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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
八章、陸奥の鼓動
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8-(6) 天童愛・下(深雪の美女)

 天童愛てんどうあい陸奥改司令室むつかいしれいしつでの天儀てんぎへの着任の挨拶はまだ続いていた……。

 

 天童愛は天儀へいきどおりを感じたまらず、

「反乱軍の指揮権を委ねられた李紫龍りしりゅうについてはお問にならないのです?それが李紫龍に敗れたわたくしへの気づかいなら大きなお世話というものですけれど」

 思いのたけをぶちまけていた。

 

 天儀がムッとした顔をしたが、天童愛はかまわず続ける。


「それにわたくしの起用が暗に李紫龍へ雪辱せつじょくの機会を、持たせるという意図ならずいぶんと性格のよくない話だと思いますわ。男らしくはっきりと李紫龍を倒せとでもおっしゃったらどうです。黙って連れていけばわたくしが勝手に奮起ふんきするとお考えですか?なら、この天童愛もずいぶんとなめられたものですね」


 この天童愛がプライドのかたまりのような発言を吐いていた。身には例のごとく冷気をまとっている。体の周りにはビュンビュンと粉雪が待っているようにすら見える。

 

 天儀は肌に刺さる冷気などものともしない。天童愛の気迫などものともせずに、

「いや違うな。君のほうが強い。わかりきっていることをあらためてやる意味はない。それに李紫龍について問わなかったのは、君と同じぐらい私は李紫龍を知っているからだ。加えられる情報はない」

 そうはっきりと断言した。

 

 天儀の語気は強く、確信的で揺るぎない。この清々しいほどの真っ直ぐな言葉に、逆に天童愛が心をゆさぶられ動揺した。

 加えて天童愛は天儀がまったく動じた素振りを見せないのにも驚いた。

 

 つまり天童愛は驚きはこうことだ。

 わたくしいま恫喝や脅迫じみた気迫をむけたんですよ?めいっぱい怒りを込めて。わたくしがこれだけの気迫を向ければ誰もが、青くなる、ひるむ、目をそらす、にらむ、作り笑い、などなんらかの反応を見せます。それがこのかたといったら――。

 ――平然としている。


 天儀の狼狽ろうばいを想像していた天童愛の予想は大きく外れ、目の前には気迫を受け流し泰然たいぜんとしている天儀。

 

 けれど心がゆれた天童愛はむしろ態度をかたくなにし、

「あら約二倍の兵力をもって李紫龍を撃破できなかったのですよ。わたくしのほうが強いと評価していただけるなら、その根拠をお聞かせ願いたいものです。この起用が当てつけでなく何なのですか?」

 そうツンとして応じた。

 

 天童愛にとって天儀から放たれた、

 ――私は李紫龍を君と同じぐらい知っている。

 という言葉は最大の賛辞だった。


 頭からつま先まですべてを投じて、死力を尽くし戦った相手は、積年の友のようなものだ。たとえ1戦でも万語をつくして語らったという感覚が天童愛にはある。おそらく天童愛は数年という時を開けて李紫龍と面会すれば、巨大な懐かしさにつつまれ駆け寄って手を取ってしまうだろう。

 

 それに。と、天童愛は思う。

 軍人の李紫龍を最も知るのは間違いなく李紫龍を起用し使った天儀でしょうね。そんな男に、自分と同じようにお前は李紫龍を知っているといわれたことに、わたくしは悪くないと思ってしまった。わたくし、お兄様の悪口をいった相手にほだされるとは、

 ――とても不快です。


「なるほど、君の不機嫌の理由はそれか。私が君に李紫龍へ雪辱させるために起用したと、君はそれが気に入らないと」


「あら、わかりましてわたくしの不機嫌が、でも色々ありましてよ。わたくしが天儀司令を不快に思う理由は」


「ま、だろうな」

 天儀が嘆息してそういうと部屋に沈黙がおとずれた。

 

 沈黙が天童愛へ思考を呼ぶ。

 そうわたくしは約二倍の兵力を以って撃破できなかった。口惜しさしかありません。この事実は今後の戦史研究でも大いに問題視されるでしょうね。

 

 ――永劫えいごうに、さんざんにこき下ろされる。

 と、童愛は思っている。


 同時に天童愛は、あれ以上のことができたのか。とも思い。心に苦い感傷が広がった。

 軍人は結果のみで評価される。死力のかぎりを尽くしたは通用しない。これが天童愛だった。

 

 だが考えてみれば敗北にもさまざまあり、同じ敗北でも勝者に散々の苦労を与えることがある。勝者が言う辛勝とか、〝惨勝ざんしょう〟という造語もそれである。

 

 星間会戦は星間連合の命運がかかった戦いだっただけに、天童愛は星間会戦について思うと、心が沸騰し口惜しさから感情が抑えがたくなりいら立つ。

 

 そう星間会戦を思う天童愛は平静ではいられない。平静さを失うとは、つまり物事を俯瞰ふかんする視点を失うということで、天童愛の考えかたに狭窄きょうさくさを招いていた。

 

 ――敗北という結果がすべてで、内容は評価に値しない。

 これが天童愛の星間会戦での自身への評価。


 さらに他人の意見は一切受けつけないという頑なさを伴っている。だが物事は多面的に見るべきで、それが星系間におよぶ超領域国家の命運を決めた戦いならなおさらであるが、

 ――自分が勝っていれば結果は逆転していた。

 とうい自責の念により天童愛の星間会戦での自身へ評価は低い。


 いや低いとより断罪に近い。敗因となった自分は評価に値しないし、評価されてはいけないという頑なさがある。


 そして、つまるところ天童愛の星間会戦へのこの強烈な狷介けんかいさは、戦いの内容を、誰かに受け入れてもらいたいという強烈な渇望への自制でもあった。

 

 そう天童愛にとって天儀の、

「君のほうが強い」

 という言葉は心によく響き胸間をよく跳ねた。

 

 天童愛は天儀の真っ直ぐな言葉に、悪い気はしないものを感じてしまい、必死にそれを打ち消そうと苦しんだ。それが天童愛の胸中に湧きでた真の不快の理由だった。

 

 天童愛は沈黙なか、なんですかこの方は、評価するといってもそこまでいえますか。いわれたこちらが恥ずかしいというものです。と動揺したのだ。


 そして動揺が動揺を呼ぶ。

 ――自分は誰かにあの戦いを評価して欲しいと思っていたのではないか。

 という疑念が天童愛に生まれた。

 

 それも戦いのわかる人間に確信的な部分で。世間では星間会戦の最大の話題の一つは、中央の自分と李紫龍の戦いだった。自分もそれなりの評価を受けることは多いが、話題の中心は当然勝った李紫龍。

 

 わたくしは当て馬、引き立て役ですね……。でも、この男の言葉の主客は、主がこの天童愛だった。

 

 天童愛が、

 ――喜びませんからね!

 とばかりにキッと天儀をにらんだ。いまの天童愛の心境はきわめて複雑。こんな男に評価され悔しいとすら思う。


 それに天童愛には星間会戦での自身の采配をどうしても肯定的に評価できない理由がある。

 

 ――それを思えば私は天儀司令の言葉を喜ぶなど絶対にできません。

 天童愛が心に鎧を着込み態度をよりいっそう頑なにした。


 ――天童愛の心が遠ざかった。

 と思った天儀が沈黙を破って、

「天童愛、正宗をあなどり、世間を見くびるな。巷間こうかんの数多の眼は真実を見抜き。君がいくら自身を貶めて覆い隠そうとしても無駄だ。そして天童正宗と天童愛の評価は全く別だ」

 と、重みのある声でいった。

 

 瞬間、天童愛に雷に打たれたような感覚。胸が激しく動悸し、天儀の言葉に気圧されるしかない。思わず奥歯をぐっとかみしめ、足を踏ん張った。そうしなければよろめいてしまいそうだったのだ。

 

 天儀の言葉をもっとわかりやすくいえばこういうことだ。

「君がどうしようと世間の目はごまかせないし、天童正宗の評価は揺るぎないので、君が余計な気遣いをすれば逆に兄の正宗を貶めるぞ」


 言葉は天童愛の頭のなかではさらに短く要約され、

「お前の気づかいごときで、偉大な兄の評価は変化しない。うぬぼれるな」

 という激烈なものとなって耳底へとどいていた。


 天儀の言葉の内に込められた痛烈が、天童愛の耳底を破って心を貫いたといっていい。


 心を貫かれた天童愛は、

「嘘です。この男、わたくしの心を正確に見抜いて――」

 と頭の天辺からつま先までの全身が蕩揺とうよう


 そう天儀の言葉は天童愛の頑なさの理由を見透かしていた。


 中央で戦った天童愛の指揮が問題なかったのならば、

 ――敗退の原因は何か?

 という問題だった。

 

「わたくしの戦いに問題がなかったのであれば、戦場の評価は個々の将軍の戦い方というミニマムなものから、よりマキシムな方向へとスライドします。マキシムとはつまり、誰がわたくしを中央に配置したかです」

 そこまで考えた天童愛の思考が暗く沈む。

 

 天童愛を中央に配置したのは最愛の兄で司令長官の、

 ――天童正宗。


 わたくしの指揮に問題がなかったのであれば、おのずとお兄様への采配へ非難が集中する。これが天童愛の恐れ。

 

 ――無能な天童正宗。

 という世評は、天童愛にとって最も耐え難い。

 

 そこまで思考を巡らせた天童愛の感情が極まって、

「でも、お兄様が無能といわれるぐらいなら。いっそわたくしが糞女でいいんです!」

 思わず叫んでいた。


 さらに天童愛は、わたくしが1人が我慢すれば。と、ギュッと目をつぶり必死の抵抗。

 

 けれど天儀はそんな天童愛を見透かしたように、

「9軍の冠たる天童愛。それが悲劇のヒロインを気取るのは止めろ。見ていてみっともない」

 と強烈に放った。

 

 天儀から葛藤し苦しむ天童愛へ向けられたのは、優しい言葉ではなく挑発と伴った冷徹。

 天童愛がかっとなった。


「でしたら根拠をお聞かせください!わたくしのほうが李紫龍より強いという根拠をです。このわたくしが褒められたら尻尾を振る軽い女などと思われては、とても心外というものですね」


「根拠か、これは星間会戦のデータの裏付けもある。攻め手に間違いはないし、あれ以上にできるヤツはいない。誰が見てもわかる」

 

 この天儀の言葉に、天童愛が、

 ――悔しいけれど、よく見ている。

 と、またも心がゆすぶられた。

 

 やはりおかしいですわね。この感情はなんでしょうか、お兄様をこき下ろした相手へ、わたくしは親近感のようなものを感じはじめている。

 

 天童愛は天儀と言葉を重ねれば重ねるほど、天儀へ好感のようなものを感じている自分を認識し戸惑い不機嫌そうに黙り込む。

 

「あれ以上の事ができたとしてもお前の兄ぐらいだろう。中央の戦いの結果は指揮能力の力量などではなく他の要素が大きいということだ」


 それでもだんまりの天童愛。

 いま天童愛の天儀への感情が悪感から好感へ転じる一歩手前。けれど天童愛はやはり頑なだった。一度着込んだ心の鎧はそうかんたんにには外せない。

 

 黙り込む天童愛へ、

「つまりだ。紫龍はもう一度あれをやれといわれても無理なんだよ。お前はできる。この差は大きい」

 天儀が業を煮やして乱暴にいうと、天童愛がついに応じて、

「あれをもう一度ですって?負けを再現するのは御免ですわね」

 そう子供じみた言葉を吐いてから、アンタなんて嫌い。というようにフンと顔を背けた。


「そういうことじゃねえ!」

 と、頭をかきむしる天儀の顔は渋い。


 天童愛がクスリと笑った。

 

 いま天童愛の目の前の男はおのれの真摯な思いがつたわらず困りはてている。

 ――あら、こんな顔もするんですね

 不思議と天童愛から天儀への不信感が消えていた。


「ま、いいです。で、天儀司令は、わたくしを陸奥改まで呼びだしてなにをさせたいのです?」

 

 天童愛がとりあえず休戦ですというようにいった。いま天童愛の声色から険がとれ、身にまとっていたブリザードも収束。

 

 一方の天儀は狐につままれたような顔。

 いままで部屋を支配していた肌を刺すように冷たい威圧感が消えさり、まるで初夏の山林のような涼しさだ。


「ですからいったん休戦協定です。とりあえず協力してさしあげるといってるんです」

 

 だが天儀は、へ?といような顔で驚くだけ。天儀からすれば天童愛の変容はあまりにとうとつだ。


「そのうえで具体的に陸奥改での、わたくしの仕事はなんでしょうか。この天童愛にメイドの格好でもさせて、お茶くみでさせる気ですか?」

 

 とたんに天儀の顔に明るさ、口元には笑み。なぜだかはわからないが、とにかく天童愛から険しさが消えさり部屋に吹いていた吹雪はやんでいる。


「そりゃあいい。こんな深雪の美人の給仕とは、男冥利に尽きるね」

 

 姿勢がよく凛としたふんいきで黒のロングヘアの天童愛には、黒を貴重としたハウスキーパーのよそおいが実に似合いそうだ。

 だが天儀が軽口で応じると同時に天童愛が怒気を発し、ビュッと吹雪が一吹き。


「やれと、いわれればやりますけれど。その場合は一服盛られる覚悟はしておいてくださいね」

 そうニッコリとしていう天童愛だが目には怒りの色。

 

 天儀の耳に天童愛の言葉がとどく前に、天儀の顔面には吹雪が吹きつけ身がこおる思い。天儀はたまらず、

「わかった。怒るな。冗談だ!」

 狼狽を隠さずに叫ぶようにいった。

 

 やっと気を許したかと思って冗談で応じたら思わぬ激しさで応じられたのだ。せっかく改善のきざしが見えたのに、くだらない軽口で怒らせたとあっては目も当てられない。


「あら、残念」

 天童愛が身にまとった冷気をおさめ笑っていた。

 

 ――怒らせたかと思ったが……。

 キョトンとする天儀に、天童愛は咳払い一つしてからさいど同じ質問。

 

「ではもう一度を問います。わたくしの陸奥改での役目はなんです?本気でわたくしにメイドの格好させ楽しみたいというなら人格を疑いますわね」

 

 続けて天童愛から天儀へ、虜にした女騎士を辱めて楽しむゲス野郎です?なら見損ないましたわ。という視線。

 

 天童愛の視線はまるで、

 ――次冗談をいったらわかってますね?

 というような冷ややかなもの。天儀が肝を冷やし慌て応じる。

 

「いや、違う!作戦指揮だ。陸奥特務戦隊むつとくむせんたいの戦闘指揮統制をやってもらいたい。勅命軍の我々は最高軍司令部(コジョレ)から独立して動く」


「特務戦隊?」


「そうだ陸奥改を旗艦とした戦隊の部隊名だ。いま決めた」

 

 今度は天童愛が、は!?と驚くと、

「略称は陸奥特戦隊(とくせんたい)。これでいい。なかなか良い名だ。勅命軍は李紫龍の誅殺という特命をおびている。相応しい部隊名だな」

 そう天儀は平然と続けた。


「ハァ――」

 天童愛がため息一つ。もう流れに身を任せようと、天童愛はあきらめた。

 

 天童愛からして、勅命軍が急遽決まった編組というのは想像がつく。だいたい元星間連合軍の自分を呼び出しているのからして、慌ただしく人員も不足しているというのはわかろうものだ。一々細かい不備を指摘していてはなにも進まない。

 

「となるとわたくしは戦隊参謀か戦闘指揮官ですか。戦闘指揮はご自身でおやりにならないと?」


「時と場合による。君に電子戦を任せて、私が戦闘指揮ということもあるだろう。君の役職名はそれらしいのを考えておく」

 

 天童愛が了解したという顔でうなづく。まだこのとき彼女は天儀が特務戦隊と名付けた艦隊の戦力が3隻とは知らない。


「君には大まかな予定はつたえておく。まず星間連合第一星系の惑星ミアンまで行って最高軍司令部(コジョレ)との調整を行なう」


「妥当な選択といったとろころですね。最高軍司令部(コジョレ)の再度差し向ける艦隊と行動を共にするわけですか」


「いや、わからん」

 

 天童愛が意外そうな顔をする。

 

 天童愛はまだ特戦隊の戦力は把握していないが、そう多くはないだろうというのは想像がつく。特務〝戦隊〟という名称からもおおよその数は予想できる。多くても十数隻だろう。対してランス・ノールの反乱軍は2個艦隊。とても特戦隊が単独では戦えないと想像できた。


「帝の発する討伐軍である以上、我々はあくまで独自に動く必要がある。できれば敵の牽制けんせい掣肘せいちゅうにあたりたい」


「帝の勅命軍の体裁を保つ必要があると――」

 

 天童愛が面倒くさいことですわね。というようにいってから、

「嫌がらせで、ゆさぶりをかけていくのがわたくしたちの特戦隊の役割。わかりました。天儀司令がお好きそうな手ですこと」

 皮肉たっぷりに言葉を向けたが、声からは最初に天儀へ向けていた険悪な感情は消えていた。

 

「そうなのか。そんなに嫌がらせはしたつもりはないんだが」


「はあ?」

 と、天童愛にいらだちの色。

水明星すいめいせい宙間要塞ちゅうかんようさいでの殲滅戦せんめつせん。普通一人残らず殺しますか。兄は宇宙に死をばらまいたと、顔面蒼白になって怒っていましたわ。わたくし兄とは生まれたころからの付き合いですが、あんなに怒る兄を見たのはそうありません」

 そういって鋭い舌鋒ぜっぽうを天儀へ向けた。


「いや殲滅は意図したものではなく、結果的なものなのだが……」


「あらそうでしたの。あれで星間連合の参謀本部は、交戦一色へまっしぐらでしてよ」


「作戦線(兵站)を確保するために速攻をしかけたまでだ。常套手段だ」


「まあ、あきれた要塞の1500名を殄滅てんめつしたことに呵責かしゃくはないんですか?」


 言葉で天儀を責める天童愛はどこか楽しげだ。いままで悶々と内に抱えていた不満を、その元凶にぶちまけているのだ。気分は悪くないというものだ。

 

「要塞を守備した黄子推こうしすいは立派だったな。彼こそ真の士だ。無敵の電子防御陣ツクヨミシステムだよりの星間連合で、戦前、外縁惑星の防備の重要性を理解していたのは唯一彼だけだ」


「それには同感です」

 という天童愛はやはり天儀とのやり取りを楽しんでいた。

 

「それに重鼎じゅうていを落としたり」


「重鼎は落とすだろ。当然だ」


「敵本隊を目の前にして、普通惑星攻略なんてしませんのよ?」


「そんなものは知らん」

 星系軍の常識など知ったことではないとばかりいう天儀はさらに継ぐ。

「絶対防衛権の重鼎を落とせば星間連合艦隊はツクヨミシステムからでくるしかない。でてきたところに艦隊決戦しかける。重鼎は落とすしかない」


 天童愛が、フンっと鼻を鳴らす。天儀のいうとおりだ。確かにでていかざるを得なくなり、でたところで艦隊決戦。そして敗北していた。


「あと、消えたり」


 天童愛は会戦直前にグランダ艦隊が星間連合艦隊のレーダーから消えたことを指摘した。大規模電子偽装だいきぼでんしぎそう、つまり電子戦による結果だ。グランダ軍は一時的にとはいえ星間連合艦隊の索敵システムへ干渉し敵のレーダーから消えたのだ。

 

 もちろん引っかかるほうが悪いが、いまの天儀の頭にあるのは、

 ――嫌がらせか、嫌がらせでないか。

 とうことで、大規模電子偽装は……。

「あれは、まあ、そうだな。嫌がらせだ。あれは」

 天儀がばつが悪そう応じた。


「あら、じゃあやっぱり今回も嫌がらせでなくて?」


「まあ否定はせん」

 天儀が観念するようにいった。


「だが勝負は、徹底して相手の嫌がることをする。これだ。相手の袖を取って、その腕を相手の顔面に押しつける。最も簡単に相手の動作を掣肘できる手法だ」

 

 天儀がよくわからないことをいいだしていた。

 天童愛は天儀が自身の勝負観しょうぶかんを抽象的に例えたのだろうと判断し、言葉の内容を特に気に留めなかった。

 

 だが天儀は天童愛が自分の言葉を聞き流したと敏感にさっし、

「わかってないな、こうだ」

 そういうとさっと立ちあがり、2人の間にあった机はどこに行ったのかというぐらい素早く動いた。

 

 天童愛は距離を詰められ、気づいたら天儀の顔が目の前。2人は指呼の間の距離となった。

 

 ――ちょ、近すぎなんですけれど。

 天童愛は思わずのけぞって離れようとしたが間にあわない。


 ――今更動いても無様によろけるだけですね。

 天童愛はあえて直立したまま踏みとどまった。


 天儀はそんな天童愛の左手のそでを、右手でつかみ、天童愛の左上腕を彼女の顔に軽く押しつけるようにした。


「これで嫌だろ」

 と、いう天儀。


 いまの天童愛は自身の二の腕が口と鼻をふさぐような状態。息苦しさを感じるうえに、腕で視界がさえぎられ身動きにも辛さを感じる。

 

 天童愛が天儀のとうとつな行動に、

 ――は?ちょっとなにを考えていらっしゃるのかしら。

 嫌がって腕を戻そうとする。その動作は結果的に天儀の言葉への肯定だった。


「戻そうとするとこうだ」

 天儀がそういって天童愛の左手への力を緩めた。


 天童愛は困惑のなか顔の前から、自身の左腕が消えて開放感を感じたが――、瞬間。

 

 ――天儀の左拳が目の前にあった。

 

 天童愛は心臓が跳ねあがり、不覚にも鼓動が高鳴る。瞬きもできない。天儀の拳がいつ目の前に迫っていたのかわからなかった。


「嫌がることをして、攻撃を当てる。単純だろ」

 動揺する天童愛に、天儀はどうだといわばかりの子供のような表情だ。

 

 けれど天童愛は青筋を立て、

「あの、痛いです」

 と、強い不快感をにじませる語気でいった。声には白けた様子をにじませて怒りのほどが、天儀へつたわるようにするのも忘れない。

 

 もちろん拳は当たってはいない。天童愛の顔と、天儀の拳との間は10センチほどの距離がある。

 

 だが、左袖は掴まれたままだ。それに左手を顔におっつけられたときに、装飾用のボタンが顔に触れて痛かった。


「これは、失礼した」

 天儀が、そんなに嫌だったか。と慌てて手を離し謝罪を口にする。

 

 いま天童愛の目の前には必死に謝罪を口にする天儀。けれど謝る天儀が姿が情けなくもなぜか憎めない。


「その説明、いまでの部下になった方たちに全員になさったのですか?」


「いや、君が初めてだな」


「そうですか。全員にやってくださればよかったのに」

 

 天儀がなぜだというように不思議そうな顔。


「最高に嫌われて皆さんいうことを聞かなかったでしょうに、特に今回のように女性相手だったら効果的でしたわ。そうなればお兄様が負けることもなかったでしょうに」


「いや、すまない。戦場はチーム戦だ。連携しなければ勝てない。最も私の戦い方をつたえられると思いやってしまったが――」


「セクハラで解雇もありえましたわね。残念です」

 

 手厳しい天童愛に天儀がまた謝罪を口にしているが、天童愛は軽くあしらい、

「まあ、戦い方はよくわかりましたわ」

 と、いって微笑。

 

 微笑は天儀への協力を全面的に了承したという意味だ。けれど天童愛が勅命軍への協力を承諾しても天儀はまだ謝罪を口にしている。


「いや本当にすまない」


「もういいですから」

 という天童愛は、でもまさか説明するのに、ボディーランゲージとは夢にも思わなかったと内心苦笑。

 

 ――行動が意外に過ぎる。

 天童愛は星間連合軍がこの男に負けたのはこれだとも感じた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 天童愛は特戦隊の作戦参謀の任を拝命。陸奥改司令室をあとにした。

 

 司令室の前で待っていた老常守は愛お嬢様を目にすると驚いた顔で、

「なにか良いことでも?」

 と、でてきた天童愛へいった。


「あら、機嫌よさ気に見えて?」

 そいう天童愛は爽やかな笑貌がある。どう見ても機嫌はいい。


 だが老常守からして愛お嬢様のこの上機嫌は不思議だ。天童愛は部屋に入る前は不快のかたまりだったのだ。


「もしや!勅命軍へ協力を承諾と引き換えに、正宗様の釈放を取りつけましたか?」

 老常守がハッとしていった。


「あらどうして?」


「愛様がお喜びになることいったらそれぐらいですので」

 

 困惑していう老常守に、

「ふふ、どうかしら」

 天童愛ははぐらかしていた。


 天童愛は退出する最後に天儀から、

「我々といっしょにになって戦えば予期せぬ良いことがある」

 といわれていたが、あれが兄正宗の釈放が言外に含まれていたとても思えない。

 

 兄正宗のことを思えば天童愛は複雑だ。

 仮に兄の釈放を条件に協力を迫られたらどうしたか――。と天童愛は思う。


「わたくしは二つ返事で勅命軍への参加を了承。お兄様を釈放してくれるというならあの男の足だって舐めたでしょうね。いえ、なんだってしたと思います」

 

 けれど天儀はそんなこと少しも匂わせなかった。天童愛に心に清風が吹いていた。


 もう一度宇宙にでるのも悪くない。やり残したことがある気がした。天童愛自身それが具体的になにかはわからないが、ふたたび宇宙にでると考えるとただ胸が高鳴った。

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