20-(5) 勝利の余韻
「もう! 天儀司令 私がいない間に殺人事件を解決だなんて」
開口一番、鹿島容子はホトレードマークのホワイトブロンドツインテールも怒らせながら大声だ。
場所は陸奥改ブリッジ。大声を向けた相手は司令の天儀。
天儀といえば鹿島の勢いにたじたじだ。
「いや、解決したわけではないが」
「また嘘ですね。騙されませんよ。アヤセさんから聞いたんですから、天儀司令が動いてフェイ中佐の陰謀を看破、しかも殺人事件も解決しちゃったって――」
「物は言いようだな」
と天儀は苦笑い。
フェイ・オーエンを呼びだし、天童愛からもらった音声データを再生。それだけ。コール大尉の死についても『自殺』という報告をうけ書類に判を押しただけ。これを解決とは笑えるが、確かに解決したといえば解決したともいえる。
「君の推理、私としては見たかったがいないのではな。とても残念だ」
「あ、嘘ですね。一人称が〝私〟ってなってます。もうっ!」
鹿島はぷりぷり怒って自身のワークスペースへ。
――これはしばらく不機嫌か
天儀は苦笑してから仕事に戻ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陸奥改の士官用の食堂――。
16時間前に、ぷりぷり怒っていた鹿島も食事を前にしてはもうご機嫌。不機嫌を引きずらないのが彼女の良いところであり、魅力の一つだ。
が、鹿島の向かいに座る天童愛からいわせれば、
「忙しすぎて腹立ちを覚えている間もないのでは?」
というものだ。怒りも悲しみも、タスクの切り替え次第。負の感情も忙しさのなかでは埋没しがち。もちろんこれは鹿島が特別なのだ。普通はもっとストレスが溜まる。
天童愛から見て、秘書官鹿島の仕事量は莫大で、忙しい隙きをついては独自の作戦書きに熱中だ。
――これでは無駄なことを覚えている隙間は脳にも心にもないでしょうね。
天童愛がキノコパスタの皿をつつきながら思った。
鹿島の目の前にはハンバーグ。陸奥改の特級厨師が作った一品は見た目にも美しい。
そんな鹿島が肉汁たっぷりのハンバーグを楽しむのに一段落すると、
「私、いいそびれちゃったんですよねぇー……」
と思いだしたようにいったので天童愛は、
「なにをですか?」
と応じた。
鹿島といえば応じてきた天童愛へ身をのりだして質問返し。
「なにをって大事なやつですよ。天童愛さんはもういましたか?」
そういわれても、と天童愛は不思議顔。
もう、いいましたか? といわれてもなんのことだかさっぱりだ。
鹿島の問いは、大事なことをいったかどうか。
――誰へ?
という思いが顔に出たのだろうか、鹿島が、
「天儀司令へですよ!」
といった。
――天儀司令へ? 司令のお誕生日とかかしら……。
天童愛がそんなことを考えていると、鹿島がズイと顔を寄せてきていた。
「天儀司令へおめでとうです!」
「あら、やっぱりお誕生日?」
が、鹿島が、へ? という顔。
自分の推理は外れたようだ、と天童愛は思った。
「あら、違って? 天儀司令へおめでとう、ということなので、てっきりお誕生日かと――」
「今回のシャンテル艦隊との戦闘から始まる一連の勝利へのおめでとうです。私たちって正式に祝ってない気がして、ほら特に基地攻略は愛さんも私もカグツチだったじゃないですか」
「なるほどね。でも、わたくしもう天儀司令への報告は済ませていますので……」
そう。鹿島より一足先に陸奥改へ戻った天童愛はすでに天儀へ会ってしまっている。いまさらもう一度あらたまってとは気が進まない。
「じゃあそのときに、ちゃんといいましたか?」
「いったかって、なにをです?」
「だから勝利のおめでとうです」
天童愛はバカバカしいと首を振った。今更すぎる。が、鹿島は強引だ。
「あ、やっぱりいってなんですね。じゃあいっしょに行きましょう。絶対にこういうのって大事ですから」
「……でも」
「これから私たちってブリッジ勤務ですよね。愛さんは天儀司令と交代でブリッジ責任者。私はその補佐。お祝いをいうには、いいタイミングだと思うんですよ」
天童愛はしかたなし。食事が終わると鹿島に手を引かブリッジへ。そして天儀の前へ。しぶりながらも祝辞を述べるはめに――。
天儀との交代。天童愛は申し送りを終えたあとに去ろうとする天儀を引き止めた。愛の横には鹿島がぴったりだ。これではちゃんと褒めなとあとがうるさそうだ、と天童愛は思った。
「この短期間に三回も戦いましたね。ダーティー・マーメイドの北斗隊を撃退して、カサーン防備に残されたシャンテル艦隊と戦って勝って、最後にカサーン基地を攻めて取った」
「敵のミスに付け込んだからな。それに最後のは勝ったのかどうか怪しいがな」
「作戦は段階的に継続されますから、目的を達成するまでに複数のステージを絶え間なく続けることは作戦を成功させる。これが勝利の秘訣です」
謙遜した天儀に対して天童愛の態度は一貫している。褒めると決めたのだ。それを貫き通す。意固地なまでの真面目さだ。が、とうの天儀は少し軽い態度。
「勝機は一度しかなく、同じチャンスは二度とない。が、勝つ要素は我々の周囲に無数に転がっているともいえる。それを地道に一つ一つ拾っていくだけだな。勝機とは、つまるところ道端に落ちている下らんものに気づけるかどうか。それだけだ」
まるで天儀のいいようは、火バサミでゴミを拾い集めるよう。摘んではポイポイとゴミ袋へ放り込んでいくさまが目に浮かぶようだ。
「ゴミ拾いのようにいわないでください。せっかくの古好癖なのですから、もっと雅味のあるいいかたができないのかしら」
天童愛は皮肉を一言してから、
「今回はお見事でした」
と、はっきりといった。表情は真剣だ。気安く褒めたのではないとひと目でわかる。
鹿島は思わず、うふふ、と笑った。天童愛が天儀をほめるさまが心地よいのだ。やはり仲が悪かったり、皮肉をいいあっているより、認めあっているほうが心地よい。
――馴れ合いともちがいますけどね。
鹿島がそんなことを思うなか天童愛が、
「守れば退け、攻めれば取り――」
と情緒たっぷり重くいった。が、天童愛がたっぷりの余韻を取って言葉を切ってしまったので、鹿島は思わず、
「取り?」
と不思議顔だ。いや、声にもでていた。
「戦えば必ず勝つ――」
「おぉ~!」
「……悔しいですけれど名将でしょう」
天儀は特戦隊を率い。一連のカサーン戦で三度戦った。最初に敵をしりぞけ、次に戦って勝ち、最後に攻めて取った。三つの戦いかたを制した。パーフェクトゲームといっていい。
天童愛からの無条件での褒め言葉。けれど天儀は気負わずに、ありがとう、と一言。短いが気持ちがこもっていた。
「だが、最後の基地戦は電子戦がものをいったな。三重防壁の突破よくやった」
「三重防壁? ……あぁ、テオドシウス・ウォールのことですか」
ああ、というように天儀がうなづいた。
褒められた天童愛はフンっといった態度で相変わらず。
じつはカサーン基地にはテオドシウス・ウォール、三重防壁とも呼ばれるきわめて強力な電子敵防御機構が施されていた。これが戦略的重心であるカサーン基地に兵力が少なかった理由の一つでもある。
天儀はこれに懸念を持っていたが、電子戦の責任者の天童愛が、そのことを一言も口にしないので、あえて「問題なし」という態度を押しとおしていた。
電子戦に優れる、というのが旧星間連合軍。そんな軍中にあって電線の申し子が、テオドシウス・ウォールの存在を知らぬはずはない。
天童愛が問題なしという態度なら、問題ない。そこで、
「三重防壁は大丈夫なのか? 突破できるのか?」
などと聞けば天儀は司令官として小さな器と見なされかねない。こんな確認は無粋というもので、天儀の軍の長としての自身のなさ、作戦への不安が浮き彫りになるだけだ。天儀はあえて、このカサーン基地の電子防壁については問わなかった。
褒め終わった天童愛はもういつもどおり。
「ま、お疲れ様でした。三度勝ってご満悦といったところでしょ。喜びすぎてけつまづかないようにお気をつけて」
「ばかいえ」
「それにしてもシャンテル艦隊との戦いは危ない橋だったと思いますけれどね。11隻を1隻と10隻に分離。陸奥改単艦で30隻を引きつけるための囮になる・。わたくしに焚き付けられたとはいえ本気でやるだなんて……」
「ま、それについては確証があったからな」
「勝てるという確証がですか?」
――いや。
と天儀はいってから、
「君が李紫龍より優秀だという確証だ。彼ができたことを、君ができないはずがない」
強く断言した。言葉と同時に天童愛の目を真っ直ぐ見据えてもいた。
とたんに天童愛が真っ赤になった。
ここまであからさまに人を褒めることができるだろうか? という気恥ずかしさ。しかも悔しいが嬉しい。言葉は天儀の心から発せられていた。天儀が天童愛という軍事的な天才を理解している、と全身で感じられた。
が、気恥ずかしいのもたしか、皮肉がいいたくなるというものです。と思い口を開こうとしたが、そこで横にいた鹿島から、
「愛さん?」
という掣肘が、声色はたしなめるようだ。そう。鹿島は、愛さんは恥ずかしがってツンツンしたことをいうだろうな、とわかっていたのだ。
「……そうね。素直に褒められたと思っておきます」
天儀はフッと笑ってからブリッジから去った。
ところで2人のやり取りを横で見ていた鹿島といえば疑問顔。
――名将同士の端的な言葉のやり取りってやつでしょか?
と思ってみても答えが知りたい。
何の答えといえばシャンテル艦隊で司令天儀が行なった絡繰りだ。
今回、ネルソン・アタック! と威勢よく戦い始めて勝ったはいいけれど、鹿島からいわせれば、
「なぜに勝てた?」
というものだ。いま、あらためて目の前でシャンテル艦隊との戦闘の話題がでたので気になって仕方ない。
「今回のシャンテル艦隊との作戦は、どんな感じだったんでしょうか。あ、ネルソン・アタックで勝ったのは私だってわかりますけど、なんかこれって策無くして突貫して勝っただけなような……」
「あら、正直な質問ね。ミリオタにして歴女のハイブリッドだから、答えは自分でわかる、というわけでもないんですね」
「む、すみません。情けないですよね。軍人なのに……」
「いえ、いいんです。わたくし、鹿島さんのそういう正直なところ好きよ」
「アアハ……」
鹿島は照れ笑いというか、なんというか頭をカキカキだ。少し情けなくもある。
「作戦というより、戦術ね。いい方は悪いですけど小手先の技で、軽くひねったんですよ」
「ほう?」
「……天儀司令はすごいわね」
天童愛が感慨深げにいった。
鹿島は驚いた。天儀本人がいないとはいえ、普段天儀を冷たくあしらっている天童愛が、心底という感じでいったのだ。
「今回のわたくし達は11隻、敵は30隻。これでまともに戦えば約三倍兵力を撃破しなければならないわ。きわめて厳しいといっていいわね」
「ふむ……つまり?」
「天儀司令はわかっていたのね。電子戦科の情報収集で、事前に30隻の司令官がシャンテルさんだと判明していたから、彼女が失敗の巻き返しにくるとね」
「あ、なんとなくわかります。騙した男が現れれば、仕返ししてやりたいってことですよね。しかもシャンテルさんには30隻の戦力。天儀司令はたった11隻ですから千載一遇ですよねこれって」
「そうね。そこで天儀司令は少数で誘引すれば、多くを釣り出せると考えた」
「あ、わかったかも。敵は十分に戦力を持っているから、私たちが戦力を二分したら敵も戦力を二分して対応してくる、という考えですよね?」
「ご名答――」
と天童愛はニッコリと笑った。
「そう、敵が三倍ということを逆手に取った逆転の発想です。敵は2つに別れても十分に特戦隊の2つより戦力は大きくなるのですからね。戦力を分ける可能性は高い。しかも素人がトップですから、安易な選択肢に走りやすい」
「むむ、でもそれだと特戦隊は不利のままですけど。敵が2つに分かれても、特戦隊の2つのより多いままじゃないですか」
「ま、これは書いて説明したほうが早いわね。つまり――」
天童愛は携帯端末を取りだし手早く操作。
一つのグループは、陸奥改に対して10隻。単純比で10倍の戦力。
一つのグループは、わたくしの10隻に対して20隻。単純比で2倍の戦力。
ということがわかる図。
「あっ――」
と鹿島が何か気づいたように口を開けた。
「そうね。陸奥改だけ見れば状況は悪化。けれどわたくしの六花艦隊からみれば3倍が2倍に減っていますから。わたくしの艦隊だけ見れば状況は改善ね」
「なるほど天儀司令は陸奥改でできるだけいっぱい引き連れて逃げて、その間に天童愛さんの六花艦隊が正面の敵を撃破して勝負を決する!」
「そうね。今回の場合だと話敵の20隻が敗退すると残りの敵は10隻。わたくしが勝つまでに陸奥改が逃げていられるかとか六花艦隊の消耗とかもありますが、上手く行けば数の優位はなくなります。特戦隊の11隻に対して、シャンテル艦隊は10隻になりますからね」
「……すごい」
と、もらした鹿島は天童愛の言葉をヒントに一気に理解。思考が進んだ。
「艦隊戦の必勝数は1.5倍。天儀司令は六花艦隊に充てられる敵は20隻ぐらいだろうと読んだ……。それ以外は自分にくると……」
「悪魔的神算ね。天儀司令はカサーンの守備に残された30隻を見ておそらく瞬時に思いついたのだと思いますよ」
はぁー、と鹿島は感心するしかない。だが、問題も感じた。
「でも2倍の兵力を撃破って……」
「うふふ。不思議?」
「ええ、無茶難題ですよこれは。だって艦隊戦の決定的な戦力差は1.5倍ですから。2倍だとそれを超えちゃってますよ」
「それはあくまでペーパー上の話。現実は練度や宙域の状況、艦の状態などもあって違ってくるわ。あと、兵装や艦種とかもね。大規模な二足機部隊を本格運用できる母艦なんて単純に1隻の戦力ではありませんから。敵は船速を重視した艦艇ばかりでしたから、純粋な殴り合いは不得手な艦ばかりね」
「はぁ、そういうものですか」
「まだ不思議ですか?」
天童愛が強い眼差しでいった。鹿島はコクリと素直にうなづいた。
「でも李紫龍は星間会戦で3倍の戦力をやりすごしたのよ。しかも、このわたくしが率いたね」
「あ! それで天儀司令は、天童愛さんが李紫龍より優秀だって確証があったっていったんですか!」
李紫龍より優秀なら同程度のことはできる、という信頼だ。天儀には陸奥改が敵をひきつけている間に、天童愛が敵を撃破してくれるという確証があった。天童愛は攻勢最強。最短で勝ってくれると。
天童愛は、フフッと笑うと、
「信じてもらえるって嬉しいことね」
そういって踵を返し司令座へ。
クルリと回る瞬間、その長い黒髪がキラキラと光り美しかった。鹿島は思わず見とれてしまった。