9-(閑話) 最後の皇軍
「姉ちゃんごめん――」
と心中で悲痛するのは林氷進介。
場所は陸奥改の大格納庫。
いまここには陸奥改の隊員たちが整列。いま集められた隊員たちの目は仮設された壇上に集まっている。
壇上には陸奥特務戦隊の司令官天儀。
進介は、
「司令官訓辞!」
というスピーカ越しの言葉とともに壇上にあらわれた男を見て、
「あ、まずい。やらかした――」
と色々と焦っていた。
「俺、義理の兄さんを将官かな?とは思ったけど、まさか勅命軍を任されているほどの偉い人だとは思わなかったんだ。それをあんな偉そうに陸奥改やオイ式二足機の講釈たれて……完全に爆死じゃないか……」
帝の権力が一気に衰微し始めたころに軍人となった戦後派の軍人の鹿島と違い、進介は第四次星間戦争で戦った戦前派の軍人。
戦前派のグランダ軍人にとって帝の威名を帯びるという立場はきわめて重い。
進介が、
――というか兄さんって帝の寵臣ってわけ?
と青い顔で壇上を眺める。
いまの朝廷権力が後退した現状で、しかも同じく寵臣だった李紫龍の誅伐を任さられるほど朝廷と関わりの深い軍人となればそうなる。
――うへー、姉ちゃん結婚したら貴族じゃん。
姉の玉の輿を思った進介は、マジカー。と壇上を見上げつつも、もう完全に上の空。
姉ちゃんが貴族になっちゃったら気軽に会えないじゃん。しかも仕事続けれるの?俺、姉ちゃんがドックの長官じゃないと気軽に兵器見学できなくて困るんだけど困ったなぁ。
無責任なことを思う不肖の弟は、
「特戦隊司令の天儀だ」
という重要なワードも、その後に続く言葉も聞き流すこととなった。
――天儀。
と聞けば戦前派で、しかもトップガンの進介なら、
「あ、やばい元大将軍じゃん」
と気づき卒倒したろうが、姉と天儀についての誤解は一気にここで解け傷口は広がらなかったろう。
一方の壇上の天儀は威儀を発揮して言葉を続けていた。
「私は陛下より逆臣李紫龍の誅伐を拝命し、諸君を精兵と判断し特戦隊員として招集した。いま軍人は誰もが最高軍司令部の下にあり新軍の軍人となっている。だが我々は違う。いまだ陛下の赤子だ」
大格納庫ないに天儀の言葉が重く響いた。天儀は帝の権威を巧みに着たといえばそうだが、集められた特戦隊員たちの耳底には天儀の声がよくとどき、とたんに場は緊張につつまれた。
――勅命軍。
という重みを誰もが初めて感じ身構えたのだ。
天儀は固くなり緊張する大格納庫内の空気を打ち払うように、
「我々はちょっと時代に乗り遅れたとうわけだ。他のやつらは新軍に軍籍を移してもう仕事を始めてる。先に移ったやつらは一足先に出世し始めているということで、残って皇軍をやってる我々はおいてけぼり。我らはここで安穏としていると、今後の出世どころか軍籍抹消。立場も危ういぞ」
という冗談をいうとドッと笑いが起きた。天儀も笑貌を見せ、隊員たちを見わたしてから言葉を継ぐ。
「そう今回、特戦隊に参加するのは陛下の赤子だ心しろ。例外はない。そして、おそらく我らは勅令での最後の任務部隊となるだろう。これは言い換えれば最後の皇軍というわけだな」
最後という言葉が衝撃的だ。場にはまた緊張感。グランダ軍人とっては、国民軍も別の面から見れば皇軍というのはあたりまえの認識だった。対して天童愛などの旧星間連合軍の軍人からしても敵は皇帝の軍隊というイメージがある。長くあたりまえに続いてきたそれがいま終わる。
誰もが時代の変遷の渦中に身をおいているという重みを感じた。
「行って、誅して、勝つ。大功建て昇進して燦然と新軍へ参加しろ。任務が終わるときには諸君は「あれが特戦隊のやつらだ」と最高軍司令部へ先に行った者たちから羨望の目で見られるだろう。断言する。以上だ」
天儀の訓辞が終わっていた。天儀は颯爽として壇を降りた。
続いて特戦隊高官の挨拶。そのなかには旧星間連合軍の天童愛もふくまれる。
天童愛が凛とした姿で壇上に登場すると、大格納庫内にはため息、つづいてざわついた。
急遽決まった勅命軍の陸奥特戦隊に集められたのは若い軍人たち。
若い軍人たちにとって、天童愛は燦然と輝く一等星。敵味方など関係ない。
鹿島も、
――本当だったんだ!
と驚きと喜び一杯の目で天童愛を見上げていた。
星間戦争で李紫龍に並ぶ英雄の登場。あれが10代で海賊討伐の実行部隊率いて、20代前半で1個艦隊の司令官となった星間連合軍の六花の天童愛。と、鹿島だけでなく陸奥全体が、いや出港前のこの訓示は護衛艦2隻にも中継されており、殊勝にも護衛艦内で直立不動していた人々も一様にして驚いていた。
場は天童愛が話題を総ざらい。特戦隊司令のありがたいお言葉という記憶は、天童愛の鮮烈さに早々に遠く彼方へと追いやられ出港前の訓示は終了した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あら、上手くたきつけましたこと。この有象無象を喜ばす演説はお兄様より上手いと評価してあげてもいいですわね」
天童愛が大格納庫をあとにしてブリッジへ向かう天儀の背中へそう言葉を投げた。
「そうなのか?光栄だな」
天儀が少し笑って応じた。訓示の成果は上々だ。特戦隊の士気があがったという確かな感触がある。
「ええ、お兄様は嘘が嫌いですから」
天童愛がチクリと刺した。天儀の威勢のいい演説は、たった3隻というみすぼらしい勅命軍の実態を覆い隠すための虚勢。空伝票を切ったに近い。というのが天童愛の考え。
「はは、私は嘘つきか」
「違って?」
天儀は困ったようにうなづいたが、継いで出た言葉は違った。
「終われば証明される。星間戦争のときのようにな」
天童愛が天儀にピシャリといわれて、
「く――!」
と応じにきゅうした。
そう天童愛がチクリと刺した相手は、勝てないといわれた星間戦争に勝ってしまった男だ。
「それに最後の皇軍とは、自分でもなかなか上手いことをいったと思う。というより、やむにやまれぬ事情で拝命した勅命軍司令官。それがたった3隻。悲壮感がっていいじゃないか。君にもわかるだろ?」
天童愛はとつじょ距離をよせてきた天儀の言葉に不可解のかたまり、
――あら馴れ馴れしい。
と不快となった。
あらまあ、『君にもわかるだろ』ですって?いつからアナタとわたくしって、そんなに近しい関係なったのかしらね。わたくし確かに従うことは了承しましたけれど、お友だちや彼女になったつもりはありませんけど。
そんな不快を天童愛は、
「はあ?」
という音とともに吐いた。当然、吐かれた音色には大上級の不快がにじんでいる。
「そうかダメか。お兄様のために悲劇のヒロインを演じていた君には共感してもらえると思ったんだがな」
「――!」
天童愛は天儀からの思わぬ反撃に言葉がでない。ただ顔を真っ赤にして見にビュンビュンと吹雪をまとった。
「ま、なんにせよ。君の存在は特戦隊の大きく盛り上げてくれた。礼をいうよ」
天童愛には、げせないというようけげんな表情。
わたくしの挨拶は当たり障りのない平凡なもので、天儀司令のように重さを伴うものではなかったはずですけれど?というのが天童愛の不思議。
天童愛は壇上に立った自分に、はつらつとした憧れの視線が集まっていたとは気づいていない。
壇上の天童愛は大格納庫内を見わたしながら、
――はぁ、いつもどおりものすごく見られてますね。
という感想を嘆息とともに持っただけ。
「君の登場で、私の言葉は彼らの記憶には遠いい過去さ。それでもいい。君のおかげで特戦隊は大いに士気はあがった結果は上々だ」
「ま、お役に立てたならいいですけれど……」
陸奥特務戦隊はドック採光を発った――。