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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
四章、天地鳴動
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4-(7) 天地鳴動

「交渉を行なう場所が決定しました」

 といって副官の孫達がモニターに表示されている宙域図を指していった。

 

 孫達の指の先には、

 ――中立コロニー。

 

 李紫龍はそれを見て、

「無防備中立宣言したコロニーだな」

 とすぐに応じた。


 交渉にあたって難題となりそうだった交渉場所は、思わぬところからの申し出で決定されていた。

 

 コロニーに市長から李紫龍の連合艦隊へ、

「なにかあればおつかいください」

 という打診があったのだ。


 ミアンノバの宙域にある中立無防備宣言したコロニー内。これが交渉の場として決定された場所だ。


 作業を進めていた孫達からして、中立コロニーは場所としては適当だった。まだ双方間に不信感が強く、どちらかの艦艇を会場として指定するのは難しかった。お互い、

「我軍の艦で――」

 と譲らないだろう。


「そんなところにコロニー市長からの申し出です。渡りに船とはこのことですね」

 孫達は、そんなことも口にし紫龍へ場所の決定をつたえていた。


 交渉場所の選定で難航しては交渉そのものがおぼつかない。中立コロニーに申し出は、李紫龍側にとって願ってもないものだった。


「あと2時間後に反乱軍で交渉の準備作業を進めていたお嬢さんとの事前の顔合わせです。お互いの代表の顔合わせなんだからランス・ノールをだせと要求したんですがね。スケジュール的に無理だと断られました」


「お嬢さん?」


「ええ、反乱の首謀者ランス・ノールの妹です。見たら驚きますよ」


「ああ、シャンテル・ノール・セレスティアのことか」


「そうです。あの美男子のランス・ノールの妹ですから、それなりとは思ってたんですがね。通信で容姿を見たときには私も驚きましたよ」

 

 孫達が意味ありげにいった。


 紫龍は、

 ――なるほど見て驚けということか。

 と解釈して、

「ま、2時間後の楽しみか」

 と軽く応じた。


 孫達が、ええ、と笑いながらうなづいた。

 映像を伴った通信で挨拶するていどだ。そんなに気張ることもなかった。


 2時間後――。

 二重まぶたに大きな瞳。カーキ色の長い髪。少女のような可憐な容姿。

 反乱軍側の交渉の調整担当者シャンテル・ノール・セレスティアが加賀のブリッジの中央の大モニターに映し出されていた。

 

 紫龍は、

 こんな虫も殺せそうにない女が――。

 と、驚き、

 ――可憐な少女のようだ。

 と息を呑んだ。


 続けて紫龍は、確かに孫達のお嬢さんとは相応しい表現だったな。とも思う。

 

 だが、その可愛らしい小さな口からは、

「第一執政・第一秘書官、司令代理シャンテル・ノール・セレスティアです。よろしくお願いします」

 これまで調整を行なってきた相手の身分と名前がでていた。


 シャンテルが言葉とともに微笑。人を魅了する愛嬌ある笑顔だ。


 が、瞬間、紫龍の総身を、

 快だ――。

 という嫌悪の感情が突き抜け、きれいな顔がほんの少しだがゆがんだ。


 情の紫龍には繊細さがある。大モニターに映し出される女の笑みの裏には醜いくらさがあると直感。こんなものに美しさを感じた自分が恥ずかしいとすら思った。

 

 紫龍は指揮座から立ち上がりもせずに、

「連合艦隊司令長官、李紫龍だ」

 短く冷眼を向けて応じた。


 シャンテルの笑顔に陰険な影がでて、視線が紫龍から外される。紫龍への不快の仕草だ。紫龍の嫌悪がモニター越しにシャンテルへとつたわって、いまお互いの不快の感情がぶつかっていた。

 

 名乗っただけで黙り込む2人。


 孫達が驚き、

「2日後に交渉を行なうわけですが――」

 と取り繕いなんとか事前の顔合わせは終了。


 映像が切られるなか、生きた心地がしなかった孫達は、

「交渉前からぶち壊す気ですか?座したまま横柄に応じれば、彼女の不快も当然というものです。どうなさったんですか子供じゃあるまい」

 と苦言をていしたが、紫龍は、

「すまない。だが、あれはダメだ」

 と、いらだちもあらわにブリッジを立ち去ってしまった。


 残された孫達は、

「あんな美人なのに――」

 ともらしつつも、さして気にはとめなかった。

 

 紫龍が会って交渉する相手はランス・ノールで、シャンテルは交渉の場にはこない。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 交渉当日――。

 

 棒状に発光する中立コロニーを挟んで巨大な発光群が2つ。

 2つの光の群れは紫龍の連合艦隊(2個艦隊)と、ランス・ノールの2個艦隊だ。

 

 両軍は重力砲の射程ギリギリという、まかり間違えば一触即発という距離までつめていた。

 

 これは事前の顔合わせで紫龍が、

「軍監をだまし討した男を信用しろと?」

 随伴する戦力を小規模なものにすることへ難色をしめし渋ったからだ。


 シャンテルが嘆息し、

「殿方ってしかたないんですね。そうやって体を大きく見せて威嚇しあわないと気がすまない。いいですよ。コロニーを挟んでお互い射程距離のギリギリまで艦隊を進めましょう。これでどうです?」

 そう一足飛びに大きく提案していた。


「なに?全艦艇をか」


「ええ、お互い2個艦隊で同数ですし問題ないのでは?」

 

 同時にシャンテルは、小さい男、という侮蔑がこもった冷眼を紫龍へ向けてやった。

 

 シャンテルからして、この紫龍という男とはまったく馬が合わないという感覚が強い。当初のシャンテルは星間戦争英雄と聞いていただけに李紫龍という男へのイメージは悪いものでないどころか、軍人として尊敬の対象ですらあったが、実際こうして話してみると最悪。

 

 ――なんですか。この冷淡な男は。

 と紫龍から冷えた感情と侮蔑を感じとり、その小さな身を不快一色に染めていた。


 他人は鏡だ。お互いが、お互いの憎しみを映しあって、さらに激しく憎み合う。負の連鎖。

 

 険のあるシャンテルの言葉に、紫龍はムッとしたが提案は悪くないうえに、機先を制された形になって反論がでない。不快感だけがつのる。


「我々としては願ってもないが……」


「では、問題ないですね。お互い最大数でいきましょう」

 

 紫龍が不機嫌にうなづくと、シャンテルが視線を外し、

「どうせ紫龍さんみたいなかたは、30、40隻と多めにしても秘密裏に多く連れてくるとかお疑いになるんでしょ。怖がりさんにあわせてあげますね」

 ボソボソっといって、継いで、

「あ、すみません心の声がもれました。シャンテルったらうっかりです。ごめんなさい」

 そういってニッコリと作り笑い。


 対して紫龍は、

 ――チッ。

 と見せつけるように舌打ち。


 このやり取りを見せつけられる副官の孫達そんたつは仰け反るようになり、焦るやら、驚くやら、あきれるやらだ。

 

 憮然として黙り込む紫龍に、シャンテルが、

わたくしたちは、そちら主砲の射程はよく存じあげておりますので、くれぐれも注意なさってくださいね。1ミリでもコロニーへ射程が触れればランス・ノールは帰ります」

 最後にそういい。この中立コロニーを挟んで全軍が待機という異様な事態となっていた。


 そして場所は、中立コロニー内の市役所の市長室。

 ここが紫龍とランス・ノールの交渉場所。

 市長室には4名づつ従え、待機室とされた部屋には30名前後。


 待機室はお互いが顔をあわせずすむように、それぞれの部屋が市庁舎の両端に設置された。これは紫龍とシャンテルという憎しみ合う2人の間隙が反映された結果だ。


 紫龍が最初に市長室へと入った。

 ――ランス・ノールはまだか。

 と思う紫龍が室内を見渡す。そこには市長のデスクと4人がけのソファーが2脚、膝丈の縦長のテーブルを挟んでおかれている。

 

 ――テーブルを挟んだソファーで交渉だな。

 と紫龍は4名の先頭を歩いてソファーへ腰をおろした。


 紫龍が腰をおろすと同時に、

 ガチャ――。

 という扉の開く音と同時に、

「ここは空気が悪いですね」

 という声と同時に5人が室内へ入ってきた。


 紫龍たちの顔が部屋の入口に向くと同時に、

 ――なんだあのマスクは。

 という奇異の色。

 

 そう現れた反乱軍一行は、全員がおそろいのネックウォーマーのようなものを着用し顔の下半分を隠している。

 一言でいえば異様だ。


 ただ、ネックウォーマーは引き上げた折に国章が綺麗に中央におさまるようにプリントされ、全員がそれを着用していることで、異様な風体なかにも統一感がでていた。

 

 紫龍は、独立宣言までした男がテロリストや過激派の宣伝映像のような風体をしている。と、半ばあきれつつも、

 ――ま、テロリスト同輩のようなやからだ。立場に相応し装いか。

 と、さして気にとめず、紫龍は5人のなかの1人へ近づいた。


「その金目銀目オッドアイ、ランス・ノール将軍ですね?」

 と、紫龍が手を差し出し握手を求めた。そう5人全員がマスクをしているが、ひと目見てランス・ノールだとわかる特徴があった。それに服装も1人だけ特別だ。簡単にわかる。

 

 ランス・ノールは紫龍の握手をうけ、

「第一執政です。国家元首なんですけどね?」

 目で微笑しつついった。


「そうですか。我々の認識としては交戦団体こうせんだんたいの長です。〝ランス・ノール将軍〟」

 

 一応、立場を認めてやっている。賊といわないだけでもありがたいと思え、という紫龍の言葉。

 

 ――交戦団体。

 とは革命組織、反乱軍などが外交上正式に交戦権を認められた集団をいう。国際法上、国家に準じた扱いを受ける。


 あくまで〝将軍〟と呼ぶ紫龍にランス・ノールは、

「おお、もうそこまで認めていただいているのですか。では次は国家として認めていただきましょうか」

 そういってソファーへと腰をおろしたのだった。


「紫龍将軍のご高名は、かねてよりうかがっております。今回お会いできて本当に良かった。交渉を始めましょうか」

 

 ソファーへ深く腰をおろしたランス・ノールの雰囲気には全体的に余裕がある。


「交渉というが、あなた方は、その内容についてはついぞ通達してこなかった」


「ああ、こちらの要求はなにか知りたいと?まだ始まったばかりなのに将軍はせっかちですな」

 

 紫龍はランス・ノールの人を食った物言いに、不快を覚えたが、それを押し殺して問う。


「要求は第二星系の封鎖の解除か?」


「それは、いずれこちらで何とかしますから」

 

 ランス・ノールは自信ありげにそう答えた。


「ほう」


「この交渉が終わればじきに封鎖は解除される」


「お手並み拝見ですな」

 という紫龍は、

 ――たんなる強がりだ。

 と、ランス・ノールの言葉に意味を感じない。


 封鎖が完了した状態で、かつ紫龍の連合艦隊が到着してしまったいま、反乱軍が単独で封鎖を解除するのはきわめて困難。一時的に穴を開けても、小さな穴はすぐ塞がれる。仮に反乱軍本隊で大穴を開けに行けば、紫龍の連合艦隊に動に側背面を突かれかねない。


「我々としては、交渉にあたってのあなた方の要求が、事前になされるものだと思っていた。交渉がしたいといってきたのはそちらだぞ」


「これは失礼しました。妹にはちゃんと申しつけたつもりだったのですが」


「あれがか?降るというようなことは臭わせてはいたが。では、あなた方は降るのか?それなら武装解除の手順を説明するが――」

 

 紫龍からは問いただすような高圧さがでていた。

 ――妹があれなら、兄も兄だな。

 シャンテルとの通信での不快さが紫龍の胸懐によみがえっていた。


 ランス・ノールは最初の挨拶で顔に布を巻いたままで握手。いまも顔の布を取ろうともしない。態度も煮えきらずはっきりしない。いまの紫龍には目に不快の色がにじんでいる。

 

 そんなおりにランス・ノールが不敵に笑った。口元は隠れているが紫龍にはなぜかよくわかった。

 

 ――精神がねじけている!

 紫龍がカッとなり、

「では降るということでいいのだな?どう降るつもりだ。筋を聞かせろ」

 と強引に迫った。


 瞬間、ランス・ノールの双眸そうぼうが閃く。


「ああ――、そうですね。紫龍将軍が我々に降る話でした」


「なにをいっている?」

 

 紫龍はけげんな表情を隠さず、目の前の男は気でも触れたのかと思った。対してランス・ノールは余裕だ。目元に涼やかさすらある。


「紫龍将軍、我々に加わりませんか?全軍の総司令官としてお迎えしたい。我々としては、将軍に加わっていただければこれ以上心強いことはない」


「こんな場所に呼び出したかと思ったらそんなことがいいたかったのか。相手を間違えたな。忠臣・李紫龍と聞いたことがないのか」

 

 紫龍が交渉は終わりだといわんばかりに敢然と立ち上がり、傲然とランス・ノールを見下した。


「要求は私の反乱軍への参加か。なるほど事前に通達してこないはずだ。こんな下らない内容なら交渉を続ける意味がない。帰る!」


「いえ、将軍にはぜひ加わっていただきます。不敗の紫龍が我々に寝返ったとなれば星間連合とグランダの同君連合から我々の独立が認証される決め手になるでしょう」

 

 李紫龍の表情がカッとなった。


「反乱など考える人間が、どんなヤツかと思っていたが気が触れているな」


「いえ、そんなことはない。将軍はすぐに我々の仲間になる」


 ――バカバカしい!

 と紫龍がきびすを返そうと一歩踏み出した瞬間、

 グラッ――。

 と、意識が前後にゆらいだ。

 同時に紫龍側の4人が、バタバタ――っと次々倒れた。

 

 紫龍に、

「――!?」

 という声にならない驚き。紫龍自身、自分の体に、いや意識に変調を覚えていた。


 紫龍が目の前のランス・ノールをにらみつけた。ランス・ノールの様態を確認したのだ。空調設備の不備でコロニー内で酸欠という事態はないわけではない。限りなくゼロに近いというだけだ。だが、紫龍の目に映るランス・ノールの様態の変調はなく余裕さをたたえ不敵だ。

 

 ――なにが起きている。こいつなにをした!

 と思う間もなく紫龍はそのまま意識を失ったのだった。

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