24-(9) ジト目の女
「ついにきたわね。スイーツ鹿島。けれど私が天儀さんの情報を口にすると思って? おとといきないとはこのことですよ」
このいきなりの強気の発言は千宮氷華だ。電子戦司令局のトップに居座る女である。
いま、鹿島はコジョレ本部の敷地内のビルの一つのなか。ここは電子戦司令局の本部だ。そして立っているのは局長執務室。もちろん六川公平と星守あかりも一緒。
鹿島は言葉とともにジト目でにらんでいくる氷華にタジタジだ。
「あはは、千宮局長ったら違いますよ。私はあくまで、このお二人のお手伝いで――」
鹿島の言葉が終わる前に氷華がジトリと六川と星守を見た。いや、一瞥という感じだ。まったく動じていない。いままでの訪問先の人々は『軍警』と知っただけで驚いていたのに、千宮氷華は一味違う。
「なるほど軍警。しかも特等。けれど軍警の高官を二人も引き連れたところで変わりはしません。宇宙の最果てマタサイ基地行きになりたくなければ、早々に退去しなさい、このスイーツ」
――アハハ、すごくご機嫌斜め。
さらに過激化した氷華に鹿島はもうなんと応じていいかわからない。そんな鹿島に代わって星守が進みでた。
「あら、これは手厳しいですね。千宮局長からすれば、軍警も番犬程度の認識ですか」
「……星守あかり」
「あらフェードアウトガール千宮に、私の名前を知っていただけていたなんて光栄ですけど、千宮局長が思っているほど軍警は甘くないですよ。素直に我々の質問に答えたほうが身のためです」
強気の星守に発言に氷華がジロリ。確認したさきは……。
「ふっ……」
「なっ!? ちょっと失礼じゃないですか。いま、私の胸を見て失笑しましたよね!」
「あら気づいた。軍警なんてやっているだけあって勘は鋭いのね。でも、かわいそうにあなたは天儀さんの視界に映らない」
そういって哀れみの目。星守はなぜか腹立たしい。天儀を付き合うとか、恋愛の対象としてみたことがないのにだ。確かに星守からしても、天儀は分類すれば二枚目といっていい顔立ちだけれど、星守が知るのは戦場での独裁的なあの性格。少しだって良いと思わない。そう、星守は天儀嫌悪派ともいってもいいが……。
――なのにムカつく!
星守が食ってかかった。
「はぁ? 私これでもCあるんですけど!」
「口ではなんとでもいえます」
「というかセクハラじゃないですか!」
「私は客観的な感想と視覚的な事実を述べただけ。それがセクハラとはこれいかに? 軍警とはなんでも難癖つけて回るのが仕事とは聞いていましたけれど、これほどとは呆れます」
「はぁー!? 事実? 客観? しかも言うに事欠いて難癖ぇー?」
星守は顔真っ赤。そんな星守を眺めていた六川といえばつとめて冷静。
――これまった見事なほどにあっさり挑発にのったな。
六川は知っている。星守は体型のことをいわれるとひどく機嫌が悪くなることを。久しぶりに激昂する星守を目の当たりにして懐かしくもある。昔は軍令部で不正の取り締まりも行なったのだ。そのときの星守は、どんな偉い相手へでも、いまのように果敢だった。だが、なつかしんでばかりもいられない。ついに六川が動いた。
「星守くん本題とはだいぶ逸れている。落ち着いてくれ、これでは話が進まない」
「いえ六川さん、お言葉ですけど今回ばかりは許せません。グランダ出身の軍高官は、こんなのばかり!」
六川につばを飛ばしつつ星守が氷華をビシッと指さした。
「こんなのとは失礼な。軍三部の一角を担っている私をこんなの呼ばわりとは軍警も増長したものね」
「軍三部? だからなんだっていうんですか。お偉い割に千宮局長はご存じないと見えるので教えてさしあげますが、軍犯罪捜査局は内閣府の直轄。軍が犯罪を捜査するんじゃなくて、軍の犯罪を捜査する組織。それが軍警! その虚仮威しどつづくかしらね!」
「星守くん落ち着くんだ。完全に相手のペースじゃないか」
「落ち着いてます! それにペースはイーブンです! いまからこの目付きの悪い小女へ厳重注意! 徹底的にいい込めて泣かせます!」
落ち着いてもいなく、ペースを握ってもいないし、
――おそらく泣かされるのは星守くんだ。
などといえば状況は悪化するのは目に見えている。ここは慎重に言葉を選ぶ必要があるが……。
「星守くん君のバストサイズはさほど小さくない。冷静になってくれ」
クソ真面目を絵に描いたような男からでた言葉は予想外で、室内に静寂を呼び込んでいた。部屋は一瞬にして静まり困惑の空気に支配された。鹿島は引きつった笑いでやり過ごし、氷華は相変わらずのジト目で事態を静観。星守当人は、
「あ、はい」
と狐につままれたような顔で冷静な返事。けれど星守の内では怒りは冷めやらぬ。目の前のジト目の小女こと千宮氷華と比べれば小さいのは事実。
――慰めになってないんですけどそれ……。
とむしろ腹立たしい。
「客観的な数値は君自身がよく知っているはずだ。それに僕の記憶にある君の身体データはC++とあった。これは俗にいう貧乳とは程遠い。違うかい?」
「ちょっ、なにさらっと私のプライベートデータをチェックしていたことバラしてるんですか! 正気ですか!?」
「しかも去年はC+で今年C++。それに軍にきた頃はCマイナーだったはずだ。つまり成長もしている。このままいけばC+++も夢じゃない。C+++はDカップだ。将来的には千宮局長に勝てる可能性だってある。自信を持つんだ」
なお、断っておくが軍だろうが民間だろうが個人データは厳重に保護されている。本人の同意がなければ上司であろうと閲覧はできない決まりだ。もちろん星守は同意した覚えはない。
「ええ!? しかも毎年、私のバストサイズをチェックしていたって、なにしてくれてるんですか!」
「君が人質などに捕らわれた場合の対策だ。星守君は果断で呵責ない。あまりに多方向から恨みを買っていたので、どんな目に合うかわからなかった。星守君が人質に取られ場合や、死亡してしまった場合、君である確認ができるように、僕は上司として身体的特徴をより多く把握しおくことにしたんだ。その数九十九個、これを覚えるのに僕がどれだけ苦労したか」
六川の熱弁に、一理ある。と星守は思ってしまったが、これは明らかにおかしい。
「でもそれがなんで私のバストのサイズを毎年チェックすることにつながるんですか!」
「映像に胸しか写っていないとか、死体が胸部しか残っていなかったら困るだろ」
「いえ、胸以外も映るでしょ。それに胸部だけの死体ならDNAデータと照会してください」
「ひと目で手っ取り早くわかったほうがいい」
「確かに……。いえ、だめ私。騙されたらダメ。これはおかしいです。だって映像だけでバストサイズなんてわからないですから、私の身体データを毎年チェックしたところで無意味!」
これに黙っていた鹿島も賛同した。
「確かに……映像だけでバストサイズなんてわかりませんよ……。見た目の大きさって全然、変えれちゃいますし……」
が、六川は、
「わかる」
即答。力強い断言だ。
「えぇ!?」
と星守と鹿島が同時に驚いた。驚きの声には、嘘ばかり、という非難の色が混じっている。ちょっと底上げすれば、ジロジロジロ見てくる男の多いこと。そんな視線は女子にとっても優越感でもあるけれど、
――胸の詰め物に簡単に騙されるのが男。
というのは女子の二人はよく知っている。が、六川は一歩も引きさがらない。
「わかる、といったんだ。男なら誰でもわかる。むしろわからないわけがない。なにをいっているんだ君たちは」
は? なにをいってるんだって私がですか? と星守がカっとなり、
「これは――」
セクハラですよ! と叫ぼうとした瞬間、
「セクハラね。特等さんがまさかのセクハラ。これは看過できません。即通報ものですよこれは」
それまで様子を見守っていた氷華がジト目を光らせいった。
瞬間、六川が氷華を見た。話に口を挟んでくるのを待っていたというような素早さだ。
「そう。通報だ。千宮局長。半年前に一般の警察へ天儀元帥関わる通報がなされている。自動車の単独事故の通報。が、事故はなく通報は間違いだったということでことなきをえている」
六川の舌鋒はするどく氷華を襲ったが、氷華はだんまり。無表情と沈黙は彼女の得意分野だ。が、六川もこんなことは織り込み済みだ。それに沈黙したということが、なによりの裏付けでもある。
『天儀が単独事故を起こしたという誤報』
これだけで、なんの意味もなしていない。証拠に鹿島も星守も困惑気味だ。当然、六川の言葉もこれだけでは止まらない。語勢をまして続けた。
「僕はこの通報を行なったのは、あなただと考えている」
「……理由は?」
「あなたは天儀元帥をかばおうとしたが、同時に軍警が極めて優秀な組織だとも知っていた。いくらあなたの電子戦技術でも天儀元帥を守り切るのは不可能。ならば自動車事故で死亡したということにしてしまえば? 僕たちも死んだ人間は追わない。捜査は打ち切り間違いなしだ。だが失敗した。仮想空間で無敵のあなたでも、現実世界と絡めての虚構の構築は困難だった。違いますか?」
「なるほど、六川とかいったわね。あなたはそこのスイーツや、貧乳よりは賢いようね」
――貧乳じゃない!
――スイーツだなんてひどいです!
と叫びそうな二人を六川は片手で制して発言を止めさせ、さらに発言をつづけた。
「そもそも僕たちは一度も訪問の目的をあなたにつたえていない。それなのにあなたは我々が天儀元帥がらみでここに現れたと知っていた。千宮局長、あなたは軍警察のサーバーへハッキングし、しかも監視を行なっていましたね」
軍内で恐れられる軍警察が唯一煙たがるのが電子戦司令局。世の中は多惑星間時代。宇宙が星系間を行き来する時代にあって、仮想空間での情報のやりとりは膨大だ。そんな状況で仮想空間での諜報活動は重要ではあるけれど、情報部の諜報部隊も、軍警察も仮想空間であっては電子戦司令局の電子戦部隊にはかなわないというのが実情だ。
「あなたとの面会時間は限りがある。星守君を挑発して、無為なときを過ごさせようという計画でしょうがそうはいかない」
六川が氷華の逃げ口上をふさぐようにいった。そう。時間いっぱいノラリクラリとかわされてタイムアウトでは困るのだ。
「……いいでしょう」
氷華がフッと息を吐いていったが、
――殊勝にも観念したようには思えませんけど。
星守から見ても、あきらめたよう見える。これから自分たちがおこなうべきことは、天儀をどこへ隠しているか、その動機だ。それさえわかれば凶星のデータを改ざん内容も見えてくるし、凶星パイロットの虐殺があったかどうかも判明するだろう。
「まずは天儀元帥の居場所です。それを教えていただきたい」
六川がさっそく切りだしたけれど、
「そんなものは知りません」
と氷華は相変わらずのジト目であっさりと切り捨てた。
ついに喋るかと思ったやさきにこの態度。氷華に迫っていた六川だけでなく、星守も鹿島も落胆。
――やはり一筋縄ではいかない女。
アキノックや足柄と違い追い返すこともしないが、喋ることもしない。ここから千宮局長はだんまりを決め込むだろうと三人は思った。フェードアウトガールはサイレンス・ガールとしても有名だ。終始ジト目でだまってにらんでくる短躯の女。彼女を時間内に喋らせるという根気を思うと気は重いがやるしかない。
が、そんななかまたも予想は裏切られた。
「六川特等あなたは合格です」
と喋ったのだ。
「私としては貧乳とスイーツではどうなることかと心配でしたが、軍令部にその人ありといわれた六川公平がいるなら妥協しましょう」
「え、どういうことですか? 千宮局長が私たちへ凶星パイロット書類の改ざんの件や、天儀司令の居場所を喋ってくれるんじゃないんですか」
鹿島は思わず質問していた。鹿島は氷華の態度を見て、
――意地悪で絶対に教えてくれなさそう。
などと思っていたのだ。それこそ梃子を口に突き刺しても、千宮氷華のそのへの字の口は動かないだろう。それなに動いた口からでた言葉は、鹿島にとっては意外なもの。いや、鹿島だけでなく六川や星守にとっても予想していたものとは大きく食い違っていたろう。
「居場所なんて知りません。むしろ私が聞きたいぐらいです」
「は? 千宮局長は天儀司令の居場所をご存じない。彼女さんなのに? あっ……」
とまでいって鹿島は察し顔。
――振られちゃったんですね。
鹿島からして千宮氷華は嫉妬深すぎだ。仮に自分たちに見せているような態度を彼氏の天儀へも向けているなら、さぞ辟易されたろう。
そんな鹿島の察し顔の意味がわからいでか。氷華がジト目に殺意をみなぎらせた。
「なんどいわせるんですか。居場所がわからないだけ、といっているでしょうに――!」
「ヒェッ」
と鹿島は肩をすくめた。それほどに氷華の剣幕は凄まじい。
「彼女でも知らないことはある。それともスイーツ鹿島は彼氏になった男のDNA配列までご存知とでも? ま、私は天儀さんのDNA配列ぐらい知ってますけど、普通は知るわけないのですこんなことは」
「うぅ……。やっぱり振られちゃったたんですね。私ったらデリカシーなくてごめんなさい!」
「違う! 振られてないといってるでしょ! 半年近く連絡がないだけのことです!」
この言葉に反応したのは星守。思わず、
「いや、それって……」
と哀れみの混じった突っ込み。彼氏から半年間音信不通などとあり得るのだろうか。いや、ない。どう考えても振られたといっていい。
「もっとも私から連絡しようと思っても無理なので、天儀さんが私に振られたと思って悲嘆に暮れ、寂しさのあまりに変な女にフラフラよって行ってないか心配なわけですが」
あまりに無様なこの言い訳。無残というか、むごいというか。男に逃げられた女は見ていられない。心は瓦礫の山で満ち満ち荒んでいるというのがよくわかる。星守からして、千宮氷華の自分たちへの強い当たりの理由はもう合点がいった。
――完全な八つ当たりじゃないですか。
鹿島も同様に感じたようで、
「なんというか、ご愁傷様です……」
と口にした。瞬間、氷華がチッと強烈な舌打ち。猛烈な怒気を飛ばして鹿島を睨みつけた。鹿島は途端に真っ青になって縮みあがった。氷華は殺意を込めたジト目に一撃され沈黙した鹿島を見て殺しきったと満足したのか、コホンと咳払いして話し始めた。
「そこで私から六川特等以下二名へ天儀さんの捜索の命令をさずけたいと思います。この件については電子戦司令局の全面的な支援があると思っていただいて結構です」
――は?
とは音にこそでなかったが、場には困惑した空気が広がった。そんななか氷華が、
「あなた達も天儀さんを探している。私も天儀さんを探している」
それだけのこと、というようにいった。
が、星守も鹿島も納得できない、なにせ自分たちは氷華に天儀の居場所を聞きにきたのだ。それが氷華から天儀を探せとは、まったくもって解せない展開だ。そんななか、
「わかりました。千宮局長の命令をおうけします」
と、いったのは六川だ。彼にとって氷華の命令は渡りに船。予想外の展開など、些末な問題。
「え、六川さん千宮局長の命令をうけるんですか!? 私たちは軍警ですよ」
「星守君、問題ないよ」
「いえ、絶対に問題になりますよ!」
「僕だって星守君の懸念は理解するところだが、我々は軍籍ということには変わりない。軍警の人材の多くは軍から提供されているし、そもそも軍犯罪捜査局は軍だ。警察などから移ってきても正式な軍犯罪捜査局の所属となれば軍籍、つまり軍人となる」
「それは知ってますけどぉ」
「軍人がうける命令が一つとは限らない。千宮局長は軍人で、我々も軍人。この場合、二つの上位の司令部から同時に命令をうけただけだ。ま、二つの上位の司令部同士のすり合わせがないのは少々問題だがね」
が、この場合は、その問題など些細なものだ。千宮氷華の提案をOKすれば、あの六花の天童愛が自分より優秀と認めたフェードアウトガール千宮と、電子戦司令局の協力が得られるのだ。
――天儀元帥の捜索は進展する。
それも飛躍的にだ。一気に発見まで持っていける予感すら六川にはある。
「では、うけていただけるようね」
と氷華が六川と星守を交互に見ながらいった。
「はい。是非――」
「ふっ……。従順とは美徳ね。スイーツ鹿島と貧乳も少しは六川特等を見習いなさい」
「ところで千宮局長、命令は喜んでうけますが、二三質問と天儀司令が行方不明になるまでの顛末をお聞かせ願えませんか。千宮局長は天儀の足取りが消えたタイミングと、潜伏先の目星があると僕は見ましたが?」
「いいでしょう。探してもらうのだから、こちらとしても情報はできる限り提供します」
そういって氷華が喋り始めたのだった。




