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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
二十二章、兄妹惑星の行方
159/189

22-(2) 兄妹の漂流

 真っ黒な宇宙に二足機にそくきの噴射口。

 いま、この三座の二足機のコックピットからは綺羅びやかな星々。

 

 推進剤は48時間分、酸素は生命維持装置が壊れないかぎり半永久的にもつ。食料は一年分か……。情報を確認し終えたランス・ノールはモニターを低エネルギーモードに。少しでも物資を持たせる苦肉の策だ。こんなことでのエネルギーの節約などたかがしれているがな、そう自嘲気味に思ってやめられない。なぜなら横の座席には最愛の妹のシャンテル。いま、彼女は静かに寝息を立てている。

 

 ――48時間後にはめでたく遭難状態か。

 とランス・ノールは静かに思った。ランス・ノールの顔には疲れが見える。

 

 ファリガ議会から退去し、そのまま軌道エレベーターへ、高軌道ステーションまで一気に登って、この三座の二足機を第一執政権限と、腰に挿していた拳銃で奪い取り宇宙へ脱出。

 

 ――が、これで万事休した。

 ランス・ノールの胸懐きょうかいが苦さにまみれた。

 

 宇宙へ脱出に必死となり機体の種類を選べなかった。奪ったのはベース付近での活動を想定して設計された三座さんざの二足機。巡航速度じゅんこうそくどを保っても進める距離などたかが知れている。

 

 宇宙に逃げおおせた瞬間から兄妹には暗い運命の影が忍び寄っていたのだ。

 宇宙での遭難、無限の闇での漂流は、すなわち死――。ランス・ノールとシャンテルに刻々と死神の魔の手が迫っていた。

 

 遭難信号を――。とランス・ノールはなども思ってみたが踏み切れない。反乱起こし、独立宣言。それがすべて失敗したいまはたんなる罪人で、国家反逆罪の量刑は〝死のみ〟である。ランス・ノールとしては自分は断頭台のつゆと消えても後悔はないが、シャンテルだけはどうにか逃したい。

 

 三つ先を見とおすランス・ノールの思考が、いま、揺れに揺れていた。

 

 なんとか宇宙施設に潜り込み、流民をよそおってしまう。これはダメだ。奪った二足機の機体識別番号はもう全宇宙に出回っているだろう。潜り込みを仕掛けた時点で終る。ならば父アルバの熱烈な支持者にかくまってもらい、ほとぼりが冷めてから出頭するというのはどうか。いや、二年か三年隠伏すれば、また起死回生のチャンスはあるかもしれない……。

 

 瞬間、ランス・ノールはハッとし、

 ――そんな虫の良い話があるか!

 と自身を一喝した。このごにおよんで指導者としての起死回生など考える。そんな自分に腹が立つ。すべてはシャンテルのため、それ以外は、いまは邪念だ。

 

 やはり、つてをたぐっていき自分を生贄にすするかわりに、シャンテルの助命を確定させる交渉を行なう。これしかない……。が、どこでどう通信するかが問題だ。この機体は安価な量産型で通信距離もさほど長くはない。そうなると偶然、近くを、アルバ公の恩徳に生死を辞さない、しかも金持ちのクルーズ船が通りかかる可能性……。こういった幸運が重なりさえすれば、このまま秘密裏に逃亡を成功させることは可能!

 

 が、ランス・ノールは結論を結んだ瞬間に、

 ――そんな可能性は限りなくゼロだ――

 と絶望した。もう八方塞がり、頭を抱え沈痛の表情。

 

 なんとかシャンテルを守りたい。どうにか良案を思いつけよ俺の頭脳! シャンテルだけはなんとしてでも助けなければならない。なんのためにここまでやってきた。シャンテルのためだ。

 

 妹だけは絶対に不幸にできないという決意と、無情な現実の板挟み。

 ランス・ノールは宇宙に脱してからというもの同じような非現実的な逃亡プランを脳内で書き直しては絶望し、いまはついに悲嘆に暮れていた。


「……お兄さま?」

「シャンテル、目覚めたのかい。ずいぶんと眠っていたね」


「うそ――」

 とシャンテルが驚きの声。シャンテルは数時間だけ目をつぶったつもりが、時間は十時間以上経過していた。


「はは、疲れていたんだよ。この至らない兄のせいでね」

「そんな、お兄さま自虐的になってはダメですよ。脱出は成功。これからじゃないですか」


「ああ――」

 と優しく笑ってみてもランス・ノールに健気な妹からの励ましの言葉が辛い。胸は痛烈にえぐられるようで、

 ――いっそ罵倒してくれたほうが心安らかだろうな。

 と気持ちは沈んだ。

 

「えっといまは――。ミアンノバへ向けて飛行中なのですね。すごい生命維持装置は五十年以上稼働保証がついた最新タイプ。さすがですお兄さま、あんな佳境な状況で的確に逃亡に最適な二足機を奪ったのですね!」

「――……ああ、そうだよ。三つ先を見とおすといわれるこの兄目を疑ったのか。状況に応じてプランは修正され、いまはもう万事予定どおりだ」

 

 ランス・ノールはグッと言葉をつまらせてから、とびきりの笑顔でそう応じた。だが、シャンテルを心配させたくない、という思いからでた〝きわめて浅はかな嘘〟に心は張り裂けそうだ。

 

 シャンテルは素人だ。推進剤のメータには気づかずに、真っ先に気にしたのはどれだけ生き延びれる状態が維持できるか。そして続いて素人の彼女が確認したのは水と食料の残量で、

 ――ゆうに一年分。

 と知ってすっかり気持ちを明るくしたのだ。それに兄ランス・ノールが奪ったのは三座機で、つまり三人乗り用だ。いま、機体内には二人だけ。それだけでも十分に余裕がでるという希望がある。

 

『生命維持装置の稼働時間=機体が稼働する時間ではない』

 ということを妹は知らないのだ。そんなこともわからない、自分が守ってやらなければならない存在のシャンテル。だから近くにおいた。が、それは正しかったのか? まつさえ艦隊を任せてしまった。国家の要職も無理強いした……。ランス・ノールは自分の愚かさに死ぬ思い。以前の自分をあらんかぎりの罵詈で、徹底的に罵倒したい気分だ。が、そんなときでも妹シャンテルの兄への尊敬は変わらない。それどころか益々盛んだ。

 

「お兄さまはすごいですね。シャンテルはどう逃げるかに精一杯で、宇宙にでたとあとのことなど考えてもいませんでした」

 

 ――俺もそうだ。

 とはランス・ノールはいえずに、

「さあこれからどうするか」

 きわめて明るくいった。自分でも驚くくらいの明朗な声。それだけに気持ちは息苦しいほどに焦り、深い闇の底を這うような苦しさ。恐ろしいほどの重圧感が身体にのしかかってくるようでもある。いま、明るいシャンテルがすぐ先には絶望しかないと知れば、どんな顔をするか、そう思っただけでも針のむしろのうえにいるようで、たまらない。


「あえて、ファリガへUターンし、我らが父であるアルバ・セレスティアルの縁者に助けをたのむか。あるいは軍内にはまだ支持者が少なからず残っているはずだ。彼らに助力を仰ぐとか」

「なるほど――」

 

 シャンテルが考え込む仕草。疲れのない明るい顔に大きな瞳が子供のように輝いている。

 絶望を知らない顔だ、とランス・ノールは思い。もう、嘘を突きとおすしかない、と決意した。

 最後まで投げださない。いい夢見る。素晴らしいエンディングをシャンテルだけにでも見せたい。第二星系の人々、ファリガ、ミアンノバの人々には見せることができなかったが、最愛の妹だけには至高のエンディングを見せたい。

 

「いや、ミアンノバでも聖アルバ公の名は絶大だ。このままミアンノバへいく。そしてミアンノバ宙域に到着次第、各宇宙施設に檄文げきぶんを飛ばす!」

「え!? 我々は逃げているにあえて居場所をさらけだすようなことなさるんですか」

 

 驚くシャンテルの表情は純粋だ。見つめてくる目には、どんな魔法が? という期待の色。ランス・ノールはやはり苦しさを覚えたが、もう苦しい夢を語るしかないのだ。

 

「隠れるよりあえてさらけだすことで、支持者は集まってくるものさ。それにセレスティアルの血統だけで、その存在は重い。ミアンノバもファリガと遜色なぐいらいの保守的な地域エリアだ。私もシャンテルも聖なる人と呼ばれるアルバ・セレスティアルの子だよ。その名にすがって起死回生ができる。この時代にあって民衆からの〝聖公〟の追尊ついそんはだてではない」

「うふふ、お兄さまったら」

 

 シャンテルが笑ったので、ランス・ノールも笑い返した。

 それから二人で食事を取った。寝ていたシャンテルはもちろんのこと、ランス・ノールも脱出してから一切なにも口にしていなかった。ランス・ノールは食料の備蓄に気をもみ、少しでも妹に、と自身でも気づかぬ間に思って空腹など感じもしなかったのだ。

 久しぶりのゆっくりとした二人きりの時間。口に入れるのは味気ない携行食と真水といっても格別のときが流れた。

 

 二人は食事が終わってからしばらくのあいだ星々を眺めていた。そんなときにシャンテルが、

「……また二人きりですね」

 ぽつりといった。ランス・ノールにとって不意打ちだったが、

「また?」

 なんとか平静をよそおっていった。

 

「シャンテルはいまでも忘れません。お父さまとお母さまが亡くなって、本家へ預けられた最初の日のことです。二人きりでした」

 

 あのときシャンテルは、この世に兄妹二人きり、それ以外の人間は存在しないという強烈な絶望感に押しつぶされそうだった。


「広い部屋だったな……」

 とランス・ノールがぽつりといった。


「あら、お兄さまもそれを考えていたんですね」

「ああ、案内された部屋が二人でつかうには広すぎると思ったのをよく覚えているよ。仕切りを作れば三家族は住めそうだった」

「でも、あのお部屋は大昔には本家のご当主さんが一人で起居するのにつかっていたそうですよ」

 

 そんな広い部屋に幼い兄妹が二人きり。いま思えば自分たちの迎え入れの処理をした本家の家宰は、気をつかったつもりなのだろうが、広く天井の高い部屋が返って、

 ――もう誰の助けもない。

 というシャンテルの孤独感を煽り、両親の死という現実を突きつけられているよな気がして悲しかった。


「あのときのことは忘れません。お兄さまは涙が止まらないシャンテルを、とってもやさしく、そして力強くなぐさめてくれました。いま思えばお兄さまもお辛かったでしょうに、シャンテルは悲しい、悲しいと自分のことばかりで……」

「部屋の中央に天蓋てんがい付きの大きなベッドが一台。生活感のない部屋だった――」

「でも、泣いていてもいろいろなことを考えるんですよ。わたくし実は部屋に入ったときには驚きました。世のかなにはあんな大きなベッドがあるのかと。同時にね。これから毎日この大きなベッドでお兄さまといっしょに寝られると思うとちょっと楽しみでした」

「泣いてばかりいたのに、そんなことを考えていたのか。俺は泣きやまないシャンテルに内心は弱りはてていたんだぞ」

「あら泣くだけでは飽きてしまいますもの。これからどうなるのか。明日から何をするのか、新しい学校に通うのかだろうか、色々不安でした。考えることはつきませんよ」

「そうだったのか――」

 

 ランス・ノールが思っていたよりずいぶんとシャンテルは強かった。それもずいぶん昔から――。


「あと、今夜のお夕飯はなんだろうとかもです。泣くとお腹が減りますものね」

 

 シャンテルが優しく笑った。ランス・ノールは自分がうまく笑い返せているかわからなかった。妹の優しげな声が、ただ耳底を打った。そしてそれでもランス・ノールの目に映るシャンテルは暖かに優しく笑っていた。自分がどんな状態でも妹は変わらない。

 

「わたくしは大丈夫です。お兄さまといっしょですもの無敵です」


 気負いもなく、弱さもなく、悲壮感もない言葉。


「お兄さま、お父さまが生きていた頃のことを覚えていらして?」

 

 ランス・ノールは言葉に詰まった。

 ――父がいて母がいて、自分がいて、妹がいて微笑み合って。

 ランス・ノールは心の奥に温かいものを感じ、もうそれ以上は考えたくなかった。こみ上げてくる思いに、

 ――自分は弱い。

 と、痛感した。

 

 シャンテルは兄の少し困った寂しげな表情を見て、

「シャンテルは、いまはその時のように幸せです。不思議ですね」

 と、いってまた微笑んだ。

 

 ランス・ノールが鼻からふっと息を吐いた。起死回生の手がまだある、という自分の嘘はとうの昔に妹にばれていた。いまの言葉でそう感じた。

 

「いつから気づいていた」

「……そうですね。最初から?」

「なんてマヌケな兄なんだ。シャンテルを守るつもりが、これじゃあどうしようもない」

「うふふ、だってお父さまの名前をだすからですよ」

 

 ランス・ノールの肩がガクリと落ち顔はクシャクシャだ。

 結局、最後にすがったのは父の徳名。あれだけ嫌い、口にすらしなかったのに、追い込まれて最後に口にしたことが、

 ――俺は聖アルバ公の子だ。なんとかなる!

 という強弁では情けない。

 

「だから、すぐにわかってしまいました」

「そうか――」

「はい」

 

 返事をするシャンテルの顔は明るいものだ。対して自分はどうか、

 ――なぜ父さんは母さんと正式に籍を入れなかったんだ――

 まだ、こんなことにこだわっている。いまさら、そんなことは思っても仕方ない。シャンテルだけでなくランス・ノールも両親が愛し合っていたということをよく知っているのに。目の前で見てきたのに。この事実が許せなかった。父は母を裏切っていた、といきどおった。

 

 が、うじうじ考えている自分と違いシャンテルはとうの昔にそのことには整理がついているよう。いや、むしろ、

 ――だってわたくしはお父さまとお母さまのことをよく知っていますから。

 最初から歯牙にもかけなかったのだろう。

 守らなければならない、と思っていたのに、はるかに自分のほうが弱かったのではないのか――。ランス・ノールはいまならわかる。なぜ妹を常に自分のそばに置いたかをだ。

 シャンテルを人質に取られたら? と考えれば簡単だ。間違いなく無様に這いつくばっての懇願も辞さない。妹を返してくれと泣き叫ぶ自分が簡単に想像できる。これが結局、

 ――か弱いシャンテルを守る。

 といってランス・ノールが認めてこなかった自身の弱さだった。

 いま思えば守られてきたのは、どちらだったのか。そう思った瞬間ランス・ノールなかで何かが吹っ切れた。

 

「なるほどたんに振り出し戻った。また二人でともにいくのも悪くないか――」

 

 ランス・ノールは強くいったつもりだったが、シャンテルの目には寂しく笑う兄の姿が映っていた。

 シャンテルが、そっと兄の手に手をのせた。機内に長い沈黙が訪れた。

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