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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
二十二章、兄妹惑星の行方
163/189

22-(6) 鹿島特大に悔しがる

 天儀の国軍スサノオへの表敬訪問。

 いま、天儀と東宮寺朱雀とうぐじすざくという同君連合軍の二大巨頭の会談は無事一段落。

 

「天儀元帥、食事の用意があります。場所を移してそこで話の続きをしましょう」

 といって朱雀がソファーから立ちあがって、さらに言葉を継いだ。

 

特級厨師とっきゅうちゅしほどでないにしろスサノオにもいいコックを乗せています。ただ、敵までは料理しないですがね」

 

 いたずらにいう朱雀に天儀が驚いた顔。天儀とて、むちゃなことをやらせたとはわかってはいたが、こう面と向かっていわれると気恥ずかしい。


「もうお耳に入っていたんですか」

「ええ、六川ろくかわ星守ほしもりから聞きました。天儀元帥は調理師に作戦を作らせたとね。星守などは苦い顔でした。参謀部の立場ないとね。それにしてもコックに作戦を作れとは突拍子もない」

「はは、お恥ずかしい。勢いでやらせました」

「勢いですか。なるほど戦いには一番大事だ」

 

 天儀がうなづいて立ちあがった。


「では、行きましょうか。飯を食いながら話すんです。戦いの話から女性の話までね。天儀元帥の女性の好み絶対に聞きだしますよ」

「はは、お手柔らかに――」


 室内にいたスサノオ側の高級軍官僚たちも、ぞろぞろと続いた。部屋では一人アヤセがキョトンとして、私はどうすれば? という顔だ。下っ端の自分が立場的に同席していいのかわからない。きっと豪華な部屋でのとびきりの食事だ。けれどそんなアヤセへ、

「アヤセなにやってる。行くぞ。帰ったら鹿島に東宮寺朱雀とお食事したって自慢してやれ」

 と天儀が扉の前から一声飛ばした。

 

「あ、はい!」

「鹿島でなく君で正解だった。鹿島なら間違いなくサイン色紙抱いて、『サインください!』だ」

 アヤセはくすりと笑ってから、

「それじゃすみません。『あと、よろしければ握手と、それと写真も!』って絶対にいいますから。なにせ朱雀将軍の大ファンですからね」

 といい。天儀は、まったくだ、という苦い顔でうなづき、

「今回ばかりはあいつを同行させると、俺の細心の考えなどぶっ壊しだ」

 口にしてから通路へでていった。

 

 艦内の通路を並んで歩く天儀と朱雀。そのあとにはアヤセやスサノオの高級軍官僚たち。ちょっとした行列が進むなか朱雀が切りだした。


「不思議だと思いませんかこの僕が助命に賛成だなんてね。親父にはランス・ノールの助命に動く確たる理由があるが、僕は政治家でないし、恤民じゅつみんということは大事だと思っていても、強い政治的な信条でもないのです」

「なるほど……」

 と天儀は考え込んだ。ランス・ノールの助命に朱雀が賛成というのは、考えてみれば不思議だ。最高軍司令部(コジョレ)トップの朱雀の立場としては徹底的に叩き潰すしかないし、友人に裏切られて憎さ百倍、ということもありうる。いや、むしろそのほうが普通だ。

 

とも、だからですか?」

 と天儀はいったが、自分でも漠然とした回答という自覚がある。なぜなら回答したといっても、過去問を丸暗記、テストでそのまま書いたに近い。意味も知らずに記入しただけでは、本質的な正解とはほど遠い。だが、考えてみればみるほど、それ以外の答えも見つからないのも事実で、天儀は素直に思い当たったことを口にしていた。


「僕だけは、どんなときでもあいつの友だちでいてやろうと思ったんです。いてやろうなんて偉そうないいかたですけどね。それでも、そう思った」


 ランス・ノールの反乱に最高軍司令部(コジョレ)内は批判と非難一色。そんなか一人朱雀だけは沈黙した。そして失敗すると確信した。十一星系に対して一星系でどう立ち向かうのか、

 ――無謀だ。

 と静かに思った。そして失敗してランス・ノールが戻ってこればどうなるか……。死体となっているか、生け捕りにされるかはわからないが、なんにせよみじめなものだろう。それこそ世間から唾吐きかけられるような。

 

 朱雀は周囲の非難の声が強くなればなるほど、

 ――僕だけはあいつを笑顔で迎えてやろう。

 という心を強くした。軍を率いて反乱して、多く人間の運命を変えて、綺麗事ではすまない、悪辣なことも行なうだろう。だが、そんな問題は一切合切おいてだ。

 

 ――それが友人というものではないのか?

 

 朱雀はランス・ノールが窮地になればなるほど、不思議とその思いは増した。

 

「甘いですかね僕は?」

「どうでしょうか。ただ信条を貫くというのは立派です」

「……知っていますか世間では僕の作った総司令部の人事がなんといわれているか。〝お友だち司令部〟なんていわれます。僕としては優秀な人材で固めたつもりなんですがね」

 

 友人でいたいという自分の心に朱雀は従ったが、それは身近なものに甘いという弱さではないのか。友だちだから、と依怙贔屓えこひいきしたのではないのか。そんな不安がまったくないといえば嘘だ。

 

「そんなのはね。いわせておけばいいのですよ朱雀将軍。批判がでなくなったころにはお終いです。そんなふうにいわれているうちはまだ平衡を保っていると思えばいいんです」

「なるほど……。じつは父にも同じようなこといわれました」


 加えて朱雀にとって全軍の頂点にあるというプレッシャーはすさまじい。李紫龍が生きていたころは、艦隊の統括を彼に任せていたのでいくらか重圧はマシだったが、それが消えてしまえば内局と艦隊の責任は朱雀一人のものだ。絶大な権力を実際に手にしてみれば、

 ――危うさに常にさいなまれる。

 という巨大なストレス。危うく持て余せば、軍の統合を失敗し、その結果は自分一人が破滅するだけではすまない。

 

「軍の頂点への憧憬どうけい。子供のように最高の地位に憧れなかったといえば嘘ですが、じっさいにその席に座ってみれば大変だ。それに甘さがあるから、だから勝てない気もするし、諸軍を統括する威にも欠けるかもしれない。いっそ他のものへ代わってもらいたいとさえ思います」

「そうでしょうか」

「そうですよ。いえ、正直いえばもっと優秀な軍人が両軍にはいます」


 朱雀が心情を静かに吐露していた。世間が朱雀という男へ持っている強い男というイメージからは信じられない弱音だ。


「それだけ憂いを知れば問うところなしですよ。それに人の心を失っては戦えますまい。いつかは敗没します」

「ああ、なるほど――」

 と朱雀は爽快な気持ちとなった。つまりところ天儀は悩んでいることこそが問題ない証拠といってくれたのだ。


おそれとはばかりを知って高位にいる。高位にあって謙譲があれば、じつはその地位に相応しいということです。朱雀将軍の場合は、そうやって重さを実感できている間は、しっかりと軍を統括できているということでしょう」

「あはは、これは厳しい。今後もしばらくストレスとの戦いか」

「そうですよ。生きてるうちはずっと戦いの連続だ」

「いやはや覚悟は決まりました。そうだ。天儀元帥は食事でなにか苦手なものはありますか」

 

 天儀が一考して、

「芋虫の丸焼き以外なら」

 と真顔でいったので、生真面目なところのある朱雀は目を丸くしたがすぐに笑った。

 天儀が、そんな朱雀へ、

「あれはまずかった。食えたもんじゃない」

 やはり破顔していった。


「つまり特に嫌いなものはありません」

「では、とびきりのを用意させています。国軍旗艦ですので食材もとびきりですよ。あと、芋虫はコースにありませんのでご安心ください。あと酒はいけますか?」

「ええ、大丈夫です」

「よかった。故郷に塩鮭しおざけというのがあるのですが、通常は一ヶ月干すものを一年干したものを持ってきてあります」

 

 そういうと朱雀はうしろからついてくる高官の一人へ、僕の部屋にあるから取ってきてくれ、と指示した。


「で、そいつを薄くスライスして、生姜しょうがをきざんで日本酒をかけると美味いんです」

「なるほど楽しみです」

「僕が切りますよ。厚さが重要なんです。父とはこの切り身の厚さでよく対立するぐらいです」

「でも、この時間から飲むのはどうなのでしょうか。まだ昼時間ですが」

「めでたい日なんです。いいでしょう。それに天儀元帥も飲みたいはずだと、僕は確信してますからね」

 

 朱雀が爽やかに笑うと食事の用意された部屋が見えてきていた。一行の最後尾のアヤセは、

 ――無事に終わってよかった。

 と心のなかで安堵のため息。アヤセの目に映る二人は、もう昔からの友人のようだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「えー! アヤセさんは朱雀将軍とお食事したんですか!」

 

 いま、陸奥改のブリッジで鹿島の大きな不満声。

 報告したアヤセは鹿島の非難の混じった大声にタジタジだ。


「だから鹿島さん、二人きりでディナーを楽しんだわけでもないですし、私は大勢のなかの一人ですから」

「でも、朱雀将軍とお食事したんですよね?」

「ええ、まあ、そうなりますけど……」

 

 事実はそうだが、天儀と東宮寺朱雀が上座で飲み交わしているのを、その他十人ぐらいのなかの一人として見ていただけだ。実際、アヤセは途中から天儀や朱雀のことなどすっかり忘れ、

 ―――あ、この盛り付けすっごい可愛い。

 席が遠いこともあって料理を目で舌で楽しんでいた。天儀たちを気にしたのは、

 ――これパシャッと一枚したら行儀悪い?

 と思ったとき。目の前にはまずお目にかかれない高級なんて言葉じゃおさまらないフルコースだ。インスタ映えは間違いなし、一枚でもいいから写真を撮りたいと周囲のようすをうかがったが、さすがに無理だったのだ。


「お皿とかすごいんですよ。地球時代の骨董品で、なんとかっていう綺麗なお皿で、そうだ歴史好きの鹿島さんならご存知かも――」

 

 アヤセは、こういう形で、青色でなどと身振り手振りも交えつつ強引に話題を変えようとしたが……。上司鹿島の興味は悪い意味でぶれない。


「お皿なんてどうでもいいんです!」

 

 ――鹿島さんって綾坂よりたちが悪い。

 とアヤセは引きつった笑い。普段プリプリ怒る気の強い友人綾坂の気をそらすのは割りと得意で、喧嘩の仲裁もなかなかのもだが、そんな処世術は、いまの鹿島の前では通用しなさそう。誰か助けて……、と心のなかでお手上げだ。

 

 そんなアヤセの心の悲鳴が聞こえたわけではないだろうが、

「鹿島、もうよしてやれ。アヤセが困ってるだろ。豪華な食事会は彼女が大役をつとめた特典だ。それぐらいにしといてやれ」

 という司令天儀の声が飛んできた。途端に鹿島のヘイトは天儀へ。声の主をギロリとにらんでふくれつらだ。鹿島は、

 ――もう! だったらなんで私を連れて行ってくれなかったんですか!

 というのをグッと我慢。それはわかりきっているからだ。いや、天儀の同行者選定のときにはっきり天儀から「鹿島はダメだ」いわれたのだ。なんでですか! と鹿島が猛烈に抗議すると、

「どうせ東宮寺朱雀を見たらデレデレして、サインくださーいなんていうだろ。そんなやつ連れてけるか」

 鹿島は痛いところを突かれて不機嫌に黙り込むしかなかった。


「でもでも、ずるいです。食事の話は聞いてませでしたし、そんなイベントがあるなら絶対に行きたかったのに……」

 

 こんな上司鹿島を眺めるアヤセは苦笑い。だから連れて行ってもらえなかったんじゃないですか、と心のなかでツッコミを入れた。こんな異常な執着心を見せられれば、大事な会談で邪魔なると誰だって思う。

 

「アヤセさん朱雀将軍にお酌とかしました? アヤセさんは可愛いから、声かけてもらえましたよね? うらやましい。朱雀将軍ってどんな感じでした? やっぱり優しくて包容力があって、ステキなかたでしたよね」

「ええっと……」

 

 アヤセは弱りはてて、これはお酌としてないっていっても嘘だ! といわれてしまいそうと困った顔。それに司令天儀と話の合う意外にも大きな子供、というアヤセのプロファイルを口にすれば上司鹿島を不機嫌にしそうだ。

 

「おい、鹿島。俺を見くびるな。俺はそんなことはさせない。アヤセはあくまで秘書官として同行させた。女郎やホステスじゃないんだぞ。だいたい女性だからといってそんな行為をさせるのは侮辱だ。仮に朱雀がそんなことを望めば頬を張ってやる」

「あ、なんか友だちみたいな呼び捨て!」

「おう、俺たちは朱雀、天儀さんって呼び合う仲だ」

「うそです!」

 と叫んだが鹿島だけれど、司令天儀の顔は自信満々。鹿島は真相を確かめるために唯一現場を目撃している人物に確かめるしかない。鹿島はアヤセへ確認の目を向けたが……。

 

「……残念ながら、飲んで盛り上がって、そうなってました」


 現実は鹿島にとって非常だった。

 

「うぅ、そんなぁ」

「しかもなぜか天儀司令は呼び捨てで、朱雀将軍は〝さん〟づけ。最初は天儀司令のほうが、朱雀将軍へていねいな言葉づかいだったぐらいなのに……。アヤセ的にはこの立場の転換がどこで発生したのか不思議です」

 

 鹿島はしょんぼりし、勝ち誇る天儀。アヤセは情けない上司をなぐさめていると、

「あら、でも天儀司令ったらかわいそうね」

 という声。全員の視線が声の主へ。そこには天童愛。黒髪を優美にかきあげご登場だ。


「だってそうじゃない。天儀司令は毎日ぐらい鹿島さんと職場をともにしているのに、鹿島さんが興味あるのは朱雀さん。〝会ったこともない〟朱雀さんに、む・ちゅ・う。これは男として天儀司令の大敗北ね」

 

 場には微妙な沈黙。

 視点を変えれば司令天儀は、鹿島を意地悪して同行させず、悲しむ鹿島を見て勝ち誇っているのだ。なかなかひどいし情けない。

 

 天童愛に皮肉に天儀が、

「なんか、むかついた」

 と憮然としていうと鹿島へ近づき正面に立った。

 なにか良からぬことをする、と女子三人は思ったけれど、決断を伴ったときの司令天儀の行動は想定外にすぎる。未然に防ぐこともできずに静観せいかん


「鹿島はそんなに朱雀のことが大好きなのか。そうだ俺は彼の連絡先を知っているぞ。もちろん個人的なやつだ。鹿島は特戦隊で頑張ったからな教えてやろう」

 

 唖然とする天童愛、アヤセ、そして鹿島。

 これにはさすがの鹿島も、

 ――天儀司令、セクハラですそれ。

 と絶句し、怒りで青くなった。恥ずかしさなど一切ない純粋な怒り。だが、天儀がそんな鹿島にまったく気づきもしないし、女性陣からの冷たい視線にも気づかない。これ見よがしに携帯端末を取りだして操作。


「そうだ。俺と朱雀の会話のグループに入れてやる。そこでお前をとりなしてやるからな。いいことを思いついたぞ。スサノオへの移動も提案してやる。大好きな朱雀と勝手にランデブーしてこい」


 たまりかねた鹿島が、ダン! と床を蹴った。強烈な音に、怒りのオーラ。天儀が鹿島の変化にやっと気づいてた。


「お、おい。鹿島?」

「……」

「怒ったのか? いや、怒ってるよな。まて、悪かった。俺はつい、えっと、そうだ名補佐官なんだろ。鹿島は俺なんかより朱雀の名補佐官になりたいのかなーとさ。これは俺なりの気づかいだったわけで――」

 

 ちょっとアプローチが間違っていたな、などという言い訳を始めた司令天儀には天童愛とアヤセからの冷ややかな視線。みっともない言い訳をする天儀の額には脂汗。焦燥が簡単に見て取れる。

 

「違います! 私は天儀司令一筋です! やめてください!」


 鹿島が真っ赤になって叫んだ。叫ぶと同時に身をひるして駆けだしブリッジからでていってしまった。

 

 唖然とする天儀へブリッジ中から、

 ――あー泣かせたー。

 という非難の視線。まさに孤立無援だ。天儀は打つ手なし。鹿島の去っていた方向を呆然として見つめるしかない。


「……しまった。やり過ぎた」

 

 天儀がブリッジの出口を見つめながらぽつりというと、

「だから以前忠告したでしょうに、そのうち痛い目を見るとね」

 天童愛が冷たい視線とともに冷たい言葉で鞭打むちうった。


「……調子に乗った」

「まあ、この程度ですんでよろしかったのでなくて、二度と口をきいてもらえないということもないでしょう。わたくしとしては、鹿島さんは頬の一つでも張ればよかったと思うのですけれどね」

「あとで謝らなければ……。ほんとうにまずったな」

「ま、これで今日は雑務を処理してくれる人はいませんので、せいぜい頑張ってくださいな。アヤセさんはこれからオフ。いまからは鹿島さんの当番時間ですが、天儀司令のせいでご覧の通りいませんので」

「まじか――」

「マジもなにもそうでしょうに」

 

 驚く天儀に天童愛はフンという態度。天童愛が見るに鹿島は、たぶん当分戻ってこない。当然だ。いまの天儀の行為はくりかえすが完全なセクハラだ。

 星系軍は宇宙の倫理規範たれである。

 この手の問題に星系軍にかぎらず宇宙ではきわめてうるさい。自分勝手な行動は宇宙船の存亡に関わってくるというのが理由だ。宇宙で自己を見失うようでは生きてはいけない。


「あんなに天儀司令のために頑張っている鹿島さんへ、あんな最低なセクハラだなんてね」

 

 この言葉に天儀が驚いた顔。まさ、セクハラだなんて思っても見なかったという表情だ。


「いや、まて、いまのはセーフだろ」

「いえ、アウト。完全にね」

 

 天童愛がピシャリといい。とたんに天儀が青くなった。軍警察に訴えられれば有無もいわさず指揮権剥奪で送還もありうる……。

 

「あと――」

 といって天童愛がかがむと、書類のいっぱい入ったダンボール箱を持ちあげ、天儀のワークスペースへどかりと置いた。


「なんだこれは?」

「鼻紙にでも見えまして? これは今日の鹿島さんの業務です。責任を持って処理してくださいね」

「な――……」

 

 天儀が言葉を失った。上のほうにある少しみただけでわかる。作戦全部事項や完了書などの〝紙〟で残しておく重要書類の山だ。


「あら、普段鹿島さんに押し付けて楽をしていらっしゃるから。たまにはご自分でおやりになったらどうなのです」

「まて、これは秘書官の業務だろ。なぜ司令官の俺に回ってくる。主計室にでも持っていけ」

「この書類が主計室に回れば、秘書課のかたたちどう思うでしょうね」

「どうって――」

「本来、鹿島さんがやるべき書類がなぜか自分たちにまわってきた。これはなぜか? と彼女たちは考えるでしょうね。そして鹿島さんへ確認して――」

 

 天童愛がみなまでいわないうちに、

「くそっ!」

 と天儀が叫んでいた。


「気づきましたね。鹿島さんが天儀司令の無体で泣かされたことを知れば、主計室は一丸となって反天儀同盟。アヤセさんもそう思いますよね?」

 

 突然、話を振られたアヤセは、

 ――はいっ!

 と切れの良い返事で肯定。アヤセは、今回は鹿島さんも悪いから、と思っていたが、問いかけてくる天童愛があまりに怖い。アヤセからいわせれば、ことの発端は上司の鹿島が朱雀将軍を連呼して、スサノオへ行きたかったと不機嫌な態度を取ったからだ。

 

 ――今回は鹿島さんも悪いような……。

 

 だが、ブリザードをまとった天童愛に力強く聞かれては、はい、としか応じるしかなかった。


「天儀司令、早く取りかかったほうがいいのでは? ダラダラしていると今日中に終わらないのではないのかしら。鹿島さんはその書類今日中に消化する心づもりだったと思いますよ」

「これは職務怠慢とか任務放棄には……」

「なりません。というか、そうなると天儀司令のセクハラも問題になりますね。わたくし、当然ですが鹿島さんの肩を持ちますからね」

 

 天儀が犯した過ちの大きさにため息をついて両手で顔をおおった。

 一部始終を眺めることとなったアヤセは平和だな、とクスリと笑ってから打ちひしがれる天儀へ敬礼し退出。

 ブリッジには静けさが戻っていた。

 

 数分後――。

 天儀がワークスペースで黙々と書類との戦いを開始。が、二十分もせずに絶望的なため息を吐いてデスクへ突っ伏した。

 

 ――終わるわけがない。

 と思った天儀は胸ポケットから携帯端末を取りだし、メッセージアプリを起動。手早く目的の相手を選択し、

『ごめんなさい』

 と文字を入力し送信。メッセージを送った相手はもちろん鹿島容子。が、自撮りのあざと可愛いアイコンは反応なし。

 

 ――くそ、既読にはなったのに……。

 しばらくして読まれたことはわかったが、やはり反応がない。

 

 一方のごめんなさいされた鹿島といえば……。

 ひらがな六文字を見て、

 ――もう!

 といきどおりを覚え、あきれるやら余計腹が立つやらだ。が、なんとなくバツの悪さもある。

 あの量の書類の処理は天儀には絶対に無理とよくわかるからだ。

 

 ――良くやっても五分の一ぐらいかな。

 

 手書きだから誤字脱字もあるだろうなぁとか、見てないと印鑑の押す場所間違えるんですよねとか、次々に心配事が心に浮かんでくる。鹿島は少し胸が痛んだ。

 

 なぜかいい気味、とは思わなかった。いま、ブリッジで司令天儀は間違いなく困りはてているだろう。短く単純なメッセーだからこそ、それがよくつたわってきた。だが、鹿島はやはりまだ腹立ちのほうが大きいのだ。こんな状態でブリッジへ戻っても仏頂面をさらすことになって恥ずかしい。

 

 でも……私を秘書官として見出してくれたのは天儀司令ですよね。鹿島の脳裏にそんな思いがよぎったとき、司令天儀から新着のメッセージ。鹿島はすぐに通知のポップアップをタップしメッセージを開いていた。


『特戦隊は明けても暮れても鹿島容子――』


 鹿島の目にメッセージの冒頭が飛込できた。なかなかの下手、いや、ご機嫌取りの出だしだった。このきわめて下からな文章に鹿島の心はさらに揺れたけれど、それでもブリッジに戻る気になれない。

 

 ――ほんと調子いいこといって、どこまで本気だか。

 と思いつつスクロール。今回のメッセージは長いのだ。


『我が補佐に足るは鹿島のみ。君の進言がなければ俺は暗中の鳥。飛ぶこともできない。特戦隊は鹿島なくしてどうするのか。本当に悪かった。我が〝補佐官〟よ戻ってきてくれ』

 

 鹿島が画面をジッと見つめた……。鹿島は、いま、自分のほほが緩むのを自覚し、どんよりした気分が晴れていくのがわかった。止ようのない陽の感情にあらがいがたし、不機嫌にとどまろうにも無理だった。鹿島は思わず、ふふん、と笑って端末を操作し文字を入力。


『補佐官?』

 鹿島がメッセージを送信すると即、

『違った! 名補佐官!』

 と返ってきた。

 

 ――もうっ。天儀司令ったら必死じゃないですか。

 

 鹿島は両手で端末を握りしめ画面を凝視する天儀の姿を想像してしまい思わず苦笑してしまった。

 

 一方、ブリッジの天儀――。


「やったぜ。返信があった!」

 

 この歓喜の声に天童愛が反応し、天儀の背後から端末の画面をのぞき込んだ。たまたま所要で近くにいたところに歓喜の声があれば気になろうというものである。

 

「あら、まあ、ずいぶんと下手にでて褒めそやしたことね」

「ばかいえ半ば事実。嘘はいっていない。それにやつがいないと俺が困るのも事実だ」

「そうですけれど……」

 と天童愛は苦い顔。事実だがこうも開き直られると情けないというか、なんというかだ。

 

「で、これで鹿島さんの気がひけるんですか?」

「バッチリだぜ。返信があったぞ。これはいけるやつだ。さらに返信と……。『君には良平りょうへいの才があり、補佐官としてもうしぶんない』っと送信」

 

 文章を口にしながら入力する天儀に、天童愛が疑問顔。


「……良平?」

陳平ちんぺい張良ちょうりょうだ。古代の策士のな。やつは歴女だから知ってるはずだ。知っていれば確実に喜ぶ。ふふ、我ながら完璧な〝よいしょ〟だ」

「まあ、呆れた。それなら『我が子房しぼう、いや孔明よ』ぐらい言ってもよかったのでは? 両方共いまでも名補佐官の代名詞のような存在ですから」

「ばかいえ、あいつはニワカなのに知識を気取ってるから、そういうスレートなのは逆効果だ。よしよし……ふふ、成功だぞ……」

「……どんな内容が?」

 

 俄然興味の天童愛が身を乗りだすと天儀が、ほら、といって見やすいように画面を向けてくれた。そこには……。

 

『ま、それほどでもありますよね。自覚はあったんです。私ってやっぱり特戦隊のキーパーソンですか(ニコちゃんマーク)』


 この文面を見た天童愛は、鹿島さん……、と呆れて首を振りつつため息だ。


「すごい返信だろ。自信家で自己顕示欲の塊の足柄京子あしがらきょうこでもここまでいってくるかどうか。だが、鹿島は間違っても第一機動艦隊を与えろとか過大な要求はしてこない。とても謙虚だ」

「〝よっ! 名補佐官〟の一言でご満悦ですものね……」

「うむ。コスト的にも鹿島はとてもいいやつだ」


 天儀がチョロいぜ、と喜び。天童愛が呆れるなか、一方の鹿島といえば超がつくほどのご機嫌で、ご満悦。すっかり機嫌もなおり、いまはもうブリッチへ向けて通路を進んでいた。通路を進む鹿島の足取りが、スキップということからも彼女の上機嫌は疑いない。一歩でるたびに、ツインテールもポンポン跳ねている。


「これぞ水魚すいぎょまじわりですよ。出発前はこきつかわれてひどい目見るだけっていわれてたけれど、戦争の勝利者の天儀司令から名補佐官認定です。天城従姉あまぎねえさんきっと驚くだろうな。そうだ。さっそく自慢しなきゃ」

 

 鹿島はもうすっかり晴れやかな気分。東宮寺朱雀に会えなかった腹立ちなどもう完全に忘れてしまっていた。

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