24-(4) 三人目、最速の男
「三人目は僕の提案でいいかな」
と六川公平の提案で鹿島たち三人が向かったさきは空の上。いま、鹿島容子、六川公平、星守あかりがいるのは艦隊司令部が置かれる宇宙基地。
久しぶりの宇宙の空気には鹿島の気分は上々だ。
――ま、宇宙に空気なんてないんですけど、雰囲気ですよ。雰囲気。
一度の軍用宇宙船勤務で、自分は生粋のスペースノイドを自負してしまうのが地上生まれの鹿島だ。そんな上機嫌の鹿島に話しかけたのは、もうすっかり友達の星守。が、そんな星守の表情は鹿島と違い曇りがち。
「……鹿島さん今日はタイトなミニなんですね」
「えへへ。気づいちゃいましたか星守さん。今日はちょとお洒落ですよ。なんといっても戦争の英雄に会えるんですからね」
鹿島は嬉しそうに笑いながらいったが、応じられた星守は、
「鹿島さん……」
と苦いお顔。アイドルのサイン会じゃないんですけど、と苦言を呈したい。自分たちの目的は、あくまで天儀の居場所の捜索だ。真面目な仕事の最中に物見遊山気分では困ったもので、星守が鹿島の胸元に目を向けてみれば、
――はぁー。
と特大のため息しかでない。なぜなら鼻歌交じりの鹿島が胸に抱くのはサイン色紙のようなもの。あくまで〝ようなもの〟だ。認めてしまえば精神の均衡をたもてる自信がない。もう星守はなにから注意していいのかわからない。こんな状況で、
「似合います? 変じゃないですか?」
などと純粋無垢な笑顔で聞かれてしまえばますます注意しがたい。
「似合ってますけど……」
あのね鹿島さん、と注意の言葉に続けたい星守の声は、
「これカタリナ従姉が着任のお祝いに買ってくれたやつで。あ、カタリナ従姉っていうのは私の歳上の従姉で――」
というどうでもいい話に遮られてしまって不発。星守はもうお手上げ、
「六川さん」
小さな声で耳打ちした。
「ちょっと鹿島さんに注意してください。あれはまずいです」
「君がいえばいい」
「え、でも……」
「もう仲良しによう見える」
「はぁー。だからいいにくいんですよ逆に」
「ほう。誰だろうとおかまいなし星守くんが、なるほど興味深い」
そういって六川はさきへさきへと進んでいくだけ、鹿島を注意する気などさらさらなさそう。
「ちょっと六川さん!」
星守が思わず伸ばした手は虚しく空を切った。
「どうしたんです。お二人で秘密の作戦会議?」
「え、あ、鹿島さん。なんでもないですよ」
「ふ~ん、そうですか。ところで今日はタイもいつもと違うんですけど、どうでしょうか」
「鯛? ああ、ネクタイ。そうね。似合ってると思うけど……」
ええ、似合ってますとも。似合ってますけどもね。ですが鹿島さんその浮かれた格好と、緩みきった顔、そして軽薄な雰囲気。そして、いままであえて見ないようにしてきたけれど、胸に抱かれた正方形で真っ白な厚紙。それはまさか……。
「サイン色紙……」
「うふふ、わかっちゃいました?」
どうか否定してくれと、嘘でもいいから否定してくれと願っていた星守の願いは虚しく粉砕されていた。
「前に一度戦争の飾緒殊勲の一人にお会いしたときにいただいちゃったんで、今回もです。人って欲がでるものですね。一つもらうと、もう一つって。私もこの機会を逃したらもったいないかなって」
「ダメねこの女。手遅れだ……」
「え? なにかいいましたか」
「いえ、なんでもないです。サインもらえるといいですね」
星守は引きつった笑い。完全に皮肉交じりの応じ肯定だけれど、
「はい!」
と鹿島は嬉しさいっぱいの笑顔でちっとも気づかず。
なにもかもが手遅れ。一体全体どうしてこうなった。いや、星守にも察しはつく。
――どう考えても特戦隊で天儀が甘やかしたから。
なにやってくれたんですかあの人は、将来の主計総監にどんな育成をしたんですか。完全に失敗コースに入ってるじゃないですか! 星守がそんな憤りを覚えるなか基地中枢に入るための受付が見えていた。
――うわ美人。
といったのは星守か鹿島かわからないが、三人の目の前にはスタイルのいい美女の受付嬢が二人にっこり笑っている。来客受付なんだから当たり前だろ、といえばそうでもはない。ここは軍事基地で、大会社ビルの受付ではないのだ。出入管理もかねた受付には普通は目つき鋭い屈強な男がいかめしい顔で立っているものなのだ。
が、なんとなくの違和感も、おかしいとまでは感じない。鹿島も星守も、そんなものかと受付を済ませて先へと進みだした六川のあとにつづいた。廊下を進むと右手に側に、
――第三艦隊司令室
という文字が見えてきた。このなかに今回の目的の人物がいるはずだ。はたしてこの部屋の主、いや基地の主は天儀の居場所を知っているのか。六川と星守だけでなく、サイン色紙を抱く鹿島も含めて場には緊張感が漂った。先頭の六川はもう司令室扉の前に差し掛かろうとしている。数秒後には三人は扉の前に行儀よく立ち代表の六川がノックし、セキュリティの認証を受け、扉が開き、という流れで入室がベターだ。が、三人が扉の前に差し掛かったとたん。
――バーン! ドーン!
というけたたましい音とともに扉が開いた。鹿島と星守は驚きの顔、滅多なことで表情を変えない六川も微妙に目を見開き停止。
「ひどい!」
と涙声で叫んだのは、扉が開かれると同時になかから転げてきた二十代前半の将校。なかなかの二枚目。そんな非難の言葉に応じてぬらりとできた長身の男が、
「てめえは解任だ!!」
と涙目の若い将校に怒鳴りつけた。
開け放たれた扉からあらわれた男は長身で野性味あふれたくましく、着込んでいる軍服のディテールの派手さから特注品だとすぐわかる。そしてすぐわかるのは、それだけではない。伊達男というのもひと目で見て取れる。
「横暴だ! 訴えてやる!」
「おうおう好きにしな」
「やらないと思ってるだろ! でも絶対に訴えてやる! こんなの酷すぎる!」
「やれるもんならやってみろ。てめえの女を寝取られたんで、司令室に殴り込みいったら返り討ちにあったうえに免職になったってな!」
「やっぱり! 俺の女だって知ってたんじゃないか! 人の女を取るだなんて司令官だって許されない!」
「取ってねえ! ちょっと食事に誘って、ちょっと映画見て、ちょっといい雰囲気になってたんで、ちょっとキスして、ちょっと自室に誘って、ちょっと夜を過ごしただけだ。全部ちょっとだ!」
「ちょっとでも全部やってるじゃないか! なんて野郎だ!」
「てめえ、それが上官に対する、このクイック・アキノックに対する言葉づかいか! あらためろ!」
若い将校はなにか言い返そうとしたけれど、感情が高ぶって言葉がでず。ついにはワーッと泣きだし走り去ってしまった。見事な、いや、悲惨な負け犬っぷり。
どうなるものか、いや、どういう状況!? と驚いていた鹿島たちにも大体状況は把握できたが、あまりのことに声もでない。
「けっ! そんなに大事になら名前でも書いとけ!」
アキノックが若い将校が走り去った方向へと悪態をつくなか、司令室のなからメガネをかけたスタイルの良い長身の美女が現れた。ブロンドに青い瞳、まさに絵に描いたような美人だ。
「はぁ。この扉が壊れるのはなんどめかしら……」
「エレナか。ということであいつは解任なので手続きしておくように」
「その前にアキノック将軍、次この扉が壊れたら自費での修繕という約束覚えてらっしゃいますか?」
「知るかそんなもん。あの女の良さもわからん逃げたクソガキに払わせろ。せめて向かってこいってんだ」
「誰が軍で指折りのキックボクシングの使い手に、しかもこんな大男に挑みたいものですか。ここまで抗議にきた彼はよく頑張ったほうです」
「どこが頑張った。文句をいいにきて、それを途中へたりやがって。大事な彼女ならいどんでこい!」
「はぁ……アキノック将軍ほどほどになさってください。基地内のネズミとクイック・アキノックが声をかけた女とどちらが多いのか噂になってます。最高軍司令部で実質最高格の艦隊司令官がそれでは示しがつきません」
「なにがだ。とびきりの美人であったら声をかけないほうが失礼だろ」
「その言い訳は聞き飽きました。とびきりがこの基地には何人いるのかしら」
「何人って……。そうだ。彼女は目元が無双の美人なんだよ。憂いを帯びた感じは二人といない」
「はぁ……」
とアキノックからエレナと呼ばれた金髪美女がため息すると、六川や鹿島たちを見て、
「ところで、あなたたちは?」
と声をかけてきた。眼の前で展開された思わぬ事態に鹿島や星守は気後れ気味、代表してなにごとにも沈着な六川が生真面目な敬礼を交えながら応じた。
「特等捜査官の六川公平です。そして部下の一等捜査官星守あかり。そして制服でおわかりでしょうが主計部秘書課の鹿島容子です」
「あら……特等捜査官……? 軍警察が挨拶にきたとは取り次がれていたけれど……」
エレナは驚いたふうだが、口元の笑みは崩れない。暴走気味の上官アキノックに対して、冷静な女性なのだろう。
「それに主計部の鹿島容子……。どこかで聞いたような。ああ、あの主計部の至宝の鹿島さん?」
「はい! その鹿島ですよ」
「へー」
とエレナが鹿島の顔をまじまじと見た。鹿島は少し居心地悪いが、けれど値踏みするような感じはない好奇心というか純粋な興味といった感じだ。
「どうしたんです?」
「あなたいま兵科武官の間でちょっと有名よ。戦闘のわかる主計官、バトルサポーターってね」
「えへへ、そうですかぁ」
「ふ~ん。ずいぶん可愛らしいのね。もっとメガネのガリ勉想像したわ」
「ふふ~ん。じつはこんなに可愛いんです。えっへん」
「あら変わった娘ね。でも、いいわ。そういうの好きよ。私はエレナ・カーゲン。そこの軍内ではクイック・アキノックと呼ばれている大男の秘書官。よろしくね」
とエレナは鹿島だけでなく、六川と星守も見ていった。六川がすかさず前にでた。
「エレナ秘書官、受付から我々の訪問の連絡がいっていたはずですが……」
「六川特等、ご覧の通りの騒ぎですので。それも三日に一度はね」
「なるほど」
「戦争の英傑の一人が、お恥ずかしい限りです」
六川はだいたい状況を把握した。おおかた彼女を取った取らないの騒ぎで急な来客に対応できず。
――いま取り込んでるの。いいように対応しておいて。
などと任された出口管理の兵士は弱ったあげく『軍警察』という六川と星守の身分を見て通してしまったのだろう。無為に待たせたり、追い返したりすれば第三艦隊が軍警察に目をつけられかねない。散々に内部を探られれば必ず一つや二つの問題はでてくる。それを問罪されれば面倒だ。
六川とエレナが言葉をかわすなか、長身で二枚目の男、つまりキノックが動いた。
「これはこれは美しいお嬢さんが二人も、こんなむさ苦しいところへどうして」
アキノックが声と視線を向けたさきは鹿島と星守。ずいとでてくる大男に、
「えっと……」
女子二人は気後れ気味。だが、アキノックはかまわない。
「いや、わかってます。俺がるからですね。このエルストン・アキノックに会いにきてくださった。そうでしょう。先の戦争一番の英雄にね」
戸惑う鹿島と星守を見かねて、
「またそんなこといいなすって、一番は李紫龍。自称一番はみっともないのでお止めになってくださいとあれほど申しあげているのに」
秘書官エレナがたしなめた。
「なにいってる俺のおかげで勝ったんだよ。エレナ、お前も俺の横で見てたろ決定的な勝利の瞬間を」
「はぁ……大の男が情けない……」
「おい、世間じゃ紫龍のボンボンのおかげで戦争に勝てたといわれているが、あの艦隊決戦で最初に敵を撃破したのは俺だ。天儀は俺の攻撃が決勝だったと明言している!」
「はいはい、そうですね。そうだといいですね」
「エレナてめえ」
痴話喧嘩のようなものを始めた二人に鹿島は、
――日が悪い。
と痛感した。もう二回も天儀の居場所を聞きだすのに失敗しているのだ。
――ま、最初の人はおまけみたいなものですが、失敗は失敗です。
鹿島としては今度こそ天儀の足取りにつながる情報を手に入れたい。
「えっと、今日は立て込んでいるご様子なので、また日を改めて……」
「いやいや大丈夫、大丈夫。全然、立て込んでない。こんな美人二人に帰られたんじゃ艦隊司令の名がすたるってもんですよ」
「はあ、でも走り去った将校さん追いかけたほうがいいのでは? 訴えられたら大変ですよ?」
「いやはや、とんだところを見せましたね。彼は機が動転していたんだ。我が艦隊の恥ずかしいところを見られてしまった。彼なら平気ですよ。今頃、お気に入りのポルノ雑誌でも買って熱い気持ちを落ち着けている頃でしょう。じゃまするのは無粋だ」
「えっと、でも解任って……」
「あれは冗談ですよ。彼の頭を冷やさせるためのね。本気じゃない」
「あの人の彼女さん取っちゃったんですか?」
「彼の勘違いだ。何かの行き違いがあったようですなぁ。本当に深刻な行き違いだ。でも、大丈夫、俺は寛大です。なにせ飾緒殊勲の一人であり、あの宇宙最速といわれるクイック・アキノックなんですよ。なにも心配ない。さあ部屋へ入ってください」
強引に部屋に誘おうとしてくるアキノックに鹿島の気持ちは引き気味だ。いくら歴女にしてミリオタのハイブリッドで、すでに戦争の英雄の一人足柄京子にサインをねだってしまったミーハーな鹿島でも警戒心は全開。そんな鹿島に代わって六川が、
「では、お言葉に甘えさせていただこう。後日あらためてもいいが、我々にも予定がある」
強引に承諾。アキノックは、お前にいったんじゃねーよ、と引きつった笑いだが、六川につづいて目的の女性二人がつづいたのを見て不承不承のだんまり。笑顔で三人を司令室内にいざなった。
鹿島が先行し、星守もフンと鼻を鳴らしながらつづいた。いくら有能な将軍でも女性にだらしないのでは減点ね。星守がそんなことを思っていると、アキノックがふいに振り返ってにこりと笑った。いたずらっ気のまじった笑みは魅力たっぷり真っ白な歯が印象的。星守は表情にこそださなかったがドキリ。心臓は跳ねあがらんばかり。
――だめよ私。前もこういう男で失敗したじゃない。
星守は気持ちを強く持って司令室へ入ったのだった。
「美人さんですね」
鹿島は部屋にとおされるなか星守へ耳打ちした。もちろん美人さんとはアキノックの秘書官エレナのことだ。けれど鹿島の耳打ちに応じたのはアキノック。鹿島の小声は聞こえていたようだ。
「エレナは、パイロット時代はビューティーハニー(美しく刺す蜂)って呼ばれてた」
「いまは刺す相手は、もっぱらアキノック将軍のみですけどね」
エレナがチクリと刺すと、違いない、とアキノックがカラカラと笑って、どかりと執務机の椅子に座った。アキノックは、
「まあ、座れよ」
と三人へ執務の近くのソファーを指さしたが、六川はアキノックの前に立った。鹿島も星守も六川にならってソファーには座らずに、六川の少しうしろに立った。
当然だ。三人の目の前いる男の右肩から胸にかけて垂れる飾り紐は黄色がかった薄い朱色。唐棣色と呼ばれるこの色は本来なら軍装姿の皇帝にしか許されない装飾品だ。つまりは最高の栄誉に浴している。英雄と形容されてふさわしい軍人がアキノック。鹿島たちからすればじつのところ雲の上の存在だ。
女性にだらしなさそうではるけれど、黙って座っているだけで風格は抜群。
――あの飾り紐、足柄京子将軍も同じものをつけていましたけど……。
と、さすがの鹿島も緊張気味。眼の前の男、宇宙最速と呼ばれるアキノックは別格だ。身にまとっている空気は威風堂々。
『同じ飾緒殊勲といっても足柄京子とは比べ物になりませんね』
星守が鹿島へ耳打ちした。
『ええ、足柄将軍は艦隊のいち攻勢部隊の長でしたけど、アキノック将軍は決戦で陣形右翼を任された艦隊司令官ですから』
『はぁ。あの戦争のときに、この男より偉かったのは天儀元帥だけってことね』
『信じられませんねぇ。アキノック将軍のほうが総大将って感じです』
身長も風格もだ。鹿島の知っている偉いはずの天儀は男性としては低身長。しかも実態はガキっぽいところのある部活の先輩風だ。
ヒソヒソと二人が話すなか黄色がかった薄い朱色飾緒が揺れた。アキノックは六川の対応を秘書官のエレナにまかせて、眺めるさきは当然二輪の花。鹿島と星守だ。
――なるほど天儀がらみでここへきたか。
二人の会話はばっちりアキノックに聞こえていた。六川の声などまったく入ってこないのに、女性の声となるとよく聞こえる。それが自分の噂話ならなおさらだ。
鹿島とかいう銀髪の女はチョロそうだな。黒髪のおかっぱのあかりちゃんは堅物だな。けど、あれは男なれしていない。手だってつないだことあるか怪しいぜ。絶対にウブだ。臭いぐらいのセリフで迫ってやれば舞いあがってなにも考えられなくなるはず……。
アキノックにもう顔を赤らめつつも誘いをうける星守の姿が想像できている。
――今夜は三人で行けるかもしれん。
もう頭の中はバラ色のプランでいっぱいだ。そうと決まればアキノックの行動は早い。なにせ世間では最速と渾名される男。決断すれば行動あるのみだ。
「で、なんのようだ?」
アキノックが強引に切りだした。六川と秘書官エレナのそれまでの会話など一切無視。いや、無視というか女性二人の分析と攻略に熱心で、まったく聞いていないので当然こういった切り口になるのか。けれど秘書官のエレナからすれば情けない。エレナは頭痛をこらえるような表情だ。
「らまぁ呆れた。六川特等の話をきいてらっしゃらなかったのですか? いま、目の前で話していたのに……」
「いえ、いいんです。アキノック将軍、アポイントメントなしの訪問をこうして快諾してくださったことに、まずはお礼を申しあげたい」
「ああ、ちょうど時間があったんでな。俺は訪問者を無下に追い返すことはなるべくしないぜ。それが美人つきならなおさらだ」
「我々はアキノック将軍のお話を聞きたくここへきた次第で――」
「ああん? なんだ。お前らは俺の武勇伝を聞きにきたか」
「ええ、まあ、そんなところです。天儀元帥がらみのね」
――ああ、天儀か。
と六川の言葉に応じつつもアキノックはソワソワとして落ちつかない。どうしても、うしろの女性二人が気になってしかたないのだ。アキノックは六川と会話をつづけながらも見ているのは鹿島と星守。ここにいる全員が、このアキノックの堂々としたチラ見に気づかないはずもなく……。秘書官のエレナのこめかみには怒り。鹿島は引きつった笑い。真面目な星守は、すでに内心ではカンカンで、
――ちょっと見すぎでしょこの男。
と目には険悪な色が出始めている。
「アキノック将軍は天儀元帥と無二の親友と聞いております。そのことで二三の質問を許されたい」
「ああん? 天儀の話か。それより俺の話を聞けよ」
いまいち噛み合わない男二人の会話。が、六川はアキノックのピンぼけした応答に、
「ええ、願ってもない」
と肯定。ご機嫌取りはわきまえている。
「というか男はいい。六川、お前も空気を読めよ。俺はさ、彼女たちと話したいの。わかんだろ?」
しびれを切らしたアキノックが六川に下がれと命じるようにいった。対する六川は、あさり応じて鹿島と星守へ前にでるようにといざなった。繰り返すが戦争の英雄のアキノックは六川よりはるかに立場も階級も上だ。逆らえば「帰れ」の一言で終了。なにも聞き出せないで終わってしまう。
「そうだ。それでいい。さあ、お嬢さんたち、なにかこの俺、クイック・アキノックについて聞きたいことはないかい」
だが、
「……」
と二人からはなにも言葉がでない。当然といえば当然だ。いくらなんでも下心が見え透いているうえに、あまりに強引。場には気まずい空気が流れたが、アキノックはコホンと咳払い。
「二人ともいいことを教えてやる。本物の戦争の英雄の俺がな」
と切りだした。けれどやはり鹿島も星守も、はい教えてください、とは応じられない。不信の色混じった視線でうかがうしかない。
「戦争に勝つといいことがある。なんだと思う?」
――なんですか?
という目で鹿島と星守がアキノックを見た。
「モテる……!」
「「は?」」
と二人は同時に声をあげていた。強引に切りだした割にあまりくだらない、いや、情けない理由だ。そんなことがいいたいのか。なにがしたいのか、二人からしてアキノックが自部たちに下心があるというのは理解できるが、こんな誘いで乗る女性はいない。正気を疑い疑義の視線はますます強まった。が、アキノックはそんな視線などものともしない。
「俺は戦争前も、そりゃあモテてはいたが、あれから最高だ。俺が一声かけりゃあなびかない女はいない。お前らも俺みたいになれ」
「えっと逆ハーレム?」
鹿島はしかたなしに応じた。星守がぶすっとしてしまい応じないのだ。無視は無礼だ。それにここからなにか面白い話が聞けるかもしれないという淡い期待もある。話題の切り口は様々ですからね。私たちの反応を見て、話題を変えてくれるかもしれませんし、ここは愛想よくです。儚い望みだけれど、可能性はゼロじゃない。
「そうだ。武勲を立てりゃあ男どもはバラの花束持って君らに押し寄せるぜ」
「お~。それちょっといいかも?」
「ちょっと鹿島さん!」
「え、でも」
「お、黒髪の嬢さんも興味ありか。わかった。俺がいい男の見抜きかたをレクチャーしてやる。そう、いい男の俺が直々な」
このアキノックの発言に星守はムッとした表情をしただけ。普段の星守ならくってかかりそうだが……。一方、鹿島は、
「思っていたのと違う」
と戸惑っていた。アキノックは見た目こそ、
―――まさに将軍って感じですけど……。
これまで見せられた姿は伝え聞いていた将軍としての立派さはなど微塵もなく、女性絡みのトラブルと部下への横暴な態度。司令室のなかにはいってからも、
――私と星守さんに鼻の下伸ばしてるだけじゃないですか。
憧れの飾緒殊勲の大将がこれでは幻滅だ。
「銀髪の君。確か鹿島といったかな。君は見込みあるね。そうだ。俺の司令部にこないかい。ちょうど優秀な会計が欲しかったところなんだ」
アキノックは星守より、ちょろいと見た鹿島にターゲットを切り替えたが、見かねたエレナが口を挟んだ。
「はぁ情けない。こんなことだからイック・アキノックのクイックのクイックは女性への手の早さといわれるんです。お二人とも気を悪くしていますよ。失敗は目に見えているのでそれぐらいにしておいてください」
「おい、エレナじゃまするな。失敗とは決まっていない。新しい美女が二人もいるんだ挑戦させろ!」
「チャレンジ? 一発大勝ちの勝負は戦場だけでお願いします。私と六川特等の話の内容も聞かずに、星守一等と鹿島主計ばかり見て上の空では苦言も一つもいいたくなるというものです。鹿島主計、星守一等、二人とも適当あしらっていいですからね」
が、アキノックは反省するどころか鹿島たちへ熱い視線を向けて熱い言葉。
「この世に花があるように、夜空に星があるように、あなた方の存在はそれほどに美しい。俺が見とれてしまったのも仕方ないというものなんだ。わかってくださいお二人とも」
さすがの鹿島もさすがにドン引きだ。いくらなんでもこれは……。
「ないですよねぇ」
と星守を見たけれど、
「えっ……」
星守はぽーっとして目をうるませ停止中。
「えっ! 星守さん!?」
「え?」
驚いて見てきた鹿島に、我に返った星守。星守の『え?』は鹿島さんはこいうの嫌いなの? という系統の驚きだ。共感がなければ自分一人が馬鹿みたいでとても恥ずかしい。
「意外です。星守さんってガードかたいってイメージでした」
「そうですけど。これはなんというか。えっと……」
「男性全般に厳しいのに、こういうのは好きなんですねぇ」
「うぅ……それとこれとは別というか……。とんだヘマだわ……失敗した」
思わぬ不覚を取った星守は耳まで真っ赤だ。
「いいんですよ星守一等、いえ、星守と呼ばせてください。お互い自分に正直に生きましょう。俺はこの世のすべての女性を幸せにしたいと思ってる。けどいまはあなた達だけを幸福にまみれさせたい。星守、俺はわがままかな?」
「あ、え、えっと……そうでもないと思いますけど、初対面ですしね」
しどろもどろの星守に、誰だって最初は初対面ですよ。これから関係を深めていけばいい。そうだ今日から始めましょう。などと応じたアキノックは今度はすかさず鹿島を見た。星守はあと少し揺さぶれば落ちる。残るは鹿島だ。アキノックは今夜三人で楽しみたいのだ。
「鹿島、君も自分に正直に生きるべきだ。君にもどうしても、という願望があるだろう。このクイック・アキノック、女性の願いならなら薪水の労もいとわない」
「えっと……。そうですねぇ。また艦上勤務したいなーなんってわがまま思ってますけど」
「おお、それだ。それでいい。我が座乗艦にこないか。是非とも秘書官で迎え入れ主計主務として採用したい」
「え! 第三艦隊旗艦の主計のトップですか!?」
「もちろん。そうだ今夜、そのことについてゆっくり話そう。とびきりのディナーを用意させる。部屋も将官用のやつを準備させておく。これで時間の心配もない」
「ほ~」
と興味ありの鹿島。自分の実力を天儀のした以外で試してみたいと思ったことがないといえば嘘だ。それが戦争の英雄の一人であるクイック・アキノックのもとでなら申し分ない。
意外な弱点を露見し揺さぶられまくる星守に、艦上勤務という餌であっさり釣られそうな鹿島。
――放置すると僕一人で帰ることになるな。
と、六川は判断し、アキノックが鹿島へ次のおいしい提案をする前に割って入った。六川が見るにアキノックの勘どころは恐ろしくいい。いまのやり取りで鹿島がなにを望んでいるか見抜いているだろう。あと一つでもアキノック将軍からなんらかのかの特別条件がだされれば鹿島さんはあっさり落ちる、と六川は思った。特別条件とは、例えば大規模訓練計画や、艦隊作戦を一任するとかいわれでもしたら、
――彼女は二つ返事でOKしてしまうだろう。
確信に近い予感がある。
「アキノック将軍よしたほうがいいでしょう。彼女はさきのランス・ノールの反乱で天儀元帥の秘書官を務めた女性です」
「なに……」
六川の言葉を聞いたアキノックの態度がガラリと変わった。目つき鋭く六川を睨むように見据えたが、気分を害したわけでもなく、怒ってもいない。もっと話せということだ。
「そうですね。付け加えておくと彼女は天儀元帥に〝とても〟信頼されていた」
「……とてもか。あの天儀にな……俺と同じじゃねえか」
「ええ、彼女は秘書官という立場で作戦にも関与していましたし、相当な信頼を寄せられていました」
「マジか! あの天儀に作戦に口をだすのを、このゆるそうな女は許されていたのか!」
――え、ゆるそう!? 私が!?
と、鹿島は驚いたが二人の会話は止まらない。
「ええ、しかも彼女の特戦隊への招集には勅許状がでている」
「帝のご命令か……」
「ええ、なので彼女は特別ですよ」
「ふむ……」
アキノックが考え込む素振りをして鹿島をマジマジと見た。どう見ても頭の軽そうな女だ。
――いや、そういえば思いだしてきたぞ。エレナがいうには軍経理局では有能と有名らしいが……。
アキノックの目に映る鹿島は厚い化粧にミニのスカート姿。まさにゆるそうな女。
アキノックが鹿島を頭の天辺からつま先まで見た。
――天儀はこいつのどこに可能性を見出したんだ……。
やはりわからない。可愛い系の美人ではあるが、鹿島はどうみても天儀から好かれるようなタイプにはアキノックには思えないのだ。そう。可愛いだけの女。アキノックが、あぁ、と思い当たった。
「ああ、じゃあなんだ。お前は天儀の女なのか?」
――え!?
と鹿島は驚いた。が、否定の言葉をだす前に、
『はい、と答えるんだ』
という六川からの鋭い指示。鹿島は、ええええええ!? 違う! と心のなかで叫びはしたけれど六川の態度には有無を言わせないものがある。が、肯定すれば恐ろしい。
――本物彼女さんに殺されちゃう!
鹿島は嫉妬むきだしの千宮氷華の険悪なジト目を思いだし身が縮まる思い。だが、六川は容赦ない。
『いいから!』
やはり小声だが有無を言わせないという力強い声で催促。いや、強要。これでは鹿島は、
「はい!」
と背筋を伸ばして切れの良い返事するしかなかった。
「ちっ……。そうか。じゃあ面倒だな。しかし天儀野郎は相変わらず胸のでかいのが好きだな。あのジト目女といい。あいつ女を胸でしか見てないだろ。絶対そうだ」
鹿島たちは苦笑い。セクハラ、というよりアキノックの横に立つエレナはバストサイズがとてもたくましい女性。
――あんたがいいますかい。
と呆れた思いだ。誰にだってわかる。アキノックがエレナを秘書官に選んだ大きな理由の一つは間違いなく美人な容姿だ。
アキノックが、あーつまんねー、と伸びを一つ。繰り返すがアキノックは今夜、三人で楽しみたかったのだ。星守だけでもいいが、これでは失敗。いまいち乗り切れない夜を過ごすことになるだろう。
「あら、アキノック将軍あきらめたんですか?」
とすかさず秘書官のエレナが茶々を入れた。アキノックとの付き合いが長い彼女には、ひと目見ただけでアキノックが完全に興味を失ってしまったことがよくわかる。
――このあきらめの良さが良い点であり、悪い点でもあるわね。
全軍のトップ。そして政治家への転身からの国家元首だって夢じゃないが、アキノックにはそんな気がさらさらないのだ。エレナからいわせれば上司のアキノックは能力に対して欲望が小さすぎる。
「俺の道義に反すんだよ。心半分で女を抱くってのはな。たとえ一夜のことでも失礼だ」
「あらまあ」
エレナが苦笑するなか、アキノックは六川を見た。男と話すのは面白くもないが、今夜のプランが崩壊したいま、とっととお帰り願いたい。なにせ六川と星守は軍警察。長居されて気分のいい存在ではない。
「いい。じゃあ話せよ。仕方ない」
「よろしいのですか。僕は男ですよ。星守に話させますが」
「いいんだよ。お前と話したほうが早いだろ。軍警なんかに長居されたら変な噂が立つ。第三艦隊には汚職の疑惑なんて週刊誌にすっぱ抜かれてみろ面倒くせえ」
「ま、女性絡みで身に覚えがありすぎますから週刊誌記者に目をつけられたら厄介ですね。完全に自業自得ですけど」
「うるせえよエレナ。俺の生きがいなんだよ。とにかく六川、早く話せ。俺は男と話す時間はできるだけ短くしたい主義だ」
はい、と六川が応じて、
「桜花についてです」
と切りだした。
「桜花だと?」
「ご存じないですか。星間会戦で決着のおりにグランダ軍が旧星間連合軍から押収した兵器の一つですが」
「ああ! あの中性子爆弾のことか。たしかにあれは桜花って名前だったな」
「やはりご存知でしたか。桜花の行方について我々は捜索を行なったのですが……」
「なに探したのか。そりゃあ無駄な時間を過ごしたな。あれはもうねーぞ」
「……やはりそうでしたか。では、アキノック将軍は桜花の行方をご存知で?」
「ご存知もなにも、あれは俺が天儀に命じられて捨てた。一発残らず太陽に突っ込ませて消し炭よ」
「なるほど……」
「旧星間連合軍もエグいことしやがるぜ。遺伝子破壊を目的とした中性子爆弾は完全な戦争協定違反だろ。あんなもんを会戦でつかわれていたらとんでもないことになっていた。あれを天儀から捨ててこいといわれたとき、俺はあれをぶっ放される前に勝負が決してよかったと心底ゾッとしたぜ。即刻破棄で正解だあんなもん。保持していればつかうバカが絶対にでる」
アキノックは饒舌だ。彼のなかで中性子爆弾桜花の破棄は英断なのだろう、と六川は思った。それも友人の天儀となし得た即断の快挙。正しい判断。
――たしかに英断ではあるが……。
と六川は無表情のしたで苦さを覚えた。
「すぐに最寄りの太陽に最接近してから、廃棄予定の艦に載せ替えて太陽に突っ込むように設定して破棄してやった。なにせ俺はクイック・アキノック。宇宙最速だ。仕事は早いぜ」
誇らしげにいうアキノックに、星守が露骨にため息をつき首を振った。
戦略級兵器の破棄には議会の承認か、国家元首の許可が必要。最高の軍事的権限をもっていようと、現場指揮官が勝手に捨ててはいいものではないのだ。
――それをこの男はペラペラと喋ってしまって。
桜花の破棄をあっさり認めてしまったアキノックに星守は、無知にもほどがあります、と呆れるだけだ。
――クイック・アキノックは白を切る。
と、ここにくる前に六川とだんまりを決め込むアキノックから、どうやって情報を引きだすか散々打ち合わせを行なったのにバカみたいだ。
『どうしたんです?』
小声で鹿島が星守へ質問した。鹿島には自慢げに話すアキノックと、苦り切っている星守の態度のギャップがいまいち腑に落ちない。
『あのね鹿島さん、終局兵器の破棄には国家の同意が必要です。無断で破棄したのは大問題です』
『終局兵器?』
『超戦略兵器といいかえてもいいかしら。ざっくりいえば人類を滅ぼしかねない強力でお高い兵器のことですね』
あぁ、と鹿島は合点がいった。大好きな雑誌『戦史群像』で、そんな単語を見かけたような気がする。お値段は、なんとコロニー一個分とかそんなレベルだ。
星守と鹿島がそんなやりとりをするなか六川はさらにアキノックへ問を重ねていた。
「ではもう一つ」
「なんだ。まだあんのか」
「凶星について――」
「旧星間連合軍の決戦二足機か。あれには俺たちは手を焼いたぜ。だが、それがどうした?」
が、聞いてきたにもかかわらず六川が沈黙してしまった。じれってえ、と思ったアキノックは、
「なにかいえよ。聞きてえんだろ?」
と乱暴に催促した。
「戦後の報告では凶星の機体をすべて破棄したと書かれていましたが」
「らしいな。全部その場で捨てちまったもんで、艦政本部や戦技研はカンカンさ。なぜ大勝しておいて敵の宇宙最強といわれる機体を持って帰ってこなかったってな。俺は元は二足機パイロットだからな思い切ったことをしたとは思ったが、けどいいだろ二足機ぐらい」
「残念ながら……」
とたんにアキノックの顔が険しくなった。
「軍警お得意の難癖か。まったくお前らときたら暇なもんだ。国家の財産の無断破棄とでもでっちあげるきか。たがが二足機捨てたぐらいで一々立件してみろグランダ出身の軍人たちが事態を静観すると思うなよ」
「いえ、機体のほうの問題ではありません」
「じゃあ、なんだ。回りくどい野郎だなお前は」
「機体とともに消えたものがある」
「……消えたもの?」
「はい。凶星のパイロットたちが機体破棄と同時に記録から消失している。彼らがどこへいったか誰も知らない」
場が凍りついた。お手伝いと天儀探しに参加した鹿島だけでなく、星守もこのことについては知らなかったようだ。顔が青い。
アキノックの横のエレナも息を呑んで硬直していた。宇宙では地上以上に行方不明とは無縁な空間。資源管理や安全管理などさまざまな理由から、一人一人は位置情報からすべてが管理され、その行動はデータバンクに集積されている。
――それでも行方不明者ゼロではないけれど……。
が、ほとんどの場合は死亡が確認できるまでの痕跡が必ずデータバンクに残ってる。そう行方不明といっても、外装工事に艦外にでるさいに誤って外へ吸い出されたな、ぐらいはわかるのだ。しかも今回、六川が口にした件は凶星部隊のパイロット全員の存在のロスト。こうなれば答えは一つしかない。
――人為的による消去。
おぞましい行為しか想像できない。
「おい、冗談はよせ」
とアキノックがすごんだが、六川は核心部分を口にした。
「天儀元帥に凶星パイロット虐殺の嫌疑があります――」




