24-(15) 危急存亡
「唐公は逆をなし、その配下は世の乱賊である。討滅されて当然である」
とは天儀が放った言葉だが、鹿島たちを襲ったのは帝位を簒奪しようとして敗死した唐大公の遺臣たちだった。
グランダは共和国を名乗っていても皇帝がいた。
宇宙で戦争する時代に長刀を手にしての襲撃。まさかの時代劇展開。なぜか言葉づかいも重々しい。ミリオタで歴女の鹿島は恐怖のなかでも、
――これってすごい!
と、どこかで興奮し観劇気分。目を輝かせて完全に舞台を眺めるお客さん。主演は天儀司令で、襲撃者である唐公の遺臣たちは脇役だ。
そして襲ってきた六人の遺臣たちは傭兵で、そのなかでも大刀隊に属していたエリートのなかのエリート。塹壕や市街地などの閉所で、近接戦闘をする強者だ。
これから切り合いが始まるのか、それともなんか時代劇っぽい格好いい言葉の応酬がつづくのか。鹿島としては後者を希望したい。
――だって生でこんなの絶対見られないですって!
そう。喋っていて時間稼ぎ、という考えは鹿島にはない。軍人なのにない。戦争は状況であり、戦闘とは刻々と変化する。通りかかった町の人が通報してくれたり、六川や星守がすきを見てもう通報しているかも知れないとかは、鹿島は考えてはいないのだ。管内で勤務中の警官は当然拳銃を所持している。時間稼ぎしていれば、救援の可能性はゼロではないのに、そんな考えない。ただ、楽しんでいる。
唐公の遺臣六人が手にしているのは苗刀や青龍刀、クレイモアなどさまざまが、それらをかまえて鹿島たちを取り囲んでいる。
天儀が唐公の遺臣へ向けて、
「喝ッ――!」
と叫んだ。裂帛の気合とはこのことか。全身から発せられた気迫は凄まじい。空気が裂け、まるで天儀の半径一〇メートル四方が別の空間に飛んだようだ。肌がビリビリするのを鹿島は感じた。
が、この気合を向けられた唐公の遺臣たちは肌がビリビリする程度ではすまない。天儀のむき出しの闘争心をまともにうけることとなっていた。
――場数が違った。
といえばそれまでだが、市街地で刀を引っさげて突撃させられた人間と、その訓練をしただけの人間とでは雲泥の差がある。天と地の開き、どころではない。本質的な違いだ。
六人はいますぐでも走りだして逃げ出したいが、なんとか踏みとどまった。が、心はすでに宇宙の彼方に逃走している。闘志は低迷し、もはや戦いようはない。
天儀の正面、苗刀をかまえているリーダー格の男はゴクリとつばを飲んでいた。天儀へ斬りかかれば間違いなく地面に鮮血を散らして転がるのは自分たちだ、というのがわかるからだ。
――刀を投げたのは失敗だったか。
と痛恨した。茂みに潜むなか目の前にあらわれた天儀たちはまったく自分たちの存在に気づいていない。予備の刀を投げて串刺しに殺すのは面白い。そう思ったのだ。だが、天儀が刀を手にした瞬間何倍にも膨らんだように感じた。
小男のはずの天儀が、いまは巨人にすら見える。そこから発せられる存在感は圧倒的で、リーダー格男ですら立っているのがやっと。天儀が足元に突き立った刀を抜いてかまえるまでの動作は、あまりに流麗で隙きがなかった。
「六対四だぞ! 降伏しろ天儀!」
「降伏したところでなます切りだろ。誰がうけるかその勧告!」
「はっ! 自分可愛さで他の三人を殺すとは、お前はやはり下劣だな」
「なんだと……」
天儀が重くいった。リーダー格の男はグイと押してくるような圧力を感じたが、優位はこちらにある、と自信を鼓舞して反駁した。
「お前がおとなしく死ねば、他の三人は見逃してやる。これは唐大公の仇討ちで、義挙である。我らの狙いはお前だけだ」
場がさらに緊迫した。天儀が一人がおとなしく死ねば、ことはすべて丸く収まる。
――たのむから降伏してくれ。
と思ったのか鹿島たちか、唐公の遺臣たちか。
「我らはお前を殺し、唐大公の墓前に報告してから出頭する……」
天儀が正眼にかまえていた刀を返し脇構え、
――切り合いに移るのか――
と誰もが凍りついた。天儀は果断で行動的。味方の損害など気にせずに斬り込んで、死ぬまでに何人斬り伏せられるか。狂気の行動に移るに決まっていると誰もが思った。
『追い込まれたときの天儀司令の行動なんて私でも予測つきませんよ……』
と、この場で天儀を一番良く知る鹿島ですら固唾をのみ、唐公の遺臣たちの柄を握る手にも力がこもった。が、違った。天儀はかまえを変えただけで動かなかった。
――どうする!?
天儀は逡巡していた。目の前のリーダー格の男を一瞬にして斬り伏せればあるいは勝機がある、と天儀は思った。甘い観測かも知れないが、奴らの士気は低下している、と感じたのだ。証拠に無駄口など叩かずに六人で一斉に斬りかかれば終わるのにそれをしない。
――抜きざまに全員で斬りかかられれば俺たちは一巻の終わりだった。
とも思う。それをしてこなかったということは気持ちが引けているということだ。
数をたのみ優位に囲んだだけに六人なかで、命に変えても殺す! という決意が鈍り、殺してから唐公の墓前へ詣でたい、などという生への欲がもたげたのだ。
が、天儀が飛び出た瞬間に、後ろの乱賊五人も飛び出る可能性もある。そして乱賊五人は鹿島たちを斬り倒してから、天儀へ襲いかかってくる。そんなケースも想定できた。これでは意味がない。四人全員が無事である必要がある。
――くそったれがっ!
と天儀が心中で猛烈に舌打ちした瞬間、
「天儀司令! 気にしないでください! 六対一ですけど、私たち応援してますから!」
という声。声の主はもちろん鹿島だ。
あらわれた襲撃者たちの狙いは天儀。自分たちは関係ない。だって仇討ちで義挙っていったんですから、関係ない私や星守さんと六川さんを巻き込むわけありませんよ。すっかり自分は死なないものと思っている鹿島容子は無敵の観客である。
天儀が正面の賊を見据え、かまえたまま、
「かしまぁー」
と腹立ちを混ぜたため息を吐いた。
「はーい。私はここにいますよー。ファイトです天儀司令! 私ってこんなめずらしい場面に遭遇できてちょっと感謝してます。怖いけど一生の自慢です」
「そ、その女のいうとおりだ! 天儀よ六対一だぞ!」
だから大人しく降伏しろ、という願いを込めてリーダー格の男は言葉を吐いた。それに天儀以外の三人が、自分たちもどうせ死ぬと覚悟して戦いを覚悟されては厄介極まりない。なにせ相手は軍警の腕章をつけた捜査官で特殊な訓練を間違いなくうけている。例えばあの眼鏡の男に斬りかかったところを、おかっぱの女に抱きつかれ、そこに天儀の刀が振ってくる。思いのほか抵抗され大乱戦に……。天儀を殺すころには負傷二名に死亡二名などという大損害もあり得るのだ。
――明確に他の三人をこの戦いから除外するのは有益だ。
とリーダー格の男だけでなく唐公の遺臣全員が思った。
「そうだ天儀司令、遺言とかありませんかー! いえ、私、天儀司令が負けるって決めつけているわけじゃないですよ。でも六対一ですから普通考えて天儀司令が頑張ったけどやられちゃうパターンですよね。あ、そうだ! そこに私が駆け寄って遺言を聞くっていうのはどうでしょうか。ステキな死に様だと思いますし、私ちゃんと彼女さんの千宮氷華さんにおつたえしますよー」
唐公の遺臣たち目がギロリと鹿島へ回った。
――余計なことをいうな!
彼らは天儀がおとなしく刀を捨て死んでくれることを切望しているのだ。切り合いになれば、誰かが無事ではすまない。それは自分かもしれないのだ。
唐公の遺臣たちの怒りが鹿島へと向いたことを察した六川が、
「それはとてもいい考えだが鹿島さん、ちょっと黙ったほうがいい」
といったが鹿島はもちろん自分の置かれた状況を理解しない。夢見る鹿島は完全に自分の世界に浸って唯我独尊。周囲の状況は自分のためにある。
「ほら六川さんからも天儀司令にいってあげてください」
「か、鹿島さんやめなさい。状況を、いや、空気を読もう」
「ええ? だって天儀司令が死んじゃったってなったら、千宮局長すっごく怒りますよ。あの人の怒りの矛先が、現場に居合わせた私たちへ向くのは間違いなし。私たちは永久に宇宙の最果てマタサイで警戒勤務なっちゃいます。でも、そのときに天儀司令の遺言をおつたえすれば、なんとかごまかせるはずです」
六川が心中で頭を抱えた。完全に唐公の遺臣たちの意識が、この間の抜けた女もついでに殺してやろうか、というものに切り替わったことを感じたのだ。
「かしまぁ! てめえは毎回俺の邪魔をしてくれるなぁ!」
「ええ!? 天儀司令ひどいです。私が天儀司令にどれだけ特戦隊でつくしたかのか覚えてないんですか。薄情ですよそれ。それにいまだって天儀司令のためを思って――」
「ああ、つくしてくれたな!」
「だったら――!」
「だったらなんだ。お礼の一つでもいって欲しいか? だが、お前にはバカ野郎の称号をくれてやる。あまつさえ俺の作戦に口をはさみ、隊の針路に文句をつけ、諸隊の予定を無断で変更し、勝手にブリッジ勤務の長になったり、そのたびに俺が尻拭いだ。本当に世話になったぜ!」
「むかー! そういういい方ってないんじゃないですか! 私はその倍は天儀司令を助けてますけどぉー!」
天儀と鹿島の言葉の応酬。最高潮に張り詰めた空気なかでの二人の間抜けな展開。が、間抜けな空気は伝播せず唐公の遺臣たちは緊張感ある顔で得物をかまえたままだった。いや、くだらないやり取りを見せられて幾分か緊張感がほぐれ、知恵が回った。
リーダー格の男が目配せし、橋側いる男たち五人も目配せし合ってからうなづいた。
瞬間、リーダー格の男が飛び出た。
チッ――!
と天儀が痛烈に舌打ちした次の瞬間には、アシカの鳴き声のようなひどい悲鳴があたりに響いた。
「天儀、この女を殺されたくなければ武器を捨てろ!!」
リーダー格の男が鹿島を虜にしていた。
観客気分が一転して渦中の人。
――私は唐公の仇じゃないですよぉー。
と半泣きで悲鳴をあげても、もう遅い。




