六章プロローグ (カタリナの憂鬱)
「でも本人不在で弾劾ってどうやるんでしょうか?」
主計部秘書課の鹿島容子は軍経理局のカフェエリアでベリー類とクリームたっぷりなパンケーキをつつきながら目の前ので、これまた特大のパンケーキをパクパク食べる従姉で上司のカタリナ・天城へ問いかけていた。
「ま、厳密には弾劾じゃなくて詮議だからね。奥さんを呼びつけるらしいわよ。廷臣たちが帝の前で奥さんをあれこれ問詰するんじゃないかしら」
「ええ、なんでまた。関係ないんじゃ?」
と驚く鹿島に、カタリナが手際よく鹿島の注文したパンケーキの二倍はあろうかという、その品を切りわけてはせっせと口へ運んでいる。
いまの世間の話題はもっぱら朝廷で行なわれる、
――李紫龍の詮議。
を議題にした朝議の召集。
星間戦争の最高の英雄を俎上にあげることで、権力を保持したい廷臣たちの目論も見どおり。朝廷は世間から注目を浴びる結果となっていた。
「えっと、李紫龍の奥さんの名前は確か――」
鹿島は李紫龍の奥さんを見たことがあった。けれど今回の情報ソースは、お得意の『戦史群像』ではない。
私だって毎回毎回ソースが『戦史群像』だけじゃないんですよー。今回は軍綱紀粛正委員会と軍広報が共同でだしている軍内向けの軽めの情報雑誌です。この雑誌、ファッションコーナに力が入っていてすごいんですから。ちなみにです。私やカタリナ従姉さんも取材されたことがあります。えっへん。美人はほっとかれないんですね。
鹿島は軍の情報雑誌で見かけた李紫龍の奥さんの顔は思い浮かんだが、
「えっと、あ、あんしんいん?」
と名前が思いだせない。
「〝あじむ〟よ。フルネームは安心院蕎花」
そう不機嫌に訂正するカタリナは李紫龍の大ファン。紫龍様と呼んで携帯端末の壁紙にまで設定しているカタリナにとって、紫龍様の奥方の存在はいかにというところだ。
「そう、それです。とっても和風って感じの美人さんですよね」
「ずいぶんと気の強い女ってうわさよ。のじゃ系女子って変わりものよ」
「のじゃ系女子?」
鹿島が耳慣れない言葉に疑問顔。
「語尾が、腹が減ったのじゃ、とか、もちが食べたいのじゃ、とかそんな感じよ」
鹿島がクスリと笑う。たとえがあまりにも従姉のカタリナらしい。
「ああ、おばあちゃんっぽい喋りかた?」
「いえ、むしろ時代劇?」
鹿島が思わず吹く。確かに老人だからといって〝のじゃ〟なんてつかう人は少ない。
「安心院蕎花って、星間会戦では巡洋艦酒匂の艦長で、会戦中央の副司令官ですよねぇ。すっごい偉い人です。夫婦揃って天才軍人ってすごいですよね」
「そうねぇ。で、安心院蕎花はいまは軍統合の準備でグランダ参謀本部。次長やってるはずだけど」
「すごい。めっちゃ偉いじゃないですかそれ!」
「まったくね。参謀次長は実務を取り仕切るトップだから実質参謀本部で一番偉いわね。参謀総長は外回りとかで忙しいし」
「ほえー朝廷はそんな人を呼びだしてあれこれ聞くってことですか?」
「しかもよ」
とカタリナが指を立て力説を開始。
「安心院蕎花のお父様は武官侍従で、お母様は女官長よ。両親が皇帝と皇后の側近ってすごくない?」
「すごっ……まさに貴族ですね」
と鹿島は応じながら、さすがカタリナ従姉さん李紫龍の大ファンだけあって詳しいです。奥さんの両親の仕事まで知っているとは……。じゃっかん引き気味になる鹿島も知っている情報に考えをそえて口にする。
「安心院家って累代の忠勤の家系って有名ですよね。それを呼びだして問いただすなんて、積年の忠誠を仇で返すって感じがしちゃいますけど」
「そうよねぇ。安心院蕎花自身も間違いなく尊皇派でしょうし、そんな人呼びだしていじめようってんだから、朝廷もたちが悪いわよ」
今日のカタリナはいつになく熱くて言葉も厳しい。
鹿島は、ありゃーこれは李紫龍が朝廷で詮議されることが不満だけじゃなく、李紫龍の奥さんが呼びだされることへも義憤を感じちゃってるみたいです。あの温和なカタリナ従姉めずらしくご立腹です。と思いつつ、
「いじめる?」
と質問。
「そうよ。詮議ってそういうことよ。帝の前で廷臣たちが安心院蕎花よってたかって質問攻めにするの。恥かかせたり、ボロをださせるためにね」
鹿島はカタリナの話を聞きながら、ブラックベリーとパンケーキのかけらを上手くいっしょにフォークで刺して口へ運び、口に入れたものを急いでモグモグっとして飲み込む。いまカタリナが口にした話題は、歴女でミリオタの鹿島としてはぜひとも乗りたいところだ。
「知ってますそれ。映画で見ました。詮議の場に引きだされちゃうと周りの偉い人たちからやいのやいのいわれて、言い込められちゃうんですよね」
「それに紫龍様と奥さんは別人格よ?百億万歩ゆずって、仮に紫龍様が反乱軍へ寝返ったとしてよ。なんで奥さんが関係あるのよ。連座みたいなことするわけ?時代劇じゃないのよまったく」
「奥さんが仮に李紫龍の裏切りを関知してたなら、もうとっくに逃げてますよね」
「ほんとうよ。奥さんかわいそう。身なりだけいい中年どもに帝の前でいじめられるんだから」
とカタリナはいってから目で周囲を確認してから声をひそめて、
――帝もなに考えているのかしら。
と批判的につけ加えた。
アハハ、さすがにカタリナ従姉さん常識人。帝への誹謗になることは小声です。いままでのもんくも朝廷へで、たくみに帝への直接的な批判となることは避けてます。鹿島はそんなことを思いつつ。
「あ、そういえば李紫龍の奥さんの呼びだしには、帝のご学友で、いまは朝廷の財政をつかさどる時中の桑国洋ってえらーい人が反対したって聞きましたけど」
「いま朝廷の有能陣は国家統合ためにミアンへ出払っちゃってるからねぇ。桑国洋様ぐらいしかお残りになっていないみたい」
2人の間にしばしの沈黙。
お喋りに夢中でベリー類とクリームたっぷりのパンケーキが、まだ半分以上残っている。あの食べるのが早いカタリナも同様だ。
鹿島がフォークとナイフをあやつりつつ、
――あ、砕いたナッツがアクセントでふりかけてあります。
と気づいて口へ運び、
――う~ん美味しい!食感もよくて香りもいいです!
至福の時にどっぷり浸かる。
幸せ気分の鹿島が、
「そういえばナマの帝って威厳に満ちたというか、とってもお怖いですよね」
と思いついたことを口にした。
「あら、容子ちゃん。ナマ皇帝を見たことあるの?」
「卒業式の式典でチラ見しました。えへ」
鹿島があざとく舌をだしていった。式典中は帝の入室から退室まで、頭を下げつづけていなければならない。
「あぁ、なるほどね。主席卒業だとそうよねぇ。私も卒業式典で宝飾が綺麗な短刀もらったわ」
鹿島とカタリナは主計学校を主席卒業だ。主計学校の主席のなかでも優秀者ほぼ間違いなく主計総監であり将来軍の中枢を担う。卒業式典では主計学校だけではなく、士官学校だと主席から10番目までとか、その他学校の優秀者も集められいっしょに祝詞を賜る。
「カタリナ従姉さんのときも集光殿の朝集の間でした?」
「そうね。ちなみに私は帝からじかにお言葉をいただいたけれど、ほんと存在感がすごかったわね。圧倒されたわよ。そんな式典中に顔をあげるだなんてやるわね容子ちゃん」
えへへ。と、鹿島は頭をかきつつ、
「帝の横にいた。すっごい怖いおじいさんに、コラー!って怒られちゃいましたけどね」
恥ずかしそうにいうと、カタリナが憂鬱げに、
――はあー。
と、重めのめ息一つ、
「朝廷で行なわれる紫龍様の詮議どうなっちゃうのかしら」
不安をもらした。
「奥さん呼びだして、イチャモンつけて終わり?」
「それぐらいしかやることないわよねぇ。ほんと呼びだしてどうするのかしら」
そういうカタリナの前からは特大のパンケーキが綺麗サッパリ消えている。鹿島は、
――これあげるので元気だして。
というように、まだパンケーキが四分の一ほど残った皿を、そっとカタリナのほうへ押しやったのだった。




