24-(3) そして二人目
――これは二人目というより。
鹿島容子は目の前の光景にビビり気味。なぜなら、いま、鹿島の眼の前に険悪な表情の屈強な男たち。男たちからの視線は肌を刺すように冷たい。
トップガン進介の次に鹿島、六川公平、星守あかりの三人がたずねたさきは『スターダスト』の駐屯基地。星系軍にあって白兵戦も辞さないエリート歩兵の集団。彼らの別名は〝親衛隊〟。誰の親衛隊といえばもちろん天儀だ。そして彼らは大将軍時代の天儀ともに惑星降下作戦を行なった男たちで、天儀へ絶対忠誠の荒くれ者たち。
――この人達なら天儀司令の居場所も知ってそうです。
この場所も鹿島の提案だ。鹿島は特戦隊で節度ある態度なかでも親しげに話す天儀と親衛隊の男たちをよく見かけていた。
鹿島は六川と星守へこう切りだした。
「あと天儀司令が特戦隊で特別に仲が良かった相手といえば、親衛隊の皆さんは絶対に外せません」
「最前線の歩兵たちと、軍中枢の最深部にいる男とが?」
六川からすれば解せない組み合わせ。いくら親衛隊が惑星降下作戦を成功させた特別なエリート部隊といっても、その実彼らの階級は低い。なぜなら彼らは使い捨てとまではいわないが、軍のなかでも特に消耗品に位置づけられている戦力だ。そんな男たちと軍の頂点にいる男との組み合わせは、軍中枢にいた六川にとって想像しにくい。
「ええ、だって週に一度は集まって飲んで騒いで、あれこそ死線をともに越えたまさに戦友って感です」
鹿島は酔っ払った天儀が同じく酔っ払った親衛隊の男たちと肩を組み合って歌っている姿をよく覚えている。
「……スペシャル・アタッカーですか」
「ああ、旧星間連合軍ではリエントリー作戦をおこなう再突入部隊はそうよぶんですよね」
と鹿島がすかさず応じてみたももの星守は浮かない顔だ。
鹿島は、どうしたんです? という顔を向けてみたが、星守はなにもいわず、ただ少しうなづいて応じただけ。
「彼女は旧軍令部で綱紀粛正をつかさどっていたからね」
六川が小声でささやいてきた。
「ああ、なるほど」
と鹿島には一発で合点がいった。そういえば星守さんは軍令部で軍内の不正を取り締まっていたんですよね。軍でルールを逸脱するといえば最前線の荒くれ者たち。散々やりあってあまり良いイメージがないのだろうということは簡単に想像がつく。
――わかる気がします。
なぜなら鹿島も親衛隊にはあまり良いイメージがない。天儀の前では規律正しく峻厳さがただよう男たちも、ひとたび自由時間となれば大きな子供。力に物言わせて列へ横入り、気に入らない相手の胸ぐらつかんで脅しつけるなどマナーが悪い。
それに『強さ』には常にネガティブなイメージもつきまとう。鹿島は親衛隊の男たちを見て、怖いとも思うし、その怖いは不快感をともなっていた。男性特有の身勝手さ、女性としてはガキっぽさと言い換えてもいい。
――がさつで汚い。言葉づかいも身なりも。
そんな男たちが、いま鹿島たち三人へ険悪な表情を向けていた。
気後れ気味の鹿島だけれど、ここでビビっていては話にならない。
「聴取と最初にいいましたけれど、今日の話はそんなにかしこまったものではありません。ちょっとしたミーティングや座談会なんて感じで思ってもらってかいまいません」
ここはいわば汗臭い虎狼の巣窟。鹿島だってこんなところに長居はしたくない。いくつか質問するので、それに素直に答えてくれればそれでいい。一時間もかからない。早ければ十分程度で終わるだろう。ただし、目の前の男たちが協力してくれればの話だが……。
――無理そう。
鹿島が柔らかくいったのに、男たちの険悪さは相変わらずだ。
取り付く島なし。
弱りはてて作り笑い鹿島に変わって星守が進みでた。
「親衛隊だか、なんだか知りませんけど、この腕章が飾りではない、ということを知ったほうがいのでは?」
進みでた星守は胸を張り腰に手をあて言葉だけでなく姿も勇ましい。男たちの視線が鹿島から星守へ、いや星守の左腕の『軍警』の腕章へ集中した。
「……軍警察が俺たちになんの用事だ」
どすのきいた声を皮切りに男たちから次々と声があがった。
「また痛くもねえ腹を探ってまわってるのか暇だな」
「てめえらはいろいろ勘違いしてやがる。味方を探るんじゃなく、敵情視察でもしてこい」
「おう、ちょうどいい。威力偵察のレクチャーしてやる」
「綺麗な制服着込んで、やることいったら俺たちへの難癖だ。同じつかえなでもガセ情報ばかり掴ませられる諜報部のほうがまだマシだ」
「諜報部も相当につかえないが、お前らはそれ以下だ。戦闘でまったく役立たん」
次々とあがった非難の言葉に鹿島は引きつった笑顔でフリーズ。
――失敗した。
と思ってみても、もう遅い。天儀から重用されていた自分がお願いすればもしかして? と思っていたのだ。意外にすんなり情報が引きだせる。そう予想していたけれど、まったく無理そうだ。
この部屋の険悪さは二人の軍警察へ向けられている。自分一人でこればよかった、と後悔しても後の祭りだ。
が、この険悪さのなか星守は平然としたものだ。
「へー、ずいぶんと嫌われたものですね。なにか身に覚えでもあるんですかねぇ」
星守からすれば、こんなものは軍令部時代にこんなの慣れっこだ。旧星間連合では最高司令官直属で綱紀粛正の担当だったのが星守。ルールを逸脱する荒くれ者たちをビシバシ取り締まっていた。まさに目の前の男たちのような。そして厳しくすればするほど、反発は大きい。星守は自分の倍のあろうかという男に胸ぐら掴まれたことなど一度や二度ではない。もちろんそんな相手は即逮捕だ。
「ああ、嫌いだ。最前線で命を張る俺たちに難癖つけてしょっぴいてくのがお前らだ。なにが捕虜虐待だ。略奪行為だ。はては物資の横流しだと」
「事実でしょう」
「現場の裁量だ。補給がなくてどうやって戦えってんだ」
「だからといって友軍から武器弾薬を強奪していいという話にはなりません」
「借りてるだけだ。余ってんだから融通してくれたっていい。それを渡さねえなんてゴネやがるから一発かましてやったまでだ」
「ガキのいいわけですね。話になりません。捕虜の虐待もいただけません。れっきとした犯罪行為ですよこれは」
「虐待じゃねえ。拳でなでて喋ってもらったんだ。作戦や、ブービートラップの場所をな」
「拷問じゃないですか!」
「じゃあ馬鹿面引っさげて地雷原でハイキングでもしろってのか。相変わらずお前らはいかれてる」
「まだまだありますよ。あなた達の悪行の数々は。例えば作戦地域で民家から食料や衣料品を盗んでいいという決まりもありませんが、これについてはどういう言い訳を?」
「盗んでなんていない。落ちてるのを拾って食ってんだよ。仕方なくな。腹が減って死にそうなんだ。拾い食いなんて情けないが仕方ない」
「民家の冷蔵庫から運びだして道路にばら撒いて、それを落ちているとはいいませんから!」
星守が思わず大きな声で叫んでいた。ドッと笑いがおきた。
「よく知ってんじゃねえか。この姉ちゃんはお利口さんだぞ」
笑いに星守が怒り心頭顔真っ赤となった。
「そもそも最前線を細かく少数で動き回るあなたたちに、きめ細かく補給を続けるのは無理です!」
「じゃあ、仕方ないな。落ちてるもんを拾って食うぐらい大目に見ろ」
「ぐぬぬ……」
ああ言えばこう言うとはのことだ。舌鋒には自信アリの星守ものらりくらりとかわされて、追い込むどころか、むしろ言い負かされたような体。
――というよりいい大人の発言とは思えないですけど。
そうまともな大人ならとても口にしそうにない言い訳の羅列。いい歳した男からでたのは思春期の子供のような屁理屈。
「天儀元帥はあなた達にどんな教育をしてたんですかね!」
「元大将軍は常に俺たちの先頭さ。なにをやるにしてもな!」
またドッと笑いが起こった。我らが元大将軍天儀は常に先頭で率先して。敵のへ突撃でも、無法行為でもだ。以前、作戦で天儀は、
「なんだと民家が邪魔で車両が進めない? なら叩き壊せ! なんのために重機を装備した工兵部隊を伴ってると思ってやがる!!」
こんなことをいって男たちの度肝を抜いた。はみ出しものが多いといっても、そこは星系軍。やはり彼らも昔の軍隊と比べればお行儀はよかったのだ。そこに無理なら工夫しろではなく、
―――力技で道を作れ。
親衛隊の男たちが知る天儀とはこういう男だ。この強引さは荒くれ者が多い親衛隊では大いにうけた。いや、感動すらした。星系軍とは宇宙のルールを地上戦に持ち込む規則が多くてまどろっこしい組織なのだ。作戦書は通達されてくるのに、やれ民家を壊すな、塀を傷つけるなでは話しならない。
――どうしろってんだバカ野郎!
最前線の男たちからすれば都市制圧に器物破損、建造物損壊するなと附則してくる司令部は頭がイカれているとしか思えない。一方の親衛隊が相手にする惑星守備隊は自分たちが二流どころか三流の戦力という自覚がある。隊装備も練度も上の侵攻者になりふりなどかまわずで、平気で民間人のいるなか迫撃砲をぶっ放してくるのだ。
一方、バカにした笑いの波に星守はもう爆発寸前。いや噴火態勢だ。
「あなた達いいがけんに――!」
と叫びかけたが、ここで、
――まずいな。
と思った六川が動いた。小柄な女子の星守を心配したのではない。六川の懸念は全く別。このままだと星守くんは軍警察の特殊部隊を呼んで、ここ制圧しかねない、と思ったのだ。指揮能力の高い星守あかり。旧軍時代には隷下の部隊つかってはまたたくまに一級戦力だろう制圧していたが、このせいで旧軍令部時代はずいぶんと嫌われたのも事実。
――新軍でもまた同じ轍を踏むことはない。
嫌われると仕事はやりにくいのだ。
六川は星守の肩をつかんで自制をうながし、顔は親衛隊の男たちへ向けて、
「それぐらいしようか」
といった。六川の眼光は鋭い。重厚な存在感のある男の登場に親衛隊の男たちが黙った。寡黙で物静かな男だが、六川には場を制する沈毅さがある。
六川が親衛隊の男たちを冷たく見た。そもそも六川からいわせても、いくら軍警察に良いイメージがないといっても、はなからふざけて取り合ってこない彼らも彼だ。
「なんだてめえは」
といって強面で体格のいい少尉の男が前にでた。階級的にもこの場の隊長格だろう。少尉の男は六川を見下ろして、
「俺たちゃいまこのチビのおかっぱと楽しくやってんだ。めずらしくこんな野郎ばかりのところに女がきたんだ。それをじゃまするってのはいただけねえ。骨の二本や三本折ってご退場ってことになるかもしれんなあ」
といって、すごんだ。そして少尉の男のうしろからは次々を声があがった。
「気が強いのは俺の好みだ!」
「よく見りゃ美人だしな」
「そうだ。このまま夜までいてくれよ。晩酌してくれよ!」
「夜は晩酌といわず個室で特別なマッサージ」
「おい、バカ。それセクハラだぞ。個室で一対一の特別カウンセリングだ」
「そりゃあいい。割当時間は一人十分だな!」
「お前は三分でじゅうぶんだろ」
「いや、五十秒でいい。だから俺が一番な!」
「俺は最初に喋ってた銀髪のねーちゃんがいい」
「お前は相変わらずおっぱいでかいのが好きだな」
「バカ、あれは元大将軍のやつだ。やめとけ」
「そうか。じゃあ俺もおかっぱのねーちゃんの個人カウンセリングか。こりゃあいつ俺の順番が回ってくのやら」
あまりに下品な発言の濁流。とても品行方正を旨とする星系軍に属する軍人とは思えない野蛮な発言の数々に星守が、
「なっ……!」
と怒りの声とともに絶句した。星守は怒り心頭し青筋が立っている。当然だ。これほどド直球なセクハラ発言もめずらしい。星系軍は宇宙の良識たれ。この手発言は大問題だ。降格、減給、再教育、もしくは廃兵と呼ばれる厳罰処分。この場合の『廃兵』とは恩給などの退役軍人がもらえる手当は一切なしの厳しいものだ。
が、盛りあがった男たちはそんな星守のなど知ったことではい。好き勝手に叫んでいる。
「そうだ! ムチでも持ってベットでこの犬! って躾けてくれ」
「そりゃあいい!」
「そうすりゃ俺たちもちっとは大人しくなるかもな」
「なるなる。是非たのむ!」
星守は大人気だ……。
少尉の男が六川に手をかけ押しのけようとした。
少尉だけでなく、親衛隊の男たちに、風采のあがらない生っちょろい男など眼中にない。この場でも問題は生意気なおかっぱ頭。が、気が強いといってもしょせんは女。手首でも強引にもつかんでやれば泣き叫んで、ほうほうの体でここから去るだろう。そう。この状況において、おかっぱ頭の女の戦意を喪失させれば万事OK。信奉している元大将軍天儀も一旦は救われる。少尉とて、それで天儀への捜査が打ち切られるとは思ってはいないが、いまはこの場を制することが重要なのだ。捜査が再開されても、あの手この手で嫌がらせをしまくって捜査妨害してやればいい。
が、六川にかかるとした少尉の手は空を切った。空を切ったかと思ったら天地が逆転していた。
――な!?
少尉の大きな体が床にもんどり打っていた。ドン――という音とともに部屋が揺れた。
「合気道六段ということだ。僕に安易に触れようとするとこうなる」
六川は少尉の男の指先が体に触れるか触れないかで、相手の手首を取り、指から手首、手首から肘、そして肩と丁寧に関節を決めていき投げ飛ばしたのだ。順番といったが、指、手首、肘、そして肩と並びはあれど決めるのはほぼ同時。巨体が宙を舞うまで一秒もない。
とたんに部屋中が殺気立った。
「てめえ!」
と投げ飛ばされた少尉の男が跳ね起きた。
「少しは頭を冷やすんだ。こんな天儀元帥が見たらどう思うか。失望すると思うがね。僕の知る天儀元帥はきわめて軍規には厳しく、倫理観は高い人だった」
が、投げ飛ばされた少尉は頭が冷えるどころか怒り心頭、
――けっ!
と唾棄して、
「なんどもいわせるな。元大将軍ならつねに俺たちの先頭さ。この場にいりゃあ、そこのちっこいおかっぱを軽く肩に担ぎ上げてベットインさ」
六川を猛然と睨みつけた。無様に空を舞ったのは油断から、本物の実戦を知る男に二度は通用しない。
部屋がまるごと殺気立ち、空気が緊張感に見ている。
六川は平然として表情にまったく動きはないが、鹿島は驚き星守の表情は硬い。なにせこちらは三人で向こうは十数人の野獣の集団。しかも弾丸など跳ね返してしまいそうなたくましさの男たちだ。
星守が硬い表情のまま小声で鹿島へいった。
「私たちと彼らが抱く天儀元帥へのイメージはだいぶ違うようね」
「いえ、隔絶してますよ」
どうも天儀へのイメージが親衛隊の男たちと自分たちでは大きく食い違っている、と鹿島も思った。鹿島の天儀へのイメージは少しやんちゃなところはあるけれど、親衛隊の男たちのように下品ではないが、ここで鹿島はハッとした。
「そういえば……! 天儀司令は相手にあわせてずいぶんと喋りかたや話題を変えていました。しかも兵卒一人一人に声をかけるために、頻繁に艦内を回るんですよ。ついて回る私はほんと大変。ダイエットできちゃったぐらいです」
「……なるいほど、会話を相手のレベルに合わせ、相手の好む話題に終始する。これが全軍の長という立場で、末端の兵士たちの心を掌握できた理由ですか」
「それってやっぱり、すごいことなんですか?」
「普通はそうです。私もそうですけど、兵士は直接の上司のために命をはるものですから」
「あ、なるほど。遠くから見るだけの総司令官より、直接話す小隊長や分隊長って感じですか」
星守がうなづいて応じた。
天儀は正義漢そのものの東宮寺朱雀とは高潔に語りあい、教養のない親衛隊の男たちとは下品なジョークで笑いあう。軍の頂点にいるものは近侍する幕僚や、大部隊の将軍たちの心をつかむだけでなく、
――一兵卒の心までつかむことが重要ですけど……。
これを実際にやるとなると大変だ。基地の視察での講話、壇上に立って訓示、それだけで末端の兵士たちは喜ぶものだが……。当然だが、これだけでは命を捧げてもいいとまでは思ってもらえない。では、どうすれば死ぬほどに、いや、死体となって敵に食いさがるほどに頑張ってもらえるのか。難しい課題だ。いや、じつはそうでもない。星守も方法は知っている。
――地道に兵士たちの間を歩き、声をかけて回る。それも頻繁にね。
が、それがなかなかやれない。星守は自分なら、と思ってみれば、
――うへ……めんどくさ。
一瞬でそんな思いが心よぎった。やれば士気を高めるのには効果大。が、山積する業務や思えば難しい。有り体にいってしまえば、もっと重要な仕事は多いのだ。
――それを天儀元帥は本当にやったわけね。彼の勝利のへの執念は異常ね。
星守は天儀という男の真の一面を垣間見た思いだ。
星守と鹿島が親衛隊の男たちの態度から天儀のプロファイルするなか、六川の思考は別のところを流れていた。
「なるほど君たちが天儀元帥への忠誠心は本物だな」
「当然だ。なにを今更いってやがる。わかったならとっとと出て行け。お前らに喋ることはなにもねえ。次は痛い目を見るのはどちらか、二度通用すると思っていたら怪我じゃすまんぞ」
少尉の男がすごんだが、
「その下手な芝居はもういい」
と六川はあっさり切って捨てた。
「君らの天儀元帥への忠誠心がどこからくるのかは知らないが、下手な芝居で自分たちへ注意をひきつけて、天儀元帥を庇おうとしているなら無意味だと忠告しておこう」
一瞬にして部屋が静まり返った。同時に鹿島は、
――あっ!
と気づいた。なにに気づいたかといえば目配せが飛び交ったことにだ。男たちには終始目語していたのだ。六川は早い段階から気づいていたようだ。
「あぅ! そうだったんですか!」
と鹿島が思わず驚きの声。だってだって、怒れる野獣みたいな男たちが、じつは冷静で、横柄な態度も計算づくだなんて思いもしないじゃいですか。が、鹿島のそんな驚き声は緊迫したこの場にとてもそぐわない。
鹿島の空気の読めない驚きの叫びに、六川は無表情で呆れ、星守は顔に手をあて苦い顔だ。
「いつから気づいていた」
と少尉の男がいった。
「最初からだね」
「理由は?」
「星系軍は倫理の規範たれ。下っ端とはいえ星系軍兵学校をでた正規軍人がここまで下品なはずがない」
「ふん、買い被られたもんだぜ。俺たちは普段からこんなもんだ。そのこの銀髪のねーちゃんならよく知ってるはずだ」
とうとつに振られた鹿島は、アハハ、と苦笑いだ。肯定したいが、やっぱり荒々しい男たちは少し怖い。
「それに表情やちょっとしたジェスチャーでの意思の疎通はめずらしいことじゃない。軍だけでなくスポーツよくやることだ。この距離で気づかないわけがない」
「……」
少尉の男は黙ってしまい。とたんに室内の殺気立った空気もすぼんでいった。
「六川公平とかいったな。軍警が動くということは元大将軍になにか容疑でもあるのか」
天儀を信奉している親衛隊の男たちはいまでも天儀を『元大将軍』と呼ぶ。
男の問に応じたのは六川でなく星守。
「敗戦国の旧星間連合軍は徹底的に調べつくされて洗いざらいって感じですけど、勝った側のグランダ軍の星間戦争中の行為については何一つ不問で手付かず。それを私たちが調べ上げました」
「で、元大将軍に行きついたってわけか。相変わらず暇な野郎どもだ」
「内容はまだお伝えできませんが、重大な事実が発覚したので居場所を探しています」
「チッ――!」
と少尉の男が舌打ち。不味い状況だった。本人が不正を働かなくとも、周囲のものがということは往々にしてあるし、軍警察がその気になれば、感知できないような部下のミスを監督責任として問罪できる。
――俺たちは素行のいいほうではない。
という苦さが部屋を満たした。内部事情を探られると、小さな違反は数多のごとく、戦闘地帯での逸脱行為は多い。現場での裁量。補給がないので、空のスーパーから缶詰をかっぱらってきたといっても軍警察には通用しない。
――ここは大人しくって選択肢もあるわけだが……。
突っ張っていてもしょうがない、と誰もが心の隅ではわかっている。それに軍警察があらわれたからには有罪確定と思い込んでいたが、どうも事情が違うようだ。鹿島容子が二人を連れてきたというところに一考の余地がある。普通の軍警察はこんなことはしない。
「……いいぜ」
「あら少尉さん、ついに喋っていただけるということですね。ま、今回は突然に訪問してあなた方も混乱したでしょうし、私へのセクハラ発言の数々は大目に見てあげます」
星守の高飛車な態度に苦笑いしつつも鹿島もホッとした。心なしか六川の表情も柔らかくなったように見える。彼らなら居場所をしらなくても、潜伏先の目星はついているかもしれませんからね。なにせ鹿島の知る天儀の生活行動は、将軍たちより眼の前の親衛隊の男たち寄り。読書よりトレーニングというイメージがある。
「よかった。これで一安心です。皆さん安心してください。まだ天儀司令が犯罪者って決まったわけじゃないですからね。まかり間違って捕まっちゃっても差し入れとかできるように――」
「おい、銀髪の姉ちゃんなにか勘違いしているな」
少尉の男が鹿島の言葉を遮った。男の表情は暗く、瞳は沼の底に沈んだようなどんよりとして不気味で、体貌からは鋭さが際立っている。
「俺がいったのは覚悟が決まったってことだ」
「ふぇ!? ちょっと待ってください。いいぜっておっしゃったじゃないですか!」
「ああ、いった」
「なら!」
と叫ぶ鹿島を少尉の男は無視して、六川と星守へ向けて、
「元大将軍になにかあったら、俺たちは死ぬまでお前たちにべったりだ。一生へばりついてでもあんたらをぶっ殺すぜ……」
と殺気立った言葉を吐いた。
この恫喝に六川は無表情、星守はキッと睨み返した。
男の言葉は親衛隊全員の意思だといのはこの部屋にいれば簡単にわかる。男の言葉は、つまり夜道に気をつけろ、闇討してやるという脅しだ。しかも一生をかけてもだ。彼らはひたすら隙きうかがい、付け狙い死ぬまで追跡してくるだろ。彼らは本気でそれをやる。
「俺たちはしつこいぜ」
と少尉の男が凄味を増していった。そこに、
「なにせ失うものはないからな!」
というチャチャが入った。部屋に男たちの笑いが響いたが、誰一人として目は笑ってない。星守も険悪な表情。鹿島は大慌て、このままだと軍警察と親衛隊の抗争に発展だ。
「あはは、冗談ですよね。皆さん面白いです。面白かったので冷静になってください。これって私だってちょっと立場を笠に着るみたいでいやですけど、皆さん私の以外の二人が軍警察ってことをお忘れになってません? そういう心にもないことをいったらメッ! ですよ」
「むだよ鹿島さん。彼ら本気。これは片っ端からしょっ引かないと頭が冷えそうにないわね」
「ええ、ちょっとちょっと待ってください星守さん。なんでそうなるんですか、ここは穏便にです。ほら親衛隊の皆さんも早く謝って。捜査妨害で逮捕されちゃったりしたらご家族が心配しますよ。ほら奥さんとかお子さんとかね?」
が、親衛隊のから返ってきた言葉は、
「そんなもんがあったら再突入部隊には配属されねーんだよ!」
とうもので、この場をなんとか収集しようとする鹿島の気苦労が一気に台無し。
「いい度胸ね。パンサーズの紋章と『24h 7days』のモットーを見ても同じことがいえるかしら。私はいまからあなた達の泣き顔が目に浮かぶわ」
星守が恫喝には恫喝で応じた。が、パンサーズの名前がでたとたん状況はさらに悪化。
「いいぜ、面白え。やってみろ!」
この少尉の男の応じを皮切りに室内から次々と声があがった。
「なにが二十四時間七日間、犯罪と戦う不眠不休の常戦部隊パンサーズだ。冗談もほどほどにしておけよ!」
「ちょうどいい軍警察の自称戦闘のエリート様たちに実戦っての叩き込んでやりてえと思ってたんだ」
「俺たち親衛隊と、格下いびりで粋がってるパンサーズと、どちらが上かはっきりさせてやろうじゃねーか!」
「俺たちは再突入だけでなく、接舷強襲にだってつかわれる戦力だってことを忘れんなよ。片道切符の敵船制圧訓練なんぞ。パンサーズはやらねーだろ」
「……六川、星守か……。顔は覚えた」
「くそったれな理由で元大将軍を逮捕してみろ。惑星降下を敢行した一万が、軍警察の司令部を叩き潰す!」
「常戦不眠のパンサーズ? いいだろう。ちっとでも元大将軍になにかしてみろよ。軍警局長を司令官などと呼べなくしてやる」
室内から次々と怒号。鹿島は眼の前の危機に慌てるばかり。鹿島としては、すんなりとはいかずとも、ちゃんと話をすれば居場所を教えてもらえると思っていたのが、あわや同士討ちにまで発展しそうなのだ。
「もう! なんでぇ!」
鹿島がたまらず悲鳴をあげるなか、星守が携帯端末を取りだしコールを開始。パンサーズの緊急出動要請だ。が、そんなコールも、
「もういい。彼らは絶対に喋らない」
という六川の静止の言葉で中止。コールは三回。四回目で無条件で出動。星守はすぐに上司の命令に従って緊急出動の要請をキャンセルしていた。
険悪の色をたたえた目、目。そして目。六川はそんな男たちの視線を物ともせず、
「では、おじゃました。好きにやってくれ」
とだけいって踵を返した。星守も続いたが、捨て台詞は忘れない。
「いい、あんたたち、なにか思いだしたら連絡しなさい。そうしたら今回のことは目をつぶってあげますから」
鹿島も慌てて二人へ続いた。こんな野獣ばかりの部屋に絶対に一人で残りたくない。
「で、では、みなさん。お疲れ様でしたー。天儀司令は大丈夫ですから。心配しないでくださいねー」
取り繕って笑って、そそくさと退出。……今回も成果はなしで終わることとなってしまった。
「うぅ。すみません。結局、またなんの情報も得られませんでした」
帰り道にしょんぼり謝罪する鹿島に、
「目の付け所は良かったさ」
と六川が応じた。
「だが、彼らは心当たりはありそうだが、絶対に口を割らないだろう。それこそ拷問してもだ。これ以上の滞在は時間の無駄さ」
見切りの早い六川の言葉に不満なのは星守だ。
「六川さんは相変わらず甘いですね」
「そうだろうか。対話で解決は僕の信条なんだ」
「対話のきかない相手だっています。とくに今回みたいな手合はそうです。あんな不良ども相手にはパンサーズを突入させて、制圧してしまえばよかったんですよ。鹿島さんもそう思いません?」
「え、えーっと……」
どちらかというと六川さん支持ですけど……。と鹿島は内心思ってみても口にはしにくい。そんな鹿島を見かねてか六川から、
「星守くんやめないかい。鹿島さんが困ってる」
という助け舟。
「いえいえ、私と鹿島さんはもう仲良しですから」
「ウ~ン。そうですね。……あ、そうだ。勝負に絶対はない。ほら、勝てるとはかぎりませんし、ここはやっぱり穏便にですよ!」
「負けませんったら。パンサーズは軍内で一級の戦力、最強といっても過言ではない部隊ですよ」
「え! そうなんですか。最前線の部隊よりですか? しかも親衛隊は惑星降下作戦を成功させたスペシャルランクの戦闘隊。人間を超えたまさに超人の集まりって雑誌で読んだんですけど」
「そりゃあそうです。その最前線の軍人たちの蛮行を取り締まるのがパンサーズですから、彼らより強くなくては始まりませんから」
「……うは、すごい。親衛隊のかたたちが、あんなにパンサーズにライバル心むきだしだった理由がちょっとわかった気がします」
――歯牙にもかけない相手なら、あんなにいきり立ったりはしませんからね。
鹿島は『パンサーズ』の名前がでたとたん男たちの顔つきが変わり、部屋の空気も変わったのをよく覚えている。親衛隊の男たちの、あの反応は鹿島には自分たちより強いかもという不安のあらわれに思えた。そして鹿島は星守の隠された能力にも気づいて驚いた。パンサーズを指揮して、親衛隊を制圧可能ということは、
――じつは星守さんの実戦指揮能力ってすごいのでは……。
制服組と思ってお友達になった女子が、じつは戦術指揮能力がピカイチ。こんなこともあるのだ。
「同士討ちはまずいですし、ま、彼らのプライドを粉砕しても得はないですから。今回は大目に見てあげました。ですよね六川さん」
「え?」
と、六川が、なんの話しだい? という反応。女子二人が仲良く喋るなか六川は別のことを考えていたのだ。思考に集中すれば音も聞こえない。
「さっき六川さんが、パンサーズを呼び出そうとした私を止めた理由ですよ」
「ああ、そのことかい」
「親衛隊のプライドを潰しても意味ないからですよね?」
「いや、パンサーズさ」
「え?」
と今度は星守がキョトンとした。イエス以外の返答があると思っていなかったのだ。パンサーズは軍内の選りすぐりを集めて組織されている。
「パンサーズが全滅するのは避けたい。だから止めた」
驚きで星守の大きな瞳がさらに大きく見開かれた。
――どういう意味?
まったくい理解できない顔とはこのことだろう。
「言葉通りさ。パンサーズでは彼らには太刀打ちできない。一人残らず縊り殺されて終わりさ」
「そんなはずありません! パンサーズは人格・技量ともに揃った両軍の精鋭で組織された部隊ですよ」
「人格と技量か……」
「六川さん!」
「無理だろう。惑星降下部隊のベテラン兵たちは、それほどに強いというだけのことさ」
人間性と軍事能力ともに申し分ない男たち。対して親衛隊はどうか? 人格者という形容からはかけ離れた、ともすればゴロツキだ。
――親衛隊の男たちに人間性はない。
人であるうちはパンサーズでは勝てない。これが六川の判断だった。
「距離一メートル未満。これがなんだかわかるか。俺たちと元大将軍が、惑星降下のときに守備隊と銃撃戦をおこなった距離だ。お前らに、この距離での自動小銃の撃ち合いを教練することにならないように祈る」
六川は親衛隊の一人からこうもいわれていた。彼らの天儀への連帯感は本物であり、パンサーズで制圧するのは無益だ。
思っても見なかった六川の回答に、驚くしかない星守と鹿島。対して六川は二人の反応など気にせずに、なにかを考え込みながら先へと進んでいってしまった。ほうけたような星守と鹿島の二人はおいてけぼりだ。
そんなはずない、と困惑する星守の横で、鹿島は天儀のある言葉を思いだしていた。
「惑星降下作戦という極限の戦闘を体験したことで彼らの人生は変わった」
これは鹿島が天儀へ、
「白兵戦や銃撃戦もないのに、なぜ親衛隊なんて歩兵の、しかも近接戦力を陸奥改に乗せたのか」
と質問したときの答えだ。宇宙での戦いは砲戦や雷撃戦、そして電子戦、お互いの姿など視認できない距離の戦いに終始する。鹿島にとって基地制圧を想定しない作戦行動で、親衛隊の存在は疑問だった。まさか敵艦に横付けして接舷強襲をやるとは思わない。
あれは、そういう戦術もあるというだけの話で、敢行された事例はないはずですから、というのがミリオタにして歴女の鹿島の認識だ。そしてこの認識は正しい。特戦隊にあって親衛隊の存在は疑問なだけなのだ。
――天儀司令の箔付けのため?
と思わなくもない。華美な軍服に身を包んだ男たちに畏敬され終始ガードされている司令天儀は、とても特別な存在として特戦隊の隊員たちの目に映るだろう。
「でも全員が勲一等級の報奨をうけて、普通なら退役して恩給で悠々自適ですよ。午前中だけ働いて、午後は好きな趣味に興じて、夜は街へ出てバーにでも入れば栄光を語って大人気だって思いますけど」
鹿島には栄光を手にしている親衛隊の男たちが、なぜ危険度Sクラス、常に死のリスクがつきまとう部隊へ残り続けたい理由がやはりわからない。
――後方でデスクワークってわけじゃないんですよ。
普通なら絶対に軍人など辞めてしまいたい。
「鹿島には親衛隊の奴らが退役を拒否して、年間契約で軍へ残り続けることが不思議か」
「え、まあ、そうですね。不思議です。私なら引退しちゃうと思います。だって安全度の高い指揮所勤務ではなくて、本当に死んじゃうかもしれない最前線ですから」
「……そうか」
「そうですよ」
「…………だが、一般世間では彼らは生きられない。そんなふうに彼らを変えたのは俺だ。最後まで責任を取る。だから親衛隊はここにいる」
いま、鹿島はあのときの天儀の言葉が理解できた気がした。そして、あの立派な体躯で怖いものなどなさそうな親衛隊の男たちの意気軒昂な姿が悲しく思えた。