24-(10) ジト目は理不尽
「軍警が天儀さんの粗探しを始めたのは知っていました」
と電子戦司令局の女、千宮氷華が始めていた。
話を聞く六川公平、星守あかり、そして鹿島容子の顔は真剣だ。あれだけ求めて、ついぞつかめなかった情報が、いま、天儀を最も知る一人であろう〝彼女さん〟からでようとしているのだ。
軍警の動きを知っていたといった氷華に、すかさず六川が反応した。
「やはりか。千宮局長、あなたは軍犯罪捜査局のサーバーへ定期的に侵入していた。しかも得意の電子戦技術で天儀の存在を隠そうとした。違いますか?」
「……ま、それは否定はしません」
「そして軍のデータベースにアクセスして凶星パイロット報告書も改ざんした」
「…………」
この沈黙は肯定だなと鹿島は思った。
「改ざんしたんですね……」
「否定です。スイーツ鹿島、あなたはくどい」
「だけど軍犯罪捜査局へのハッキングは繰り返していたんですよね?」
「それは否定しません。名実ともに電子戦科のトップにいる私にとって、自国の組織の仮想空間など庭のようなもの。チョチョイのチョイです」
「チョチョイのチョイって……」
鹿島が苦笑いするなか、
「まあいい。いまは凶星の件より天儀司令の居場所だ」
そう六川が話を進めた。保管庫にあるデータを改ざんしたとなれば大問題だ。
――必ず否定するに決まっている。
やった、やってないの押し問答がつづくだけ六川としては不毛だ。唯一、犯行を証明する方法は証拠のみ。六川たちはその証拠を所持していない。
「とにかく私はやんごとなき筋から偶然にも天儀さんが軍警から不当な追尾をうけていると知らされ一思案。ちょうどいいことに天儀さんは長期休暇の届け出が通っていましたので、旅行中の天儀さんの足取りを定期的に改ざんすることにしたのです」
「なるほど電子戦司令局が定期的に軍警のサーバーへ侵入して諜報活動を行なっていたわけではないと……」
「そうですよ六川特等、私たちはどこかの捜査局と違って、そんなに暇じゃなりませんから」
「となると、やはり報筋の正体は明かせないか。僕たちとしてはどこから情報がもれたか知りたかったところですが、まあ、いいでしょう」
だが、どうせグランダ皇帝絡みだろう、と六川も星守も思ったが、真相を知るは氷華のみだ。けれどグランダ皇帝の政治機関である朝廷は独自の情報収集も行なっているのを二人は知っているのだ。
――天儀を庇えるのは皇帝ぐらいだ。
実力や、軍内での天儀の支持者は少ない。アキノックや足柄は例外的だし、軍犯罪捜査局に対抗できるだけの専権はない。命に変えても守るという気概がある親衛隊も所詮は一兵卒。できることなどほぼない。そんななかグランダ皇帝なら、こうやって千宮氷華だって動かすことができる、と六川は思った。
「なにせ、やんごとなきですからねっ」
と鹿島がいった。つまりは高貴な身分とか生まれが良いということだ。いまのグランダ皇帝は世俗権力からの切り離しの真っ最中ですからね。そんなさなかで軍犯罪捜査局に侵入して情報を掠め取っていたと公になるはまずいに決まってます。だから氷華は濁したのだと鹿島は思った。ま、そもそも情報源を口にしないのは当たり前でもあるが。
「天儀さんは〝俺は暗殺には常に気を払っている〟などとキメ顔でいいますけれど、その対策というのは、遠回りになっても街灯のない道は歩かないとか、見知らぬ可愛い女性が声をかけてきたら警戒するとか、その程度です。天儀さんの諜報活動に対する防御はきわめて脆弱。そこで私の出番です」
「ほう。彼女さんの? そうだ千宮局長は一緒に旅行とか考えなかったんですか。千宮局長も思い切って休暇を取って彼氏をガード。私ならそうしちゃいますよ」
「はぁー。これだからスイーツは」
「あはは、これは手厳しい」
「私の得意は仮想空間。リアルに出てなにができるというのです。せいぜい熱中症になるのが関の山です。ま、そうなれば天儀さんが優しく介抱してくれるので、それはそれで私としてはありですが、それではガードの意味がないでしょう」
自虐なのか冗談なのかわからないこの言葉に鹿島は取り敢えず笑って流した。下手なことをいうとまた、これだからスイーツは、の繰り返しという予想は簡単だ。
「私が天儀さんにつけたのは嘘というボディーガード。定期的に移動情報に手を入れ、その足取りを隠蔽しました。もちろん私だけはわかるようにですけれど」
「でもそれって時間稼ぎにしかならない気が……。追跡しにくくするだけじゃ結局天儀司令は捕まっちゃいますよね?」
この鹿島の疑問に、
「ふっ……」
と氷華が失笑した。そんなこともわからないのね、という小馬鹿にした笑いだ。鹿島がムッとした表情になるなか星守が口を開いた。
「時間稼ぎをしている間に、やんごとなき情報源が、どこぞへ働きかけてなんとかする。そんな作戦でしょう」
「……ま、それはいえませんが、とにかく軍警と天儀さんを接触させないことが重要でした。天儀さんは無駄に高潔なところがあるので、軍警に追求されれば、すべての責任は大将軍だった俺にある、と答えるのは目に見えています。これでは責任がないことでも、有罪にされてしまいかねません」
「そこまで私たちの捜査は雑じゃありません。警戒しすぎです」
星守の言葉に氷華は、どうだか、と鼻で笑ってから言葉を継いだ。
「それにしても、ことは密事ですし電子戦司令局を挙げての作戦とはいきません。そんなことをすれば電子戦司令局と軍犯罪捜査局の戦争になりかねませんし。仕方ないので部下もつかわずにこの私が直接に徹底的に、かつ執拗に隠していたら……」
「していたら?」
「本当に居場所がわからなくなってしまいました」
真顔でいう氷華に全員がガクッと体勢を崩していた。まさか自分たちが天儀を必死になって探す羽目になっている原因が、そんな馬鹿らしい顛末だとは思いもよらない。
「あ、あの? 千宮局長?」
「私だけが天儀さんの足取りを追えるように何箇所かで途絶工作をしたのですが……」
「したのですが?」
「あの日、私は日課となった仕事終わりの癒やしの時間。今日の天儀さんはどうしてるかなタイム。けれど画面を確認して驚きです。なにも映ってない。不味いことに存在をロストしていました。いつもは天儀さんの姿が映っているはずの画面には前日泊まった安宿の部屋だけ……癒やしの時間がとたんに絶望タイムですよ」
「まさか完璧にやりすぎて見失っちゃったんですかぁ」
「いえ、違うわ。あなたじゃないのよスイーツ鹿島。だいたいの居場所はわかってます。なにせ彼女ですから」
「えーじゃなんで」
私たちに天儀司令を探すように命令だなんていったんですか、という言葉を鹿島は飲み込んだ。氷華がその貫禄のあるジト目で猛烈に睨みつけてきたのだ。これでは空気の読めない発言も愛嬌の鹿島の口の動きも止まろうというものだ。
「私は電子戦司令局のトップ。簡単にはここを離れられませんし、人探しのプロでもない。現地に行って歩き回ったところで徒労です。そんなときにあなた達が動き出したことを知ったので、早くこないかと待っていたのです」
「そうだったんですかぁ……」
「それにしてもスイーツ鹿島と軍警の愉快な二人! なぜ私のところに一番にこなかったのですか。私は天儀さんの彼女ですよ。無礼にもほどがあります」
「あはは、それは色々と事情がありましてー」
と鹿島が愛想笑いするしかないなか、六川がフォーロー。
「捜査上の都合や段取りというものありますから。迂路を取るのは必要行為です」
と、もっともらしいことをいった。氷華はこれで納得というわけでもなさそうだが、
「……ま、いいです」
といって地図と三人分の高速宇宙船と高機動ステーションのチケットを差しだした。
「天儀さんは惑星グラースタのどこかにいます。直ちに向かって探しなさい」
「え、それだけ?」
鹿島が思わずいってしまっていた。また生意気だみたいにジト目で睨まれるかもしれないのに。だって鹿島としては、もっと地区とか地域とか、せめて何大陸だとか、もうちょっと限定された情報が欲しい。複数の惑星で国家を作る時代でも、自然的に人類が定住できる惑星は地球大だ。
――とても広い。
惑星一個をポンと教えられて一人探せとは、砂浜からオンリーワンの砂粒一つを見つけてこいという指示に等しい。だが、千宮氷華の言葉は無情だ。
「ま、せいぜい頑張ってください。結果を期待しています」
無表情のジト目で繰り出されたこの一言で終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これでいいんですよね」
と氷華は鹿島、六川、星守が去ったあとの部屋で一言。誰かへと話しかけた。
三人が去り誰もいないと思われた部屋の隅には人影。その人影が、
「ま、上々の成果というところでしょうね」
とつぶやき氷華のデスクに近づいた。長身でストレートのブロンド。目のさめるような美人。見るからに育ちの良さそうな立ち姿。ルージュの引き方にも違いがでている。氷華が声をかけたのは、いつの間にか部屋にあらわれたこの女性だった。
「セシリアさんのいうとおりしましたが、軍警に見つけられても本当に天儀さんが逮捕されない保証はあるんですよね?」
「あら、氷華さんったら今更怖くなってしまったのかしら」
とセシリアと呼びかけられた女性が苦笑しながら応じた。
彼女はセシリア・フィッツジェラルド。情報部の女だった。
「……怖くはありません。ただ少し心配なだけです」
「あらあら。でも、わたくしの情報部でも天儀さんの居場所をロストしていましたから、誰に探させるかと相談したときに軍警が一番といったのは氷華さんですわ」
「そうですけれど……。見つかった天儀さんが逮捕されないようにする根回しは大丈夫なんでしょうね?」
「うふふ、どうかしら」
「……意地悪です」
「いまの軍で諜報機能に長けた組織は三つ。まずはわたくしの情報部、氷華さんの電子戦司令局。そして軍警、そしてその三つで存在をロストしたとなると、この世に存在しないも同じ。存在しないものを探すにはどうしたらいいか。難しい問題ですわ」
「……ないものは探せませんからね」
「三つのなかで探しものが得意なのはもちろん軍警。犬といわれる彼の嗅覚は人探しには抜群。ともすれば敵と定義できる軍警をつかって見つけさせようという発想、わたくし中々ステキだと思いますわよ」
「……その犬がそのまま天儀さんを引き立てていっては困ります」
「ま、そうですわね。うふふ、それにしても、やんごとなき情報筋とは」
「はぁ、それがなにか?」
「上手にいいましたわね。彼ら情報の出処が朝廷だと思っていましてよ。わたくし、うまくごまかしていただいて感謝しますわ。情報部が軍警を監視していると知れたら面倒ですから」
「セシリアさんの実家はエネルー事業で大成功したお家。朝廷にたむろする家柄だけの乞食より教養もあります。格式高いフィッツジェラルド家。名実そろったとはまさにこれ。生まれが良いのは事実でしょう。まさに〝やんごとなき〟に当てはまります」
「ま、そうですわね」
「それにしても軍警を監視とは情報部も暇なものです」
「作戦中の司令官を有無もなしに逮捕されては困りますから、戦線が崩壊しかねません」
「そこまでするでしょうか」
「そこまでするのが軍警ですわ」
「で、誰に話をとおして軍警の動きを掣肘するのですか。はぐらかしは、なしでお願いしますよ」
「国務長官殿ですわ」
「ああ、内務卿……。国子僑ですか」
「ええ、美麗の国子僑」
セシリアは微笑するとスッと部屋から消えた。一人部屋に残された氷華は、
「……不安しかない」
と、つぶやいたのだった。
国務長官、雅称は内務卿。その国子僑は皇帝から世俗権力を剥奪するプロセスの推進者の一人。イコールで軍縮派。
――皇帝支持は軍人に多いですから……。
シビリアン・コントロールを重視する国子僑は軍からすれば軍の弱体化は望むところ。氷華の見るところでは戦争の勝利者を断罪することは、むしろ歓迎すべきことに思えた。