5-(4) 急転動地(リボルベオ事変)
「敵、連合艦隊は第二星系の外へ離脱。我々の大勝利です。戦果につきましては――」
眉間に深いしわ気難しそうな風貌の副官セルビスは上官のあばずれ姫ことユノ・村雨へ報告を行なっていた。
場所はもちろん神聖セレスティアル軍、第四艦隊旗艦カチハヤヒのブリッジ。
報告をうけるユノ・村雨はセルビスの言葉などろくに聞きもせず、
「すごいじゃない。2個艦隊同士の宇宙会戦で一方的な勝利よ」
そう感想を口にした。
セルビスはメガネの下の冷淡な表情をいっさい変えずに、
――ちっ、こいつ聞いてないな。
と判断し残りの報告を簡略化。一気に終わらせた。
大規模二足機戦が展開された中立コロニー付近での反乱軍と討伐軍との戦闘は、
「リボルベオ事変」
と呼ばれることになる。リボルベオは中立コロニーの名だ。
この付近に昔、帯状に伸びた赤ガス地帯があったのだ。この赤ガスの帯を川に例えた。それがコロニーの名前の由来。リボは川、ルベオは赤を意味するラテン語を源泉とし、リボルベオは赤い川を意味するわけだ。
これをセルビスがユノ・村雨へ話すと、
「アンタほんとつまんないわね。死んだら?」
と凶悪に一蹴された。
セルビスは、
――お前が退屈だから、なにか話をしろといったんだろ!
と静かに思うも、メガネの下の気難しそうな表情はいっさい変えずに会釈し引さがった。
〝戦い〟や〝会戦〟でなく、
――事変。
討伐軍を編成した最高軍司令部もちろん。同君連合の指導を行なっている賢人委員会は、孫達による惨めな後退を戦闘による敗北だとは頑として認めなかった。
反乱軍は交渉としてだまして主将を捕獲し、違約して無防備な連合艦隊を襲った。これは戦いではない。
両国政府から世間へは、
――交渉が決裂し第二星系外へ転進。そのさい小競りあいがあった。
という見解が正式なものとしてだされた。反乱軍側の勝利は黒く塗りつぶされ、敗北は闇に葬られたのだ。
敗北を認めれば神聖セレスティアル共和国の対外的存在は増すどころではない。討伐に派遣した連合艦隊が撃破されたとなれば、独立を認めざるをえない状況にすらなりかねない。国家統合作業を進める賢人委員会は、独裁的な強権を振るったといっていい。
カチハヤヒのブリッジで戦闘後の感慨にふけるユノ・村雨が、
「どうだった?」
と、報告を終え横にひかえる副官セルビスへ問いかけた。
主語のない、とうとつな問へ、
「は?」
と、思わず聞き返したセルビスに、
「アンタほんとバカね!」
とユノ・村雨が罵声。
「ユノの指揮ぶりよ!いまそれ以外になにがあるのよ。ランス・ノールがお膳立てして戦場を作ったとはいえ、ユノの第四艦隊が先陣を切って突入したのよ。それをどうだったかってこと!」
――ああ、あばずれ姫は自分の指揮ぶりがどうだったか聞いているのか。
と、セルビスは理解し、
「素晴らしいご采配だったと。第一執政もご満足のことでしょう」
やはり表情を変えずに応じた。
賛辞はセルビスのほぼ本心だ。事実、ユノ・村雨は第四艦隊を指揮して後退する敵へ的確に距離をつめ散々に砲撃を加えている。
ただセルビスは、
――私ならもっと上手くやったな。
そう思わぬではない。自分なら、もっと手応えのある追撃にしてやったと。
ユノ・村雨はセルビスの賛辞にフンっと鼻を鳴らしてから、
「敵は李紫龍を捕らえられ、戦意を喪失し敗走。まるで物語ね」
というと継いで、
「第一執政に挨拶へ行くわよ」
といってブリッジをでるためにきびすを返した。
セルビスが切れいい返事をして続く。もう接続艇は準備ずみだ。
が、前を歩いていたユノ・村雨が停止。
ぶつかりそうなったセルビスが驚きつつも急停止。なんとか衝突を免れた。
「どうなされましたか?」
「ちょっと20分待って、いえ30分ね」
セルビスは、はあ?と腑に落ちないようすでうなづく。
「お化粧し直して、服ももっといいのに変えるわ」
「そうですか。しかし、いまの装いで問題ないと思われますが?」
セルビスがやんわりと助言。セルビスからすれば上官のユノ・村雨が、なにを気にしているのか知れないが、いまのユノ・村雨の服は独自のデザインの入ったオーダーメイドとはいえ正式な軍服で上等な品だ。戦勝の祝を述べるのにまったく問題ない。
「アンタほんっとバカね。勝ったのよ私たち?」
セルビスがうなづく。
「だったら、もう独立は認められたも同然よ。だから――」
「だから?」
「ランス・ノールは対外的にも正式な国家元首ってわけ。あいつと寝ることができればファーストレディよ。めいっぱいおしゃれして、アタックかけるわよ。あいつ童貞だからチャンスはあるわよ」
想像外かつ、あまりの低俗な理由に、
――バ、バカだ。
とセルビスがあきれた。
普段表情を努めて変えないセルビスから「正気かこの女は」という表情がでてしまったぐらいだ。
セルビスが尊崇すらする偉大なランス・ノールは、その金目銀目でユノ・村雨の本性などお見通しだ。などということはセルビスでもわかる。
そもそも――。とセルビスは思う。
ランス・ノール第一執政は、妹君を溺愛しておられる。第一執政の女性の好みはどう考えても妹のシャンテル嬢のような女性だ。品よくお淑やかなシャンテル嬢に対して、あばずれ姫のお前は似ても似つかないだろ。第一執政はお前など眼中にない。それに第一執政は間違いなくフィアンセには過度な貞淑さを求める処女厨だ。お前じゃ無理だ。
セルビスはそんなことを思いつつ、
「お着替えになるのは、あの露出の激しいタイプでしょうか。よしたほうがよろしいのでは?第一執政は、つつましい服装を好むと思いますが……」
一応、助言をていした。あれで軍監アトラスのときには大失敗している。
「バッカね。紳士面づらして、あいつムッツリよ。前あれ着ていったら顔赤らめて胸ガン見だったんだから。あのドシスコンは絶対に胸が大きい女性が好みよ」
セルビスは、またもあきれてなにもいえない。
まあ、そうでしょうな。あんな服で前にでられたら胸を見ない男はいない。それにアンタのいうとおり第一執政が童貞なら、好みに限らず顔も赤らめるのは自然な反応では?
セルビスがそんなことを思っていると、ユノ・村雨がポンと手を打ち、
「あ、あとショーツも変えなきゃ。アンタが余計なこといってくれたおかげで気づいたわ。ありがとたまに役立つのね」
そういって自身の部屋向けて小走りしだしていた。
セルビスが、
――恥じらいはないのか。
と、苦く思った。自身が男として見られていないにしてもユノ・村雨の言葉は下品にすぎる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一時間後、マサカツアカツのブリッジ――。
「なにが星間戦争で勝った天下のグランダ軍よ。てんで弱いじゃない」
胸元が大きくはだけた軍服のユノ・村雨が第一執政ランス・ノールを前に大見得を切っていた。
そう、あくまでユノ・村雨の敵はグランダ軍。
戦った相手が同君連合軍でグランダと星間連合の混成軍という認識は薄い。
それに連合艦隊司令長官の李紫龍も、副司令官の孫達もグランダ軍出身の軍人だ。
ユノ・村雨のなかではグランダ軍を倒したという認識しかない。
しかも――。とユノ・村雨が心のなかでためてから、
「あの不敗の紫龍ぶっ倒したわよ」
と不敵な笑みを見せた。対してランス・ノールは冷静だ。
「ま、戦闘を指揮したのは孫達という男だなが」
たいしたことはない、というように応じた。
「知ってるわよそんなの。でも、そいつは星間戦争で行なわれた最大の決戦『星間会戦』で李紫龍の側近中の側近。最重要幕僚だった男でしょ。そいつを倒した。やっぱりユノ・村雨たちは強い。グランダ軍を倒したのよ」
この言葉をランス・ノールは肯定もしなかったが否定もしなかった。いまのランス・ノールには上手く謀略がハマり、そのまま戦闘にも勝ったという確かな感触がある。
ユノ・村雨は、そんなランス・ノールの充実した表情を見て、
――やっぱり、勝ってまんざらでもないのね。
と思い、容儀をあらためから切れのいい動きで敬礼。
「第一執政閣下に、慶賀を献じます。神聖セレスティアルの大美はこれよりはじまるでしょう。第四艦隊司令ユノ・村雨は今後も閣下のご期待にそえるように忠誠をつくします」
いまのユノ・村雨は完全に兵士の顔。
慶賀をうけるランス・ノールからも思わず軍人面がでて敬礼してしまっていた。
いまのランス・ノールは護民官として軍の最高責任者でもあるが第一執政だ。この宙域のしきたり上、文民たる第一執政が敬礼で応じるのは相応しくない。左胸に手をあてるか、帽子をかぶっているなら左胸に帽子をあてる。
――あら感触いいじゃない。
と思ったユノ・村雨は、敬礼を解くさいに色目をつかって胸を強調するような仕草をだした。
それを見たランス・ノールが、はぁ――、と心中でため息一つ。
「村雨、やっぱり君はいつもどおりだ。感心させたとたんそれか」
「あら好みじゃなかった?勝利の熱い余韻をユノへぶつけてくれたっていいのよ。いつでもさそってね。ユノは大歓迎よ」
ランス・ノールがあきれて手をかざし、それ以上喋ってくれるな。というような仕草をだした。
――あらダメだったわね。
ユノ・村雨が素直に引さがり、
――ま、いつでも機会はあるし、欲張りすぎるのもよくないわね。
と、すぐに気持ちを切り替え、
「で、李紫龍はどうするの?」
と話題を変えた。
「もちろん我々に協力してもらう」
「忠臣李紫龍っていうぐらいで、可能とは思えないけど……」
「ま、そうだな。けれどその忠誠の対象が裏切ったらどうだろうか?」
ユノ・村雨から
――は?
という間の抜けた顔。
「李紫龍が皇帝を裏切らなくても、皇帝が李紫龍を裏切る可能性だ」
「あぁ――」
と、ユノ・村雨から間の抜けた応じ。
ランス・ノールの言葉にユノ・村雨は、なくはない。とまでは思わないが、忠臣李紫龍が裏切るよりは可能性を感じた。盲点だったともいえる。ユノ・村雨に皇帝が李紫龍を裏切るという発想はなかった。
ランス・ノール相変わらず着眼点が普通とは違うわね。ほんとうに金目銀目だと見えるものが違うとすら思えるわよ。ユノ・村雨はそんなことを思いながら問う。
「ただ、そうね。私も使えない部下を使い捨てにする。皇帝が李紫龍を裏切るってそんなことかしら?」
ランス・ノールが、ま、そうだな。というようにあいまいにうなづき、
「大逆罪」
と一言。
突然の単語の登場に、またもユノ・村雨はけげんな表情。問いたげにランス・ノールを見るしかない。
「皇帝をいただくグランダには、皇帝およびその親族へ危害を加えた場合に特別な重罰がある」
「ああ、それが大逆罪ね」
「そうだ。村雨、お前はこの大逆罪がいまの皇帝のもとで何回施行されたか知っているか?」
ユノ・村雨が、さあ?というように首を振った。
「7回だ。ちなみに大逆罪には国家反逆罪(外患罪)と同様で量刑は死刑のみ」
――国家反逆罪(外患罪)。
は、政権の打倒ではなく、外国の勢力を呼び込んで国家という枠組みそのものを破壊する犯罪とされ、あらゆる国家で最も重い罪とされる。グランダではそれと同等の大逆罪という刑罰が存在するわけだ。
「あらー怖い。内乱罪でも死刑か無期禁錮の二択よ。死刑のみって異常ね」
「で、7回をどう思う?」
「多すぎよ。週刊誌にスキャンダル抜かれただけでも、ぶっ殺したんじゃないの?」
ランス・ノールがフッと笑った。お互いの陰湿な面が惹きあうのか、ランス・ノールは、なぜかユノ・村雨とこういう陰湿な陰謀の話をすると面白い。
「俺が思うにグランダ皇帝の性質は〝短気〟だ。断言できる。カッとなったらとまらない。それが7回の大逆罪という異常だ」
ランス・ノールの一人称が〝俺〟に変化していた。気分が乗ってきた証拠だ。
「へぇー。なるほどね」
「そんなヤツが権力のなかにどっぷり浸かりすぎている。強権を握った皇帝ともなれば私的な時間は非常に少ないうえに、人臣のあらゆる欲望とおべっかに晒されるぞ」
「あーら、ストレス多そうね、その生活。ユノ・村雨みたいのわんさかすり寄ってくるわけね」
またランス・ノールがフッと笑った。
「で、俺が見るにだ」
「あーら、その魔法の金目銀目ではなにが見えたの?」
「ちゃかすな」
「いえ、本気よ。アンタには私たちに見えないものが見えるもの」
「まあいい。でだ。俺が見るに日ごろ、その手のストレスに表情ひとつ変えずに耐えしのんでいる皇帝殿だが、ときおりそのストレスが爆発する。それが7回の大逆罪だ、と私は見ている」
「なるほどね。星間連合の王の家系ともいわれるセレスティアルの血統がいうと重みが違うわね」
ランス・ノールがフンっと応じてから、
「皇帝へ切れるきっかけをあたえ、怒りの対象を操作する。そすれば紫龍は我々にくみする可能性は高い」
そう結論を口にしていた。
「お手並みはいけんね。ユノ楽しみよ。アンタの、その魔法の目でどうやって遠く宇宙のかなたの皇帝様をハメるか」
ランス・ノールがまたフッと笑った。
「で、謀略好きの君としては、これを聞いてどう思う?」
「知らないわよ。でも李紫龍の気持ちはわかるわ。死ぬほど皇帝を想ってるんでしょ?忠誠って、そいうことだとユノは思うわ。そして愛憎は表裏一体よ。だったら仮に皇帝が李紫龍を裏切れば可能性はあるわよ」
ランス・ノールが、ふむ、とうなづいた。
「で、どうやって皇帝をハメるわけ。アンタは星間連合内にコネクションは豊富でもさすがにグランダには少ないでしょ?」
「なもしない」
「え?」
と、驚くユノ・村雨に、
「なにもしなければ勝手に上手く進むさ」
ランス・ノールが、そう繰り返し不敵に笑った……。




