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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
四章、天地鳴動
25/189

4-(6) 不敗の紫龍、征路につく

「ほー、李紫龍りしりゅうの座乗艦は、加賀かが、ですか。従姉ねえさん知ってました?」

 

 鹿島容子かしまようこは経理局内のカフェテリアで、従姉で上司のカタリナ・天城あまぎへ話しかけた。

 

 鹿島の手にはノート大の携帯端末。画面にはニュースサイトの記事。

 2人の前には季節のスイーツであるマンゴークリームがふんだんにつかわれたケーキ。いま2人は休憩中だ。


 従妹いもうとから話題を振られたカタリナといえば、マンゴーケーキへ視線を固定したまま、

「あら、てっきり星間連合軍の神世級じんよきゅうが総旗艦に採用されるかと思ってたけど違うのねぇ」

 といってフォークをケーキへ刺し入れた。

 

 目で楽しみ、かつマンゴーケーキをどこから攻めるかカタリナは真剣だ。


「私、星間連合軍の流線型で未来的な軍艦も好きなんですけど、やっぱりグランダ軍のゴツゴツしたシックな感じも捨てがたいんですよね。カタリナ従姉ねえさんはどっちが好み?」

 

 だが、カタリナは、

 ――ケーキを一番長く、美味しく楽しむにはどうしたらいいか?

 ということに没頭している。


「私は量が多くて、美味しいほうがいいわねぇ」


「え?」

 と、驚いて鹿島が姉を見ると、目の前にはカタリナの笑顔と、

 ――空の皿。

 

 カタリナの貪欲な食欲を前には、ゆっくりケーキ楽しむという目標はあまりに無力。

 そしてカタリナの視線は鹿島の手元を見つめている。そこには食べかけのマンゴーケーキが半分ほど残っている。鹿島は、はあー。とため息一つ。


「いいですよ。どうぞ」


「悪いわねぇ」


「太っちゃいますから」


「あら、そうなの?」


 鹿島からすれば従姉あねのカタリナは、

 ――食いしん坊さん。

 事実、カタリナの食事の量は普通の女子の3,4倍は軽い。


 そんなカタリナにあわせて食事をしていると、あっという間に顔もお腹もパンパンですよ。というもので、つきあいの長い鹿島はすでに経験ずみだ。


「カタリナ従姉ねえさんみたいに、栄養の行く場所をコントロールできればいいんですけれどね」

 と、鹿島は従妹あねカタリナの胸部へ視線を向けた。そこには大きいとか、りっぱとかではなく巨大サイズのものがある。


「あらやだ容子ちゃん。セクハラよぉ。ダメなんだからね」


「羨ましいっていってるですから、セクハラじゃないんです」


「あらー容子も人並みよりはいいもの持ってるじゃない」

 

 鹿島はカタリナからフォークで胸を指し示されると、サッと両手で胸を隠した。

 

 カタリナからの思わぬ反撃に、

 む――、確かになんか嫌です。

 と、鹿島は思い口をまげて黙り込む。


「で、加賀だっけ?紫龍様の座乗艦」

 カタリナが鹿島へ話題をあわせていた。

「あ、そうです。司令部機能は旧式の加賀より神世級のほうがいいですよね?なんでいまさら加賀なんでしょうか」


「あつかい慣れた我が艦艇をって、ところじゃないかしら。紫龍様は星間戦争せいかんせんそうでは旧式の戦艦扶桑(ふそう)でしょ?加賀のブリッジの構造は扶桑と似ているはずよ」


「ほーなるほど」


 鹿島はあいずちをうつと、あらためて手元の携帯端末の画面へと目を落とした。

 鹿島の視線の先には加賀の写真――。

 鹿島が雑誌『戦史群像せんしぐんぞう』で見た加賀のスペックへ思いを馳せる。


 ――加賀かが

 は、グランダ軍の主力艦の一つです。武装は41センチ三連装重力砲を3基搭載、船腹側に戦術機の発着甲板というスタンダードな型の軍用宇宙船ですね。ただ主砲塔を通常の4基から3基へ減らし母艦機能が強化されてます。

 

 あとですね。星間連合軍の神世級じんよきゅうが流線型の未来的なデザインなのに対し、グランダ軍の艦艇は地球時代20世紀後半の軍艦のデザインに随所が酷似しているのが特徴ですかね。


 グランダ軍も星間連合軍も上部の砲塔群に対し、裏面は発着甲板というデザインは共通で――。えっと簡単にいえば、戦艦と空母の水上部分だけを切り取って貼り合わせたようなものを想像すればいいです。

 

 で、加賀はちょっと鈍重な見た目なんですけど、誘導灯の光り方がブサ可愛くて私は結構好きな艦です。


 鹿島が加賀の写真ながめながらそんなことを考えているなか、従姉あねのカタリナはさきほど秒殺してしまったマンゴーケーキを、今度こそゆっくりじっくり攻めている。

 

 ――カタリナ従姉ねえさんったらあんなに幸せそうに。

 鹿島はため息一つ。ニュースサイトのページをめくったのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「星系封鎖か。大将軍グランジェネラルが聞いたら激昂しそうな手だな」

 

 司令長官李紫龍が横にひかえる副官の孫達そんたつへと向けていった。


「そうでしょうか?」

 と応じるのは声をかけられた孫達。孫達は紫龍と同年代の若い士官。紫龍が美しい黒髪を背中に流しているのに対し、孫達の髪は茶色がかっていて短い。身長も紫龍より低い。だが容姿には全体に知的なものがただよっている。


「戦後の軍縮再編で今回は戦力の逐次投入という形になってしまったからな。単純に戦うという観点から見れば完全に悪手だよ」


 なお2人が話している場所は鹿島やカタリナがカフェテリアで話題にしていた加賀で、そのブリッジ。

 

 李紫龍率いる連合艦隊は第二星系へと突入していた。もう敵地といっていい。


「正論ですが、どうしようもなかったと思います。封鎖の圧力で降伏させられるならそれにこしたことはありませんし、何か軍事的行動をおこしておかないと、独立を認めないというのが口だけで終わってしまいますから」

 

 紫龍が孫達の言い分にうなづいた。


 最高軍司令部(コジョレ)とそのトップ東宮寺朱雀は、あのとき取りうる最高の手を打った。と紫龍も思う。


「それに主計科をかじった自分としては星系封鎖という大事業には憧れを感じますね。攻囲戦はロジスティクス(兵站)が全面的に物をいいますからね」


「そうか。君は主計学校に入ってから士官学校に入り直した変わり種だったな」


「ええ」

 と、孫達とどこか自信ありげに応じた。誇るような態度の理由は、この若さでの主力艦の副官を歴任しているという経歴だ。


 ――孫達。

 は、主計学校から転向して士官学校へ入った経歴を持ち軍内では変人と見られていたが、主計学校へ進んだだけあって頭が切れ、ベテランの艦長たちからしてもつかいやすかったのだ。


 なお孫達の主計科から兵科武官への転向の理由は、

「もちろん軍艦の艦長が夢!」

 だからで、

「並以上の頭のせいで主計学校へ入れられた!」

 というのが、孫達がよく口にする愚痴だった。


「転向はわがままっていうやつもいますが、俺は被害者なんですよ。両親と中学の担任の陰謀で主計学校へ送られたんです。俺は入学式の3日後に簿記のテキストわたされて驚きましたよ。俺は艦艇乗りが希望だったんですからひどい話です」


「普通は試験の段階で気づくな」

 と笑う紫龍に、

「十五のガキにそんなことわかりませんよ!教官たちは軍服ですし、主計学校はやっぱり軍隊の雰囲気ですから」

 ムキになる孫達というのが彼らの仲だ。つまり2人はプライベートでは友人。


 なお2人は〝主計学校〟と連呼しているが正確には『星系軍主計学校』だ。

 

 夢に燃える孫達は〝星系軍〟の部分しか見えていなかったし、そのあとに続く言葉の意味など深くは考えなかった。なにせ孫達はまだ子供で〝士官学校に入れば艦長になれる〟ていどの認識だったのだから。

 

「いや受験勉強の段階で気づかないか?数字の勉強ばかりだったろ」


「いえ、確かにそうですが。それは後から思えば、というやつですよ。親父には軍隊といえば重力砲。重力砲の照準には計算だって、数字に強くなくて敵を沈められるか!と、焚きつけられした」


「計算を失敗すれば重力砲が命中しないぞ、というころか」


「それもいわれました……」


 そんな頭はよくても、どこか抜けている孫達は駆逐艦長をへてから巨艦の副官を歴任。いまの上官の紫龍とは年齢も近く特別に馬が合う。さきに行なわれた星間戦争でも孫達は紫龍の副官として戦い抜いていた。


 そう。だまされて主計学校へ進んだ孫達もいまは立派な艦艇乗り。艦長ではないが不敗の李紫龍の副官という立場は、並の艦艇の艦長たちよりはるかに上だ。なにせ星系軍での〝副官〟は副艦長を指す。総旗艦の副艦長の扱いは主力艦の艦長と同等。しかも上官で連合艦隊司令長官の李紫龍は孫達を次席に指名している。つまり紫龍が不明の場合、艦隊の責任者は孫達だ。

 

「で、ランス・ノールからの交渉の打診の件ですが――」

 と孫達は紫龍へ向けて本題を切りだした。

 

 いま李紫龍の連合艦隊にはランス・ノールから内々に交渉の打診が入っていた。


「おそらく再三にわたり通達されてきている。星系封鎖せいけいふうさの解除をいってくるのだろうな」


「封鎖解除の条件に、ファリガ、ミアンノバ内で拘束されている要人の開放を要求すれば交渉にはなるでしょうが……」

 と、孫達がそこで言葉をにごす。


 紫龍にはランス・ノールの反乱軍との交渉の権限が与えられているが、封鎖解除は別次元の話だからだ。


最高軍司令部(コジョレ)の戦略は、すでに展開している星系封鎖を私の連合艦隊派遣でより強固にして降伏をうながす。というものだ。封鎖解除は私の職権を超えるな」


「現方針において封鎖解除はやはりなしと……」


「ま、そうだ」

 紫龍が軽く応じ、

「我々はヤツらに降伏して欲しい。彼らは我々に星系封鎖を解除して欲しい」

 現状を明言。


「どちらも無理難題ですね。お互い飲めない条件です」

 

 紫龍がうなづき、

「反乱軍に拘束されている星系軍の捕虜がいたな?」

 と視点を変えていってから、

「交渉を成立させたという実績を作る。捕虜交換だ」

 そう結論を口にした。


 ランス・ノールの反乱に第三艦隊、第四艦隊内で同調しないものが当然いた。ランス・ノールは彼らを拘束し捕虜として扱っている。紫龍がいったのは彼らのことだ。

 

 孫達は紫龍の言葉に、なるほどいう顔して、

「反乱の2個艦隊全体で48名。加えてファリガとミアンノバの有力者で反ランス・ノールだった89名ですか」

 そう応じるが、言葉を終えるころには難しい表情となった。


 なぜなら、

 ――我々が拘束している反乱軍側の捕虜は少ないうえに、小物ばかり。

 こうなると捕虜交換の成果はあまりに小さい。成立する捕虜の交換は小物数人同士の交換。

 

 ――一まあ、それはそれで成果だが。

 と、孫達は思うもやはり無意味さ禁じ得ない。

 

 交渉を成功させ実績を作るといっても、あまりにみすぼらしい。それなりに見栄えのある成果にするには、なにか代替が必用だ。


「我々は彼らになにを与えますか?ぬるい条件じゃ乗ってきませんょ」

 孫達が鋭く質問すると、

「第二星系系列の企業の資産凍結の解除だ」

 紫龍が即答。孫達は思わず、

「なるほど――!」

 と、驚きを隠さず声をだしていた。


「乗ってくるだろうし、これなら私の権限でいける」


「資産凍結は第二星系にとってきわめて苦しいでしょうからね。ファリガとミアンノバは田舎ですから、商業活動が盛んな第二星系外に本社を置いている企業が多いです」


「そうだな。捕虜以外にも武装解除した艦艇を数隻引き渡してもらうというのも条件に加えよう」


「なるほど戦わずして敵の戦力を漸減ぜんげんするわけですか」


「反乱軍側も艦艇の管理を持て余しているはずだ。第二星系内にある管理施設だけでは長期間2個艦隊の艦艇を健全な状態で維持するのは難しい」


「老朽艦をよこしてくるとは思いますが」


「指定しなければそうなるだろう。100隻ほどのリストを作ろう。リストには戦艦や母艦などの大型艦も加える」


「渡すとは思えませんが」

 

 孫達からして反乱軍が艦隊の基幹となっている艦を引き渡すとは思えない。

 

 これに紫龍が当然だというふうな顔をしてから、

「だろうな。一応リストに入れておいて交渉で外して譲歩したと思わせる」

 と、いって少し笑った


「なるほど、よくある手ですね」


「仮に反乱軍が、我々がいうがまま差し出してくれば、こちらとしてはありがたい」


 方針が決まった。あとは関係の部下に命じて作業をすすめるだけだ。と孫達は考えつつも紫龍の表情を思わずうかがってしまう。

 

 孫達からして、紫龍は天才的軍人。その紫龍が戦わずに交渉に終止するというのは違和感もあり、そんな思いが、

「わかってましたが、決戦とは行かないんですね」

 という言葉となって外へでていた。

「我々に与えられた任務は、反乱軍2個艦隊の撃滅ではなく掣肘だ。戦うばかりが脳じゃない」


 ――交渉による解決。

 これが戦後に国家統合を指導している賢人委員会の意向。グランダ、星間連合の両議会もそれを望んでいる。

 

 11星系17惑星に対し、反乱の1星系2惑星ではどう考えても勝ち目はない。そう誰もが思っている。となれば交渉だった。

 独立を認めさせたいランス・ノールと、無謀なことはよせという賢人委員会の綱引きだ。


「私の連合艦隊で圧力をかけて、第二星系内の反乱に加わった勢力を段階的に降伏させる。我々の仕事は投降してくるであろう反乱艦艇や宇宙施設の保護と守備だな」


「その方針に間違いはなかったと思います。現にこうして反乱軍側は交渉を申し出てきているのは、星系封鎖に加えられた不敗の紫龍の連合艦隊という加圧の結果でしょう」


「それだ。ランス・ノールというのは中々頭がいい。我々の目的をはっきりと認識しているようだ。本格的な攻撃戦力を持つ我々を放置すれば、反乱軍から裏切り者がでなくても、宇宙施設からは独自に我らと交渉をこころみるものがでたろう」


「なるほど、その前に自ら代表して交渉を申し出ることで、第二星系内の動きを封じたと」


「そうだ。降伏する宇宙施設が一定数を超えれば雪崩を打って次々と降伏となり、反乱軍の第二星系支配は崩壊する」

 

 孫達は上官の紫龍の冷静な読みに驚いた。孫達が知る紫龍はもっと直情的で武断派。星間戦争では「祖父の汚名をそそぐ!」と顔を真赤にして奮起していたのだ。それがこの成長ぶりだ。

 

 孫達ははやる紫龍を、

「落ちついてください!」

 たしなめたことも多い。


 それが、いまの李紫龍どうか。

 ――超然としていて重みがある。

 と、孫達は紫龍の成長を副官としても友としても感じた。


「あれだけ不敗の紫龍が討伐すると報道されていたので、世間はまた艦隊決戦が行なわれると思っていたでしょうに」


「私も自分が戦うほうが性に合っていると思う。今回は私にあまり向いていない仕事だな」


「そうでしょうか。不敗の紫龍の名がもたらす効果は絶大ですよ」

 

 孫達が笑っていうと紫龍も、

「脅しに、この紫龍の名が効果大か」

 そういって哄笑した。


 孫達は笑う紫龍に真剣に言葉を向ける。

「はい。交渉したいと連絡を入れてきた第一秘書を名乗るシャンテル・ノール・セレンスティアも降伏を臭わせていたぐらいです。反乱軍が先頭を切って降伏してしまう可能性もありますよ」


「どうだかな」

 紫龍は孫達の言葉にそう応じると、引き渡しを要求する艦艇のリスト作りを開始したのだった。


 紫龍と孫達は2人で作業を進め。30分もかからずリスト作りは完了。ランス・ノールと李紫龍の双方が交渉へ向けて動きだしていた。

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