9-(1) ついに鹿島は――
カンカンとタラップをあがるは鹿島容子。
いま鹿島のトレードマークのホワイトブロンドのツインテールが元気よくゆれている。
「念願の秘書官!これから司令さんに挨拶です!」
そんな興奮をかかえ鹿島は艦艇勤務という幼いころから夢見た職場へまっしぐら。いまの鹿島は両手持つほどの私物のがつまったカバンの重みなど感じない。
鹿島が陸奥改の乗艦受付到着。
受付嬢へ封密勅許状をバーンと突きつけるように突き出した。
――この勅許状が目に入らぬかー!
などと鹿島は思いつつ。なーんてね。と心中で苦笑。
こんな決め台詞が時代劇であるのだ。帝の密命を受けた皇太子が身分を隠して諸国を漫遊。話の最後には勅許状をかざして問題解決!
――うふふ、一度やってみたかったんですよね。
鹿島はご満悦だ。
一方の受付嬢のマリア・カラグテといえば驚き顔。なにせ今日封密勅許状を二度目。全軍のトップが一生の内で一度見るか見ないかの封密命令を一日で二度目撃。
――私、今日死ぬかもしれない。
とカラグテはげっそりした顔。
受付嬢カラグテもこのまま艦内事務係として陸奥改に乗艦する。
2枚もの封密勅許状を発行するような大命が下った陸奥特務戦隊には間違いなく熾烈な戦いが待っているだろう。
――特戦隊は敵艦隊へ決死の突貫でもする気?!
そうゾッとする受付嬢カラグテが想像するのは、敵艦艇の群れに突っ込み6面から重力砲の雨を浴びる陸奥改。つまりカラグテは封密勅許状2枚に過酷な任務と玉砕する未来を想像したわけだが――。
「司令官付き秘書官の鹿島容子さんですね」
と、にこにこ顔の目の前の女子へ確認すると、
「はい!〝秘書官〟の鹿島です!私がきたからにはもう安心ですよ。なにせ私は名補佐官です。ちょっと困った上司も秘書官の私の助言で軌道修正。問題への適宜対応で敵を撃破!安心の大勝利です!」
カラグテとは正反対の希望とやる気に満ちた怒涛の言葉。
「あ、あはは」
受付嬢カラグテは困った笑い。
秘書官鹿島の勢いはすさまじいだけに、カラグテには目の前の秘書官殿が、本気でいっているのかジョークを飛ばしたのかわからない。いや、封密勅許状こそ手にしてはいるが、こんな浮かれ気分のかわいらしげな女性が本当にすごい人なのか、それとも単なる頭のおかしいヤバイ人なのか判別がつかない。
そもそも。とカラグテが思う。
秘書官って制服は可愛くて目立つけど司令官の使い走りじゃない……。戦闘中でも暗いジメジメした部屋で電卓叩いてるだけのイメージしかないんだけれど。それが戦闘がどうのって。だいじょうぶなのこれ?
目の前のニコニコの顔の鹿島に、受付嬢カラグテには三つ目のヤバイ人説が濃厚だ。不安しかない。
カラグテがそっとモニターに目をやり鹿島の履歴を確認。
げ!主計学校を歴代トップで主席卒。超エリートじゃない!ひえ~。これって未来の主計総監が目の前ってことよね。すごいわ……。
主計総監は軍最高クラスの組織には必ず参加するきわめて偉い立場だ。
驚くカラグテは、いまから取り入っとこうかしら?などと冗談を思いつつ。
「このまま司令室へ行ってください。あとこれが艦内で使用する鹿島秘書官の携帯端末です」
秘書官鹿島へ艦内で使用する専用の携帯端末を差し出した。
鹿島が〝ひしょかん〟と呼ばれ、うふふ。と、司令付きの秘書官になった喜びをかみしめるなかカラグテの説明は続く。
「この端末に艦内の見取り図なども入っていますし、艦内で業務上のやりとりでもこれを使います。あとクルー同士の私的なやりとりもまったくかまいません。ただしログは軍の方で保管されていますので、その点はご留意ください」
――ログは軍の方で保管されています。
とはつまり、支給された携帯端末で恋人へ愛をささやくのはかまわないが、艦隊高官には筒抜け情報管理係には丸見えなので、そのつもりで。ということだ。
受付嬢カラグテは艦内専用の携帯端末を取りだすさいに、そっと司令部までの順路を画面に表示しておいた。細やかな気づかいだ。
鹿島がお礼を口にしつつ端末を受け取り艦内へと入っていく。
それを見送る受付嬢カラグテ。
「一枚目の封密勅許状は天童愛だったから、あの鹿島って娘も、無名だけど天童愛ぐらい優秀ってことよね……私すごい艦へ乗っちゃってるのかも」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「主計部秘書課、主簿室の鹿島容子。陸奥特務戦隊の司令部秘書官として着任しました」
敬礼する鹿島の真剣な表情。
ここは陸奥改の司令室。
ついに鹿島は秘書官として着任していた。
いま鹿島の目の前には眉のキリリとしたアジア系のステキな男性が執務机の前に立って敬礼。男の表情のも真剣だ。
――さすが戦隊司令です威厳があります。
と思う鹿島は目の前の男を見たことがある。
が、再開を喜んだり、秘書官となったウキウキ気分は表にはださない。鹿島容子も軍人だ。
そこはわきまえている。
艦内を進みながら鹿島の表情は引き締まり、司令室の扉を開くころには、威厳ただよう秘書課の高嶺の花へと変貌していた。
「特戦隊司令。天儀だ。よろしくたのむ」
鹿島の挨拶が終わると、鹿島の目の前の男が優しげな笑みでいった。
「うふふ、名無しの将軍さんじゃなかったんですね」
鹿島もフッと一息抜いて、身にまとっていた硬いふんいきを和らげて応じた。
「そうだ。驚いたか?」
鹿島は、
「はい」
と笑っていってから、
「実は扉を開けた瞬間に思わずアーっていって指さしそうでした」
冗談を一つ。けれど鹿島の表情も身もまだ少し硬い。
念願の秘書官。鹿島にとっては軍人としての本番の場に立ったといってもいい。そう本番。言い換ええれば実戦。実戦と思うとさしも鹿島も緊張気味を覚えずにはいられない。そもそも鹿島はじゃっかん怖がり。重力砲の直撃など思えばいい気分ではない。
――いや怖いです。
というのが正直な鹿島の心情。念願の艦艇勤務の秘書官になったということは、同時にその怖さがもう目の前に迫っているともいえる。
天儀が硬さをある鹿島へ、
「思えばこれを得る。鹿島、君は秘書官になったというわけだ」
といて虎符と書かれたカードを肩の高さで振りながら、
「これのおかげだな」
といって笑った。
「虎符……。魔法のカードですね。絶対ダメだっていわれてた艦艇勤務があっという間に現実です」
「だが、君の努力が結実するのはこれからだ。名補佐官なんだろたのむぞ。私を名将にしてくれとはいわないが、2人で任務をまっとうしよう」
「はいっ」
と応じる鹿島にはやはりどこか硬さがある。
「どうした自信がないのか?」
天儀が柔らかい表情で優しげに問いかけた。天儀から見ても鹿島の不安はわかりやすい。それに初の艦艇勤務となれば誰でも緊張するというもで、不安は大きいだろう。
いま鹿島の目の前には司令天儀の優しさ。鹿島はつい、
「いえ、あの、実は艦上勤務が初めてなので、その不安がります。ほんの少しですが」
そう正直にとろしていた。
「なるほどな。でも君はあの主計学校卒業だろ。私は単純な算数は早いが、数学となれば別だ。ありていにいえば、軍の細かい計算はすこぶる苦手だ。私は君を大いに頼りにしているぞ」
笑っていう天儀だが、鹿島は、あはは。と微妙な笑い。
鹿島からして司令天儀が自分を勇気づけようとしてくれているのはわかるが、特戦隊の一番偉い人がこれではますます心細い。
そんな鹿島へ天儀はポンっと手を叩いて、
「そうだ。鹿島」
思いついたようにいった。
「はい!」
と慌て応じる鹿島は、やはり緊張と不安で硬いが、その硬さの下では、
「うう、若い男性から呼び捨てってちょっとドキドキしますね。それに水魚の交わりです。天儀司令はこれから私がいっぱい助けていく相手。呼び捨ては近さの演出って感じで高ポイントです」
などと思って天儀の次の言葉を待ったが――。
「主計学校出身者は、士官学校主席も馬鹿に見えるというのは本当なのか?」
天儀からでたのは、
――それとんでもなく答えにくい質問なんですけどぉ!
と鹿島が心のなかで叫んでしまような問。
確かに私たちから見たら士官学校主席もあまり頭良くは見えませんけど……。これ、そうですね。なんて答えるのはNGですよね。絶対心象を悪くします。でも違いますと答えても白々しいはずです。
なんといっても、
「兵科武官からすれば、軍人なのに戦闘を知らない秘書官。対して秘書官たちからすれば、頭に弾薬か筋肉がつまった兵科武官たち」
という微妙な温度差って軍内では誰もが知ってるぐらいですから。これは違うって答えれば嘘ってバレバレです。媚を売ったと思われちゃいますよ。これは困りましたよ。えっと、えっと。
鹿島が、ここはなにかうまい返しをしなければ。と、慌てて主計部の至宝といわれる頭脳をフル回転。
「軍人には各々に職分があります。それぞれが義務をまっとうし奮起奮励することだけを考えるべきです。私は秘書官として天儀司令のお力添えになれるように働くつもりです」
鹿島がよどみなくいい切った。
とたんに天儀に笑貌。
「いまとっさにその受け答えができれば上出来だ。艦上勤務もすぐなれる」
鹿島は天儀の屈託のない笑いに思わず見とれてしまう。天儀の笑顔には透明感がある。鹿島は天儀の笑貌に心を吸い寄せられるように魅かれた。
気づくと鹿島の心身から硬さが霧散していた。
「以上だ。鹿島。いったん自室へいってすぐここへきてくれ。業務は山積しているぞ」
「はい!」
と嬉々として応じる鹿島に天儀が継ぐ。
「そして明日には出発だ。今日の夕方時間には人員の点呼やる。君もついてきてくれ」
「え?明日!?明日ですか?!!」
「ああ、そうだ。帝には3日ででると約束してしまったからな。その3日目が明日だ。無理か?」
そういって屈託なく笑う天儀。だが鹿島は、
――無理かどうかはデータ開いて実態を見ないと判別できませんよ!
と生真面目に考え言葉がでない。それに明日でるとは急すぎて、無理難題の予感しかしない。
天儀が困惑する鹿島へ笑いつついう。
「鹿島、私を嘘つきにしないでくれ」
「あ、はい!名補佐官ですから任せてください!頑張っちゃいますから、天儀司令を嘘つきにはしませんよ」
天儀が、ではたのむ。というなか鹿島は敬礼し流れるように踵を返す。明日出発といわれてゆっくり歩いているわけにはいかない。鹿島は急ぎ足で部屋をでようとしたがだが2歩足を進めたところで早々に停止。
「あっ!ダメ、忘れてた!」
といって気づいたように天儀へ振り向き、
「天儀司令お願いが!」
と叫んでいた。
天儀は鹿島の勢いに呑まれ、驚きつつ鹿島へ続きの言葉を促すしかない。
「よろしければ司令。私の戦友に一号になってください」
恥ずかしそうにはにかみながらいう鹿島に、天儀はやはり驚き顔、
「は?」
という音がでそうな表情だ。
鹿島は陸奥改へ乗艦してから艦内を進みながら、さっき受付嬢と連絡先交換すればよかった。と、自身のうっかりを後悔していた。あのタイミングは陸奥改で戦友をつくる最初のチャンスだったろう。
だが、ここで天儀司令と戦友になれば、むしろうっかりしたことは好都合だ。戦友第一号が特戦隊で一番偉い人。しかも自分がこれから助けていく人。鹿島からして、
――とっても相応しいです!
というものでいい記念だ。
「だから戦友です。同じ戦場で戦ったお友達。お友達なんだから連絡先の交換ですよ?」
当然のようにいう鹿島は堂々とすらして、先程まで初の艦艇勤務に不安でいっぱいという顔をしていた同じ鹿島とはとても思えない。
天儀は鹿島の勢いに気圧されて、
――あ、それが自然かも?
と納得。
「ああ、なるほど。戦友になるのは連絡先の交換をすればなれるのか。初めて知った。さすが主計学校主席。賢い」
「え、違うんですか?!」
「いや、考えたこともなかっただけだ。考えてみれば戦友とは戦いが終わったらということではないだろう。もう同じ艦に乗ってるんだ。運命をともにしているに等しい。それに戦友になるタイミングなんて些細なことだしな。いまから戦友でも問題ないだろう」
「ほー、つまり戦友とは慣例上なんとなくなってるものなんですね」
「そうだ。だが君のやりかたもけして間違いじゃない。いいぞ。我々はたったいまから戦友だ。〝悪いところ〟も〝良いところも〟知った上でな。鹿島たのむぞ」
天儀は意味深にいったが、鹿島は理解したのか、してないのか、
「はい!」
元気よく返事をして、私的な方の携帯端末を取りだすしイソイソと連絡先の交換。
鹿島の連絡先一覧のカテゴリー戦友が、
『戦友(0)』
から、
『戦友(1)』
へと変化。
鹿島は、ふふ。と、ご満悦。
天儀が喜ぶ鹿島を生暖かい笑顔で見守る。
そう、どう考えても鹿島のいまの言動はヤバイ。とても緊張感のない甘ちゃん女だ。だが優秀なのは間違いない。それに時間がない。もうこの女で行くしかない。これが天儀の思い。
それに物事に動じない姿は他人からは魯鈍さに見えるときがある。とも天儀は思う。
――鹿島のこの緊張感のなさが、いい意味で発揮できれば強い……はず……だ。
天儀は無理やり判断した。
そんな天儀へ鹿島が顔を赤らめつつ、さらなる追撃、
「あの。男性から呼び捨てなだなんてなんか良いですね。ちょっとドキドキしちゃいますね。逆にやる気出ました」
もじもじしていった。とてもあざとい姿。カタリナなら相好を崩して喜ぶだろう。けれど今回の相手は天儀。
天儀のこめかみに、
『ビシッ!』
といういらだちが走ったが、
――このしまりのない女は、ここで怒鳴りつけると泣きだして逃げだしかねん。
と、天儀はなんとか笑顔をたもった。
「じゃ失礼しますね」
ご機嫌ででていく鹿島。
それを見送る天儀は、
――ま、宇宙にでるまで叱責は避けよう。出ちまえばもう逃げれんからな。
と心中で悪どく笑いながら秘書官鹿島を見送り、扉が閉まった瞬間に独り言。
「ふふ、あいつに逃さんぞ。主計部の至宝といわれるその頭脳。徹底的につかってやる」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鹿島は司令室から急いで自室へ入ると荷物おいてすぐに部屋をでようとしたが、ハッと気づいて個人的な方の携帯端末を取りだしメッセージアプリを起動し手早く入力。
鹿島@秘書官:
『お姉ちゃん報告です!さっそく戦友ができましまた。特戦隊の司令官さんです。戦友一号ですよ。連絡先交換しちゃいました。』
一方ここは主計部秘書課の主簿室。
室長カタリナ・天城の携帯端末がブルブルとメッセージの着信を知らせた。
カタリナは周囲いに気を配りつつ、ソロリと端末を取りだし画面を確認したとたん、
――容子ちゃんやってしまったわね……。
と卒倒しそうな気分に襲われた。
カタリナは鹿島と天儀司令が連絡先を交換した正確な状況は知れないが、可愛い従妹が、〝やらかした〟のだけは確信した。
容子ちゃん元大将軍をお友達呼ばわりって……どんだけ図太いの。すごいわよ。私も肝が座ってるっていわれるほうだけど、容子ちゃんには負けるわ。
カタリナは憔悴を覚えた。
けれど鹿島は違った。そう色々違う。
「以前、軍経理局で会った名無しの将軍さんがまさかの司令官です。驚きましたよ。そしてその司令官さんって元大将軍と同じ名前!すごいですよ。そんな方の秘書官って、なんか運命感じますね」
そう鹿島には根本的な事実誤認があった。
慌ただしくでた鹿島は勅命軍、つまり特戦隊の司令官の氏名を知らないまま。これではまずいと、鹿島は移動中に機転を利かせ秘書課のデータベースヘアクセス。
――あら新しくカタリナ従姉さんが作った書類がアップされてますね。
とファイルを開いてざっと目をとおした。
鹿島の優秀な頭脳は時として一点集中。
司令官さんの名前は天儀で階級は――、
『大将』。
急ぐ鹿島が望んだのは名前と階級だけ。そして元大将軍の天儀なら元帥なので大将なら同姓同名別人。鹿島は着任の挨拶で目の前にした天儀さんは、元大将軍とは別の天儀さんと完全に思い込んでいた……。
これではカタリナの心配は当然というもの。カタリナは不安を抱えつつ携帯端末をそっとしまい込み仕事を再開。モニターを眺めながら、
「容子ちゃん。私もう五体満足はあきらめたから、せめて生きて帰ってきてね」
そうしみじみいった。