19-(6) 必殺兵器
一方、後方ではレムス艦隊20隻と、天童愛の六花艦隊10隻との戦端が開かれていた。
巡洋艦コルセロのブリッジには、
「砲戦距離を越えて直進!」
という報告。同時にこの報告は20隻の超重力砲が空気を切って終わったことを意味していた。
20隻には連装砲の砲塔が約三基づつ。中口径、小口径あわせて100門前後。これが同時に火を吹き、力強い発光と美しい軌跡。そんな力強い発光も虚しくレムス隊の砲撃は無為の空間に吸い込まれて消えた。
「全弾かすめもしないだと!」
「敵が想定外に直進したため外れたんです。重力砲はミサイルのような誘導弾ではありませんから」
「わかっている。それでもだ!」
重力砲には当然として有効射程がある。
――砲戦に適した空間と距離。
この有効射程に双方が入った瞬間に、撃ち合いが開始されるのが常。もちろん砲撃時に停止はしない、停止すればいい的だ。回避運動を取りながらの敵を狙うのだ。回避と射撃を同時に両立できるタイミングとなれば、おのずと限定される。そこを予測計算して狙い撃つ。ゆえに誘導弾でもない重力砲の命中率はそれほど悪くないものだが……。
が、今回、六花艦隊は砲撃行なわず全力で前進したため、レムスたちが想定した位置にはいなかった。それだけの話しだが、一発ぐらいは当たるはずの射撃が全弾外れ、こちらも被害はないが、最初の砲撃で大勢を決する、というレムスたちの目論見が外れ動揺は大きい。
「レムス親衛隊長殿どうなさいますか?」
とコルセロの艦長がレムスへ問いかけた。
この何度目かわからない問いかけにもレムスの気分よさ気に、ふむ、というような仕草。
いま、レムスは司令部が急造されたブリッジで無骨な高官たちに囲まれ、萎縮するどころかご満悦だ。現場では意気軒昂な軍艦乗りたちが、〝レムス親衛隊長〟を枕詞のごとく発言につけては、
「いかが致しますか?」
「どうされますか?」
「このようにされたらいかがでしょうか」
などと下手からの助言がひっきりなしで、気分はすこぶる良い。
が、レムス隊の高官たちからいわせれば事情は少し違う。
――親衛隊長殿は事務方で戦いの素人。
レムスは20隻の司令官としてコルセロへ乗り込んでいたが、生粋の軍艦乗りではない。戦闘のプロの自分たちが、指示をうながしたり、適切な助言をしないと、とても戦闘は立ち行かないだろう。
「敵は六花艦隊といったな?」
「はい。武装を重視した巡洋艦2隻に護衛艦8隻の戦力です。なお、我々は船速を重視した艦艇で構成されていますので……」
「わかっている。足をつかいながらの戦いだな? 戦いには速度を活かしたいところだ」
「……はい」
「が、後ろにはシャンテル様の隊がおられる。無難に砲戦というのも芸がないな」
「それはわかりますが……」
「ではコルセロ艦長の君は今後の戦闘の展開についてどう思うかな?」
「わたくしですか?」
「そうだ。忌憚なく頼むぞ」
「……そうですね。敵は少数なので進んだ敵は、むしろこれから下がると考えられます。そうなると今後の戦闘の展開は遠巻きでの砲戦に終止すると考えられますが……」
煮え切らない態度の艦長。そしてレムスには他の高官たちの視線が集中している。
――ま、俺が事務方あがりだからこいつらも心配か。
とレムスにも急に乗り込んできた元執政司令部、現親衛隊長の自分に対して戦闘指揮に不安があるというのはわかる。
「わかっている。俺は戦闘のプロの助言を必要としている。いまから俺がいう作戦に問題があればいってくれ」
レムスからそういわれても、
――はい。では、そうさせて頂きます。
とはいえないのが、いまの高官たちだ。なにせQC武装親衛隊は第一執政きもいりで、その隊長のレムスはいまは飛ぶ鳥を落とす勢い。下手なことをいえば首が飛びかねない。
黙り込む高官たちにレムスは嘆息一つ。俺がいうしかないか、と決意。現場の信頼を得るには率先して指揮官としての能力を見せるしかない。
「敵が下がるというならQC武装親衛隊は進む」
なるほど、という空気が場にでた。明確な方針を口にしたのだ。なにかしたいが、よくわからず結局は現場任せになり、
――勝てるようにやれ。
と丸投げしてくるよりはマシだ。しかし現場の高官からいわせれば、これだけではまったく合格点ではない。で、具体的には? という厳しい目がレムスに集まった。
「敵を確実に仕留めるために通常より近距離での砲戦を目指す。そのうえで敵の一隻に対して、こちらは二隻を当てる。船速を生かし素早く近づき、数を生かし二隻で一隻を攻撃して撃破。これで数と速力というこちらの利を生かせると思う」
レムスはいい終わると、どうだ? というように高官たちを見渡した。
高官たちが敬礼していた。レムスを見つめる高官たちの視線には、やる、という決意がみなぎっている。
――やれやれ合格か。
とレムスは思った。そう、高官たちの無言の敬礼はレムスの考えに納得しということだ。
「戦場は押し引きというが、QC武装親衛隊の初陣に下がるなどという無様な選択はない。後ろには我らがクイーン。下がる場所などないと知れ!」
レムス隊の司令部員たちの大半が散った。敵のどの艦に、こちらのどの艦を当てるかは彼らが判断し、レムスの指示を戦闘へと反映するのだ。
そんななかコルセロ艦長がレムスへ近づきそっと耳打ち。
「敵の巡洋艦の重力砲の性能は我が方より上です」
なるほど、とレムスは思った。我々の艦艇は足が自慢だ。純粋な殴り合いは得意ではない。艦長はこのことを懸念しているのだろう。
「艦長殿にはなにか対策ありと見た。今度は渋らずに聞かせてくれないか」
「……では僭越ながら提案させていただきます。軍用宇宙船の武装は重力砲だけではないということです。砲性能を犠牲と引き換えに船速を得ている我が方は、火力の低下を補うために普通より強力なやつが積んであります」
「……巨人殺しか」
「はい。最新鋭の強力なミサイルです。それをつかいましょう」
「では、その必殺兵器を君ならどうつかう?」
「――敵の旗艦カグツチのみを狙った飽和攻撃!」
「全艦艇のか?」
とレムスは驚いた。レムスは麾下の20隻が巨人殺しとあだ名されるミサイルを何発積んでいるかは知らないが、三発を間髪入れずに発射できたとして60発だ。
「そうです。火力は集中してこそです。本格的な砲戦前に旗艦を失ったとなれば敵は間違いなく混乱します。よりたやすく各個撃破できるでしょう」
「しかしカグツチだけに集中か……」
「それが重要なのです。確実にカグツチを沈めれば勝利は間違いなし。SQ武装親衛隊の初陣は華々しいものになります」
レムスは一考する素振りを見せてから、
「よしそれで行こう」
承諾した。
「成功すればこちらの被害は減る、ということだと俺は理解したが正しいか? 旗艦をど初っ端に沈めるということは、そういうことになるはずだ」
「はい、そうです」
艦長が野心的に笑った。
レムスもニヤリとした。
「なるほど、艦長殿の秘蔵の手と俺はみたが?」
「ええ、一度やってみたかったんです。あっと驚くような一発をね。あわや砲戦かと思った瞬間に旗艦が爆沈となればとても面白い」
「あっと驚く大勝利か。クイーン・シャンテルの勝利には相応しい」
レムスがコンソールのマイクへ顔を近づけた。
自身で全艦に指示を飛ばすのだ。そろってのミサイル攻撃。タイミングや誘導は司令部要員が行なうが、攻撃の命令を布告するのは司令官であるレムスだ。
ミサイル発射の準備が進むなか、コルセロ司令部では艦長がレムスへ対艦ミサイルのレクチャーを開始。誘導弾といえども確実に仕留めるには入念な座標計算からの予想進路の割り出しが必要だ。20隻が足並みをそろえての発射命令まで数分ある。それに敵は後退すると予想されるので、もう少し前進して再度砲戦開始される直前に発射したい。
提案者の艦長からいわせれば、
「砲戦直前なら敵は照準の計算に必死ですから、攻撃に意識がいき防御は疎か。そのほうが効果的です」
ということだ。
「60発の同時のミサイルの飛来はカグツチの対空防御の能力を200%超えます」
「なるほど防ぎきれずに、絶対にどれかが命中するということか」
「ええ、そして我が方の特性ミサイルは、巨人殺し、といわれるほどで一発でも当たれば撃沈する可能性は高く、当たれば致命傷はまぬがれない」
「ふむ……」
「しかもカグツチは巡洋艦です。電子戦でミサイルの弾道を変えようとしても、カグツチ一隻では60発ものミサイルへ電子的対処をするのは不可能。人員的にもです。巡洋艦の電子戦要員の規模を考えれば、60発に対処するには圧倒的にマンパワーが足りない。そもそも、こうしている間にも我々は電子戦を行なっていますし、対空防御に割ける電子戦のリソースは限られます」
コルセロ艦長が力強く断言すると同時に、発射準備の完了が告げられた。
レムスがまたニヤリと笑った。
――火を噴く槍を放て――
レムス艦隊の20隻からミサイル発射の爆炎。足並みのそろった綺麗な射出からの同時点火。発射口からでたばかりの巨人殺しはまだエンジンに火が入っていない。真っ白なボディが一瞬ふわりと宙に浮いたような状態となって2秒後に一斉に噴射口が火を吹き目標へ向かって超高速で飛んでいく。
いま、レムスが眺めるモニターにはミサイルの噴射口でできた綺麗な五芒星。真っ黒な宇宙に60個の光の点でできた光の絵。それが遠ざかっていく。
コルセロの司令部では、次に砲戦が開始されるころにはカグツチは爆沈しているだろう、とレムスを始め誰もが思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陸奥改ブリッジ――。
いつ始まるかわからない砲戦。
ブリッジ内の誰もが青い顔、もしくは脂汗。
そんななか鹿島容子といえば――、
「超重力砲を撃つんですよね? ね?」
と、むしろ興奮していた。
ついさきほど一喝されてショゲていたとはとても思えない鹿島。
聞かれる天儀は感心したような、あきれたような微妙な表情。
「守りは砲戦重視の重装甲! 攻めは重力砲を超える超重力砲! 陸奥改とラビエヌスの単純なスペックの比較では陸奥改が圧倒的に上! 私たちが負けるはずありません。だから敵が護衛艦を合わせて3隻でも必ず勝てるってことですよね天儀司令?」
元気良くいう鹿島。
ショゲていても、もうすぐ砲戦と思ってみれば明るい気持ち。なぜなら鹿島はミリオタにして歴女のハイブリッドだ。普段から憧れている兵器が実際使用される場面に居合わせられるとなれば興奮は抑えがたい。だが、気持ちが上向いてブリッジ内を見渡してみれば、自分と違い青い顔ばかり。
鹿島は、いまブリッジ内の緊張で凍りつきそうな空気を気にして、あえて元気よく鼓舞するように天儀へいったのだ。
けれど天儀は、鹿島の勝てますよねという意気込みを、
「……どうだろうな」
と、あっさり受け流した。
鹿島はムカッとしたがあえて笑顔。だが、心中で猛烈に天儀を非難。
え、ちょっと天儀司令、そこは〝そうだな〟とかいってくださいよ。私がせっかく気をつかったんですよ? そりゃあ自分自身を元気づける意味だってありましたけど、いまのブリッジの空気は良くすることに気を回すべきと思ったんです。それに気づかず流しちゃうだなんて、名補佐官の私の気づかいが台無しなんですけどぉ!
鹿島はそんな言葉をグッと胸の奥に飲み込んで、
「重力砲の撃ち合いなら負けませんよね?」
と力強く、かつ念を押すようにいった。はい、そうです、といってくださいね天儀司令。そんな思いが込められた言葉。まるで子供にいいつける母親のような態度。だが、残念ながら鹿島の司令官の天儀は空気が読めないらしい。
「〝砲〟の打ち合いならな」
そういって、またも鹿島の絶好の振りを流してしまった。
「勝ちますよね! いえ、勝ちましょう!」
重ねて押す鹿島だが、やはり天儀は鹿島の気持ちをくんでくれない。
「落ち着け鹿島、君はなにをいきり立っている。君が力んでも、命中率などあがらんぞ」
「もう! 勝つっていってくださいよ。ここは〝絶対に勝てるぜ〟とでもいって士気をもりあげる場面だと思うですけどぉ」
「艦艇の武装は重力砲だけではない。見え透いた言葉は白々しい。士気が下がる」
天儀のド正論に鹿島は苦い顔。
「……ま、ミサイルとかありますよね」
「そうだな。ランス・ノールの第三艦隊には最新のミサイルが積んであるとの情報がある」
「あっ――」
「そういうことだ。ランス・ノールは筋金入りのシスコン。あの妹大事の男が、多勢で、足が速い。だが単純な火力でのスペック比は劣る、という欠点を放置していったとは俺には思えなん」
「〝巨人殺し〟って呼ばれてる最新鋭のミサイルですよね……」
天儀がうなづいた。
「艦艇から発射されたミサイルは標的を定めて自動的に飛んでいく」
「当然です。それがミサイルですよ。アクティブ・ホーミングとよばれる方式です」
「さすがミリオタにして歴女だ」
「もう、茶化さないでください」
天儀が悪かったというようにフッと笑った。
「その〝巨人殺し〟はアクティブ・ホーミング以外にも、〝偵察機〟や〝発射母体〟などと情報を共有しより精密な誘導を行ない。目標へ飛んでいく。あらゆる角度から情報を収集し、常に軌道を修正し続け目標へ向かうということだな」
「知ってますそれぐらい。地球時代からある基本的なミサイルの構造です。いまはそれが、地球時代のそれより比べ物にならないほどに精緻になってますけどね。精度は一万分の一。ここだけ見れば必中です」
「そうだな。その比べ物にならないほどの精緻な誘導で、迎撃ミサイルや、対空砲火などの妨害を回避し、目標へ接近。最終的にターゲットを固定し、終末行動へ。命中する。そして当たらなければUターンし、再度照準作業。俺たちが、避けた! と安心したところを戻ってきたミサイルが――! ジ・エンド。爆沈だ」
「そうです。単純に回避運動を取るだけではミサイルを割けることは難しい。これが重力砲とは違いです。陸奥改にもミサイル積んでありますから使います?」
「だが、高い」
「ま、そうですけど。たった一発でびっくり仰天の値段ですからね。ミサイルは強力ですけどバンバンつかわれると、主計部秘書課の私としては生きた心地がしません」
天儀がうなづいた。
「あと、ミリオタの私としては兵器はつかいやすさ、というのも重要なポイントです。ミサイルの搭載数には限りがありです。これがミサイルの弱点ですね。なので、ミサイルはここぞというときに使うべきです」
そう。ここぞ、というときに使うミサイルの破壊力は強烈だ。一発でも当たれば巨艦でも致命傷をまぬがれない。そのミサイルが60発。いま、小柄な巡洋艦のカグツチに同時に迫っている――。