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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
九章、ついに鹿島は!
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9-(2) 主計室

 主計室しゅけいしつ――。

 と書かれたプレートを見上げ握りこぶしで気合を入れるは秘書官の鹿島容子かしまようこ


 見上げる鹿島は本来ならこの『主計室』は、

 ――秘書室って書かれているんですよ。

 プレーを見上げながら思う。

 

 いえ、小さい艦艇なら船務科せんむかどこかにデスクが与えられるだけ、秘書官専用の仕事部屋なんてなかったりもします。『主計室』とは一定規模以上部隊の経理をつかさどっていることを意味します。つまりプレートの文字は部隊の経理の中枢ってことですね。しかも部隊司令付きの秘書官は作戦会議にも随行できますから、その存在は特別です。

 

 つまり鹿島は『主計室』の文字を見て、念願の司令官に助言できる立場になったことを実感したのだ。


 鹿島はふたたび『主計室』の文字を見上げ、うふふ、と気分よさげに笑って部屋の扉を開いた。

 

 室内にはすでに3名の若い女子。その3人が鹿島を認めたとたん無駄のない動きで一斉に敬礼。

 

 鹿島は、うおっと面食らうも、いけない、いけないと驚きをおもてにださずに取り澄ました顔で敬礼。

 

 そう鹿島は筆頭秘書官などと呼ばれる特戦隊主計の責任者。主簿室しゅぼしつでは一番下っ端だった鹿島だがここで秘書官のトップ。自分へ敬礼してきた室内の3名は部下だ。部下から敬礼されて驚いていては話にならない。

 

 鹿島は室内へ入り扉が閉まると、

「主簿室にいた鹿島容子です。特戦隊の主計の責任者になりますね。特戦隊は帝ご下命の勅命軍。ふるって頑張っていきましょう」

 そういってニッコリ笑った。

 

 鹿島の笑顔で部屋にはホッとしたふんいき。そう全員が初の艦艇勤務だ。初陣と言い換えてもいい。3人は鹿島が司令室で着任の挨拶をしたとき同様に期待と不安がないまぜになった緊張感がある。そんな3人には鹿島の笑顔は心強く。

 

 ――さすが主計部の至宝。

 と3名は緊張がほぐれた。


 一方の鹿島は挨拶を口にしつつあらためて3人を眺めて、

「うわ、美人ぞろいです」

 と心中で嘆息。

 

 鹿島の目の前の緊張の面持ちがまだ残る3人は背丈もバラバラ、容姿もそれぞれ違うが、全員が背景にバラやユリでも背負ってそう。というのが鹿島の3人への初見の印象。

 

 そして部屋にはある種の統一感。この統一感は室内の全員が秘書官の華やかな制服を着ているからではない。花のある3名は全員が数字に強い知性を感じさせるからだ。

 

 鹿島が挨拶を終えると3名も代わる代わる挨拶。

 

 一人目は背が高く短髪のボーイッシュな女子。肌は焼けており、

 ――見るからにスポーツが得意そうです。

 と鹿島は一歩前に進みでた相手を見て思った。


「アリエス・ドレッド。三等秘書官さんとうひしょかんです。趣味は見た目そのままスポーツ全般。背が高くてこんな容姿なんで同性からよくラブレターをもらいますが、そっちのけはないのでよろしくお願いします」

 アリエスがハキハキとした態度でいった。

 

 アリエスの背後で、サイドテールにゆわれた縦ロールがクスリと笑うようにゆれた。アリエスの同性からラブレターの下りに背が低く目がパッチリしたかわいらしい系の女子が笑ったのだ。笑いは既知の相手へ向けられるような親しみのこもったもの。

 

 それを認めた鹿島が、あらアリエスさんと縦ロールちゃんはお友だち?と思っていると、こんどはその縦ロールちゃんが、サイドテールにゆった縦ロールをゆらしながら進みでて。


「同じく三等秘書官の土佐瑞子とさずいこです。お見知りおきを、趣味はインドア系です。具体的には恋全般とでもいっておきましょうか。あと父が食品全般を手がけておりますので、お食事のことでなにかあれば瑞子にいってくだされば、いくらでもお力になれますわ」


 あらあら瑞子ちゃんは名前と見た目どおりね。いかにお嬢様って感じです。鹿島は内心苦笑しつつ思った。

 

 自己紹介にわざわざ親の職業を織り混ぜるのは、自らの出自と家勢への自信のあらわれ。

 ――家柄に自信あり!

 というのは瑞子の言辞げんじからよくわかるし、縦ロールの瑞子のふんいきはいかにもご令嬢という感じだ。


鹿島筆頭かしまひっとう、瑞子は見た目どおり気が強くてわがまま。お嬢様なんですよ」

 アリエスが笑っていうと、

「あらドレッドさんったらまたそんなこといって。家と私はここでは関係ないとなんどもいったでしょう。軍は実力主義。それに鹿島筆頭は平等に私たちを見てくれますわ」

 瑞子がムッとして応じた。


 にらみ合う2人。

 アリエスは腕組みで見下ろし、瑞子は手をおしとやかに前に組み見上げるかたち。


「ことあるごとに私をお嬢様だなんて言いふらして、いい加減にして欲しいわね。私の乙女な趣味もバカになさるし」

 と瑞子が思えば、

「あんた自覚ないから救いながないのよ。普通ね自己紹介でお父さんはなんの仕事しててーなんていわないのよ」

 と思うのがアリエス。

 

 2人の視線が絡み合い火花が飛ぶ。


「あら、やっぱり2人はお友だち?うふふ」

 

 鹿島がほがらかにいうと、アリエスと瑞子の2人が同時に照れくさそうにして会釈。

 2人からすれば主簿室という秘書課の中枢にいて少尉の鹿島は別格で憧れの存在。2人は五等准尉ごとうじゅんいで下士官なのに対し、鹿島は少尉で士官だ。3階級以上離れている。


「では私ですね」

 といって3人目が進みでていた。

 

 アップにした茶色の地毛にメガネが印象的。先の2人と違い物静かなふんいき。背丈はアリエスと瑞子のちょうど間。

 

 鹿島は、

 ――3人のなかでも一番知的そう。

 と思って進みでた女子へ目をむけた。アリエスと瑞子の視線も進みでた女子へ向いている。鹿島はやっぱり残りの1人はやっぱりアリエスさんと瑞子さんとは知り合いじゃないのねと思った。


「エマール・パパン。二等秘書官にとうしょきかんです。階級は五等准尉ごとうじゅんい。趣味はそうですね……」

 と言葉を切ったが、それきり停止。

 

 そして自己紹介の最中も表情を変えずニコリともしないエマールの身にまとう雰囲気は、暗いとは違い、

 ――不気味。

 という形容が相応しいもの。

 

 鹿島は、

 ――無愛想といより無表情? エマールさんは感情を表にださないタイプなのかな?

 と思いつつエマールへニッコリと笑い。

「エマールならエマちゃんでいいかな」

 

 エマールがコクリとうなづいた。

 

 ――あ、呼びかければ反応はあるんだ。

 と鹿島は一安心。

 

 鹿島はエマールの独特な、いやはっきりいえば不気味な雰囲気に話しかけても無視すら覚悟していたのだ

 

 が、それっきりエマールは無言。これにはアリエスも瑞子も、

 ――ちょっとあの主計部の至宝から話しかけられてるのよ。

 と苦笑い。

 

 2人からすればなにか、これをきっかけに会話を膨らませて、秘書課の高嶺の花ともいわれる憧れの鹿島容子とお近づきになれる大チャンスでもある。

 

 鹿島は、鹿島で、これで会話を切りあげてもいいが、せっかく部下になる娘だ。鹿島は、

「特技はなにかな?」

 と一歩踏み込んだ。

 

「妄想です」

 エマールが即答。

  

「あ、あはは」

 想像外の斜め上の回答だ。鹿島は取りつくろって笑うしかない。

 

 そして当然、場には気まずい空気。

 

「私も色々空想するのは好きなほう。採用されもしないのに作戦なんて考えちゃったりするし、エマちゃんとは気が合うかも?」


 けれどこの場にいる誰もがわかる。

 エマをひと目見れば『妄想』という趣味は鹿島の口にしたそれとは絶対に違う。

 ――無理しないでもいいのに……。

 場にはそんな空気が。ふんいきは益々気まずいものへ。

 

 このまま自己紹介が終わればまさに鹿島は傷口を広げただけ、こうなると、

 ――巻き返しを!

 とあとに引けない。鹿島が泥沼に足を突っ込んでいた。

 

「えっと、えっと。じゃあ趣味はなにかな?」

 

「趣味も妄想」

 

「え~っとれは……」

 楽しい想像をする? じゃないよね。というか、というか。なんで妄想なの。妄想ってどちらかといえば現実逃避的なイメージでポジティブな感じないけど。卑猥ひわいな妄想とかいいますし……。

 そこまで想像した鹿島が真っ赤になって黙った。


「いまの彼氏はエスタニア王国の王子」


「あ、なるほど。外国の王子様と付き合えたら。女の子なら誰もでもそんな想像しちゃうよね。私も子供の頃は歴史的名将との恋なんて想像したりしました。ちょっと恥ずかしいですね」


 真っ赤な顔でフォローする鹿島。

 

 瑞子がそんな鹿島を見て思う。鹿島筆頭それアニメのキャラクターですからと。しかも女性向けの濃厚な内容のボーイズラブのノベルズゲームが原作ですからと。

 

 そう。エスタニア王国も王子も架空の存在だ。


「つまりです。エマさんのおっしゃる妄想は、ほぼストレートにそのままです。エマさんは脳内で架空のキャラクターとくんずほぐれつしてるだけですわ」

 

 瑞子はそこまでわかるものの、あまりに気まずい空気に鹿島を助けるために発言を差し挟む勇気などない。

 

 なぜなら、いまの状況で下手に口を開こうものなら地雷を踏んで自分も吹き飛びかねない。

「あら、それを知ってるってことは瑞子さんも同じ穴のムジナ?」

 こんなんことを思われてはたまらないというのが瑞子の危惧だ。

 

 確かに私は乙女な趣味。包み隠さずいえば趣味はサブカル全般で乙女ゲーも好物ですけど。どうして自ら好き好んでハードコア層といわねばならないのですか。

 

 瑞子が見るに鹿島は完全にノーマル。

 ――ドン引きしてますわねあれは。

 ということで、エマールの趣味への反応を見れば明らかだ。


「鹿島筆頭も私と同じ趣味か……」

 エマールがグヘッと笑った。

 エマールからすれば喜びの笑いだが、あまりに不気味だ。

 

 場が凍りつき。鹿島の顔も青い。

 ――どうしよう私が余計な質問したから。

 鹿島が踏み込まなければ、こんな空気にはなっていないのだ。平穏無事に自己紹介は終わってたいはず。

 

 エマちゃんが変な娘って思われちゃう。このままじゃ終われない。と鹿島が思い。

 ――なんとなしなんきゃ!

 と行動に出ようとした瞬間、部屋の入口から、

「ちょーっとまって!」

 という息せき切った声。


 4人が同時に入り口へ振り返るとそこには長いロングの黒髪のマリア・綾瀬あやせ・アルテュセール。

 

「もうしわけありません。おくれました。言い訳はしません! ちょっと色々手続きに手間取って、乗艦じに受け取った艦内見取り図のデータが壊れてて、しかも荷物運搬のカートに行く手をはばまれて足止めされてしまっただけです」

 一気にいいきり敬礼。

 

 さらりと怒涛の言い訳を織り混ぜたアヤセに4人が矛盾を感じる間もなく、

「マリア・綾瀬あやせ・アルテュセール五等准尉。一等秘書官です」

 とアヤセがハキハキと挨拶した。


「では全員揃いましたね。もう聞いていると思いますけど、明日の午後時間3時に乗員は大格納庫に集合です。特戦隊司令からの訓示があります。くれぐれも遅れないようにお願いしますね」


 鹿島の言葉が終わるとアリエスが、あの。と小さく挙手して、

「明日ドック採光さいこう出港するんですよね。訓示が終わったらただちに出るという感じなのでしょうか?」

 と恐る恐る質問。

 

「そうなりますね。でも安心。急ぎの出発なので主簿室の後援を得られています。私たち秘書官が忙しくなるのはドック採光をでてからですね」


 鹿島が応じると続いて瑞子が小さく挙。


「司令官はどんなお方なんでしょうか。急遽きゅうきょ決まった特戦隊。司令官も適当に見繕みつくろったって噂がありますけれど……」


「とってもいい人ですよ。さっそく戦友として連絡先を交換しました。ちょっとたよりなさそうですけど、そこは私たち秘書官チームがサポートですよ」

 

 ファイトというようにいう鹿島に、おおーっと驚く4人。


 4人からすれば、もう連絡先も交換とは、きわめて戦隊司令との親密な関係をうかがわせる。それに雑用係の秘書官が司令官を積極的に助けようとはきわめて野心的だ。さすが秘書課の至宝鹿島容子。と4人全員から尊敬の眼差し。

 

 そこで鹿島が思いついたようにポンと手を叩き、

「あ、そうだ。皆さんとも連絡先を交換ですよ」

 といって個人用の携帯端末をガサゴソと取りだした。


 とたんにアリエス、瑞子、そして物静かなエマールまでもが表情に喜色。

 一気にキャピキャピとはなやぐ室内。

 

 すでに鹿島とお友だちのアヤセは、

 ――あちゃー鹿島さん秘書課では人気だから。もうサイン会みたいなものじゃない。

 と苦笑い。


 アヤセが鹿島と鹿島に群がる3人を眺めながら思う。

 

 私たち秘書官は兵科武官へいかぶかんからは〝秘書官〟としていっしょくたにしか見られませんけど、艦艇勤務する秘書官には上から、

秘書正ひしょせい、一等秘書官、二等秘書官、三等秘書官』

 の4つの等級分けがあるんです。

 

 そして普通、秘書正が秘書官チームをたばねる筆頭秘書官に任命されます。

 そうアリエスさんや瑞子ちゃんが、鹿島さんを呼ぶときに〝鹿島筆頭かしまひっとう〟といったのはこんなわけがあります。

 

 あ、そうそう、もちろん鹿島さんは秘書正ですよ。これはすごいです。だって秘書正は普通早くても40歳前後でなる立場ですから。鹿島容子は主計部秘書課では出世の花形。

 

 ――はぁー、やっぱり秘書課の女子は誰だって憧れちゃいますよ!

 と思うアヤセも連絡先交換の輪の中に加わった。アヤセは鹿島とは友人だが、他の3人とは違う。


 アヤセが加わりさらに騒がしくなる室内。

 こうして主計室の初日が始まったのだった――。

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