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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
六章、天地逆転
40/189

6-(5) 天地逆転・下

 そして午後3時過ぎごろ――。

 李紫龍りしりゅうは気を取り直して、モニターのスイッチに手を伸ばしていた。


 なにより第一に、

「だめだ。暇をもてあまして悶々としてしまう。うっとうしい気分で思考を続けてもなにも始まらない。精神が下向きになれば思考も鈍るというものだ」

 ということで、やはり暇だった。


「妻の死はランス・ノールの嘘という可能性は捨てきれない。いやむしろ嘘の可能性が高い。ならばこうして鬱々としている時間は無駄だ」


 紫龍は耐えきれなくなり、嘘を看破してやるという思いでモニターのスイッチを入れていた。


 だが、紫龍がモニターのスイッチを入れた時間は午後3時過ぎ。ちょうどお昼のワイドショーが終わる時間帯。


 だが紫龍には番組終わりに流れた、

『緊急特番、大逆罪と共通憲法制定に向けて――』

 という番宣のテロップが目に止まった。


 紫龍の心臓がドキリと跳ね上がったが、

「まて冷静に見ろ。大逆罪とあるだけで、妻のことなどなに一つ書いてはいない」

 そう自身へ言い聞かせてから、

「特番の放送は午後5時からか……」

 と、つぶやきモニターのスイッチを切ったのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なんだ。この番組は不敬のきわみだ!」


 緊急特番の視聴を開始した紫龍が驚いて叫んでいた。


 番組は司会者が今回の大逆罪の適用のおおよその流れを説明すると、コメンテーターたちが大逆罪の問題点を次々といいあげていた。当然そこには帝への批判も織り交ぜられている。


 だが声をあげた紫龍を最も動揺させたのは、妻の安心院蕎花あじむきょうかが大逆罪で刑死したという大前提で番組が進んでいることだ。


「なんだと、ふざけるな。妻が死んでいるだと。ありえない!」

 そう思う紫龍だったが、番組内容は紫龍の思いをまったく気づかってしてくれない。安心院蕎花の死が前提で先へ先へと進んで行く。


 司会の男がコメンテーターの1人へ問いかける。

『大逆罪とは、つまりなんなんですか?』


 問われた男の肩書は、

 ――グランダの弁護士。


 加えて帝室関連の著書を持っていると男の横に簡略された情報が表示されている。

 紫龍も、この男は見たことがある。メガネで出っ歯の8代前に臣籍降下しんせきこうかした下品な男だ。きわめてでしゃばりで、グランダでもこういった時事問題を取り上げた番組によくでている。


「ようはグランダの法令と帝室周りに詳しいに男を呼んだということだな」

 と紫龍は思った。


 モニター内ではメガネの出っ歯の男が司会者の質問に応じていた。


『簡単にいえば皇帝の悪口を言えば死刑という刑法ですね』


『え、悪口をいうと殺されるんですか?』


『ええ、そうです、極端にいえばですねす』


 信じられないといった顔の司会者に、別の太った男のコメンテーターが、

『なにを驚いているんですか。現に悪口をいっただけで安心院蕎花さんは殺されたのですから』

 そういってツッコミを入れた。


 これを皮切りに他のコメンテーターたちも次々と口を開く。

『我々が首相や、そうですね。例えばセレスティアル家の当主の悪口をいっても別に刑法で罰せられませんよ。まあ、あまりひどいと名誉毀損や人権侵害になってしまいますがね』


『いや、そもそも公人は、批判を受ける立場にあります。反論されたから刑法違反とはちょっと理解できません』


『安心院蕎花は星間戦争を批判したそうですね。それが大逆罪の適用の理由だったという』


『両国の統合にあたって、憲法も見直されています。とにかく皇帝周りの文章は大きく修正すべきでしょう。大逆罪なんてものを残されたらたまらない。生殺与奪権を持っている最高権威だなんて冗談じゃない。統合憲法では大逆罪など廃止すべきでしょうね』


 ここで司会の男が場を収拾するように一言、

『いまの彼らの発言も大逆罪にあたりませんか。厳密にはどうなんですか?』

 メガネの出っ歯の弁護士に問いかけると、

『あたりますね。立件されれば有罪ですよ。帝の悪口をいっただけという大逆罪というのは、警察でも捜査立件の例があります。気をつけてください』

 と、メガネの出っ歯の弁護士は下品に苦笑しながら応じた。


 見ていた紫龍は、

 ――皇孫も8代もへればこうもいやしいか!

 とカッとなったが、怒りがあまりに虚しい。


 モニター内のでは大逆罪を廃止すべきだと口にしたコメンテーターが、

「怖いなぁ。じゃあ私も死刑にされますね」

 そうあきれ気味にいっている。


 紫龍は画面を見つめ、

「何だこいつらは、我が妻の死を前提に議論を交わしているぞ」

 と、焦燥でいっぱいとなりながらつぶやいた。


「いやまて、帝に限って、そんなことがあるはずがない。それに妻が死んだとなれば腹の中子はどうなった?!」


 紫龍は口にしたとたん吐き気を模様し思わず口元を抑えた。

 紫龍のひたいには脂汗が浮かべ、悄然とするが思考だけはとめどなく続いてしまう。


「息子はどうなった。3歳の息子だ。実母も殺されたのか?他の親戚は?わからない――」


 紫龍は、その日からろくに眠ることができなくなった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 あれから3日間、妻誅殺に関する情報できるかぎり集めた紫龍が、

「帝は私をお疑いになったということか」

 と感情のない声でいった。


 真っ黒なくまに、どんよりと座った目。この3日間で紫龍から爽やかさが消え去り、体貌がどす黒い感情でまみれていた。長く美しかった黒髪も痛んで乱れている。


 3日間で大逆罪の話題は、早々に過去のものとなっていったが、以下のことは判明した。


「我が妻が朝議で問詰された理由は、この李紫龍が謀反したと判断されたから。誅された、いや殺された直接の理由は、妻の蕎花が帝と星間戦争の批判をしたから。殺されたのは妻の蕎花だけ」


 なぜ帝は私が裏切ったと思ったのか――。と悲痛する紫龍だが、理由はとても納得できないものだが推察はできる。


 ――状況的にそう判断された。

 それだけだ。


 李紫龍の反乱軍へ参加という虚報きょほうと同時に、

 ――艦艇の大量の投降。

 ――コロニーの神聖セレスティアル共和国への参加表明。

 ――さらに後日起こった連合艦隊副司令官・孫達そんたつの逮捕。

 ――世間の誤解、風説。


 これらが重なって誤認を産んだのだろう。不運が重なったうえに、さらに帝の疑義と短気のあわせ技で大逆罪。


 紫龍は、

「一つ一つ丹念に調べれば、私との因果関係の低さは簡単にわかりそうなことではないか」

 と悲痛してみるがただ虚しい。


 だが紫龍にとって、帝から信じてもらえなかったことなど、そんなことはどうでもよかった。


 ――妻の蕎花が殺された。

 それだけが重大だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日――。

 特技兵のビクトルはいつものように李紫龍の朝食をカートに乗せて運んでいた。

 ビクトルにとって紫龍は敵とはいえ戦争の英雄で憧れの対象。


 その憧れの対象と話してみれば、

「下っ端の俺に毎回気づかいの言葉をかけてくださる。兄貴がいたらあんな感じなのかな」

 とますます好意をいだくようになっていた。


 そんな紫龍もここ数日はひどく沈んでいるというのはビクトルにもよくわかった。


 なぜならビクトルが食事を運ぶたびに虚ろな紫龍が、

「妻は死んだのだろうか」

 と聞いてくるのだ。


 最初ビクトルは困惑しながらも愚直に、

「はい。残念ですが……」

 と応じていたが、三食とどけるたびにいわれるので、ついにはたまらなくなり、

「しっかりしてください死んだ人は戻ってきません!」

 叫ぶようにいうと、紫龍がカッと目を見開いて驚いていた。紫龍の目には絶望。


 ビクトルは兄のように慕う戦争の英雄が動揺でいっぱいとなるのを見て、

 ――まずいぞ将軍は自決しかねない。

 という危険さを濃厚に直感しさらに言葉を継いだ。ビクトルは紫龍の見せた様態に放置すれば自殺に走りかねないと本気で危惧したからだ。室内はカメラで24時間7日間監視されているとはいえ万が一がある。


「俺は軍人はけして死には慣れてはいけないと教えられましたが、死を引きずってもいけないとも教えられました。死を引きずれば判断が鈍り、冷静な行動を取れないからです。奥さんと、あとお腹のお子さんも将軍の心のなかでは永遠のはずです。将軍が生きつづけるかぎり不滅です。この先を生きていくことを考えましょう。将軍が諦めてしまえば誰が奥さんとお腹のなかの子供のことを覚えているんですか!」

 熱くいったが紫龍はギュッと口を結び、目には絶望の色だけが濃くなっていた。


 ――しまった逆効果だったか!

 と思ったビクトルは、

「すみません!出過ぎたことでした!」

 たまらず部屋の前から走り去っていた。


 ビクトルは叱責覚悟で、すぐに上官に顛末を説明。李紫龍の自殺および自傷の危険性をつたえた。


 そんなことがあったのが昨日――。

 気まずさの抜け切らないビクトルは、顔をふせたまま朝食の乗ったトレイを差し入れた。


 けれど紫龍はトレイを前にだらんと両手を下げたままで、

「第一執政を呼べ――……」

 と、静かにだが重く有無を言わせない口調でいった。


 ビクトルは突然の声に驚いて顔をあげるとギョッとした。ビクトルが目にした紫龍の目には深いくまが刻まれ、目が浮き出るようにギョロッとしている。


 ――昨日までも暗かったが、いまは人相が変わってるじゃないか!

 と驚くビクトルが凝視した先は、

 ――紫龍の蛾眉がび

 眉が真っ白だった。昨日までは黒かった。絶対に。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「せっかく会ってやるといったのに、それが星間戦争最高の軍人を迎え入れる態度か。賢臣を迎え入れるという礼容ぐらいしめせんのか」

 と、傲岸ごうがんに放つ李紫龍にランス・ノールが、

「国家元首にあってやるとは大層なものいいだな。私の幕下に加わりたいのならワンとでも吠える殊勝さを見せたらどうだ?」

 といって不敵に笑った。


 2人がいるのはマサカツアカツの貴賓室で、机を挟んだソファー対面している。


 紫龍は浅く座り背もたれによりかかり足を組み傲岸にかまえ、対してランス・ノールも斜めに腰を下ろし肘掛けによりかかって頬杖をついている。お互い傲然ごうぜんとして不遜ふそんの体だ。


「人相が変わったな。あとその長い髪の毛の手入れをしろ。ザンバラとして見苦しい。あとでいいシャンプーとリンスをおくってやる」


 ランス・ノールがそういうと、紫龍がさっと右手で真っ白な眉をなで、

「より二枚目となっただけだ」

 とうそぶいて応じた。


 紫龍がランス・ノールを真っ直ぐに見据えた。


「ランス・ノールの金目銀目オッドアイはなんでも見通すか……貴様のことを預言者のようにいうやつもいたな」


「ま、いまのところシナリオ進行は私の予定どおりだ」


 自身ありげにいうランス・ノールへ紫龍がキッとにらみつけ、

「星間戦争の敗北もか?」

 鋭く問いかけると、ランス・ノールが不敵な笑みで応じると、紫龍はバカバカしいとかばりに、うつむき右手で顔をおおい、

 ――ハァー。

 と息を吐いた。


 それを目にしてランス・ノールの金目銀目オッドアイが妖しく光る。


 ――強烈に絶望しているな。

 これがランス・ノールの紫龍のため息への印象。


 ランス・ノールが思うに、紫龍は居丈高にかまえてはいるが、紫龍のような気高い男が自発的に会いたいといってきたからには、仲間に加わりたいということなのだろう、というのはわかる。だが、ランス・ノールからすれば、

 ――自暴自棄になった男などつかいものにならん。

 というもの。


 ランス・ノールは冷静にして冷酷だった。紫龍が仲間に加えてくれといってきたからといって、是非に。と、二つ返事では応諾できない。


 ランス・ノールがなんでも見通すといわれた金目銀目オッドアイで余裕たっぷりに紫龍を見つめた。


 対して焦らされる紫龍は、

 ――拉致監禁までしたのだ。早く誘いの言葉をだせ。このさいなんでもいい。

 あてが外れ焦燥。


 紫龍は会うといって、それらしいふんいきを出せばランス・ノールは嬉々として誘いの言葉を吐くと高をくくっていたのだ。だがそれがランス・ノールと顔をあわせてみると少々事情が違う。ランス・ノールは悠然とかまえ、誘いの言葉を吐かない。


 あてが外れ不機嫌に黙り込む紫龍。ランス・ノールが話始めた。


「私は、人生はマルチエンディングと定義しいままで歩んできた。人生の色味は歩むシナリオによって大きく変わる。これが私の哲理だ。グランダのお前は知らんだろうが、私たち兄妹は私生児とずいぶんとさげすまれたからな。その状況を打開するにはつきなみだが努力だ。では努力とはなにか?私とって努力とは選択肢だな」


 突然、身の上話を始めたランス・ノール。しかも努力がすなわち選択肢とは話が見えにくい。紫龍がけげんな目でランス・ノールを見た。


 ランス・ノールは紫龍のけげんな視線を受けると、まあ聞け。と、いってから言葉を継いだ。


「例えばだ。士官学校時代、最初のころはよく放課後に遊びに誘われた。だが私はそんな同級生たちの誘いを断り、資料室で教本を開いていた。変わり者だと見られたよ。余暇時間をまで勉強するのは彼らからすれば損だ」


 腹立たしいが、こいつも俺と似たような変人だな。と、紫龍は思う。紫龍の場合、士官学校と参謀本部が近かったことから毎日のように外出許可を取って参謀本部の資料室に出向いては、ひたすらデータや論文を漁っていた。名門李家の特権だった。普通の士官学校の学生にこんなことは許されない。


「これはどちらが偉いという話ではない。ともに人生を謳歌しているだけだ。ま、話は多少ずれたが、私の選択肢はこの若さでの9個艦隊中の1個艦隊の司令官という結果をもたらした。これは大きな違いだと私は思う」


 なるほど。と紫龍が思った。

 サボるか勉強するか。勉強するという努力を始めるきっかけは、努力をするという選択をすることだ。それに人は生きていれば常に選択肢を迫られているようなものだ。服の袖を左右どちらから袖を通すか。実は右と左で、そのあとに歩むシナリオは大きく違うかもしれない。


「そのうえで私は自分の人生がどのようなエンディングを迎えるか、あらゆるケースを想定して複数の人生プランをねってきた。星間連合軍の頂点に立つ。政治家になって栄達する。もしくはもっと別のいいエンディングがあるかもしれない。最高のトゥルーエンドはなにか」


「それが星系独立か」

 紫龍が冷笑していった。どだい誇大妄想にすぎる野望だ。うまくいくとは考えがたい。


 だがランス・ノールは冷静だ。

「では、お前はどうなんだ?」

 とその金目銀目オッドアイで紫龍をまっすぐ見据え言葉を継ぐ。


「妻が殺されるというのはお前が望んだシナリオか?このまま、いまのルートの人生シナリオを歩んで、望むエンディングは得られるのか?」


「知ったような口をきくな!」

 紫龍目がカッと見開かれ、体貌から憎悪が燃えあがった。


 紫龍が激しくランス・ノールをにらみつける。紫龍の目には誰もがひるむような強烈な憎悪。けれどランス・ノールは動じない。目に哀愁させただよわせている。


 最愛の人を失うという悲しみは、ランス・ノールにはとうに経験ずみだ。いまのランス・ノールは最愛の妹シャンテルを失わないこと。同じ失敗は繰り返さない。母が死んだとき、ランス・ノールは無力だったが、いまは違う。


「私の哲理でいえば、紫龍お前はいま人生の岐路にある。お前はこのままで望むエンディングを迎えられるのか?」


 ランス・ノールの核心をついた問い。とたんに憎悪を燃あがらせていた紫龍がギュッと目をつぶり沈痛な面持ちでうつむいたかと思ったら、

「俺は誰だ。なんのために戦った――!」

 痛烈に吐きだした。


 紫龍には、わからなくなっていた。

 人生が選択肢だというなら紫龍は幼いころに祖父の汚名をそそぐ、という選択をした。それから紫龍の人生は軍人まっしぐらだ。間に選択などない。ひたすら目的へ向かい直進。


 これは紫龍からすれば、

「自分の幼いころの決意が、最愛の妻を殺した――」

 ということだった。


 そうランス・ノールがいうように人生が選択肢だというなら、自分は根本的なところから間違っていたということになり、紫龍はそれに気づき絶望で心身がゆらいだ。


「俺が軍人なるという決意をしなければ妻は死なかったろうか……」

 紫龍がポツリといった。


「さあな。事故死、病死、不運は避けれん。だが一つ言えることは、大逆罪ということは絶対にあるまい」


「やはり俺は愚かだ」

 と紫龍が自嘲し言葉を継ぐ。


「お前は星間連合で尊貴な血筋だが、私の李家も累代の皇帝の家臣と世間から見られる特別な家柄だ。そんな李家の男子が軍人となれば、その立場はまさに忠臣」


「ま、お互い家系の重みには苦しめられたかというわけか」


「そうじゃない。家柄は人間を装飾するのに一番豪華なころもだと俺は思う。軍人となった俺は亡き祖父の威徳だけでなく、私は帝からも目をかけられ、皇帝権威にもまみれて燦然と輝いていた。寄せられる好意の言葉と羨望の視線。そして、それを悪くないと思っていた自分がいなかったかといえば嘘だ――」


 紫龍がここでいったん言葉をおき、

「だが、いまはあのころの威儀にあふれ肩で風を切っていた自分が恥ずかしくすらある」

 苦悶の表情で吐いた。


 幼いころの決意で軍人となった自分。軍人となった自分は帝の忠臣で――、ではなぜ妻は殺された?大逆罪だと!?これが忠臣に対する報いなのか。仮に裏切ったとしてもそこまでするのか!?

 紫龍がふたたび憎悪に燃えていた。


 自分は帝のために、祖父の雪辱をたすために戦ったが、いま、この現状は妻を殺されるために戦ったようなものだ。とすら紫龍は思う。


 そもそも、

 ――ここへきたのはなんのためだ!

 と、紫龍が激しい思考のすえに強烈に思った。愛妻を理不尽に奪われた自分がランス・ノールへ面会を求めた理由があったはずだ。そう、とても単純な理由が。


 ついに紫龍は、このさい恥も外聞もない。とすら思うが、なかなか行動には移せない。

 ――仲間にしてください。

 などとは、いいがたい。紫龍には星間戦争最高の軍人、不敗の紫龍と呼ばれるプライドがある。


 ランス・ノールは苦悩する紫龍を見て、ころあいだな、と思い、

「で、お前は俺を呼びだしたわけだがなにが望みだ?」

 そう問いかけた。


「望み?望みがあるのは貴様だろランス・ノール。星系独立などという野望をいだく貴様は望みが多い。この不敗の紫龍を、つかえば独立認証などたやすいぞ」

 紫龍が不敵に笑った。紫龍は、まだ素直に仲間にしてくださいとは口にできず、ランス・ノールから誘われることを望んだ。


 ランス・ノールは、そんな紫龍を見透かしたように、

「ダメだな」

 と、あっさり切り捨てた。


「な――!?」

 と驚き顔で紫龍が思う。


 まて、そもそもこいつが俺を拉致監禁したのは、この紫龍を仲間に引き込むためではないのか!


 紫龍は激しくいらだったが、その熱もすぐに冷め、紫龍の感情が闇へと沈んだ。いまはただ妻の死だけが紫龍の心に重い。


「李紫龍、お前は我々の脅威だった。だから私は謀略をもうけて拘束し連れ去った。仲間にする、しないは別としてな。お前が指揮する軍は恐ろしい」


「悪い手段じゃない。この紫龍に軍を指揮させないのには暗殺するか、どこかへ隔離してしまうかだ。その場限りの対処なら、物理的な手段に訴えるのが最も効果的だ」


 紫龍が坦々と応じた。ランス・ノールの告白は紫龍とっていまさらの話だ。


「だが、これではたんなる拉致監禁だ。抜群の二枚目をかどわかしてなにをするのか。俺は変態のレッテルを貼られかねん」


 ランス・ノールがニヤっと笑った。冗談をいったつもりなのだろう。だが、紫龍は早く続きをと、物憂げに一瞥しただけで終わらせた。


「これでは我々としては世間体が悪いので、その場しのぎで星間戦争の英雄である李紫龍が神聖セレスティアル軍へ加担したと世間に公表した」


 闇のなかに沈む紫龍が、

「あぁ――」

 と得心した。


 つまるところランス・ノールは、お前をハメたのは俺だぞ、といいたいわけか。ハメた自分にも我が妻の死の責任があると。そんな男に協力できるのか、ランス・ノールが問いたいところは大方そんなところだろう。


 紫龍は一諾いちだくをもって良しとする、一言「はい」とうければ全力だ。偽りはない。だがランス・ノールはこれでは不安なのだろう。


 ――この男、存外に慎重というが小さいな。

 と、思った紫龍は、

「どうでもいいことだな。それは。そう本当にどうでもいい」

 と言葉に重みを加えて応じた。


「そうか?それにだ『李紫龍が反乱軍へ共鳴し加わった』。こんなこと普通、安々と信じるか。李紫龍という男は皇帝からどう思われていたのだ?」


 紫龍はまた、

「それも、どうでもいい」

 と、暗い闇から静かに言葉をだし続けて、

「俺は――」

 といって黙り込んだ。


 ただ妻が、安心院蕎花が殺されたことだけが許せない。それだけだ。


 だがその思いは、

「俺は強いぞ」

 という不敵な笑みとなって外へ吐きだされた。


 紫龍はさらに言葉を継ぐ。その様子には自嘲気味な色が加わっている。


「知っているか?世間では、俺はもう反乱軍全体を督率とくそつしているらしい」

 ランス・ノールがうなづいた。そもそも、その話を世間へ流したのはランス・ノールだ。


「世間はものを知らん。俺が反乱軍に加わったのであれば第二星系の封鎖などすでに解かれている」


 紫龍という闇から吐きだされた言葉は、自信をとおりこし驕慢だった。


 紫龍の傲慢にランス・ノールの対応は無言。まだ話したりないだろとばかりに悠然とかまえている。


 紫龍はもったいぶるランス・ノールを見て、この李紫龍が仲間に加わってやるといっているだ。お前は頭を垂れて、お願いします、と応じればいい!とすら思ったが、

「そうだ!俺は帝がなにより望んだ星間戦争の勝利に尽力したのだ。その報いがこれか!俺は妻のかたきを取る。忠節を全うした功臣に対する報いがこれか!信じられない」

 感情をぶちまけていた。


 瞬間、紫龍を襲ったのは、心のたがが、外れたような開放感という心地よさ。


「俺はいまわかった。帝のために戦っていたのではない。自分のためだ。なにが忠臣だ。俺は愚かだ。酔っていた!」

 紫龍が真っ赤になって吐きだす。ランス・ノールは黙って聞いている。


「そうだ。俺はなんのために戦った。祖父の雪辱をするため。それはつまるところ自分のためだ。自分のためとは、つまり妻子のためだ。その妻子を殺された!それに腹の中の子は無実だろ!冤罪だ!それをもろともとは、くそっ!!」


 さらに紫龍が目をつぶり、歯を食いしばり、

「帝は俺の生きる理由を奪った!!」

 と、ぶちまけるようにいった。


 紫龍がかっと目を開きランス・ノールをにらんだ。

 ――赤心をさらした。ランス・ノール早く俺を誘え!

 といわんばかりの眼力だ。


 ランス・ノールは、

 ――いまなら靴を舐めろといってもやりそうだな。

 と冷静に思い誘いの言葉を渇望する紫龍へ向け、

「ダメだな」

 とふたたび口にした。瞬間、紫龍が跳ねるように立ちあがり、立ったと思ったら床にはいつくばり、さらにひたいを床にうちつけ、

「他に、なにが欲しい!」

 と、叫んだ。ついに紫龍がプライドを捨てていた。土下座や頓首とんしゅどころか、なんでしてやる!と紫龍は鬼気迫り、なりふりかまわない。


 だがランス・ノールは、

「違う!」

 と一喝いっかつし、キッとにらみつけてくる紫龍へ、

「全軍を率いたいのであれば私へ忠誠を誓ってもらう必要がある。皇帝に忠誠を裏切られたお前にそれができのるか?私には2個惑星と、私に共鳴する第二星系全体の運命が委ねられている。紫龍、お前の私へ加担が、妻子のかたきを取りたいだけという理由なら承諾はできない」

 そういって応じた。


「ハハ、なるほど。仇を取りたいと暴走するだけの男に軍は任せられないか……」


 ランス・ノールが強くうなづいた。


「いやだいじょうぶだ。俺は自分のためにランス・ノールへ忠誠を誓おう。他の誰のためでもない。自分のためだ。俺はお前ではなく自分の心情に従う」


「なるほど正直にいったな。だが、いいだろう。このランス・ノールの野望と李紫龍の心情が一つの間は、お前は俺を裏切らない」


 不敗の紫龍の神聖セレスティアル軍入りが決定された瞬間だった。


 紫龍が立ちあがりざまに、

「我が愛妻、安心院蕎花を殺したのは牛禍ぎゅうかを招いた。必ずあだを取る」

 と、黒々とした決意を怨怒えんどとして外に吐いた。


 牛禍とは、古来凶事の前兆をいう。牛がわざわいう、つまり一度に牛が大量に死ぬという現象だが、君主や国家へ危殆を及ぼすほどの凶変が起きる前には、この牛禍が発生するとされ、それが転じて牛禍とは、

「最上級のわざわい

 を意味する言葉となった。


 動物の大量死は、種の別なく何らかの前兆とされたが、牛は神に捧げる供物として神聖なものとされており、それに何より牛は財産としても失えば痛い。


 蕎花の死は、李紫龍の触れてはならない神聖を犯したともいえる。


 つまり紫龍は、

 ――天変地異となって帝を苦しめ続けてやる!

 と決意を口にし、ランス・ノールへは突発的に暴走して花火のようには終わらないと、あんにつたえたのだ。


 紫龍が妻の仇を取るとどす黒く燃えあがるなか、そんな紫龍を一瞥したランス・ノールが、

「息子はどうする?」

 と問いかけた。


 紫龍には安心院蕎花の間に3歳になる息子がいるというのはランス・ノールも知るところだ。


 いまの紫龍は誰から見てもあまりに平静さを欠いている。ランス・ノールからすれば、家族にこだわるなら息子のために残りの人生を捧げてもいいはずだった。それに紫龍が望むならなんらかの手立てで、神聖セレスティアルへ連れてくる必要がでる。


 だが紫龍は鬼の形相となり、

「母親を殺されたのだぞ。父が、その仇を取るのになんの異存があろうか!」

 肺嚢はいのうから黒炎を放った。言葉には仮に息子が自分と同じ意見でないなら、そんなものは自分の子ではないという激しさがあった。


 ランス・ノールは、もはや黒々とした感情を隠そうともしない紫龍へ、

「なるほど、お前は男だな」

 そう応じていったが、その心中をさっしかねた……。

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