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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
二十四章、夢見る鹿島の大円団
188/189

24-(22) 円談

「もう! こんな大事な日に遅刻だなんて天儀司令はどうかしてます。私なんて有給取ってきたんですからね!」

「そうはいうが鹿島よ。電車が人身事故で止まっていてはどうしよもない。不可抗力だ」

「知りませんそんなの」

 

 息巻く鹿島容子かしまようこは急いでいた。

 場所は中央省庁が集まる特区の街中。その歩道を鹿島はいまいち乗り気でない天儀の手を引きカッカッと足を進め迫力ある歩みだ。その姿はまるで子供の手を引くお母さん。すれ違う人々は鹿島の花のような容姿に目を引かれた次の瞬間には、サッと横へ避けて道を譲る。それぐらい鹿島の気迫が凄まじいのだ。そして、そんな鹿島に手を引かれる天儀といえば、人目を引くような女性に手を引かれているのにトキメキから程遠いようすで、

 ――めんどくせぇー。

 という態度がありありと見てとれる。

 

「私みたいな可愛い娘が手を引いているんです。もっとまじめに歩いてください!」

「自分でいってしまうか鹿島。まったく君らしいが、俺は、そんな可愛い女性に手を引かれているのにまったく心躍らないことがあるなんて夢にも思わなかったぞ」

「私、怒ってるんですからね。いまの天儀司令は軍を辞めて職探し中。つまり無職。なのに遅刻だなんて最低です」

「だから人身事故だ。約束の時間の10分前に到着するように家をでたんだ」

「無職で暇なんですから前乗りしてください!」

 

 この無茶な要求に天儀は苦い顔。どう考えたってありえない。なぜなら、

「電車で35分の場所に前日から泊まり込むやつがどこにいる」

 その気になれば歩いてだって行ける場所。そんなところに泊まり込む奇特な人間も少ないだろう。


「私はタクシー使ってきたのに、天儀司令は〝電車がこないなぁ〟って待ちぼうけですか? 絶対に遅れないでって散々いったじゃないですか。待ち合わせの場所に寝袋持って泊まり込んでくれればよかったのにい!」

「……無茶をいうな」

「惑星グラースタじゃホームレスみたいな暮らしだったじゃないですか。街中で、寝袋で一晩だけ泊まり込むぐらいなんですか」

 

 おかんむりの鹿島に天儀はため息。これは反論するだけ無駄だ。いまの鹿島は不安と腹立たしさで、とにかく文句をいいたいだけだ。放って置くに限る、と天儀は思い仏頂面で黙り込んだ。


「ある情報筋から、今日、六川さんと星守さんが法務省へいくという情報を得ました。二人より先に司法卿の国子僑こくしきょうに会うことが重要だったんですよ。時間見てください。もう10時半です。きっともう二人は到着しちゃって、法務省のなかです」

「ある情報筋なんてもったいぶっていうが、どうせ氷華だろ」

 

 けれど鹿島は応じずツンとした態度だ。もう怒っていても仕方ないが、それでも、こんな大事な日に遅刻だなんてやはり腹立たしのだ。


「氷華から三日前に国子僑殿に頭を下げにいけと電話があったが、そんなみっともない真似できるかと俺は拒絶したからな」

「もう。ほんと格好つけなんですね。ご自分の置かれている立場がわかっているんですか。燔祭罪はんさいざいですよ。燔祭罪はんさいざい。極刑になるだけならまだましも、未来永劫みらいえいごうに極悪人。虐殺者の烙印を押されて侮蔑されつづける!」

 

 だが、部下に責任を押し付け生き延びるよりはマシだな、という言葉を天儀は飲み込んだ。たしかに天儀は言い逃れ可能な可能性がある。当時の天儀は大将軍グランジェネラルという立場で、皇帝の権威を身にまとい、議会から戦場でのいっさいの専権を委任されていたのだ。なにをしたっていい、とまではいわないが、相当な裁量を発揮しても問責されることはないのだ。

 

 ――が、俺が逃げた場合どうなるのか。

 と思えば潔白を口にする気にもなれない。この場合、天儀の部下たちが処断されるのだ。必死に戦ってくれた兵士たちがだ。

 

 俺が罪を認めれば一人で済む話が、知らん、問題ない、と強弁すれば、責任は組織内で下降し大量の戦争犯罪人でかねない。これが天儀の判断だったが、天儀は鹿島の気持ちを思えば、それも口にできなかった。

 

 ――こんなに手を強く引きやがって……。

 

 彼氏でもない男の手を一生懸命引く鹿島の姿は健気けなげだ。この人を犯罪者にしたくない。一緒に戦った仲間を救いたい、という気持ちであふれかえっている。

 

 ――お前は名補佐官だよ。

 

 天儀は外面こそ白けた態度とっていたが、心は鹿島の熱さに打たれていた。


「氷華は俺がいうことを聞かないので、しかたないので君を動かした。俺のケツを叩いて国子僑殿に頭を下げにいけとな」

「さあ、どうでしょうねー。私の情報源が千宮局長だけだなんて限りませんよ。なにせ軍の中枢である主計部秘書課にいるんですから。ま、いまの私は千宮局長から天儀司令のお尻をペンペンしろっていわれたら喜んでやりたい気持ちですけどね」

「はは、君みたいな美人からなら悪くない」

「もう、冗談ばかり。急いで! ダラダラ歩かない!」

 

 鹿島の剣幕に天儀は苦笑い。渋々歩く速度を早めた。


「で、国子僑殿のところに出向いてどうする。六川と星守のじゃまをするのか?」

「違います! 最初からいってるじゃないですか、司法卿に申し開きをするんです!」

「お前なぁ……」

 

 天儀からして国子僑という男がその程度で許してくれるとは思えない。天儀の知る彼は皇帝の横に法専門の官として侍っていた権臣だったが、そのときの国子僑の判断は、万事において法を犯しているか、いないか。それだけだ。

 ――あまり甘い考えで国子僑殿の前にでると鹿島はひどい目に遭うな。

 と天儀は思った。

 

「鹿島、朝廷という魔窟まくつで生きていた国子僑殿は特に法度はっとに詳しい」

「はっと?」

「禁制や禁止のおきてといいかえたほうがいいかな。彼は犯罪に類することには特に詳しく、相手の落ち度を見逃さない。そんな男だから皇帝の側近でありつづけることができたんだ。君は俺の無実を訴えてくれるらしいが、そのことを踏まえて計画を立てているのか?」

 

 が、鹿島といえば天儀の心配にフンッと鼻息を荒くしただけ。


「天儀司令、私って軍人ですよ?」

「そうだな。だが、それがどうした」

「戦場は状況が支配する」

 

 鹿島が重くいった。可愛げが売りの彼女が、キメ顔でいっても気取ったふうが否めないが、態度は真剣だ。

 

 ――行動こそ状況を改善しうる最善手!

 天儀司令が私に教えてくれたことじゃないですか、そんなことも忘れちゃったんですか。鹿島はそんな気持ちを込めて言葉を吐いていた。


「なるほど――」

 とだけ応じた天儀は、これはなにも考えがなしか、よほどの計画があるのか――。と思ったが、後者である可能性は低いと感じたのだった……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あー! 運転手さん!」

 

 法務大臣室に乱入した鹿島が思わず叫んでいた。


「……鹿島、頼むから指をさすな。失礼だ。国務大臣の重職にいる国家の柱石だぞ」

「え、なにいってるんですか天儀司令。このかたは国子僑の運転手さんですよ? 私は以前、主計局で会ったんで知ってるんです。こんな格好いい運転手さん忘れませんからね」

 

 自信あり、という鹿島に天儀はため息。六川と星守は呆気にとられ、なんとも言えない顔。当の国子僑は面白そうに笑っている。


「はぁー、鹿島よ。いつもでお前は鹿島のなのだな。このかたこそが美麗の国子僑。現職の法務大臣。司法卿だ」

「へ? え、えええー!!」

「お前な、こんな容姿の人間がこの世に二人といてたまるか」

「そういえば……」

「お前はどう勘違いした。国子僑殿はたしかに写真を好まないが、自分の国の大臣の顔も知らないだなんてかなりきてるぞ」

「うぅ、だってご本人が自分は国子僑の運転手だって……。すっかりだまされました。うぅー」


 天儀は恥ずかしさで意気消沈、いや、轟沈気味の鹿島から国子僑へと目を移し、

「国子僑殿は、今度は軍警司令を勘違いさせたそうですな。女も男もあなたに夢中とは罪づくりだ」

 と、いってから敬礼ではなく頭を下げた。

 

「お久しぶりですね。天儀大元帥」

「いえ、元帥です」

「陛下は国家統合の改革で軍権を手放され、その折に大元帥の権能を天儀に移す、とおっしゃいましたので、帝のおそばにお仕えしていた私からすれば、あなたは大元帥だ」

「はは、弱ったなこれは」

 

 親しげに言葉をかわした二人。それを見ていた星守が、

「お二人とも知り合いなのですが……」

 と、うめいていた。

 

 星守から見るに二人の間柄浅からぬというやつで、言葉を交わす天儀と国子僑は、

 ――お友達。

 と直感させるには十分な雰囲気をかもしだしていた。それも、お互い好感を抱いている間柄。星守は、これは不味い事態ですよ、と焦燥感を覚えた。二人の間柄を知らずに、

『あなたの親友を燔祭罪はんさいざい裁け』

 とは間抜けにもほどがあるからだ。親しい友人なら、どう考えても国子僑は情状酌量の方向へもっていくだろう。星守が思うに、国子僑はさすが国家の要職を歴任するだけあって、万事の駆け引きにきわめて長けており、その真意は見えにくく、掴みどころがないところがる。

 

 ――六川さんの弁舌でも上手くことを運べるかどうか。

 

 そう。国子僑の心が、天儀を助ける、と決まっているなら自分たちの行為は虚しいものだし、国子僑から不興を買っているだろう。そう思えば星守はゾッとした。国子僑のあの美麗な容姿と、優美な笑いのしたでは、すでに軍警司令を動かして、星守たちを処断する算段が始まっているかも知れないのだ。友人を刑罰しろと、いってくる小物たちは容赦されないだろう。

 

 六川も星守と同様の危惧を持っているようで体貌から険しさが微妙にでている。

 が、身を固くする二人に天儀が、

「安心しろ六川、星守。国子僑殿は情実任用というような行為からは程遠いいおかただ。たとえ顔見知りの間柄でも裁定はゆるがない。国子僑殿から見て俺が有罪だと感じれば、その考えはそのまま口に出てエンディングだ。はれて俺はジ・エンド。精々軍法会議で醜態を晒すさ」

 と平静といった。開き直りでも、強がりでもない、普通の態度。自分が断罪されるのにだ。いまの天儀は、見方を変えれば銃殺刑が決まり、刑場に引き出されたような状態で、

 ――目の前で銃口を突きつけられているに等しいはずなですけどね。

 星守には天儀の普通な態度が、魯鈍ろどんさからくるのか、人としての大きさからくるのか判別がつかなかった。

 

 部屋には沈黙が流れたが、国子僑が天儀と鹿島へお座りください、と執務机の前のソファーへと着座をうながした。天儀が着座し、鹿島は六川と星守に習い立ったままでいた。国子僑は天儀が座ったのを確認すると話を開始した。


「……では一つ問います。大元帥天儀殿におかれては軍の最高顧問として、新軍に残る気はおありですか?」

「引退します。軍は辞めます。というかもう辞めていますので職探し中の身です」

「それは困る。大元帥殿にはこれからの新軍で働いてもらわなければならないのですが」

「いえ、軍には残りません」


 天儀が頑なさを全面にだしていった。言葉は力強い。

 

 ――これは無理だな。

 と国子僑は感じた。そいて天儀へ軍に残るようにという説得は心なかで諦めた。まだ、国子僑は六川たちから渡されたデータの内容を見ていない。つまり、半ば天儀に罪ありと話は進んでいるが、本当に天儀を軍法会議にかけるような内容かはまだわからないのだ。国子僑としては、仮に内容が有罪である場合、天儀のその身で得た戦訓を軍のために生かすという条件で減刑もあり、という道筋も探りたかった。これは仮定に仮定を重ねた話だが、とにかく、それには天儀に軍に残ってもらわなければならないので確認したのだ。


「なぜですか?」

「国家の重任は役割を終えたものが、長居して居心地のいい席ではありません」

「どうしても?」

「ええ、どうしてもです」

「では、ここには軍警が届け出てきたあなたに重犯が有りという報告書があるのですが、それについての申し開きは?」

 

 国子僑がデータスティックを右手でかかげなが問うと天儀は、

「――ない」

 と短く、しかし重くいった。


「ない?」

 

 問い返してきた国子僑に対して天儀の気がっていた。乱暴ではないが、それでもつい先程の丁寧な雰囲気ではなく。傲然ごうぜんとした気がっている。

 ――戦場の天儀司令

 と鹿島は感じ。国子僑も様態をあらためて背筋を伸ばした。これから、この男が吐く言葉は重要である。そう感じたのだ。

 

「国家の要職、しかも軍の頂点にあって責任がないなどといえようか。当時の私は帝から親任され、議会から全権をまかされていた。私は戦争で栄光を得た。それなに軍で行われた汚濁とは関係がないとは虫が良い話だ。栄光は一身にうけたいが、手にした組織の醜聞から耳目をふさぐとは恥ずべき行為だ」

「自身は無実だが、立場上しかたないので責任は負う、という意味ですか?」

「いえ、そうではない」

「違う?」

「はい。私は仮に時が巻き戻って事が二度行われれば、二度とも同じことをする、ということです。桜花型中性子爆弾ニュークリア・オウカも破棄するし、凶星も破棄し、中身のキメラのあつかいを処刑と書く。それだけの話しです」

 

 天儀から国子僑が想像だにしない言葉が吐かれていたが、国子僑は動じた素振りをおもてにださなかった。ただ、さすがに心中では、

 ――六川特等が燔祭罪はんさいざいといっていたが……。

 と、うめいてはいたが様態を変えずに次の言葉を吐いた。


「わからなくはない。けれど、それが責任を認めることになるとはどういうことですか」

「仮に司法卿が兵士だったら、とう話です。司法卿の所属する軍団の将軍が戦闘の後に、私が間違っていた。こうすれば一兵卒の国子僑は死ななかった、などということいったら、司法卿はそれを受け入れることができるでしょうか。私なら無理です。全ては無駄死にではない。捷勝せんしょうを以って、問題を解決するには創造性が必要だが、妄想では戦わない、と私は決めている。戦場のことにおいて私に、こうすればよかったはない。成功も失敗もすべて私のものだ」

「なるほど――」

 

 納得した国子僑。もう話は終わったという態度だ。天儀もそれを受けて入れている。が、これは鹿島からすれば受け入れ難かった。


「待ってくだい!」

 

 鹿島が国子僑と天儀の間に、国務大臣と元帥の間に単なる秘書正が身を投げだして、割って入ったのだ。この行為は規律で強く縛られる軍という組織のなかの人間として決死といっていい。軍は上意下達を徹底する。そうしなければ勝てないからだ。つまり、

 ――階級章に軍人は弱い。

 それが軍人という人種だ。勇猛果敢で命知らずでも、一つでも階級の上のものには、ものいえない。

 

「鹿島秘書正。専断行為ですよ」

 と星守が不快感をあらわにいった。


「でも――!」

「でも、だってもありませんよ鹿島秘書正」

「星守さんは薄情です!」

 

 鹿島はたまらず叫んでいた。六川さんや星守さんには軍警という立場あると思い、いままでぐっと我慢してきた言葉だったが、もう鹿島は我慢できない。それに公的な場所といえ、〝鹿島さん〟ではなく〝秘書正〟と突き放したいいかたなのも気に食わない。

 

「私たちって特戦隊で一緒に戦ったじゃないですか! そりゃあ星守さんたちは後方支援で戦場にはいませんでしたけど、私は兵站へいたんを管理する主計局にいるのでわかります。遠く離れていても心は戦場。後方支援でも、そいうものじゃないんですか! それなの天儀司令を犯罪者に仕立てたいだなんて薄情者です!」

 

 目を真っ赤にしていう鹿島に対して、星守は冷めていた。

 

「はぁー。いうに事欠き感情論とは情けない。そこまで、いってくるなら私もいいますよ。いいですか鹿島さん? 特戦隊のであなたの行為には、越権が多かった。いま、軍警である私たちが、それに目をつぶっていたということを認識していますか」

 

 露骨な脅し、それでも鹿島は星守をキッとにらんで。精一杯の大抗議の感情を星守へとぶつけた。そんななか部屋には、

「おい、鹿島をどうかする気か――」

 という静かだがすごみのある声が響いた。

 

 同時に星守の総身にズドンという衝撃。殴られたわけではない。言葉にすさまじい気迫が乗って飛んできたのだ。

 一瞬で部屋中が天儀の不快と怒りで満ちていた。天儀の存在感が膨らみ、すさまじい圧迫感。

 

 天儀から親衛隊の男たち同じ野蛮さがっていた。天儀が言葉を放つと同時に、星守の一身には、殺気が、いや、殺気などという言葉は上品すぎる。星守を襲ったのは、いますぐ襲いかかって貴様を殺してやる、というむきだしの激しさだった。

 ――私が天儀という男を好きになれない理由はこれね

 と星守りは感じつつも、身も心も一瞬にして、いすくんでいた。


「軍警が鹿島を俎上そじょうにあげるなら俺にも考えがある――」

 

 星守は強気な表情こそ作ったが、顔面蒼白。心中では腰砕けのへたりこみだ。恐怖で士気が砕けたといっていい。再度書くか、天儀は表情の確認できる距離で小銃で撃ち合い。機銃掃射のなかを抜刀して突撃したことのある男だ。そんな男が気を吐けば、恐怖どころの話ではない。とたんに気迫を向けられた相手は闘争心は消失する。

 

 ここで六川が動いた。このまま星守を天儀と対決させておくと、とんでもない話になりなりそうだし、

 ――もう星守君は心を折られている。

 と鋭敏に察していた。もう戦えまい。それなら直属の上司として助け舟を出すしかない。

 

「違いますよ天儀元帥。そういう意味じゃない。軍警は鹿島さんに手をださない。確約しますよ。星守君には脊髄反射的なところがある。言葉で攻撃されると、相手をいいこめるまで止まらないんです。上司の私の監督不行き届きであり、心より謝罪します」


「……ならいい」

 と、天儀がすぐに怒りをおさめた。真摯な謝罪を口にされれば、こういったことにネチネチとこだわらないのが天儀だ。六川という男がそれだけ信用がおけるといのもある。どんなときでも客観性を失わない、ある意味誰にでも中立的な態度を貫く六川はフィクサーとして能力も高いのだ。

 

 天儀が怒りをすぐにおさめたことで全員が一安心。

 

 ――ふう。天儀司令って怒ればなにをするかわかりませんからね。

 鹿島も激越さを見せる天儀に真っ青になっていた一人だったため胸をなでおろしていた。いや、かばわれている本人だからこそ、鹿島には私のためにそんなに怒ってもらっても、という気恥ずかしさのようなものがあったのかも知れない。


「はは、すさまじい気迫だ。私は戦場での大元帥殿を知らないので、これほどとは驚きましたよ」

「お恥ずかしいところをお見せしてしまい。なんといったらいいか。まったく申し訳ない。カッとなるとこうだからいけない」

「いやいや、そんなことはない。しかし本当にすさまじい気迫ですね。ああいうのを闘気というのでしょか」

「どうでしょうか。ただ闘争心はうちに秘めていたほうが強いですよ。爆発力が生まれる」

「そういうものですか……。そうだ。さきほどの気迫を茶碗に向ければ割れるのではないですか? 武道の達人は気合の声で、それをやれると聞いたことがあります。私は大元帥殿ならそれができると見ましたが」

「ご勘弁ください国子僑殿。気持ちだけでは、物理的に不可能です」

「そうですか。できると思えたのですが、そう簡単なものではいと」

「ええ、気持ちを力に転化する工夫が必要だ。何事にもね」

「なるど。しかし〝人食い鬼の天儀〟とはいったものですね。あの気迫なら敵艦隊を粉砕できたのも納得だ」

「やめてください。そのあだ名はいわない約束でしょう」

 

 天儀がさも弱ったなというような仕草でいった。国子僑もそんな天儀の仕草見て笑っている。やはり二人の仲は浅からぬといったふうだ。

 そしてあだ名の話になれば黙っていられないのは歴女でミリオタのハイブリッドの鹿島だ。

 

「人食い鬼……ひどいあだ名です。もっと格好いいのないんですか。クイック・アキノックとか飢えた狼とか、六花ろっか天童愛てんどうあいみたいなのです」

「……ない。戦争の勝利者というのはちょっとあだ名とは違う気がするしな」

「あう。すみません。なんか余計な話題を掘り下げちゃいました。あ、でも、人食い鬼って天儀司令らしいかも? 敵を食べちゃうぐらいの圧倒的な大攻勢からの勝利。そんな感じの敵からの恐れがまじったあだ名ですよね」

「……いや、味方も敵もだ」

「ええ!?」

 

 つまり人食い鬼は、畏怖だけでなく、敵だけでなく味方の被害も大きく、

 ――無差別にいっぱい殺しちゃう人。

 そんな意味が込められた。つまるところ侮蔑の意味合いが大きい不名誉なあだ名。

 

 フォローの言葉が見つからず半笑いの鹿島へ、

「鹿島秘書正、大元帥はこういう真面目な人なんですよ。だから醜聞なかにもまっとうな指摘をみると黙って抗弁しないんです。清廉なのはいいのですが、戦争に勝ち押しも押されぬ軍人として大身となったのに困ったものです」

 と国子僑がいった。

 

「あ、なるほど。たんに警戒心が薄いだけと私ったら思ってました」

「はは、鹿島秘書正の指摘は手厳しいが、それもある。大元帥殿はいさぎよすぎるんですよ。誰かがついていないと、あっというまに陰謀のふちに突き落とされかねない。さぞ周囲の苦労もうかがえます。気づいたら牢獄のなかでは、帝でも助けるのは難しいですよ」

「そうなんですよもう。私、今回のことで気づきました。天儀司令は軍を離れると無警戒。いまの天儀司令をどうかしてしまうと思ったら、ぼーっとしているハトより簡単です」

「俺はハト以下か……」

「そうですよ。いまの天儀司令はハトさん以下。事を未然に防ぎ、先んじて災いを収める。戦場ではやれているのに、そうじゃないときはてんでです。だからグラースタのときみたいに襲われたりするんです」

 

 この言葉に応じたのは国子僑だ。

「よくいった鹿島秘書正。立派な言葉だ。これからも大元帥殿をよろしくしたのみますよ」

 といって膝を打った。


 ――気を抜いているから、軍警が貴方の罪状をもって私のところに来るのですよ。

 国子僑からいわせればこういうことだ。

 

「はい司法卿。お任せください。これでも私は名補佐官を自負してますからね。天儀司令、今後は私のいうことは彼女さんと、お母さんのいうことと同じぐらいよく聞いてくださいね」

「おい、鹿島。俺が、はいわかりました、などというと思うなよ」

「メッですよ天儀司令。もう反抗期って歳じゃないんですから、ここは素直に〝はい〟という返事です」

 さっそく上からの鹿島を天儀は無視。いちいち相手をしいてられないとはこのことだ。

 

「国子僑殿もこいつをあまり調子にのらせないでください。鹿島、お前もあまり軽々しい真似をするな。俺のためを思ってくれるのは嬉しいが、お前だっていつだって誰かに守ってもらえるとはかぎらんのだぞ。そのうちに本当に軍警に目をつけられるぞ」

「……む。軍警ですか。というか私まだ納得いきませんからね。こんなに頑張った天儀司令を軍法会議にかけようだなんてひどいです」

「そうむくれるな鹿島。まだ有罪と決まったわけではない。そうですよね国子僑殿?」

「ええ、まだ決まったわけではない」

「え!? そうなですか……私てっきり、六川さんたちの言い分が、そのまま通るものだと。千宮局長もそのようにお考えみたいでしたし」

「じつをいうと、お二人の乱入のおかげで、私は六川特等から渡されたデータスティックの中身をまだ確認できていない。これの中身が、おそらく大元帥殿のことが書かれている程度には認識しているけれど、実際のところはまだなにもわからない。さきほど大元帥殿にした問も、あくまで仮定のうえでの話ですから」

「え、内容を知らない?! それなのに天儀司令に色々質問したんですか」

 

 鹿島からして国子僑という男が無駄を嫌い、しかも多忙というのはなんとなくわかる。そんな男が、情報のそろってない状態で問いかけてから報告書を読んで、また問いただすなんて二度手間をするだろうか。が、国子僑は鹿島のそんな心のうちの疑問には答えてくれなかった。


「それに大元帥殿は、ここへ釈明しにあらわれたわけではない、と私は見ているが」

 

 そういって天儀を見る国子僑の目は、やはり二人の親密さがあらわれている。


「ええ、鹿島こいつがうるさいんで付き合ったまでです。これもなにかの機会。久しぶりに会って挨拶もいいかと思いましてね。ひと目その麗顔れいがんを拝見したら帰るつもりでしたので、そろそろおいとまさせていただく」

「ということだ鹿島秘書正。ここは一先ず引いてくれないかな。六川特等と星守一等の訪問は正式なもので、私としても適切に処理しないと非常にまずい」

 

 そういって国子僑は微笑を一つ付け加えた。思わず見とれてしまう美しさ。誰でもこんな表情を見せられたら一発で好感をいだいてしまうだろう。

 ――うわ、これはすごい人たらし。

 鹿島は、そう思っても圧倒的な好感の感情に抗いきれずだ。

 

「うぅ……。わかりました。今日はこれで帰ります。肝心の天儀司令にやる気なしじゃ意味ありませんし……。あ、そうだ。連署による減刑の嘆願というのもありますよね?」

「あるね。だが、大変だと思うがね。私や裁判官たちの心を動かせるほどの有効な数を集めるのはね」

「いえ、私、天儀司令無罪の署名を集めてから出直します」


 鹿島は一安心とまではいかなかったけれど、天儀と国子僑のやり取りを見て一旦引き下がることにした。だって、いかに国子僑さんが情実な判断をくださないといっても、これだけ仲がいいなら情状酌量ぐらいはするはですしね。あ、最後に国子僑さんが見せたステキな微笑が決めてだったわけじゃないですよ。そんなこと思いつつ、天儀のあとに続いて部屋を出たのだった。


 帰りの廊下では鹿島が天儀の前へとくるりと回り込み、ふふっと笑ってもの言いたげ。いま、天儀の目の前には、秘書課の花ともいわれる鹿島のあざとい笑顔。

 ――イラッ!

 とした天儀は苦い顔をこそしたけれど、どうせ黙っていても鹿島は勝手に喋りだすにきまっていると思いなおし聞いてやることにした。天儀からすれば大きなお世話では、あったのだが、

 ―― 一応、俺のために頑張ってくれたわけだ。

 そんな思いもあり声をかけた。


「なんだ鹿島。帰りにスイーツでもおごって欲しのか。かまわんが俺はこの辺りの店を知らんぞ。自分で探せよ」

「ふふ、違いますよ」

 

 皮肉の混じった天儀の問にも鹿島は余裕だ。普段なら、私ってそんなに食いしん坊じゃなりません、と言いそうなものなのに……。そんな鹿島の余裕の理由はすぐに明らかになった。

 

「ふふ、天儀司令ったら私のためにあんに顔真っ赤にして怒ってくれて、どうしちゃったんですかー」

「なにがだ。デレデレして薄気味悪い」

「うふふ、またまた照れちゃって天儀司令ったら可愛いです。星守さんが私を逮捕するぞって勢いできたときに、私を庇うためにすっごく怒ってくれたじゃないですか。これって、どうしてなのかーなって思って」

 

 そう。いまの鹿島は天儀のいうとおり嬉しくてデレデレだ。そして、そんなデレデレ顔のしたでは妄想も盛大だ。千宮局長から乗り換えたくなっちゃいました? 略奪愛。うーん、私としては避けたいところですが、そんなに思ってくれるなら悪くもないです。天儀司令は私のタイプじゃ全然ないですけど、その気持は合格です。そんなことを考えて、とてもいい気分だ。


「天儀司令なーんで? 理由を教えてくーださい」

 

 そう口にしつつも、恥ずかしがっていえないでしょ、と鹿島は思った。

 ――案外うぶ。

 鹿島はこれまでで、よく天儀の性向について理解していた。天儀は異性の話題、特に恋バナなどには弱い。そんな話題が女性で、しかも可愛い自分からでればなおさらで、気恥ずかしそうに黙り込むしかない。そんな風に思った。


 けれど天儀の反応は、鹿島の想像とは少し違った。天儀は少し恥ずかしそうに頭をかく仕草こそ見せたもののフッと優しい雰囲気をだし、

「……俺の手をあんなに強く握ってくれたのはおふくろ以来だよ」

 と、いった。

 

 天儀は、

 ――いつの日以来だろうか。

 と思った。自分のために必死に手を引っ張って歩く母親。その表情は怖いぐらいだ。手を引かれていた理由は忘れたが、とにかく母は俺のために必死だった。天儀はこれだけは覚えている。握られた手は痛いほどで、それだけに幼い天儀の心には母親の優しさが強烈だった。


「おふくろ以外で俺のためにあんなに必死になってくれたのは君だけだ」

「えー。お母さんですかぁ。彼女とか、なんかもっと素敵なのないんですか?」

「……そうだな。若い君にお母さんでは、と俺も思った。だが、あのときに俺が感じた気持ちを素直にいうなら〝おふくろ〟だよ」

「うー。そですか」

「自分でもいっていて、こっ恥ずかしいがな」

「それに天儀司令のために頑張ったのは私だけじゃないですよ。彼女の氷華さんとか怖いぐらい必死でしたし、親衛隊のみなさんも天儀司令ためなら死も辞さずって感じだったじゃないですか」

「彼女とか、極限の死地をともに生き抜いた仲間とか、そういうのをなしでだ」


「……ふ~む。お母さんか……」

 といって鹿島は一考。つまるところ、いまの鹿島の称号は名補佐官から、

 ――名お母さん? 

 なんか変。というか嫌だ。これじゃ称号が昇格したのかしないのかわからないですよ、と思いつつも、天儀の真摯にな気持ちがつたわってきていたので鹿島は悪い気はしなかった。


「聖母の慈愛の精神。無上の愛情って感ですかね?」

「そんなところかな」

「ま、いいです。それなら、お母さんのいうことはよく聞きましょうね天儀司令」

「こりゃあ参った。じゃあ、おふくろには親孝行だな」

「もう、いやだ天儀司令ったら、私まだ子供がいるって年齢じゃないんですから。それに私は名補佐官。呼ばれるなら、これがいいです」

「そうか。これは失礼した」

「でも、親孝行の気持ちはうけとります。私、駅にちょっと気になったお店があったんです。チョコレート系のケーキの看板が出てました。さっそくそこで、その気持を形にしてくださいね」

「おい、鹿島。君は俺が遅刻だなんだと、おふくろみたいに叱りつけてきたわりに、集合場所で考えていたのはスイーツのことか」

「待っていたんだから当然です。母は強しです。いえ、これぞ名補佐官の余裕です」

「おい、余裕のあらわれがチョコレートケーキ美味しそうか。とんでもねえ名補佐官だ」

 

 天儀がおどけていったので鹿島もつられて笑っていた。

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