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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
五章、ダーティーマーメイド
32/189

5-(3) 急転動地(黒洋の人魚)

 肩にマーメイドの隊章が目立つ北斗隊の二足強襲機天太星にそくきょうしゅうきてんたいせい60機。

 その60機の天太星てんたいせいを率いるのはリリヤと愛称されるアイリ・リリス・阿南あなん

 

 人形のロボット兵器である天太星は4つの大噴射口を持つが、艦から眺めていれば一つの光の点。真っ黒な宇宙へと飛び立った戦術機など宇宙では小さいものだ。いまその点が集まり編隊形成し、隊長のリリヤが、

「目標!後退する敵艦隊の直掩機ちょくえんきの排除!最後尾から食っていくよ!」

 と指示を飛ばし北斗隊は全機一斉に加速装置へ点火。


 加速による重い衝撃が隊員たちの全身を襲うなかリリヤだけが狂気の笑い。


 出撃前のブリッジでの、

 ――殺しまくっていいか?

 というリリヤの問へのランス・ノールの解答は、

「徹底的にやれ」

 という許可。


 リリヤは満腔まんこうに開放感を覚え、

 ――ヒレをいっぱいに広げ宇宙という黒い海を全力で泳げる。

 という異常な興奮につつまれていた。


 リリヤが狂気を燃やすなか加速装置つかった北斗隊はどんどん艦隊から遠ざかっていく。艦隊から眺める二足機天太星の光の点の集まりは遠のくにつれ一つの光の点となりついには見えなくなった。


 そしてリリヤが北斗隊ほくとたいを率いて飛び立ってから30分ほど――。

 

 後退する連合艦隊旗艦加賀のブリッジでは、

「敵の新手、ダーティーマーメイドの北斗隊です!」

 という報告がはいっていた。


「あのランス・ノールと行動をともにした精鋭か――」

 

 うめくようにいった孫達そんたつは、いま行方不明の司令長官李紫龍(りしりゅう)に代わり艦隊を指揮する立場。

 

 だが、孫達の持ち前の知的な風貌など見る影もなく脂汗をうかべ青い顔。普段、李紫龍の横で堂々として助言を行なっている姿とは似ても似つかない。

 

 孫達は追撃してくる敵へ手持ちの艦載機隊をバラバラと場当たり的に投入していた。もうダーティーマーメイドに対応できる手持ちがない。


 焦りを見せる孫達へ対しブリッジには、

 ――だからいわんこっちゃない。

 という重苦しい沈黙。孫達の幕僚たちだけでなく、操船系の兵員から各種オペレーター係まで、孫達の指揮の不味さへの不満を表情にこそださないが口中は苦い。


 孫達はブリッジのそんな雰囲気を感じ取り、

「戦力の逐次ちくじ投入は悪手だが、だが他にどうしろと!」

 と叫んだ。

 

 わかっていてもやらざるを得なかった。というのが撤退を決定してからの孫達だが、場当たり的に対応したつけがいま回ってきていた。

 

 ――ダーティーマーメイド率いる精鋭の北斗隊へだせる手持ちはない。

 という現実が孫達には重くのしかかってくる


 焦る孫達が、

「そうだ!補給で戻ってきたやつらがいたろ。そいつらをだせ!」

 思いついたように叫ぶが、

「無理です!第40戦術機隊、第51戦術機隊は再出撃の準備中で30分はかかります!」

 応答は無残。


 このままだと雷撃部隊が通ってしまう。なにか手はないのか――、と孫達が心中で悲痛。

 

 ダーティーマーメイドの北斗隊と呼ばれる精鋭部隊の後ろには対艦攻撃部隊がひかえているというのは想像にかたくない。


「このままダーティーマーメイドを放置すると艦隊陣形に風穴が空きます!」

 幕僚の1人が叫んでいた。決断できない孫達にしびれを切らしたのだ。

「わかっている!」

 いらだって怒鳴る孫達。それでも幕僚は引きさがらない。事態は切迫している。


「でしたら早く!穴を開けられると雷撃で撃沈される艦がでかねない!」


「一覧だ!ダーティーマーメイドが突入してくる付近の艦載機隊の一覧をだせ!いまの任務を放棄させダーティーマーメイドへ対応させる!」


 すぐさま幕僚の1人がオペレーターへ指示、数秒で孫達の目の前のモニターに一覧が表示されるが――。

 

 孫達からは、

「な――ッ!」

 という声にならない声がもれただけ。


 孫達の胸懐を、

「わからんぞ――。どれが優良の部隊だ!?」

 という悲鳴が駆け抜けた。

 

 そうモニターに表示された部隊は全部星間連合軍側の部隊。グランダ軍の孫達には部隊の編成や練度がひと目でわからない。


「くそ、強襲機部隊?こっちはマルチロール戦闘機か。せめて機種を表示しろよ!こいつらがなにが得意なのかわからん!」

 

 幕僚の1人が孫達の焦りを見て、

「第32、第41、第102直掩部隊(ちょくえんぶたい)の機種情報を指揮座へ回せ!」

 と気を利かせ指示した。この3隊が突入してくる敵付近に展開している戦術機隊だ。

 

 だが、孫達は情報を見ることなく、

「もういい!第32、第41、第102の艦載機隊を対応へまわせ!」

 そう叫んでいた。もう一刻の猶予もない。とにかくなにかを当てて、押しとどめている間に、さらに〝なにか〟を追加するしかない。また場当たり的な対応で、戦力の逐次投入だった……。


 一方、数分もたたないうちにリリヤの天太星のモニターには30個の赤い点が急接近している警告。

 

 きた――!

 と、リリヤが興奮したのもつかの間、

「なによこれ!第32直掩部隊と第41直掩部隊って、敷設艦ふせつかんの護衛の三流部隊じゃない。つまんない。しかも30機って舐めてるの?こっちは60機の精鋭なのに――」

 という期待を裏切られたという怒りがこみあげた。


「ダーティーマーメイドから小隊長へ!各小隊長は傾注!我が機首より前方30度で敵30機!小隊に別れ取り囲み殲滅する!」

 

 宣言とともに布のいい返事が多数返ってくるが、リリヤはそんな返事など聞かずに目の前のモニターに目を落とす。そこには麾下の60機の状況を簡略に表示した一覧。その一覧の小隊長の全機から「了解」を意味するマークが点灯している。


 リリヤが確認し終え、

「よっしいく!」

 と、叫ぶころにはリリヤの天太星が単機。直前まで組まれていた編隊は綺麗に四方へ展開リリヤの天太星だけが真っ直ぐ飛行。もう直前に敵の30機が迫っている。

 

「どけっ!ぶっ殺すぞ!」

 リリヤが凶悪に一喝し、単機で敵集団と交差。それで敵の30機がバラけた。そして30機の先頭を飛んでいた交差直後に大爆発。隊長機だった。

 

 敵は名高いダーティーマーメイドの直進にひるんだというより、3機づつで散開した北斗隊に気を取られ隊行動を喪失したのだ。散った敵にどう対応すればいいか迷っている間にダーティーマーメイド・リリヤとの交差で隊長機は撃墜。

 

 ――残った29機がバラバラの標的を見ている。

 とリリヤには手に取るようにわかる。

 

 リリヤが思うにおそらく30機は増援がくるまで勝負をしかけずに北斗隊の動きを牽制するつもりだったのだろう。けれど意思の疎通ができておらず、集団としてまとまりがなかったため北斗隊に目の間で散開されると対応できずにダラダラと直進するしかなかった。


「雑魚っ!もう終わりじゃんそれ。だからアンタたちは三流なのよ!」


 リリヤは隊長機を失い右往左往する29機へ、また単機で突っ込み上腕の小銃型の火器を近距離で連射。3機を撃墜。

 

 残る26機が四方八方へと散るが、そこには予め散開させた北斗隊。27機は逃げ場を失っていた。


 退勢をみせる敵へ、

 ――ギロリ。

 とリリヤの虚ろな目が旋回した。


 リリヤから最も近いところに3機の天太星に囲まれた敵が1機。


「キングは徹底的にやっていっていった――!」

 とリリヤは叫んでその1機へ突貫。

 

 リリヤのこの無謀に驚いたのは囲まれた敵1だけではない。3機の天太星も驚いて散開。

 瞬間、リリヤが通り抜けいき囲まれていた敵機が爆散。

 

 直後にリリヤの天太星に強制通信。

 モニターには黒髪で冷淡な眼差しの真神隼人まがみはやとという厳格そうな青年。北斗隊の副隊長だ。


「阿南隊長やりすぎです!敵はもうホワイトフラッグ(降伏)しています。交戦規定に違反します!第一執政の顔に泥を塗るきですか!」

 そう叫ぶ真神隼人はランス・ノールを信奉しているものの1人。


 ――ランス・ノールの偉大な勝利が汚れる。

 とさえ副隊長真神は思い隊長リリヤの暴挙の掣肘せいちゅうに入ったが、その間にもリリヤは手近な敵機を見つけ長砲身の40mmで照準。40mm対二足機砲を背から分離し射撃体勢に入るまでにものの数秒。リリヤの二足機の扱いには天賦がある。機体と体が一つだ。

 

 リリヤは意見してくる副隊の長真神へ、

「うるさい!」

 と叫んで応じつつ照準した敵機のコックピットへとどめの一撃。またもホワイトフラッグしていた敵機が爆散していた。


「な――!」

 と、言葉を失う副隊長の真神。

 

 一方のリリヤは、ほほを膨らませ真っ赤になり、

「ダーティーマーメイド!」

 と真神へと放った。


「は――?」

 一瞬ほうける真神に、

「ダーティーマーメイド!!」

 そうリリヤが繰り返した。


 ああ――、と思い真神は、阿南隊長は呼び名にこだわっているのか。と驚きつつも納得。真神はリリヤの素行の監視をランス・ノールに命じられて2年近くたつ。つきあいはそれなりで、隊長リリヤの性向もそれなりに理解はしている。


「ダーティーマーメイドよしてください。第一執政ランス・ノールがお困りになります。それに我々は戦士であって虐殺者ではありません」


「弱いのが悪いのよ!」

 

 叫ぶがリリヤが次の標的を探し機首をめぐらせる。真神は隊長リリヤの暴挙を止めるためにリリヤ機の後ろに続く。


「普段、弱いリリヤをみんなはいじめるのに、なんでリリヤが弱いやつを殺しちゃなんでいけないの?!みんなリリヤを汚い、バイキンだっていってるの知ってんだから!」

 

 真神は、なにをいってるんだ。とは思わない。副隊長の真神もリリヤが軍内で孤立していることは知っているし、簡単に股を開く頭のおかしい女とさげすまれているのも知っている。


「戦場ではリリヤは強い!ダーティーマーメイドなの!強いからなにをやってもいい!弱いのが悪い!」


 リリヤが叫びながら40mmをまたかまえていた。砲口の先にはまた降伏している敵機。真神がリリヤをさえぎるように前に立ちふさがり、

「ですが!」

 と、食い下がる。真神からすれば、このまま隊長リリヤの傍若無人を許せば偉大なランス・ノールの業績に傷がつきかねない。降伏し動きを止めている敵を殺していくなど異常だ。


「黙れっていってんの!キング・ランス・ノールがやっていいいって!全力でいいって!アンタはキングより偉いの?リリヤはアンタのなんなの?」

 

 ランス・ノールの名をだされ副隊長の真神に苦味が走る。燦然さんぜんと輝くランス・ノールは真神にとって信仰の対象ですらある。

 

 ――第一執政ランス・ノールは、この狂女を焚きつけるためになにをいった。

 と真神は思い、

「――上官です」

 そう苦く応じた。


「じゃあ黙って従え!どけ!アンタも命令違反でぶっ殺すわよ?!あたしは隊長よ!アンタが弱っちいの知ってるんだから。一度もリリヤに勝てたことないでしょ!」

 

 瞬間、真神がゾッとした。


 副隊長の真神はダーティーマーメイドと畏怖される隊長のリリヤが、訓練中に怒り狂ってシミューレーション装置の扉を蹴り開け飛びだしてきたときの姿を思いだしていた。


 飛びだしたリリヤは、そのまま対戦相手のシミューレーション装置をこじ開け、引きずりだし、

「おまえええ!舐めてるのか!死ね!死ね!死ね!」

 と馬乗りになってタコ殴り。


 シミュレーターの戦闘状態再現はリアリティが追求されている。設定によっては撃墜判定で、本当に撃ち落とされたかのような死の体験まできる。

 

 リリヤは、そんなリアルなシミューレーション装置で、対戦相手の機体の手(多目的前腕)、足(降着装置こうちゃくそうち)、頭部(視界三半装置しかいさんはんそうち)と撃ち抜き、徹底的になぶってからコックピットのある胴部分を撃ち抜いていた。つまり対戦相手は撃墜判定で意識を失っていたところを、むりやりリリヤに装置から引きずりだされたというわけだ。対戦相手は引きずりだされるさいに一瞬意識を取り戻したが、すぐにリリヤの連打を食らって失神。

 

 このときの真神は驚きやあきれをとおりこして、ただリリヤの狂気が恐ろしかった。


 なにせ――、

「リリヤが怒り狂った理由がまったく不明」

 だからだ。


 リリヤの北斗隊は二足機部隊のなかでも強襲部隊というパイロットが白兵戦にも優れるエリート部隊だ。リリヤの北斗隊は施設制圧のために、パイロット自身が小銃を小脇に抱えて突入することも想定されている。つまりリリヤは小柄でも単純な殴りあいにも優れる。

 

 真神隼人も北斗隊の副隊長として同様の技量はそなえているが、気を失ったところに殺しのプロに襲われれば為す術はない。そう真神にとってリリヤとの対戦は分が悪い。二足機の腕では隊長リリヤは圧倒的だ。

 

 ――二足機の単機戦からの肉弾での殴りあい。

 という意味不明な訓練を設定すればだが、これだと真神は間違いなくリリヤに一方的に殴られる側となる。

 

 真神は自身がリリヤになぶられる姿を想像し不快となり心中で、

「少し優しい言葉をかければ、顔を赤らめ体を絡ませようとしてくるバカな女なのに二足機だけは異常つよい

 と侮蔑に賛美を込めて吐き捨てた。


 真神がリリヤの狂気を思いだしゾッとしたと同時に、コックピット内が赤色灯の発光で真っ赤になり、けたたましい警告音が響いた。リリヤの天太星から40mm砲が射撃されていた。

 

 真神は一瞬、

「しまったやられた!本当に俺を撃ちやがったか――!」

 と思ったが、リリヤの照準の先はずっと遠く。彼方で閃光が光った。

 

 ――なにがおきた?!

 と、驚く真神のコックピット内にリリヤの声が響く。


総員傾注そういんけいちゅう!新手45機!こんどは第102直掩(いちまるにちょくえん)じゃない。艦隊旗艦ヤマトオグナの直掩部隊だったやつら!戦えば絶対に面白いわよ!くさび陣形で突入する。陣形形成の座標を送るから。いそげ!」

 そういって飛びだすリリヤ機。副隊長の真神をふくめ北斗隊の59機がつづいた――。


 中立コロニー付近での大規模二足機戦は、副司令官孫達が北斗隊に対して段階的に戦力を投入したことで各個撃破される形となり、

 ――撃墜59機。降伏123機。あわせて未帰還182機。

 という結果となった。


 加えて第32、第41の2個の直掩部隊が消滅。

 つまりランス・ノール側から見れば、これがリリヤ率いる北斗隊のこの戦闘での成果。


 孫達の判断ミスが人魚を宇宙という海で自由に泳がせたといっていい。

 リリヤが泳ぎ疲れるころには孫達の連合艦隊は第二星系からの離脱に成功。


 孫達は撃墜59という被害状況が報告されるなか、

「こ、これで雷撃は阻止した」

 と苦しくいった。


 ブリッジにも肯定はしたくないが、あれ以外に方法はないというどんよりとした空気。誰もが疲れきり疲労のどん底だ。孫達の近くの幕僚たちも、報告を入れている少尉も副司令官殿の言葉を無視したいわけではないが孫達へ反応する気力すらない。

 

 そんななか孫達はさらに、

「敵は波状攻撃にあって雷撃機の攻撃を通すことができなかった。こうしなければ艦艇が撃沈されていた。し、しかたない」

 そう自身へいい聞かせるように繰り返したが、続いて目にした未帰還182機という数字はあまりに重かった。これは孫達の指揮のまずさをなにより物語っていた。


 なお孫達たち連合艦隊高官が恐れた敵雷撃部隊など存在しなかった。ランス・ノールは艦艇の損傷を嫌ったのと同様に、二足機隊員の消耗も嫌った。二足機による対艦攻撃はパイロットの損耗率が高い作戦の一つ。見えない敵におびえ稚拙ちせつな対応をして敗れた孫達は、終始ランス・ノールの術中だったといえる。


 孫達は第二星系外縁で艦隊をまとめたが、間もなくおとずれた星間連合側の組織である軍務省軍警察局に逮捕される。

 

 容疑は、

「無気力による任務放棄」。

 

 その場に留まって戦う、反転する、批判は色々あるが、とにかく孫達の対応は稚拙に過ぎた。損害をだしながらの第二星系外縁までの後退は、戦意薄弱での遁走とんそう、反乱艦隊の掣肘せいちゅうの任務放棄と最高軍司令部(コジョレ)からは断定された。

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