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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
二十四章、夢見る鹿島の大円団
182/189

24-(16) 名補佐官

 いま、鹿島容子かしまようこは絶体絶命。

 

 天儀いわく乱賊、自称義挙を行なう唐公とうこうの遺臣に捕らわれて苗刀みょうとうを首へ突きつけられていた。

 

 鹿島は刀を首筋に突きつけられた瞬間、

 ――熱い!

 と心のなかで悲鳴をあげた。惑星グラースタの灼熱の太陽にさらされた刀身は強烈に熱を帯びていた。


 が、そんな火傷するほどの熱さにでも、鹿島の身は強張こわばって動かなかった。なぜなら少しでも身をひねりでもすれば、すっぱりと首が切れてしまいそう。頸動脈から血が吹き出し出血多量のショック死。こういうのって、普通は冷たい感触とかじゃないんですか、などと普段なら考えそうな鹿島の頭もいまは緊急停止。

 そう。鹿島の首筋には熱い金属の感触は死の実感だった。

 

 鹿島の首筋へ苗刀を突きつけたリーダー格の男が、

「天儀よ。今一度だけいう。刀を捨てろ。でなければこの女は死ぬ」

 そう再び叫んだが、天儀は応じない。


「人質とは義挙たる行ないが聞いて呆れる。それが俺が乱賊といった理由だ。お前らは主義に一貫がない」

「黙れ! 唐大公とうたいこうの罪を捏造ねつぞうし、だまし討したお前にいわれる筋合いはない!」

 

 リーダー格の男が真っ赤になって吠えると同時に鹿島が悲鳴をあげた。


「うるさいぞ!」

 

 リーダー格の男が、今度は鹿島へ怒鳴りつけた。

 鹿島は冷たい汗を背中に感じた。男が声を張りあげ力むたびに苗刀の刃が鹿島の首筋に食い込むのだ。泣き叫んで駆けだしたいが、少しでも身悶えすれば首がスッパリ落ちかねない。

 

「天儀しれいぃい」

「くそったれが! そんな目で見やがって!」

 

 悪態をついた天儀の目には、顔面蒼白、目には涙を一杯ため、いまにも半狂乱になって叫びたいのを、こらえるけなげ鹿島容子。間抜けだが可愛いやつだ。


「この間抜け女は、お前のかわいい部下だろ。天儀よおとなしく武器を捨てろ。そうすればこの女は助けてやる」

「しれいぃい」

「はは、いい声で懇願するじゃないか。ほら天儀、泣いて助けを求めているぞ。いいのか見殺しにして」

 

 が、虜の鹿島は、

 ――違う!

 と叫びたかった。そう。本当は自分を荒々しくつかむ男に逆に組みついて、

 ――天儀司令、いまです!

 と叫びたいのだが、恐怖で体は強張り指一本動かない。絞り出せたのは情けない涙声。

 

 いま、鹿島の目に映る天儀がにじんで見えていた。鹿島は自分が泣いているのに初めて気づき驚いた。が、不思議だった。なぜか涙でにじんでいるはずの天儀の存在はくっきりと認識できたのだ。顔のパーツの細部までだ。いま、天儀司令は私をジッと見ている。なぜかはっきりとそれがわかる。

 

 うぅ。ごめんなさい天儀司令。捕まっちゃって私ってドジです。怒ってますか、困ってますか、それとも心配してくれていますか? でも、私、天儀司令の絶望の顔なんて見たくないです。

 

 鹿島は勇気を振り絞り、鼻をすすって天儀の表情を確認した。

 が、そこには予想外の表情が――。

 

 夏の炎天下に天儀の存在が暗く沈んでいた。

 感情ない沈んだ表情で、目もどんよりとしている。鹿島の身に寒気が走った。この悪寒は、いいかえれば危機感だ。


「てんぎ、しれい?」

 

 ゾッとした鹿島がいった。が、幸か不幸か鹿島の危機感は的中した。


「いい殺せ。優秀なので耐えしのんでいたが、俺はその女には散々にむかっ腹が立ってたんだ」

「えー! 助けてくださいよ!」

 

 一転、鹿島が男を肘で押しのけ身を乗りだして大抗議。いくらなんでもそれはひどい。ありえない。囚われの姫君など気取っている暇はない。それまでの恐怖など一気に吹き飛んでしまっていた。


「知るか称号バカ野郎。散々っぱら俺の仕事を増やしたうえに、いまは人質なったから助けてくれだぁ? 面倒見きれるかくそったれめ!」

「面倒見てくださいよ! 特戦隊じゃ私が天儀の面倒を散々やってきたんですよ!」

「そんなもん知らん。いいじゃないか鹿島。歴女でミリオタのお前の望んだいくぶんかになる死だぞ。喜んでうけろ」

 

 鹿島は天儀の本気を知ってゾッとした。もう、

 ――そんなぁ!

 という非難の声もでなかった。天儀の目が暗く闇へ沈み、本気だ、と強烈に感じたからだ。おそらく鹿島が思うに、いま天儀の第一条件は乱賊とよんだ六人の男を一人残らず殲滅せんめつすること。その他は二の次だ。そう。鹿島は二の次、どうでもいい分類……。

 

 鹿島は特戦隊の戦いで知っていた。相手に腹黒さをみたときの天儀の決断は極めて激越。鹿島脳裏にリリヤが絞め殺されるさまがフラッシュバックした。

 ――だらりと垂れた死体の映像。

 天儀司令は必要とあらば幼馴染だって殺す。なら自分も、とパニックだ。

 

「おい、天儀正気か。お前の部下だぞ!」

「このごにおよんで知ったことではない! 圧倒的な優位に愉悦したのだろうが、お前は俺へ刀という幸運を投げた。一度掴んだ幸運を自ら進んではなすやつがどこにいる」

「おいバカをいうな。お前が我らの唐大公のとむらいに協力するというのなら譲歩して、お前以外は助けてやるといっているのだぞ。少しは殊勝な態度を見せろ!」

「誰が聞くのかその妄言。もうちっとマシないい口を考えろ。俺がこの刀を捨てた瞬間。俺たち四人全員がなます切りだ。ならばこの一刀をたのみにして徹底的に戦い抜くまでだ」

 

 天儀が戦い抜けば称号バカを一人失うだけで三人は生き残る可能性はある、というような強烈な態度をしめした。手にしている刀を振るえば六対一で生き残る可能性はゼロではない。六人が天儀にかかずらっている間に、隙きを突いた六川と星守が逃亡に成功するかもしれない。だが、刀を捨てればそんな可能性もなくなる。

 

 天儀のかたくな、いや、頑迷さにリーダー格の男がひるんで鹿島に問いかけた。


「おい、お前、本当に天儀の部下なんだろうな?」

「そうですよぉ! 〝元〟ですけど秘書官だったんですから!」

 

 が、天儀は無慈悲だ。


「かまわん。そいつが斬られるのを見届けてから、俺はお前に斬りかかって殺す」

 

 天儀が脇構えのまま鹿島を捕らえたリーダー格の男へにじり寄った。

 鹿島がドタバタと暴れ始めた。本気で逃げないと殺されちゃう、と全身でもがいた。いつしか首筋の苗刀は外れ、鹿島はリーダー格の男に腕をつかまれているだけとなっていた。


「お前がやらんのなら俺がやる――!」

「おい! 天儀貴様、本気か!?」

「あれは絶対の本気です。私は天儀司令の秘書官してたんでわかります。あれは本気で本気の目! いやああ!」

 

 リーダー格の男が呆気にとられ、天儀と鹿島を交互に見た。そして天儀の目を見ただけで、

 ――こいつ本気だ!

 と確信した。天儀が自分を見ていなかったのだ。天儀が獲物と見据えるさきには、捕らえている間の抜けた女。天儀の両目がガッチリと、人質の女を補足していた。助ける気なら人質に殺意のロックターゲットはしない。しかもダメ押しのように人質のはずの女も腕のなかで必死にもがいている。

 

「天儀司令えええ! 私は味方! 人質です! 敵はこっちい!!」

 

 が、天儀は無言だ。


「おい、女暴れるな間抜け女!」

「いやー!」

 と叫ぶ鹿島はリーダー格の男を盾にしようとしたが、男もそうはさせない。太さが鹿島の太ももぐらいあろうかという腕で、鹿島を乱暴に正面に据えた。瞬間、

 タッ――!

 と天儀が駆けた。

 リーダー格の男が思わず鹿島を盾にするように身をかがめた!

 

 天儀がこの女を斬りつけたところに斬りかかる! そう想定して次の行動にかまえた。刀がこの間抜けな女の体に沈んだところで、女の体ごと天儀の刀を絡め取るのだ。天儀は女の体から刀を抜くのに手間取るだろう。そこに斬りつければ必勝である。

 

 一方の為す術なく盾とされた鹿島は天儀の顔を、いや、目をじっと見つめていた。

 ――本気ですか。

 追い詰められたら全部消して終わり。子供が砂山を崩すように。あとにはなにものこらない。それでは生き残ってもあまりに悲しすぎる。

 

 鹿島の見つめる天儀の目が光に満ちていた。不思議だ。先程まであれほど、苛立ち、暗く沈んでいた目が、いまは強烈に発光している。いや、これぞ鹿島の知る司令天儀。

 ――そっか私。

 弱りはて困っている天儀司令なんて見たくなかったんだ、とひらめいた。


「天儀司令、私ごと突き殺してください!」

 

 そう叫んだ瞬間。

 鹿島の胸に穴が空いたような強烈な衝撃。口と鼻から同時に、

 ――ゴブゥ!

 と空気が漏れた。いや、強烈に押しだされた。

 

 鹿島の胸に突き立つように繰り出されたのは〝突き〟ではなく〝蹴り〟。鹿島は強烈に胸を蹴られ地面にもんどり打っていた。

 

「天儀――!」

 と叫ぶリーダー格の男が苗刀を唸らせたが、振りかぶった同時に天儀の刀がリーダー格の男の身へ雷刃のごとく突き立っていた。

 

 リーダー格の男が悲鳴もなく地面に崩れ落ちた。

 袈裟斬けさぎりだった。

 

 天儀はすばやく間合いをつめ、鹿島を蹴って跳ね飛ばしつつ脇構えから上段へかまえを変化させ、そのまま袈裟懸けに斬ったのだ。一刀両断といっていい。

 

 天儀がぐるりと体を旋回させた。八相はっそうの構え。形相は鬼。完全な臨戦態勢。

 まだ、橋側には唐公の遺臣五人が残っているのだ。六川や星守は無事なのか。五人に斬られてはいないか。が、そんな心配は無用だった。残ったが五人は、リーダー格の男が一撃一瞬で切り伏せられたのを見て、

 ――ワー!

 と声をあげて散り散り、我先と橋をわたって対岸へ退散していた。それほどに天儀の気迫がすさまじかったのだ。

 

「六川、星守! 武器を携帯したテロリストが逃亡していると地元警察に通報しろ!」

 

 天儀がいい終わるかいい終わらないかで、六川が携帯端末を手早く操作し通報開始していた。冷静な六川。状況の説明も的確で、同時に惑星支局の軍警にも出動要請だ。

 星守は見守るしかない。いや、あわれ天儀に蹴られ地面に転がっている鹿島のもとへと向かおうとしたが、


「おい、星守つかわんのならかせ」

 と天儀に呼び止められた。天儀が左手を差しだしてきていた。


「はい?」

「携帯端末だ。俺は落としてしまって持ってない。鹿島のやつ悪くするとアバラが折れている」

 

 ああ、と星守は慌てて携帯端末を取りだしてから、私がやりますよ、といって自ら救急の手配。冷静に見て六川も気が動転していた。警察へ通報し、軍警へ出動要請しても救急への手配はしていなかったのだ。天儀はそれに気づいていた。

 意外にも渦中の人。火の玉のようになって一人斬り殺した天儀が一番冷静だった。


「鹿島さん大丈夫です?」

 

 星守は鹿島を助け起こしつつ確認した。星守の認識では、鹿島が切り傷をうけるような場面なかったはずが、天儀かなり強烈に蹴られているので心配だ。


「いたーいぃい! 死ぬ! 死んじゃう!」

「あぁ。大丈夫ですね。それだけ元気に痛みを訴えられれば無傷みたいなものです」

「嘘です! いままで息が全然できなくて死ぬかと……ゲホッ! うぅ、苦しい」

「あはは、ほら鹿島さんは胸が大きから。そこでダメージが吸収できてますよ。ね、大丈夫でしょ?」

「おっぱいのないところを蹴られたんです! 胸板の中央! ひどいです。天儀司令ったら絶対に痛いところ狙ったんですよ! 早く病院へ行ってMRIです。絶対どこかおかしいです。大怪我しますから!」

 

 星守は苦笑い。どう考えても、こんな元気ハツラツな重傷者はいないのだ。


「鹿島さん落ちついて、絶対に怪我なんてないと思いますよ」

「そんなことないです。それに心の傷もひどいです。天儀司令の暴言、星守さんも聞きましたよね? あれだけ天儀司令につくした私に、称号バカ野郎をくれてやるだなんてひどすぎです。いらないですよこんなのぉ」

 

 涙目で身も心も痛い痛いと騒ぐ鹿島へ、

「平気だろう」

 といったのは天儀ではなく通報を終えた六川公平。


「天儀元帥は相当な武術の手練てだれ、いや、達人だね」

「どういうことです六川さん?」

 

 痛みを訴えるのに必死な鹿島にかわって星守が応じた。


「天儀元帥は胸板の中央をたくみに蹴り抜いていた。一撃で鹿島さんは男から離れて安全圏へ離脱だ」

「あー。なるほど。私はてっきり本気で鹿島さんを斬るのかとハラハラしましたよもう。というか、やっぱり六川さんはさすがですね。まさか天儀元帥の行動を見抜いていただなんて」

「いや、僕もだ」

「え?」

「僕も天儀元帥が本当に鹿島さんを斬る。もしくは刀のみねで打つ気だと考えていたよ。だけどその迫真の演技がリーダー格に鹿島さんを盾にさせるように強いたんだ」

「なるほど……。ですって鹿島さん。天儀元帥は鹿島さんのことを本気で斬る気ではなかったんですって。最初から助けてくれ気だった。よかったじゃないですか」

 

 そう星守にさとされても痛みを抱える鹿島としては、

「そうなんですか?」

 と疑いの目だ。刀をかまえて迫ってくる天儀は悪魔のように恐ろしかったのだ。けれど、

 ――あれ? 平気かも……。

 と思い始めていた。こうして話しているうちにも痛みはだんだんと引いてきたのだ。


「そうだよ鹿島さん。それに蹴りの入れ方もうまかった。インパクトは胸の中央でも右よりで心臓を避けている。しかも蹴る位置が下にずれ込めば、みぞおちに当たりもっと息ができなく苦しむし、間違って腹を蹴れば悪ければ内蔵破裂。逆にインパクトの位置が上に逸れれば鎖骨が折れる。天儀元帥は一番頑丈で鹿島さんが吹き飛びやすい位置を的確に蹴りぬいたんだ」

「むむ……そうなんですかぁ。天儀司令、六川さんのいってること本当ですか?」

 と鹿島が顔を向けたさきには天儀の背中。天儀は刀を手にしたまま橋のさきをじっと見据えていた。五人の男たちが逃げ去った方向だ。


 ――天儀司令?

 

 瞬間、鹿島はすべてを悟った。

 自分たちがホッとして、おしゃべりに興じている間にも天儀は一人黙って立って、逃げた男たちが戻ってこないか背後を警戒していたのだ。そんな心配性、いや、優しい人が鹿島一人を犠牲にして、なんてことを考えるだろうか。

 

 ――考えません。

 

 全員を助けようとして苦心惨憺くしんさんたん。苦悩した結果があの、あの称号バカ野郎だったのだ。鹿島は天儀の真意を全身で感じて言葉に詰まった。


「天儀元帥もう警戒をといていいのでは? この炎天下でそんなに気を張って立ち続けていたらすぐに参っちゃいますよ」

 と星守が天儀の背へ言葉を投げた。

 

「……俺なら戻ってきて斬る。一難去って油断しているのは間違いないからな」

 

 やはり天儀は逃げた五人が戻ってきて襲ってくることを警戒していたのだ。


「呆れた」

 と星守がいった。だって、そうじゃないですか。あんなに無様に退散した人たちが、そんな深謀遠慮あるわけないですよ、ということだ。星守からいわせれば、そこまで気概があるなら天儀とリーダー格の男との切り合いが始まった時点で戦いに参加しているはずだ。それをせずに悲鳴をあげて逃げたのなら二度と戻ってこない。


「天儀元帥なら、そうするでしょうね」

「そうだ。絶対に俺なら、そうする。虚を突けること必定ひつじょうだ」

「でも彼らは天儀元帥じゃない」

「……」

 

 無言の天儀は眉を動かしただけで、やはり警戒をとかなかった。


「はぁ。これは地元警察が姿を見せるまでこのままかな。ま、そんなに長い時間でもないですし好きにさせておきますか。って、鹿島さん?」

 

 星守が説得をあきらめるなか、痛がっていたはずの鹿島がすくと立ちあがり天儀のほうへと向かって行ったのだ。


「天儀司令……」

 

 なんだと、といいながら意外にも天儀は、あっさり警戒をといて鹿島へと振り返った。天儀も内心は逃げた男たちは十中八九戻ってこないとわかっていたのだろう、と星守も六川も感じたその瞬間。

 ――パーンッ!

 という音が鳴った。鹿島が天儀を平手打ちしていた。

 

「ちょっと鹿島さん!?」

 

 星守が驚いて叫んだ。星守だって助けるためとはいえ、痛くて怖い思いをした鹿島のやるせない気持ちはわかるが、命の恩人に平手打ちだなんていくらなんでもない。


「天儀司令、本当に私を斬る気でしたね」

「ああ、肯定だ」

 

 ――パーンッ!

 と、また激しく音が響いた。天儀はなぜかされるがままだ。最初の平手打ちだって避けれたはずなのに……。

 

「か、鹿島さん、怖い思いをして気が高ぶっているんでしょうけど、結果的には助かったんですからなにも殴ることは……」

「そうです。でも星守さん結果的にはですから!」

 

 それではダメ! とうように鹿島が叫んだ。


「天儀司令の最悪の筋書きはこうです。もし私をリーダー格の男から引き剥がせない場合は、私を本気で斬ると見せかけて、自分が斬られる気だった。でも天儀司令は腕に覚えあり、不利な体勢で斬られても相打ちにするぐらいの自信はあった。つまり天儀司令は自分を犠牲にして私を助ける気だった!」

「ほう。よくわかってんじゃないか。こりゃあ参った。称号バカ野郎は返上だな。晴れて立派な名補佐官だ」

 

 ――パーンッ!

 とまた鹿島が平手打ちした。天儀はまたも、なされるがままだ。


「やっぱり最後には自分を犠牲にして私を助ける気だったんですね! もっと自分を大事にしてください!」

「……それ以外に方法がなかった。全員が助かるな。お前をとっ捕まえていた男さえ倒せば、あとは逃げると踏んではいたが、いかんせんリーダー格の男は厄介だった。あれはそれなりに強い」

 

 勝負は紙一重。一瞬で切り伏せたが、それはたんに勝ちの側いたからというだけで、その立場は簡単に逆転しうるものだった。

 

「全員じゃないですよね? 天儀司令が死んでは全員じゃありません!」

「だが、俺一人生き残っても無意味だ。ならば我が身を捧げて命三つと引き換えだ。悪い取引じゃないだろ?」

自己陶酔じことうすい、いえ、自分勝手です!」

「誰かが進んで前にでる必要があるときもある。十全とは行かないなら、次善の策を取るしかない。全員は難しいが、そうでないなら期待は大きかった」

 

 天儀がやるせなさそうに笑って地へと視線を落とした。根は実直で優しい人なのだろう。が、それがわかるだけに納得いかない、というのがいまの鹿島だ。


「じゃあなんで天儀司令が死んじゃったときの私たちの気持ちは考えなかったんですか! 私、鹿島は天儀司令を生贄いけにえに生き残ったって嬉しくありません!」

 

 鹿島は叱りつけるように渾身こんしん正言せいげんをぶつけた。


「……はは、こりゃあ参った。論破されたぞ」

 

 一瞬無言の間を置いて天儀が困ったように笑った。自分が生き残って後味悪い思いをするのが嫌なら、天儀の死体のかたわらで悲しみに暮れることになる鹿島たちの気持ちも察するべきなのだ。

 

 夏の炎天下にサイレンの音が聞こえてきた。やっと地元警察が駆けつけてきたらしい。

 もう鹿島はすっかり蹴られた胸の痛みなど忘れてしまっていた。

 サイレンの音を聞いた天儀が、どかりと地面へ座り込んだ。

 辺りにはひぐらしの鳴き声だけが響いていた。

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