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夢見る鹿島の星間戦争  作者: 遊観吟詠
十九章、ネルソン・アタック(カサーン会戦)
135/189

19-(7) ジャイアント・スレイヤー

飛翔体接近ひしょうたいせっきん!」

 という叫びがカグツチのブリッジに響いていた。

 

星型一号ほしがたいちごうモロボシです!」

「巨人殺しですか――」

 

 天童愛てんどうあいがすぐさま反応した。

 星型一号モロボシはレムスたちが発射したミサイルの正式名称だ。星間連合が戦争直前に完成させた最新のミサイル。


「その数60発……!」

「まさか全部カグツチへ?」

「そのまさかです!」

 

 カグツチのブリッジが騒然とした。巡洋艦じゅんようかんのカグツチの防御能力をはるかに超える数だ。


「星型一号モロボシは新技術で作られており威力は超重力砲並です」

 

 そんな叫びとも悲鳴ともとれる報告がどこからかあがった。

 いや、それ以上に厄介、と天童愛は思った。

 

 星型一号モロボシは、特殊な爆発振動で船体を崩壊させていく特殊弾頭で、当たれば装甲以前の問題。カグツチの耐震防備のない船体構造では耐えられない。

 

 ――けれど当たらなければいい、というだけね。

 

 そう。それだけの話しだ。


「みっともない! 落ち着きなさい。慌てて狼狽して、それで状況が変わるのですか」

 

 天童愛の一喝がブリッジ内に響いた。星間連合で雪女、アイス・ウィッチと畏怖いふされた女のブリザードが、熱くなっていた乗員たちを襲った。一瞬にしてブリッジは氷漬け、誰もが瞬時に冷却され平静さを取り戻していた。

 

「そうね。変わらない。ではやるべきことはわかっているはずね」

 

 天童愛は水を打ったように静まり返ったブリッジを見渡していった。

 けれど、そういわれても乗員たちにはわからない。誰もが表情にこそださないが内心は困惑。なぜなら60発束になって降ってくるミサイルには対処法はないように思える。そんななか天童愛だけが明朗だ。

 

「あら、簡単よ。ミサイルが目標へ当たるプロセスには決まりがあります。それを阻害してやればいいだけの話です」

「わかります。電子攻撃による進路妨害やハッキングですね。ですが、60発はカグツチの電子戦によるミサイル防衛能力をはるかに超えています!」

 

 高官の一人が応じた。


「そうね」

「しかも、当然、星型一号モロボシが命中すればカグツチの船体は耐えられるようにできてはいません!」

「ええ、知ってるわ」

「だったら!」


 ――避ける方法などないとわかるでしょ!

 という叫びを高官は飲み込んだ。それは軍人として、司令部をつかさどるものとしていってはいけない一言だ。口にしてしまえば、諦めて死のう、という助言以外のなにもでもないのだ。


「ええ、だったら、全部回避するだけね」

 

 艦内が騒然とした。理論的にはできないことはないが、ほぼ不可能だ。可能性はほんのわずか。この女はそれをやって退けようというのか、という驚き。


 どんなに厳しい状況でも冷徹な一手。その一手実行が身を切るように過酷で苦しくても最善手の選択に迷いはない。

 氷の司令官。それが天童愛だ。雪女、アイス・ウィッチ、瞬間ブリザード、などという少々不名誉な二つ名は、なにも彼女の氷のような恐ろしさを揶揄やゆしているだけではないのだ。


「カグツチに随伴する9艦のコントロールをカグツチへ、電子防壁を解除しカグツチと9艦のコントロールを直結します!」


 なるほど確かにそれなら60発に対する出力が得られるが。

 

「そんなことをすれば9隻の電子的に無防備です! 敵にコントロールを乗っ取られます。よしてください!」

 

 が、天童愛は応じない。凄まじい表情で司令部区画から駆け、司令座へひらりと座った。肘掛ひじかけに手をかけたかと思ったらつま先で床を蹴って、流れるように着座。まるで戦闘機やスポーツカーに飛び乗るように。跳ねた瞬間、その美しい黒髪がパッと広がり舞ったかと思ったら座席におさまる頃には、はらりと落ちて元通り。美しく整っていた。

 

 ――カッコいい。

 高官たちが見とれるなか天童愛のが、ストンと司令座へ収まっていた。


「直結した10隻のコントロールをカグツチの司令座へ! わたくしが全艦の電子戦を行ないます」

「一人で、ですか!?」

 

 誰かが驚いていったが、これはブリッジ内の全員の、いや、コントロールをカグツチへ委ねろと命じられた艦の人々も知れば驚いたろう。

 

 天童愛の行動を見れば誰もがわかる。天童愛は、一人で10隻の電子防御をつかさどり、さらに60発のミサイルへ対応しようとしているのだ。

 

 証拠に司令座におさまった天童愛はサイド・キーボードを2枚もコンソールから展開させている。そしてつい先程まで艦の状態などを表示していた三枚のモニターの画面も電子戦用のプログラムに切り替わっている。

 

 無茶にもほどがあるが……。と誰もが思ったが、天童愛はサイド・キーボードが展開し終わるやいなや、すさまじい速さで電子戦を開始。三枚のキーボドード相手に指先の動きが見えないほどの神技。

 

 そんななか天童愛は、さらにヘッドセット片手でひっつかんで装着すると、

林氷進介りんぴょうしんすけ!」

 と叫んだ。

 

 天童愛は10隻の電子戦を行ないながら、同時にすでに展開させていたオイ式の部隊に指示を開始したのだ。離れ業といっていい。天童愛の呼びだしに、すぐに隊長の進介が応じた。

 

『はい。トップガン・進介です。オーダはなんですか氷の女王』

「バカばかりいなすって――」

『勇者と男はバカって相場が決まってますからね。幸か不幸か俺は両方ですから』

「では、そんなダブル・オバカのトップガンさんには状況はわかっていて?」

『ええ、わかってますとも。星型一号モロボシですね。俺たち隼人隊にも〝巨人殺し〟に対処しろってことでいいですよね?』

「わかっているなら。無駄口はせずに、早くおやりなさい!」

『お~ぉ怖い』

「ふん。オイ式の装甲は中口径の重力砲の直撃に耐えうると聞いています。身体を張って止めなさい」

 

 凄まじいことをいう天童愛にトップガンの進介といえば涼しいものだ。


『リョウッカイ! 担当は20発。これ以上は無理ですよ』


「上等です」

 といって天童愛は通信を切った。

 通信を切ってもまだ安心はできない。トップガン・進介の隼人隊が上手くやっても40発が飛んでくるのだ。そんななか天童愛は間髪入れずに指示を叫んだ。

 

「Sチャフ、Sパルスを射出!」

 

 Sチャフが空中に散布される電子反射体で、いわば囮。

 Sパルスが電磁波や熱源、赤外線などをばら撒きミサイルの誘導を狂わす役割。

 

 高官の一人が天童愛の指示を復唱し、担当の乗員が操作。

 天童愛といえば見事のもので、わずかな間に発射作業プロセスを書き換え、カグツチの乗員が発射ボタンを押すと同時に、10隻からSチャフとSパルスの同時散布。

 赤と緑の綺麗は花火が六花艦隊をつつんでいた。

 

 因みに、なんと天童愛は、このときにSチャフとSパルスの散布位置まで一人で指定したのだ。


 カグツチとミサイルの間にSチャフとSパルスの薄いベール。

 そうミサイルの狙いはカグツチだ。天童愛に抜かりはないカグツチの周囲に特別にSチャフとSパルスの膜が展開させていた。

 カグツチの周囲にはオーロラおような膜が貼られ、戦場とは思えないような幻想的な風景が出現。

 万華鏡まんげきょうのように屈折した風景とキラキラと降る光。その中を進むカグツチ。

 

 天童愛はきわめて上手くSチャフとSパルスの膜を張ったといえる。だが、

 ――効果はあるのか……?

 と誰もが思った。

 

 飛来するミサイルは最新鋭の星型一号モロボシ。カミカゼに特化したAI搭載。通常のミサイルのように簡単には惑わされないだろう。

 なお、飛来するミサイルは10発が右側面、もう10発は左側面、そして20発が真上と真下から四方からの同時攻撃。前後に進んで避けようにもミサイルはフォーミングしてくる。回避は不可能に思える。

 

「SチャフとSパルスによる妨害成功、右5発、左6発が起爆!」

 

 妨害は効果ありだ! 小さな完成すらあがったが、すぐにブリッジは張り詰めた緊張感つつまれた。そう、報告は、まだ左右だけで9発も健在という絶望を意味している。


「対空砲火どうなっていて!」

 

 天童愛が叫んだ。叫ぶ天童愛の目の前の3枚のモニターには文字の濁流。電子戦の状況と入力の表示だが、常人にはなにを意味しているのかまったくわからない。

 

「とっくに開始してます!」

 

 高官が叫んだ。SチャフとSパルスを展開し、対空砲火でミサイルを狙い撃つ。一連の流れはミサイル対処の基本。

 8連装ガトリングがフル回転。対空エネルギー機銃の必死の射撃。八連装ミサイル発射機から放たれる迎撃ミサイル!

 

 天童愛はいった。ミサイルが目標へ当たるプロセスには決まりがありますと。ならば決まった対処があるのも当然のこと。そう、本来ミサイルの対処など容易いのだ。それが、2,3発。いや、バラバラと飛んでこれば20、30発避けるのは難しいことではない。当然、短時間に数十発のミサイルに対処する側は生きた心地はしないが。

 

 だが、天童愛からいわせればそういうことだ。

 

 ――同時の60発だろうと決まった手順を坦々とそれを行なうだけ。

 

 それで回避できる。慌てふためいたところでミサイルはれてくれないし、神に祈ったところで爆沈は避けられない。

 

 決まった対処があり、それを行なえば必ず避けれならば、

 ――1発でも60発でも同じということね。

 それができなければ待つのは死だけ。

 

「対空放火が当たりません!! 避けられています!」

 

 防空担当の高官が悲痛の報告。さすが最新鋭ミサイルの星型一号モロボシ。巨人殺し、とあだ名されるシャープなデザインのミサイルは、右へ左へと、嘲笑あざわらうかのように対空砲火を避けてカグツチへ直進。

 

「なら当てるまで!」

 

 天童愛が叫んで、正面のキーボドのエンターキーを、これでもか! というほどの勢いで、

 ――ターン! 

 と叩いた。ブリッジに小気味よい乾いた音が響いた次の瞬間には、船体が大きく右へ傾斜!

 怒号と悲鳴、そして真っ赤な警告灯と警告音!

 急激な艦のバランス変化に自動重力バランスシステムが追いつかなかったのだ。

 

 カグツチの艦内では転倒や頭を身体を壁やコンソールにぶつけるもが続出。ブリッジだけでも十人近くが顔や身体のどこかを、なにがしかの艦内設備に強打していた。

 

 が、阿鼻叫喚の惨事にはならなかった。なぜなら、

「右5発のミサイル撃墜! 対空砲火成功です!」

 というブリッジにはという朗報が。たとえ四分の一でも死の危機が去ったと知れば、という喜びを前にすれば痛みなど瑣末さまつな問題だ。

 

 騒然としていたブリッジは驚きに包まれ、ブリッジ中の視線が一人で電子戦を行っている司令の天童愛に集中した。

 

 ――まさか、この女なにかしたか?

 という驚きの眼差し。が、天童愛から答えなどくれない。天童愛がキーボドを激しく撃った瞬間、艦が大きく傾き、次の瞬間にはミサイルを撃墜していたのだ。


「次! 左に傾くわよ!!」

 

 天童愛が、いうが早いか、またブリッジには、

 ――ターン!

 という小気味よい音。


 カグツチが急激に左へ傾斜。右に傾斜していたところを左に傾けたのだ。100度近くの急激な傾斜変化。誰もが必死にコンソールや、なにかにしがみついていた。


 乗員たちが青くなるなか、すぐに報告があがった。


「左6発! 爆散! 対空砲火が命中です。やりました!」


 またもブリッジ中の視線が天童愛に集中。今度は驚きなかにも尊崇の眼差しが含まれている。


「当たらないのなら、当ててやればいいのよ。こうやってね!」

 

 天童愛から、乗員たちが知りたい答えがでていた。

 

 そう天童愛は船体を左右に傾斜させ、対空砲火を当てたのだ。あり得ないこと、といっていいい。だが、AIもそんなことバカげた真似をしてくるとは夢にも思っていはいない。

 

 星型一号モロボシはターゲットをカグツチへ固定。いよいよカグツチへ体当たりの姿勢に。が、終末行動直前に、突如狂った対空砲火の弾道。星型一号モロボシは、弾道を読み損ねて被弾し爆発四散。

 

 そして当然だが、船体が急激に左右に傾斜するなか対空火器にしがみつき、射撃をつづけた防空要員は激賞げきしょうされていい。

 

 防空要員からすれば、自分たちがミサイルを仕留めなければ死ぬ。

 ――とにかく撃った。

 それだけだが、ただそれだけのことがカグツチを窮地の底から浮上させたのだ。


 が、ホッとしてはいられない。

 左右からの脅威が去っても、上下からの脅威は健在。上から20発、下からも20発。これをなんとかしないかぎり、カグツチの危機は変わらずだ。

 相変わらず防空担当の高官は声をらして、対空砲火の指揮を続けている。

 

「左右の担当はやったんだ。上下もなんとかしろ!」


 怒鳴っても、もうかすれた声しかでない。防空要員とて、なんとかしろ、といわれないでも、なんとかしたいのは山々だ。だが、どんなに激しく撃っても弾は虚しく宇宙の闇に吸われるばかり。最新のミサイルにかすめもしない。

 

 誰もが青くなるなか、

「真下の20発が消失! えっと……これは消えた!?」

 真上からのミサイルの動きを索敵要員が叫んだ。

 

 この報告に天童愛は電子戦を継続しながら、

 ――だから報告は正確に明確に!

 とカッとなりモニターを忙しく見ながら、キーボを激しく叩きつつ、

「消失とはどこへ!? そういういい加減な報告は――」

 と叱声しっせいを飛ばした。けれど天童愛がみなまでいう前に割り込み通信。


『オーダー完了でっす。氷の女王のご用命どおり20発。始末しましたよ』

 

 正面モニターにはトップガン・進介のしたり顔。

 

「――!」

 と天童愛が目を見開き驚きで一瞬停止。進介の顔の映ったモニターを一瞬だけ見たかと思ったら、次には忙しく目も手も動きだしたが、確かに氷の司令官と呼ばれる女が驚いていた。

 

 カグツチのブリッジ内には驚きと賞賛のざわめき。けれど天童愛は、

「ま、当然ね」

 といっただけ。忙しく電子戦を続けモニターから目を離しもしない。

 

 もう少しほめても……、とブリッジ内の誰もが思ったが、当のトップガン・進介といえば人を食ったものだ。

 

『そうです。ま、当然なんですよね。隼人隊は優秀で、オイ式二足機は傑作機。わかりきってる。メイン火器の12.7センチはやろうと思えば狙撃だってできる』

「それしか兵装がないからでしょう。そのガバ砲で――」

『あはは、こりゃあ手厳しい。では、上からの20発の避け方、楽しみにしてますよ』

 

 トップガン・進介が爽やかに敬礼し通信を切っていた。

 が、そんな爽やかさに対して、カグツチのブリッジ内には緊迫した空気。そう理由は単純、まさにいま、いわれた上からの20発のミサイルというごく単純な脅威。下からの脅威は思わぬ形で去っていたが、いまだカグツチには、巨人殺し、と呼ばれるゆるぎがたい死が迫っているのだ。


 繰り返すが――。

 星型一号モロボシ。〝巨人殺し〟とあだ名される最新鋭のミサイルに一発でも被弾を許せばカグツチは爆発四散だ。


 左右のミサイルに対処し、上下はもうだめかと思ったところにトップガン・進介の活躍で下からの脅威は去った。けれど、その間に上からの脅威は刻々と近づいていたのだ。もう、星型一号モロボシは、そのディテールが視認できようかというほどに近い。


「回避運動!」

 と天童愛が叫んだ。

 

 ――どこへ!?

 と誰もが絶望を抱えて思った。もうミサイルは直近にある。回避は間に合わないように思う。

 

「真下! 直下ちょっかへ! 急速移動!」

 

 上から降ってくるミサイルに真下に避けても! と思う暇もない。思っていれば当たる。とにかく命令を忠実に実行するしかない。操舵手は疑問もいだかだかず、

「ましたぁあああ!」

 と叫んで操舵。命令の回避運動を実行。

 

 カグツチの船体が急激移動。艦内では身体をなんらかの設備に固定していなかったものたちの身体が中に舞っていた。惨事だが、そんなことにはかまっていられない。迫るミサイルに当たれば、痛みなど感じる暇もなく全員に死だ。

 

「次! 横角45度で直進!」

「横角――!? えっと――!」

 

 宇宙には上下左右前後という概念はない。

 宇宙船には飛行機と同じで水平角に加えて上下の高低角こうていかくがあり、さらに船体の傾きの角度がある。

 

 海上で激しく傾斜すれば沈没か沈没の危機だが、ここは宇宙。たとえば船体が真横に倒れても、たんにいままで横だった面が、上に変わるだけのことだ。もちろん船内の重力制御がうまく行っているか、無重力にして身体を船に固定しているか、しなければならないが。


 長々と書いたが、つまり宇宙船には様々な角度があるということだ。とつぜんに、

 ――角度を何度!

 といわれても、命じられた側は、進む方向の角度なのか、左右の傾斜角度なのかわかりにくい。そして、いまのカグツチの佳境かきょうな状況ではなおさらだ。目の前には死が迫っている。慌てて焦って、我どこへ。操舵手は角度のゲシュタルト崩壊で大混乱。

 ――つまり、これは宙返りしろってか!?

 判断しかねた末に思考は暴走。


「右へ横転おうてん!」

 

 天童愛が叫んでいた。彼女は操舵手の混乱を瞬時にさっして適宜な指示に変えたのだ。この状況で、なぜ理解できない、と叱責していても始まらない。いや、死が始まるだけだ。それより、なにより船体を自分の思い描いたとおり動かすこと、それが重要だ。

 

 天童愛は、

 ――カグツチを横倒しにしたい。

 目的は、それけ。

 

 そしてミサイルはもう目の前。

 正面モニターには、

『Giantslayerジャイアントスレイヤー

 の手書きのペンキ塗りが見える。それほどに近い。ミサイルの滑らかな外壁すら見えそう。

 防御管制システムのAIは無常だ。カグツチの乗員たちの気持ちなどおかまいなしに、艦に迫る最も重要な危機を知らせてくるのだ。


 天童愛がマイクへ向かって叫んだ。

 選んだのは最も単純な操作のオープン回線。天童愛はいま、電子戦を行ないつつ、操艦に手をだしつつ、戦闘指揮をしているのだ簡単な操作しかできない。


「対空射撃! てなさい!」


 天童愛の叫びが艦内を突き抜けると同時に船体がゆれ轟音ごうおん。ブリッジがきしみ、不気味な音。

 

 死んだのか――。と誰もが思った。

 

 ミサイルが直撃してから艦艇が爆発を起こすまでにはある程度の時間を要する。直撃を受けた部分がえぐられ破孔はこうでき、そこでミサイルの核心部分が再度爆発。複数回の爆発で着実に仕留める。2度目の爆発で火災からの誘爆。運良く延焼からの誘爆をまぬがれ爆散しない場合もあるが、そんな幸運は誰も思っていない。星型一号モロボシは最新鋭のミサイル。あの巨人殺しだ。

 

 ブリッジには不気味な静寂。

 計器には、カグツチがユルユルと進んでいることがわかる数字が静かに表示されている。

 ――いつ死ぬのか。

 という重苦しい沈黙。

 どう考えたって、そろそろ爆発してもいい。

 

 そこに割り込み通信。

 

『お見事。避けましたね。見事な回避運動。軍用宇宙船の巨体が、まるで二足機だ。天童愛司令はきっと二足機に乗っても上手いですよ』


 トップガン・進介からの賞賛。

 ブリッジ内がドッと湧いた。高官たちまで両手をあげている。度重なる回避運動で負傷したものも、流血と痛みなど忘れたようだ。


『あ、でも次からはどこへ回避するか前もって教えてくださいよ。俺たち隼人隊は、カグツチの真下にいたんですから。俺は急激に降ってくるカグツチの船体に押しつぶされるかと思いました。でも、それほどに早かった。素晴らしい回避運動だ』


 トップガン・進介からの度重なる賞賛。そんなか天童愛といえば汗をぬぐいながら進介が映しだされているモニターをキッとにらんで、

「――で、外から見てどうなのですか」

 と問いかけた。

 

『どうなのって……』

「ですから、あなたから、いま、カグツチの被害状況が客観的に見れるでしょう。それを報告しろと命じているのです」


『ああ――』

 と進介が笑った。おそらくカグツチは混乱状態で被害状況の報告がうまくいっていないのだ。それを手っ取り早く外から見ている自分に報告させようとしている。進介は、あの天童愛の目の当たりにして、氷のように冷静な人でも慌てて必死になるんだな、と微笑ましい。

 

『距離にして10メートル以内。そこで六砲身ガトリングが命中。全弾爆散してましたよ。

なんなら映像ファイル送ります?』

「なるほど……。揺れと轟音は直近で撃墜したための衝撃ですか。ミサイルが撃ち落とされたときの爆発力が船体をもろに襲った、というところでしょうか」


 天童愛がホッと息を吐くようにいった。瞬間もみあげの髪の毛が一房、はらりと落ちて美しい。

 兵器オタクの進介でも思わず見とれてしまい赤面。天童愛のその美しいさまは、まるで機能美と様式美が一体となったデザイン性も兼ね備えた傑作兵器。

 

 ――貴女は兵器のように美しい。


 進介の唇が自覚なく動きだし息を吸ったが、慌てて発言を止めた。いえば失言だ。兵器のように美しい、などといわれて喜ぶ女はいないなんてことは、筋金入りの兵器バカでもわかる。間違いなく目の前の雪女は怒りだして氷漬けにされてしまうだろう。


『ええ、そうでしょうね。こっから見る限り、カグツチにさしたる被害じゃないんじゃないですか』

「あなたは専門家じゃないでしょう。ダメージ・コントロール班はなにをしているのかしら!」

 

 天童愛のブリザードに、高官たちが慌て被害状況の確認入っている。

 天童愛といえばやはりホッとしていた。船体が揺れ、轟音がするなか、

 ――被害状況!

 と、問えなかったのだ。当たっていれば被害報告があがるころには爆散だ。問は無駄だ。冷や汗を垂らしながら状況を見守るしかなかった。


『真下に急速移動してから、横転しつつゆるやかに直進ですか。星型一号モロボシはUターンしかけて目標を探してましたよ。迷って横っ腹をさらすモロボシを六砲身ガトリングの激しく力強い射撃。次々と撃ち落として、みごとなもんでした』

 

 進介が饒舌じょうぜつななか、ブリッジでは次々と被害状況だけでなく、六花艦隊全体の状況があがっている。

 

 天童愛はそろそろ通信を終わらそう、と思ったが、

『左右のミサイルへの対処は回避運動と対空射撃の見事な連携でしたね。その上でなんですけど最後の回避は腑に落ちないんですが――』

 進介が探るように見てきたので、

「ええ、これは絡繰からくりりがありますね」

 と応じた。


 長話のうえにジロジロ見られて不快だが、まあ、仕方ない。それにたんにミサイルを避けたことを驚き賞賛するだけでない、というのが天童愛からみてもトップガン・進介はさすがといえる。

 

『星型一号モロボシには欠陥がある、と俺は見ましたがどうでしょうか?』

「ええ、そう。完璧に見えて〝巨人殺し〟には欠陥というほどではないですが、問題がありました……」


『それ。教えてください』

 と進介がカラリと笑った。

 天童愛は苦い顔。図々しいとは思うが仕方ない。進介が下からの20発を撃ち落としてくれなければ、いまこうして話していることすらないのだ。その戦功に免じて、今回のところは苦言は自重。

 

『対空様式の星型一号モロボシが俺たち隼人隊へ飛んでくる可能性は高い。そのとき俺たち二足機乗りは天童愛司令の知っている弱点を突きます。艦艇に再現が難しくても、俺たちはやらなきゃいけないかもしれない』

「ご安心を、秘密にするつもりはありません」

 

 進介が露骨にホッとした顔をした。天童愛は堅物女で、軍事機密にも厳しい。答えをはぐらかされることを進介は懸念していたのだ。秘密にされれば、それは進介たち隼人隊にとっては生死にかかわる問題だ。

 

「あら、わたくしってそんなに意地悪女に見えるのかしら?」

『ええ、まあ、意地悪っていうか怖いですね』

 そういって進介が笑った。


「――ふん。ま、いいでしょう。それより〝巨人殺し〟の抱える問題ですね」

『お願いします』

「実は〝あれ〟の目は近接物体の遠近を捉えるのが苦手です」

『え、まさか――』

「そのまさかです。〝巨人殺し〟は上下左右に動く物体には機敏に反応できますが、前後に動かれると遠近をとらえそこねる、ま、小さな問題点です。遠近感覚が狂う問題が発生するほどに、艦艇へ接近していれば軍艦の巨体は避けようがない。前に進むだけで当たりますからね。問題視されませんでした。ただし、わたくし以外にですが」

『へぇ~。天童愛司令はやはり厳しい』

「ですが、弱点は、弱点。近接距離で二重、三重で避けられたら? とわたくしは常々思っていたんです。今回はそれを即興でやった。近接されたところで真下へ避けて、さらに横転して避けた」

『なるほど、それで直近での二重回避か! スゲエや』

 

 天童愛がキッとにらんだ。いまの進介の言葉は上官に対するそれではない。もう戦功に免じて、などといってはいられない。天童愛はやはり厳しいのだ。進介といえば、雪女やアイス・ウィッチと畏怖される女の瞬間冷凍にあてられとたんに縮みあがって青い顔だ。

 

「この情報はトップガンさんには役立って?」

『ええ、最高です。もうどうしようもなかったら、その手で避けます。二足機なら三重で行けます――』

 

 進介が画面のなかで敬礼。通信は終わった――。

 天童愛の六花艦隊10隻は、レムス艦隊へ肉迫中。敵は20隻。戦いはこれから。浮かれていれば、それはすなわち死。回避した喜びなど早々に忘れるしかない。

 カグツチのブリッジに緊張感が戻っていた。

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