらいの皿が空。横に積み上げられていた。対して鹿島のパスタはほとんど手付かず。もちろんカタリナの食事っぷりに気を取られたからだ。


 鹿島の憧れるカタリナ・天城は主簿室の室長。

 つまり鹿島の着任の場にいて、課長の次に偉いのがカタリナだった。

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