19-(10) 激闘!陸奥改
「180度回頭!」
副司令官はなんの疑問も抱かずに復唱していた。Uターンなどといった司令天儀の間違いを正確に言い直して、などと少しも考えもてもいない。早く復唱しなければ! と、とっさだっただけだ。
司令の天儀は間髪置かない。
「一番砲塔、二番砲塔、目標ラビエヌス――。撃て!」
またも、ざっくりとした指示。だが砲術長も必死だ。いまは、意味がわかればいいのだ。いや、天儀の意図がわかればいい。砲術長は司令天儀がなにを意図しているか、いまははっきりとわかるのだ。砲術長のそんな興奮は、砲塔要員にもつたわっていた。すぐに二基の砲塔が斜め前のラビエヌスへ向け動きだし、一分もたたずにラビエヌスをロックオン。驚異的なスピードといっていい。通常は砲塔旋回から照準まで、二分から三分はかかる。
41センチ超重力砲が火を吹いた!
陸奥改前方に取り付けられた二基の必殺兵器。一基三門の砲身が、射撃の反動で順繰りに後退。砲口からは弾が発射されるたびに激しい発光!
陸奥改は超加速からのUターンで、船体はまたも激しくきしみ、揺れが激しい。だが、陸奥改はついいましがた上下逆転を経験したばかりだ。緊急回避からの砲戦直行。超特急指示のなかにあって乗員たちには、この程度か、というような余裕がある。
「弾着観測どうなってる!」
「三発命中!」
「敵、反撃してきます!」
「回避運動! 水平角30度、横角11度!」
陸奥改の船首が30度上向き、真横に11度傾いた。
そして天儀がいい終えてしばらくしてから、陸奥改衝撃と振動。被弾したのだ。
誰もが肩をすくめるなか、天儀が敢然と座席から立ち上がっていた。
「ダメージ報告!」
「左舷の中央部です! 第二ブロックに被弾です!」
この報告に操舵手が、
「すごい……。天儀司令は装甲部分に当たるように避けたんだ。信じられれない」
真顔でうめいていた。
ブリッジ内の一部でも賛嘆のため息がもれていた。主に操艦関連、そして一部の司令部の高官からだ。
天儀はこの近距離では被弾は不可避と判断し、最も重厚な装甲部分に被弾がくるように船体をひねる指示をだしたのだ。離れ業といっていい。
「天儀司令、いまのって狙ってできるものなのですか?」
そう質問できる鹿島は肝が座っている。けれど鹿島は歴女にしてミリオタ。聞かずにはいられないし、
――こんな芸当よほど陸奥改を知りつくしていて、距離計算にも詳しくないとできません。
そう、主計分の鹿島は数字には滅法強い。天儀がとっさに見せた操艦指示は、彼我の位置関係、弾道計算、着弾の予想、すべてを計算したうえで、ジャストで被弾する瞬間に装甲面を砲弾に向けている必要があるのだ。
「やりゃあできる。こんなもんは誰でもやれる。度胸の問題だ」
「……すごい。じつは数字にはとてもお強かったんですね。私、なんていうかあらためて尊敬です。いえ、これまでも尊敬していましたけど、まさか被弾計算を暗算なんて。能ある鷹は爪を隠すってやつですね」
「ああ? まさか君は俺がコンマ秒の間に細かな弾道計算や弾着計算して弾を避けたとでも思ったのか?」
「え!? 違うんですか」
「そんなわけないだろ。そんなもんしてみろ。計算式を組み立てている間に被弾だぞ」
鹿島は絶句。どう考えたって感覚でできる芸当ではないのに、どっから飛んでくるとわかっているのだから装甲部分でうけた、いってのけられたのだ。驚きしかない。
「二足機でもシールドを持つタイプがいるだろ。敵からの射撃にシールド向けるときに細かい計算なんてして向けるか? しないだろ。そういうことだ」
「……いえ……。AIが計算してシールド向けてるはずですよ……」
「ほう。そうなのか。そりゃあ一つ利口になった。感謝する」
鹿島はまたも絶句。あきれて口をあんぐりだ。
――すごい!
なんて思わない。数字に強い鹿島はリアリスト。
つまり言い換えれば、感覚でやってのけってことですよね。それって一か八じゃないですか。タイミングを間違っていればブリッジに直撃とかして二階級特進コースでもおかしくなかったわけじゃないですか……。
だが、天儀の頭のかなには彼我の位置関係が、誰よりもリアルに入っている。脳内にはきわめて綿密な宇宙図。敵射撃の報告が正確ならば、操艦の指示など造作もない。四方八方から射撃されているわけではないのだ。
そしてブリッジ内の全員に司令官天儀のやってのけたことへの驚きがつたわるころには、天儀が次の攻撃指示を放っていた。
「敵がありったけのSパルス、Sチャフをばら撒き始めたぞ。砲術長、光学観測で射撃しろ!」
統合戦術システムを見て判断をくだすのはあくまで天儀だ。先に先にと思考して、つねに数歩先の指示とまでは行かないが、それを目指すことを常態としていれば瞬間的に適切な判断ぐらいはくだせる。
「陸奥改の次弾回避されました!」
この報告に鹿島は、
――さっきは当たったのに!
とジレンマを感じながら戦闘記録を記入。最初に3発も当てたのだ。ラビエヌスの能力は低下していると想像に難くない。回避運動も、電子戦も、砲戦能力も本来の力が発揮できないはずだ。それなのに二撃目が当たらない。
往時、地球時代の戦艦は海上にあった。喫水線より下へ致命傷を負わなければ艦の機能が停止することはない鋼鉄の要塞だ。軍艦は浮きさえしていれば、戦い続けることが可能。海上で戦う提督たちにとって、敵艦へ喫水線より下へ深刻なダメージを与えることは至上の命題だった。
だが、同じ艦艇と呼ばれていても星系軍の軍用宇宙船の事情は少々違う。喫水線以下に致命的な被弾を受けようが、下には無限の宇宙。沈む海はないのだ。
敵艦を沈黙させるには、砲撃しまくって爆発四散させるか、砲戦で艦機能を低下させ電子戦でコントロールを乗っ取るかだ。あと、あるとすれば激しい戦闘に恐怖し戦意を喪失。
「ラビエヌスからのホワイトフラッグまだありません!」
鹿島が報告していた。陸奥改の二撃目に対して、ラビエヌスの攻撃は沈黙したまま――。普通なら撃ち返してくるのにだ。
――つまりラビエヌスになんらかの問題が発生している。
と鹿島は予断。名補佐官として一歩先の行動だ。
「意外にシャンテルお嬢さんは気概があるな。超重力砲が三発もぶち当たったんだ。いま、ラビエヌスは人肉のミンチが浮遊する地獄絵図だぞ。よほど気合が入ってなければ戦闘の継続など考えない」
が、天儀がそういった端から事態は急変。
「ラビエヌスが回頭! 速力上がっています!」
陸奥改は電子戦でも優位に立っていた。いま陸奥改では、ラビエヌスの機関の状態がわかるのだ。報告した乗員が、モニターで目にしたのはラビエヌスの回頭だけでなく、上昇する機関出力。そのことも踏まえて報告したのにはもちろん意味がある。
「おい笑える冗談だ。やつら逃げる気だぞ! あいつらは十倍なのにだ!」
天儀は報告の意図を正確にくんでいた。
「絶対に逃がすな! 撃って撃って、撃ちまくれ! お嬢さんはチビってまともに反撃できない。一方的できるぞ!」
意気軒昂の天儀に対して、副司令官と砲術長はおお忙しいだ。
副司令官は、
――天儀司令はこうしたいのだろう。
と操艦の指示。
砲術長は四基の砲塔に砲撃命令だ。
が、次の瞬間、被弾を知らせる警告がブリッジ内を駆けた。
ラビエヌスの砲撃が当たったときのような衝撃や振動はない。
誰もが、
――どこに当たったのか?
と不思議に思った。誤作動による間違った警告ではないのか。
このブリッジ内の戸惑いに鹿島がとっさに反応し叫んだ。
「船尾です! 第四番ブロック。船体中央寄りの船外皮膜展開の装置があるところです」
そう、ここにいるのはラビエヌスだけではない。目の前の敵は3隻。他にも護衛艦の2隻がいる。
護衛艦二隻からの陸奥改へ、俺たちの存在を無視するな! とばかりに砲撃がきていたのだ。だが、護衛艦の主砲は12.7センチ。砲戦を想定した重装甲の陸奥改には蚊が刺した程度。これが陸奥改が被弾しても、警告があるまで誰も気づかなかった理由でもある。
「チッ!」
という舌打ちが、あったか、なかったか、天儀がキッとなって敵の護衛艦の映るモニターをにらんだ。指示はそれだけで十分だった。
「全砲門。標的2マークの護衛艦へ! 我々を撃ったほうだ!」
砲術長が指示すると、目標とされた敵の護衛艦が大爆発。
「――3マークもだ」
天儀が短くいった。なお、標的1マークはラビエヌスだ。
砲術長が復唱。
標的3マークの護衛艦も爆散。
超重力砲の威力は絶大だった。一発ならばここまでの被害もないが、護衛艦は12門全弾を当てられていた。この戦闘での陸奥改の主砲の命中率は70%を超えた。脅威的といっていい。
ネルソン・アタック。常識外の敵艦への肉薄が、この驚くべき数字を産んだといっていい。
シャンテルの座するラビエヌスは逃走を開始。もう、完全に噴射口を陸奥改へ向けている。分離していた7隻は戦闘を回避しバラバラに逃走、一部はラビエヌスへ続いていた。
「――勝った!」
鹿島が歓喜の声をあげ小さくガッツポーズ。鹿島はこんなときでも鹿島だ。
そう後方の戦闘は、特戦隊の勝利にと終わっていた。
あとは前方の天童愛の六花艦隊と、レムスのレムス艦隊の戦いだ。
だが、天童愛は二倍の敵を正面から抱えている……。