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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
八章、陸奥の鼓動
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八章プロローグ (封密勅許状)

「ふん♪ふん♪ふん♪」

 とは音にはださないが、まさにそんな感じの鹿島容子かしまようこはトレードマークのホワイトブロンドのツインテールをゆらし秘書課の課長の前で上機嫌。

 

 対して初老の面倒見のよさそうな落ちついた風貌の課長は、

「ハァー」

 とため息してから苦言するように一言。


「鹿島君?」


「はい♪」


「遊びに行くんじゃないからね?」

 

 心配そうに課長に鹿島はバンッと課長のデスクに手をつき。

「ご冗談を!私、真剣です!すっごく頑張ります!」


 だからますます心配なんだよ。と、いいたい課長は引きつった笑い。


「課長任せてください。私、秘書官がどんなに優秀かって証明するんです。私思うんです。艦艇勤務での秘書官のあつかいが悪いって影で文句をいうだけじゃダメ!実力をしめして待遇改善ですよ。改善は外からじゃなく内からです!」


「ほ、ほどどにね?」

 

 だが鹿島には、やんわりとなだめる課長の声など聞こえていない。


「まずですね作戦会議でも秘書官の席をちゃんと用意するように提案しちゃいますから!」

 

 意気込む鹿島に、課長はなんといったものかと弱り果てるしかない。

 ――鹿島君をこのまま宇宙へ送りだすとまずいぞ。

 と思う課長。


 一言で作戦会議といっても色々あるが鹿島の、

 ――作戦会議で秘書官の席を用意させる。

 とは、この場合艦隊の意思決定会議や規模の大きな作戦準備での発言権を求めていると考えられる。

 

 そして課長がいまの鹿島の様子から予想するに、会議で秘書官鹿島は、

「提案です!雷撃部隊らいげきぶたい編成して攻撃を!」

 とか、

「侵攻ルートはこっちがいいですよ」

 とか戦術面で口を挟むだろう。


 兵科武官たちからしたら、数字の天才の集まり主簿室しゅぼしつ出身の秘書官も便利な計算機程度の存在だ。戦闘のド素人の秘書官が戦術に口をだせば、嫌な顔をされるだけではすまない。きわめて邪険に扱われ、最悪つまみだされるというのも想像にかたくない。


「秘書官は作戦会議には議事録作成とかで参加するし、その提案はいらないんじゃないかな。それに会議で発言を求められるときだってあるよ?」

 

 とたんに鹿島が、とんでもない!という顔になる。

 

 なぜなら発言を求められるのは兵站ロジスティクスについてのみで、その兵站についても発言を求められることも滅多にない。グランダ軍の場合は会議を招集する段階で作戦の基礎的なかたちはできあがっている。

 

 つまり兵站などの細々とした部分は会議招集の準備段階であるていど詰められているのだ。


 なので作戦会議で、

 ――兵站はどうなっている?

 とか、

 ――この場合、補給は可能か?

 などということはまず聞かれない。


 作戦会議で秘書官がやることといえば真剣な顔を作っての雑用の指示待ちだけ。司令官の威厳の一部として後ろにいるか、議事録を取るか、お茶くみするか。作戦会議で秘書官のやることといったらこの程度だ。

 艦艇勤務に憧れる鹿島は先輩方に根掘り葉掘り聞きまくり、無駄で小癪こしゃくな知識だけは豊富。課長のうわっつらだけのたしなめなど受けつけない。

 

「お茶くみで司令官の後ろに立ってるだけじゃないですか!先輩から聞きましたよ。おせんべいくばるだけって、おせんべい係ってプレートまで胸につけられたって。ひどい待遇です」


「いや、そこまではひどくないが……」

 と課長は言葉が続かない。


 鹿島君、その先輩は艦艇勤務での辛さを誇張していってるんだよ。という思いは言葉されず課長にはまたも引きつった笑いだけ。


「それに知らないんですか課長。大昔の戦争では主計総監しゅけいそうかんが大作戦を立てて戦ったことだってあるんですよ。オーストリアの軍人さんです。あの軍人皇帝、コルシカの人食い鬼ナポレオンと戦った人ですよ!」

 

 しかし熱弁をふるう鹿島に対し課長は苦笑いしかない。

 見くびってはいけない課長も軍人だ。

 ――知ってるよ鹿島君。ウルムの戦いだろ。でも、その人主計畑でもなんでもないよね。

 

 課長は卒論の題材にしたので、たまたまではあるが鹿島の話は、よーく知っていた。そして鹿島の口にした〝古昔こせきの軍人さん〟は、軍制改革による必要性から権限拡大ために主計総監に任命されただけだ。けれど今回課長が思う問題はそこではない。

 

 鹿島君、僕も大人だ。時代が違うとはいわないし、宇宙と地上は違うともいわない。でも、その主計総監様はナポレオンの機動戦に翻弄ほんろうされボロボロ。戦わずして降伏してるよね?例としてはとてもダメじゃないかな。と課長は思いつつ言葉がでない。

 

 そして課長からすれば鹿島の思い違いの原因の推理はたやすい。

 ――鹿島君はきっと〝主計総監〟という文字だけに目がいって早とちりしたんだろうね。

 そして、主計総監でも戦えると喜んだ。こんなところだろう。

 

 だが引きつった笑いで黙り込む課長に、鹿島の勢いは止められない。


「課長、軍隊はロジスティクス。それに宇宙にでた軍隊の兵站の重要性は地上でそれと比較になりません。宇宙で燃料切れしたら即死ですから。そんな星系軍の兵站の根幹を担う秘書官が最も軍隊を知っていると私は思うんです!」

 

 課長は鹿島の勢いに飲まれ、

「うん。そうだね。頑張ってね」

 と面倒くさくなり笑顔で鹿島を送りだした。


 課長はデスクの前から去るご機嫌の鹿島を眺めながら深く嘆息。

 ――かわいそうに。あれは司令官への着任の挨拶で現実を知るな……。

 

 鹿島のあの様子では、下手をすると物理的な修正(一発殴られる)をうけるとすら課長は思うが、

 ――鹿島君はいっても聞きそうにない。

 というもので、それぐらいされて現実を知る必用がある。課長はいい薬かもしれないと思って黙って送りだしていた。

 

 課長のデスクの前から離れた鹿島は足取りも軽やか、ツインテールも軽快にゆれている。

 

 カタリナ従姉ねえさんったら昨日あんなに怒ったのに、実は私のために色々してくれてたんですね。それを私がはしたない真似したから、厳しい言葉で注意してくれて。やっぱり優しいです。

 

 こんなことを思いながら鹿島は従姉あねのカタリナ・天城あまぎのデスクに到着。

 

 鹿島は可愛い制服の大きな赤いリボンの前に、

 ――辞令。

 と書かれた封書をかかげ満面の笑。


 鹿島はカタリナへ向かって、

「カタリナ室長!ありがとうございます!昨日、荷造りしてこいって本当はこういう意味だったんですね。不肖鹿島、感激しました……」

 目をうるませてすらいう鹿島に、カタリナは〝まったく違う〟と思いつつも、鹿島の絶大な信頼の視線に負け作り笑いし、

「ええ、そうね」

 と、にごした返事で応じてしまった。


 ハァー。ついにでてしまったのね。艦艇勤務の辞令が……。容子ちゃんかわいそう。主計秘書課の至宝鹿島容子を現場勤務、雑用係の秘書官にだなんて……。

 

 カタリナはそんなことを思いつつ、鹿島が誇らしげに胸にかかげる封書に目をやる。

 カタリナの目に入ったのは真っ赤な封印。


「げ!こ、虎符こふによる封密勅許状ふうみつちょっきょじょうじゃない……!」

 

 封密勅許状は、いわゆる封密命令ふうみつめいれいの類だ。最上級の現場命令といえる。きわめて機密性高く重要な命令にしかつかわれない。グランダ軍の長い歴史のなかでもつかわれたのは数えるほどしかないはずだ。

 

 それを鹿島はいとも簡単に、

「あ、なんか赤いので封してありますね。ろうかしら?カリカリですよー」

 と指先で削りだした。


「ちょっ!ダメよ!容子ちゃん封密の意味わかってる!?開封勅許状かいふうちょっきょじょうじゃなくて封密勅許状よ!」


「え?そうですよ。でも開けないと中身わからないじゃないですか」


「だから!」

 といってカタリナは慌てて鹿島の手首を掴み動きを制止させた。


「それって廃止された大将軍グランジェネラルでも生涯に1度見るか見ないかの重要命令よ!封密命令なんて第四次星間戦争でもでてないからね」

 

 とたんに鹿島にも驚きの顔、

「え?」

 といって固まった。


「わかった?」

 

 だが鹿島から返ってきたのは、

「すごーい!」

 という目を輝かせた返事。

 

 ――ダメねわかってない。手遅れだわこの

 

 カタリナは、呆れをとおりこし、あきらめて説明を開始。

「あのね容子ちゃん。課長がおっしゃってたでしょ?明日、司令部へいって司令官にそれを手渡して、司令官に開封してもらって任命を受けるって」


「ほお?」


「司令官が開封してくれて、中身を読み上げてくれるのよ」


「わかりました!」

 元気良くいう鹿島は敬礼までしている。

 

 ――ハァ。よほど嬉しいのね。

 カタリナはあきらめモード。可愛い従妹いもうとの鹿島が初の秘書官勤務で困らないようにあれこれ助言を与え、つきっきりで鹿島の準備を面倒見たのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「鹿島さん!」

 休憩♪休憩♪と主簿室をいったんでた鹿島は呼び止められていた。

 

 鹿島が振り返るとそこには黒髪のロングヘアのアジア系の女子。なお上品系な美人で秘書官の制服も似合っている。


「あら、アヤセさん」

 と鹿島に呼ばれた彼女のフルネームは、

 ――マリア・綾瀬あやせ・アルテュセール。

 

 鹿島と同じ時期に主計部秘書課に配属された女子だ。鹿島が主簿室という主計部の中枢にいるのに対してアヤセは一般の秘書官。

 

 ――いわゆる同期の桜ってやつですね。

 と思う鹿島はアヤセとは仲がいい。

 

 同期たちから見れば、主計部の至宝とまでいわれる鹿島容子には別格のオーラがある。誰もが気後れしじゃっかん近寄りがたい。それをアヤセが話しかけてくれることで打ち解けていた。


「鹿島さんも秘書官に決まったんですよね。おめでとうございます」

 というアヤセは下手だ。

 

 これには理由があるんです。とアヤセが思う。

 鹿島容子が主計学校を歴代トップの成績で首席卒業というだけじゃありません。エリートなのに話しかけやすくて、細やかに気をつかってくれて、それでいて美人で、声もかわいくて。えっと、とにかく、目標に向かって健気に頑張る鹿島さんは、私たち一般秘書官の目標であり理想なんです。


 主簿室長カタリナからすれば、手遅なの鹿島も、アヤセからすれば、

「鹿島容子は若手の秘書官のあいだでは秘書課の高嶺の花。ホワイトブロンドの歩くシャクナゲ。といったら変ですけど、鹿島さんは私たちの憧れなんです」

 ということで大尊敬の対象だった。


 鹿島はアヤセからの祝福に、

「えへへ、ありがとうございます。念願の秘書官。頑張っちゃいますよ」

 と、お礼をいいつつも、

「あれ?でも、〝鹿島さんも〟ってことは?」

 そういってアヤセの顔を見た。


「ええ、このアヤセも同行しますよ。私も艦艇勤務の辞令です」

 

 アヤセはそういって辞令の用紙を胸の高さでピラピラとさせた。鹿島とは違い封書ではないただの厚手の用紙だ。やはり主計学主席で主計部秘書課の至宝鹿島とはあつかいが違う。


「で、私は鹿島さんの部下ってことになるのかな?鹿島さんの配属先も陸奥改むつかいですよね?」


「ええ!?部下だなんてそんな。悪いです」

 

 鹿島が同期の桜で仲のいいアヤセに上下関係を明確にされ驚いた。

 これにアヤセはちょっと怖い顔をしながらたしなめる。


「ダメですよ。そんな軟弱な態度じゃ軍隊はつとまりませんよ。鹿島さん自信持って」


「うぅ。そうですね。頑張ります。私、厳しいから覚悟してくださいね」


「それはアヤセの望むところです。私は主計学校の出でもないですし、バンバンこき使ってください」


「一般公募ですよね?それは逆に凄いです。中途で秘書課に入るのはとっても難しいですから」


「そうですね。経済学部に進み、秘書検定を通り、会計処理の資格を取ったあとに軍の経理局下の主計部の募集試験を受けて秘書課に入った。長い道のりですよ。だからアヤセは強いんです」

 

 6個あったグランダ軍の星系艦隊。その全艦艇の秘書官を主計学校の卒業者だけでまかなうのは不可能。というかそんなことは、そもそも考えられていない。主計学校はあくまで主計部のエリートを養成するための高等教育機関だ。

 

 これを、つまりですね。とアヤセが説明すれば――。

 秘書官はどんな小さい船でも1人から2人が必用なんです。巨艦や司令部がおかれる艦艇となれば片手ではおさまりません。

 

 そして、そんな巨艦の人員の大半をしめるのが普通科兵、厳密にいえば情報科じょうほうかです。

 なおこの時代の情報科の内包する範囲はとても広いです。高度に情報化した星系軍では電子機器の扱いと専門的情報セキュリティの学習が必須ですから。21世紀初頭の海軍でいうような〝船務科せんむか〟の要員は情報科で育成されます。

 

 あ、話がそれてしまいましたが、その普通科兵から振り分けられた若年性に経理の教育ほどこして秘書官とするか、このアヤセのように有能な民間人を登用して補っているのがグランダ軍の主計部秘書課のありかたですね。


 鹿島は意気込むアヤセに、お互いガンバですよ。といってから、

「司令官さん、どんな人なんでしょか」

 唇に指をあてていった。


「ですよね。鹿島さんの辞令にも書いてなかったんですか?」


「え、ああ、そうです。書いていないです」

 

 鹿島が慌ててにごす。アヤセの紙一枚の辞令をみてからでは、封密勅許状で中身を見れないなどさすがにいいにくい。

 

「なんか突然に決まった勅命軍って感じですよね。私もいまから帰って準備してすぐに軌道エレベーターへって感じです」


「慌ただしいですよねぇ。明日にはドック入りしろって、私も慌てて準備ですよ」

 

 そんなことをいいつつ2人には、どこか余裕がある。

 一般秘書官のアヤセは、いつ船に乗れといわれるかわからないので覚悟も準備もある。鹿島は当然、艦艇勤務に憧れていたので心の準備は万端。しかも昨日、従姉あねで上司のカタリナからお泊りの準備を命じられていた。


 なお時は天儀が帝へ面謁した翌日だ。天儀のいった、

 ――3日で発つ。

 の1日目の時間が軍経理局ではゆっくりと流れていた。

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