七章プロローグ (鹿島と偉い人)
「ちょっと待って!そんな話聞いていないぞ!」
と主簿室に主計部秘書課の課長の声が響いていた。
課長の叫びに主簿室中の視線が、何事か?と課長へと集中。鹿島容子も従姉のカタリナ・天城とともにしていた作業を中断し、
――緊急事態!?
と、思わず見ていた。
振り向きざまに鹿島のホワイトブロンドのツインテールが勢いよくゆれた。
大声をあげた秘書課の課長は最近毛の薄くなり始めた初老の男で、面倒見のよさそうで落ちついた風貌。そんな課長がスタンドマイクに向かって叫んでいるのだ誰もが驚いていた。なお課長がいまうけている通話は総務部から内線。
「早く教えんか!いかんだろそれは!え、なに?自分たちも、たったいま連絡がきて知ったばかりだと?わかったとにかく出迎えだ」
と、課長は慌てに慌ててといった感じで通話を終了とたんカタリナへ目を向け、
「カタリナ君!」
と叫んだ。
「ハイ!」
ただならぬ課長のようすにすぐさま切れのいい返事応じるカタリナ。
「ビルの入口まで出迎えだ。軍経理局のトップの主計総監は今日はいらっしゃらない。私が主格で応接せねばならない。茶など諸々をおだしするのを取り仕切ってくれ。必用な人数は君で適当に見繕ってくれ」
「はい。承りました」
と、カタリナが最初の返事からは一段落ちたトーンで返事。まだ課長は慌てているが、カタリナは言葉の内容から大体の内容はさっした。
――ようはとっても偉い人がくるから、その接待ってわけね。
ということでカタリナらすればもう慌てることもない。
たおやかな大人の女性のカタリナは仕事のできる女。上司の動揺に引きずられない独特の沈毅さがる。
だが、そんなカタリナからして、
「で、お出迎えするかたはどなたでしょう?」
と、せめて主賓は知りたい。ドタバタと主簿室を後にしようとしていた課長は振り向き、
「内務卿だ――」
という言葉を残しでていってしまう。
――内務卿って!
心中で驚くカタリナ。いまこの肩書きで呼ばれる男はただ1人だ。
グランダと星間連合の統合を進めている賢人委員会の国務長官というポストにある、
――国子僑。
将来国務大臣を歴任していくことは間違いなしの政界の若きホープだった。
ただカタリナは驚きつつも、
「あらあら、超がつく大物ねぇ」
と口調は落ちついている。
カタリナが、そんな超大物の内務卿国子僑のポストである国務長官について思い浮かべる。
「国務長官の国務とはこの場合、内政を指すわ。グランダも星間連合も惑星の集合体を核とした超領域国家。惑星は巨大な一地域ね。国務長官はこの地域間の調整を行なうという外交的なセンスも求められる難しいポストといえるわ。そんなポストに若くして就いているのが国子僑様ね」
そんなことを思い浮かべるカタリナへ鹿島から声がかかる。
「内務卿って正式名称は国務長官ですよね?」
「ええ、そうね」
「なぜに通称が内務卿?不思議です」
「ああ――、それは雅称よ」
「がしょう?」
と、疑問いっぱいの顔の鹿島にカタリナは苦笑しつつ、
「容子ちゃんが好きなやつね」
と、さらに謎かけのように応じた。
だが当然、鹿島ますますわからない。腕組みし首をひねって考え始める。本人に自覚はないが、とてもあざとい仕草だ。
そして、そんな鹿島のあざとい仕草に弱いのがカタリナだ。
――あらあら、容子ちゃんったら可愛いわねぇ。
と、カタリナは口元を緩め、すぐに答えを口にしてしまう。
「つまりカッコつけていっているってことよ。グランダは皇帝を戴く伝統と格式ある国家、ちょっと古風ないいかたして気取りたいってわけねぇ」
鹿島がこの答えで合点がいき、おおー、ばかりにポンと手を打った。そんな仕草もやはりあざとい。
鹿島を眺めるカタリナは教えたかいがあったと苦笑しつつも、
――でも、なんで内務卿国子僑が軍経理局なんて……。
と思う。軍経理局は小さな組織ではないが、防衛省に内包される一機関に過ぎない。国子僑という大物には不釣り合いだ。
そんなカタリナの疑問は、
「カタリナ従姉!」
という鹿島の声に押しやられた。
これに直前まで鹿島のかわいらしい仕草にほだされていたカタリナが厳しい顔。
カタリナは、メッ!とばかりに人差し指を立て、
「容子ちゃん、お仕事中よ」
と釘を刺すようにいった。
「あ、すみませんカタリナ室長」
「よろしい。で、なに?」
「あのおー。私もお供してよろしいでしょうか?」
鹿島が上目づかいで人差し指同士をグリグリさせながらたずねる。
――まあ、容子ちゃんったらあいかわらず、そういう仕草が似合うんだから。
と内心、従妹のあざとさを堪能しつつも、
「だーめ。ここで大人しくしてなさい」
心を鬼にして応じた。
だが鹿島は引き下がらない潤んだ目で、
――お願い!お従姉ちゃん!
と懇願。鹿島の潤んだ瞳がカタリナの母性本能に襲いかかる。
だが、ここまでくると逆効果。過剰な愛嬌はむしろカタリナへ冷静さを呼びおこし、
「お茶だしのような仕事は、それが得意な娘がいるわ。今回はそういう娘たちのせっかくの晴れ舞台ね。容子ちゃん欲張って仕事を奪っちゃダメよ」
たしなめるようにいうカタリナは頑なだ。
「うう。そんな考え方も……奪っちゃダメです。悪いです。我慢します」
「そうです。ここに残って仕事を進めておいてね」
カタリナの指示に、残念無念と悲しげに子犬のようにうなずく鹿島。
この鹿島のひそみの表情は従妹大好きなカタリナからすれば、
――美味しい媚態。
ごちそうさまです。といものだ。カタリナは思わず、にへら、としてから慌ててしかめつらを作りなおし主簿室をでたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
課長とカタリナが主簿室をでていって30分後――。
軍経理局のビル内には女子たちの熱い視線と静かなため息で満たされていた。
『――局内にすっごい美男子がいる!』
というおサボりメッセージがチャットアプリで出回ったのが発端だ。
手の空いていた数人がお手洗いをよそおい廊下へでると、ちょうどそこには真っ赤な生地に金糸の模様のゆったりとした朝服。その美しい朝服だけでも目を引くのに、服の中身がこれまたすごい。お高そうな華美な服に負けないまつ毛の長い美男子だ。
目撃してしまった女子は、
――美しい!
と目がハート。
まつげの長い美男子は真っ黒な髪を頭の天辺で結い上げ、余った髪は優美に首元へと流している。
たちどころにチャットアプリには、
『――ほんとうにいた!』
『――もう目を洗わない』
『――あれは男じゃなく天使』
『――国宝級の美男子』
という、まつげの長い美男子の情報が怒涛と流れた。
とたんに軍経理局の各部署では女子たちが、
「あの、お手洗いへ」
とか、
「お花をつみに――」
生まれが良いと、
「ご不浄へ」
などといって次々と廊下へあふれでる。
軍経理局内の廊下は女子の列。まつ毛の長い美男子を目撃した彼女たちは黄色い声で噂したいところだが職場で仕事中ではそういうわけにもいかず。さしずめ黄色い視線で目語してから、携帯端末を取りだし怒涛と操作。チャットで興奮を共有しあう。
そして、
『――目があった。私は死んだ』
というチャットを皮切りに、
『――空気をいっぱい吸った。胸とかじゃなく肺から熱い!』
とか、
『――やった!髪の毛拾った!』
はては、
『――抱かれてもいい。というかもう抱かれた』
ついには、
『――見た。目が孕んだ』
などという過激なものへ。
軍経理局内は女子たちの祭りとなっていた。
なお、このまつ毛の美男子こそ内務卿の国子僑。秘書課の課長やカタリナが応接しているはずの相手だが……。
「ハハ、困ったぞ。迷った……」
国子僑は内心途方にくれていた。
そう国子僑はトイレで席を外したあとに迷子となっていたのだ。築240年の軍経理局の建物はどこも似たような間取り、しかも機密という理由から建物は電子地図化もされていない。初見の人間はとても迷いやすい。
初めてここをおとずれるのに国子僑のように、
――勅命軍の編成をどうすべきか。
などと少し考えごとをして歩けば迷う。
ただし、そんな迷子の国子僑も目をハートにする女子たちから見れば、微笑をたたえ廊下を進んでいる優雅な孔雀。そして国子僑とて、そんな女子たちからの熱い視線に気づかぬはずがない。
迷子の国子僑としては、
「お嬢さん、すまないが応接室はどこかな?」
と笑顔一つで聞けばすべて解決なのだが、そのうち行きつくだろう。と、歩いているうちに、どうにも聞くに聞けない状況となっていた。
一方、そのころ鹿島は主簿室を飛びだしていた。
ただ鹿島は局内で噂の〝まつ毛の長い美男子〟を見るためではない。いまの鹿島は別の目的に燃えている――。
「カタリナ従姉さんごめんなさい!でも私だって国子僑を見たいんですよ。すごい美男子っていうじゃないですか。ここはぜがひでも生の美男子を、いえ、国子僑を目に焼きつけておきたいです。ネットで探しても写真ってないんですから」
内務卿の国子僑が所属している国家統合を指導する賢人委員会は非公開な機関ではないが、表立って大々的に活動している機関でもない。メンバーでも首相や国務大臣クラスなら写真は出回っているが、国子僑の顔は世間ではさほど知られていない。
――グランダ指折りの美男子。
という噂があるだけだ。
鹿島は野望に燃え廊下をグイグイ進みながら言い訳を頭のなかで口走る。
「うふふ、お仕事は一段落。ちょっと休憩です。休憩中なのでどこへ出歩こうと自由ですね。足が勝手に応接室へ向いちゃうのも仕方ないのです。偶然、進んだ先が応接室というわけなんです。偶然です。偶然、国子僑を見ちゃうんですよぉー」
野望に燃える鹿島が廊下の角を曲がったとたん、ドンっとなにかに衝突。
アッ!とした鹿島が目をギュッとつぶってよろけると同時に誰かに体を支えられ、
「おっと、だいじょうぶですか?」
という澄んだ男性の声。
目を開けば鹿島の眼前には、
――おお、まつげの長い美男子さん!
鹿島は男の腕のなかで思わず赤面。気づけは美男子の腕のなか、とは思わぬラッキーだ。
国子僑を盗み見ようと必死だった鹿島は経理局内の女子たちが盛りあがるチャットアプリのログをまだ見ていないし、繰り返すが国子僑の顔も知らない。
これを従姉のカタリナからいわせれば、
「一つ国子僑は美男子で、一つ国子僑がいま軍経理局へきていて、そしてもう一つ目の前には見たことのない朝服を着た美男子。これだけ情報が揃えば、目の前に現れた初見の美男子が誰か符合しそうなものよねぇ。容子ちゃんは知識があっても、なぜか情報のリンクが悪いのよ。不思議だわ」
ということで、カタリナが思うに容子ちゃんのシナプスはサボりがちということだった。
鹿島が国子僑の腕から解放されつつ、
「ええ、だいじょうぶですよ。こちらこそすみません。ええへ」
謝罪を口にする。
国子僑は、よかった。と微笑で応じた。
「えっと、お嬢さんは――」
「主簿室の鹿島容子です」
鹿島が敬礼していうと、国子僑はサッと右手を左胸に辺りおき答礼しつつ、
「ああ、あの主計学校を歴代最高成績で首席の?」
と驚いていった。そう、鹿島容子はなにげに有名。不滅の記録をあっさり更新し主計学校を歴代最高成績で主席というのはそれだけすごいことなのだ。
鹿島が少し照れつつ、
「その鹿島です」
あざとくいうと国子僑は苦笑ながら、
「では、その鹿島さんはどこへ行かれるのです?」
涼やかに問いかけた。
鹿島は目の前の美男子があまりに爽やかに聞いてくるので、
「応接室です!」
思わず素直に吐いていた。
いったとたんに鹿島は、
――しまった!
と慌て顔。鹿島の応接室へ向かう目的は、有名人を見たいというだけの不純のかたまり。あまり大きい声で口にしたくないものだ。
バカバカ私、なんで応接室の近辺にある適当な施設、例えば第二資料室とか、データ管理室とかいわなかったの。バカ正直におサボりの現場を答えるだなんて――。と鹿島には自責の念が募るばかり。
けれど鹿島の目の前の美男子は――。
「そうですか、私もそこへ行くんです。案内していただけないかな?」
とたんに鹿島は破顔。応接室へ行く正当な理由を得たのだ。
「はい!」
元気よく返事をする鹿島が国子僑を見上げ凝視。
鹿島の目容には、
「で、あなたはナニモノ?」
という問いがくっきり浮かんでいる。
――私を知らないな。
と思った国子僑は、
「失礼しました内務卿の運転手でね。お供だよ」
とバレてもいいとばかりに堂々と嘘をいった。
国子僑からして、かなり簡単に看破されそうな嘘だ。お供の運転手がこんなところをウロウロしているはずがない。車番か、ビルに入ってすぐのラウンジあたりで待っている。運転手がボディーガードも兼ねるということもあるが、なら、なおさらこんなところを1人では歩き回ってはいない。
だが鹿島は、
「なるほどー運転手さんですか」
と納得げ。本人が美男子と有名だと、運転手さんまでイケメンなんですねぇ。と、思うばかりだ。
そんな鹿島を見て国子僑が思わず哄笑。鹿島は突然笑いだした国子僑を少し不思議そうに見上げただけだった。
鹿島と国子僑。軍経理局内を並んで進む2人。
歩む鹿島が唇に指をあてつつ口にした、
――内務卿はなぜ軍経理局なんかに?
という何気ない疑問へ、鹿島に内務卿の運転手だと思われている内務卿本人である国子僑は、
「軍籍に、あるものの状況を知るのはここでしょう」
そう爽やかに応じた。
「ああ、確かにそうです。主計部は軍の人員の配置を人事局より正確に把握してます。いまは誰がどの艦艇にいるとかは主計部のほうが得意ですね。物資の管理状況全般も把握してますし」
「さすが主簿室の鹿島さんだね。そのとおりだ」
鹿島は照れつつも、次の瞬間には、
――え!?じゃあ!
と思い、
「じゃあ勅命軍は本当に?!」
驚きを外にだしていた。
鹿島のシナプスは、今度はサボらずニューロンの信号を伝達していた。
鹿島の言葉は、文民である内務卿がグランダ軍の人員と兵器・物資の状況を知りたいということからの推理。
つまり内務卿はですね。ランス・ノール討伐(正確には裏切った李紫龍の誅滅)の勅命軍の派遣を具体化するために軍経理局へあらわれたってことです。兵員、兵器、物資の数字を知るということはそういうことですよ。鹿島は心に、そんな確信を持ちつつ驚きを外にだしたのだ。
「いや、それはどうだろう。内務卿でも難しいだろうね。予算もない人もいないでは編成のやりようがない。グランダ軍はほぼ解体され、グランダ軍の艦艇は同君連合名義へほとんど変更されていて、もうグランダの一存だけで動かせる艦艇は少ない。しかも多くの兵科武官が、ここ天京(グランダ首都惑星)からでてしまっているからね」
「そうなんですか……」
と残念そうにいう鹿島。
「でも1人だけ、その無理難題を〝できる〟という人がいるらしい」
「おお!」
国子僑は喜びの声をあげる鹿島を微笑しながら見た。身長のある国子僑と比べると鹿島は小さい。
――まるで人なつっこい姪を相手にしているようだ。
というのが国子僑の微笑の理由。
「答えは待ってください!私あてちゃいますから!こう見えても歴史得意でミリタリーな女なんですよ。うふふ」
そういって鹿島は、そうですねー。と考えるふうをしてから、
「ずばりマグヌス天童こと天童正宗ですね!」
と断言。国子僑が、なぜそう思う?というように微笑して応じた。
「不可能を可能にする男!だからですよ」
「なるほどマグヌス天童と呼ばれ、若くして星間連合軍のトップとなった男。その電子戦能力はウィザード級と畏怖され、理知を究めた新時代の戦略家。名将だね」
「そうですマグヌス天童なら得意の電子戦で、多数の敵艦のコントロールを乗っ取り数の差なんてくつがえせちゃいます」
さらに鹿島が継いでいう。
「もっと根拠はありますよ。星間連合軍のトップだったマグヌス天童は敗戦後、グランダで拘束中ですから、いま天京か、少なくとも天京宙域のどこかにいるというのは間違いないです。となれば起用しやすい。もう帝は朝廷をとおしてマグヌス天童へ討伐軍指揮官の打診をしているかもしれません」
「それから?」
「そうです。まだありますよ。勝負は時の運。不運にも負けてしまったマグヌス天童を、勝者である帝が起用して派遣する、なんとも物語的に格好いいですね!最高です!」
「そうだね」
国子僑が口元へ手をやりながら苦笑。国子僑からして言葉を口にする鹿島は興奮して一所懸命。
――なんとも可愛らしいというか憎めない娘だな。
というものだ。
「それに帝は大きな声でいえないですけど、大逆罪の件でやらかしちゃって人気が落ち込んでますから」
鹿島が周囲を気にしながら口元へ手をやり声のトーンを落としていった。
国子僑は着ている赤い朝服がしめすとおり廷臣でもある。鹿島が運転手と思い込む国子僑が少し物憂げな色を目にただよわせたが、鹿島は気づかず得意げに続ける。
「一敗地に塗れたマグヌス天童に再起を与える思わぬ大起用でサプライズです。もう世間はアッと驚き大喝采!帝も天童正宗もこれでお互い再起できてウィン・ウィンですね!」
いい終わった鹿島が、
――どうです?正解ですか?
というように国子僑へ熱い視線。
「どうだろうね。実は知らないんだ」
「ええ!?」
と、露骨に残念そうに驚く鹿島。その顔は、うぅ、イケメンにもてあそばれました。と悲しげだ。
――はは、かわいそうなことをしたな。
と、国子僑は思いつつも、
「実は内務卿からは、〝できる〟といった男がいたとは聞いたけれど、誰がいったかまでは教えていただいていない。期待させてすまないね。君の推理が聞きたくてついいいだし損ねてしまったよ」
そう爽やかにいった。
こうも真っ直ぐ謝罪されては鹿島もなにもいえない。
鹿島は、
「いえ、そんな」
慌ててから、
「国家機密ですからね。そんなに安々と教えてもらえませんよね」
さも重要な秘密という素振りでいった。
やはりその仕草はどこか抜けていて愛嬌がある。
――いや、あざとい。というのかなこれは。
と、国子僑は苦笑しつつ思う。
国子僑が鹿島にほだされ、
「戦争が終わったのに、また戦争。内務卿は少しお困りだったね」
と思わず本心をとろしていた。
「というか私、思うんです。世間ではあまりいわれてないけれどですね。いまの状況ってランス・ノールの討伐に派遣した2個艦隊が消滅して、最高司令官が寝返っちゃったって状況ですよね……?非常にまずいんじゃ……」
鹿島の疑問に、そうだね。と応じる国子僑の表情に真剣味がでて、空気がピリリとした。
「武力は、お互いの主張が食い違った場合の究極的な外交手段の一つだ。最終的には戦って白黒つけるとうことはいまも変わらない。だが、その戦いで負けた。きわめて由々しき状態だ」
「神聖セレスティアルの独立は認められるんでしょか?」
「このままだと、まずいね」
答えを濁した国子僑が突然停止。
鹿島も驚いて止まる。ただ、ぶつかりそうになったわけでない。2人は並んで歩いていたのだ。鹿島が先へ進みません?というように国子僑を見る。2人の前にはまだまだ廊下が続いている。だが国子僑は、
「ついたようだよ」
と涼やかに笑った。
「あっ……」
と口を開けて真っ赤になる鹿島。
2人は喋りながら歩くうちに目的地の応接室の前に到着していたのだ。
――扉に見覚えがあった。
これが、国子僑が突然停止した理由。
「では、私はこれで。案内、助かったよ」
国子僑が、そういって扉を開ける。
「いえ、そんな。どういたしまして、ですよ」
といいつつ鹿島はすかさずグイっと体を曲げ、開いた扉のなかを覗き込む。
――いまです!美男子の国子僑をひと目見ちゃうんです!
そう鹿島はこのようにしてなんらかの形で、応接の扉が開く瞬間を狙っていたのだ。鹿島は本来の目的を忘れていなかった。
だが、そこには――。
――げげ!カタリナ従姉さん!
鹿島は思いっきりカタリナと目を合わせることとなっていた。
鹿島の目撃したカタリナの目容には、
――容子ちゃんダメっていたのに!
という冷ややかな怒りの色。
鹿島は、
「あー……ヤバイ……」
と血の気が引いていった。これは間違いなくあとで長時間の小言だ。
「うぅ結局、国子僑は見れずじまいですし、あとでとっても怒られるだけじゃないですかぁ」
鹿島は悲嘆しつつ主簿室へトボトボと戻っていった。




