19-(プロローグ)
――勝利の余韻とはこういうのをいうのでしょうか。
鹿島容子はブリッジを見わたして思った。
いま、陸奥改の艦内は静けさのなかに、まだ勝利直後の興奮を残し、いままで鹿島が感じたことのない雰囲気だ。
特選隊では戦闘の後始末の真っ最中。
ネルソン・アタックという肉薄砲撃。こちらが当てやすいなら、向こうも当てやすいのは道理だ。特選隊側にも被害はそれなりにでており、被害軽微の判定ながら陸奥改も被弾したのだ。
「鹿島、なにをしている。まだなにか仕事があるのか」
鹿島へ声をかけてきたのは司令官の天儀。
天儀は負傷者への見舞いに医務室へいっていたのだ。身を固定しろの警告から30秒で戦艦がバレルロールしたのだ。シートベルか、安全紐で身体を固定していなければ、座席のないジェットコースターに乗ったようなもの。死者がでなかったのが不思議なぐらいだ。
「戦闘記録の整理ですよ」
「……ふむ」
といって天儀が後ろからのぞき込んできた。いま、天儀顔が急接近。鹿島は少しドキリとしたが、そんな気持ちを捨てておいて仕事を続けた。この戦闘で天儀司令との距離が、またぐっと縮まったように思うのだ。これが戦友ってやつなんでしょか、とくすぐったくも嬉しい感じ。
「あとは弾薬や消費分の物資の処理の割り当てです。主計室の誰になにをやってもらうか、効率的に書類を処理するには重要な分担ですよ。アヤセさんはじつは仕事は遅いですが面倒見がよくて業務の振り分けが得意。アリエスさんは保険と規定に詳しくて、瑞子ちゃんは食料関係全般と申請手続きに詳しい。エマちゃんは知識はいまいちで、わからないことが多いですけどとっても仕事は正確で早い」
「……なるほど。よく部下を知り掌握しているようだな。そして君は意外にかなりのド真面目だ。そのおかげで俺は助かっているが、無理はするなよ」
「真面目? 無理? そうでしょうか。普通だと思います。それより、このあとすぐにカサーン基地の攻略です。丞助さんたちが作った作戦で。いまのうちの今回分を処理しておかないと大変です」
鹿島の言葉が終わるとほぼ同時に通信兵が声をあげた。
「カグツチから入電です!」
天儀が繋げと指示。すぐに正面のモニターに通信用のソフトが立ち上がった。まだ、映像はなく通話も始まっていない。
「カグツチからとなると、天童愛さんからですよね?」
「そりゃあそうだ」
「えっと、勝利の報告ですかね」
「半分当たりで、半分足りないな」
「ほう、半分当たりで半分外れじゃなくて、半分足りないですか?」
「勝ったのだからほめろ、という催促だろう。彼女は妹で長女。甘ったれな面がある」
皮肉を口にする天儀は笑っている。
鹿島は自分と同じように、天儀司令と愛さんの距離も縮まった、と感じ嬉しい気分で通信が開始されるのを待ったのだった。
「祝電でもお贈りしたほうがよかったかしらね」
開口一番、少しスパイスのきいた一言。画面に映った天童愛は戦闘後でもいつもどおりだ。
「ま、数ある勝利に一つが加えられた、とうだけだ。70点のできだ。何隻か逃したからな」
「まあ、厳しい採点ですね」
「俺は戦いでサイコロを振らない。勝ちは必然であり、指示は常に確定事項しかもたらさない。だから勝てる確信はあった。が、あとからどうしてこんな無茶をした、と問い詰められるとどうも理由付けが難しい」
「……なるほど天儀司令はディベートは苦手そうですね。要件は無言で傲然と威圧して押しとおす、そんな感じでして?」
鹿島は思わず笑ってしまった。いま、いったことはいったことは、いった本人そのものだからだ。無言で冷気をビュンビュンさせて、相手を威圧する。これが鹿島の持つ天童愛イメージの一つ。
「……ラビエヌスを取り逃がしました。わたくしとしたことが面目ありません」
「いやいい。10隻で正面から20隻を撃破。文句なしの大戦果だ。礼をいう」
といって天儀は笑った。温かみのある笑み。こういうのを上官としての包容力というのだろうか。
このとき天童愛は心の中の葛藤を見透かされた気がした。
シャンテルの座するラビエヌスへ止めとばかりに放った一撃。それがコルセロに遮られたその瞬間、天童愛の中にはホッとしている自分がいた。
敵を逃して、ホッとしている罪悪感。これを天儀に見透かされた。
殊勝に旗艦を逃したと下手にでたのがよくなかったのかもしれない、と思ったが、見透かされてよかったとも思う。見透かされた、と思った瞬間になぜか心の救済を感じたのだ。まるで、
――それでいいんだよ。人としてな。
と、いわれたような気分だった。
では、これで――、と天童愛が通信を切り上げようとしたが、
『ウゥウウウ!』
というけたたましいサイレン。艦の異常を知らせる警告音だ。この音はどんな状況、どんな場所でも聞き逃さないように、耳底に残る独特の振動感を持っている。それだけに不気味な響きでもある。
けれど音はカグツチ艦内のものではなかった。つまり陸奥改側から漏れている音だ。
天童愛は、どうしたことです? とけげんな顔。
画面の天儀も、なにごとだ? というような表情だ。
『大変です! 警告は船外皮膜装置をピックアップしています!』
という声がスピーカーから聞こえてきていた。声の主は鹿島だ。
船外皮膜は人体に有害な宇宙線をシャットアウトし、小さなデブリから船体を守ってくれる宇宙船には必須の装備。それが停止したとなれば死活問題。紫外線でシミが……、などというレベルではない。場所によっては被爆レベルの深刻な健康被害すらあり得る。そして小規模なデブリが船体を傷つけ、そこから亀裂が発生し艦が真っ二つということも……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「船体後方の第四、第五区画の隔壁が降りました!」
「船尾の第四番ブロックで火災発生!」
「問題の場所は船体中央寄り。第一船外皮膜展開装置です!」
これらの報告に、
「被弾したところか!」
と天儀が叫んだ。
ブリッジは騒然。元凶は戦闘で被弾した船外皮膜装置だが、宇宙船の各機関は連環している。一箇所が異常をきたすと、他の機関にも影響をおよぼしてしまう。
「ただちに問題の船外皮膜装置を統合システムから切り離せ! 戦闘スーツの着用の命令を延長を命じる!」
指示に高官たちが動きだし、ブリッジは慌ただしく、対処におおあらわ。
そんなか鹿島はぽつんと独り。最初に問題の場所を口にしたきりだ。
そう。こういった危機に秘書官は無力だ。役割がない。
が、こういうときこと名補佐官の力の見せ所。けれど鹿島はなにかしなきゃと思いつつも、なにをすればいいかわからない。精々着込んでいる戦闘スーツの電源の残量と空気の量を確認。きちんとスーツが機能しているかチェックするぐらいしかやることがない。
「サイレン音による警告です! えっと、えっと大変です天儀司令!」
「そうだなサイレン音よる警告は艦の消失に関わる重大なもの。これが大変じゃなかったら、なにが大変か聞きたいぐらいだが、とりあえず落ち着け鹿島」
「落ち着いてますったら! あ、そうだ。主計部は全員で消化器をもって鎮火作業に入ります!」
「だから落ち着けといってる鹿島。君らがいっても可燃物が増えるだけだ。モニターをよく見てみろ。機関は無事。推進剤がある区画も問題ない。弾薬庫も大丈夫。隔壁も降りている。連環被害による爆沈はない」
天儀が司令座のモニターを指していった。
「えっと……」
「すぐに鎮火するし、船外皮膜装置も一台ではない四台ある。問題はすぐ解決する」
が、天儀の言葉とは裏腹にそう簡単に問題は解決しなかった。戦闘では無敵の予見力を持つ天儀も、戦闘後の事故発生では万能の対処とはいかなかった。
30分後――。
安全管理の少佐から報告を受ける天儀は気難しい顔だ。
「なに? 火災がとまらんだと……」
「はい。被弾した船外皮膜装置を起動したまま戦闘を継続したせいで、問題が他の場所にも飛び火しており、そう簡単にはおさまりません」
「隔壁が降りて、もう延焼の心配はありまえんが火災の場所が予備弾薬庫の近くで……」
「まずいな。予備弾薬庫から弾薬を動かそうにも隔壁が降りていて無理か……。これは隔壁は手動であげれないのか?」
「人力で動くような代物でもありませんし、火災が鎮火するまでロックは解除されませんので弾薬を移す作業はむずかしいと思われます」
いま、鹿島の前で難しい話。
鹿島は安全管理の知識は並の軍人のそれ。歴女でミリオタのハイブリットは艦載砲の口径や、二足機のちょっとした型番の違いにはうるさくても、宇宙戦艦の実際の運用にはうといのだ。オタクとは得てしてそういうもの。
天儀が安全管理の少佐をさがらせると、難しい顔で黙考。鹿島は嫌な予感。
「大丈夫なんですよね? そんな深刻な顔してるのはちょっと予想とは違って困ってるだけですよね」
身を乗りだして確認したが、
「……うむ」
と天儀は煮え切らない。表情はすぐれずに、なにかを迷っているふう。
「いま、陸奥改の近くにはカグツチを含め四隻か……」
「そうですけど、それがどうかしました?」
「……四隻の乗艦率は70%から80%か」
考え込むよういった天儀の迷いの表情が、言葉を終えるころには一気に回復。決断した時の顔だ、と鹿島は思った。
「乗員たちの退避を命ずる。操艦に必要な最低限な人数と、ダメージ・コントロール班、そして艦高官を残し、他の乗員たちはこの四艦へ避難しろ」
「安全策を取ってですね。戦いでは大胆でも、こういうときは慎重なんですねぇ」
「……まあな。先程の報告では原因が不明な点も多い。突然、大爆発でもされたら困る。戦闘で死ぬのはかまわんが事故で死は御免こうむりたい」
果敢な天儀の意外な一面。
鹿島のこういうときの天儀のイメージは、
――ま、大丈夫だろう。
とザックリとした判断をくだしそう。
だって天儀司令って、小さいことは気にしない。火災ごときに負けられるかなんて感じで、艦に居座ることを選びそうですから。
鹿島がそんなことを考えていると、天儀がポンっと肩に手をおいてきた。
なに? と天儀の顔を見ると――。
「君も退去だ。天童愛のカグツチへ行け」
え!? と驚く鹿島。自分は司令の天儀とともに陸奥改に残るものだと思い込んでいたのだ。
「当然だろ。君は艦高官でもないし、操艦に必要な乗員でもないし、ダメージ・コントロール班でもない」
「あ、じゃあ天儀司令もですね。司令官は艦隊を監督するのが務めですので、艦そのものの管理からはワンクッション間がありますから」
が、天儀がらでたのは意外な応答だった。
「いや、俺は残る」
「え!?」
鹿島は口をあんぐり。ちょっと、ちょっと、それは違いますよ天儀司令。こういうときに戦隊司令が艦と運命をともにするなんて聞いたことありません。司令官がいなくなって誰が隊の指揮をするんですか? カッコつけも程々にしなきゃダメですよ。
けれど、そんな鹿島の心の声は音になる前に天儀から全否定。
「俺は、戦隊司令であり、戦隊参謀長であり、〝陸奥改の艦長〟を兼任してるんだよ」
「え? えぇ?!」
「艦長は最後まで艦に残らなきゃな」
「なきゃなって。しかもそんな爽やかな顔で――!」
「星系軍の司令官には二通りある。全権を掌握して強権発揮するタイプ。従来の軍隊のように役割を分担して一つの仕事に徹底するタイプ」
鹿島はハッとして声がでない。そうだった。そんな制度もあったのだ。艦内で気軽に声を駆けて回る天儀。甘いわけではないが威張らず、まるで優しい先輩のような存在の天儀。よく乗員たちの意見を聞いてくれ、悩みの相談だって聞いてくれる。鹿島も意見を取ってもらっている一人だ。
が、よくよく考えてみれば司令天儀は戦隊の方針と、作戦決定、戦闘指揮では頑として譲らない。独裁者のような専断を行なう男だった。
「……巨大な星系軍の意思統一を行なうには強権が必須。ゆえに要職を兼任して権限を集中する。飛躍的に発展した通信技術とAI技術、そして統合戦術管制システムの充実がもたらしたひらめきと創造性が物を言う戦場」
「そうだ。そして俺は前者だ。戦場を自分色に塗りぬくには独裁権が必要だ。刻々と変わる状況に思うままに対応して戦う。俺がいうことが徹底されなければ勝機は流れ、勝利の栄光は指の間からすり抜けていく」
鹿島はシュンとして言い返せない。うむつき見えるのは床だけ。が、鹿島はハッとした。
「天儀司令質問をよろしいでしょか?」
「なんだ。急に勢いづいて……。またくだらことを考えているな。もうわかるぞ」
そんなことないですよ、と鹿島はニッコリ否定して問いかけた。
「ここは戦場ですよね?」
「肯定だ。いま、陸奥改がとどまっているカサーン宙域は敵のど真ん中。ここが戦場でなければどこが戦場だと問いたいぐらいの戦場だな」
「いまは戦闘中ですか?」
「否だ。作戦中ではあるものの戦闘は中断。予定のカサーン基地攻略作戦が発動するまで戦闘はない予定だ」
「……なるほど。ふふふ。これは論破ですよ」
「論破? なにがだ? 君はどうかしているぞ。そんなことより早くカグツチへ移れ」
「いえ移りません! 私が動くときは天儀司令も一緒です!」
天儀が呆れ顔。なにかいいだしたかと思ったらこれだ。まったく意味不明。が、鹿島は俄然勢いづいている。
「だって、ここは戦場ですが、戦闘中じゃない!」
「なに!?」
「事故・災害で遭難状態ですよね。こういうときは安全管理部門の意見は無視できないはずです!」
「鹿島、君はなにをいって――」
戦闘だろうが事故だろうが、艦長の重責に変わりわないのだ。事故なので艦長は退去できますなどとおらない。むしろ不味い。行為としては下劣。
が、どうしても天儀を残したくない鹿島の思考は先鋭化、視野狭窄だ。
「ねえ少佐! そうですよね!」
鹿島が安全管理の少佐へドンっと迫った。天儀の前から少佐は下がったといっても、近くで乗員たちの退去の指図中なのだ。
「え? えっと……」
「天儀司令もカグツチへ退去すべきですよね!」
安全管理の少佐は、鹿島の勢いと突然に言葉をふられたことで混乱。鹿島の突発的な問いに、安全管理部門の人間がそれでいいのかという慌てぶりだ。
――確かに天儀司令になにかあっては困るぞ。
押し負けそうになったが、次の瞬間には安全管理の少佐は真っ青。
迫ってくる鹿島の後ろには、おい、と威圧的ににらみつけてくる司令官の天儀。良い、悪いの判断ではなく、安全管理の少佐は縮みあがって、
「あ、安全上の主張は一切ありません! 天儀司令のお指図に従います!」
と叫んでいた。
「えええぇぇぇ! なんでですか! いま、私の意見を肯定しよとうなさってましたよね」
「えっと、そうですが聞いてください」
「あ! いま、そうって認めた!」
それからさらに一悶着。猛然と食って掛かる鹿島を天儀が必死になだめる図。安全管理の少佐はほうほうのてい。天儀がなんとか鹿島を安全管理の少佐から引き剥がし、乗員たちを避難させる仕事に戻させた。
そして結局、鹿島も残る、という妥協案で一件落着。
「君の押しの強さにはまいったものだ。口から先に生まれてきたとはこのことだ」
「名補佐官は司令官横って決まってますからね。一人で死のうだなんてとんでもない。ほんと天儀司令はカッコつけなんですから」
天儀の顔は苦く、鹿島はホクホク顔だ。
「いや、死ぬとは決まってないんだが……」
「もう、いいですって。本当は私が残ってくれて嬉しいんですよね」
押し勝った鹿島の妄想は止まらない。火災が深刻化した陸奥改。退路を確保し、通路を火に追われながら逃げる自分と天儀。たどり着いたは脱出口。けれど脱出用のポットは一人分――。
「天儀司令、私はいいので逃げてください!」
「いや、鹿島、君をおいてはいけない!」
「そんな!」
「いいんだ鹿島。俺は艦長。艦と運命をともにする義務がある」
なんていってくる天儀に私は、イヤイヤと首を振って、そんな私に天儀司令はさとすようにいってくれるはず。こうやって……。
「俺は艦長である前に男だ。可憐で美人な君を一人残して逃げてきた、となればなんの面目があって生きていけるのか。鹿島、頼むから俺に恥をかかせないでくれ」
「……天儀司令!」
「特戦隊をたくせるのは君だけだ。あとは頼んだぞ。ランス・ノールを倒し、反乱を鎮圧してくれ」
「天儀司令のバカっ!」
けれど無情にも脱出ポットは私一人を乗せ発射。陸奥改は爆沈。涙でにじむ風景。カグツチに拾われる私の脱出ポット……。
ほどよい感動を胸に妄想は終了――。
会心の出来だ、と鹿島が満足するなか、
「おい! 結局は俺だけが死んでるんだがそれ!」
天儀の非難の声。
「あ、聞こえてましたか? てへへ」
「最初からダダ漏れだ」
が、退去命令も結局は杞憂に終わる。
30分後には火災は鎮火。不明の警告も、たんなる一部の配線が破損したことでの誤表示。
もちろん鹿島も天儀も無事。
陸奥特務戦隊はシャンテル艦隊を撃破した勢いを以て小惑星カサーンへ襲いかかる――!