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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
二十四章、夢見る鹿島の大円団
184/189

24-(18) 凶星パイロットの行方

*次回の更新は9/14(土)の予定です

 軍警グラースタ支局――。


「天儀司令、まず最初の質問は中性子爆弾桜花ニュークリア・オウカについてです……」

 

 そう真剣に問いかけるのは鹿島容子かしまよこだ。

 いま、支局の一室では三対一の事情聴取。一人ソファーに腰掛ける天儀に対して、鹿島と六川公平、星守あかりが一つのソファーに座って厳しい表情を天儀へと向けていた。

 軍警支局の一室で天儀へと問いかけるのが軍警の六川や星守ではなく、主計部秘書課の鹿島……。理由は、

「私にやらせてください」

 とがんとしてゆずらなかったからだ。

 

 星守は、

 ――ちょっと鹿島さん。

 しゃしゃり出てくれるなという言葉を飲み込んだ。なぜなら鹿島の態度はまるで、引導を渡すなら私が、という強い決意に満ちていたからだ。星守が六川を見ると、六川がうなづいたので、鹿島が天儀へ聞くこととなっていた。


「桜花だと、なんの話だ?」

「とぼけても無駄です。私たちはエルストン・アキノック将軍に裏付けを取ってきています。彼は〝捨てた〟といっていました。それも天儀司令の指示で」

 

 天儀がムッとした態度で黙り込んだ。

 

 ――終局兵器の破棄には国家の同意が必要。

 

 六川や星守だけでなく、鹿島も、これはとぼける気だな、と直感した。天儀の自称彼女で、軍三部の一角を担う電子戦司令局トータルサイバーフォース千宮氷華せんぐうひょかは、

「天儀さんは軍のトップにあった自分に責任あり」

 と責任がないことも、自分の責任と認めかねないと危惧していたが、やはり話はそれほど簡単には進まないという悪い予感を覚えた。


「〝人間破壊爆弾〟とは中性子爆弾のことをいう。核兵器のなかでも強烈な放射線を中性子爆弾は人体を破壊することを目的に作られた究極兵器だ。そして桜花型は、その最終形態といっていい。爆発力などほとんどない。船外皮膜と分厚い装甲を貫通するほどの恐ろしい強さの放射能が拡散するだけ……」

「つまり、天儀司令は条約違反の兵器だったので独断を発揮して捨ててもかまわないといいたいんですか?」

「……桜花型に被爆すればDNAは破壊され、新陳代謝は停止し、三日以内に体はドロドロとなり、アイスが溶けるようになって死ぬ。桜花型の放射線に被爆すれば絶対に助からない。DNAが破壊されれば新しい細胞は作られない。細胞が新しくできないのに代謝の機能は働き続ける。表面の古い皮膚は剥がれ落ちていくのに、下から新しい皮膚はできない。こうなると肉体は溶解するようにして崩壊する」


 そして天儀は、鹿島だけでなく六川や星守へ向けて、

「あれは戦争に勝つための兵器ではなく、人類を終わらせるための兵器だ」

 と、はっきりと断言した。


「捨てたんですね。勝手に……」

 

 鹿島は消沈していった。結局、認めはしなかったが、

 ――否定もしなかった――

 やはり天儀には無駄に清廉なところがある、とはいったものだ。


「天儀司令がアキノック将軍に指示して捨てさせた?」

「それは覚えがない。ただ、指示をだした気はする。証拠を見せてくれれば、こちらで精査判断して答える。他のことについては覚えがない。誰に捨てさせたかなど些末な問題であるからな。だが、アキノックが〝自分が捨ててきた〟といったなら君らは疑うべきだな」

「はい?」

「やつは戦功を誇りたがる癖がある。モテるからな。出世に対しては淡白な割に、功名に対する執着は人一倍強い。あいつは政治感覚もピンぼけしている。世の中で悪とされている核兵器を捨てることは、最高にモテる行為と勘違いしている可能性がある」

「……つまり天儀司令は、アキノック将軍が自分が捨てたといったのは、名声のための嘘といいたいのですか?」

「誰に捨てさせたかについては、まったく記憶にないので俺はそう思う」


 ――お一人で罪をかぶる気なんですね。

 と鹿島は思った。自分は捨てるように指示したような気がするが、それがアキノックだったかは知らない。つまり結局のところ天儀の発言の主旨は、罪を認めるから、

 ――あいつまで問罪してくれるな。

 と暗にいっているのだ。これで最初にとぼけた態度をとった理由も明白だ。なんのことはない。中性子爆弾破棄の件でアキノックからの証言があると知って、彼をどう庇うか必死に思考を巡らせていたのだ。

 

「鹿島さん、中性子爆弾ニュークリアのことはその辺りでいい」

 と六川がいった。証拠を突きつけられれば降伏する、といってきているのだ。これ以上この問題で問い詰めるのは無意味だ。後日、天儀に証拠書類を突きつけて問えば、罪を認めるだろう。

 

 うながされた鹿島はうなづいて、

「次に……」

 といったが、それ以上がつづかない。次の問題は本質的に質が違う。認めれば人類の敵として永久とわに断罪される。

 

「次になんだ?」

「えっと、次に……」

「だから、なんだ」


「次に……!」

 といって鹿島はガタリと立ちあがったが、そのまま泣き崩れてしまった。

 

 こんなにいい人なに、友達を守るためにあっさり罪を認めてしまう人なのに、そんな人が虐殺行為をしたとは絶対に思えないのに、誰かを庇うために、

 ――責任、我にあり。

 と堂々と受け入れてしまうだろうと思うと、鹿島はたまらなかった。


凶星きょうせいのパイロットについていです――」

 

 六川がグズグズと泣きだしてしまった鹿島に代わっていった。


「凶星か。旧星間連合の決戦二足機だな」

「〝の〟パイロットたちの件につてです。僕たちは凶星の機体が破棄されたことまでは突き止めましたが、そのパイロットたちがどうなったかまではわからなかった。記録を見るに機体破棄と同時にパイロットたちも消えてしまったとしか思えないわけですが……」

 

 六川は語末を濁して天儀を見た。こればかりは自分ひとりで罪をかぶろうなどということは許されない。指示され実行した人間も絶対に見逃せない。

 

 ――この人はまた一人で罪を被るだろうな。

 と思った六川は慎重に言葉を選んで、天儀に洗いざらい白状させたかった。が、予想に反して天儀の反応は、

「ああ、そのことについてか」

 という明るさをともなった声で応じてきた。驚く六川相手に天儀がさらに言葉を継いだ。


「お前らは旧星間連合軍のトップだった天童正宗てんどうまさむねの側近だったろ。本当に知らんのか?」

「……知らんのか、と聞かれましても」

 

 フン、と天儀が鼻を鳴らした。


「凶星パイロットの行方がまったくわからない。そりゃあそうだ。あれはそもそも操縦士など存在しない」

 

 この意外な言葉に反応したのは星守だ。


「は? なにをいっているのですか。凶星は無人機ではなく、れっきとした有人機です。星間連合軍の精鋭としてパイロットたちは広報の活動にも協力していましたし、存在しないなどありえません」

 

 そういって天儀に迫った。パイロットが存在しないなど荒唐無稽にもほどがある。言い訳にしても、

 ――もう少しマシなものがありますよ。

 といきどおりすら覚えて天儀に迫っていた。

 

 一方の六川といえば、少し眉を動かしただけで静黙を保った。

 ――凶星にはある黒い噂があった。

 それが事実なら天儀の発言にも納得がいく。


「確かに星守のいうとおり無人機ではない」

「ならやはりパイロットがいたんじゃないですか。天儀元帥、どういったはぐらかしですか。重罪に対してのそのみすぼらしい言い訳は、みっともないのではないですか」

「だが、君のいった広報に協力していた凶星のパイロットとやらは偽物だな。断言できる」

「はあ? あまり私をこけにすると天儀元帥といえども許しませんよ。そうですね。グランダ軍お得意の拳でなでて語ってもらうっていう手もあるんですがぁ」

「おいおい、そう息巻くな星守。あれは我々が、普通思うようなパイロットじゃない、といったほうがいいのか。とにかくパイロットはいたが、パイロットはいない」


「なにがいいたいんですか?」

 と疑念いっぱいの星守に対して、

「まさか――!」

 といって六川が目を見開いていた。


「そのまさかだ六川。生体演算装置サイコ・プロセッサ。凶星のコックピットに積まれていたのは、機体操作させるために人工的に作りあげたキメラだ」


「キメラって……?」

 と星守が青くなってうめいた。


「俺が見たのは頭と胴体しかない人工的に生成した人間を機械と融合させて……」


「もう、いいです……」

 と星守が口元を抑えながらいった。考えるだけでおぞましい。

 ――悪魔の機体。

 コックピットを開口すればチューブや電極で繋がれた人間もどき。想像絶する醜悪さ。星守は目眩めまいすら覚えた。

 

「正式名称、試作機凶星III型。管理者はピット・アタナトイ。開発者は――。まあいい。正式採用なのに試作機とはこれいかに、と疑問だったが中身を見て納得だ。人から培養したキメラを乗せた凶星はフランケン・シュタインの誘惑の産物といっていい。これは全人類に対するきわめてたちの悪い背信である」

「人類の禁忌の一つ生体演算装置サイコ・プロセッサ。噂は聞いていたが、まさか本当に完成していたとは……」

 

 六川が色を失っていうと星守も続いた。


「FS好きの間では理論上は可能だと再三いわれていました。地球時代の倫理条約で研究が禁止されてはいましたが……」

生体演算装置サイコ・プロセッサを開発するぐらいなら、AIを搭載したほうが百倍安上がりで性能も的にも百倍マシともいわれていたからね」

「凶星の無欠の強さの秘訣が生体演算装置サイコ・プロセッサにあったとは……。なるほど正宗さんが凶星とピット・アタナトイの実態を知らないはずです。知らせられるわけがないこんなもの。ここまでの陰謀となると歴代の首相たちですら知っていたか怪しいですよ」

「凶星の機体のパーツには人間の脳が使われている。まさかこの噂が本当だったとはね……」

「そういうわけだ六川、星守。俺が知った以上あんなものは認めん。ゆえに機体ごと破棄した」


 天儀が虚空をにらみつけて断言した。六川と星守がうなだれていた。

 静まり返った部屋に、ガチャッ! という扉が開く音とともに、ドタドタと激しい足音。訪問者は誰だ? と室内の誰もが思うと同時に、

「では、なぜわざわざ処刑なんて書いたんですか!」

 という叫び声。そしてそのあとに続くのは、部屋の外から聞こえてくる男たちの悲嘆だ。

 

千宮局長せんぐうきょくちょう、お待ちください……って!」

「あー、もう入ってしまっているぞ! 誰も入れるなと六川特等から命じられていたのに……。もう俺たちは終わりだぁ」

「小さくてすばしっこいから、うまく脇を抜けられたんだ。ちくしょうめ!」

「今更そんなこといっても遅い!」

「というか電子キーでロックされていたのに、どうやって入れたんだ……」

「フェードアウト・ガールだぞ。電子キーを割るなんて簡単だろ」

 

 男たちは室内には入れないぶん廊下でいいたい放題だ。このみっともない反省会に、お前たち静かしろ! と六川が一喝。続いて六川は侵入者を見てからいった。


電子戦司令局トータルサイバーフォース千宮氷華せんぐうひょうか局長。申し訳ないですが、扉を閉めていただきたいのですが?」

 

 短躯にジト目。ウエーブのかかった長い黒髪。千宮氷華は無言で回れ右し扉を閉めると、

「氷華……なんだってここに……」

 と驚く天儀へ向けてダッと駆け、そのまま飛び込むように抱きつき、

「なぜと聞きたいのは私です! 報告書に凶星のパイロットたちを処刑しただなんてかいたんですか! それを情報部の部長セシリアから聞かされた私は驚天動地! それから私は大苦労。焦って軍の情報ベースを改ざんしましたけれど、痕跡をいっさい残さないのは無理。改ざんも塗りつぶすのが精々。最悪ですよこれは! 天儀さんは私を無敵の電子戦のスペシャリスト。仮想空間ではなんでもできる魔法使いだとか思っているようですが、私にだって誤字脱字の修正も許されないという軍の永久保存版の公文書の改ざんを完璧に行なうだなんて不可能なのです」

 そうまくし立てた。


「それは心配をかけた。しかし、軍の公文書館に侵入か。氷華、君は本当にサイバー空間ならなんでも出来てしまうのだな」

「バカです……天儀さんはバカです……」

 

 氷華が涙をぬぐうように天儀の胸板へ顔を押しつていた。

 そんなお熱い二人に、鹿島といえば目をパチクリ。いままで事態を見守るしかなかった鹿島だが、この辺りでようやく合点がいったのだ。


「えっと、つまり凶星パイロットの報告書を改ざんしたのは氷華さんで、改ざんされていた部分の内容は〝凶星のパイロットたちを処刑した〟ということですか?」

「なにを天儀さんの罪を強調しているのですかスイーツ鹿島! あなたはグランダ軍人でしょ! 天儀さんを守りなさい!」

「ええ!? といわれましても……」

 

 鹿島としては困ったものだ。愛は盲目とはいうが、ここまで図々しい要求もあるのだろうか。


「というか天儀司令、なんで〝処刑〟なんて書いちゃったんですか。これ余計な一言ってやつですよね」

 

 六川も星守も同様の思いだ。

 ――なぜわざわざ、ややこしくなることをしてくれたんだ。

 そんな反感で胸がいっぱいだ。


「俺は、あいつらに生を見てしまったからな。殺したのと変わらん。報告書に処刑と書いたのはそのためだ。いい選択肢だったとも思わんが、それ以外に書きようもなかったんだ」

「はぃい?」

 と思ったのは鹿島だけはないはずだ。生を見た、とはキメラが生きていると思ったのだろうということぐらい誰にだってわかる。つまるところ人権があるとか、そういう思いだ。けれど、それがすなわち処刑という文章になるだろうか? 鹿島は不審げに天儀を見た。だって、いまの鹿島にはいいたことは山ほどある。天儀司令、なんでそんなことしちゃったんですかね。行き当たりばったりです。誰かに相談すべきでは? などなどまくし立てなければ気がすまない。そんななか天儀が口を開いた。

 

「……マーマ」

 

 火に油を注ぐ、とはこのことで要領を得ないことをいう天儀へ、鹿島は、

「はい?」

 と不快げに応じた。お母さんがどうしたっていうのだ。人は死ぬときに〝お母さん〟と、口走ることが多いらしいが、大の男が進退窮まって口にしたことが、お母さん、では実に情けない。が、天儀は、


「マーマだとよ。最後にキメラがそういった……」

 

 そう悲しくいうと、肩を落として涙を流していた。

 もう、それ以上誰も天儀を責めることができなかった。

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