1-(1) セレスティアル家の血胤
「妾の子」
といわれて幼いランス・ノールは何をいわれているのかわからなかった。
ただ悪意だけを敏感に感じ取り、うろたえ、困惑したのを覚えている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ランス・ノール・セレスティア。
は、耳にかかる程度の長さの真っ黒な髪に端正だが少し童顔。目と眉には鋭さがり、口元には人を食ったような笑み。黒地に金糸の軍服がよく似合う若者。
加えて自信家。謙虚に振る舞うが、内なる尊大さが身から光となってほとばしり隠しきれていない。
そんな彼の自信に満ちた姿貌を何より特徴づけるものは、
――金目銀眼。
なんといってもこれだ。
そうランス・ノール・セレスティアは生まれながらにして特別。
――天賜
を与えられた神に愛された男だった。
そんな特別な容姿を持つランス・ノールは星間連合軍の第三艦隊司令。
そして出自は、
――セレスティアル家の私生児。
セレスティアル家は5星系11惑星の国家の盟主的存在の家系。
ランス・ノールからいわせれば、
「ロイヤルファミリーに近い」
というもので、星間連合内での扱いも実質そうだ。セレスティア家の家長は慣例的に必ず11個の惑星のどれかの首長に選出される。これは実質、惑星1個を世襲しているに等しい。
ランス・ノールの、
――父はアルバ・セレスティアル。
――母はリナ・ノール。
ランス・ノール・セレスティアのミドルネームのノールは母の姓である。
セレンスティアルから最後のル一文字を外したセレスティアは、セレンスティアルの別称である。元々特に使い分けはなされていなかったが、いつからは本家はセレンスティアルに呼称を統一している。
ただ、どちらで呼んでも、名乗っても間違いということはないが、この時代でも地域環境によっては私生児の立場はつらい。
ランス・ノールとその妹は出自の問題から本家をはばかって、
――セレスティア。
を公称とした。
父のアルバは第11惑星ミアンノバの首相を長年勤め、敬虔な宗教信者の面をもつ温和な人物で、その治績から聖公と呼ばれるほど世間から敬愛を集めていた。
そんな聖公アルバが晩年に見初めたのが、当時、大人気女優であったリナ・ノール。2人は関係を持った。
アルバは、リナとの間に一人の男子ランスと、一人の女子シャンテルをもうけた。
アルバの別宅に住むランスと、その妹シャンテルは、自分たちが私生児であるとは夢にも思わなかったろう。世界は幸せに満ちていた。
そんな母と兄妹の時間は7年ほど続いたが、アルバの死をもって生活は一転する。
アルバは遺言で、リナと2人の子供に遺産が分与されるように指示していたがセレスティアル家はそれを無視。
理由は母子へ向けられた世間からの冷眼。
「聖公と敬愛したアルバに愛人がいたことなど受け入れがたい」
しかも、
――私生児までいる。
なんと、
――2人もだ。
「汚らわしい――」
世間にそんな空気があった。
母と幼い兄妹は、世間の寒風に晒された。母リナが体を壊しアルバの後を追うように死んでしまうと、幼い兄妹はセレステアル家に引き取られる。
ランス・ノールは幼い妹の手を引いて、セレスティアル宗家の門をくぐったのだった。
妾の子とさげすまされ、ランス・ノールは妹のシャンテルとともに、セレスティアル家の人間としては幸せとはいえない幼少時代を過ごす。
訳ありの良家の子弟ランス・ノールの幼少期は、その出自に常にさいなまれる。
幼いころのランス・ノールの日々苦悩。苦悩が開始される時の言葉は、
「血胤は尊い――」
きまってこれ。
家名はセレスティアル、父は聖公、母はやさしく抜群の美人の大女優。
「だが何故――」
理由はわかっている。
ただ一つ、
―――私生児。
これだけだ。
私生児の兄妹には、ただセレスティアルという家名が重くのしかかり、血胤の恩恵はない。ランス・ノールにとって家名は軛、血筋は枷でもあった。
そんなランス・ノールが出自による閉塞感から脱するには実力が物を言う軍は最適だった。