21-(1) 統合司令長官
『とういうことで反乱軍がカサーン守備に残した30隻の艦艇の内20隻を失い、逃走に成功した10隻も多数が損傷。2隻は大破していると確認できています』
という報告が静かな室内に響いていた。
木目の調度品に分厚い絨毯。重層な作りの内装。大きなモニターの前には革張りのソファー。
ここは神世級戦艦スサノオの司令官室。革張りのソファーにゆったりとせず、背筋を伸ばして座るは東宮寺朱雀中将。この司令官室の主だ。
旧星間連合軍の主力艦隊である第二艦隊司令官にして、現最高軍司令部の統合司令長官。うしろにひかえる専属の二人の高級軍事官僚というのも、いまの彼の立場の偉さがうかがえる。
「あの妹命のランス・ノールがカサーンの防衛にシャンテルちゃんを残したとは信じがたいが本当なのかい……」
『信じがたいのは、そんな大事な妹を艦上勤務や戦場に同伴していたことです。ランス・ノールは人として欠陥があると私は思います』
大きなモニターのなかで、いきり立っていったはおかっぱ頭に黒いスーツ風の軍服が似合う星守あかり。横には天パの冴えない男風で、よく見れば二枚目の六川公平も映っている。特戦隊ミアン班の二人は、いま、最高軍司令部の統合司令長官朱雀に天儀の特戦隊の活動を報告中というわけだ。
『彼は軍規に厳しいといわれていますが、私からいせれば私欲のお化け。身内には激甘。独立宣言して、まずしたことは国家の要職に妹を指名。職権乱用もはなはだしく、これぞ国権の私物化です』
「どうだろうか――」
朱雀が笑った。童顔だが眉のキリリとした彼の笑みには爽やかさがある。とたんに星守の舌鋒が急停止。真っ赤に燃え上がっていた熱がたちどころに霧散。星守は厳しい表情を崩さないようにしつつも、矛先をおさめてしまった。
そんなようすを横で見ていた上司の六川は、
――星守くんは相変わらず朱雀中将には弱いな。
と無表情のしたで思った。本人に自覚がないのが見ていて面白い。
「人を推薦するのに仇敵を退けず、家族も退けない。これが真の公平さと僕は聞いているけどね」
正言である。朱雀という男はこういう男だ。こいうときにはぐらかさずに、はっきり恥ずかしげもなく真っ直ぐな言葉を吐くのだ。が、それがまた女性から見ればたのもしく魅力的だ。
赤くなり黙り込んでしまった星守に六川が代わった。
『天童正宗、東宮寺朱雀、ランス・ノール、天童愛。旧星間連合軍の四巨頭。この四人の交友は旧軍内でも有名でしたが、五人目も噂も絶えませんでした』
『五人目、シャンテル・ノールですね。よく聞きました淑女にして聡明だって。私、シャンテル・ノールと比較されて、君は聡明だがほど遠いなって嫌味をよくいわれました』
つまりシャンテルは朱雀の友人でもあるのだ。朱雀ならシャンテルの人となりを実際によく知っているはず。
『やはり、ランス・ノールの妹は優秀ですか?』
朱雀に正直さがあるなら、六川にはズバリと物事を聞く揺るぎなさがある。
「有能さでは見たことがないかな。つねに可愛い妹みたいだったよ。ランス・ノールは僕がシャンテルちゃんに優しくすると不機嫌だったけどね」
ランス・ノールとシャンテルを語る朱雀の言色には透明感があり怨みの色など一切ない。じつはこれに六川は驚いていた。
――ランス・ノールの裏切りで四人の友情は決裂したのではないのか。
天童正宗が天儀に敗北したのはランス・ノールが原因といっても過言ではないからだ。友人が友人を裏切った。普通なら憤りを覚えてしかるべきだが、朱雀の態度はそういった感情からはほど遠いところにあるように見える。
――友情と立場は別ということか。
朱雀の人としての度量は大きい。自分は自分、彼は彼。生き方はそれぞれ違う。これが朱雀中将の甘さなのか、強さなのか……。六川は沈黙のなかで怜悧な分析を行なっていた。
「しかし、シャンテル艦隊は壊滅か。天儀元帥は相変わらずやることが激烈だ」
『小惑星カサーンから命からがら逃げ帰ったシャンテル艦隊は部隊機能を喪失していました。これは全滅でしょう。ランス・ノールは相当な衝撃を受けたはずです』
一人残らず死ぬことを全滅というのではない。それは玉砕だ。軍事での全滅とは組織機能を失った時点でいう。部隊の三割を失えば書類上は全滅判定。攻撃にせよ防護にせよ部隊機能が維持できないからだ。出入り口が十。警備員十二人。三人が病欠。これで出口管理はもう成り立たない。機能しないとは、こういうことだ。
『特戦隊は朱雀中将の意向にそう戦いをしたと思いますが』
「意向というより、僕はずいぶんと天儀元帥に心配されているようだね」
朱雀がふくみのあることをいった。大の男が、しかも最高軍司令部のトップが、たった十一隻しか持たない天儀に心配されるとは、見方によればとても情けない。
『戦いに絶対はありません。決戦からの二十隻の脱落はランス・ノールにとって痛打でしょう。元軍令部の自分としても天儀司令は大胆に見えて、じつは手堅い選択肢をしたと思います』
『そうです。朱雀艦隊を勝ちをより確実なものにする、という裏役に徹したのが今回の特戦隊ですから、そのようにご自分を批判的に見るのはどうでしょうか』
「はは、二人とも気をつかってくれるね。でも、はっきりいっていい、東宮寺朱雀には危うさがあるとね。戦い始めると正面しか見えない。縦横の策略に長けるランス・ノール相手には分が悪く、敗北する可能性がある。天儀元帥が無理を押してシャンテル艦隊を徹底的に壊滅させたのは、ほうっておくと僕が負けると思ったからだ。違うかい?」
真っ向正面からの言葉。
――違う。
と、星守も、そして六川もいえなかった。
正面から正言を恥ずかしげもなく吐く。朱雀という男は、そういう男だ。そんな朱雀に熱い眼差しをおくるのは星守。正義感の強い彼女にとって、どこから見ても正顔という言動に一切裏表のない朱雀は尊敬の対象で、密かに私淑しているぐらいだ。
が、そんな星守から見ても朱雀は真っ直ぐすぎる情熱家。
――朱雀将軍は思慮に欠け、応変の才もとぼしい。
という思いはぬぐいきれない。対してランス・ノールは黒さえいとわず縦横無尽に知を働かせる。
「猪突猛進なんていわれたこともあるが、そんなに猪武者に見えるのかな。そうだ星守君には僕の戦いかをどう見る。やっぱり僕は正面ゴリ押しの男だろうか?」
朱雀にも星守からの熱い視線がきていることはよくわかる。情の厚い朱雀にそんな視線を無視するという冷たさはない。
表情こそ変えなかった星守だが、朱雀からの名指しに目がぱっと輝いた。
『朱雀将軍は奇抜な戦いを好まないというイメージが先行しているのは確かです』
「では、やはり猪武者かな」
『いえ、これは相対的な問題です。ランス・ノールが変質的なんだと私は思います。そんな男と比べられて応変の才能に長けていない、と勝手なイメージが作られてるんです。実態と隔離しているイメージに私としては意味を感じませんね』
「では、六川、君はどう思う?」
朱雀は美辞を喜ぶたちではない。星守の答えを聞いて、すぐさま六川に問を振った。
『全員が同じ能力ということはありえません』
「なるほど旧星間連合軍の四巨頭には序列があるといいたいのかな?」
『はい』
と応じる六川に、横に立つ星守は苦い顔だ。せっかく自分が朱雀将軍を持ちあげたのに、
――さすが六川さんは空気を読みません。
これでは意味がない。上司の六川は朱雀と違ったかたちでまっすぐ物を言う性質だ。いわゆる空気を読まない発言が得意。
『旧軍での四人の立場には差があります。全軍の長たる天童正宗。大艦隊を任された天童愛。遊撃艦隊を任されたランス・ノール』
「なるほど僕の艦隊は先方打撃を期待された主力艦隊ではあったけど、常に正宗の影響下に置かれていた艦隊でもある。四人のなかでもっとも自立性の低い立場だ」
旧星間連合軍の四巨頭。四人全員が戦いに長けるが、そのなかでも序列があるのは常識だ。天童正宗が別格で、次席は誰か? 奸智に長けるランス・ノールか、正攻法の東宮寺朱雀か、攻勢最強の妹天童愛か。そんななか戦いは強いが勝てるかは別、というのが朱雀の評価。勇戦しても負けるだろう、これが常に朱雀という将軍について回るイメージ。
「が、軍の戦術シミュレーションで正宗に勝ったことがあるのは僕だけだ。士官学校時代に二回。定例の演習会で1回の合計三回。ランス・ノールは一度もない。愛さんも引き分けが精々だ。いや、愛さんの場合は勝てるときでもわざと負けていたのかもな。ま、それはどうでもいい。とにかく正宗に勝ったことがあるのはこの朱雀だけだ」
朱雀の力強い言葉に六川も星守も押し黙った。
星間連合軍の四巨頭。花に例えられ賞美された四友も、いま、そのなかでまともに軍を率いているのは、朱雀とランス・ノールだけ。正宗は敗戦で失脚・引退。天童愛など元敵の部下だ。その残った二人が敵味方として対決という状況はなんともやるせない。二人のなかで敗戦の苦さがしみていた。
沈んだ雰囲気の二人へ、
「ランス・ノールが僕に勝てると思っていてくれるなら、幸いだな。僕からしても彼は自信家だ。そんな男が増長すれば隙きに付け入れる。そうだ。ランス・ノールのカサーンでの失敗は三つ先を見通す男に生じた大きな風穴だ。そう考えれば、やはり特戦隊はよくやってくれている。お膳立ては必ず活かす。必ずだ」
と朱雀は力強く断言。だが、発言が力強いだけに気負いすぎ、人のいい真っ直ぐなこの男は、陰謀家のランス・ノールに手玉に取られないのか、という不安は六川と星守のなかでは拭いきれない。
しかし二人の心配を他所に、これで通信は終了した。
朱雀が見つめるモニターから敬礼する六川と星守の映像が消え画面が暗転。朱雀がザッと立ちあがって司令官室の外へ。朱雀あとには高級軍事官僚が影のように従っている。
「真っ向正面からの東宮寺朱雀か――」
通路を進む朱雀が誰となくいったので、あとに続く二人のは、なんのことですか? と不思議な顔。が、朱雀はかまわずさらに独りごちた。
「全員が僕が戦うと思っているなら勝機はあるな」
三つ先を読むランス・ノール。戦いに神智のある天儀。無敵の参謀の六川と星守。全員が朱雀将軍は艦隊決戦を望めり、と考えているのだ。特にあの天儀がそう考えていると思うと朱雀は悪い気分ではない。なにせ朱雀は決戦で天儀の艦隊を正面にして見事に出し抜かれ敗北した。
「天儀へ雪辱しようとは思わないが、朱雀とは凄まじい男だ、とは思われたい。確かに僕は戦うが、戦いにも様々だ」
朱雀はそういてから、
「だな!」
といって振り返り、従っている高級軍事官僚二人を見た。見られた二人は今度は、そうですね。というようにうなづいた。朱雀から仕事を任されている二人はなにをするか、これからの計画をよく知っている。
だが、この広い宇宙で朱雀がどう戦うか知るものは、まだ少ない――。




