24-(14) 急転因果
「こういったものを食べ慣れているとみえますね天儀元帥。いえ、大刀部隊の元司令官殿」
特等捜査官の六川公平が焦げたイモリ刺さった串をマジマジと見つめながらいった。
いま、六川、星守あかり、そして鹿島容子は天儀の案内で農道を歩いていた。向かうさきは天儀の家だが……。
――見渡す限りの緑なんですけど。
と鹿島はあたりを見渡した。辺りは田んぼ、田んぼ、そしてまた田んぼ。とても家があるとは思えない。
「大刀部隊だと。なんだそれ。誰から聞いた」
「調べればわかります。僕らは軍警ですよ」
「……そんなものか」
「アキツの内戦時代のことはあまり話したがらないとは聞いています。隠し立てしたい理由はよくわかりませんが、内戦時代に精鋭を歌われた特殊部隊の司令官だったあなたならこういったものは食べ慣れているでしょうね。装備なし身一つの隠伏もお手の物か」
「精鋭の特殊部隊? まあ、特殊ではあるが、あれはそんな上等なもんじゃないぞ」
頭をかきながらいう天儀に、
「家ってどこですかぁ」
と鹿島は辛抱たまらず質問していた。だって、やっぱりなんど見渡してみても田んぼばかりで、その向こうには山だ。これぞ山田なんてくだらない言葉が思い浮かんでくるのは暑さのせい。鹿島としては早く日陰に入りたい。だんだんとマシにはなってきているが、まだ太陽は力強く暑いのだ。
「あそこだ」
といって天儀が指さしたさしきには橋……。橋の周りは草木が茂っていて見えにくいが、間違いなく橋だ。
「……嘘」
と誰がいったか、鹿島だけでなく星守や六川までもが絶句。まさか、とは思ってはいたが、そのまさか。見たところこの辺りに家らしきもなないけれど、どこかにテントでも張っていて野営しているのでは? という淡い期待は見事に粉砕さいれていた。
天儀の格好はTシャツに短パン。きつい臭いはしないので体こそ洗ってはいそうだが、真っ黒に日焼けしている。
日焼けにTシャツに短パン。おそらく無職。そして橋の下の家。
「完全にホームレスじゃないですか!」
と叫ぶ鹿島に、
「完璧な役満。パーフェクトでしょこれ」
星守からはひんしゅくの声だ。
「いやー。携帯端末どころかカード製の身分証明まで落としてしまってなぁ。困り果てていたんだが町の人達は親切だし、なんとかやってけるんでそのままだ」
「落としたって誰かに拾ってもらえなかったんですか。もし不正に使用されたらログとかも残るはずで、見つかるはずですけど」
「それが絶対に見つからない場所に落としたんだよ」
「絶対に見つからない? でも落とした場所をはっきり覚えている感じですか?」
「そうだ。ダムに落としたんだよ。この暑さだぞ。涼しくていいって聞いたからいったんだ。排水用のでっかい淵をのぞいていたらボチャンだ。粉々になって二度と戻らん」
あまりに馬鹿らしい理由だ。軍警の捜査から逃げ、隠れているという憶測は完全にハズレ。天儀のホームレス姿は、なによりそれを物語っている。
「再発行してもらえばいいじゃないですか。この惑星にも軍の出先機関や退役軍人コミュティーがありますので助けてもらえるはずです」
「この体でか。馬鹿いうな」
と天儀がTシャツと短パンという姿を見せるようにいった。三人はあらためて深いため息。いま、気づいたが天儀の足元は便所サンダルだ……。
「なるほど情けなくて出向けなかったと。天儀司令ったら意外に体面を気にするんですねぇ。謎肉なんて食べてるのに」
「まったく背広の一つも持ってくるんだったぜ。そうすりゃ軍施設に堂々と入ってVIP待遇だ」
「あれ? でも天儀司令って旅行をしていたんですよね? 荷物とかは? 着替えとかどうしちゃったんですか。あ、まさかお金に困って売ったとか!?」
「いや、置き引きにやられた。全部持ってかれたぜ」
「警察にとどければ……って、思いますけど、私もうわかりますよ。嫌だったんですねぇ」
「そうだ。察したか鹿島よ。さすが我が名補佐官。情けなくていえるか。星系軍の最高峰にいた男が置き引きにあって裸一貫だなんてな」
「あは。バカなんですね」
「おい、なにかいったか」
「いえ、なにもー」
あまりに情けない言い訳に、もう鹿島は応じるきいならない。ジロリと天儀の足元へレ冷ややかな視線を向け疑念を一言。
「天儀司令、それまさか……」
「いや、違うぞ。これはゴミから拾いだしたんじゃないぞ!」
「そうなんですかぁ?」
「おい、そんな疑いの目で見るな。これはもらい物だ。星守に話しかけていた女の子がいたろ。あの子がくれたんだよ」
鹿島は、はぁーと露骨なため息。間違いなく女児から天儀へ与えられたのは施しではなく、見下げはてた大人、という憐れみだ。
「ふ~ん。体面を気にして、いまの状況なのに子供からの施しはうけるんですねぇ」
「違う。プレゼントだ。あの子はそういっていた」
「……子供にそこまで気をつかわれて。そうでもいわないと受け取らないと思われたんですよそれ」
「馬鹿いうな。俺は案外モテるんだ。田舎町に颯爽とわれた俺。さぞ鮮烈な印象だったろう。初めて恋に落ちた少女。絶対にこれは憧れのお兄さんである俺へのプレゼントだと理解できる。そんな好意は断ったら悪いだろ。それともあれか鹿島、お前はあの子に使いもしないこのダサいサンダルを持って帰れっていうのか? 無理だろ」
「うぅ……。天儀司令、私、情けなくて涙がでてきましたよ」
大好きですと便所サンダルをプレゼント。そんな初恋は嫌だ。絶対に嫌だ。だいたい〝ダサい〟サンダルを初恋の相手にプレゼントするだろうか。
――絶対にしませんよ。
おおかた買ったはいいが、家でつかっていなかったものを恵んだのだろう。間違いなく初恋ではない。
なお、鹿島が嘆きの声をあげるなか星守は白い目で無言。六川も無表情で沈黙。もちろん二人のこの態度は天儀への非難だ。
天儀の存在をロストした。
――逃げたな!
と直感して躍起になって探してみればホームレスになっていただけだったという。それもそのきになれば、この状況を脱することができるのに、なんとかなっているから、という理由で半年以上このホームレス状態を放置とは呆れるしかない。
しばらく天儀を先頭にした無言の行進が続いたが、橋を前にして天儀がピタリと停止した。
「六川、星守。ここへくるのに他に誰かを同行したか? 例えば俺を拘束するための要員を手配したとか」
「いえ、そんなことはしていません。僕たちでまずは天儀元帥から話を聞こうとなったので、この三人だけです」
不思議そうに応じた六川に天儀は、
「なるほど……」
といって停止したまま。
――なぜ動かない?
と三人はけげんに思った。どうせ橋の下に案内され、そこに椅子や椅子に代替できるものがあるので、それに腰掛け辺りの埃っぽさと汚さに辟易しながらの話となるのだろう。暑さも辛いだろうが、日陰で皮の近くだけに幾分ましなのが幸いか。そんなことを三人は考えていたのだ。
謎の停止に鹿島が、
――あの、天儀司令?
と声をかけようとした瞬間。
「右に三人。左に二人」
といってさらに、
「そして後ろに一人か――」
といった瞬間。
――ビュッ!
となにかが飛んできた。鹿島は飛来した物体に気づけなかったが、六川と星守は反射的に伏せ、天儀は身を翻していた。
ぼたぼたと地面に血が落ちた。
「あ、天儀司令鼻から血が――」
この暑さで鼻血がでたのだろう、と鹿島は最初に思ったが、すぐに違うと気づいた。天儀の足元にはそれまでなかった刀剣が突き立っていたからだ。
――え、これって日本刀……?
鹿島は事態が飲み込めないが、この地面に刺さっている刀が天儀へ向かって投げられたことはすぐに理解した。この刀は切っ先を向けて槍投げのように投擲されたもの。そう、理解した。もちろん殺すために。
「いいからでてこい。お前らのたくらみは失敗したぞ」
と天儀がいったが、相変わらず橋の周辺に人影はない。人影はないが、殺意の込められた刀は飛んできたわけで、確実にここには四人以外の誰かいる――。
しばらくすると橋の右側から三人の男、右側から二人の男があらわれた。
「うそ……」
と鹿島は驚いた。天儀は隠れていた男たちの数をピタリと言い当てたのだ。つまり、ということは……。
「後ろにも一人!?」
鹿島が慌て振り向くと鞘に収まった苗刀を手にした筋骨たくましい迷彩服の男が立っていた。
――囲まれた!
と誰もが思った。天儀も厳しい表情だ。
「ふ、うまく避けたか天儀よ。相変わらず悪運が強いな。が、鍔が鼻にでも当たったか。みっともねえ鼻血だ」
背後から最後にあらわれた男がいった。剣刃に殺意込めて放ったのはこの男だろう。橋の下からあらわれた男たちでは物理的に不可能だ。なにもない田舎といっても草木はある。背丈ほどの雑草や木立に紛れて隠れることは可能だ。
「アンタたち駅にいた地上兵ね。軍警を狙うだなんて、よほどやましいことがあるんでしょうけど、私がこの携帯端末でコールすればパンサーズが急行してきて、あんたたちは一巻の終わり。いますぐに武器を捨てての降伏をお勧めするわ」
「通用するか、その虚仮威し。このクソ田舎にパンサーズが急行してどれだけかかる。いや、何日かかる」
「う……」
と星守が押し黙った。図星だった。やらないより、やってみる。とにかく上から脅しにかかってみたが、あっさり見破られた。そして、
――まずいわね……。
と思った。自分も六川も、そしてもちろん鹿島も武器を携帯していないのだ。宇宙時代は安全重視。任務外の軍人はもちろん軍警察でも管轄外では武器の携帯には煩雑な手続きが必要だ。二人は天儀が素直に聴取に従わず逃亡する危険を思いながらも、武器を携帯することは避けていた。
合気道六段の六川だけでなく星守にも腕に覚えがあるし、あえて丸腰でいくことで話はうまく進む。それが二人の一致した意見だった。
――丸腰で話せばわかる。
と、堂々といく。天儀という男はそういうパフォーマンスに弱いと見たのだ。それに軍の頂点にいた天儀といえども私的な旅行となれば武器の携帯は無理だ。
「それに我らの目当ては軍警らじゃねえ」
「私たちじゃない?」
星守は自意識過剰なきらいがある。投げられた刀は明らかに天儀を狙っていたのだ。
「貴様だ天儀! 唐大公の無念をいま思い知らせてやる!」
「お前ら唐公の遺臣か!」
と天儀も叫んだ。鹿島たちが駅で見かけた軍人は、地上兵ではなく傭兵。いや、正確には元傭兵。唐大公というグランダの権力者が養っていたエリート部隊員たちだった。
「〝大〟をつけろ! この痴れ者!」
「ははん。俺を殺して唐公の仇討ちか。馬鹿なことを計画したものだなこの暇人め」
「貴様は卑劣にも唐大公を陰謀の陥穽へと叩き落とし害した。唐大公に。なんの罪があった。いや、恨みがあったか! 唐家は帝の藩屏であり唐大公は国家の柱石で潔白であった!」
「恨みだと? 俺は唐公には感謝している。あの油デブのおかげで、俺は帝の覚えめでたく軍の頂点の大将軍。天童正宗率いる星間連合艦隊をぶっ倒し凱旋将軍だ。すべてあいつが帝位を簒奪しようとたくらんだおかげだ。本当に感謝している」
「お前は罪を捏造し、唐大公を暗殺した。そして成り上がった。これは許されない不正犠だ!」
そういうと男は手にしていた苗刀を抜いた。
本格的な戦闘のかまえを見せたのはリーダー格の男だけではない。橋の側にいた男たちもぬらりと、それぞれ手にしていた得物を抜いていた。
天儀、鹿島、六川、星守は六人の元傭兵に囲まれ絶体絶命。
「なるほど銃器は難しいが、骨董品と偽って刀剣を持ち込んだか。だが、あつかえるのかそれ? そんなに長い刀剣の類は特別な訓練が必要だぞ」
けれどリーダー格の男は動じる素振りなど一切無しで、
「俺たちは唐大公の傭兵団なかでも大刀隊だ。精鋭だぞ――」
といって危険に笑った。殺意に自信が乗った笑い。ゾッとするほど冷えたものだ。
「なるほど」
天儀がそういって小馬鹿にしたように笑った。
明らかに〝大刀隊〟と聞いて侮蔑したのだ。リーダー格の男がカッとなって叫んだ。
「なにを笑うか天儀!」
「お前馬鹿か――」
天儀が足元に突き立っていた刀の柄を握っていた。
鹿島がハッとして天儀を見ると、天儀の体貌から青白い炎が発っているように見えた。