8-(3) トップガン林氷進介
終わりの見えない巨大な空間。
これがいまトップガンで兵器マニアの林氷進介が鉄製の仮設階段から眺める風景。
ここは陸奥改が改修工事をうけているドックだ。
宇宙戦艦陸奥改は1万人規模が就業する大戦艦だ。そんな大戦艦を収容できるドックとなればさらに巨大。船尾どころか船体中央から船首か船尾のほうへ目をむけてもドックの終りが見えず霞む。
そんな巨大空間の一角で、耳が隠れるていどの黒いザンバラ髪に、均整の取れたまさにパイロットという若々しい肉体の進介が黒い瞳を輝かせていた。
進介がいるのは船体中央から船首よりの位置。砲列の威容とそびえ立つ艦橋が一望できる絶好のスポットだ。
「この地球時代の軍艦のようなモデリングが最高なんだよな」
進介が独り言。大好きな戦艦を眺め気分はいい。
陸奥改は一般型といわれるスタンダードな軍用宇宙船。これが最高に格好いいんだ。と思う進介がさらに陸奥改をながめながら思いにふける。
上部に砲列群と艦橋、下部に発着甲板。ちょうど地球時代の戦艦と空母の上の部分だけを貼り合わせたような形状だ。上だけ見れば戦艦の勇姿。だけど下だけ見れば壮観な空母とはならないんだなこれが。
素人は戦艦と空母の上部分を貼り合わせただけって簡単にすませちゃうけどね。実は下部の発着甲板は宇宙で二足機とよばれる人形の戦術機の運用に特化した作り。発着甲板のある側は、レシプロ機やジェット機飛ばしてた往時の空母という作りとはイメージ違うかな。
それにこの時代に戦術機運用に特化した軍用宇宙船は〝宇宙空母〟とは呼ばないからね。戦術二足機母艦を略して〝母艦〟さ。もちろん運用するのは二足機だけでなく、武装艇や装甲シャトル、飛行機形状の兵器も運用する。
そんなことを考える進介が、カンカンという音に我に返る。仮設工事で設置された通路を黒髪の男が1人進んでいた。
お、誰だ?この時間だともう作業員もいないし、乗員の訓練時間でもないはずだけど。と思いつつ進介は階段を登りきってから、男がいる通路へ渡り進みだす。
通路を進みだした時点で男の容姿がよく見えた。背の小さい自分と同じアジア系の風貌。気取った感じのない男だが、
――存在感ある人だな。年上だからか?
と進介は思いつつ、
「戦艦、好きなんですか」
気さくな笑顔で男へ話しかけた。
対して話しかけられた男は――天儀。
天儀の目に映る進介には若者特有の愛嬌のある表情。天儀はとつぜん話しかけてきた青年へ好感を覚え、
「男ならたいていは好きさ。陸奥はいい戦艦だしね」
少していねいに、だが気さくに応じた。
悪い人じゃなさそうだな。と思った進介は男を少し不思議そうに横目で見る。
――ここに部外者なんてめずらしいな。
進介は男へ近づいてみてあらためて確信したが明らかに部外者だった。着ている軍服も見たことがないデザインだ。
進介が男の軍服へ観察の目をむけた。
ドック採光の出入管理係の女子マールバラ・ナオミは天儀の着ている制服を見て、漠然と将官と理解し気にもとめなかったが、兵器オタクの進介には余計な知識があった。兵器オタクということはミリタリー全般に素養はあるとういことだ。制服にも造詣がある。
将官をふくめ士官用の軍服には、礼装、一種、二種の3つがあり男が着用しているのは、
――将官用の二種制服っぽいけど。でも少し違うな。
進介はいぶかしみつつさらに推理する。
グランダ軍の制服は尉官、佐官、将官で、それぞれ独特のデザインを持ってて、この人の軍服は将官用に似てるけど、どれにも当てはまらない。となる特殊な立場の人なのか?うーむ、でも下っ端の制服って見たことのないようなものも多いんだよな。それに兵科によって制服のディテールは多種多様だし、秘書課なんてアイドルかよってぐらいのデザインだし。
進介は元帥の称号を与えられた人間が贈られる軍装を知らなかった。当然だった。グランダ軍はもう60年以上、生きて元帥をだしていない。
――いや、でも手がかりはあるはずだ。
と、進介は軍服に付属する階級をしめすアイテムを一つづつ確認してゆく。
士官用の二種軍装には袖章はないので、肩章は――。ダメだわからない。
進介が男の肩部分へ目をやると肩章はなかった。
なら。と、進介は続けて男の胸へ視線を落とす。
胸の略綬章は?これなら決定的だろ。階級はわからなくても偉い人だってことぐらいは想像つくし、持ってる略綬で受章歴もわかり階級もおおよそ見当がつくが。
――ない。だと……?
進介の推理は30秒もたたずに終了していた。
改修ドックの内部や、そのなかの戦艦はとうぜん軍事機密。ドック外部の人間に単独で見学させるということはまずない。
安全上の理由でもそうだった。改装工事の現場は単純に危険だった。空気を抜いて作業したり、ドック全体の温度を極端にさげて冷却したり、工作時に有害なガスが発生したりもする。
グローバル・ポジショニング・システムと連動して、内部の人数把握や位置は把握できるが、広いドック内で迷子になられても面倒。作業員ですら2人1組でしか行動が許されない。
そう進介のように1人でドック内を歩きまわっているのは特殊だ。
この特別待遇は姉がドック長官というおかげだけではない。進介がトップガンという星間戦争のエースパイロットというのもドックの各施設管理者へ顔が利く理由だった。
「トップガンの兄ちゃんまたきたのか。好きに見てっていいぞ」
これが関係者への進介の認識。加えて進介は甘え上手なうえ、兵器マニアで話もわかる青年だ。ドックの作業員たちからは好感を持て見られていた。
「この人、誰だろう」
といわんばかりに天儀を見続ける進介。
ドックに1人で謎の軍服を着用した部外者の男。あまりに怪しすぎ。進介は悪い人じゃそうだがスパイか?とも考えはじめていた。
そして、これで見られているのを気づかぬ人間はいない。
天儀は不思議そうに見つめてくる好青年へ、
「沙也加からは許可はもらってる。あやしいものじゃないさ」
といって携帯端末に許可証を表示して見せた。
瞬間、進介に閃き、
――ははん、なるほど。姉ちゃんの男だな。
と確信。
しかも、あのお堅い姉がせがまれたからといって軍の機密の見学に許可を与えるということは進介からすれば、
――姉ちゃんも案外思い切ったことをするな。
ということで、よほどのことだ。間違いなく最愛の人だろう。
愛は盲目。というのを進介はよく知っている。なぜならパイロット候補生時代に、
――結婚する!
といって最終試験もすんだ残り3ヶ月の間で辞めていった同期が何人かいた。
グランダ軍人の結婚は大将軍、大将軍が不在の場合は防衛省下で諸軍を統括する統合幕僚長の許可が必用。結婚相手が軍籍にない場合、素行調査などふくむので手続きには最長3ヶ月ていどかかる。若さはその数ヶ月が待てない。
そして素行調査の結果、直属の上官から、
「さすがにマフィアの娘はだめだよ……」
とか、
「相手の男性、過去に犯罪歴があるの知ってるかね?」
などと許可が降りない場合もある。
そうなれば地元で職を見つけて結婚するといって辞めてしまうのだ。
優秀な若者たちだけに、すぐにいい職を見つけられるという自信しかないし、最愛の相手前に希望しか見えない。
そう。結婚不可がでれば一様にして誰もが不服。それに対し直属の上官は優しく諭し、それでもダメならあの手この手で必死に説得する。士官学校で手塩にかけた優秀な人材が早くも育成失敗となれば大問題というだけではない。上官とて本人が幸せになれればいいが、そうやって辞めていった若者たちは十中八九、そのまま軍人を続けてたほうが良かったのに……。という人生になる。
進介は、姉ちゃんってば最近は化粧なんてして色気づいた格好していると思ってたけど、マジで男いたんだ。やるじゃん。などと思ってあらためて男を見る。
背は低いけど顔はいいじゃん。それに160センチは絶対超えてて、背の低い部類であってチビってほどじゃない。肩幅も胸板もわりとあって体力もありそう。しかも特殊な制服だけどたぶん将官だろ?身分も申し分ないときてる。いや特殊なデザインの制服って、たんなる下っ端ってこともあるが、そういうことは気にしたらダメだ。姉ちゃんの年齢はヤバイ。
進介は男の身分についてはこのさい切り捨てることにした。
そういえば姉ちゃん一時期、大将軍天儀の話題でうるさかったんだよな。てか、姉ちゃんが大将軍に見いだしてた好感ポイントってもしかして低身長?姉ちゃん自分より背の低い男が好みとか、そういうフェチってあるのかね。わかんねーなぁ。この人童顔じゃないし、ショタ好きとは明らかに違うもんな。
進介は目の前の男が、未来の義兄かと思うと嬉しい。ひと目で気が合いそうと感じたし、なにより、
――姉ちゃんもう結婚しないとマジでヤバイ年齢じゃん?
これを思うとやはり弟としても嬉しいかぎりだ。
兄ちゃんって呼ぶかな。いや、やっぱ兄さんとかがいいか。存在感というか、なんか貫禄ある人だし兄上なんて面白いかもな。そう、さすがの進介も人前では〝姉ちゃん〟とは呼ばない。〝姉〟もしくは〝姉さん〟だ。それに対応するとなると、
――やっぱ兄さんって呼ぶかな。
などと進介は思いつつ、陸奥改を指差しながらいう。
「今回、陸奥はこの改造で炉が一新され高速艦化、しかも主砲も41センチ三連装砲が搭載されていますよ」
進介の行動は早かった。男は未来の義理の兄なら仲良くしておく必要がある。それに姉の心象を良くもしたい。
「なるほど。星間戦争で足柄将軍が乗っていたビスマルクに搭載されていた物と同じものか。使い勝手がいいそうだね」
進介は、はこれだから素人はといった顔つきで、
「ふ、違いますね。41センチ三連装〝超〟重力砲です」
と〝超重力砲〟の部分に力を込めていった。
「グランダ軍技術開発部は超重力砲の小型化に成功したんですよ」
と自分が開発成功したように生き生きという進介が言葉を継ぐ。
「従来砲は重力砲。その上が〝超重力砲〟です。これはわかりますよね?」
「もちろん。重力砲にはよくお世話になったからね」
重力砲は口径の大小はあれど軍用宇宙船のメインウェポン。
進介は未来の義兄思い込んだ相手の言葉を、艦艇乗りの軍人なら誰でも重力砲の恩恵をうけているていどに受け取り話を続ける。
「そしてこれまで超重力砲という51センチだったんですけど、今回実用化された41センチ型が初めて装備されたんです。この近代化改修を終えた陸奥改の艦載機隊なんて憧れますよ」
進介は、理論上は51センチよりじゃっかん下がる程度の威力がでるはず。と、つけ加えてから、さらに誇らしげに、
「超重力砲なら、かすっただけで船外皮膜が全部吹き飛びますよ!」
といった。
天儀が思わず苦笑する。
なお進介が口にした、
――船外皮膜。
とは、宇宙を航行する船の周りにはられる膜だ。この膜で、塵や有害な宇宙線、小さな隕石から船体を守る。星間戦争の砲戦で、この船外皮膜が重力砲にも有効だと証明されていた。
星間会戦で李紫龍が下軍司令部をおいた戦艦扶桑が8発の重力砲の直撃を受けながら戦闘を継続できたのは、分厚い装甲板だけでなく、この船外皮膜があったからだ。
「ところでなぜ陸奥改だか知ってますか?」
「そういえば不思議だな。たんに近代化改修を終えただけなら艦名の変更はないし、改称して〝改〟をわざわざつけ加えた意味か」
不思議そうに考え込む天儀に、
「完全に近代化改修を終えた一級戦力ってことで改の文字をつけることになったそうですよ」
進介は得意げにいった。
天儀は、なるほど。といって自分へ陸奥改のスペック熱く説明をしてくれる青年に目を向け、
「君は整備員には見えないが、ずいぶん詳しいね」
といった。
「ええ、本職は強襲機のパイロットですよ。オイ式のね。でも戦艦が大好きなんです。姉には兵器オタクってキモイなんていわれますけどね。あ、姉とは仲は良好ですよ。俺がドックに入って陸奥改の見学するのを、こころよく許可してくれますし最高の姉です」
とたんに天儀の表情になにか思い当たったという表情。つづけて進介の顔をまじまじと見つめる。林氷姉弟は目元がそっくりだった。とたんに天儀に驚きの表情。
「もしかして、あのトップガンか。沙也加の弟の!」
進介は未来の義兄と思い込む男が純粋に驚く姿を見て、くすぐったくなり、
「いやー恐縮です。あのトップガンです」
さもすごいだろと誇らしげな色を隠しきれずにいっていた。若さだった。
「そして沙也加の弟です。よろしくお願いします」
進介が意味ありげにいう。進介は未来の義兄と思い込んでいる眼の前の男、つまり天儀が姉を呼び捨てにしたので、
――やっぱり姉ちゃんの男か。
進介は完全に天儀を姉とそいう関係だと確信した。
けれど天儀は進介の意味ありげな言葉を、そういうふうには受け取らない。当然だ。沙也加のフィアンセと思われているなど夢にも思わない。
「いや、失礼した。つい呼び捨てにしてしまい。彼女はいまドックの長官だったな」
「いえ、そんな。姉がここの長のおかげで、俺はいい思いをさせてもらってます。戦艦は見ているだけで面白いですからね」
「なるほど」
と、天儀が少し笑みを浮かべた。天儀からもしてもこの好青年がドックを1人でふらついてたのが不思議だったが理由を聞いて納得がいった。
「そうだ。君はこの後予定はあるのか?」
と天儀が進介へ問いかけた。
進介が、特に予定はないですけど。と、なぜそんなことを確認するのかと問いたげな視線を向ける。
「陸奥改について詳細な説明が欲しい。沙也加にやってもらおうと思ったが彼女はかなり忙しいらしい。手をわずらわせたら悪いなと思っていたところだ。君なら申し分ないだろう。お願いできないだろうか?」
進介はまだ名前すらまだ知らない相手の要望を、
「ええ、問題ないです」
こころよく受けた。進介のなかでは目の前の男は未来の義理兄で確定している。断れるわけがない。
進介は、助かると礼をいってくる未来の義兄へ少しニヤつきつつ、
「でも姉に説明を受けたほうがいいんじゃないですか?」
と確認。
兵器オタクの進介からすれば、陸奥改を横にしてドックデートなんて最高じゃん。といもので、それに姉の恋路をじゃましては悪い。お互い忙しい身なのだろう、仕事にかこつけていっしょにいる時間をとってもいいはずだ、などというのが進介のおせっかいだ。だが未来の義理の兄は意外にも、
「いや、君と少し話してわかった。沙也加より君のほうが詳しい」
と、進介の提案を却下。
進介は、
――え、つきあい始めでけっこう淡白な人だな、だいじょうぶか?
と思いつつも、
「ま、そうですけどね」
自信ありとばかりに応じ、この人も兵器オタクか、気が合いそうでいいな。などと思いつつ陸奥改のスペック説明を開始していた。
進介が怒涛と喋ること1時間。ときおり天儀からの質問も交えつつ配管や配電まで把握している進介の超マニアックな陸奥改講座は終了していた。
進介しは説明を終えると最後に熱のこもった声で、
「今後ともよろしくお願いします。姉はあれで甘えたがりなところがあります。大事にしてやってください」
と、いって未来の義理の兄と思い込む天儀の手を取っていた。
一方の天儀は悪い青年ではないが、
――ずいぶんと姉押しだな。シスコンには見えんが。
内心驚きつつも進介の手を握り返した。
「でも大改修しても結局は警備任務と観艦式が仕事でしょうし、それを考えるとちょっと残念ですね」
進介が握手をときつついった。
ランス・ノールの反乱の鎮圧軍は星間連合宙域内にある艦艇で編組される。せっかくの陸奥改は反乱鎮圧には参加しないというのが進介の見解。そしてランス・ノールの反乱が終われば当分戦争などないというのもわかる。
「俺もトップガンなんていわれてますけど、天京宙域にいたらお呼びなんてかなりませんし。ま、戦争がないほうがいいには決まってるんですが、なんか寂しいですね」
そう進介はまだ勅命軍が編組中などとまったく知らない。トップガンである自分も陸奥改のようにお呼びがかからない。そんな感傷的な見通しを持っていた。
だが天儀は進介の感傷に声のトーンを重くし、
「いや出撃になる。ぶっ放すぞあれを」
と、強く断言。あれとは41センチ三連装超重力砲のことだ。
進介は未来の義理の兄の突然の変容に圧倒されるしかない。大人しげだった未来の義理の兄はいま体貌から気を発し青白い炎を身にまとっている。
天儀が驚く進介へ言葉を続ける。
「せっかく、大改装したんだ。戦わせなきゃ。戦艦陸奥、事故で爆沈だなんて戦艦の最後にはむなしすぎる」
「ええ、まあ」
進介は曖昧な応じしかでない。言葉の意味がいまいちわからないし、相手の態度が急に大きくなったのには面食らうしかない。
天儀はそんな進介へ、
「君もだトップガン。エースは戦ってこそエースだ。戦場でその気概をしめせ」
と、強い口調で激励してきびすを返した。
進介はやはり、はあ、と半信半疑。進介は、ずいぶんと偉そうな態度になってしまった未来の義理の兄にただ驚くだけ。
そんなか天儀の歩く速度は早い。カンカンと音をさせ進んで行き、もうはるか通路の奥だ。
進介は未来の義理の兄の背中を見送りながら、自分が下手にでたので気が大きくなったのだろうか。などと思いつつ、
「少し変わった人だな。親戚づきあいは平気なんだろうか」
そんなことを口にしていた。