20-(2) 作戦の行方
「あっーー!」
という大きな叫びとともに春日綾坂のオイ式二足機は地面に埋没。
いや正しくは基地の屋根だ。
落ちる瞬間にふわりと浮くような感覚。綾坂は情けない悲鳴の理由はこれ。
カサーン基地の敷地には当然として重力場がある。そこへ超重のオイ式が足を踏み入れれば当然の結果。
埋没した綾坂機の周囲を見てみれば、ひしゃげた砲身、吹き飛んだ砲塔。高射砲が設置されていたと思しき場所にある黒々とした穴ぼこ。12.7センチがクリティカルヒット。根こそぎ吹き飛んだのだ。
カサーン基地の高射砲群は無残な姿となっていた。
綾坂のすっとんきょうな悲鳴に、隼人隊の隊長林氷進介といえば苦い顔。型落ちの二足機部隊を一掃し、基地の高射砲群を制圧して一段落。そう思ったところでつんざくような耳障りな悲鳴。
そう、綾坂の恥ずかしい悲鳴は隼人隊全体に爆音で流れていたのだ。
『あやさかぁ、お前なぁあ』
綾坂機のコックピット内にトップガン進介の声。が、綾坂は穴にハマった機体をなんとか脱出させようと必死で気づかない。
「うそマジ。首まで埋まっちゃってんだけど。あーもう!」
『おい! 綾坂上級曹長、通信を切れ! いや、私語をやめろ! こっちはお前の悲鳴と無様な発言でコックピット内が埋まっている』
「え!? あー! うそ! 通信のスイッチ入っちゃってる……」
『そういうことだ。俺は隊長としてお前の軽佻さは、悪い面ばかりでなくムードを盛り上げる持ち味でもあると思っている。が、作戦中は自粛しろ』
「申し訳のしだいもなく……」
『面目次第もなくだ。お前は言葉づかいも気をつけろ!』
綾坂は苦い顔笑うしかない。
そこへ通信が割り込んだ。
『トップガン隊長、俺の不肖な妹がまたご迷惑をおかけしているようで申し訳ありません……』
いつのまにか通信が会議通話に切り替わり、通信は綾坂と進介の通信に春日丞助が入る形になっていた。
丞助といえば陸奥改のブリッジで妹の失態に赤面だ。自分のことより恥ずかしい。
「兄貴ったら! なにいってるのよ。特技兵がしゃしゃりでてきて、こっちは戦闘で大変なんだから。そうだ。作戦中じゃない。わたしがいくら心配だからって、こういう通信は自重してよね!」
『はぁー。なのなぁ。綾坂、お前の悲鳴は陸奥改のブリッジも響いてたんだぞ……』
「……へ!?」
『そしてこの会話もブリッジに大音量で響いてる。兄貴として俺は恥ずかしくてたまらないので、たのむからその自重とやらをお前がしてくれ』
綾坂の顔は恥ずかしさでとたんに真っ赤。口からは、
――な、な、なぁ。
と、なにやら不思議なうめき声がでるだけで、グウの音もでないとはこのことだ。
『で、進介隊長、ご伝達があります』
『なんだ。俺に用なのね。妹が心配で割り込んできたのかと思ったよ』
『よしてくださいご冗談を。妹が恥ずかしいことしてないか心配なのは常日頃からです。しかも子供のころから。なので今更、どうとも思いませんよ。心配なのが常態で慣れてしまいました』
『はは、面白い。で、伝達とはなんだ?』
『伝達というか指示です』
トップガン進介に一瞬の沈黙。
ほう、とってから少し先ほどとは違った声のトーン。
『特技兵からエリート部隊の隊長の俺へ指示? 面白い冗談だ。兄妹そろって楽しませてくれるな』
『いえ、冗談ではありません。〝指示〟です』
『……なるほど。カサーンの厨房から食材でもかっぱらってこいというならやってもいいぜ』
冗談のなかに冷えた響き。
平時は軽薄子と有名な進介は、こう見えてもトップガンの名を冠する戦争英雄。一部隊を率いる立派な『将軍』と形容されていい存在。たとえモテなくて、ミリオタで、お姉ちゃん子でもだ。
それがたんなる〝調理師〟から指示をうけるとはありえない。
――兄貴ったらなにいだすのよ。
綾坂は内心生きた心地がせずに成り行きを見守っていた。なぜなら――。
進介隊長は士官で、兄貴は兵卒。しかも兄貴の階級って下から数えたほうが早いぐらいの下っ端。これって上場一部の企業と個人経営の小売店ぐらいの差があるわよ……。あれ、この例えわかりにくいわね。とにかく兄貴は進介隊長に指示なんてだせる立場じゃないわけよ。指示って、言い換えれば命令よ?
そう綾坂の予想は的中していた。
進介は冗談を口にしつつも、
――お前に命令されるいわれはない。
と遠回しに牽制したのだ。言色の冷えはこれだ。
エースパイロットからの威圧。が、丞助はひるまなかった。
『いえ、特技兵としてではなく作戦監督としてです。カサーン作戦はこの俺の作戦です。従ってもらいます』
『作戦監督としてか――』
『はい!』
『じゃあ従うしかないか。いいよ。内容は?』
進介が態度を一転。爽やかに応じていた。
『隼人隊は、このまま臨戦態勢で待機をお願いします。まだエネルギーの残量はあるはずですが』
『そりゃあ、このトップガンの俺が速攻。圧倒的に終わらせたから、補給なしでもう一戦ぐいらいできるだろうし、隊員たちにも余力はあると思うが――』
進介としてはこれからカサーン基地に拘束されていた敵の救助の手伝い。もしくは陸奥改へ帰投を予想していたのだ。それが戦闘モードで待機とは予想外だ。
――これ以上の戦闘があるってのか?
と腑に落ちないところがる。
『では、お願いします』
『わかった了解だ。作戦監督殿の指示、拝命しましたよ』
『拝命だなんてよしてください』
丞助が恐縮して通信は終了。
『聞いてのとおりだ隼人隊の諸君。もう、俺たちには一仕事あるそうだ。いつでも戦えるように気をゆるめるなよ』
直後に隊員たちからの明快な返事。
『俺の赭熊で恥ずかしくハマっている綾坂機を救出する。お前たちは編隊を作って待機』
そう、綾坂の機体はまだ基地の天井を貫いてハマったまま。一人では動けない。
トップガン進介の赭熊を残し、次々と飛び立つオイ式。そんななか赭熊の腰付近からは牽引用のアンカーが射出され、それを手際よく綾坂機のフックに取り付ける。これで穴から引っ張り出すのだ。
『進介隊長すみません――』
『なんだ。綾坂あらたまって、お前がそいうのは柄じゃない』
『兄貴がご無礼をいいました。妹のわたしから謝罪します。調理師で腐っていたところを、作戦監督なんてのに任命されて、ちょっと浮かれてるんだと思います。ホントごめんなさい』
『はは、そんなことか。俺としてはこうして機体を行動不能にしていることに謝罪がほしいな』
綾坂は恥ずかしさで真っ赤だ。たしかに、ハマって動けない、はパイロットとしてとても恥ずかしい。普段、自慢で口にしている、
「あたしって二足機適性がAだから~」
などという言葉を思い出せばよけに羞恥心の波は大なりだ。
『俺ってあんまり上官風吹かせて威圧するタイプじゃないんだよ。そいうのって嫌いだしな。それに俺がちょっとすごんでやればビビって尻尾を巻くやつばかりなのに、お前の兄貴はひるまなかった。すごいよ。いい兄貴じゃないか』
そう、二足機での近接戦闘とは刀剣で斬り合うに近い。二足機という刀で相手の生命を感じて切り結ぶ。艦艇が重力砲で撃ち合うのとは物理的な距離が違うのだ。広大な宇宙で、ときには数メートル先に生身の人間の存在。はるかに近い生命の危機、そして如実に感じる敵の、
――死にたくない!
という生への執着心。それらを、あるものは踏みつけにし、あるものは乗り越え、敵を撃墜する。
二足機戦という弱肉強食のピラミッドの頂点にいる一人がトップガンの進介ということだ。そんな進介が少しでもイラついた態度を見せれば、誰もが真っ青。発言を撤回、もしくは謝罪、逃げ去る。このどれかだ。それが丞助は一歩も引かずに、毅然としていたのだ。進介は好感すらいだいていた。
『綾坂、これからなにがあるかはよくわからんが、この失態の償いは言葉ではなく軍務でおぎなえ。圧倒的な戦果で失態を帳消しだ。いいな!』
『あ、はい! やります! あたしって二足機適性Aですからね!』
いま、トップガン進介は少しはかっこよかった。
進介の赭熊が飛び立ち、穴から抜け出した綾坂のオイ式もそれに続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陸奥改ブリッジでは、緊張感から開放された丞助が、はぁ~、と特大のため息。
「いやはや。義弟のやつ怒っていたな」
「ええ、天儀司令。もう内心ヒヤヒヤ。じつは縮みあがってました。ほんとすんなり承諾してくれてよかった」
「そうは見えなかった。エースパイロットにやんわりとはいえ威圧されて、よく平然と言い返したものだ。丞助、お前はやっぱり素質あるよ。料理が上手いだけはある」
丞助は料理と作戦指揮の上手さの因果関係がよくわからない。が、天儀司令からいわせればそうなのか、と思った。
「料理の上手さは万機につうじる、と俺は思っている」
司令天儀はそんなことを以前にいっていた気がする。
「で、黒耀、基地側の状況は?」
丞助に聞かれた黒耀るい。船務科で通信兵の彼女はれっきとしたブリッジ要員。そんな彼女はいま通信席ではなく、司令部に。丞助の手伝いだ。
「特に動きはないわね。平静そのもの」
「お~。いまは救出の順番待ちって感じですねぇ」
モニターでカサーン基地の隊員たちを監視していたアヤセがいった。ランス・ノールに置き去りにされAIに監禁状態にされていたカサーンの兵士たちは綺麗に列を作っている。
「私が作った避難計画に沿って綺麗に整列しちゃって。ほんとおりこうさんね」
「取りあえず彼らは捕虜というあつかいで、輸送艇で送還という流れになるのかな?」
「丞助でもそれぐらいは知ってるのね」
「そりゃあまあ知らなくたってなぁ……」
予想はつくというものだ。カサーン基地ででた捕虜は1,000名規模だ。この人数を特戦隊に乗っけたまま、とはどう考えても無理がある。
「ただ。規定に従ってカサーン基地の隊長フェイ・オーエンを含めた高官三名を陸奥改で拘束になるわ。部屋を用意して――」
「あ! やります! このアヤセがやります!」
アヤセが手をあげて主張。こういった段取りは秘書官の所管なのに、丞助がたよる相手はなぜか黒耀。もうっ、丞助さん、ここに立派な一等秘書官がいるですけど! アヤセは不満大。強引に押し入った。
が、これに不満なのは黒耀だ。
「ちょっとアヤセ。いまは私が――」
「じゃあアヤセで、たのむよ」
「えぇ……。なんでぇ……」
「ふふん♪ アヤセは秘書官ですからね」
黒耀はムカッとしてアヤセを険のある目でみるが、
「そうだ。こういう仕事は秘書官だろ?」
丞助ときたらとぼけたものだ。
「それに黒耀は丞助さんに気がないんでしょ。アヤセは丞助さんの役に立ちたい。ここはゆずってくださいね」
「はは、たんなる調理師の俺に気があるだなんてアヤセは冗談がうまいな」
「もうっ丞助さんったら、アヤセは本気ですよ」
こんなゆる~いやり取りを見せられ、黒耀は恥ずかしいやらあきれるやら。アヤセに対抗意識を燃やした自分が恥ずかしい。が、こうやってストレートなアクションこそ相手の歓心をつかむのかも知れない。そんなふうに思えてしまう。
黒耀は恨めしい目で眺めていたが、
「いいさ、いいさ。俺みたいなのに気をつってくれてアヤセは優しいな。ホント感謝してるぜ」
こんな鈍感キャラを見せつけられればアヤセに同情。哀憐の視線。
「……やめて黒耀。そんな目で見ないでたのむから」
「ま、輸送艇の手配頑張ってくださいな」
とうの丞助といえば、もう二人をおいて司令天儀のもとへ。なにやら話し込んでいるようす。黒耀がしばらく眺めていると丞助が敬礼。今度は作戦マップが投影される大コンソールを囲む司令部の高官たちのもとへ。
――頃合いね。
と思って黒耀は司令天儀へ近づき、
「で、天儀司令は今回の件について、なにをお疑いなのでしょうか」
単刀直入の第一声。
「疑うだと?」
「とぼけていますね。私、最初から見ていて気づいています。天儀司令はカサーン基地からの救援要請そのものを頭から疑ってなさる」
天儀がムっと押し黙った。
感触あり、と黒耀は思った。
「天儀司令はこのカサーン基地の遭難信号自体が、なんでも見通す金目銀眼。三つ先読みするランス・ノールの残した陰謀かもしれないとお疑いと、この黒耀はお見受けしました。なにか対処なさるなら私をおつかいください」
真剣な顔の黒耀。司令天儀に活用されれば参謀本部への道が開けるかもしれない。黒耀にとってこの機会を利用しない手はない。作戦は丞助の手に回ってしまったが、まだチャンスはある。それが参謀本部志望の意識高い自分にしかできない進言だ。
が、真剣な黒耀に対して天儀は、
――ハハ。
と笑声をあげた。
「君は疑いすぎだ。俺もランス・ノールをもな」
「ええ、そんな。私、絶対そうだと思って。……いえ、そうだわかった。なにかお隠しなのでは? 心では疑っていのだけれど、確証はないので口にはださないだけ。なら、その確証を得るための調査をこの私にお命じください」
必死に食い下がる黒耀に、天儀は否とはいわずに別の角度から応じた。
「ランス・ノールは陰謀家だが、そこまで酷虐な人間じゃない」
「こくぎゃく?」
「そうだ。彼は存外に、酷い虐待をするような男じゃないさ。特に弱者にはな」
とたんに黒耀に反感の感情。そして、
「……そうでしょうか?」
と不満の、いや、不快の声を響かせた。
ランス・ノールは李紫龍をハメ、惨めな末路に導いた。しかもコロニーで毒ガスを撒いた疑惑もある。反乱の際には艦隊内で粛清を断行。第二星系では主要メディアを国営化し、反対勢力を容赦なく弾圧した。極悪といていい。
黒耀としては天儀の言葉は唐突すぎる。ここにきて下げてきた意見を撤回、ランス・ノールを評価する言葉は受け付けがたい。
「やつが自分可愛さ、この世の王になりたくて反乱を起こすならこんなところは選ばない」
黒耀が、あっ――。という顔。
第二星系はラスト・セクター(終わった地域)と呼ばれるような場所だった。
「田舎すぎるぜ。普通こんなところはゴメンだな」
「ですが陰謀家で、容赦がありません。どうしてそんな男に肯定的な点数をお付けるになるのです。わかりかねます」
「黒耀、物事は巨視的に見ろ。耳目を先鋭化させても、近視眼になれば視界の外から刺されるぞ」
「そんな……」
「参謀本部へ行きたいのだろ。なら、そうしろ。ランス・ノールへの感情を捨て、冷静にやつの情報を並べろ。その賢い頭のなかでな。やつは曲がりなりにも第二星系では絶大な支持を得ている。そういう点を見落とすな」
「それはランス・ノールが反対者を弾圧して排除。しかも通信会社など買収して乗っ取ったからです。第二星系内のニュースをご覧になればおわかります。22時のメジャータイムの報道番組は毎回必ず〝今日のランス・ノール〟状態です。彼の仕事ぶりを喧伝する気持ち悪いニュースが絶対にトップというおかしな状況」
「はは、国家元首の沈黙は、そく職務の荒退と見なされるからな。そりゃあ毎日なにをやったか宣伝したほうがいい」
――ああ言えばこう言う!
と黒耀はカッとなった。鹿島さんの苦労も知れるものです。そう、黒耀はアヤセをつうじて秘書官鹿島の苦労話を何度も聞かされている。
「それにランス・ノールは第二星系で絶大な人気を誇った聖公アルバの息子ですから、そういう点でも第二星系民を騙しているのですよ。もっぱら我々の側のニュースはそういう論旨ではないですか」
「いや、違うな。経済は脆弱、軍事的にも大した特徴もない。誰が好き好んでわざわざ第二星系を選ぶのか。よほどの理由か、よほどの無能だ」
「その無能ということでしょう。ランス・ノールは」
黒耀がピシャリといった。そう、黒耀は大胆で負けん気が強い。いわれたら必ず言い返す。そういう性質だ。
が、天儀は黒耀の目を真っ直ぐ見て、
「星間連合が見捨て、グランダも目も向けなかった地域に、唯一やつだけが目を向けた。経済の底辺から抜けだせなくなっている人々を救おうと、本気で第二星系の立て直しを考えた」
芯のある声で放った。大きな声ではないが、重く揺るぎない。
黒耀はグッと押し黙った。
――悔しい。
が、そんな感情に流されない。一連の司令天儀の厳しい言葉には優しさがある。
参謀本部へ行きたいのだろ、という認識。ならこうやれ、というアドバイス。そして、その賢い頭でな、というワード。どれも皮肉ではない。言葉は船務科の黒耀は参謀本部志望で期待しているという意識がなければでないものだ。こんな小さな自分が天儀司令の視界にちゃんと入っている。黒曜には悔しいなかにも、そんな実感があった。
天儀はランス・ノールの独立宣言での、
「経済が後退し格差の広がった社会。強者は弱者を見ない! 弱者を見るのは弱者だけだ! 強者は、いや、金持ちは弱者など眼中にない! 金持ちが弱者を見るときは、安く使えるか? もしくはどう金を吸い取るか。それだけだ! このランス・ノール・セレスティアがこの状況を変える! これは革命である!」
という言葉を知っていた。
ランス・ノールの第二星系民への気持ちは本物。そう洞察した。ランス・ノールは第二星系の正義のために立ったのだ。AIをつかって基地隊員を監禁。戦闘を無理強いする。このようなむごたらしい手法には手をださないだろう。これが天儀の考えだ。
「が、自分ならラスト・セクター(終わった地域)という不利を補って余りある智謀があるとかまえているのが、ヤツのいやらしさであり、鼻につく点だな。とんでもない自信家で尊大そのものだ。ヤツから際立つ異臭はそれが理由だ」
天儀はそういってから黒耀を見た。
いま、黒耀は言い負かされシュンとして小さい。
「おい、元気をだせ。俺はなにも君の自信を喪失させたいわけじゃない。君の疑いは正解ではないが、的外れでもないさ」
なにがいいたいのでしょうか? と黒耀が顔をあげた。たったいま、自分は天儀司令から全力否定されただ。それでていてフォローしてくる言葉とは黒耀としてはいただけない。否定のなかにも、可能性があったのだ。これ以上の言葉は哀れみという恥辱以外のなにものでもない。が、そのような黒耀の考えは浅はかだった。
「ランス・ノールの陰謀でなないとしたら、別のところからでた陰謀ということだよ」
「あっ!」
という顔の黒耀。いま、黒耀には天儀の疑い、いや、この場合は懸念といったほうがいい。それがわかったのだ。
「そういうことだ。だが、狙いがまったくわからん」
「天儀司令はフェイ中佐をお疑いなのですね」
天儀がうなづいた。黒耀は考え込むふう。
「あえて陸奥改に入って特戦隊の動きを反乱軍側へつたえるとか……」
「難しいだろうな」
「……そうですよね」
予見を口にした黒耀も同意せざるを得ない。
特戦隊の電子空間は電子戦の申し子の天童愛が守備している。まずもって、彼女の目をかいくぐって秘密の通信などするのは難しいし、捕虜に与えられる部屋のガードは厳重だ。
そして、なにより特戦隊の動きを通報してもさして意味がない。主役はあくまで艦艇約200隻で構成される朱雀艦隊。
「あとは爆発物を持ち込んで自爆。……だめ、これこそ難しいわ。捕虜が持ち込める荷物の重量はカバンひとつもないし荷物検査もある。じゃあ、やっぱりわからない。そうだ暗殺? ありえるけどこれも現実的とは思えない……」
考え込む黒耀は真剣そのもの、うわごとのように考えが口からもれでた。
「わかりました。とにかく身体検査は入念に行ないます。乗艦前の健康状態のチェックもです。それでよろしいでしょうか?」
「たのんだぞ。死のウイルスなど抱えて乗艦されたらたまらないな」
「なるほど、そういう筋も……」
「ま、宇宙でそんなことをやるやつはよほどのぶっ壊れだがな」