(六章エピローグ) そのころ鹿島は、⑥
「うぅ~どうなっちゃうのよこれ!紫龍さまぁあ」
とハンカチを噛み、涙ながらにテレビに画面に釘づけなのは主簿室の室長カタリナ・天城。
いま主簿室の一角にある大画面のテレビには、
――李紫龍の総軍司令官就任式。(神聖セレスティアル共和国軍)
の生中継が映しだされていた。
グランダ軍最高の軍人とまでいわれた男の反乱軍への加担。世間は騒然とし、主計部秘書課もいったん仕事を中止し、この中継に見入っていた。いや主計部秘書課だけではない。主計部が入っている軍経理局のビル内ではほとんどのものがこの中継に見入っているだろう。他の軍機関も似たような状況だ。
鹿島容子は悲し嬉しといった従姉のカタリナを見守りつつ、従姉さんったら李紫龍が敵になるのは悲しいけれど、久しぶりに憧れの方の元気な?お姿を見れて嬉しいというところで、複雑なんですね。と苦笑いし画面に目を戻した。
画面には長く美しい黒髪を風になびかせる李紫龍の姿。
就任式は晴天のもと野外で行なわれていた。景気のいい楽隊の音楽。いま画面では李紫龍から第一執政ランス・ノールへとパンされ、そのままズーム。
「おお、ランス・ノールです。相変わらず偉そうです」
と鹿島は口にした瞬間、ランス・ノールのその金目銀目が光沢を放った。
思わず鹿島は、
「目が綺麗です――」
ともらしていた。瞬間、カタリナがキッと従妹をにらみつけ批難の声。
「どこがよ!謀略家のどす黒い男じゃない。容子ちゃんったら上っ面しか見ないのね。紫龍様なんて眉毛が真っ白なるぐらい気に病んでるのに!」
「アハハ……、すみません」
カタリナ従姉さんったらご機嫌斜めですね。いまはなにをいっても噛みついてきそうです。鹿島は苦く笑うしかない。
「ほー、反乱軍の総旗艦マサカツアカツは、ザルモクシスに改名ですか。なんか格好いいですね」
こりずにそんなことをいう鹿島にカタリナが、
――あらあら、容子ちゃんったら。
と、ため息一つ。
鹿島から見てご機嫌斜めのカタリナからすれば、鹿島には自国の軍人の寝返りの生中継を前に、他人事という感じであまりに危機感がない。いくら可愛い従妹とはいえ、これでは軍人としての自覚がなさすぎる。
「それらしいというか、尊大なランス・ノールっぽいネーミングセンスねぇ」
「うふふ、そうだ。カタリナ従妹さん知ってます?ザルモクシスって古代の神の名前なんですよ。私、調べちゃったんですよ。ダキアって知ってます?古代ローマの。そこの地方の神様らしいです」
話題に乗ってきたカタリナへ、ここぞとばかりに歴女の知識を披露する鹿島。
カタリナはやはり、あらあら、とあきれるしかない。
「みんな容子ちゃんみたいに能天気なら生きやすいでしょね。私も見習いたいわ」
カタリナの言葉に鹿島は、なんのことです?と疑問顔。カタリナはそれを見てやはりため息しかでない。そんななか画面に目を戻していた鹿島が、
「それにしても、どうなっちゃうんでしょうか……」
とつぶやいた。
「帝は怒り心頭らしいわよ。笑っちゃうわよ」
憤慨を口にしつつ、あきれるカタリナへ、
「皇帝は激おこですか?プンプンってね」
と鹿島があざとさいっぱいで、いたずらっ気にいった。とたんにカタリナが苦笑。毒気を抜かれたのだ。
――容子ちゃんったら私の気を紛らわせようと、気づかってくれたのね。
カタリナはフッと息を吐き気持ちを切り替え、
「帝は李紫龍の追討に勅命軍をだすと大騒ぎらしいわよ。最高軍司令部に任せておいて終わらないって。星間戦争のときみたいに自ら指揮をとるってね。でも星間戦争のときも実質大将軍へ、やれって丸投げじゃない」
と応じる声からは不機嫌さが消えている。
「勅命軍って……」
と鹿島が言葉を失う。
「いまのグランダにそんな予算ないわよ。大戦争したあとなのに。帝の勅命軍派遣の内示に政府は拒否の意向、議会もそっぽを向いたって」
「誰かお止めしないのですか?」
「できるわけないじゃない。前もいったけど朝廷の賢臣は全員、国家統合作業に出払っていて桑国洋様ぐらいしか残っていない。その帝の最も信頼する太子時代ご学友だった桑国洋様もお止めできない状況だって」
鹿島はカタリナの言葉に、皇帝に元気を吸い取られたような桑国洋の顔を思いだして、
――無理そうだ。アハハ。
と、苦笑してからいう。
「そういえばそうですねぇ。誰か残ってないんですか帝へ直言できる諫臣みたいな人は」
カタリナが、う~ん、という素振りを見せ考えてから、ポンと手を打った。
「いたわ。太師の子黄よ」
「あ、朝廷のご意見番みたいなご老人ですね!盲目の子黄って呼ばれてる!」
「容子ちゃん、いま〝盲目の子黄〟ってあだ名が格好いいって思ったでしょ?」
「えへへ、バレちゃいました」
あざとく笑う鹿島にカタリナは苦笑するしかない。
「で、その太師子黄様が本来の帝を諌める役目なんですけどね。戦争に勝ったのを機に引退しちゃったから」
「どんな方なんですかね。わがままな帝もいうことを聞かざるを得ない太師って。きっと怖いご老人というはわかりますけど」
カタリナは鹿島の言葉に、あら、という顔をして、
「容子ちゃん会ったことあるじゃない」
と鹿島をあきれて見た。
「え?!」
「だから卒業式典のときに容子ちゃんが怒られた人。絶対、太師子黄様よ」
「え?え?盲目の子黄ですよ?盲目って目が見えないってことで。えーっと、私、あのときチラッと盗み見る感じ顔をあげただけですよ?音なんて立ててませんよ?」
つまり目が見えていないと鹿島の粗忽は知りようがない。
「それがわかっちゃうのが太師子黄様、盲目の子黄よ。というより容子ちゃんが、大好きな戦史なんたらって雑誌の朝廷特集の読んだときに、目が見えないのに朝廷内なら白杖なしで歩けるすごい老人がいるって私に楽しげに話してたじゃない。忘れちゃったの?」
「う、うぅ。まさか同じ人とは思いませんでしたよ。それに怒られてすぐに下向きましたし……」
「それよ。式典中に、コラーッ!なんて大声だせるのは太師子黄様ぐらい。容子ちゃん歴史好きでしょ知ってる情報を活用しなきゃ。推理力が甘いわよぉ?」
人差し指を立てていうカタリナに鹿島はうつむきブツブツと言い訳。
「うぅ……カタリナ従姉さんは博識すぎです。歴女でもミリオタでもないのにぃ。ハイブリットな私がかたなしです」
カタリナが、あらあら、と苦笑。可愛い従妹が悔しそうに口にするのは、あまりありがたくない属性のハイブリットだ。
「となると勅命軍なんて難しいんでしょか?」
鹿島が話を元に戻すと、カタリナは、
「でしょうね。でも因果応報、自業自得よってところよ」
口酸っぱくしていった。
「それって?」
「だって奥さんを殺したから紫龍様が裏切ったようなものじゃない。帝は自分の失敗を認めたくないだけよ。それを追討軍派遣して潰しちゃえって発想が子供じゃない」
「ああ、最近いわれだした奥さんの安心院蕎花を殺されたのが、李紫龍の反乱軍加担の決定打になったって話ですね?」
「そうよ。容子ちゃんも耳が早いわね。噂じゃ紫龍様はコロニーで拉致されてから、最近まで監禁されていただけって話じゃない。帝は早とちりで2人殺して、戦争の英雄を敵に回したのよ」
カタリナが〝2人〟の部分に力を込め険のある声でいった。
「奥さん身ごもっていたそうですね……」
「死刑にしたあと判明して、人権団体が大騒ぎじゃない。妊娠中ってわかってたら刑の執行は少なくとも産まれるまでは延期されてたでしょうからね」
「ニュースで外庭の大通りをプラカードもってねり歩いてる映像が流れてましたねぇ」
暗くいう鹿島。妊婦を処刑とはどう考えても擁護のしようがない。暗い話題に場の空気が沈む。
「手違いで執行されたとか、そもそも身柄を確保していたのが通常の留置所じゃなかったから、まともな健康診断や聞き取りがなかったとか、知ってて帝の怒りに抵抗できずに強引に執行したとか色々いわれてるわねぇ……」
「いま法務省では責任問題に発展してますね。法務大臣と検事総長、そして事務次官までも辞任は確定か?って今朝のニュースでやってました」
「それなのに死刑をいいだした帝は素知らぬ顔。おかしな話じゃない」
いま2人が眺める画面では、李紫龍がランス・ノールから元帥杖をうける場面。壮麗な式典は2人が雑談している間にも粛々と進んでいた。
鹿島容子もカタリナ・天城もグランダ軍人。そんな2人からから何気なくでた皇帝へ批判。
――8度目の大逆罪は益なし。
という侍中桑国洋の懸念どおり、皇帝と朝廷は衆望を失いつつあった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのころ鹿島たちと同様にこの映像を見ていたものがいた。
場所は禁軍営と呼ばれる敷地内の萌黄色の瓦が美しい東アジア風の宮殿内。
ここはいま、
――旧大将軍府(正式名称、参謀軍令部本部)
と軍内では呼ばれている。
人気のない閑散とした建物内の一室で映像を見つめる男の目は無感情。
旧大将軍府というものを歴女にしてミリオタの鹿島に説明してもらえばこういうことだ。
「えーっと、戦争の勝利で全軍を統合し戦争を遂行する大将軍府は廃止されました。だからいまは〝旧大将軍府〟なんですね。組織が解散されてなくなったからといって建物まで消えちゃいませんから。で、いまあそこで働いているといえばー……。解任された元大将軍だけかな。大変ですねぇ。戦争が終わりました。ハイ解散!ではすみません。長く続いた組織を終わらせるというのは多くの業務が伴うらしいです。えらーい戦争の勝利者は、いまはこつこつ事務作業の毎日。なんか私たち主計科と似てますね。うふふ」
そう旧大将軍府の一室で映像を無感情に眺めているのは、元大将軍である天儀。そして映像でランス・ノールから元帥状を受け取る李紫龍は天儀の元部下というわけだ。
天儀は映像のなかの紫龍を見て、
「李紫龍は鬼となった」
と、重く感情のない声で一言だけ口にした。
映像をとおして見る紫龍は怨恨をまとっていた。その姿はまさに鬼。
――鬼。
とは単に悪人や化物をいうだけではない。
『刀下の鬼となる』
と、いうように人の死も意味する。この場合の用方は無理やり殺された、死にたくないのに死ぬといような意味を強くにおわせる。地震や津波などで死ぬ様子を鬼となる記録していることも多い。また怒り恨みによって姿が変じた怨恨の塊のようなものも鬼と形容する。
いま天儀は元帥状を受け取る紫龍に映像に、この二つの鬼を見ていた。
李紫龍の総軍司令官就任の式典中継がつづくなか、
「仕事だな」
といって天儀が立ちあがった――。
――帝は私をお召しになる。
確信すれば天儀の行動は早い。天儀はさきんじて上書をしたため朝廷へ提出したのだった。




