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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
五章、ダーティーマーメイド
34/189

(五章エピローグ) そのころ鹿島は、⑤

朝廷ちょていとは――」

 とつぶやく主計部秘書課の鹿島容子かしまようこは今日もトレードマークのホワイトブロンドのツインテールをゆらしながらご機嫌。

 

 いま鹿島は資料室の机で大好きな、

戦史群像せんしぐんぞう

 を開いてお茶の真っ最中。

 

 開かれたページには、

『皇軍グランダ軍の統帥権について!①~グランダ政体~』

 という見出し。


 世間が星間戦争の英雄李紫龍(りしりゅう)の反乱軍への寝返りという話題で騒がしいなか、朝廷が李紫龍の詮議の朝議を召集。

 

 ミリオタと歴女のハイブリット女子鹿島容子は、これをきに一大奮起。グランダの朝廷について勉強し直すことにしたのだ。ゆえに軍の資料室であり、戦史群像のバックナンバーを引っ張りだしての1人勉強会。


 えっと詮議とは、グランダ朝廷では弾劾のこと。というのはカタリナ従妹ねえさんが教えてくれて、そもそも朝廷がなんなのかわからないので調べてるので――。

 と、鹿島が開いたページへ目を落とす。そこには漢字が多い真っ黒な誌面。普通ならここで面食らうが、だが鹿島は歴女にしてミリオタ。なんのことはい。

 

 ――ちょっことだけ、うぅって驚くだけです。

 ということで文字量の多い専門誌を読み慣れている。

 

 ほー、まずはグランダ皇帝と朝廷のことが長々書いてありますね。最初に『皇帝と朝廷の成り立ち』と、これはどうでもいいですね。飛ばしです。次に『グランダにおける朝廷の役割と位置づけ』。おお、これが知りたいんです!さすが痒いところに手が届く雑誌『戦史群像』さんです!

 

 えーっとグランダ共和国は立憲君主制と、なんか小学生の頃に習いましたね。そもそも朝廷っていうのがわからないんですね。議会があって内閣があって、裁判所があるのになんで行政機関としての朝廷が必用なんでしょうか?あれ?そもそも立憲君主制ってなんでしょうか……。

 

 鹿島の思考が一瞬停止。腕組みして一考。鹿島は左斜め前においてあった携帯端末をおもむろに手元に引っ張った。

 

 ということで調べちゃうんですねー。グランダは立憲君主制なので。と、鹿島は携帯端末へ、

『立憲君主制とは――』

 と検索ワードに打ち込んだ。


『君主の存在が政府の正当性を担保し、政権に権威が集約を抑制する。国家祭儀や慈善事業など君主が行なうことで、首相や国務大臣が政務の実際から離れる儀式的業務などから解放される効果もある』

 

 ほーなるほど。と思い鹿島は、

 ――黒々としたひげと、いかめしい眉。

 といういまの陛下のお顔を思い浮かべてから思う。


 ご立派な帝がこの政府はちゃんとやってくれるよーというと、なんとなく納得しますね。それに儀式的業務からの解放というのも面白いですね。帝が年中いろんなところグルグルしてる理由がわかりました。旅行なんてうらやましいと思ってましたけど、遊んでるわけじゃないんですねぇ。

 

 ここで思考をいったん置いた鹿島は、こんどは『戦史群像』の誌面へ目を戻す。

 

 そして、グランダの場合は――?

 皇帝が政府議会の決定に承認・認証を行なう権利を持ち、

『下問』

 というかたちで議案を議会へ提出する権能を持つ。


 ほー、ほるほど――さっぱりわかりません!!!とにかく朝廷には議会へ議案を提出する正当な機能があって、その機能の担保している存在が帝なのかな?帝が議会の存在を承認することで権威が生まれて世の中から認められているのと同様に、朝廷の存在も帝あって存在――。ということにしときましょう!

 

 納得した鹿島が、

「ふいー疲れました」

 と、ひとりごと。鹿島はガサゴソと上着のポケットを探りだす。


 ――うふふ、あめちゃんで休憩です。

 

 鹿島の探っていた手が白と赤の模様でラッピングされたキャンディを一粒取りだし、封を切り口へ放り込む。瞬間、鹿島に至福のとき。

 ――あま~い!

 鹿島は思わずほっぺたに手をあて満面の笑み。


 この会社のスイートクリスタルのシリーズは美味しいんですよね。なかでもストロベリーは最高です!

 

 いま鹿島の口のなかでストロベリーの風味と、ミルクの濃厚で優しい甘さが広がってワルツを踊っている。


 鹿島はニコニコしながら口のなかでキャンディを転がし、携帯端末で会話アプリのメッセージを確認。それが終わると早くも『戦史群像』の開かれたページに目を戻し、

 ――で、ふむふむ。

 と、1人勉強会を再開。


『そんな象徴君主の位置づけだった皇帝が力を持ったのは理由は――』

 

 おお、理由はなでしょうか。私も帝とか陛下ときけば超法規的な偉ーい人って思っちゃいますからね。


大逆罪たいぎゃくざいの存在である』

 

 鹿島が思わず、

「大逆罪?!」

 と声にだしていた。


 う~恐い。国家反逆罪(外患罪)と同じで死刑しかないやつですね。


『議会の腐敗を下問というかたちで問題にしただけでなく、現皇帝のもとで行なわれた7回の大逆罪。これが生殺与奪権をまで手中にする最高権威というイメージを醸成。さらに転じて首相をも超越する最高権力者というイメージをもたらした』

 

 ひえ~。帝を怒らすと殺されちゃうんですか。機嫌を損ねたら首チョンパ。うう、恐いです。

 

 鹿島はさらに続けて、そういえば――。と思いだした。


 星間戦争で勝ったグランダの大将軍グランジェネラル天儀てんぎも〝皇族の誅殺〟で成りあがった人です。こう考えると大逆罪を上手く利用して軍の頂点に立ったんですね。恐ろしくて狡猾な人ですよこれは。きっと悪魔のような人です。

 

 そんなふうに鹿島が震えあがるなか、

「あーら容子ちゃん。今日は午前中までなのにまだいたの?」

 という声がかかった。


「あ、カタリナ従姉ねえさん!」

 

 反射的にメッという顔をするカタリナ・天城あまぎ。けれど鹿島は、

「今日は午後休。もう休みですー」

 と、舌をだして微笑んだ。


 思わぬ従妹いもうとからの反撃に、カタリナはムッという顔をし、

「あらあら、ここは軍の施設で私は容子ちゃんの上司で2人とも制服で――」

 小言が開始。とたんに鹿島の顔がしょんぼり。カタリナは、そんな鹿島を見て小さく嘆息し、

「ま、いいわ。容子ちゃんの業務が終わってるのは事実だし、私も厳しすぎたわ」

 そういいながら鹿島の肩越しに広げられている『戦史群像』を覗き込んだ。


「あら勉強?」


「ええ、朝廷について調べたんです」


「へーぇ」

 と、カタリナが腕組みして広げられているページへサッと目をとおし、

「そういえば容子ちゃんはグランダの正式な国家名は知ってる?」

 思いついたように問を口にした。


「え、あ。紫微惑星間しびわくせいかんグランダ共和国。ですよね?」

 とうとつに問われた鹿島は、キョトンとしながらも応じた。


「あーら偉いじゃない。今朝のニュースで最近のスイーツな女子たちは自分の国の正式な名前すらあいまいだってやってたわよ。容子ちゃんは一味違うわね」


「そうですよ~。私はちょっと一味違うんですから」

 と鹿島が『戦史群像』を胸の前にかかげて誇らしげ。


 歴史が好きで、ミリタリーも好きというのが鹿島容子。そこらの芸能ネタにしか興味ない女子といっしょにしてもらっては困る。

 

 カタリナは誇らしげな鹿島を見て、フフンっと鼻を鳴らし、

「じゃあ一味違う容子ちゃんにさらに問題です」

 人差し指を立てて開始した。


紫微しびってなんのことだかわかる?」


「え、あ……」


「紫微の由来は?紫微はなにを意味してる?」


 従姉あねカタリナからの質問攻めに面食らい追い込まれた鹿島は、目を泳がせ、胸の前で指を絡めるばかり。


「うぅわかりません」

 と、鹿島が敗北感にさらされながら正直にいうとカタリナはしたり顔。


「紫微ってのは紫微宮しびきゅうっていう中華圏のふる~い宇宙観からきてる言葉よ。そしてこの場合はグランダの支配する領域を意味する言葉ね。私たちグランダの支配する宙域を紫微宇宙っていうのよ」


「へーじゃあ、新しく星系や惑星が加わったら、そこも紫微宇宙?」


「ま、そうね。でも、すでに名前が決まっている宇宙域なら、紫微宇宙のくくりにされないかもだけど、分類があいまいな小さい宙域なら紫微宇宙に組み込まれちゃうでしょうね。つまりね、紫微惑星間は紫微宇宙にある惑星たちって意味よ」

 

 鹿島がへーっという顔で納得に、

「では続いて問2です。グランダの意味はわかる?」

 カタリナの質問攻撃は続く。


「えっと、えっとグランダは大地でしたっけ?」

 

 質問を質問で返す鹿島の顔には焦りの色。鹿島はグランダの〝グラン〟から、グラウンドを連想して適当に口走っただけだ。鹿島はグランダも意味がわからないのだ。


「あーら、こっちは簡単よ。言語の授業をうけてればわかるはずだけれどねぇ」

 

 意地悪くいう従姉あねのカタリナに鹿島は、またも応じることができない。


「うぅーわかりません降伏です!教えてください!」


「グランダは偉大とか、大きなというの言葉へ雅味がみをもたせていっただけよ」


「え、じゃあグランダ共和国は偉大な共和国?」


「正解だけど、より正確にいうなら大共和国に近いわね」


「ふーむ。紫微宇宙にある惑星たちの大きな共和国……。なんか単純な名前ですね」

 

 そうね。と笑うカタリナに、鹿島はアッとして、

「でも共和国って君主制の対義語ですよね?おかしくないですかこれ。皇帝がいるのに共和国って?」

 思い浮かんだことを口走った。


「そうね。でも不正解よ容子ちゃん。杓子定規に物事を見ちゃダメね。共和国って君主のいない国を定義するために生まれた言葉ってのは確かだけど、厳密にいえば君主以外に主権がある政体ね。君主がいても主権が議会にあったりすれば共和制で問題ないわ。だいたい国名なんて自由よ。世襲の独裁君主がいても民主主義共和国ってしても通用しちゃうから」


「ほーん」

 と鹿島は関心するも半分興味がないのは、そのいい加減な返事からよくわかる。カタリナは嘆息一つしてから、

「つまりね。私が思うに今回、容子ちゃんがお勉強を開始した切っ掛けの紫龍様が朝廷で弾劾されるって事件は、きわめて政治的な要素が強いってこと。問題に口を挟んで解決すればそれだけ朝廷の存在感も増すでしょ?」

 本来、自身が口にしたかった話題を吐きだした。


 鹿島がニコリとうなづいたが、それは、

 ――まったく意味がわかりません。

 というあいづちだ。カタリナも、それを承知でつづける。


「朝廷は皇帝をいただいて少人数制の寡頭政治にしたいのよ。広大な領域国家を統治するには議会では意思決定が遅すぎるってね。皇帝のもとに議会制民主主義の限界を見た変わりものがあつまってたところに、議会の不敗もあって朝廷活動が活発化したのよ」


「へー、少人数なら物事を決めるのは早いですからねぇ」


「そうよ。そうやって政権を取ろうと努力してるうちに朝廷は政権の批判者、監視役といしての立場が確固たるものとなって、いまの帝と朝廷は政府も議会もないがしろにできなくなっちゃったというわけ」


「マスコミや野党でない政権への批判勢力ですか?」


「というより与党でも野党でもない、変わった第三勢力に近いわね。グランダには朝廷所属の議員がいるぐらいですし、朝廷所属の議員の議案は特別枠って与野党も賛同しやすいみたいだし」

 

 鹿島は、へーっと応じるしかない。歴女でミリオタの鹿島からしても、どうも従姉あねカタリナの話は少し難しい。

 

 でも――と鹿島は思う。カタリナ従姉ねえさんってこの手の話題を私にしかしないんですよね。お堅い女とか、変な政治理念もったヤバいやつとか思われなくないから。うふふ、そう考えると私はカタリナ従姉ねえさんが気を許せる特別ななんですよねぇ。

 

 ――しかも難しい話についていけるレベルの高い女です!

 そう誇らしげに思う鹿島。鹿島にとって、尊敬する従姉あねから、難しい話もできる相手と特別視されているとうのは喜びが大きい。

 

 だが、一方のカタリナからすれば、

 ――容子ちゃんは変な政治な話ししても2秒で忘れれるからいいのよねぇ。

 ということで、たんに頭のなかで悶々と考えたいたことを鹿島という可愛く返事をしてくれるカカシに吐いているだけだ。そうストレス解消に近い。

 

 そしてカタリナのストレス解消は続いていた。


「帝や朝廷がなにか社会問題が起きるたびに、しゃしゃりでてくるのはそのためね。実績を残していって、そのうち政権を取りたいって妄想してるのよ。朝廷所属の議員が議会で過半数になれば直接君主制の完成になるわよぉ。帝に権力を集めるための法案を通しまくれるわけだから」

 

 物事はそんなに単純ではないけれど、カタリナは議会システムを単純化して、面白おかしくいった。

 

 対して鹿島が、

「え――、でも」

 と、不思議顔。続けて不思議の理由も口にする。


「いまの帝と朝廷ってすでに絶大な権力を持ってますよね?星間戦争の大勝利で帝はいまや2つの国家の皇帝だって戦勝の特別番組で大々的にいってましたよ」


「それね。戦後に同君連合となったグランダと星間連合。このまま新国家として統合が進んでいく。でもグランダは立憲君主制でも、星間連合は違うわよね」


「はぁ?」

 と、疑問顔の鹿島へ、カタリナが、

「星間連合側は皇帝の政治介入なんて絶対に認めないわよ。問題が起きるたびに国家の最高権威が政治に口を挟むなんて政治の紊乱びんらんに直結するじゃない」

 そういってから継いで、

「国家統合で間違いなく立憲君主制は廃止されるわ」

 と、宣言した。瞬間、鹿島に閃き。

「え――?」

 と鹿島もことの重大さを理解した。

 

「それってつまり勝ったのに帝は皇帝を辞めなきゃいけないってことですか?」


「そこまではならないけれど、象徴制になるでしょうね。つまり行政機関としての朝廷は解散させられるって予想できるわ。いまの帝はなにかと政治に口出しできたけど、今後は無理」


「星間戦争の勝利は帝の悲願だったのに……」


「そうね。帝は悲願の戦争に勝ったがために権力を失うって皮肉よねぇ」

 そうしみじみいうカタリナへ、鹿島からの尊敬の眼差し。


「すごい――」

 鹿島が思わずそうもらしていた。


 世間ではグランダと星間連合が同君連合へて、一つの新国家になるということはもう常識だが、鹿島からすれば、

 ――漠然としていて、どうなるのかよくわかりません。

 ということで、新しい一つの国家といわれてもピンとこなかたのだ。


 それがいま従姉あねのカタリナは具体的に今後の国家像の一端を口にしていた。鹿島は預言者を見たような思いだった。

 

 カタリナがそんな鹿島へ、

「ふふ、尊敬した?」

 とウィンクしながらいった。


「はい!カタリナ従姉ねえさんはやっぱりすごいです。端末とかでニュースとかワイドショー見てても生活はいままでと変わらないっていうし」


「あら、でも軍人の私たちはけっこう生活に影響あると思うけど容子ちゃんのんきねぇ」


「そうですよね。でも私ったら全然実感なくて」

 

 あざとくいう鹿島に、ほだされるカタリナ。

 

 カタリナは時間を確認してから、

「あら、お話してたら終業時間ね。いっしょに帰りましょうか」

 そういって鹿島をさそった。


「はい!」

 といって鹿島はカタリナの腕に絡みつく。鹿島の甘えにカタリナは、あらあら、と困り顔をしつつもそのまま資料室をでたのだった。

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