24-(21) 法の権化
「六川特等、そして星守一等。ようこそ法務省へ。軍警司令から連絡があったときは驚いたよ。彼からの連絡は二度とないと思っていたからね」
そう口にした男はこの世に二人とはいない美男子。美麗の国子僑。司法卿と敬意をもって呼ばれる現職の法務大臣だ。
六川公平と星守あかりが法務大臣室に入ってみれば、待っていたのは物腰やわらかな国家の大物の出迎え。めずらしく緊張の塊となっていた星守も美男子の優美な笑い一つで、
――話しやすそうな人。
と、国子僑への初見の印象は満点。緊張も一気に解消とはいかずとも、いくぶんほぐれていた。
「一応、公的なホットラインだったので通話をうけたけれどね」
「では、あの噂は本当なんですか」
と星守が思わず聞いていた。緊張がほぐれいつも悪い癖。ズケズケと問いだしていくスタイル。これには六川も、
「星守君……」
と、なんともいえない表情だ。けれど国子僑は気分を害したふうもなく、
「噂とは?」
と優美に問い返した。
「軍警司令が、その……。えっと……」
「はは、真っ赤になってしまって大胆に見えて意外にうぶだ」
「司法卿申しわけございません。部下が失礼をいたしました」
「いや、いいよ六川特等。すべては私が原因さ。私が彼を軍警司令に推したので彼を勘違いさせてしまったようだからね」
「なるほど。本人も軍警司令としての能力の欠如を自覚していたところで、司法卿から軍警司令に推されたので、密かに思いを寄せていた司法卿が自分に気があると勘違いした。まさかの相思相愛を軍警司令は妄想した」
「はは、それはいいすぎかな。私としては彼はポストを喜ぶたちであって、ポストについてなにかをしたいという男ではないからね。ちょうどいい人材だっただけだがね」
「国家統合を推し進めるこの時期に軍警にいつもどおり動かれては困るということでしょうか。軍警は世情などかんがみないし、政府の意向も忖度しない組織ですから」
「それは疑りすぎだ。ただ、他の省庁並には大人しくして欲しかっただけさ」
そういって微笑む国子僑を見て、これほど底が見えない男もめずらしい、と六川は思った。国子僑は思いと答えを口にしているようで、その実、本心は霧の中だ。軍警に他の省庁並に大人しくして欲しいという言葉も、本来の狙いを隠すためのブラフにすら思えるが……。六川が思案をめぐらせてしまうなか、
「では、六川特等。さっそく要件を聞こうか。軍警司令の噂話をしていても仕方ない。私としてはそれでもかまわないが、君らは困るだろう? こうして話せる時間は限られている」
と国子僑がいった。
「では――」
と六川は胸ポケットからデータスティックを取りだし、国子僑へと差しだした。資料でり、開いて見ろということだ。が、国子僑は差しだされたデータディスクを一瞥しただけで、
「開いた瞬間にウイルスが展開。法務省のデータが大流出ということは?」
そういって六川と星守を交互に見た。
「ご冗談を、ありえません。そんなことをすれば軍犯罪捜査局は即時解体です」
「星守一等といったね。では君の言葉を信じよう」
国子僑の爽やかな笑顔に星守ときたら、
「……はい、恐縮です」
と、頬を赤らめ、まるで借りてきた猫だ。美男子を前に物静かな乙女に成りさがってしまった星守の横では六川が咳払いを一つ。喋り始めた。
「軍警としては、そのデータの中にある人物を逮捕したいなのですが、いかんせん大物で逮捕に踏み切れば、間違いなく大事件となるので法世界の万機をつかさどる司法卿の後押しが欲しいのです。国家の要は法で、その一つ一つに精通するものは世界の万機を握っているに等しいと考えております。司法卿まさにそれです」
「世界の万機をつかさどる? 私がか?」
国子僑が引いた態度でいったが、六川はむしろ、
「はい。司法卿は間違いなく新国家の叡智です。法の運用でも右に出る者なし、と認識しております」
そう熱くいった。あなたを尊敬しているという熱っぽい態度。六川にはめずらしい。初見でもこの六川公平という男が冷徹で、体に熱を帯びないたちだと大抵のものがわかるだろう。そんな男が秘める思いの一端を熱く語ったのだ。が、国子僑は容疑をあらためて拒絶の態度で応じた。
「国家の基は人であり、法は国家の骨柱で、法に精通するものは国家の仕組みの隅々まで知ることに等しい。だが、国法は万機をつかさどるものではない――」
「――な、なるほど……」
「この世は仕組みであり、法制度に詳しければ、この世でできないことはないとは思い上がりも甚だしだ。法を生業とする者が自分を特別な人間だと勘違いするのは極めて危険で、現にそのような思想を持った裁判官など私は直ちに罷免する」
重い言葉だった。六川は国子僑の存在感に圧倒されたが、ますます尊敬の思いが強くなった。
――この人なら物事を公正に判断してくださる。
そう思った。
「ありがたい。お言葉です。肝に銘じておきます」
「……わかればいい。では、本題に戻ろう。六川特等、君は大事件が起きており、その事件を起こした人物を逮捕したい。そういうことか?」
「はい。ご明察のとおりです」
「なるほど。となるとデータの中身は首相かそれクラスの収賄。もしくは国家と大企業の癒着などか」
「……失礼ながら、それ以上かと考えております」
「それ以上?」
「はい。燔祭罪です」
思わぬ言葉とはこのことか、法度のつまった国子僑の頭のなかでも、それは想像だにしていなかったようだ。証拠に国子僑の心中霧中の表情が、いまははっきりと驚きの表情をしめしていた。
「いま、燔祭罪と聞こえたが、私の聞き間違いかな?」
「いえ、正しく聞こえております。そして内容はそれだけではありません。終局兵器の無断破棄も含まれております」
「……そうか。それは大事だな。そうなると各方面との調整が必要となる。議会に呼びつけて査問する必要もあるな。なるほど君が法制度に詳しい私のところにきたのわけは理解したよ」
六川が真剣な顔でうなずいた。
「けれど私はどこかの惑星で、そのような酷い行為が行われていたとは聞いていないが……。それに終局兵器の破棄となると軍に関係する政治家だろうか」
そういいつつ国子僑がデータスティックを執務机に接続し、データを展開に入った。なにやら外が騒がしい。
国子僑が手を止め、六川も星守も扉のほうを見た。廊下からは、
『お待ちください。司法卿は、いま来客中です」
という声が聞こえてきた。
『私のつれてきたこの人が先約でした。いま、なかで話してる人をどかしてください!』
『そんな無茶な……』
『いいんですか、そんな態度で。この人は国子僑さんとお友達なんですからね。お友達の約束が優先ですよ」
『いま、司法卿がお話している相手は軍警の、しかも特等捜査官ですよ。軍警を押しのけて割り込みなど無理です。あなたも知っているでしょう。列に割り込む軍警はいても、割り込まれる軍警などいないと』
『あー! なら絶対に入らなきゃ! どいてください!』
『やめなさい。あんた気は確かか!?』
声と話の内容からするに法務省の男と、来客である女性がなにか廊下で揉めているようだ。そして、ここで、
『おい、落ち着くんだ。先客を押しのけてはまずいぞ』
という三人目の声。これは男の声だ。けれど、なだめる男の声に、強引な女の声はとまらない。
『もう! 相変わらずこういうことには疎いんですね。いま、すぐ会わないと手遅れかもしれませんよ。いえ、もう手遅れかも』
廊下の騒動に六川と星守が顔を見合わせた。国子僑も困惑しているようすだ。
「僕が見てきます。テロリストではなさそうだ。星守君も一緒にきてくれ」
「そうですね。危険な来客なら、この部屋の前にまでこれません。入り口で警備に取り押さえられ外へつまみだされる。いえ、警察へ引き渡しですね」
国子僑がうなずいた。たのむ、ということだ。
「放っておいても静かになりそうにない。これでは落ち着いて話もできない」
法務省の、しかも法務大臣の部屋の前で大騒ぎする女。
誰なのか――。
六川と星守は一応警戒しつつ扉へと近づいたのだった。




