3-(5) 兄妹の出発(ランス・ノールの乱)
「しかし大丈夫だったのでしょうか……」
シャンテルがマサカツアカツのブリッジで、兄ランス・ノールを迎えるなりそう問いかけた。
「なにがだい私のシャンテル?」
ランス・ノールは指揮座に腰を下ろしながら妹の言葉に応じた。
「ユノさんの件です。あれではまるでユノさんを信用していないという感じがでていませんか?」
ランス・ノールは、ユノ・村雨へ軍監アトラスを殺害するように罠にハメた。シャンテルの懸念はこれだ。
ユノさんが最高軍司令部から派遣された軍監を殺したことで、お兄さまの計画に乗るしかなくなったというのはわかりますが、内心反感を買っているのではないでしょうか。
だが兄のランス・ノールからでたのは、
「なるほど。だが逆だよシャンテル」
という自信を持った否定。シャンテルは不思議そうに顔を向ける。
「ユノ・村雨は権威主義者で強い力にはおもねる。強烈な力を見せつけてやれば、逆に服従を呼び込める」
「強烈な力ですか……」
「ユノ・村雨が謀略を好むのは知っているね?」
「存じあげております。というより悪知恵でのし上がってきたような方ですから」
ランス・ノールがシャンテルの物言いに思わず笑う。その表情は優しげだ。
「それだよ。ユノ・村雨にとって力と悪知恵だ。あの女は悪知恵が働くものを尊敬する。ユノ・村雨は、このランス・ノールに頭の天辺からつま先まで、きれいにハメられたことに快感すら覚えているはずだ」
今度はシャンテルが兄言葉にくすりとして、
「快感ですか?」
といってからさらに言葉を継ぐ。
「その方の最も得意とする手法で、こちらが上をいくことしめしてやったほうが従わせやすいということですか。勉強になります。お話し合いでわかってもらおうというだけではやはりダメなんですね」
「さすが私のシャンテルだ。理解が早い。巧みな弁知はそれだけで尊敬を呼び込めるが、上下関係を認識させるにはやはり力だ。ユノ・村雨は少し特殊な女だが、理解の外にあるというほどでもない」
さらにランス・ノールは、
「それにあれほど信用できない人間もいない」
というと、シャンテルが、なるほど納得、という表情をしてから。
「ともに立っても旗色が悪くなればユノさんは裏切りますものね」
「そういうことだ。あっさり裏切りを繰り返すだろう。保身しか考えないやつだからな。絶対に星間連合に戻れないぐらいの状態にしておくにこしたことはない」
「君子豹変すとはいいますけれど、ユノさん裏表の激しさには驚かされます。とんでもない二面性です」
気を許せば必ず後ろから刺される。というような趣旨のシャンテルの何気ない不審の言葉。だが兄のランス・ノールの見解は少し違った。
「いや、違う阿修羅だ」
シャンテルが、え?という疑問顔でランス・ノールをみた。
「ユノ・村雨の本性は二面性ではなく、三面性だよ。相手の好む女性像を演じ処女のような振る舞いすらできる一方で、腹黒い豺狼のような性格。そして自身を〝ユノ〟と一人称する甘えきった利己的な面の三つの顔」
「なるほど……阿修羅は三面ですものね。ユノさんは従順、凶暴で、利己を追求する。たしかに三つの顔です」
ランス・ノールは妹の言葉に満足そうにうなづく。
「だがユノ・村雨は腕が6本あるほどに優秀だ。たとえ積悪の末とはいえあの若さで、軍でのし上がったというはすごい。能力は間違いなくある」
ランス・ノールは能力主義。あわせて結果主義者でもある。
シャンテルは、お兄さまは軍での出世を足がかりに〝妾の子〟という侮蔑を克服してきました。それもなりふり構わない努力で。そんなお兄さまから見てユノ・村雨とは通じるところがあるのですね。つまり、兄にとって
――ユノ・村雨という三面女は理解しやすく、手の内で転がしやすい。
と、シャンテルは分析した。
「だが、のし上がってやりたいことがないというのがユノ・村雨の限界だな。その自在伸びる六本の腕も、いまは悪事がいっぱいにつまった袋が破れないように穴を抑えることにつかわれているだけだ」
「なるほど。三面六臂というのもユノさんらしいです」
同時に三方面見られればじゅうぶんにすごいが、多方面、人の何倍もの活躍をすることを普通は『八面六臂』という。八面は全方向で、六臂は六の腕。
シャンテルからすればユノ・村雨は、
――自分の利益とするところしか興味のない女。
八面に対し三面というのは、いかにも狭窄さを感じさせ、ユノ・村雨の能力の限界も暗に指摘しているように感じる。
シャンテルは、
――やはりお兄さまの物事を見る目は常に正中を得ています。
と、あらためて兄を尊敬の眼差しで見た。
この兄にして、この妹あり。なにかにつけて妹を手元に置こうとするランス・ノールに嫌がりもせず、むしろ迎合するように従うシャンテル。シャンテルもかなり兄一辺倒で情の偏重した妹だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広大な宇宙に遊撃群の2個艦隊が第二星系のファリガ宙域へと進んでいた。真っ黒な宇宙では主要艦艇だけで300隻規模の巨大な艦隊は光の群れだ。噴射口の軌跡と様々な識別灯をきらめかせ進んで行く。
マサカツアカツのブリッジは静かだが、どこかピリリとした緊張感がただよっている。
我らが偉大なランス・ノールは、
――これから独立宣言をする。
これが緊張感の理由。このピリリとした雰囲気はマサカツアカツのブリッジどころか、第三艦隊と第四艦隊も含めた全体におよぶ。もう最高軍司令部から派遣されてきた軍監アトラスを殺害してしまったのだ。後には引けない。という思いで遊撃群2個艦隊はファリガ宙域へと進んでいた。
「星間連合とグランダから反乱鎮圧の軍は、いつ送られてくるのでしょうか?」
シャンテルからの、指揮座に堂々と座る兄ランス・ノールへの質問。
兄妹とファリガ、ミアンノバかすれば星間連合からの離反は義挙にして正義だが、離反される側からすれば当然違う。シャンテルからして、
――私たちの行為は反乱と受け取られるでしょうね。
という認識はある。
「いや、違うな。いま両国は一つになるために〝賢人委員会〟の指導の指導下にある。最高軍司令部から鎮圧軍が派遣されてくるだろう」
「賢人委員会ですか?たしか有識者で構成された国家統合への助言組織ですよね?」
「ああ、戦後発足され、あまり表にでてこない組織だからね。実態を知らないのも無理はないよ。いい機会だ説明しておこう」
そうだな、といってランス・ノールは妹へていねいに説明を開始。
「最高軍司令部が両国の軍の統合を進めるための組織だということは知っているね?」
「はい、存じあげております。星間連合とグランダはこれから一つの国家になる。だから軍隊も一つになる。その作業を進めるために両国軍のトップで組織されたのが最高軍司令部」
ランス・ノールが、さすが私のシャンテルだ。というようにうなづいた。
「その最高軍司令部は、賢人委員会の意向で組織されたんだよ」
シャンテルが驚きの顔になる。
驚きには理由がある。なぜなら賢人委員会は、
――13人委員会。
とも呼ばれる。つまりたった13人の意向で、星間連合5星系11惑星と、グランダ7星系8惑星の星系軍の再編が推し進められているということになる。
もう少し言及しておくと、
――賢人委員会。
とは、グランダ議会と星間連合議会の代表者からなる国家統合に指針をしめす機関。とされているが、その実態は賢人委員会が国家統合の方針を決め、両国の議会がそれを法案として提出し議決する。
両国議会は13人による寡頭制組織の承認機関へと成り下がっていた……。
ともあれこの賢人委員会の指導により戦後の両国の統合は問題なく進んでいるのも事実。
両国議会の議員合計は1000人以上。船頭多くして船山に登る。人数が多ければいいというものではない。それに国家統合が政争の道具にされればきわめて危険でめんどう。少数で素早く、次々と方針を決定していく必要があった。
この賢人委員会の指針もと両軍の軍高官からなる、
――最高軍司令部。
が組織され、両軍の統合という再編と軍縮の作業を進めていた。
「つまり、おそらく2国か別々とか連合ではなく、最高軍司令部から対応の艦隊が送り込まれてくるはずだ」
と、ランス・ノールは、その金目銀目で見すえる先を口にした。
「当面の間、お兄さまはファリガとミアンノバを行き来して政務を行なうのですよね?」
「そうだな。私が戦争にかまけているわけにはいない。我々の言い分が世間から妄言と取られないのは星系軍2個艦隊の存在だ。だがこの2個艦隊を維持するには、星系内で支持が必要不可欠でもある。支持があって始めて第二星系内であらゆる補給を受けられる。第一執政としての政務は疎かにはできない」
「強奪して回るわけには行きませんものね」
と、苦笑するシャンテルの顔には不安がある。
兄が不在の間の2個艦隊の責任者はシャンテルだ。
――仮に、お兄さまのいない間に武力衝突となれば……
シャンテルには戦闘指揮には自信がない。
愁いおび、はかなげなシャンテルの大きな瞳。
ランス・ノールは妹の不安をさっし、
「大丈夫だよ。いまの最高軍司令部に我々の2個艦隊にすぐさま対応できる戦力はない」
と優しくいった。
「いいかいシャンテル。最高軍司令部は、効率的にすぎた。艦隊の解体は、私の麾下の2個艦隊が最後だった」
この兄の言葉に、シャンテルがハッとする。
ランス・ノールは、その妹の表情を見ると満足気な表情。
「そうだ。さすが私のシャンテル。もうわかったね?つまり一時的にではあるが、いま、12星系19惑星から第三艦隊と第四艦隊以外の艦隊は消えている」
「つまり、私たちに対応する艦隊を再編成するのには、時間がかかるというわけですね!」
ランス・ノールはうなづき、妹の方へ身を乗りだし肩を抱き寄せ、ご褒美だというようにそのひたいにキスをした。
「通常なら対応にあてる戦力の編成も早いが、いまは廃艦や退役、諸々が重なってすぐに強力な艦隊編成などできない。この間にまず各惑星に独立を認めさせ、次に星間連合とグランダの両政府を交渉して我々の存在を認めさせる」
「お兄さま、シャンテルはやれる気がしてきました。お兄さまの目はなんでもお見通しですね」
「万事につけて抜かりはない。こちらが下手に攻勢にでなければ、状況は静観される。既成事実はできあがるっているのだから、彼らが静観すれば独立をおのずと認めるようなものだ」
ランス・ノールは優しくシャンテルへと微笑みかけ、
「だから頼むよシャンテル」
と、いったのだった。
兄の優しい笑みは、シャンテルにとって不安を解消するにはなによりの良薬。もうシャンテルからは不安の色は消えていた。
最高軍司令部が派遣した軍監アトラス・アッヘンバッハの殺害を知るころには、ランス・ノールはファリガとミアンノバの両議会から第一執政および護民官へ選出され、
「私はセレスティアの名の下に、ここに神聖セレンスティアル共和国の独立を道破明約する!」
と、高らかに宣言していた。
――道破明約。
とはまったく聞き慣れない言葉だが、道破は人々がなかなか言いだせないことをはっきり言い切ることや、論破することをいう。明約は明らかにして約束するという意味だ。
つまりランス・ノールは経済の低迷から星間連合を脱退(独立)したいファリガ、ミアンノバの無言の言葉を代弁し、加えて、
「2惑星の運命は私が責任を持つ」
と覚悟の思いを込めて宣言したのだ。これは2惑星の思いをガッチリと受け止めた立派な志しといっていい。
人類は宇宙では長らく融合拡大の道を進んできた。領域を密に接すれば、一つの国家となる。この様状況では経済は相互依存にある。一つとなってしまったほうが効率は良い。
こうして星間連合もグランダも成長してきたのだ。最初は2,3個の惑星の連合体が両国だ。このような時代を多惑星間時代と人類は定義していた。
そんな時代にあって、ランス・ノールの分離の選択。
『独立宣言』
という行動は、あまりに斬新。新しかった。
瞬く間に13惑星19惑星の間を、
――独立の宣言。
という衝撃が突き抜けいった。世論は沸騰した。
『神聖セレンスティアル共和国』
という新国家の名称はランス・ノールのセンスによる。
頭につく神聖の意味は不明瞭だったが、誰もそんなことは気にしなかった。なぜならその神聖の文字は、古き好きセレンスティアル家の直接統治時代と、聖公と敬慕を集めるアルバ公を連想させた。神聖の文字に、2惑星だけでなく第二星系全体が明るい未来を想像し気分を高揚させた。