(八章エピローグ) そのころ鹿島は、⑧
いま鹿島容子は上機嫌も上機嫌。
トレードマークのホワイトブロンドのツインテールが、
――るん♪るん♪るん♪
とゆれ、いまにも鼻歌が聞こえてきそうな様子だ。
ここは軌道エレベーターの待合室。主簿室の鹿島容子あらため〝秘書官の鹿島容子〟はついに宇宙へあがるのだ。
秘書官鹿島の目的地は大規模軍用ドッグ採光。乗り込むは陸奥改。参加するは栄光の勅命軍!
ご機嫌の鹿島は待合室のゆったりとした椅子に腰を落ち着け、バックからゴソゴソと何か取りだした。A4大の雑誌だ。
このご時世に電子データでなく雑誌なのは、
――私のこだわりなんですね。
ということで、雑誌を手に取る鹿島は幸せいっぱい。
「ふふ、待ち時間も無駄にはしません。ジャジャーン。『戦史群像~帝国星系軍艦艇~』ですよ。これで私がいまから乗り込む陸奥改についてお勉強しておきます。秘書官として乗艦する艦艇をよーく知っておく。大事なことです」
取りだされたのは鹿島お得意の『戦史群像』というミリタリー雑誌。そう鹿島容子は歴女にしてミリオタというヒストリカルなハイブリット女子だ。
パラパラですよー。と、ページをめくる鹿島。
「これ今月発売された最新刊なんですけど、もう近代化改装された陸奥改のデータがもう載ってるですよ。すごいですよね」
などと思いつつ鹿島は陸奥改のページを発見。見入った。
ページに見入る鹿島の先程までと表情は打って変わって真剣だ。
》陸奥改(通称:むつ):一般型軍用宇宙船
》主兵装:41cm三連装超重力砲(4基)
》艦載機収容数:85機(約)
》ブリッジ構造:一体型(操舵・戦闘指揮・司令部)
『乗員数は――、3千から1万2千人。これが軍用宇宙船と呼ばれるなかでも特に宇宙戦艦と呼ばれるものの乗船人数だ。*これは非軍人も含む』
ひえー多いですね。これ全員が戦友?ってことになるんでしょうか。というか戦友ってどうやってなるのかしら。……コミュニケーションアプリの連絡先交換とかすれば戦友?
鹿島はここでいったん「う~ん」と考え、
――同じ艦に着任しコミュニケーションアプリの連絡先を交換したら戦友です!
と結論づけた。
戦場でともに戦った戦友ってカテゴライズは歴女でミリオタの私としては憧れちゃいますね。軌道エレベーターに乗ったら連絡先名簿で新しく『戦友』ってグループつくらなきゃです。
『収容人数の幅は――、時代とともに肥大化した船体という理由もあるが、艦運行上必要ない機能を停止することで、運行人数を最低限まで絞ることも可能なため、必ずしも定員に近い数が乗艦しているとは限らない』
ほうほう。機関室とか操舵室のブリッジ要員とか艦を動かすのに最低限の機能だけスイッチオンって感じなんでしょか?
『例えば食堂、売店、理髪店、カフェ、娯楽施設などは艦内に複数設置さているが、これらの施設の機能を必要に応じて停止することで、運行人数を最低限まで減らすことが可能だ』
なるほどぉ。そういえば国軍旗艦大和の慰安施設って充実してるって有名ですよねぇ。御飯も美味しいって。陸奥改はどうなんでしょうか?
『大型艦の食堂は基本的に士官用、下士官用、兵卒用の三種類。だが士官用と下士官用は同じ部屋で衝立で仕切られているだけのことも多い。司令部機能を重視した次世代型では艦隊高官のためだけの食堂だけでなく、サロンやバーも完備されている』
うぅ食事がおいしいのかは書いてませんね。私、トマトをふんだんにつかったイタリアンが好きなので、ないとちょっとがっかりですけど念願の秘書官!なくても我慢はできますよ。
『居住性――。佐官からは個室。艦によっては尉官から個室。また役職によっては尉官でも個室が与えられる。下士官以下は2人から6人の相部屋。もしくは10人以上の大部屋。大部屋でもタタミ2畳のスペースは与えられる。浴室とシャワーは食堂と同様に士官、下士官、兵卒でわけられ用意されている。なお大浴室の兵卒用のほうが広くて豪華』
ほんほん。快適そうですね。よかった。最寄りの宇宙施設間の近距離移動が目的のシャトルなどと違い軍艦は星系航行可能な本格的な宇宙。軍艦といってもとても居住性をふくめた生活性を重視して作られているんですねぇ。
あ、ちなみに私は筆頭秘書官なので相部屋じゃなくて個室ですよ!楽しみです!
鹿島容子は完全に旅行気分。
こんな鹿島を主簿室の室長カタリナ・天城が見れば小言の一つや二つでるだろう。
だが幸か不幸かここにはカタリナは不在。鹿島の浮かれ気分は止まらない。さらに雑誌『戦史群像』のページをめくる。
『陸奥改あれこれ――。陸奥改は、陸奥時代の星間会戦で数回の直撃弾を受け大破。特に第一砲塔の被弾は酷く、砲塔そのものは無事だったが直撃弾を受けた砲塔内は無事ではすまない。被弾の衝撃で砲台長以下兵員23名がまるごと全滅となった』
鹿島は読み終えたとたんに、
「ふええ~」
と青くなって情けない声。
――うう、私がつめるのは艦橋ですけど、艦橋に重力砲がバーンって当たったら……。
そうゾッとする鹿島だが、
「いまから逃げる方法を考えておかないと」
とは思わない。
旅行気分でも鹿島も軍人の端くれ。退避命令がないのに持ち場を離れれば軍規違反というのは知っている。
「私はそんな軟弱者じゃないです。歴女でミリオタですよ!最後まで踏ん張って司令官の横で戦っちゃいます。爆沈する瞬間まで機銃座で対空放火だってしちゃう側なんですから」
鹿島は卑怯は嫌い!とばかりに決意の顔で握りこぶし。心なしかホワイトブロンドのツインテールも力強い。
そんな鹿島の携帯端末がブルブルっと反応。
――あ、メッセージの着信です。
と鹿島は端末を取りだした。
画面には――。
カタリナおねえちゃん:
『容子ちゃん。ちゃんと気持ちの準備しておいてね。軍規違反には特に注意よ。怖くなっても絶対に逃げだしちゃダメよ。最高軍司令部じゃなくて、グランダ軍なんだから軍規に違反にすごく厳しいからね?』
このメッセージを見た鹿島はムムッとしかめつら。
――もうカタリナ従姉さんったら心配症なんだから困っちゃいます。
などと思いつつもカタリナからのメッセージが嬉しくもある。
いまカタリナは仕事中。カタリナはおっとりしていても真面目で仕事のできる女。そんなカタリナが仕事中にメッセージをくれるなどよほどのことだ。というのは鹿島にはよくわかり、従姉のカタリナを安心させるためさっそく返信を開始。
鹿島@秘書官:
『もうカタリナ従姉さん。私って歴女でミリオタですよ?心配ご無用です』
これを見たカタリナは……。
あらあら容子ちゃんったら。またよくわからない自信ねぇ。ことあるごとに誇らしげにいうけれど、得意の歴女でミリオタってどこに誇れる要素があるのかしら。
――むしろ情けない?
とすら思いつつカタリナは返信。
カタリナおねえちゃん:
『だからなによ。容子ちゃん怖がりでしょ。安全訓練で涙目だったの忘れたの?』
カタリナが返信した内容は、星系軍に所属するものは年に一度はやらされる安全訓練の話だ。その訓練で鹿島はビビりまくり、カタリナの袖口を掴んで涙目だった。
地上にしろ宇宙にしろ本物も軍艦をまるまる再現した施設で、VRのゴーグルをつけて行なわれる安全訓練はリアリティに富む。事故状況の再現度が高い施設では失神や錯乱するものまででる始末だ。
けれど鹿島は憧れの秘書官。やる気に燃えあがり、そんな恐れは記憶のかなた。
――そもそも軍規違反なんてよっぽどのことがなければ犯せないですよ?
とすら鹿島は思い。
鹿島@秘書官:
『ふふ、実は毎日、戦争映画の怖いシーンだけまとめた15分の動画を見ているんですからね。へっちゃらです』
カタリナがあきれて嘆息。
毎日15分繰り返される惨殺、爆殺、肉片が飛び散る凄惨なシーンだけを切り取った動画データ。それを青い顔で見入るは鹿島容子。きっと画面から目を背けつつも、目をそらしてはいけないと必死にチラチラ見てるのだろう。
カタリナからいわせれば、
――どんだけシュールな画なのよそれ。
というものだ。
でも、そんな斜め上行く努力の方向性が容子ちゃんらしいわね……。主計部の至宝が変な方向に育っちゃそうで、お姉ちゃんは心配です。ちょっとお灸をすえておきましょうね。
カタリナが心を鬼にして返信を開始。
カタリナおねえちゃん:
『普段の行動にも注意ね。第四次星間戦争では大将軍は砲戦中にブリッジ逃げだしたオペレーターや、寝坊したブリッジ要員を怒り狂って処刑したそうよ。』
もちろんそんな事実はない。
即断の生殺与奪権まで持った大将軍。その強権は戦場の皇帝といわれるほどで戦時なら巨大な専権を振るえる。そこに天儀の攻撃主義の戦術があわさり生まれた噂話。逸話や伝説の類だ。
実際の大将軍だった天儀は、
――そんなことをせずとも言うことを聞かせられるのが将の帥たるもの。
というのが信条。
天儀は、小柄な自分には暴力によって威令を発揮するには限界がある。と認識して威圧的で恐怖による統制は端から、あきらめている人間。
ただ戦闘指揮と作戦立案能力という実力を認められ大将軍という軍の頂点に立った男から敢然といいつけられればそれだけで恐ろしいのも事実。
大将軍の天儀が、
「やれ!」
と一喝すれば、ブリッジは震撼し、艦隊全体が震慄する。そういった意味での威厳と威令は持ちあわせた男が勅命軍を任された天儀司令だ。
カタリナからのお灸に鹿島の反応は――。
鹿島@秘書官:
『嘘です。それ誇張された噂って知ってますから。私ってヒストリカルな女子ですよ?』
――むむ、容子ちゃんったらこしゃくね!
と、カタリナはムキになって返信。
カタリナおねえちゃん:
『へぇーならいいけど。今回の勅命軍の司令官って帝から斧鉞を授けられたそうよ。容子ちゃん斧鉞ってなんだか知ってる?』
鹿島@秘書官:
『知ってますよ。木とか切るやつですよね。カン、カン、カーンって』
カタリナおねえちゃん:
『ブブー。はい不正解』
鹿島@秘書官:
『えー!』
カタリナおねえちゃん:
『斧鉞を授けるっていうのは、その斧で軍隊の規律を乱すものの首を落としていいってことよ』
鹿島@秘書官:
『嘘です!><』
カタリナおねえちゃん:
『だといいわね。容子ちゃん、お寝坊したら斧でバッサリ首チョンパだから気をつけてね。勅命軍は伝統あるグランダの格式を重んじるわよぉ。最初に違反したら見せしめで首だけで帰ることになるんだから』
鹿島@秘書官:
「嘘です!><;」
カタリナは従妹鹿島のこの反応を見て、効いてる効いてるとニンマリしとどめの一撃を返信。
カタリナおねえちゃん:
『はい論破^^』
鹿島@秘書官:
「されてません!><;」
鹿島からの応答のメッセージは短いけれど、カタリナには可愛い従妹が斧鉞の話を怖がっているのがよくわかる。カタリナは大勝利!というご満悦の表情で画面を見て既読で黙殺。
鹿島@秘書官:
『もう一度違う質問してください!次は正解できますから!><;』
――ふふ、容子ちゃん私に論戦で勝とうだなんて10年早いのよ。
してやったりと思うカタリナの肩にポンっという柔らかい衝撃。
カタリナが驚いて携帯端末の画面から顔をあげるとそこには、
「あの、カタリナ君?」
という困り顔の課長の顔。
「ひえ、あのこれは――」
カタリナが〝いえ〟と音にしよとして噛んでいた。そしてカタリナは言葉を口にすると同時にガタリッ!と反射的に起立して直立不動。
「君までそんな感じだと困るんだけどね」
「も、申し訳ありません」
「鹿島君が心配なのはよくわかるけど、ほどほどにね。みんな見てるから」
課長があきれていうと、部屋からはクスクスと笑い声。鹿島を言い込めようと必死だったカタリナのおサボりは周囲から見ればまるわかりだ。
「もう容子ちゃんのせいでっ!」
と思いカタリナは真っ赤になって着席。
カタリナの携帯端末がブルブルと振動するがカタリナは慌ててカバンへしまい込み。仕事へと取りかかかる。
鹿島@秘書官:
『いまから軌道エレベーターいまから乗ります!宇宙にでたらまたメッセージおくるから。カタリナ姉さんもお仕事ガンバです!』
カタリナがこのメッセージに気づくのはこの日の就業から2時間後。残業を終えたあとだった。